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2008.03.08

国際女性デー

今日は国際女性デー
ミモザの花がよく似あう日です。
私も2005年には国際婦人デーを終えてと言う記事で、世界各国の女性の取り組みを紹介しました。
その記事を以下のように纏めました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私は以前から女性問題、とりわけ「母性」については関心があり、自分なりに随分長い間勉強をしてきました。
このブログでも何回か取り上げてきたのですが、
その都度書き、
さらに今回も書きます。
「女性が真の意味で平等でないということは、とりもなおさず男性にとっても不幸なことである」ということを。
「性」は属性です。
区別されるものではありますが、差別されるものではありません。
私は、私の周りにいる人々、私と関わって下さる人々、そしてブログで知り合いになることができたアナタに声を大にして言います。
「私は、女性の権利が、尊厳が、女性というそれだけで、いささかも傷つくことのないような世の中にしていくために、努力をしていきたいです。」と。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

いささかも変らないこの願い。
3年経って、ますます強くするものです。

アカデミックなブログでいつも啓発されるかつさんからトラックバックを頂きました。
その内容を知って慄然としました、、、
沸き上がる怒りはひとりかつさんだけのものではありません。
知性の崩れが、マスコミに充満しつつあることを肌で感じます。

また感性豊かな水葉さんの記事は深く考えさせられ、すぐには言葉もありません。
dr.stoneflyの戯れ言さんは自分自身の心との対峙を明らかにする中で、基地の問題とレイプについて触れています。

沖縄に住んでいるなごなぐさんの怒りと悲しみは事件当初からビンビンに伝わり私はかける言葉さえありませんでした、、、

皆、みんな一生懸命にこの問題と向き合い、
怒り、
悲しみ、
そして二度とこのようなことが起きないようにと心から祈っています。

それなのに、
それなのに、、、
見るべきところ、糾弾すべきことをすり替えるような論陣を張る一部の識者(?)編集者、評論家には辟易します。
私たちが守りたいものは、ささやかなものなのです。
しかし、最も大切な物なのです!!!
その名は、
人間の尊厳。

今日、3月8日は国際女性デー。

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コメント

国際女性デーについて、私も記事にしましたのでトラックバツクさせていただきました。

投稿: 志村建世 | 2008.03.09 11:44

志村建世 さん。
こんばんは。
トラックバックありがとうございました。
早速訪問させていただきました。

臨場感溢れ迫力のある文を拝見して、
今更ながら、権力とは何か?
それにおもねる力との綱引きの上に私たちの未来があるのだと強く感じました。
またいろいろ考えてみます。
これからも宜しくお願いいたします。
では、、またね

投稿: せとともこ | 2008.03.09 19:59

こんにちは、せとさん。少し私が小さな労働組合の委員長をしていた頃にしていた話を紹介してみましょう。

 一つは、共同体と機能体という話です。人が男も女も寄り集まって村を作る。これが共同体です。村を作る価値というのは「単独で生きるより生き延びやすいから」以外には何も無いわけです。村の目的なんてものはあまり明確なものである必要はなくて、生きやすければ良い訳です。でもって村の中で「たまには猪の肉を沢山食いたいな」なんて欲求が出ると、巻き狩りチームが編成されたりします。この巻き狩りチームには目的があります、「獲物を獲ること」です。そのため獲物を獲るのに役に立つ者は賞賛され、役に立たない者は蔑まれます。

 村という共同体というのは目的が明確では無いので、もともと構成員の評価という概念を持たないものなんです。ところが、村の中にできる機能体は目的が明らかなので構成員の評価が可能となるわけです。でもって村という共同体は巻き狩りチームという機能体そのものを評価する上位の存在であるはずなんですね。問題は、いつの間にか機能体の持つ明確性が共同体の曖昧性を浸食してしまうということなんです。本来、何となく生き延び安くなるために群れ集っている村が、いつの間にか「狩りをうまくするのが村の目的」みたいになって、狩りの役に立つ立たないが村人の間の順位を定めてしまう様な事が起きる訳です。機能体による共同体の意識侵略です。その結果「狩りの役に立ちにくい女より男の方が優位だ」みたいな意識が生まれる訳です。でも、良く考えて頂くと、何も村というのは狩りをするために寄り集まった訳ではありませんよね(笑)。

もう一つよく話した話が「フェア」という事です。共同体という「生きやすくなるための集まり」があり、その中で「より生きやすくする」為に機能体ができるとしたら、その機能体は共同体をベースにすべきものです。現代の機能体である様々な会社は競争をするわけですが、そのベースはあくまで共同体に対しての奉仕するものであるはずです。そのため、共同体の中の「機能体に参加して共同体に奉仕したい」という人の割合に応じて、出発点を揃えて競争するのでないと、フェアな競争と呼べない訳です。例えば共同体の中に「機能体に参加したい」という女性が全体の3割居たら、どの機能体もまず3割の女性を機能体に参加させて、競争して始めてフェアな競争なんです。これは障害者雇用でも同じです。

 機能体というのが社会なのではなく、社会という共同体がまずあり、その中に機能体があり、社会は利便性をより多く求めるために機能体を競争させているという概念が無いと、こういうフェアな競争はできないわけです。
 

投稿: 技術開発者 | 2008.03.10 17:21

技術開発者 さん。
こんにちは。
この頃はあちこち(と、言うかきくちさんのところ)でお会いしますね(^.^)
あちらの話、とても興味深く拝見しています。

さて、今日のお話も面白い。
そうですね。フェアって言えば、誰もが公平に均等にということではなく、
競争そのものをフェアにするということなのですね。
なんとなくパレートの法則を思い出しました、、、

いずれにしても「機能体というのが社会なのではなく、社会という共同体がまずあり、その中に機能体があり、」と言われること、とてもわかります。
ともすれば近視眼的に機能に目ばかりとらわれやすくなる、というかそのように持ってこられているのでしょうか???
どうなんでしょう???

投稿: せとともこ | 2008.03.11 17:43

こんにちは、せとさん。

>ともすれば近視眼的に機能に目ばかりとらわれやすくなる、というかそのように持ってこられているのでしょうか???
>どうなんでしょう???

なんていうか、私は悪徳商法なんかでも「うまくできたシステムは経験則で試行錯誤的」なんて言うんですね。催眠商法やマルチ商法の勧誘システムを社会心理学的にみると、いろいろと人間の持つ性質をうまく利用して、人の心を乱して勧誘させる様にできているわけです。でも、それが社会心理学的にうまくできているからといって、陰に「社会心理学の専門家がシナリオを作っている」なんて考えるのは誤りなんですね。もともと、人間には共通する性質が有って、そこに合致する働きかけがあると心は乱れるものなんですね。だから「何とか契約させたい」という悪人が何度も試行錯誤しながら「こうやったら勧誘出来た」を積み重ねると、社会心理学的によくできた勧誘方法ができあがる訳です。

なんていうか、19~20世紀というのは機能体である営利企業が非常に大きな役割を果たした時代なんです。実際、営利企業が競争し合うことで生産性は鰻登りに高まり、その結果として皆さんは18世紀には想像もできなかったほどの「物に囲まれる生活」ができるようになったわけです。ただ、そのシステムをうまく動かすためには、皆さんの意識そのものも18世紀とは異ならなくてはならなかった面があるんですね。それが機能体である企業の生産性を高めるための市場競争原理を受け入れるということなんです。でもって、その意識変革に成功した国は早くから発展し、遅れた国は発展が遅かったわけで、試行錯誤的に意識変革をする方法を模索すれば、意識変革はかなり人間の性質に合致する形で起こるわけです。

そういう意味では、「意識が操られている」という事もできるのだけど、意識を操っているのは陰に隠れた権力者とかではなくて、「時代」なんだろうと思うんですね。だからこそ、実はこの意識変革が世の中をゆがめ始めた時に元の共同体の意識に戻るのが簡単ではないんです。誰かが操っているなら、そいつを倒せば良いんだけど、相手は「時代」だから、「もうその時代ではない、もう一度共同体の意識にもどろうよ」と地道に戻していくしかないのだろうと思います。

投稿: 技術開発者 | 2008.03.11 18:12

技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
とても、よくわかります。
小泉さんが総理のとき、私はいつもあの人を「時代の子」と称していました。
そうなんでしょうね、、、
個人の悪者を見つけたり、責任者を捜す事ではなく、
流れを見極めて行く事、つまり、この流れが何処へ向かおうとしているか、、、という事を俯瞰していくことが、これからの課題、求められるものなのでしょうね。
マルクスやエンゲルスが古い、というのは簡単ですが、
古いのではなく、時代に合わなくなった、という事の方が適切なのでしょうか?
もちろん、マルクスの全てを捨て去る事はないのですが、
階級の認識とかは、もう今のものではない。
のかな????
と考えたりします。
どうなんでしょう。

投稿: せとともこ | 2008.03.12 17:47

こんにちは、せとさん。

>もちろん、マルクスの全てを捨て去る事はないのですが、
>階級の認識とかは、もう今のものではない。
>のかな????
>と考えたりします。
>どうなんでしょう。

 昔作ったおとぎ話でしましょうか?名付けて「キンベン村物語」なんて言っています。

 むかしむかしあるところに「キンベン村」という1000人ほどの村がありました。村は貧しくて1000人の人間が朝から晩まで一所懸命に働くとちょうど1000人が食べていけるだけの食べ物ができていました。

 ある時、村人は「今までの2倍の作物ができるタネ」を手に入れました。村人は喜んでそのタネを撒きました。そして今までと同じように一所懸命に働きました。

 新しいタネを撒き始めてから2年目に村人はあることに気が付きました、「食べ物が誰も食べられないままに腐り始めている」という事です。それは真面目な村人にとって我慢のできないことでした。

 村人は集まって相談しました。そして「作る人間が多すぎるんだ」という話になりました。そこでくじを引いて500人の人間が作ることにしました。くじに外れた500人は「自分たちはどうしたらいいのだろう」と言いました。くじに当たった500人は「働かざる者食うべからずだから、村から出て行ってくれ」と言いました。くじに外れた500人は村から出て行きました。

 500人になったキンベン村が1年ほど過ぎたときに、村人はまた気が付きました、「やはり食べ物が誰も食べられないままに腐っている」という事です。真面目な村人にとってやはり我慢のできないことでした。

 村人はまたくじをひき、250人が村から出ていきました。そして、次ぎに125人、その次ぎに62人、31人・・・最後に一人になった村人はやはり気が付きました、「食べ物が腐る」という事に。「自分一人でも多すぎる」。彼も村から出て行きました。こうしてキンベン村は世の中からなくなってしまいましたとさ。おしまい。


 デフレスパイラルの説明に使ったりするおとぎ話なんですけど、マルクス・エンゲルスなんかというのも「時代の子」なんだろうと思います。経済というものを「需要(消費)というのは常にある」として生産(供給)からのみ考えた時代から「誰がどうやって消費しているのか」を考え始めなくては成らなくなった時代だから生まれてきた訳です。

投稿: 技術開発者 | 2008.03.14 09:37

技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
花粉症で頭がボッーとしているうえ、確定申告やらで慌ただしくしていましたので、お返事おそくなりました。
ごめんね。

キンベン村のたとえ話、
そうですねぇ、、、
ちょっと分からないのは、500人の選ばれた人たちがおおいに働いて、その結果、豊かな食べ物が生産され、
かつ余剰生産であった。
なら何故さらに半分の人々が出て行く必要があったのでしょうか????
花粉症の頭は、どうもこのキンベン村の人々の発想がわかりません(^^;

それはともかく、私もマルクス・エンゲルスが「時代の子」であったと思います。

投稿: せとともこ | 2008.03.16 11:14

こんにちは、せとさん。

>なら何故さらに半分の人々が出て行く必要があったのでしょうか????

う~ん。それがこのおとぎ話の基本の所なんですけどね(笑)。
てきれば、説明せずに理解して欲しい所なんですよ。仕方ないから説明しますが、なんていうか村人の役割というのは「生産者」であると同時に「消費者」なんですね。この2つが分かれている訳ではなくて、否応なしに両方であるわけです。生産性の低い時代には、頑張ってキンベンに生産しても、多くの場合は消費欲求かつかつくらいしか生産出来ない訳です。そのため、社会における個人の役割の認識として「消費者」であることはあまり認識されずに「生産者」であることの認識が大きい訳です。しかし、生産性が上がると、消費を超えた生産というものも生まれる訳です。その時、「生産調整」して生まれる余剰生産者を「無用の者」として社会から排除すると、消費そのものも減少してしまうわけです。私はデフレ・スパイラルの説明にこのおとぎ話を使うと欠きましたが、この物語を語った後で問いかけるのは「失業者は自動車の新車を買ってくれますか?」「失業者は新型のTVを買ってくれますか?」であったりするんですね(笑)。

投稿: 技術開発者 | 2008.03.17 08:48

技術開発者 さん。
こんにちは。
お返事遅くなりました。

さて、件のキンベン村のたとえ。
なるほど、「生産者」と「消費者」の立場について、そのような意味を持たせていらしたのですか、、、
それならば、その社会が半分をさらに間引いていくことは分かります。

ただ、現実はキンベン村とは違うから、
この問題、なかなか一筋縄ではないと、改めて思いました。
デフレスパイラルの説明には、私でもわかるような、譬えがあるといいのですが(^^;

また考えてみます、、、
いろいろありがとうございました。
これに懲りず、また教えてくださいね(^.^)


投稿: せとともこ | 2008.03.19 14:39

こんにちは、せとさん。

>デフレスパイラルの説明には、私でもわかるような、譬えがあるといいのですが(^^;

 kikulogの方ではスパイラル型事象の説明なんかをしているのですが、そこで理解して欲しいのは「自分と無関係にスパイラルが進行する訳ではない」という事なんですね。なんていうか、デフレスパイラルが起こるような「全業種の不況」が起こると消費が冷え込むわけです。でもって「今のまま生産すると過剰になるから、この工場は閉鎖しよう」とかでレイオフがはじまります。あるいは競争に負けた企業が倒産したりします。不況下でレイオフや倒産なんてことになると次の仕事なんて見つからないから、皆、好景気の時よりも沢山働くことで「自分をレイオフの対象にしないでね」とアピールします。また賃上げ要求なども当然しなくなります。つまり1人当たりの生産性は向上してしまうわけです。また、レイオフされるかも知れないという不安は消費を控えさせます、「車を買い換えようかと思っていたけど、車検を受けてもう2年乗ろう。買い換えの為の貯蓄はもしもの時の備えに回そう」とね。つまり何が起こるかというと、消費を抑制して生産を増加させている訳です。その結果として、消費に対する生産は生産調整してもなお過剰になる訳ですね。その結果、レイオフや倒産はさらに起こる訳です。なんていうか、レイオフや倒産を避けようとする、あるいは、もしものレイオフや倒産に備えようする個人の行動傾向が不況を加速するわけです。もちろん、じゃあ、頑張って勤勉さをアピールするなとか、レイオフや倒産に備えるなとか言えるものでは無いことではあるんです。でも現実にそれらの行為は不況を加速し長引かせます。私はせめて、そういう大きなメカニズムを認識して勤勉さをアピールしたり、備えを考えて欲しいと思う面はあります。

こういうデフレスパイラルの脱出方法としては、かってのニューデール政策とか、ヒトラーのアウトバーン建設のような大かがりな公共投資が有効でした。それらの公共投資は失業者を吸収し、消費を刺激する事でこのスパイラルを止める働きを持っていた訳です。実は、潜在的な消費欲求がまだある段階で単に需要と供給のバランスの崩れによる「生産過剰型不況」では、とても有効な方法なんです。そのため先進国の政府は「不況には公共事業」と馬鹿の一つ覚えみたいにこの政策を繰り返した訳です。

ところが、ここ数十年における「生産過剰」つまり不況というのは、バランスの崩れではなくて、「消費欲求の上限」に達しているタイプです。私は「4人家族部屋が4つ、5台目のTVはどうしたら売れますか?」なんてたとえ話をしますけどね。「いくら安くたって壊れなきゃ次は要らない」に近づいた事による生産過剰が起こっていた訳です。この場合というのは、或る意味で市場の計画化をしないで公共投資をしても景気は回復しません。案の定、政府は公共投資用の費用で大赤字になったわけです。

とまあ、このあたりが、ここ数十年の概況なんですね。


投稿: 技術開発者 | 2008.03.19 17:42

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