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2008.11.19

吉井勇と小林一茶

〜〜〜句を讀みて泣かむか世をば怒らむか 一茶はまこと寒く生きたり〜〜
吉井勇の歌です。
今日11月19日は歌人吉井勇と俳人小林一茶の命日です。

吉井勇と言えば祗園。
「かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕のしたを 水のなかるる」

以前の記事にも書いたように、
この歌、音に出すほどに風情があります。
「かにかくに」とは「とにかく」と言う意味です。
とにかく、祗園は良い。
祗園は恋し。
と詠っています。
表の喧噪をはずれて、ちょっと小路に入ると、時間がクルクルと逆戻りするような感覚になるのが京都です。
白川沿いの家並みと流れる川のそそとした音が思い出されます。
川と同じように時間はゆっくりと豊かに流れます。

吉井勇は祗園とお酒とそして文学を愛しました。
鴨川のほとりを歩き、あるき、、、
ちょっと足を伸ばして先人の縁の神社や仏閣を訪れ、
さらに懐ふかい京都人の人情にふれて、
彼の作品は出来上がったのでしょうか、、、

読むほどに、あの景色、この情景と思いが飛びかう京。
そして、祗園の人々もまた吉井勇を愛し続けています。

一方、一茶の方は吉井勇のような華やかさはありません。
その生涯も悲しいし辛い。
と、私は思うのだが、
本人一茶は己の運命に対して敢然と闘い、受け入れ、そして超えたと思います。
〜〜露の世は 露の世ながら さりながら〜〜
辞世の句と言われています。

この世は露のようなものである。
が、露なら露のように、露らしく、、、
そんな生き方を徹した一茶。
一茶を思うと、ちょっ思いが沈みがちになる私ですが、
それは、半分の一茶なのだろうと自分で思っています。
ユーモアがあって、お茶目で、豊かな感性をもってして家族を愛し、
生き抜けた一茶というのも、また真の姿の一つだから、、、

今日11月19日。
吉井勇と小林一茶の命日です。

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