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2008.06.17

幸せ

私のブログ界隈で「愛」が充満。

愛ねぇ〜〜〜〜〜

仏教では愛より慈悲を教えているようですが、
愛は執着に繋がるという事を読みました。

数限りない「愛」について語ることは今日はしません。
が、
ふと思い出したのは三木清。
「人生論ノート」です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「今日、愛については誰も語っている。誰が怒について真剣に語らうとするのであるか。
怒の意味を忘れてただ愛についてのみ語るといふことは今日の人間が無性格であるといふことのしるしである。
切に義人を思ふ。義人とは何か。怒ることを知れる者である。

人生論ノートより
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

さてさてどうなんでしょう?
この「怒」は時代(戦争前)への怒りであることは、ここに付記しておきます。

と、言うことで、今日はもう少し三木清に拘ります。
私の中では三木清と言えば、幸福感です。
それだけのことと言う記事を以前書いたことがあります。
「幸福」です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように彼自身と一つのものである。この幸福をもつて彼はあらゆる困難と闘うのである。幸福を武器として闘う者のみが倒れてもなお幸福である。」

「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福は常に外にあらわれる。
歌わぬ詩人というものは真の詩人でないごとく、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではない。
幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如くおのずから外にあらわれて他の人を幸福にするものが真の幸福である」

(人生論ノートより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

何回読んでも嬉しくなります。
幸福なら人は自然に微笑む、歌う、躍る。
そして、
真の幸福は周りさえ幸福にする。
そんな弾むようなものだと、
三木清は言う。

私は幸せでありたい。
だから、
まずは幸せを表現することから始めようか、、、
と、ついそんな気に今はなっています。

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コメント

 これから私が歩んできた波瀾万丈の人生を(自分史「ひとりよがりの人生」原稿用紙350枚)少しづつ開いていこうかと思いますが、よろしいでしょうか?
 実は三木清の「人生論ノート」は高校2年生の時、哲学にかぶれて読んでいました。そして、一人生に読まねばならぬ本の数々を知りました。
 とても多くて未だに全部は読破出来ていませんが、世界文学全集や、現代日本文学全集などは田舎の役場に勤めていた関係上、配本形式で購入しました。
 今は、娘が全集を読破しています。「幸福」についても親子で激論を戦わせています。娘から教えられることも多いので、結構この歳になっても勉強し、人生、一生が勉強の連続だと思っています。

投稿: hitoriyogari | 2008.06.18 16:46

>愛は執着に繋がるという事を読みました。

ははぁ、だから愛を語ることは気恥ずかしいんでしょうね。己の執着をさらけ出すみたいで。

>まずは幸せを表現することから始めようか、、、

いいですねぇ、ぜひ、瀬戸さんの思い描く幸せを表現してもらいたいものです。瀬戸さんのことですから、いろいろな種類の幸せが表現されることでしょうね。

投稿: 愚樵 | 2008.06.18 17:18

こんばんは~^^
「愛」を安易に扱って手酷い傷を負った愚か者のニケです。

愛といえば私のようなカビの生えた古い人間には気恥ずかしい言葉ではあります。いえ、今でこそ簡単に口に出していえるようになりましたが、それでも「あなたを愛しています」などとは馬鹿馬鹿しくってとても言えません。(爆)

私が結婚してまだ20代の頃でした。家内から「あなたは私に対して愛しているなどの言葉を言った覚えがないでしょう」と責められました。私に覚えが無いというより家内が聞いた覚えがないなら事実に違いないのです。(^^;

で、何を言ったかというと、「俺の目を見ろ~♪・・・」では無かった、「態度でわからないのかなあ~?」でした。w
私の人生は、若いときから「態度・行動」で示すと言うのが、どちらかというと言葉より主にしていました。「無言実行or不言実行」でしたでしょうか?つべこべ言ってるけど実際の行動となると引っ込んでしまう人はあまり友達にはしなかった。

ですから「弁が立つ」のはどちらかと言うと嫌いでしたね。だからブログ(ネット)のように言葉だけと言うのは大変なのです。(笑)

「愛してなければ一緒に居るわけないじゃないか!」
これが私と家内ではとりあえず通じたのですが・・・。
ま、本当のことはわからないですがね。www

今回「愛が感じられない」と書いたことから騒動になりましたが、「そうか、愛という言葉も攻撃の材料になることがあるのだ」
ちょうど「誠実」の言葉と同じように・・・。

あなたは誠実ではない!

これも非難するときに使いますが、さて、誠実とは?なんだ?と考え込んでしまうときがあります。

愛から誠実へ。話がおかしくなりました。お時間のようで・・・。^^

投稿: ニケ | 2008.06.18 20:30

hitoriyogari さん。
愚樵さん。
ニケさん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。


hitoriyogari さん。
そうですか、自分史ですか。
素敵!!!
是非ぜひ拝見したいです。
今から楽しみにしていますよ(^.^)
お嬢様との楽しい語らいも彷彿とさせていただいています。サッカー、応援なさっていますか???
宜しくお伝えくださいね(^.^)

愚樵さん。
あなたの「愛」。
本当に難しくて私には追っかけることが精一杯。
でも愚ここりさんと対話・討論しながら「山登り」をして拾い物さがしなさっている方々のコメントを拝見するのが、これまた楽しい(^.^)

もうそろそろ夏至。
妖精達の季節です!!!
愚樵さんとのやりとりを思い出しています。

ニケさん。
本当に困ったちゃんのニケさん!
どうなさったのですか???
突然の暴挙と私は思いましたよ。
私は戸惑いながら、悩みながら、ある時は責任を感じながら、
その後の展開を拝見していました。
しかし、私自身は大いに学んでいます。
ニケさんのところでの田部さんのコメント、私は凄く感激しました。
あんなに怒って、まっすぐにズドンとくる方って、そうそういらっしゃいません。
それはニケさんを見込んでのことでもあると私は思いますよ。
ニケさんも、なんだかかんだと真剣に対応なさっていて、
見ている私は、こう言う言い方がいいかどうか分かりませんが、
「真剣勝負」でイイナァ、、、と思っています。

さて、
ニケさん。
難しいかもしれませんが「もう、離しんさい(広島弁)」としか申し上げることができませんが、、、
それでも、
離すことしかないと私は思いますよ。
「明極まれば則察にすぎて疑い多し」
考えすぎると疑い深くなるという意味です。
譲れぬ思いは思いとして私は受け止めさせていただいた上で、その先を進むことが大切では、と思います、、、

大して事の言えない私ですが、、、

それでも、また考えてみますね。
では、、、

投稿: せとともこ | 2008.06.19 13:41

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