桜の春
やっぱり桜は美しい。
満開の桜を見れば心がワクワクと踊ります。
先日も哲学の道沿いのあの関雪桜の並木を見ながらため息をついていました。
以前は桜よりも梅の方が好きだったのですが、このごろは桜の潔さも捨てがたいものがあるなと思っています。
二年前は桜満開と言うエントリーで岡本かの子と桜について書きました。
また、桜と言えばやはり西行。
そう、西行が好きだから桜がすきなのかもしれない、、、
桜は、華やかであるがゆえに儚くて、
儚いがために、いつまでもその残像が人の心に残るのでしょうか?
今日4月5日は三好達治の命日。
三好と言えば、四行詩が面白い。
が、なかなか乙女チックな詩も残しています。
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甃のうへ
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々(ひさしひさし)に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
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私が初めてこの詩を読んだ時、
かわいい乙女のイラストが載っていて、まるでジュリエットのようでした。
本当は、三好が詠んだ乙女は和服のはずなのに、、、
それは、ともかく乙女にハラハラと降る花は桜なのでしょうね。
この詩は、詠めば詠むほど、物悲しくて、次第に音が消えていくようなそんな感覚がします。
風鐸さえ音をひそめ、石の上に映る影に、時間の流れさえ遠慮しているようです。
春とは、こんな季節なのでしょうか???
桜は実に春に似つかわしい。
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