« カメムシの季節がきました、、、フッ〜〜〜 | トップページ | オリオン座流星群極大近し »

2008.10.17

イノベーション教育その後

安倍さんが盛んに言っていたあの言葉「イノベーション」。
その後、そして今どうなっているか?
ちょっと調べてみました。
と、言う事で今日は第3期科学技術基本計画を中心に推移を見ていきます。
これは平成18年から22年度の概要です。

基本理念や基本姿勢 は以下の通り。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術
絶え間なく科学水準の向上を図る ⇒ 知的・文化的価値の創出
研究開発の成果をイ ノベ ーション を通じて、社会・国民に還元 ⇒ 社会的・経済的価値の創出

2人材育成と競争的環境の重視
科学技術の政策目標の明確化
政府研究開発投資が何を目指すのかを明確にするため、3つの基本理念の下で目指すべき具体的な政策目 標を設定。

大目標
1飛躍知の発見・発明 2科学技術の限界突破 3環境と経済の両立 4イノベーター日本 5生涯はつらつ生活 6安全が誇りとなる国

○政府研究開発投資
政府研究開発投資の総額規模約25兆円 (計画期間中の対GDP比1%、GDP名目成長率3.1%を前提)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

3期は2期の目標をさらに具体化しています。
「イノベーション」がズラリと並んできました。
やはり安倍さんの顔を思い出しますね、この言葉を聞くと。
さて、それはさておき、このような背景が出て来たのは勿論、日本経済の国際的地位低下への危惧があることは間違いありません。
1990年代後半、つまりバブル経済崩壊とともに低下した日本経済の国際的地位。
円高・製造業や金融業の空洞化・雇用不安と列島を吹き荒れたバブル崩壊。
経済界は、これに対処すべく規制緩和や内需型経済への政策転換、また過剰生産構造への対処に追われていた頃です。
そして、1998年、「産業競争力強化に向けた提言」を発表した経済界は、次々と産・官・学へと提言をする事になります。
国家産業技術戦略などに詳しくその方向性が定めらています。

こうして、ついに大学教育にまで「グローバル化時代の人材育成」と題する提言まで経団連が発表する事になります。
人材かぁ〜〜〜〜
うううう====ん。
個人的にはこの言葉のニュアンスはあまり好きではありませんが、、、
また、この「人材教育」の裏の事情として、経済界は「ゆとり教育」への不信があったようです。
さて、人材委員会は2002年に世界トップレベルの研究者の養成を目指して 科学技術・学術審議会人材委員会  第一次提言を発表。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1 世界トップレベルの研究者に求められる能力

2 我が国における研究者養成の現状と課題
  大学院博士課程の教育上の問題点
  大学院組織における同質性
  博士課程学生の経済環境
  博士課程卒業者の進路の状況

3 世界トップレベルの研究者を養成するための改革方策
  博士課程における教育機能の強化
  大学院組織における人材の多様性の確保
  博士課程学生への経済支援の充実
  人材養成面における産業界との連携
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして産業界や経済界は大学に対して、人材の確保を求めてきたわけです。
「イノベーションを生み出すストラクチャー」は「知の創出」→「イノベーション種の創出」→「種の育成」→「イノベーションの実現」の4つの段階で出来上がると考えている産業界。
しかし、現実には大学への資金的援助は必ずしも多いわけではなく、大学へは「人材」だけを生み出せ、と言っているに等しい提言であることは否めません。
文科省そのものも、2003年の国立大学法人化などで、大学の有り様に対して根幹が揺らいでいる時期でもあったので、ますます学問・知の探求よりは、企業の出先やもっとひどい言葉で言うなら奉仕のような感さえしてならない「人材教育」です。
本来の「人材」と言う言葉の意味は決して私にとっては否定的なものではないのです。
が、今、企業が求めているものは「材料としての人間」であるように思えてなりません。
本来の「人間教育」「人間とはなにか」に始まり、
「働く」ことやそこから付随する科学技術などをしっかりと根をおろさない上辺の教育ではすぐに吹き飛んでしまうだろうと危惧します。
ハイゼンベルグ(これについてはまた後日書く予定です)曰く「われわれはここに再び精神生活が栄え、、、、、」とし「ヨーロッパの外的条件もまた最近の50年間におけるよりも幸福になるだろうということに、われわれの生存をかける」。
が思い出されます。
どんな時でも人は人として幸せであるために、何かをなさねばならぬと言う事でしょうか?
科学も、技術も宗教も芸術も文学も、、、
全て幸せである事をもとめる。それがまさに存在証明であると物理学者は言っているのでしょう。

いずれにしても、
「人とはなにか」をとことん考え、
そこから何事かが始まる様なそんな基礎教育の大切さを思ってなりません。

|

« カメムシの季節がきました、、、フッ〜〜〜 | トップページ | オリオン座流星群極大近し »

コメント

「人とはなにか」をとことん考え、そこから何事かが始まる様なそんな基礎教育の大切さ・・・同じ思いです。

人の個性は多種多様です。
その個性があるから多くの人間が存在するわけですから、個を大切に育てていかなければならないと思います。
企業は人を幸せにする商品を提供しているはずです。
その発案は発想は、豊かな心からしか生み出せないと思います。心が脆弱に育った人間は、脆弱な人生を歩むことにもなりかねません。先達は何を後世に残して行かなければならないかを真剣に考えなければならないと思います。

この記事で、自ら心を正したいと思います。
ありがとうございました。

投稿: 風小僧 | 2008.10.17 12:37

こんにちは、せとさん。

私が仕事についた頃というのは、仕事場に「大学に行きたかったけど、早く働かないとならないので就職した」という人が中年以上の人に沢山いたんですね(私の父親もそうでしたけどね)。でもって、そういう人の中には純粋に「知」を得るのを目的に勉強する人が結構居たんです。「なんで、今更、そんな勉強しているの」「いや、面白いんだよ」なんてね。研究所の事務の人にも、何か科学的に興味を惹いた新聞記事とかあると、それに詳しそうな研究者を休み時間にとっ捕まえて、根掘り葉掘り聞いていたりしてね。でもって「この仕事場は良い所なんだ、知りたいことに答えてくれる人が大抵居る」なんてね(笑)。

前に、共同体と機能体という話をしましたでしょ、なんていうか、いろんな知識を「楽しみのために求める」というのは共同体における営みなんです。「役立てるために求める」は機能体における意識ね。

現代というのは、様々な機能体が前面にあって、その元になっているはずの共同体、つまり人間の群れとしての社会観が薄れていると思うわけです。当然のことだけど共同体意識が薄れれば「楽しみの為に知を求める」という営みは薄れる訳ですね。

投稿: 技術開発者 | 2008.10.17 13:05

風小僧さん。
技術開発者さん。
こんばんは。
コメントありがとうございます。
週末はなかなかネット環境にゆっくりといられないので、
お返事遅くなりごめんなさい。

風小僧さん。
本当に仰るように個性が没化した今、
先達が遺した物や言わんとしたもの、標榜したものを改めて考える時期だと思います、、、
見えにくく、感じにくく、そして共に在りにくい今、
こうしてネットを通してお話出来る事がとても嬉しく感じます。
またいろいろお教えくださいね。


開発者さん。
>現代というのは、様々な機能体が前面にあって、その元になっているはずの共同体、つまり人間の群れとしての社会観が薄れていると思うわけです。


本当に、、、
この記事を書きながら実は開発者さんの陽明学を思い出していたのですよo(*^▽^*)o

本来、科学はなんのためにあるのか、、、
今、一度考え直してみたいです♪

では、、、またね!


投稿: せとともこ | 2008.10.19 20:27

こんにちは、せとさん。

>本来、科学はなんのためにあるのか、、、
>今、一度考え直してみたいです♪

 以前、「流動食国家論」なんてことを別なところに書いたことがありましてね。なんていうか、人が知恵を持つことの結果のみを求めるなら、何も固いものに噛みついて咀嚼しなくても、誰かがすりつぶして柔らかくした知識を流し込んで乃貰えば良いよいと思えたりする訳です。でもね、乳歯が生え始めた乳児が、リンゴに齧り付いたりするみたいに、一度、噛むことの悦びを得たら、もう流動食だけではやっていけないはずなんですね。

 なんていうか、人は知恵を得た時に、得ることの苦労も悦び、得た結果を苦労して使用することにも悦びを覚えるようにできて居るんじゃないかと思ったりするんですよ。

 変なたとえ話を作った事があるんですね。米と芋と肉で冬を越さなきゃ成らないとしてね。肉ばっかり食っていたら冬のほとんどを米と芋で過ごすことになり、米ばかり先に食ったら、冬の後ろ半分は芋だけで過ごさなきゃ成らなくなる。だから、人は米と芋を交互に食いながら、たまに肉を食って冬を越すように計画したりする訳ね。でね、その時にね、我慢だけじゃない気がするんですよ、自分がそういう将来を予測して計画的に食うという知性を持ち、その知性を働かせているという事をとても嬉しく感じていられるという面があって、だからこそ、長い冬の間を計画的に食うという事ができるんじゃないかと思ったりするわけです。

なんていうか、我々は「知恵有る生き物」として生きている訳だけだけど、知恵有ると言うことの結果にのみ意識がいって、知恵を持ち知恵に従う過程で得られる悦びというのが分からなく成って居るんじゃないかと思うんですね。

私なんかは、実用的な技術の開発しかしていない研究者だけどね。なんていうか、開発の途中ではずいぶん悩むわけですね、「どうしてうまく行かないんだろう」なんてね。でもって「こうだろうか、ああだろうか」といろいろと工夫しては悩む訳ね。でもね、或る意味、「こうだろうか、ああだろうか」のネタが思いつく限りは、めげないのね。それは、そういう工夫をすること自身が悦びをもたらしてくれるからなのね。そういうネタが尽きると、さすがにメゲ始めるんだけど、次は工夫するネタを考え付くために考えると言うことにも、多少は悦びがあったりするから何とか乗り越えられる訳です。でもって、「ひょっとして、こうなっているからうまく行かないのかな」と何らかの防止措置をとってうまく行ったりすると、とても嬉しかったりしますよね。それこそ、天に昇るくらいの心持ちになるわけです。

なんていうかな、人間が作り出す知恵というのをね、「結果として役に立つ」事ばかり考えていると、この途中経過の「知恵を出す悦び、知恵を持つ悦び」というのが目に見えなくなって仕舞うわけです。本当は人間というのは結果に支えられるのではなくて、この途中経過に感じる悦びに押されて、知恵を作り続けて来た生き物の様に思えるんですね。

投稿: 技術開発者 | 2008.10.20 08:24

技術開発者さん。
おはようございます。
コメントありがとうございます。

とても共感しながら読ませていただきました。
実は、、、
じつは、
私ももう一度学び直せたらいいなぁ===と思って、
アチコチとウロウロ。チョロチョロしているのです。
と、言う事で今、忙しくなっているわけです。
なかなか思うようには体も頭も動かないのですが、
それでも、日進月歩の学問に少しでもついていけたらと願っているのです。
一度、勉強を離れると、本当に「学ぶこと、それ自体の喜び」を身にしみて感じます。
もっと、若い頃、やっておけばいいのに、、、ねぇ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

と、言うことで開発者さんの、仕事の中での喜び、
想像に難くありません。

>本当は人間というのは結果に支えられるのではなくて、この途中経過に感じる悦びに押されて、知恵を作り続けて来た生き物の様に思えるんですね。


御意。
本当にそう思います、、、

投稿: せとともこ | 2008.10.21 11:16

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/42814643

この記事へのトラックバック一覧です: イノベーション教育その後:

» 三浦和義元社長自殺でロス郡検察が訴追の取り下げ [逝きし世の面影]
ロサンゼルス14日時事】ロス疑惑銃撃事件で、ロサンゼルス郡検察は14日(日本時間15日)、自殺した三浦和義元社長の訴追の取り下げをロス郡地裁(ヘンリー・ホール裁判官)に申し立て、認められた。  これにより、ロス市警が1988年に元社長の殺人と共謀容疑の逮捕状を取って以来、20年にわたる米国でのロス疑惑銃撃事件の捜査は正式に終結した。  三浦元社長の逮捕状について、ロス郡地裁は9月、同じ事件で再び罪に問われない一事不再理を適用し殺人罪を無効とし、共謀罪のみ有効との判断を下した。このため、予定では14... [続きを読む]

受信: 2008.10.18 08:42

« カメムシの季節がきました、、、フッ〜〜〜 | トップページ | オリオン座流星群極大近し »