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2008.09.09

重陽の節句にアレコレと

今日9月9日は重陽の節句です。
以前の記事ではその謂われなどについて触れたので、今日はなぜか芭蕉について書きます。
〜〜山中や 菊はたおらぬ 湯の匂 〜〜
奥の細道の山中温泉で詠んだ歌です。
この歌の前に那谷寺で詠んだ有名な「石山の石より白し秋の風」があります。
この俳句、大好きです。
特に声に出して読むと、ますます石山の白と秋風の白が重なり、
その上、芭蕉の心にソッと吹くすきま風がなんとも白く孤高を感じさせます。
那谷寺と言えば、
随分前に兄嫁の祖母に是非行きたいと言われ、
母と兄嫁、兄嫁の母に祖母、そして私と5人で訪れました。
あの時の様子は全然、覚えていないのですが、そのとき着ていたベストスーツの色と緑の蛇の形をしたボタンを鮮明に覚えています。
その服、実は裁縫の苦手な私が這々の体で作ったものなのです。
多分、お世辞とは思いながらも、みんなに褒めてもらって、喜んでいたことが私の中での那谷寺です。
当時、90歳を超え、なおかわいいお顔のおばあちゃん。
亡くなって、既にひさしくなります、、、、
思い出す事も供養なら、今、おばあちゃんのこと、思い出しながら、
菊の節句、長命の節句に、あの瑞々しかった面影を思い出すとしましょう。

さてさて、
それはそれとして、
次に山中温泉で芭蕉が詠んだのは上に挙げた「山中や 菊はたおらぬ 湯の匂」。
ううううう====ん。
いいですね。
「菊はたおらぬ 」から「湯の匂」に一気になだれこむところが慌ただしくリズミカルです。
温泉の喧噪と静かさ、そして長寿の菊に頼らなくても効用あるといわれる泉質に、
芭蕉は10日以上逗留したそうです。

山中温泉。
古き良き温泉です。
北陸本線を京都から金沢まで旅する事が多い私にとって、
沿線沿いの温泉は、どれも耳に親しいものです。
この道をはるか昔、旅人芭蕉は歩き、そして歌に詠んだと思えば、さらに旅の情緒は深まります。
(尤も、たいていはボッと乗っている私ですが、、、もったいない事ですね、思えば)

さてさて、もう一度さて。
それにしても芭蕉の俳句、どれをとっても唸ります。
17の文字に、あらゆる思いを乗せ、
広く深くそして羽ばたくように、また凍るように、言葉を操った芭蕉。
生涯で詠んだ俳句は約千句。
蕪村が三千に一茶に至っては二万近くあるそうです。
芭蕉が「推敲の人」であったことは広く知られています。
推敲に推敲を重ね、なお推敲する芭蕉。
そこには「言葉」に対する思いと、
己の心の中を観察する力とがあったのでしょうね。

残っている句の中にも数多くの推敲の後があります。
「雪薄し白魚しろき事一寸」。
有名な句です。
これは後に「あけぼのやしら魚白きこと一寸」となります。

あるいは、
「何とはなしになにやら床し菫草」
が、
「山路来て何やら床しすみれ草」になります。


芥川龍之介、正岡子規に滅法評判が悪かった芭蕉。
同時代の人々からも、疎んじられたり、
あるいは、同門でのいざこざなど、、、、
いろいろありつつも、
やはり芭蕉は芭蕉。
作為を嫌い、ひたすら言葉自身に命を吹き込もうとした、その作風は、今に新しいと私は思います。

さてさてさて。
何度もブログで書いていますが、
私が一番好きな句はこれです。
「よく見れば なずな花咲く 垣根かな.」
です。
読めば読むほどイイ。
観察の喜び、自然の何気なさ。
そして溢れるのは生への讃歌。
およそ芭蕉らしくない私個人の読み方ですが、
それはそれで良いとして。

よく見れば なずな花咲く 垣根かな.。
つくづく思うに、
対象からは「よきもの」を見つけ出していきたいものです。

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コメント

学校で芭蕉さんは教えてるでしょうけど、詠むのはおしえてるんでしょうかねえ?

投稿: あゆ | 2008.09.10 10:21

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