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2007.02.02

相対主義的な理科教育

いつもトラックバックを頂く遠方からの手紙のかつさん。
マルクスの事やエンゲルス、また武谷三男のことや教えられ考えることばかりのブログで訪問することが楽しみです。
トラックバックいただいた論理と感性と言うエントリーを拝見して
以前書いた科学的とは何かと言う記事を思い出しました。
天動説を信じる子どもたち について学校の現場での理科教育のあり方について議論たけなわの時でした。そこで私も自分の意見をちょっと書いたみたのです。
おりしも今、テレビ健康番組の捏造ややらせで科学や実験に焦点があたっている時でもあります。
そこで今日は「相対主義と理科教育」について見ていきたいと思います。
天動説を信じる子どもが4割というニュースが出たときも、一部では「天動説でいいんじゃない」という声がありました。
宇宙飛行士の毛利衛さんも「天動説いいではないか。わたしも子どもの頃はそう思っていた」と発言しました。
言わんとすることは「教科書の全てを信じるな、疑え」と言うことです。
さらに「自分のいまの感覚を信じろ」と言うことにまで論理は進みました。
自分が回っているというより太陽や星が回っていると言う感覚のどこが間違っているのか、と言うことです。
一見正しく誰でもが容易に納得する考えなのです。
が、
実はここに大きな落とし穴があるのです。落とし穴の名前は「相対主義」と言います。
学校教育、とりわけ理科教育が偏向していったのは1998年改定「小学校学習指導要領」の「解説理科編」を見ると明らかです。(初等中等教育に関する提言を参照して下さい。)
「自然の特性は人間と無関係に自然の中に存在するのではなく、人間がそれを見通して発想し、観察、実験などによって検討し承認したものであり、自然の特性は人間の創造の産物である。」と言うのです。
そしてこの指導は2002年度から教育の現場に取り入れられました。
「科学の理論や法則は科学者という人間が創造した物」であると言う相対主義的な科学観に立脚した理科教育は、絶対的な真理や知識をを教えることを放棄。子どもの生活体験や経験、概念を重視する方向へと進みました。
「自然の規則性や法則性はア・プリオリに自然の中に埋め込まれているのではなく、人間が働きかけることにより創り出していくものである」と強調するのは「改訂小学校学習指導要領の展開理科編」を作成した日置光久さん。
これは自然科学を自分の都合のいいように解釈していくものです。
ある予想(仮説)をたて、それに基づき実験・観察してその結果から仮説が正しいか否かを判断していく方法は普通、科学では取り入れられているやり方です。
結果が違えば仮説をもう一度考察しなおし、
また新たに実験・観察をしていく、、、
そうした過程の中で自然の規則や仕組みが解明されて来ます。
しかし、今、学校教育の中での理科教育は、
「観察・実験の結果が違ってもいいんだよ。
自分が最初に立てた仮説こそが正しい」とするものです。
つまり結論は先にあるのです。
この結論に結びつく物だけが正しく、そうでない物は捨て去られていくという論理の展開はまさにニセ科学への道に繋がるものだと思います。
もちろん科学は全てを網羅することはできません。
ある条件で正であっても別の条件では成り立たないことはよくあります。
白か黒か二者択一という単純なものではありません。
しかし、先にあげた相対的理科教育ではあらゆる物事を単純にラベル貼りしてそれ以上考察を深める作業は捨て去られます。
これは論理学で本質を導くためと称して捨象・抽象を安易に行う場合に似ています。
では、今私たちが出来ることは何か?
それは身近な現場での「相対主義的な構成主義理科教育」の存在に気づき、警鐘を鳴らしていくことです。


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コメント

理科教育の中に、なんで訳の分からぬ「哲学的科学解釈」を持ち込むんでしょう。
これは、初耳ですね。

哲学的に言えば、新旧カント主義ってことになるんでしょうけど、そんなものを現場に持ち込んでも、現場の教師は納得はしないし、受け入れはしないだろうとは思いますが。

投稿: かつ | 2007.02.02 15:48

・「自然の特性は人間の創造の産物である。」
・「自然の規則性や法則性はア・プリオリに自然の中に埋め込まれているのではなく、人間が働きかけることにより創り出していくものである」
・「観察・実験の結果が違ってもいいんだよ。
自分が最初に立てた仮説こそが正しい」

って先生、ほんとですか!? 疑うわけじゃないです。
小学校はちゃんと卒業できましたけど、こんなものを掲載する学習指導要領なんて、日本の官僚たち、そんなに頭が悪いんですか! なにかを引用して反論、という手続きさえわずらわしくなる杜撰さですね。

最近、この日本はダメなのかもと思う機会が多くなりました。ダメならダメでいい。でも、理由だけは知っておきたいです。

投稿: わど | 2007.02.02 21:25

今晩は。
理科教育にまで国定哲学を忍び込ませているんですか。 これは驚きです。 金王朝の教育を批判できません。

これでは、子ども達が理数科目に興味を持ち、その能力の花を咲かせるのを邪魔していているようなものです。


投稿: hamham | 2007.02.02 22:34

うーん、僕の個人的なこと経験をお話させていただいてよいでしょうか。僕は、天動説的な経験(空を見上げて太陽の動きを観察する。朝が来て昼になりやがて夜が訪れるという事実と、太陽の存在や動きとを重ね合わせることに自分で気付く)より先に地動説の知識があったので(地球が太陽の周りを動いているから、朝、昼、夜があると兄から教えられました。それまでは、朝、昼、夜の意味に無自覚であったのです。朝、昼、夜は、「あるからある。」という真っ白な感覚。だって、太陽なんて見たことないのだもの。お絵かきでは、確かにお日様を書いたけれど、それは、隣の子がそのように書いていたからで(それまでは、僕の書く絵には太陽は存在していなかったのです。空には太陽を"書かなければいけない"ことを、その子には教えられました。)、空に太陽があることを自分で確認したことなどなかったのです。兄にその事実を教えられたときは、「何ー、そうだったのか!そんな事実があったとは!!」と驚きでした。ちなみに、小学校に入るか入らないかの時期の頃ですよ、あまり馬鹿にしないでくださいね!)、その後、プトレマイオスが天動説を唱えていたことを知ったときは逆に驚きでした。(学研の漫画で知りました。確か『世界の偉人大百科』って名前だったような気がする。2P/人で世界の偉人と偉業を紹介するという内容でした。小学校2年生の終わり頃。)「なんでこの人はこんなけったいなことを思いついたのだろう?」と不思議でした。長じてから、本を読んだりして、天動説から地動説に至る経緯を知りました。(プトレマイオスの絶頂とその後の苦労。彼は、当時の最も優れた科学者の一人であり、地動説は知っていたが、自身の「科学」を信じていた。そして、天動説に対する最後通牒となったある観測結果の発見。)これこそ、科学の醍醐味だと思いました。さて、子ども達が天動説を採っているとのこと。少なくとも、私よりは有望です。後は、楽しく科学することを適切に指導してあげればよいと思います。

投稿: シェーマ | 2007.02.03 12:56

かつさん。
わどさん。
hamhamさん。
シェーマさん。
こんばんは。
コメントありがとうございました。
学校教育のなかに相対主義が静かに入り込むために実は長い時間がかかったのです。
これに関しては今回は長くなるので割愛しました。
ただ、現実の学校教育の現場を測る一つの目安に教科書があります。
教科書と言えばつい歴史教科書のような気がしますが、
実は理科の教科書、かなり手薄になりました、、、
その辺りも今度、時間のあるときエントリーにしたいと思います。
その折はご意見などいただけるとうれしく思います。

かつさん。
学校の現場の教師が一番その矛盾に曝されています。
しかし、その矛盾を声にできない縛りがあるようです。
また、この辺りも考察していきますので、、、

わどさん。
お帰りなさい!!!
お元気そうで私も嬉しく思います。
あなたのところにコメントを入れる前にこちらに頂いて有り難うございます、、、
今度、言葉(特に柳沢の発言を受けて)についてエントリーをあげたいと思っています。その折はまたアドバイスいただけるといいなぁ、、、と思っています。

hamhamさん。
本当に国定哲学を忍び込ませています。
理科は実験や観察に頼るところが大です。
今、学校から実験が少なくなり暗記が多くなりました。
こうして考えることが苦手な子どもたちができてくるのでしょうか???
怖いことです。


シェーマさん。
ご自分の貴重な体験お教えいただき有り難うございます。
私も天動説と子どもたちについては科学としてでなく、
文学としてみるにはいいのです。
ロマンがあると思うのです。
しかし、今の学校でなされようとしていることが、
深い洞察を子どもたちから取り上げ奪うやり方であることに警鐘をならしているのです。
この問題、まだまだこだわっていきますので、また感想・ご意見お聞かせください。
では、、、また。

投稿: せとともこ | 2007.02.03 22:50

>今度、言葉(特に柳沢の発言を受けて)についてエントリーをあげたいと・・・

あの「女性=産む機械」ですか?
政治のことはわからないかもですけど、言葉の問題なら少しは考えられるような気が。
先生、わくわくして、お待ちしておりますね!

投稿: わど | 2007.02.03 23:44

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