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2007.02.01

そんな時代がくるのか

そんな時代が来るのだろうか?
「雪崩のとき」と言う 石垣りんさんの詩を読んでジワリと怖くなりました。
それはやんわり、
じわり
とやってくるのか?
まずは遠くから。

「人は
その時が来たのだ、という

雪崩のおこるのは
雪崩の季節がきたため と。」

雪崩が起きたのはそんな季節になったからだよ。
と、人は納得するのか。

武装を捨て、いろいろ不自由はあっても良いものであった。
ほんのちょっとしてささやかなことに幸せを感じ、人生なんかも考えたそんな平和なひととき。
が、
石垣りんさんは綴る。

「それも過ぎてみれば束の間で
まだととのえた焚木もきれぬまに
人はざわめき出し
その時が来た、という
季節にはさからえないのだ、と。

雪はとうに降りやんでしまつた、
降り積つた雪の下には
もうちいさく 野心や、 いつわりや
欲望の芽がかくされていて
"すべてがそうなつてきたのだから
仕方がない"というひとつの言葉が
遠い嶺のあたりでころげ出すと
もう他の雪をさそつて
しかたがない、しかたがない
しかたがない
と、落ちてくる。

ああ あの雪崩、
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に拡がつてくるのが
それが近づいてくるのが

私にはきこえる
私にはきこえる。」
と。

次第に近づいてくるあの言葉。
しかたがない。
しかたがない。
何がしかたないのか?
流れだから、
しかたがない。
季節だからしかたがないのか???

石垣さんは問う。
そして声を大にして訴える、、、
あの平和なひとときを奪っていくものは、
しかたがないくらい大きなものなのかと、、、

雪崩がどこかで起こり、
次第に近づいてくる音が私にも聞こえ出してきました。
そんな時代がくるのだろうか???

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
雪崩のとき


人は
その時が来たのだ、という

雪崩のおこるのは
雪崩の季節がきたため と。

武装を捨てた頃の
あの永世の誓いや心の平静
世界の国々の権力や争いをそとにした
つつましい民族の冬ごもりは
色々な不自由があつても
また良いものであつた。

平和
永遠の平和
平和一色の銀世界
そうだ、平和という言葉が
この狭くなつた日本の国土に
粉雪のように舞い
どつさり降り積つていた。

私は破れた靴下を繕い
編物などしながら時々手を休め
外を眺めたものだ
そして ほつ、 とする
ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない
世界に覇を競う国に住むより
このほうが私の生きかたに合つている
と考えたりした。

それも過ぎてみれば束の間で
まだととのえた焚木もきれぬまに
人はざわめき出し
その時が来た、という
季節にはさからえないのだ、と。

雪はとうに降りやんでしまつた、
降り積つた雪の下には
もうちいさく 野心や、 いつわりや
欲望の芽がかくされていて
"すべてがそうなつてきたのだから
仕方がない"というひとつの言葉が
遠い嶺のあたりでころげ出すと
もう他の雪をさそつて
しかたがない、しかたがない
しかたがない
と、落ちてくる。

ああ あの雪崩、
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に拡がつてくるのが
それが近づいてくるのが

私にはきこえる
私にはきこえる。 

『私の前にある鍋とお釜と燃える火と―石垣りん詩集 より』
 
 

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コメント

 はじめまして。
 時々、寄らせてただいてましたが、私のみたいな駄文ではなく、香立つようなblogに、ちょっと近寄りがたい感じがして、遠くから見てました。
 もともと、「文学」などというものに縁がなく、「詩」なんてものとは縁遠い私ですが、この詩には心動かされました。なぜ、「ほつ」とする日本のままでいさせてくれないんでしょうか。
 雪崩の音が私にも聞こえてきました。次第に拡がってくる雪崩の音が。
 でも、この雪崩をとめようっていう声も聞こえます。けっして、雪崩に一飲みにされそうな頼りない声じゃありません。大丈夫。この雪崩はとめられます。とめるために、自分も雪崩に負けない声をあげます。

投稿: pochi | 2007.02.01 22:51

こんばんは 
茨木のり子さんや石垣りんさんの詩には「実(じつ)」がありますね。悲惨な時代を体験した詩人が語らなければならない言葉を
飾らずに丁寧に、執念深く話し続けてくれました。
石垣さんをご紹介いただいてちょっぴり嬉しいです
有り難うございますm(.. ..)m
すでに彼女らはご存命ではありませんが・・・

私たちがするべきことをしてまいりましょう。

投稿: こば☆ふみ | 2007.02.02 01:02

pochiさん。
こば☆ふみさん。
こんばんは。
コメントありがとうございます。
石垣さんの詩は何気ない日常のありがたみを謳い、
積み重ねていくことの大切さをヒシと教えてくれる迫力ある詩です。
私も思わず読み込んでしまいました。


pochiさん。
はじめまして。
本当におっしゃるとおり、
雪崩を止めようとする音もかつてなく大きくうねっている気がします。
一人の力は小さくて力と声をあわせ、そして知恵も絞って雪崩に立ち向かいたいものです。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

こば☆ふみさん。
私も茨木さん大好きです。
立ち止まったり後ろ向きになったとき「ばかものよ」と叱咤激励されている気がします、、、
先輩たちの生き様に励まされヤットコドッコイとやっていきたいものです。
これからもまたよろしくお願いいたします。

投稿: せとともこ | 2007.02.03 23:01

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