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2008.06.12

出口のない状況

悲しくて心痛む事件がありました。
社会的に大きな問題ゆえ、皆さん、いろいろこの記事について書かれていらっしゃいます。
ゲーム脳に関して危惧を表明してるTAKESANさんはTAKESANさんらしい切り口で。
お玉さんはずっと拘りつづつけている「死刑問題」で。
死ぬのはやつらださんは派遣問題について言及。
それぞれの視点からこの問題が考えられています。

私は、今のところ、考え中です。
皆さんのご意見やその後明らかになるであろう事柄を待っています。
今、
なんとも、なんとも言葉に言い尽くせない思いで一杯ではありますが、、、亡くなった方々への哀悼の意を表わすことしか出来ないのです。
今後、この様なことが起きないように、
と、言うことで法律(銃刀法)が変えられたり、教育の見直しなんて叫ばれたり、、、
いろいろと社会に影響を与えるのでしょうが、
それでも亡くなった方々は帰らない。
胸がつまります。
記号的な殺人と喪の儀礼についてと言うタイトルで内田さんがエントリーを挙げています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
無差別に人を殺すことを決意した人間の中にある、私たちの理解を超えた「闇の部分」について何もわからないままに、あるいはそのようなものが存在しないかのように処方された「再発防止」策は、闇を隠蔽し、拡げるだけだと、私も思う。
私はこういう事件のときに語られる社会心理学的なあるいは精神病理学的な説明に対してはいつもambivalent な気持ちを感じる。
それらの説明はたしかに出来事の一部分については妥当する。
なるほど、そうか、と思うこともある。
けれども、どこか「説明過剰」になっているような気がするのである。
その理屈では説明できないし、説明すべきでないことまで説明してしまうことによって、説明されることによって生成した局所的秩序を上回るような無秩序がそこに増殖してしまう。
そういうことがある。
(内田さんのブログより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして、内田さんはその後、知的負荷の回避が全国民的に「知的マナー」として定着している社会というものへの警告を発していきます。
その例として、「言葉の解釈」論が展開されます。
「私たちはメッセージを適切に解読するために、実際にはたいへん面倒な手続きを踏んでいる。
と内田さんは言う。
そして、
この面倒な作業をシンプルにするために人は「記号化」という新手の力業を手に入れたと内田さんは言います。
とりあえず、人は脇において、
「記号」として、、、処理する。
他人も自分も見ていく、その脆弱であり堅牢でさえある考え方の蔓延を伝える。
最後に内田さんは以下のように締めます。
「記号に読み替えられたことで死んだ死者たち」については、私たちもまたそれを「記号として扱う」ことを強いられるということである。
私たちは記号的に殺された死者たちをもう一度記号的に殺すことに「加担」させられることなしには、この事件について語ることができないという「出口のない状況」に追い詰められているのである。」
まさに出口のない状況です。
出口はない、、、

出口はない。
出口のないところに詰め込まれているのは私たちみんななのです、、、
つまり私たち全てが「かおなし」としてペルソナをかぶる以外に、この問題を考えることは出来ないと言うことなのでしょうか?
人に引き寄せては、何も解決策は出てこないということなのでしょうか?
出口のない社会にひしめき合っている私たち全ての責任と言うことかぁ〜〜〜

ならば入り口は何だったのか???

入り口は何かは内田さんは語っていません。(本当はわかりにくく語ってはいるのですが、、、
つまり分かり合うという面倒な手続きを割愛していく社会というものが入り口だと内田さんは言っているのだが、、、)

私は、入り口は、格差社会の本格的な幕開けではないかと考えます。

人が人としての尊厳を失わされ、
物のように扱われる社会において、
自分をも含め「記号」として処理していかなければならない社会が、すぐそこに来ている(いや、もう来ている)のかと考えます。

この事件、
いまだ、闇のままですが、
それでも、私たちはしっかりと考えていく必要があると強く思います。
人は人である。
記号なんかじゃない、、、
と言う強い思いを抱いて、これからもこの問題を追っていきたいと考えています。

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コメント

この記事を読みながら、瀬戸さんの昔の記事、子どもたちに抽象化された数を教える様子を綴った記事を思い出していました。

その記事では、2つのみかんと3つのりんごを足し合わすことを理解できない生徒さんのことが描かれていたと記憶してますが、私はその記事を読んだとき、みかんとりんごを足し合わせることができない子どもに、感じ入っていたのです。(そんなコメントも残しましたかね?)

人間は記号なんかじゃない。もちろんそうです。でも、みかんだってりんごだって記号じゃないんです。私たちは、それらを記号としてみることができるよう教育されます。そうした能力を獲得できなければ無能と見做され、社会から居場所を奪われてしまう。今はそんな社会です。

現代社会を生きていくのに、みかんやりんごを記号化する能力は必要です。それは間違いない。しかし、その能力ばかりを重要視して社会の制度を組み立てしまった結果が現代の格差社会です。

みかんやりんごはともかく、人間は記号化してはいけない。これを倫理や道徳というのでしょうが、現代社会はそうしたモラルが荒廃した社会でもある。その荒廃の原因が記号化能力の突出にあるとするならば、モラルを復活させるには記号化能力を相対化する必要があります。それには、みかんをみかんと感じ、りんごをりんごと感じる能力を高めなければなりません。記号化する能力に感じる能力が拮抗して始めて、モラルも有効に機能するのではないでしょうか。

投稿: 愚樵 | 2008.06.12 20:58

愚樵さん。
おはようございます。
示唆に富むコメントをありがとうございます。

頂いたコメントは以前の具象と抽象についてのモノと思いますが、、、(http://ts.way-nifty.com/makura/2007/10/post_bc7a.html)

そうですね。
あの折も愚樵さんから同じ意のコメントを頂きましたね(^.^)
数学で言う記号化は、
対象から等質を導き出す作業です。
一般に数学の方法に関わる考え方として以下のものがあります。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1 帰 納 的 な 考 え
2 類 推 的 な 考 え
3 演 繹 的 な 考 え
4 統 合 的 な 考 え
5 発 展 的 な 考 え
6 抽 象 的 な 考 え ( 抽 象 化 ・ 具 体 化 ・ 理 想 化 ・ 明 確 化 )
7 単 純 化 の 考 え
8 一 般 化 の 考 え
9 特 殊 化 の 考 え
10 記 号 化 の 考 え ( 記 号 化 ・ 数 量 化 ・ 図 形 化 )
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この作業を通して、
対象を目的に応じて処理していきます。


一方、今回問題にした記号化は、下のサイトあたりの内容になるのではと考えます。
http://iwatam-server.sakura.ne.jp/kokoro/kigou.html

「みかんやりんごはともかく、人間は記号化してはいけない。これを倫理や道徳というのでしょうが、現代社会はそうしたモラルが荒廃した社会でもある。その荒廃の原因が記号化能力の突出にあるとするならば、モラルを復活させるには記号化能力を相対化する必要があります。それには、みかんをみかんと感じ、りんごをりんごと感じる能力を高めなければなりません。記号化する能力に感じる能力が拮抗して始めて、モラルも有効に機能するのではないでしょうか。」

愚樵さんの言われること、とても大切なことだと私も思います。
まさに、そこにこそ核心があるのかもしれません。
多分、内田さんは、そう思われているのでは、、、、と考えます。
人間を記号化するとは、
生の人間との対話を拒否することでもあるのでしょうか???
以前は、濃密でドロドロしていた狭い人間関係が、
今は浅く広く薄い。
そんな中で、現実の自分とバーチャルな自分。
枕がえしのように狭間を行ったり来たり。
次第にそぎ落とされていくのは『人間性」なのでしょうか???

この問題、
まだまだ考えるには資料が足りません。
しかし、
考える必要はありますね〜〜〜
また、愚樵さんのユニークなご意見、お待ちしています。
では、、、またね(^.^)


投稿: せとともこ | 2008.06.13 10:09

夢がワイドショーの独占だった25歳の犯人。
連日ワイドショウの報道枠で垂れ流し続けて、マスコミが犯人の夢の実現の手助けをしている。
もっと大事な沖縄県議選の結果や首相問責決議、NHKの従軍慰安婦報道を自民党が介入した問題の最高裁判決等大問題が目白押しなのに。なんとも腹が立つ。

よく似た事件が続発しています。『誰でも良かった』大量無差別殺人。
今年だけでも何件も起こっていますが、共通点は自殺をしたいが、一人では怖くて出来ない。
ネットを利用した見知らぬ他人との練炭による集団自殺事件の真理と共通する。
心理的には「自殺」より、「他殺」や「死刑」の方がハードルが低いのでしょう。
7年前の池田小学校生徒8人を次々に殺した犯人も自殺したかったが一人では死ねなかった。
日本では毎年3万人以上が自殺する。多分自殺予備軍はこの数十倍以上の数でしょう。
死にたい人々が、これほど居る現在では『死刑』の存在は、凶悪事件の抑止には役立たず、逆に凶悪事件を誘発する危険性すら持っている。
今日、死刑の廃止と終身刑の導入は時代の趨勢でしょう。

真面目な話は此処までで、あとは個人的な不満です。大量無差別殺人は昔の方が多かった。幕末から明治にかけて河内十人切りのような事件が続発する。 一番多いのは1930年代の津山30人切りで、八墓村の原作にもなるが、これ等の犯人は猟銃に日本刀で完全武装していた。
たった13センチの刃物で、何で7人も死ぬんですか。?
刃物では簡単には人は死にません。手で庇った場合に致命傷はなかなか難しい。必死に抵抗する相手を、一突きで殺害するのは不可能です。
しかし歩行者天国のみんなは逃げ惑うばかりで、凶悪な犯人に抵抗していない。
なにやら、途惑うばかりで、凶悪な解同集団の悪質なイジメを(水葉さんやニケさんを例外として)積極体に止めようとしなかった。「争いを嫌う左翼護憲派のお花畑の住人」などと他所様に皮肉られる所以です。
外国でも良く似た大量殺人が起こっているが、全員銃や爆破物を大量に用意している。
イラクやアフガンで13センチの刃物を振り回しても絶対に今回の様にはなりません。
其れより不思議なのは、犯行現場での携帯による近距離からの撮影です。刺されている人を、周りの人が見物していたとしか解釈できない不思議なアングルの写真が出回っている。
撮影するカメラがあるなら、犯人に投げつけるぐらいのことは出来るはずだ。
相手(犯人)が一瞬怯んだ隙に、大勢で取り押さえる事も考えられるが、写真を撮ることに忙しすぎて誰も犯人に抵抗していない。

投稿: 逝きし世の面影 | 2008.06.13 17:54

逝きし世の面影 さん。
こんにちは。
コメントありがとうございました。

なんとも短絡的な犯行にため息です。
仰るように、今、時事問題は山と積まれているのに、
そちらは後になるようなメディアのあり方には疑問を呈しますね、、、

面影さんが最後の締めで書かれているように「犯人逮捕」より撮影している人々というのも、これまた不気味ですね、、、
なんだか、たまらない。

この問題の今後については、これからも注目です。

所で、面影さんの以下のコメントについて少々意見を書かせてください。
「なにやら、途惑うばかりで、凶悪な解同集団の悪質なイジメを(水葉さんやニケさんを例外として)積極体に止めようとしなかった。「争いを嫌う左翼護憲派のお花畑の住人」などと他所様に皮肉られる所以です。」

具体的に何を指しているかは分かりますが、
「凶悪な解同集団の悪質なイジメ」と言うのは、
些か過激な発言では?と思います。
凶悪、についても、解同集団についても、悪質についてもイジメについても、
そのような認識を私は持っていません。
初めのボタンの掛け違い、だと思います。
本来なら、本当に単純な出来事だったのでは、、、と考えます。
だからこそ、
この問題については、これ以上の何も出てこない、
不毛な論争であることを了解しているのです。エネルギーは、もっと別の所に使いたいし、使うべきと存じます。
と、言うことで「お花畑」大いに結構!!!
これ以上の褒め言葉はないと存じますよ(^.^)

では、、、またご意見やアドバイス、お待ちしています。

投稿: せとともこ | 2008.06.14 14:14

せとともこさん。個人的な不満にまでコメント頂き大変恐縮しています。筆が滑ってしまったようです。
水騒動の対する見解は現在までに色々なブログで書かれていますが、せとともこ さんの以前の記事が一番的確に判断されていると考えています。
この意見は私だけではありません、他のブログでも瀬戸さんは高く評価されていますよ。
「争いを嫌う左翼護憲派のお花畑の住人」の表現は「私は右」と標榜している人のブログのなかの表現で、そのかたも「私が長い間考えて辿りついた考え方と同じ、最初から私より深く考えていた人(瀬戸さん)がいた」と書いています。
誰が見ても普通の正常な判断力があれば、この問題は単純な「ボタンの掛け違い」であり「本当に単純な出来事」であり「この問題については、これ以上の何も出てこない」はずであり「不毛な論争」であり「エネルギーは、もっと別の所に使い」と思います。当然そうなるはずです。
ただ不思議な事に、たんぽぽさんは半年も経ったのに、らんきー一派の○○などと記事を書き続ける。何事によらず誰でも自分の理解や経験や知識の範囲を越えた不可解な存在はあるものです。

投稿: 逝きし世の面影 | 2008.06.15 10:21

逝きし世の面影さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。

皆さん、それぞれに蟠りがあるんだとは思います。
ニケさんも直近のエントリーで、ニセ科学批判について挙げていらっしゃいましたが、、、
「譲れぬ思い」がおありなのだと思います。
面影さんも、そうなのでしょうね。
私も発話者の熱意には感心することしきりのこの頃です。凄い!!!と感嘆しています。

私自身を省みれば、1月の折りは発話者にいきなり「貴女の批判の方法に問題があるのでは?」と不躾な質問をしたと反省しています。
発話者を批難する内容はそのまま私自身でした。
私の批判方法に問題ありだと気がついたのです。
いきなり、見ず知らずの人間から批難されたら、誰だって傷つきますよね。
あの問題に関しては私の拙速です。
本来なら同じ問題意識を共有している方なのに(クライン孝子やら、夫婦別姓やら色んな問題で共通しています)
と、言うことで私自身は、本当に学ぶ事大でした。

今後の大きな糧にしていく所存です(^.^)
こんな私ですが、これからも宜しくお願いいたします。

投稿: せとともこ | 2008.06.15 16:42

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