困ったちゃんの麻生さん?
いつもながらのお騒がせ麻生さん。
今度は医師不足に言及。
物議を醸しています。
いいまつがいと言うタイトルで内田さんが、
エントリーを早速挙げていらっしゃいます。
これを読みながら、
「こうした問題に関しては内田節は冴えているな、、、」と言うこと。
内田さんって、そもそもが曖昧な書き方をする人だから、
その曖昧さゆえに、感情的、感覚的な訝しさを書き連ねるときの筆力は素晴らしいものがあります。
感覚的にスゥ〜〜イスゥ〜〜イと頭に入りますね。
厳密、緻密が要請されるときはその限りでないところが内田さんなのだが、、、
と、言うことで今回の内田さんのエントリーには首を縦にふって読みました。
特に言い得て妙だと思ったのは以下の文。
おなかを抱えて笑いました。
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たとえて言えば、前日学校を早退した友人に「昨日はなんで帰ったの?」と質問したときに「電車で」と答えられたような違和感が麻生首相の発言にはつねにつきまとう。
たしかに「昨日はなんで帰ったの?」という質問を「帰宅の手段」についての問いと解することは可能であるから、この問答には何ら論理的瑕疵がないと言い立てることは可能である。
でも、ふつうは「そんなことを訊いているんじゃない」ということは誰にでもわかる。
前後の「文脈」というものがあるからだ。
だから私たちは問いに答える前に「この人はこのことを問うことによって、何を問おうとしているのか?」と自問する。
問う人がどういう口調で、どういう表情で、どういう姿勢で、どういう立場から、どういう利益を求めて(あるいはどういう不利益を回避するために)それを問うのかを考える。
手がかりは文言それ自体のうちにはない。
文言の外に遊弋する無数の「非言語的なシグナル」を熟視して、「そう問うことを通じて問いたいこと」を言い当てる。
麻生太郎というひとはこの「非言語的シグナル」を読み当てる能力にどうやら致命的な欠陥があるようだ。
(原文ママ)
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先日の国会討論の時もそうでした。
尤も、これは自民党の山本一太議員にも当て嵌まるかも、と意地悪く思う私がここにいます。
同じようにイライラさせながら見ていた小泉さんの国会中継ですが、
小泉さんの場合は「わかっていてやっていた」感がします。
ノラリクラリ、、、ひょいひょいと。
麻生さんは、
う〜〜〜〜ん。
本当にお分かりではないのだと麻生さん以外のみんなが分かっているようです。
内田さんは、その後、
麻生さんの漢字の読み間違いは「他を分かろうとしない」気質に原因があると言及。
なるほど。
先の医師不足も、記者に聞きただされたとき、
「自分の周りの医師たちは、、、、」と言われていました。
つまり、自分の知っていること、経験したこと、興味あることが彼の世界であり、
その他は想像さえできないのでしょうね、、、
ふぅううう〜〜〜む。
困ったものだ、、、
と、額にしわ寄せながら、もっとコマって頭を抱えているのは自民党だろうが。
最後の内田さんの〆ではないが、
「このようなコミュニケーション感度の低い政治家をあとどれくらいの期間私たちは宰相としていただかねばならぬのであろう。」
まったく、同感。
あとどのくらい、こうした政治家が順番を待っているのだろうか???
小池さん?
与謝野さん?
石破さん?
舛添さん?
????????????
ふっ〜〜〜〜
最後はため息です。
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