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2008.11.26

不安を呼ぶ社会が到来するのか?

自由の学風ですが…京大、防犯カメラ大増設 盗難相次ぎと言うニュース。
ふっ〜〜〜
ため息ですね、、、
ううううう〜〜〜〜ん。

防犯カメラが大学に。
ねぇ、、、
これで盗難が無くなればいいが、果たしてどうなんだろう???

そういえば先日、ある大学に行った時、正門でガードマンに誰何されました。
その事を担当教官に述べたら「そうなのよ、警備がきつくなったの。
私たち職員もみんな身分証を見せるのよ。でもそのおかげで、盗難が少なくなったの」と言われていました、、、
ううう====ん。
と、思いながら、なんとも言えない気持ちで聞いていたのですが、
ついに防犯カメラ設置ですか、、、

またまたココログニュースで恐縮ですが、
こんなトピックがありました。

宅配便が届いたら、そのときあなたは?

これまた、ウウウウウ〜〜〜ン。
なんだか言葉がないので、
ウウウウ〜〜〜〜ンで誤摩化しているような気がしますね。
すみません。


以前体感治安と言うエントリーを挙げた事があります。
この記事を書いた時は共謀罪導入か否かと言う切羽詰まった状況の時でした。
ちょっと長いのですが引用。
===============
「安全神話崩壊のパラドックス—治安の法社会学 」によれば、
〜〜“近年、凶悪犯罪が急増し、日本の治安は急激に悪化している”と、多くの日本人が思い込んでいる。実際、刑法犯の認知件数は戦後の最多記録を7年連続で更新している。
一方、警察による検挙率はここ数年低下が著しい(平成15年度版『犯罪白書』による)。
しかし、これは「統計のトリック」による見かけ上のものにすぎず、日本の治安は悪化していない。
統計資料の徹底分析から、
「最近五年での認知件数の急増は、実は統計の取り方の変化などが原因で実数の急増ではない」こと、検挙率の急落も、余罪追及を減らしたことなどによる見かけ上のものにすぎないのだ。〜〜
と言うのです。
これは平成15年版の白書でしたが、17年版も実は同じことが言えます。

では何故?
何故、国民を不安に陥れるような統計分析を流布するのでしょうか?
この疑問に対して、著者は、
かつての日本社会では、夜間の外出、危険な場所への外出を控えれば、基本的に安全だった。
しかし、一般人が深夜も気軽に出歩く生活が定着し、危険な場所などなくなったいま、犯罪が起きる非日常世界と起きない日常世界の「境界」は崩壊し、「至る所、いつでも、薄く広く危険がある」状況が生まれた。それが不安につながっているのだと……。
言います。
つまり一般市民の私たちの生活の場の拡大が「犯罪」に出くわす確立を高くしている、あるいは不安が高まっているというのです。
中略
「安全神話崩壊」後の日本社会と司法制度のあるべき姿について、真摯な考察を重ねていく。治安維持を警察にのみ頼るのではなく、かつての地域社会が豊かにもっていた“住民を守る力”の再生こそが肝要、と言うのです。
つまり、このところ書いている「刑事立法」強化の路線ではなく、地域社会の健全な底力の発揮こそが大切と言うことです。
===================
あの時、監視社会への一歩が始まったのかと、危惧を表明したものです。
廃案へと言うエントリーで、
罪刑法定 主義の祖として知られるチェーザレ・ベッカリーアを引用しました、
「犯罪と刑罰」と言う本の中で、
〜〜処罰より教育、美徳の重視こそが求めるべきものである〜〜と述べていますが、
今、罪を憎む以前の問題として、人、そのものへの不信が高まりつつあるようで、
本当に心が痛みます。

最後はやっぱり、
うううううう〜〜〜ん。
です。

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コメント

こんにちは、せとさん。

私は青森の方の武富士の放火強盗の話を時々しますが、実は悪徳商法批判者だった事と関係して居るんですね。あの犯人の犯行までの経緯が、悪徳商法被害と関わりが深くてね。まず、千何百万かの詐欺にあって、それを払うために会社を辞めて退職金で払い、でも残りの借金と生活のために仕事を求めていて軽急便詐欺(儲かる軽急便をやるためにバカ高い軽トラ交わされる奴です)に引っかかって借金を膨らませ、その後はかなりやけになったのか、借金して競馬競輪みたいな生活をして、破産の相談に行って無理と言われる(最初とか軽急便の借金なら自己破産出来るんですが、競馬競輪の借金になると自己破産は難しいのでね)。でもって武富士に強盗に入って放火して人を殺して死刑という流れなんですね。

ずいぶんと、「悪徳商法を人ごとと思って放っておくべきじゃないよ、それが元でできた借金でやけになって強盗になったときの被害者はあなたかも知れない」なんて話で使わせていただいちゃったんですね、この話。

こういう話を良く書いていたら、「あの何人も焼き殺した残酷な犯人を弁護するのか」みたいなお叱りをいただいたこともあるのね。だから、こう答えておいたの「いいえ、私が裁判官でも死刑の判決を下しますよ」って、「ただし、私が死刑の判決を下すとしたら、あなたのように報復感情を満たすために死刑を宣告するんじゃあありませんよ、この犯罪事実が社会に与えた衝撃に鑑みて、今後の社会における抑止力を考え、それを酌量すべき情状と比べ合わせたとき、死刑にする方が類似の犯罪を防ぐ価値が高いと思うから、私が裁判官でも死刑を宣告します」なんて書いたのね。

私は判決文マニアの面があるし、死刑廃止論者でもないのね。裁判員をやっても厳しめの判決を支持するタイプね。ただ言えるのは、被害者の報復感情に迎合すると言うことは決して正しいことでは無いと思ってしまう面があるのです。あくまで、今後の被告人の事と今後の社会のためという比較を重く見てしまうのですよ。

投稿: 技術開発者 | 2008.11.26 18:11

技術開発者 さん。
おはようございます。
これまた、重いコメントを頂きましたね、、、
ううううう〜〜〜〜〜ん。
罪を憎んで人を憎まず、と言いたいのですが、
実際、当事者の思いを考えると、
一言では言い表せません。
ただ、
個人的には死刑反対論者である私としたら、
考えさせられるコメントを頂き、すぐにはお返事できません。
ゆっくり考えて、またエントリーに挙げる事ができたら良いのですが、、、
その折はまたご教示くださいね。
多分、
裁判員制度と絡めるかも。

投稿: せとともこ | 2008.11.27 11:07

こんにちは、せとさん。

かなり無茶な話を書くことなるかも知れないけど、私は「社会と個人の関係づけが一方通行になっている」という事を書いたりします。本来はこの関係はグルグルと回る円環の関係なんですけどね。

読んだ人に不評なたとえ話をしますとね、スーパーで安いお刺身を買って、ニュースを見ながら食べるとします。その時ニュースで「時化の海に無理して出漁した漁船の遭難」というのをやっていたとしますね。誰も自分の食べているお刺身と関係づけたりはしない訳です。でも、ひょつとしたら、前々日くらいの晴れの日が大漁でかえって値崩れして儲からなかった漁師が無理して漁にでたのかもしれない。前々日の値崩れしたアジが今自分が食べているお刺身かも知れない、なんてね。そんなの考えたら、食べられなくなりそうだと不評をかっているのがこの例え話なんですね(笑)。

なんていうかな、kikulogで「報い」という言葉を使ったらえらく怒られた人も居たんですけどね、感覚として「社会は一方通行」と思っていても、現実は円環の関係だから、自分が為したことがいずれ自分に跳ね返る事はあるわけですよ。

私が公務員だった時代に労働組合の方で言っていたのが「人事院の勧告というのは半分しか機能していない」なんて話があったのね。人事院が公務員の給料とか休暇とかを決めるのに民間の調査をして決めるんだけど、その調査する民間の半分くらいの小さな会社さんが「公務員の処遇を見て会社の就業規則を決める」なんて話があったのね。つまり、調査の半分ぐらいが「互いに見合っている」結果なのね。でもってもう30年近く前だけど、人事院勧告が「給料を4%くらい上げろ」と出たのに内閣が上げなかった事があって、「それはおかしい」とやり合っていた時に、いろんな民間の労組に応援を頼んだのね。そうすると、「うちは公務員なみでやっているから応援するよ」と言ってくれた所もあったけど、「何言ってやがる、うちだって上がっていないんだい」と叱られる場合もかなりあって、でもよく見てみるとその会社の決め方も「公務員を睨んで決める」みたいに見えたりとかね(笑)。

投稿: 技術開発者 | 2008.11.28 09:05

技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。

社会って意識する、しないに関わらず自分に返ってくるものと言う意味。
本当にそうだと思います。
開発者さんは知識、経験が豊富、さらに考え深いので私はいつも啓発されるのですが、
男女平等については如何に思われますか?
いえね。
先の労働組合の話を読ませていただきながら、
「あっ、これって男女の賃金格差にも言えるな」と思っていたのです。
女子を低賃金で雇用する事って、
結局、男子の賃金も低くされる事だと思うのですが、、、
どうなんでしょうね???

投稿: せとともこ | 2008.11.28 14:23

こんにちは、せとさん。

>男女平等については如何に思われますか?

前に何度か、「共同体」と「機能体」の話を書いたのを覚えておられますか?社会というのは基本的に「共同体」であり、その共同体が「生きやすく」なるために、その共同体の上に「機能体」が形成されるなんて話です。原始の村は基本的に皆で寄り集まって「生き延びやすく」なろうとするだけのものであり、その「生き延びやすさ」の一つに「狩りの獲物が沢山とれる」があるので、「巻き狩りチーム」という機能体ができる訳ですね。なんて言いますか、平等という事を考えるときに、この「共同体と機能体」の区別はした方が良いんですよ。おそらく原始の村で巻き狩りチームができた時に「男が主に参加」という事は起こったんじゃないかと思うんですね。少なくとも妊娠している女性や乳飲み子を抱えた女性は巻き狩りチームに参加させなかったんじゃないでしょうかね。

この機能体への参加とか機能体の中での役割分担とかでは、必ずしも「平等」とは言えない面があると思うんです。でも、その巻き狩りチームが村に獲物をもたらしたら、その獲物を食べるという事に関しては、「参加した、参加していない」について差はなかったんじゃないでしょうか。実際に近年でも狩猟採取部族の調査をすると、獲物を食べるという事に関しては見事な「原始共産制」が見受けられますからね。

なんていうかな、共同体というのは「生きやすく生きて永続する」という目的の集団です。そこにおける平等というのはゆるがせにしては成らないものだろうと考えています。しかし、共同体の「生き易さ」のために構築される機能体というのは「平等」という事をあまり考えても仕方ない面があるわけですね。

労働組合の役員なんかをやっていますとね。女性労働者の方から「平等と言っても、現実に子供生むときには産休を取るし、子供が小さければ残業もままならない。そういうことで処遇面に差ができることはやむを得ない気もする」なんてことを言われる訳です。そう言うときに、私はこの話をして、「もともと共同体に奉仕する定めの機能体ですからね、機能体が稼いだ物の分配に差を付けるべきではないんですよ」なんて言います。

もう一つ言うのが「フェア(公正)な競争とは何か」という話です。共同体に奉仕するための機能体だすから、例えば共同体の中に「機能体に自分も参加したい」という女性が2割いるなら、どの機能体(会社)も2割の女性を構成員として受け入れ、そして産休でアレ、育児でアレ、きちんと処遇する。全ての企業がそういう部分を守って競争するのが真の意味で「フェアな競争」であるわけです。例えば、その競争する企業の中に、「女性は受け入れない」とか「受け入れるけど利益分配には差を付ける」なんてことをするものが居たら、それは、最初からスタートラインを誤魔化して勝とうとしている「アンフェア」な機能体だと言うことなんですね。

ただ、私は同時に「専業主婦」を望まれる方がいても良いと思っています。私のかみさんは鍵っ子みたいに育った事せいかも知れませんが、「子供が帰ったときに家にいてやりたい」と専業主婦を望んだ訳ですが、それはそれで正しいことだと思っています。まず共同体ありきでそれに奉仕する為の機能体の成立と考えるなら、家庭というのは共同体の基本単位ですからね。変な話ですが、私は家庭という共同体の一員であり、かみさんがその共同体のボスだと思っています。ボスが私を仕事場という共同体に派遣して「金を稼いでこい」というから私は仕事場に行って仕事をしている様な感覚が時々あります。

投稿: 技術開発者 | 2008.12.01 08:23

技術開発者さん。
こんにちは。
そうですね、、、
そもそもは「産む性」として女性の社会的地位と男性のそれとは区別はあっても差別はなかったのでしょうね。
それがいつのまにか、というかエンゲルスなんかは多分、階級うんぬんって言うのでしょうが、
男女の差別が厳然とあるようになったんでしょうね。
それは開発者さんが言われるように共同体として差別が有った方が、より機能しやすかったということでしょうか?
平等、しかもそれが生き延びるための平等なら、肉体的に女性は男性の保護におかれるしか方法はなかったのでしょうね、、、
だがしかし、
今は、そうした極限の環境をぬけて、人類は生き延びてきたわけだから、
なんとかこの蔓延する差別意識を払拭する方向にいかなければと、思って欲しいと考える私です。
一朝一夕には難しい。
さらに問題は女性の中にも色んな考えの人がいて、
そんな中に政治家の稲田さんや高市さんなんかがいて、
積極的にジェンダー攻撃をかけてくるので、一筋縄ではいかないもどかしさを感じています。
さてさてさて、、、です。

なお、奥様との微笑ましいエピソード。
私もホッコリしました。

投稿: せとともこ | 2008.12.01 15:17

こんにちは、せとさん。私は原始のたとえ話なんかを良くするみたいに、共同体というものを原始共産制の社会を念頭において考えてしまう面があるんですね。それがいろんな夾雑物を排除して「共同体」というものを考えるときに考えやすいからです。

>それは開発者さんが言われるように共同体として差別が有った方が、より機能しやすかったということでしょうか?

知性を持った共同体は機能体を生み出す訳です。機能体の方が効率よく共同体に「生き延びやすさ」をもたらすからです。巻き狩りチームを形作り、その機能体に「獲物を獲ってこさせる」と共同体の構成員がバラバラに獲物を獲るより、遙かに大きな獲物である猪や鹿を遙かに効率よくとれる訳ですね。そして、機能体である限り、無理して全員で参加する必要は無いわけです。どちらかというと「使い捨てにしても構わない個体=男性」にやらせれば良くて、「共同体を永続するのに必要な個体=女性」は村に居て子供を育てれば良いという区別が発生します。

前にも書いた様に、共同体の目的は曖昧であり、機能体の目的は明確ですから、機能体が長期にわたって存在する様になると、「機能体の明確さ」が「共同体の曖昧さ」よりも人を支配してしまいやすいのです。巻き狩りチームは獲物を担いで村に戻ったときに解散され、そこには獲物を得た共同体が存在する状態に成る。つまり、共同体しか存在しない状態を確認出来る訳です。しかし農耕が始まり、灌漑工事をしたり、食料の貯蔵を皆で行うようになると、本来、村に食料をもたらすだけの工事チームは工事を続けたり、貯蔵食糧を管理したりという形で常に存在する様になり、その機能体の中の序列とか善悪(役にたつとかたたないとか)が共同体としての村に居座っていつの間にか村の規範になっていってしまう訳です。ここに差別が始まる訳です。

社会が発達するに従って、工業、商業、金融と次々と機能体が生まれ、自分たちが生きている本来の社会である共同体というのは意識されなくなっていく訳です。私は悪徳商法批判をしている時に、「無理してでもお金を儲けたい」なんて人に、「そのお金を持ってどういう社会に生きたいのですか?」と良く問いかけて居たんですね。お金を儲けるのに「生き馬の目を抜く」様な厳しい社会にして稼ぐなら、そのお金を使うときにも同じように「騙されるかも知れないと強く警戒しなくてはならない社会」で使うと言うことなんですね。

なんていうかな、ちょっと身体を悪くしたら「お前は巻き狩りに出なくても良いよ」と言われ、でも獲物が手に入ったら「村全体で食べようよ」ときちんと食べることができた原始共産制の社会にあった「共同体」という感覚をもう一度見直してみても良いんじゃないかと思うんですよ。

投稿: 技術開発者 | 2008.12.01 16:34

技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
最後のコメントの内容がビシリときます。
麻生さんに聞かせたい。
本当に。

「ちょっと身体を悪くしたら「お前は巻き狩りに出なくても良いよ」と言われ、でも獲物が手に入ったら「村全体で食べようよ」ときちんと食べることができた原始共産制の社会にあった「共同体」という感覚をもう一度見直してみても良いんじゃないかと思うんですよ。」

こんな社会こそが、真の意味で「生き延びる力の有る社会」だと思います、、、、

投稿: せとともこ | 2008.12.01 18:10

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