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2008.02.20

多喜二と啄木

「冬が近くなると、ぼくはそのなつかし、い国のことを考えて、深い感動に捉えら、れている そこには、運河と倉庫と税関と、桟橋がある そこで、は人は重っ苦しい、空の下を どれも背、をまげて歩いている、ぼくは何処を歩いて、いようか どの人を、も知っている 赤い、断層を処々に見せて、いる階段のように山、にせり上がっている街、を ぼくはどんなに、愛しているか分からな、い」
2月20日は小林多喜二の命日です。
昨年は多喜二の守ったものと言うタイトルで安倍源基と中川成男について書きました。
そして最後に上の文でしめました。
今日は、まずこの 碑文から紹介しました。
これは治安維持法で獄中にいた昭和5年、劇作家村山知義の夫人である児童文学者村上壽子にあてた書簡の一節だそうです。

小林多喜二

私は2月20日になるといつも思い出します。
多喜二のことを。
そして小樽の旭展望台を。

さて、実は今日は石川啄木の誕生の日でもあります。
啄木も小樽の町とは浅からぬ縁があります。
小樽駅前には啄木の歌碑があります。
「子を負ひて 雪の吹き入る停車場に われ見送りし妻の眉かな」

ううう〜〜〜ん。
そのあまりに淋しく寒々しい情景が目に浮かびます。
妻の眉、、、
言葉すくなに目と目を合せ、愛情と信頼と過酷な運命を受け入れる覚悟が、
眉一文字に込められ、
なおかつ、離れたくない、、、という慟哭も感じられます。

この碑は二年ほど前にたてられたそうです。
どうりで私が小樽を訪れたときは見た記憶がありません。


多喜二と啄木。
小樽という運河と坂の町で、
時代は違いますが、過したことがあるのですね、、、

啄木は「ヴ・ナロード」(人民のなかへ)と叫び、
多喜二は大衆・民衆を信じて命を賭しました。

今日、2月20日は、こんな二人のそれぞれの生と死の日であります、、、

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コメント

 先日、日本プロレタリア文学集小林多喜二集1・2巻というのがヤフオクに出ていまして購入したばかりです。まだ読めてはいませんが今の時代も「蟹工船」のように働く者達が虐げられていますね。多喜二を読むことで今の社会に対する怒りを掻き立てることが出来ると思っています。

投稿: アッテンボロー | 2008.02.21 00:48

連合など労働者の権利を守る、と主張する方々も派遣問題となるとダンマリ。
なぜなら、非正規社員にまで富の分配を拡大すると、自分たち正規社員の取り分が減るから。
結局は自分たちの既得権益を守るためには他人が虐げられても構わないということです。
この辺がワーキングプア問題を複雑化させているところでもありますね。
単純な労使問題ではなく、ワーキングプアとされている者の間でも更に闘争があるわけです。

投稿: 小島 | 2008.02.21 09:58

アッテンボロー さん。
小島さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。

アッテンボロー さん。
そうですか、、、
プロレタリア文学ですかぁ。
私も蟹工船を読んだときは、胸がつまりました。
あああ〜〜〜こんな環境で働く大勢の方々がいる、その方達に支えられているんだなとつくづく思いました。
苦悩とエネルギーと声にならない呪詛、そして雄叫び。
いまでも覚えています。
本を読まれた後、感想などお聞かせくださると、とても嬉しく思います。


小島さん。
そうですよね。
本当に仰るとおりと思います。
階層間での格差の広がりが、見えにくく不透明にしていると現実を思います。
以前、「希望格差」や「下流社会」についてエントリーを挙げたことがあります。
あの折も痛感したものです。
解決は、個人のレベルではないのでしょうね。
やはり行政に整備を願わざるをえないのでしょうねぇ、、、

投稿: せとともこ | 2008.02.21 13:49

こんにちは、せとさん。私は色んな顔も持っているけど、そのうちの一つは全労連系の労働組合の地方の小さな分会の重鎮というか「何かあると頼られて引っ張り出される組合員」という顔なんです。

>やはり行政に整備を願わざるをえないのでしょうねぇ、、、

私は良く「労働運動の歴史」を語るんですね。産業革命が起こり、それまで家内制手工業の熟練工と言われていた人も含めて多くの人の仕事が工場に集約されて、長時間・低賃金のいつ解雇されるか分からない労働が始まったときに、その不満はどこにむかったか?なんて話なんです。最初は労働者たちは工場の機会を打ち壊したんですね。それはそうでしょ、工場さえ無ければ、今までのように、家内制手工業もっと楽に生きていける様に思えますからね。その当時、工場の労働者たちに参政権というのは無かったんですよ。だから、イギリスの工場経営者たちは議会に働きかけて、「団結禁止法」という法律を作ったんですね。打ち壊しの首謀者は死刑という法律です。でもね、それでも追いつめられたらやはり打ち壊しは起こるわけです。そんな暴動と鎮圧という血みどろの戦いの中から「労働者が参政権を得て、労働者の生活を守る法律を作ろう」なんて動きが起こって、だんだんと参政権を得て、日本で言うと労基法みたいな労働者を守る法律というのを作り上げてきた訳です。なんていうか、誰もが参政権を持って議会とか行政の代表を選ぶ民主主義の成立と、初期の労働運動というのは密接に関係している訳です。

私が良く言うのは、選挙というシステムとか選挙によって選ばれた議会が法律を作ったり変えたりするというのは、血みどろの暴力による変革の代償措置だということなんですね。そのシステムを機能させないと、結局は血みどろの暴力による変革の時代に戻らざるを得ないという事なんです。

なんていうかな、ここのところ、労基法は次々と「骨抜き」にされている訳です。そういう法案が通るのは、議会に労働者の声を代弁する代議士がとても少なくなっているということなんです。実際に労組の中にいると「うちの労組は政治には口を挟まないでいてくれ、面倒だから」という声を良く聞くんです。私に言わせると、「みんな、システムを殺して暴動の時代に戻りたいんだね」という言い方になってしまうんです。

投稿: 技術開発者 | 2008.02.21 17:58

技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。

そうですかぁ、
技術開発者さんって本当に面白い!!!
なんといろんなお顔をお持ちなのか。
シカゴさんではないが(ニケさんも)技術開発者さんと縁あってお近づきになれ、とても嬉しく思います。

さてさて、
私もそうだと思います。
悪法も法ではありませんが、私たちは法治国家に住んでいるのです。
法を遵守することを第一義と考えます。
だからこそ、法律が誰の代弁者であるか?
何を守るかをしっかりと見極めること、また立法である国会を確り監視すること、声を届けることの必要を感じています。
憲法も然りと考えています。
今、憲法を変える必然を私は感じていません。
デメリットの方が多いと考えています。


さて、それはさておき、先日頂いたコメントで相対主義云々と書かれていらっしゃいましたが、
私の書き方が誤解を招いたのではと考えています。
以前、理科教育と相対主義についてエントリーを挙げたことがあります。
http://ts.way-nifty.com/makura/2007/02/post_4610.html

相対主義って、気がつかないうちにその陥穽にはまりやすいのだと改めて気がつきました。
本当に敵は達摩おとしですね(^^;
自分自身の反省になりました、、、
またいろいろアドバイス頂けるととても嬉しく思います(*^_^*)
では、、、またね!

投稿: せとともこ | 2008.02.22 12:01

こんにちは、せとさん。

>技術開発者さんって本当に面白い!!!
>なんといろんなお顔をお持ちなのか。

 さらに顔を探すと、政治的主義者としては「フェビアン社会主義者」なんですよね。フェビアン社会主義では「市場競争」というのを容認します。ただ、市場競争というのはどうしても多くの貧者と少数の富者という格差を生み、それが固定化して拡大する傾向を持つから、議会制民主主義を通じて是正するという考え方です。本来、貧者と富者が生まれると、それは社会的発言力として弱者と強者の関係になるために、固定化して拡大する訳です。

 そこに、各人1票という投票権のことをよく考えるなら、多数の貧者は少数の富者よりも、社会的発言権が強いという関係になるために、貧者-富者の関係は弱者-強者ではなく、強者-弱者と成り得る訳ですね。つまり「市場競争」による貧者-富者の発生を政治を通じて強者-弱者化することで、貧富の固定や拡大を是正するわけです。この考え方では、政治とは否応なしに人数の多い貧者のための政策を優先する者になります。

 ところが、現実には、富者ほど政治に関する関心が高く、貧者になるほど生活に追われて政治の事なんか気にしなくなるために、こういう是正機能が損なわれている訳ですね。

 私は、以前のの自由民主党というのは政策的にはフェビアン社会主義的政策をとっていたと思っています。日本の工業化による高度成長は多数の農村部という貧者と都市部のサラリーマンという富者の格差をもたらしかねかった訳です。そこで自民党は手厚い農業保護政策により都市部から吸い上げた税金を農村部に回すことで、バランスを取っていたわけです。そこには農村部の票が手堅く自民党を守るという形が合ったわけです。さらに工業化が進み、労働集約型産業従事者という多数の貧者と知識集約型産業従事者という富者の関係が生じはじめたときには、「公共事業」という箱物行政により、最も労働集約型産業であった土木や建築に金を回した訳です。土木建築業界はその多数の票をもって自民党を支持した訳です。

 もちろん、自民党の政策というのはフェビアン社会主義のようなきちんとした理念(政治は社会的格差の是正のためにある)に基づくものではなく、行き会ったりばったりの「票が欲しい」により行われた訳ですが、少なくとも形としてはフェビアン社会主義的な政策の一部を為していたわけです。

>本当に敵は達摩おとしですね(^^;

 なんていうか、自民党は「資本主義政党」であって「社会主義政党」ではない事になっている訳です。ところが実際の政策はこうやって見ると「フェビアン社会主義的」であるわけですね。ここにも落とし穴があったのだろうと思います。現実にそういう格差是正政策を採らずに工業化した国の状態を見たければ今の中国の農村部と都市部を比べてみれば良い訳です。すさまじい勢いで格差が固定化して広がっています。もしも、自民党が「自分はフェビアン社会主義政党である」と標榜しながらこれらの格差是正政策をやっていたなら、今の新自由主義政策への転換は「大転換である」という認識が自民党にも国民にも簡単に理解出来たのだろうと思っています。ところが、口では「自由主義政策」と唱えながら、フェビアン社会主義的な政策をやってきたために、何がどうおかしく成っているのか分からなくなっている感じを受けています。

投稿: 技術開発者 | 2008.02.22 14:20

技術開発者さん。
こんばんは。
そうですかぁ〜〜〜
フェビアン社会主義者ですかぁ。
イギリスの歴史でチラリと学んだことがある程度の私で、
とてもお恥ずかしいのですが、
フェビアン社会主義者は土台というか体制は資本主義なのですか???
つまり階級対立ではなく階層間の対立として諸問題を見ていくということなのでしょうか???
「口では「自由主義政策」と唱えながら、フェビアン社会主義的な政策をやってきたために、何がどうおかしく成っているのか分からなくなっている感じを受けています。」
仰るように、こうしたやり方こそがシカゴ学派以来の新自由主義の方法であることを考えると、
結局、現実優先と言う言葉の元に消えていった理念の多くを思い出します、、、

また、いろいろ教えてください。

投稿: せとともこ | 2008.02.23 19:12

こんにちは、せとさん。

>フェビアン社会主義者は土台というか体制は資本主義なのですか???

う~ん。なかなか難しい部分なんですが、考え方としては「急ぐ必要はないから、とりあえず共存しながらやっていく」という感じですかね。

なんていうか、日本で社会主義というと「ソビエト型社会主義」という資本主義経済を否定して計画経済を行うスタイルしか無いかの様なイメージがあるんだけど、もともと社会主義というのは、資本主義の自由放任をしないで国家が何らかのコントロールをするというだけの意味なんですね。つまり「経済の自由放任主義」以外は全て社会主義とも言えるわけです。そういう意味では、ケインズの理論に基づいて、金利の上げ下げしたりとかも、広義にはは社会主義的な政策と言える訳です。正確には「社会民主主義」というべきですけどね。

>つまり階級対立ではなく階層間の対立として諸問題を見ていくということなのでしょうか???

もともと日本の歴史では階級=階層ではないよね。社会的威勢を持った武士階級よりも、商人や富農階級の方が遙かに豊かだったりしているわけだからね。面白い古文書を読んだことがあって、農民から前借りを続けた藩主に対して農民が「お台所預かり」という書面を出しているのね。つまり農民の方が藩の財政をコントロールするという意思表明なんです、「奥方様化粧料年2両、お姫様化粧料年1両」なんて、細かい細かい(笑)。でも、面白いのは、そうやって藩主のサイフには口を挟むけど「統治(司法権と警察権)はちゃんとお殿様と家臣でやってよね」なんて感じなんですね。

投稿: 技術開発者 | 2008.02.26 11:15

技術開発者 さん。
こんにちは。
コメントありがとうございました。

なるほど、、、
そうですかぁ、、、

「考え方としては「急ぐ必要はないから、とりあえず共存しながらやっていく」という感じですかね。」

これって凄く賛成です(*^_^*)
私もそう思います。
ただ、今のところ現実路線なんて言っている政党が、
次第、しだいに保守にからめ取られていく有り様をみていると、社民主義ってこのままでいいのか????と悩んでしまうところですが、、、
難しいところですね。
いずれに立場にとっても、、、

「面白い古文書を読んだことがあって、農民から前借りを続けた藩主に対して農民が「お台所預かり」という書面を出しているのね。」
本当に面白いですね。
存じませんでしたが、確かにありそうな話ですね。
三権分立のはしりでしょうか???

またいろいろ教えてくださいね。
楽しみにしています(*^_^*)
では、、、またね。

投稿: せとともこ | 2008.02.26 19:03

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