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2007.02.03

追儺式

北野天満宮の追儺式から今、帰ってきました。
今日は節分。
立春の前日で、この日行われる「追儺」(「鬼やらい」とも言う)の儀式は、向う一年の災厄を祓い病いを除く祈りをこめた重要な年中行事であります。
この「鬼やらい」に於て追われた鬼が逃げこむ場所は「乾の隅」西北の隅であり、ここは昔から悪鬼の住む魔所とされ、現代でも常に不浄を避け、手厚くお祀りをせねばならない大切な場所とされているそうです。
天暦元年(947)京都の「乾の隅」の守りとして、皇城鎮護の願いをこめて建立され、以来災難除・厄除の社として、朝廷をはじめ都に住む人々の篤い信仰を集めて来たという由緒ある北野天満宮。
京都ではこの北野天満宮さらに吉田神社(昨日既に追儺式があって夫は見てきました)さらに壬生寺・八坂神社・の四社寺を「四方詣り(しほうまいり)」として参詣し無病息災、招福を願う習慣が生き続けています。

午後1時の神楽殿で茂山千五郎社中により摂社福部社(ふくべしゃ)の御祭神である福の神が深泥が池の鬼を払う「北野追儺狂言(きたのついなきょうげん)」が行われ、さらに上七軒歌舞会による日本舞踊が奉納され次いで豆まきが行われると言うことで、それに合せて夫と私はお昼前に家を出ました。
電車・バスと乗りついで、天満宮前に着いた頃は、既に多くの見物客で賑わっていました。
三珍鳥居で有名な伴氏社や初雪の日に御祭神がこの松に降りてこられ歌を詠まれるという言い伝えがある影向松などをつらつらと見ながら神楽殿まえに着いた頃は10分前。
もう後ろの方でしか見ることが出来ません。
瞬く間に私の後ろにもいっぱい人が並び、雰囲気は盛り上がってきました、、、
そして一時。
狂言の始まり。
狂言と言えば子どもが小さい頃、子ども劇場で見た附子が面白くて、また見たいと思っていまし。機会がなかなかなかったのですが、今日は縁があって間近で見ることができてとても幸せ。
内容については、あまりに多くの人がいて、実は分からなかったのです。(こんなの見たというのか?)
しかし雰囲気は伝わってきました。
次の上七軒の舞妓・芸子さんの踊りは可愛く艶やかで素敵でした。
今日は天気がよくて青空が広がり風もあたたか。
天神様と言えば梅の花。
ふっくらと咲き始めの梅の花とそよ吹く風に覆われてしばし時の経つのを忘れていました。
そしていよいよ豆まき。
ウワッ〜〜〜〜〜
何をかくそう。
こう言うの大好きなのです!!!

よっしゃ。

って感じで気合いが入ります。
尤もみんなそうだけれど。
「鬼はそと 福はうち」の掛け声と共に、
茂山社中の人と舞子さんたちが豆を撒きます。
押せやおせおせで大騒動。
あっちからもこっちからも「投げて〜〜〜」という声に押されていつの間にか一番前にまで出ていた私。
初めは取れなくてバタバタしていたのですが、、、
が、、、
が、、、
撒き終わる頃には両手にいっぱい袋を抱えていました。
なぜでしょう???
はっはっは。

夫は後ろにいたので一つも取ることは出来ませんでした。
私の手にした豆の数を見て呆れるやら感心するやら。
はっはっは。

それから本殿でお参りをして学業成就のお守りもかって、
豊富な彫刻の中に日月星があることから三光門の名がある中門を通り帰途につきました。
おっと、忘れてはいけない帰りに二人で小さいけれど味のあるお店を見つけて飲んで帰りました。
楽しかった〜〜〜〜


今晩は恵方巻にイワシにおそばを食べて豆を撒いて、
節分の行事を全部する予定。

明日から春がくる。
良い事があるようにワクワクしながら待ちます。
そうそう、もう一つソッと書くことは、
結構恥ずかしながら、
京都検定3級、合格しました!!!

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