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2008.06.20

雨と八木重吉

雨の季節です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
雨の日

雨が すきか
わたしはすきだ
うたを うたおう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

と歌ったのは早世の詩人八木重吉。

雨と歌
と言えば、八木重吉の「雨」という歌があります。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
♪雨のおとがきこえる
雨がふってゐたのだ
あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう 
雨があがるようにしづかに死んでゆこう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

美しく静かで、語りかけるようなこの歌。
歌う度に胸が熱くなります。
「あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう 
雨があがるようにしづかに死んでゆこう」

詩人八木重吉のつつましやかでささやかな願い。
それは「そっとあること」でした。

妻を愛し、子を愛し、
そして、信じるものを守ろうとした重吉。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ある日

こころ
うつくしき日は
やぶれたるを
やぶれたりとなせど かなしからず
妻を よび
児(こ)をよびて
かたりたわむる
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こころうつくしき日は、
穏やかでたおやかで、ただそのままが嬉しい、と詩人は歌います。

私は
「母をおもう」と言う詩を学校で習ったことがあります。
あの時はよく分かりませんでした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
けしきが
あかるくなってきた
母をつれて
てくてくあるきたくなった
母はきっと
重吉よ重吉よといくどでもはなしかけるだろう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そうです。
あの時は分からなかった親への気持、子への思い。
今は分かります。
「母はきっと
重吉よ重吉よといくどでもはなしかけるだろう」
今は、
分かります。
母の思い、子の思い。
背中に染み込む母の思いを感じながら詩人重吉は、どんなにか「命」「続く者」を思ったことだろう、、、

やさしくそぼ降るように降る雨もあれば、
すべてを押し流すように降る暴れ雨もある。

それら、すべてを含めて「雨」が好きである、と詩人は歌う。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

雨は土をうるおしてゆく
雨というもののそばにしゃがんで
雨のすることをみていたい
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


そして詩人は静かに逝った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
無題

神様 あなたに会いたくなった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

信仰の深さが静かに伝わります。
もう一つ無題を載せます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
夢の中の自分の顔と言うものを始めて見た
発熱がいく日(にち)もつづいた夜
私(わたし)はキリストを念じてねむった
一つの顔があらわれた
それはもちろん
現在の私の顔でもなく
幼(おさ)ない時の自分の顔でもなく
いつも心にえがいている
最も気高(けだか)い天使の顔でもなかった
それよりももっとすぐれた顔であった
その顔が自分の顔であるということはおのずから分った
顔のまわりは金色(きんいろ)をおびた暗黒であった
翌朝(よくちょう)眼(め)がさめたとき
別段熱は下(さが)っていなかった
しかし不思議(ふしぎ)に私の心は平らかだった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ふしぎにこころが平らであったと言う。
思いは怒涛のように有り、
押してはかえすものが、山のようにあったに違いない。
しかし、
重吉は、
ふしぎと心平らに今は在る、と歌う。

読む私はハラリとくるものがあるのですが、、、
読む私はこころ平らに詩人の魂を読み込むことはまだできないが、、、

だがしかし、
今、
雨は降っている。
そっと、そっと、、、そして強く、
雨は降っている。
生きている者のやることは、
おしつけがましくない「よのためにはたらくこと」なんだと教えてくれるように、、、

と、言うことで
雨と言えば八木重吉。
最後にもう一度、雨を。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

窓をあけて雨をみていると
なんにも要(い)らないから
こうしておだやかなきもちでいたいとおもう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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