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2007.01.24

教科書と文学

世界一受けたい授業と言うテレビ番組で1月13付け。
武田鉄矢が講師となり『昔話を100倍楽しく読む方法!あなたはまだ本当の桃太郎を知らない!?』と言う放送があったそうです。
私は見ていないのでこの番組に対しての内容や感想を書くことができません。
しかし複数のブログのエントリーを読みながらの感想は「これはヒドイ」というものでした。
武田鉄矢さぁ〜〜〜ん。何を考えているの。
と言いたくもなりますが、番組についてはここまでにして、
今日は「教科書における文学」について考えていきます。
実は国語の教科書に出てくる文学作品は不当とも思える攻撃にされされることは過去何回かありました。
多くの方が思うのは「大きなかぶ」ではないかと思います。
ロシアの民話で貧しい印象がある事、貧しい者がみんなで力を合せるのは社会主義的であると言う理由で攻撃されたことがあります。
また今回の武田さんが話した昔話「かさこじぞう」が自由民主党の、第二次教科書攻撃『いま、教科書はノノ教育正常化への提言』(1980年12月・自由民主党広報委員会新聞局発行)のやり玉に上がった事実があります。理由は先の「大きなかぶ」と同様「ひどく暗い貧乏物語」と言うのがそれです。
なおこれに関して作者・岩崎京子氏は、日本民話の暗い理由を次のように説明しています。
「歴史は支配者の変遷、興亡を書いたもの。民話は、その支配者におさえつけられ、こき使われ、しいたげられた民衆の物語で、これらの民衆こそ歴史をささえてきた人々だ。真の歴史は民話のなかにある。教材の「かさこじぞう」という民話は、しいたげられた民衆の暮らしと心情を描いたものだという。」

と、言うことで上の提言論者は民話から伝わってくる「生きる」と言う事に関しての民衆のエネルギーがいささか厄介なものであったのでしょうか?

次に谷川俊太郎の有名な「生きる」という詩への横やりを見ていきます。
まず、谷川の詩、そのものを味わってください。
生きる          谷川俊太郎

  生きているということ
  いま生きているということ
  それはのどがかわくということ
  木(こ)もれ陽がまぶしいということ
  ふっと或るメロディを思い出すということ
  くしゃみすること
  あなたと手をつなぐこと

  生きているということ
  いま生きているということ
  それはミニスカート
  それはプラネタリウム
  それはヨハン・シュトラウス
  それはピカソ
  それはアルプス
  すべての美しいものに出会うということ
  そして
  かくされた悪を注意深くこばむこと

  生きているということ
  いま生きているということ
  泣けるということ
  笑えるということ
  怒れるということ
  自由ということ

  生きているということ
  いま生きているということ
  いま遠くで犬が吠えるということ
  いま地球が廻っているということ
  いまどこかで産声(うぶごえ)があがるということ
  いまどこかで兵士が傷つくということ
  いまぶらんこがゆれているということ
  いまいまが過ぎてゆくこと

  生きているということ
  いま生きているということ
  鳥ははばたくということ
  海はとどろくということ
  かたつむりははうということ
  人は愛するということ
  あなたの手のぬくみ
  いのちということ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この詩に対して、
石井一朝は「新・憂うべき教科書の問題」(1979年10月25日)『じゅん刊・世界と日本』などで「谷川俊太郎の次の詩(生きる)などは、こどもたちにはなんのことやらわかるまい。」と非難。
石井は次のように「生きる」を紹介。
〜〜〜〜〜〜〜
生きるということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
怒れるということ
自由ということ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これで全部です。
つまり9行だけを引用して、わけがわからないと批判したのです。
が、
谷川の「生きる」は全部で五連、39行で構成。
しかも引用したのは第二連のみで、谷川は「すべての美しいものにであうということ/そして/ かくされた悪を注意深くこばむこと」としているところを「怒れるということ/自由ということ」と三連目のむすびを引用。 つまり作者の意図をムチャクチャに引用したのです。
確かにこれでは「わからない」。
日常のささやかな幸せ。
何気ない仕草の中に「生きる」しかも「今を生きる」という逞しいエネルギーが感じられるこの詩を改竄して、「子どもには分からない」と言う。
おいおい。石井さん。
分からないのは小学生ではなく貴方ではないでしょうか?

教科書の中で文学作品がいわれのない批判を受けていること、しかしなお燦然と民話や谷川の詩が子どもたちに伝えられていることを見ると、文学が果たす役割の大きさ、教科書が果たす責任を今一度感じるものです。
さて、こうして考えると先のテレビ番組で武田鉄矢が果たした役割というものも、
かなり「胡散臭い」のだろうか???

 

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コメント

政権政党が学校教材、しかも文学作品に介入してくるなんて、もってのほかですね。 政権与党は、今まで、憲法、教育基本法に反してこのようなことをやって来ました。

学校荒廃の元凶は彼等です。

今、襟を正さなくてはならないのは、ヤラセ教育基本法を作ったこれら安部政権を始めとする権力与党です。

彼等が児童・生徒、父母、先生方、国民に謝罪するだけででも、学校における荒廃はかなり改善されるでしょう。

投稿: hamham | 2007.01.24 19:19

戦争中、「戦友」などの軍歌の多くが、軍部によって「暗くて士気を損なう」などの理由で忌避されていたという話がありますすね。
あっ、それから「あかるさは、滅びの姿であろうか」という太宰の言葉(右大臣実朝)もあります。
「明るさ」だとか「前向き」だとかいうことばかり強調されるのは、結局何も考えるな、感じるなということに帰着するように思います。

投稿: かつ | 2007.01.24 20:15

はじめまして。
教育再生会議の議事を読んでいると、徳目を身に付けさせるために読み聞かせや読書は重要、という話が出て来ますね。
連綿と伝えられてきた昔話が都合よく改変されたり、愛国心を鼓舞する内容の文章が、今まで比較的自由にされてきたボランティアの部分にも入り込みそうで怖いです。
谷川氏はこのようなとんちんかんな批判にどう答えておいでなのでしょうか(詩作で答えておいででしょうか?)

投稿: ゆうやけぐも | 2007.01.25 09:49

hamhamさん。
かつさん。
ゆうやけぐもさん。
こんばんは。コメントありがとうございます。

hamhamさん。
本当にそうですね。
上から下までヤラセ・捏造。
子どもたちは何をよりどころにしていいのか、、、
何も教育に聖職を求めませんが、それでも高邁な理想と言うものは掲げていて欲しい、、、しかし、薄汚れた大人たちの利益の場と化した教育の現実。これは今を生きる大人である私たちの責任です。
子どもに伝えるものが何かをしっかりと見極めていく必要を感じます、、、
ゆっくり・確実に伝えていきたいと願うばかりです。


かつさん。
美しい言葉やラベル化された言葉は与しやすいが結局は「考えない」ということというのは私も大賛成です。
いつも素敵なエントリー、トラックバックいただきありがとうございます。
実は書こうか書くまいか悩んでいたのですが秀さんのこの頃のエントリーの危うさがまさにここに在るという気がしてなりません。
秀さんはいつも論理を煮詰めていく中で最終的には「捨象」を受け入れるかどうかはセンスと書かれています。が私は大切なことは何を捨て、何を抽出するかを考えることが論理ではないかと思うのです。
ただ、今の秀さんには受け入れて頂けるかどうか、、、
いずれこの問題はエントリーで決着したいものです。


ゆうやけぐもさん。
はじめまして。
いただいたコメントといささかはずれるかもしれませんが、
谷川は、国語教育にはかなり諦めがありますた。
有名ないるかの詩。
ここでは割愛しますが、、、
学校の中で「この詩にいるかは何匹入るか?」と言う質問に愕然とした言う話が伝わっています。
まぁ谷川さんはなかなかユーモアに長けているから気にもしないでしょうが、、、
さて、これからますます子育てが見えにくい時期になると思います。
どうぞ頑張って楽しみながら子育てなさってくださいね。
ではまた。

投稿: せとともこ | 2007.01.29 19:20

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 毎週土曜日のゴールデンタイムに日本テレビで「世界一受けたい授業」というテレビ番組をやっている。内容は数学、脳科学などその道の専門家が順にそれぞれ15分ほど出演して、意表をつく内容で我々の常識を覆し、楽しませてくれる教養・バラエティー番組だ。それに先日俳優・歌手の武田鉄矢さんが出演され、日本の昔話にはこういう読み方もある、という内容で、かさじぞう、桃太郎などを例に挙げて講義していた。  武田さんは、多面的な見方が重要として、立方体の見取り図(ネッカーキューブ)をあげて二通りに見えることを説明し、そ... [続きを読む]

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