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2008.03.28

異議ありぃ!!!文科省

国歌は自由に歌いたい、国旗は自由に掲げたい と言うタイトルでエントリーを挙げられたお玉さん。
学習指導要領 君が代『歌えるように』 「愛国心」総則明記 直前変更きょう告示と言うとんでもないニュースに関してのエントリーです。
とても充実しています。
ぜひご覧下さい。

それにしても、
文科省のやりかた、ひどい。
うううう〜〜〜ん。
読むほどにひどい。
こんな大切な問題をろくすっぽ議論せず(と、いうか議論を避けて)いきなりの変更、告示って、
許されていいんでしょうか???

この問題に関しては私もかなり考えてきました。
「愛国心」の表現で合意
学校教育法に愛国心
。その他、教育基本法関連で折にふれて)。

愛国心について考える以前の問題として、
デリケートで繊細なこのテーマに関して、
このような粗雑なやり方で国が教育にドカドカと介入していくことへの危惧を感じます。
今後の行方を見守るとともに、声を大にして訴えていく必要を感じています。

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コメント

うちの日記にありますけど、教育再生会議では徳育は強調してましたけど、愛国心教育はほとんどでてきませんでした。
いつの間にか摩り替わってるようですねえ?

愛国心教育より、まず食事ちゃんと全員に食べてもらうほうが先決ですけど。(これもうちの日記に)

投稿: あゆ | 2008.03.28 22:34

瀬戸さん、こんにちは~^^

どのようなことであっても国民に対して一方的・強制的に考え方を押し付ける行為は非難されることですね。政権党の考えを教育界に押し付けることには私も反対です。これは社会主義政党が政権をとっても守らなければならないと思ってます。
しかし、政権党ばかりではなく官僚たちの考えもあるのでしょう。結局、日本の官僚は国民と対立しても自分たちの思想で国民を指導したいとの考えが見えてきますが違うのでしょうか?

私たちは政治を投票で変えることは出来るが、官僚に対してはどのようにしたらよいのでしょう?私は最終的には官僚との戦いまで視野に入れていないと、野党が勝利して政権党になっても、陰に陽に抵抗してくると思っています。

私の小学校低学年の時代には、まだ軍服のようなカーキ色の服を着た先生がいました。何の科目の先生だったのか?体育?、道徳を教えていたのでしょうか?あまりに幼くて記憶が無いのですが、他の先生が背広や職員の制服だったのに本当に目立っていました。ん?今調べてみたら、ひょっとして「国民服」というものだったかも・・・
今は逆にジャージーとかの楽な服装になっているのでしょうかね?詳しく知らないので瀬戸さん教えてください。

私は十代後半から十年間のわずかな期間はいわゆる左翼思想?wでした。(極左ではありません。極左はきらいです。)笑
天皇陛下は天ちゃん!でした。その後右翼思想にはなりませんでしたが、陛下を陛下と言うようになり、君が代も歌うようになりました。それでもつい最近までは、昔の癖が出て家内に不快な表情をされたりしてます。特にブログを始めてからだんだんと考えがまとまってきたように思います。

考え方や受け取り方は、人によっては一生変わらない人もいて、それはそれですばらしいと思っています。確固たる信念を持てた人なのでしょうね。自分で言うのは何なのですが、私はいまだ道半ばです。(^^)

国旗・国家については私個人では格別拒否反応はありませんが、保守・革新、どちらが政権をとっても、教育は教育界の人に任せたい。国は干渉してはいけないと思っています。だから国旗・国家は個人の思想を尊重し、強制するようなものでは絶対にない。と思っています。

投稿: ニケ | 2008.03.30 16:37

こんにちは、せとさん。私は陽明学にかぶれている訳ですが、「愛国心」とかいう話の時に紹介する「伝習録」の中の一説がありますので説明しましょう。

 それは「頭目を守るに手を持ってする。頭目を愛し手を憎むに非ず」という言葉です。頭や目にものが落ちかかって来たときに、何も考えることなく手で払いのけようとします。その結果として手は痛いかも知れませんね。でもね、それはとても自然な人の反射であって、「頭が大事なんだ、手なんてどうでも良いんだ」なんて考えてする事ではないんですね。

 この言葉に続いて「禽獣を飼うに草木をもってする。禽獣を愛し草木を憎むに非ず」となります。鶏などを飼いますと、柔らかそうな草を刈り取って食べさせたりもする訳ですが、鶏に元気で生きて欲しいからする訳でして、草が憎くて鶏に与える訳ではないんですね。これもまた、自然な心の動きなんです。

 ここから、かなり現実の世界に近づくのですが「食べ物を持って家路を急ぐときに路傍で食を乞う人に会ったけど断ってしまう。家族を愛するからそうするのであって、路傍にで食を乞う人を憎むからではない」という訳です。この話における自然さも理解して欲しい訳です。

 ここから、私なりの話を書きますと、頭をかばうのに手を持ってするように、人の心の情には自ずと濃淡があります。家族は他人よりも愛おしいですし、近所の知り合いは遠くの見知らぬ人よりも情が湧くでしょう。同じ山河の風景を語り合う事のできる同郷の人の方が見知らぬ山河の風景に郷愁のある人よりも仲良く成りやすいでしょう。同じ言語を話し、同じような風習を持つ同じ国の人の方が、知らぬ言葉を話し違う風習の人よりも仲間と思いやすいのも人間の情というものです。大事なのは、その天然自然な情の傾斜を天然自然のものとして理解するという事だと思うわけです。

 路傍で食を乞われるという話を書きましたが、「私は家族をあなたよりも愛しているから、あなたにあげずに持って帰るのであって、あなたが憎いからではない」がきちんと思えるかどうかなんですね。そこがきちんとできないと「自分は愛の足りない者なのだろうか?」なんて変な気分になって「いや、たぶんあの路傍で食を乞う人は怠け者なのだろう」なんて、「憎む」形を取ってしまうわけです。

 なんていうか、情の傾斜というのは天然自然に全ての人間に共通してあるものですから、自分が素直な天然自然な情の傾斜を持つことを理解していれば、他の国の人もまた天然自然な情の傾斜を持つことが理解出来るわけです。「自分が自分の国を他の国よりも愛おしく感じる様に、この人もこの人の国を自分の国より愛おしいと感じて居るのだろう」とね。

 実のところ、この天然自然さの理解を妨げる様な「愛国心」というのは、「憎む」を生み出してしまうわけです。そういう基本のの事ができない愛国心教育というのは国を損なうものだと思っています。

投稿: 技術開発者 | 2008.03.31 09:13

あゆさん。
ニケさん。
技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
今年度も今日で終わりと言う事で国会もバタバタしているようですね。
いずれにしても庶民には痛みだけが押し付けられるようで、この春もまた辛い春になりそうです。
後期高齢者医療に関しても本当にお寒い政策。
だいたい、後期高齢者なんて言い方がひどい。
こうきはこうきでも「高貴」です。まったく。
なぁんて思いながら慌ただしくしています。


あゆさん。
本当にそうですね。
愛国心では食べてはいけません。
まずは実質的な利から保障してもらいたいですよね。
あゆさんの言われる事、まったくその通りです。


ニケさん。
ジャージですかぁ。
そうですね。
今は、そんなことはないと思います。
ニケさんが学校に行かれているころは国民服の先生もいらしたのですか。
尤も、それはまだ戦後間もない頃のもの不足の時代ということで、とくに思想ではなかったのでしょうね。
ところで、私も日の丸や君が代、そのものは別に嫌いではないし、皇族もそんなに嫌いではないです。
皇室がお幸せなら、それは嬉しいと私も思っています。
ニケさんの言われるように、それが「強制」になるととんでもないことになるということなんでしょうね。
権力にとって、教育は一番やりやすい場なんでしょう。
そこをキチンと訴えていく事が大切だと改めて思っています。


技術開発者さん。
とても興味深いお話、ありがとうございました。
とても分かりやすくスンナリと頭に入りました。
「路傍で食を乞われるという話を書きましたが、「私は家族をあなたよりも愛しているから、あなたにあげずに持って帰るのであって、あなたが憎いからではない」がきちんと思えるかどうかなんですね。そこがきちんとできないと「自分は愛の足りない者なのだろうか?」
本当に私自身のことだと思いました。
私は相手を憎む事はしませんが、
自分を責めるのです。
仕事柄。子どもたちの勉強に関してお母さんから相談を受ける事が多いのです。
そんなとき、すべてを受け取ってしまって、一人で悩み落ち込むのです。
自分の無力を嘆くのです。
本当は無力なのは当たり前なのに、、、
そしてストレスを溜め込むタイプ。
結果、家族が一番の被害者になることがままあります。
「流す事が出きない」んですよね、、、、、
技術開発者さんの言われる
「大事なのは、その天然自然な情の傾斜を天然自然のものとして理解するという事だと思うわけです。」
は、私には涙が出るくらい分かります。
わかります。
そして、そうありたい。
ど〜〜〜〜んと受け、サラリと流したい。
あっ!
ごめん。
愛国心からはなれちゃった。

愛国心。
ちょっとまってね。
今度、書きます。
では、、、またね!!!


投稿: せとともこ | 2008.03.31 15:51

愛国心狂育しなくても、三度の食事の心配がない。病気やケガの時はかならず、診てもらえる。雨露しのげる住居がかならず確保される。 ついでに監視されない。

これが保証されてたら、あまり、その国をきらぃにはならない気が・・・。

投稿: あゆ | 2008.04.03 19:44

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