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2007.11.03

あらあら内田さん。

内田樹さんのたまのオフなのに愚痴ばかりと言うエントリーを読んで、またまた疑問に思うところ大の私です。
(折角、その前の狩野永徳評でちょっとは見直していたのに、、、)
岩村暢子さんという広告会社勤務の方のリサーチの結果を本に表わした普通の家族がいちばん怖い—徹底調査! 破滅する日本の食卓—と言う本の紹介と内田流感想が書いてありました。
当該の本は読んでいないので私は感想は述べることができません。
図書館で捜してみます(と、言うのも私は今までこうした本はタイトルに煽られて買ったもののタイトル以上の情報を得た本に出会う事が少なかったから、、、もし読んでみて買うに値なら買います)。
と、言うことで岩村さん抜きで岩村さんの本の感想を書くことは憚られますので、例によって内田さんの貧弱な感想について、私のさらに貧弱な感想を書きます。
岩村さんの本には現代の食卓事情について、その貧困が述べられ、次にクリスマスやお正月、電飾で飾る家とそうでない家との食事の差について言及。
それに関して内田さんは以下のように纏めます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
岩村さんが指摘しているのは、外に向けて電飾をしてにぎやかにクリスマスを言祝いでいるかに見える家の方が、そうでない家よりも「家族一緒に」「仲良く」している率が低いということである。
私も「そうだろうな」と思う。
このような家の親たちの主たる関心は家族それ自身よりもむしろ、「この家族が外からどう見えるか」にあるからである。
「家族のひとりひとりの幸福や満足」よりも、「家庭が他人から見て幸福であるように見えること」が優先的に追求されている
それは「家庭の幸福」というものがもっぱら「社会的成功」の記号として機能しているということである。
そういう家ではおそらくすべての家族メンバーが「社会的成功の記号」として機能することを他のメンバーから期待されることになるだろう。
年収や学歴や特技など外形的・数値的なものしか記号的には役に立たない。
記号の条件は「誰が見てもすぐにそれとわかる」ということだからである。
「どこでも寝られる」とか「何でも食べられる」とか「誰ともすぐ友だちになれる」とか「相手の気持ちを配慮できる」というような資質は外形的には無徴候であるから、記号的には役に立たない。
だから、そのような能力の開発には現代の家族たちは誰も資源を投じない。
悲しい時代である。
(内田さんのブログから抜粋)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
先におむつ論争のときも思ったのですが、内田さんって実はすごく素直な人なのかもしれません。
三砂さんがしようとしている研究(?)に関しても、あるいは今回の岩村さんの調査結果についても、なんの疑問もなく受け入れる(あるいは受け入れる風を装って自分の説に持っていくのか?)ところが、私には危なっかしい。
どうして、岩村さんのたった200そこらの世帯の調査で、最後の結論「能力の開発には現代の家族たちは誰も資源を投じない」まで言いきれるのか???
不思議でたまりません。
内田さんはブログだから軽いノリで書かれている物とは思います(本当の論文でこんな雑なことはしないでしょうが)。
ただ、専門家でもない私たちが軽く読むブログに、無責任な発言を書くというのは些か問題を感じます。
岩村さんの調査(あるいは以前の三砂さんのおむつ)に対して、統計的に価値があるか調べる必要を感じます。
いつも拝見しているTAKESANさんのブログは先に血液型ハラスメントでも書きましたが、本当にオモシロイ。そしてためになります。ここでは論文の読み方というエントリーを紹介します。事細かに論文を読む上での心構えを書かれていますので是非ご覧ください。
ここでは関係箇所だけ以下に引用。
==================
11,方法や手続きは理解され追試できるよう十分な詳細さをもって明瞭に記述されているか? 参加者は適切に方向づけられ,動機づけられているか? 彼らは課題をどのように理解しているのか? 教示は十分に明瞭で正確か? 参加者間のコミュニケーションが,結果への影響要因のひとつになっていないか? デザイン,データ収集,査定,分析,報告の中に実験者バイアスの徴候はないか?
12,参加者は適切に選ばれているか? サンプルは対象をきちんと代表しており偏りがないか? 手続きは,実験参加者を保護するための指針を遵守しているか? サンプルの人数(N)は適切か? 参加者をグループ,処理,あるいは条件に割り当てるのに適切な手続きが使われているか? マッチング,均等化,ランダマイズのような群の等価性を確立するための適切な技法が使われているか? 参加者の欠落が生じているか? また生じている場合,それはサンプルを偏らせていないか?
13,統計的検定は適切か? そして,その使用の前提条件に合っているか? 自由度は正しいか? 誤差の測度は妥当か? 計算や統計的な結果の表示に間違いがないか?
14,表や図ははっきりと凡例がつけられ正しく表示されているか?
15,結果は正しく解釈され,適切に報告され,意味づけられ,きちんと書かれているか?
16,考察はデータの概観からみて適切か?
17,結論はデータからみて妥当であり,データによって保証されるものか?
18,結果の一般化は妥当か?
19,引用文献は本文の中の引用と対応しているか?
20,倫理的な基準は研究のすべての段階で遵守されているか?
21,この研究を改善し,再デザインするとしたらあなたはどうするか?


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

この基準で岩村さんの調査を見ると、とくに結果に対して岩村さんの本を読んでいないのでなんとも言えませんが、こと内田さんに関しては相変わらずのフライング。
まずは統計に対して検討すべきではないでしょうか?
こうした手続きを踏まないで、いきなり自説を展開するのは内田さんのこれまでの手法ですが、、、
やっぱり、読んでいると内田さんの解釈の浅さと貧困さが目につきました。

さて、仮にかりに、
この調査が日本の普通の家庭のモデルだとしても、
この調査から読み解くことは内田さんのそれではありません。
日本の食卓を奪ったのは「自由主義経済」ではないかと思うのです。
その罪を断罪しないで、家族の役割を外から見える物、見る物だけで測ることは一面的です。
なお、この問題、働く女性が抱える問題とも不可分です。
また別の項で考察をしていきたいものです。

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