戦う者の内的心情
烏の北斗七星と言う短編を宮沢賢治が書いたのは1921年12月。
その年は、
原敬が刺殺された年であり、ワシントン軍縮条約が日米英仏の4ヶ国で結ばれた年でもあります。
賢治がこうした時代背景を考量せず、ただ文学作品を書き綴ったということはありません。
実際、この作品について賢治自身、短く次のように述べています。
「戦うものの内的感情です」と。
確かに主人公烏の大尉は、出撃前の夜、恋人に別れをつげ、また信じる神に祈る。
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「があがあ、遅くなって失敬。今日の演習で疲れないかい。」
「かあお、ずいぶんお待ちしたわ。いっこうつかれなくてよ。」
「そうか。それは結構だ。しかしおれはこんどしばらくおまえと別れなければなるまいよ。」
「あら、どうして、まあ大へんだわ。」
「戦闘艦隊長のはなしでは、おれはあした山烏を追いに行くのだそうだ。」
「まあ、山烏は強いのでしょう。」
「うん、眼玉が出しゃばって、嘴が細くて、ちょっと見掛けは偉そうだよ。しかし訳ないよ。」
「ほんとう。」
「大丈夫さ。しかしもちろん戦争のことだから、どういう張合でどんなことがあるかもわからない。そのときはおまえはね、おれとの約束はすっかり消えたんだから、外へ嫁ってくれ。」
「あら、どうしましょう。まあ、大へんだわ。あんまりひどいわ、あんまりひどいわ。それではあたし、あんまりひどいわ、かあお、かあお、かあお、かあお」
「泣くな、みっともない。そら、たれか来た。」
烏の大尉の部下、烏の兵曹長が急いでやってきて、首をちょっと横にかしげて礼をして云いました。
「があ、艦長殿、点呼の時間でございます。一同整列して居ります。」
「よろしい。本艦は即刻帰隊する。おまえは先に帰ってよろしい。」
「承知いたしました。」兵曹長は飛んで行きます。
「さあ、泣くな。あした、も一度列の中で会えるだろう。
丈夫でいるんだぞ、おい、おまえももう点呼だろう、すぐ帰らなくてはいかん。手を出せ。」
二疋はしっかり手を握りました。大尉はそれから枝をけって、急いでじぶんの隊に帰りました。娘の烏は、もう枝に凍り着いたように、じっとして動きません。
(中略)
じぶんもまたためいきをついて、そのうつくしい七つのマヂエルの星を仰ぎながら、ああ、あしたの戦でわたくしが勝つことがいいのか、山烏がかつのがいいのか、それはわたくしにわかりません、ただあなたのお考えのとおりです、わたくしはわたくしにきまったように力いっぱいたたかいます、みんなみんなあなたのお考えのとおりですとしずかに祈って居りました。
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死を覚悟して静かに祈る。
だがしかし、
しかしである。
大尉は明け方一羽の敵を見つけることで、以下のように行動する。
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たしかに敵の山烏です。大尉の胸は勇ましく躍りました。
「があ、非常召集、があ、非常召集」
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そして敵は死に、大尉は昇進。
それは、もう戦地に赴かなくていいことを示す。
その時、大尉は以下のように思う。
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烏の大尉は列からはなれて、ぴかぴかする雪の上を、足をすくすく延ばしてまっすぐに走って大監督の前に行きました。
「報告、きょうあけがた、セピラの峠の上に敵艦の碇泊を認めましたので、本艦隊は直ちに出動、撃沈いたしました。わが軍死者なし。報告終わりっ。」
駆逐艦隊はもうあんまりうれしくて、熱い涙をぼろぼろ雪の上にこぼしました。
烏の大監督も、灰いろの眼から泪をながして云いました。
「ギイギイ、ご苦労だった。ご苦労だった。よくやった。もうおまえは少佐になってもいいだろう。おまえの部下の叙勲はおまえにまかせる。」
烏の新しい少佐は、お腹が空いて山から出て来て、十九隻に囲まれて殺された、あの山烏を思い出して、あたらしい泪をこぼしました。
「ありがとうございます。就ては敵の死骸を葬りたいとおもいますが、お許し下さいましょうか。」
「よろしい。厚く葬ってやれ。」
烏の新らしい少佐は礼をして大監督の前をさがり、列に戻って、いまマヂエルの星の居るあたりの青ぞらを仰ぎました。(ああ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません。)マヂエルの星が、ちょうど来ているあたりの青ぞらから、青いひかりがうらうらと湧きました。
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敵への涙。
それは戦わないでいられるものだったら失われなかった命への思いと、
また己の罪深さを改めて見つめる。
そして、神に祈る。
(ああ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません。)と。
ここで私たちは、鳥の大尉の戦う者の内的心情と理解。
戦争の悲劇について語るのです。
しかし、
小森陽一さんは、さらに大尉の心情を以下のように分析します。
「殺すか、殺されるかというギリギリの状況の中で、本人も意識しないままに自分が助かるために「殺す」という選択をする。そして自分の命が脅かされないという状況になって初めて殺した敵への同情が生まれる。
戦争とはこうした非人間的なところへ人を追い込むものである。」と。
なるほど。
戦争とはその様なものである。
普通の人間は誰だって臆病でキュウキュウと生きている。
戦いなんでイヤだし、死にたくもない。
生きたい、、、
生きたい、、、
生きたい、、、
そんな当たり前の気持は、自分で気がつかないうちに「生きるために」ある選択、敵を殺すこともやる。
そして、
そして、
自らが戦うなくてもいい、つまり自分の命が保障されたその時、
初めて「戦争をなくすために命を捧げることもできる」と言う。
これが戦う者の自然な内的心情であり、誰も責めることはできない。
責めるべきは、
戦争という愚かしい行為である。
と、賢治は私たちに伝えているのではないか、、、
これが小森流解釈です。
正義の戦争なんてないんだよね。
何をもって「正義」なんて大義名分をいうことができるのだろうか???
さて烏の北斗七星。
今の時代に重なります。
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コメント
この話を読んで今日の前防衛省次官「守屋武昌」さんの証人喚問に結び付けました。
思った通りゴルフ接待は認めたものの、利益供与的なものは一切無いと証言しました。現場で働いている自衛官や、税金を払っている国民の心情を察すれば、通算200回以上ものゴルフ接待は異常としか考えられないことです。
如何に官僚共が腐っているかを如実に物語っています。
それからコーラスですが、大会の方は舞台が大きいせいか余り良くなく、祭りの方は「オオトリ」を仰せつかって「千の風になって」を唄ったので、「アンコール!」の声が挙がるほど大成功でした。
話は違いますが、Jリーグでは広島が危うい事になっていますね。人ごとながら心配しています。また応援メッセージを出してあげて下さいね。
投稿: hitoriyogari | 2007.10.29 16:50
hitoriyogariさん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
守屋さん。
言うべき言葉もありません。
恥を知る、、、という言葉から一番遠く恥知らずという言葉を具現化している人です。
こんな人に食い荒らされていたのです。
私たちの老後や教育や医療が。
返してくれ〜〜〜〜
そうそう。
サンフレッチェ。
大変(^^;(^^;
応援メッセージ出さなきゃと思いつつ政治に追われていました。
が、
やっぱり書きますね。
ありがとうございます。
では、、、またね(^.^)
投稿: せとともこ | 2007.10.31 12:43
せとともこさん、こんにちは。お久しぶりです。
ときどき見ています。
殺すか殺されるかだったら殺してしまうけど、できることならそんなことはしたくない、という気持ちって、選択の余地なく行動して生き残った後ではずっと自分を苦しめるんでしょうね。私は幸いそういう選択をしないでよくて生きているので、それだけでもほんとに恵まれていると思います。
同じ理由で徴兵を逃れて外国に移住した人に会ったことがあります。恨みどころか面識もない人を殺したくもないし、殺されたくもない、と言ってました。ずっと紛争の続いている国の人なので、身を守ることとか誰かを傷付けることとかがとても身近に感じられるのだと思います。このお話の鳥は仕事だから義務だからといって戦って後に苦しんでいますが、どうしても理由に納得できない戦争だったら安全に無料で拒否できる状況がどの国でもできるといいなと思います。人間はたぶん当分戦争を止めないと思うので。。。人間がお互いから奪い取ろうとする限り、つまり誰も彼もに安心感や満足感が十分にない限り、怒りと恨みと暴力の連鎖は続くだろうし、どちらかというと不安と搾取は大きくなってきているように思えるからです。
投稿: 葉子 | 2007.11.03 01:15
葉子さん。
お元気でしたか???
星を見ると貴女のことを思い出していましたよ(ウワッ〜〜〜これって恋人みたい(^.^)
如何、お過ごしでしょうか???
もう、ご当地は寒くなった事でしょうね。
お体、くれぐれもご自愛ください。
さてさて。
頂いたコメント、考え込みました。
そうですね。
そうだね、、、
悲しい事です。
私もイラク人の知り合いから話を聞いたときは胸のつまる思いをしました。
正義の戦争なんてないんだ、、、ということを私たちは理性では理解している。
にもかかわらず戦争への道は続く。
終点は見えません、、、
どうしたらいいのか、、、
立ちすくむだけです。
が、
やはり言い続けることしかないのでしょうね。
また、考えてみます。
投稿: せとともこ | 2007.11.03 12:00