« 科学と政治 | トップページ | 全国学力テスト実施前にあたり »

2007.04.03

科学としての論理

このところ科学それは社会科学でも自然科学でも同様ですが、
学問としての科学の社会での立ち位置について拘ってきました。
科学と政治.
生命倫理と人権.
科学者の社会的責任とは.
たぶんこれからも続きます、、、
きっかけは捨身成仁さんからいただいたトラックバックの論理についての考察からです。
ブログマスターのbuyobuyoさんは論理界の虎眼流と自称なさっているだけあって、エントリーの記事は時々の事柄を端的に鋭く分析していらっしゃるのでとても勉強になりまた刺激になります。
本来はいただいたトラックバックへコメントをと思ったのですが、私はhatenaのidをもっていないのでこちらで記事にしようと思い、このテーマについて随分考え込みました。
論理とは何か、、、についてです。
生憎、哲学をも視野にいれた論理の世界について学校で学んで来なかったので論理の世界は遠いのです。
だからこそ、
身の回りにおこる事や、これまでに起こった事、これから起ころうとしている事に大して整然と考える為には論理は必要だと思い、独学で自分勝手に勉強しています。
そんな折、
[推論の正しさこそ論理が保障するべきものです。結論の問題は、それこそ現実や事実と照らし合わせて、論理とは異なるフェーズで検証されるべきものです。]
なぁんて論理界の虎眼流、buyobuyoさんから指摘されると私はさらに自分の考察を深めなけらばと思うのです。
結論の問題が現実や事実と照らして、それとは違うフェーズで検証するものであるなら、論理を扱う者はその適用に注意すべきです。
有限集合に対しては強力な力を発揮する論理も無限集合を扱う場合はこの限りではないとするなら論理の俎上に乗せる前に厳密にその集合の定義をなすべきだと改めて考えました。
論理が怪しい結論を出した場合、それは論理そのものの限界ではなく当該の集団の定義がもつ矛盾ということでしょうか?
集団の定義に矛盾がないとは、つまり内包的定義とその否定形の両方が集合の中の要素として、その振る舞いを規定できるということなのでしょうか?
なるほど、
そのように考えるなら論理学が学問として十分に意義あるものと思います。
さらに論理学は科学として様相論理を深め、
また自らの誤謬に対して検証を加える誤謬論に対しても分類をしています。
誤謬の多くは詭弁と言う言葉に言い換えられます。
正論の中にちょっぴり嘘や事実でないことを入れて、
自らの意見に収集していく方法です。
その特徴は以下の15とされています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1:事実に対して仮定を持ち出す
2:ごくまれな反例をとりあげる
3:自分に有利な将来像を予想する
4:主観で決め付ける
5:資料を示さず自論が支持されていると思わせる
6:一見関係ありそうで関係ない話を始める
7:陰謀であると力説する
8:知能障害を起こす
9:自分の見解を述べずに人格批判をする
10:ありえない解決策を図る
11:レッテル貼りをする
12:決着した話を経緯を無視して蒸し返す
13:勝利宣言をする
14:細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
15:新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ううう===ん。
なかなか手厳しい。
グサリ。
ドヒャッ。
です。
示唆に富んだ詭弁見極め法。
自分自身の戒めも含め勉強になります。
いずれにしても、
論理が科学に成る為に、
論理を扱うとは何か、と考える事ができました。
先に書いた記事のように。
科学が政治の圧力にひれ伏す寸前の今、論理学のきわめて正常で健全な働きについて今後も考えていきたいものです。
その折は、またおつきあいください。

|

« 科学と政治 | トップページ | 全国学力テスト実施前にあたり »

コメント

せとさん。 今晩は。

興味深く読ませていただきました。 

推論と結論は相互連関しながら、発展してしいくのではないでしょうか。

推論の結果(結論)は、検証という関門を経て、次の推論の大前提にもなりますね。そして、私たちの認識は広まり、深まります。

検証に耐えられない結論は認識には馴染めません。

と、私は、読みながら、理解しようと努めております。

投稿: hamham | 2007.04.04 18:51

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/14506506

この記事へのトラックバック一覧です: 科学としての論理:

« 科学と政治 | トップページ | 全国学力テスト実施前にあたり »