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2008.09.26

中山発言

中山国交相が陳謝 不適切発言 『問題への認識不足』と言う事で早速の不祥事・失言ですか。
誰が最初かと思いきや、中山さんだったのですか?
と、思いきや天木さんのブログに麻生さん、自らの失言なんかが載っていて、、、
フッ〜〜〜
です。
それで、天木さんによると麻生さん。
「とてつもない金持ちに生まれた人間の苦しみなんて普通の人には分からんだろうな」
だそうです。
確かにこの言葉、庶民の私には腹立たしい。
のだが、
己の器以上のものを持たされた人間の焦慮ともとれて、
なんだか麻生さんのお顔を思い出しながら一人合点。
とてつもない金持ちに生まれた凡夫の苦しみと、本来なら言いたいところなのだろうが、
おっと、そこは留まって、普通の人には分からんだろうな、、、と精一杯矜持を示したものの、、、
やはりそこから透けて見えるものは小人麻生太郎と言う人の本音です。
そう言えば、総裁に選ばれたおりも、自らの出自を誇っていましたが、
それだって、薄っぺらで浅い己の器量を本当はとうに知っているのかもしれない。
麻生太郎、、、
その人が抱える苦慮は確かに私たちは分からないんだと、つくづく思います。
と、同時に麻生さんは国民の痛みは分からないということを自ら告白しているんですね、、、
前福田さんはご自分を「かわいそうなくらい苦労している」と言われました。
なんだかこの国の総裁・総理は「被害妄想」が強いのか???
と考えます。
いえいえ。
被害妄想ではありません。
一番、ご自分が可愛いというだけです。
ふっ〜〜〜〜〜
ため息ですね。

さて、そんなにとんでもない金持ちが大変なら、
もっと税金をバンバン払って、楽になってくださいよ、、、麻生さん。

と言うところで閑話休題。
先の話題に戻ります。
中山さん。
「成田空港反対闘争を「ごね得で戦後教育が悪かった」。
日本を「単一民族」などと発言。
大分県教委の汚職事件には「大分県教委の体たらくは日教組(が原因)ですよ。日教組の子どもは頭が悪い」。
ウッウッウッ。
ひどいですね、これは。
この方が文科省の大臣だった時もいろんな発言で頭を抱えていました。
教育と競争原理
あとから来るもののために
と言うタイトルで以前書きましたが、中山さんは教育の現場に競争を持ってくる事を主張していました。

〜〜〜〜〜〜〜
「努力して自分を磨く」
「秀でることへの憧憬の念」
などを教育で教えないから社会に出てから激しい競争に耐えることが出来なくて、
出勤拒否や離職者が増えて来ているのだ。
もっと競争原理を教育の現場に導入するべきだ。
(以前の記事より、中山さんの主張)
〜〜〜〜〜〜〜
あの時も書きましたが、
こうした競争原理が教育を荒廃していくことは、既に今迄の事実が明らかにしています。
この問題については後日、また調べて書きます。

さて、
野党は辞任要求していくと言っていますが、
なんと言うか、見識不足、偏見、独断、、、
あらゆるものがごった混ぜ発言で、どこから批判していいのかさえ悩んでしまいます。

いずれにしても、
こうした発言の一つひとつを丁寧に取り上げ、告発していくことが、
閣僚自らの襟を正す一つの指針になるものと思うので、
これからもその都度考えていきたいと思います。

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コメント

こんにちは、せとさん。

少し反感を買うかも知れない事を書いてみますね。引退した悪徳商法批判者の手を借りてこんな記事を以前書いた事があります。
http://c-loft.edisc.jp/bbs/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=969;id=teragoya#969

なんていうか、とても現代の政治家と言えないほど酷い人物が大臣になったと知ったとき、怒り批判するのは構わないのだけど、「我々はこんな人物が政治家になるのを許す社会を作ってしまった」「こんな人物を大臣にする政党を与党にしてしまっている」ということに「自分に責任がある」という意味での反省を持たないと、ならないんじゃないか、そうでなければ民主主義国家の国民として進歩が無いんじゃないかと思ったりするんです。

こういう話をすると、「自分は自民党には票をいれていないよ」なんて言われたりするんだけど、でも、やはり何らかの責任は有るのかも知れないと思ったりするんですね。

なんていうか、米国の大統領選が近づくと、米国の大学では若い学生君たちなんかも良く議論していたりするんですね。学生君に限らず、けっこう巷でいろんな人が「民主党だ」「共和党だ」と話していたりするんです。別に喧嘩でもなくて、「自分はこう思うから民主党」「自分はこう考えるから共和党」とか、きちんと意思表明をしあったりしているわけですよ。少なくとも日本ではそういう個々の意思表明をうまくやりあう文化は育っていない感じをうけるんですね。でもってそういう文化をそだて無かったのは、やはり自分たちだろうと思うんです。やらなかったら育たないからね。

そういう文化が無いから、小泉さんの時の総選挙がたんなる気分での投票となってしまっている。そして、その時の気分だけの投票の結果として、さまざまな無茶な法律の強行採決が可能となっているわけです。そういう意味では、どの政党に投票したかだけで責任があったり無かったりするものでもないだろうと思うんですね。民主主義国家の国民というのは、選挙を行う雰囲気にすら責任が生ずるのだろうと思ったりします。

引用先の方でも書いているけど「みんな」の中に私も入る訳です。私自身、もちろん浮ついて投票したりはしなかったつもりだけど、でも、「こんな浮ついた選挙じゃ、ろくでもないことがおきるんじゃないか」という不安は感じながら、その雰囲気に対して何もしなかったわけで、責任はあるんだろうと思っている訳です。

投稿: 技術開発者 | 2008.09.26 18:03

技術開発者さん。
こんばんは。
コメントありがとうございます。
本当に仰る通りです。
私たちが選んだ政治家なのですよね。
そうなんです、、、
だからこそ、
私たちの責任として、
彼らの有り様を見守って行く必要を感じています。

それら、
自らの責任として、、、、

投稿: せとともこ | 2008.09.26 21:33

確かに、其れはそうなんですが、・・・・・
日本では、人前で政治と宗教を語ることはタブーなんですよ。
特に自分の政治信念とかは、厳禁です。特に『共産主義』『共産党』はそうです。
私がいくら『共産党の政策が一番正しい』と思っていたとしても人前では絶対に言いません。
共産支持者の多くは自分の支持政党を革新政党などと誤魔化して生きている隠れキリシタン状態。
不破さんなどの共産党幹部は85年の伝統が有る名誉有る誇らしい名前と思っているらしいが、われわれ一般社会では「共産党」は最期に残った差別用語なんですよ。
語る時は『小泉さんの○○が可笑しいですねえ』『麻生さん、もう少し庶民の目線で物事が見て欲しい』『革新政党が少しは頑張らないと』程度の話に薄めて喋る。
こらは何も護憲左派だけの特徴ではない。保守や右翼でも事情は全く同じ。
人前では絶対に喋りません
だから其の反動でネット空間では、あれ程過激な常識はずれな極右コメントの数々が見られるんですよ。
大繁盛しているネットウヨブログは一般社会での鬱積の捌け口になっているんでしょうね。
『人前で政治と宗教を語らない』と言うこのタブーは強烈で、暗黙だが誰でもが厳守している。
このタブーを守らないのは創価学会ぐらいですね。だから(タブーを守らない)創価学会会員が嫌われる原因ともなっている。

投稿: 逝きし世の面影 | 2008.09.27 10:12

こんにちは、皆さん。少し変な話をしましょう。

私が戦後処理で気に入らない部分として感じているのは、先の戦争を「軍部の独走に国民が巻き込まれて起こした戦争」と位置づけた事です。まあ、戦後処理としては、それが一番平穏無事な処理の仕方であった事はみとめているのですけどね。でもね、その処理のために、日本人の多くが「自分たちも軍部の独走に巻き込まれた被害者だった」という甘い意識で戦後の復興をなしたという事なんですね。そんなものは、うそっぱちです。あれは「国民が望んだ戦争」そのものですからね。

まあ、そういっても、なかなか納得は得られないんだけどね。昭和の初め一部の軍部と思想家が唱えた「昭和維新運動」は、何度かのクーデターやその未遂事件が起こるたびに国民の間に浸透して、国民の総意に近づいていったのですよ。五一五事件の犯人の減刑嘆願書は100万通を越えたとも言われていますが、その時代には「大声の狂気」とそれに対する「勝ち馬に乗りたい心理」のいわゆる「沈黙のスパイラル」が起こっています。そういうスパイラルを起こしたのは国民なんです。

まあ、あまり危ない話をしても仕方ないのですけどね。この前、人と話をしていまして「日本人の議論下手」なんて話になって「ディベート訓練」なんかの話になったのね。でね、ふと思いだしんですよ、私は小学校の時にディベート訓練をやらされたってことをね。「マンガは是か非か」なんてので、くじでクラスを2つに分けて、片方は「是論」をやり片方は「非論」をやるなんてね。「結論を出すことが目的じゃない。意見をきちんと言えるようになるのが大事だ」なんてね。でね、ふと気が付いたんです。これをやらされたのは、ある学年の時だけだったって事にね。でもって、その時の担任が「特攻隊の生き残り」だった事も思い出したんですよ。どうも、その先生が学活の時間を使って勝手にやった授業だった気がするんですね。

投稿: 技術開発者 | 2008.10.07 09:07

技術開発者 さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
そうかぁ〜〜〜戦後処理ですか。
これはまた難しい話題と言うか。
そうですね〜〜〜〜
まぁ、国民と言うか大衆のエネルギーが、あるときは狂気と化すこともあるんでしょうね。
もう「流れ」というか、、、
どうにも止まらない。
ということですね。
怖い事です。
誰でもそうなる可能性はあるのですね。
だからこそ、
そうであるからこそ、
時代が「考える事」を許している時代には、
しっかり、じっくりと考え、見極めていく必要を感じます。


さてさて、ディベートですか。
いいですね、その先生は。
いろんな思いがおありだったのでしょうね。

投稿: せとともこ | 2008.10.08 14:18

 こんにちは,お邪魔します.
 第2次大戦は軍部の暴走だけに責任があるわけではないという指摘が,ついさっき読んだ別のブログにも書かれていました.
http://sawayama.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-f2da.html
 どうも日本人は1億総お役人というか,風向きを読んで尻馬に乗るくせに,最後は誰かに責任をなすりつけるという性向があるようですね.

投稿: Ladybird | 2008.10.09 05:21

こんにちは、せとさん、そして皆さん。

なんていうかな、皆さん、自分の考え方とか意識というのが「そうそう簡単に変えられたりしないぞ、操作されたりしないぞ」という自信みたいなものがあるんだろうと思うんですね。だから、カルト宗教にハマった人をみても「自分とは違う弱さがある人なんだろう」と思うし、投資詐欺に引っかかった人を見ても「自分と違って欲深な人だから引っかかったんだろう」と思う。というか、そう思わずに、「自分の中にもカルト宗教にハマりそうな面があるかも」とか「投資詐欺にひっかかりそうな面があるかも」と考えることすら、嫌な面があって、「アレは自分とは別」と思いたくなるようにできている面はあるわけです。でもね、実際、社会心理学とかを学ぶと人間の心理というのはとても大きな共通性を持っているんです。

私は悪徳商法批判の中で「返報性」とか「一貫性」とか「集団追随性」とかいろいろ学んでしまった訳です。その共通性に働きかけられる時、人の心は皆さんが考えられているより遙かに弱い者なんですね。私は「一貫性」という性質の説明に「寸借詐欺」の例えを作ったりもしたんですけどね。道行く人に「金を貸して」と言ったって誰が貸すものですか。まず道を尋ねる。友人に電話する10円を借りる。友人が留守らしいと返す。金を借りるつもりの友人が留守で困り果てる。なんて流れの中で、一旦、「分かるものなら道を教えてあげよう」とした親切心がどんどんと大きくなり、「交通費くらいなら」と貸す人も出てくるなんてね。とっかかりの小さな親切心、つまり道を聞かれたたら答える程度の親切心は社会にとって大事な事なんです。大事なのは、その親切心が「一貫性」につけ込まれる形で増大しない歯止めなんです。

昭和維新運動についていうと大正デモクラシーに続いて起こった「デカダン」的な雰囲気と世界的な不況の中で「なんか世の中、暗くて投げやりだな」みたいな事に関する反発があるわけです。退廃的雰囲気は社会として決して良いことではないし、それをなんとかしたいと思うことも悪くはない。その時に出てくる「昭和維新運動」というものにふっと惹かれるくらいの所までは有って当然なんです。問題はその後、国民1人1人の心の中にある「一貫性」がそれをドンドンと暴走させていく訳です。そこの歯止めが利かなくなっている訳です。

なんていうか、「現状の危険性」を唱える度に、「今はそんなに危険な状態じゃないよ」という返答が得られるなんて事を言う人がいましたが、人はいつでも暴走を始めるだけの危険性を持っているものだし、そして、暴走を始めたら止めようが無いから、暴走が始まりそうな危険水準に対して警告している訳ですが、受け取る方は、暴走なんてする訳がないとしか思えない訳です。

投稿: 技術開発者 | 2008.10.09 08:57

Ladybird さん。
技術開発者さん。
おはようございます。
コメントありがとうございました。
お二人のコメント拝見して、いろいろと考え込みました。
怖い、、、ですね。
と、同時にますます教育の大切さを思います。
武家の時代は、殿様のために切腹も是とし、
先の戦争は「天皇陛下ばんざい」でした。
ううううう〜〜〜〜ん。
やはり教育なのでしょうかね???
考えてしまいます!


Ladybird さん。
紹介記事拝見いたしました。
蘊蓄ある内容に一度では頭にはいらないので、またゆっくりと読みますね。
年金の方にもコメント頂いていますが、これまたまた、、、です。
本当にこの国はどうなっているのでしょう???
ふっ〜〜〜〜〜。
ですね。
もう、こうなったら持久戦。
音を上げた方が負けです。
しっかりと告発していかなければ、、、と思います。


技術開発者さん。
いつもながら判りやすい例をありがとうございます。
「人はいつでも暴走を始めるだけの危険性を持っているものだし」
本当にそうだと思います。
紙一重のスレスレのところで生きている自分って感じますね〜〜〜
ところで、前に頂いたノーベル賞のコメント、
夫も開発者さんのコメントを読みながら「そのとおり」と申していました。

と、言うことで、またいろいろお教えくださいね。
じゃ〜〜〜〜ね。

投稿: せとともこ | 2008.10.10 10:37

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