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2008.11.07

改めてシビリアンコントロール

小松基地、同テーマで論文指導 田母神氏は応募薦めると言うニュースを読みました。
ううううう〜〜〜〜ん。
ですね。
これは怖い。
感覚的に怖い。
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田母神氏は98〜99年に小松基地トップの司令を務め、今回の懸賞論文では空自内で応募を勧めていた。懸賞論文には田母神氏以外にも航空自衛官78人が応募。62人は第6航空団の所属で、大半は尉官クラスの若手幹部だった。防衛省は同基地で指導のテーマになった経緯を調べている。
(上記ニュースより)
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そうか、田母神さんだけでなかったのですか。

応募総数235五通のうち三分の一ということですか
さらに、防衛省自身も、空自の教育課が、懸賞論文募集があることを全国の各部隊などに紹介していたことが明らかになりました。

参院外交防衛委員会は昨日、田母神俊雄前航空幕僚長を11日の同委員会に参考人として招致することを全会一致で議決。
この場で何が語られるか。
興味があります。
また、関心もあり、
今後にも影響を及ぼしそうですね。

MAMORが「国民とともに防衛を考える情報誌」として一般の本屋さんに出て、かれこれ二年ちかくなるのですよね、、、
「防人たちの女神」が話題になりました、、、
軍事組織とジェンダー 自衛隊の女性たちの著者佐藤文香さんが明らかにしたように、こうした女神現象はこれまでのジェンダー秩序を維持し続ける事を、女性自衛官のインタビューなどを通して発信。
若者は非軍事的装いをした一般雑誌のようなMAMORから、どのような影響を受けるのか?
はたまた今回の論文のように、エキセントリックな内容に、如何に反応するのか???

そうした事をアレコレと考えると、
今一度シビリアンコントロールの意義を思う者です。
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文民統制・シビリアンコントロール(Civilian Control Over the Military)とは民主主義国における軍事に対する政治優先または軍事力に対する民主主義的統制をいう。すなわち、主権者である国民が、選挙により選出された国民の代表を通じ、軍事に対して、最終的判断・決定権を持つ、という国家安全保障政策における民主主義の基本原則である。 軍については、一般的に最高指揮官は首相・大統領とされるが、これは、あくまでも、軍に対する関係であって、シビリアン・コントロールの主体は、立法府(国会・議会)そして究極的には、国民である。
wikipediaより
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コメント

こんにちは、せとさん。少し軍隊というものの特殊性についてお話しますね。

なぜ、国家の持つ様々なシステムのうち軍隊だけが特に取り上げられて文民統制が強調されるのかという話です。

それは軍隊というのが「国家の中の国家」を形成するという宿命を帯びているからです。同じように思われてしまう警察というのは国家権力の執行者ではあるけれども、実のところ国にある様々なインフラと独立して動くことができないものなんです。例えばパトカーは市販車を改造して製造され(たいていは契約している民間工場で改造されます)、点検なんかも契約によってなされ、ガソリンも普通のガソリンスタンドで買うわけです。警察にも社員食堂にあたるものはあるけど、無ければ無くても構わなくて、警官はお弁当を取り寄せたり、昼休みに街の食堂に食べにいつたりするわけですね。なんていうか警官の衣食住を警察が丸抱えしたり、パトカーが出動するときタンクローリーが後ろを付いていったりはしないわけです。つまり、普通に機能する社会を前提として活動出来るように組まれているのが警察です。

ところが、軍隊というのは社会が普通に機能していないときでも活動出来る様に組みます。車の整備や給油も民間の工場が動かなくてもできるようにしないと、非常時に動けませんからね。軍人の衣食住からなにから、ある程度の期間は独自でまかなえるように組まれるのが軍隊なんです。

つまり、軍隊は社会と独立した一つの社会を作る能力を持たされるものなんです。そうでないと社会がつぶれかけたときに行動出来なくなりますからね。これが、軍隊とは国家の中の国家であるという話なんです。これは現代の国家にとって軍隊を持つという事の本質的な矛盾問題なんです。だからこそ、文民統制というのは、警察が警察の規則に従うと言うこととは本質的に違う部分を持つんです。つまり、警察はあくまで社会の中で社会が機能しないと動けなくなるけど、軍隊はいつでも社会と別な動きができるから、しっかりと社会が押さえつけておかなくてはならない訳です。

その辺の違いというのが、多くの人に理解されていない気がしますね。

投稿: 技術開発者 | 2008.11.10 17:28

技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
さっき、挙げたエントリーにも書いたのですが、今日は田母神さんの参考人招致があったようです。
そこで、かなり逸脱した発言があったようです、、、
今度、軍隊についても調べたいと思いますが、今日頂いたコメント、とても参考になりました。
また、記事の中で紹介しても宜しいでしょうか???

投稿: せとともこ | 2008.11.11 14:14

こんにちは、せとさん。

>また、記事の中で紹介しても宜しいでしょうか???

別段珍しい論でもありませんが、必要ならお使いください。

なんていうか、私が怖いのは、田母神論文について「中身はそれなりに評価出来る」なんていう人が政治家にもかなり居るという事なんですね。いわゆる「自虐史観はけしからん」論者です。そういう人を見るたびに思うんですね「戦争について何も学んでいない」という事の怖さです。別に細かな戦争の詳細ではなく、私が前に書いた「野生の解決手段」という戦争論だけは理解して欲しいのですよ。

なんていうか、人が文明的な紛争解決する手段を発明し普及する前は、こういう野生の解決手段が普通の解決手段であり、それでは、結局うまくいかないから、いろんな文明的な解決手段が模索され、その文明的な解決手段の中において始めて「正しい、正しくない」という概念が生まれてくるわけです。戦争というのはそういう文明的な解決手段では無い昔からの野生の解決法を選択したという事だから、その解決結果に文明的な「正しい、正しくない」を当てはめて考えることそのものが無意味なんですね。

もう少し「野生の解決」としての戦争のことを書きましよう。戦争が起きるためには紛争があります。つまり互いに譲れない事があるわけです。例えば、村人を養うのにどうしても必要な「狩り場」を2つの部族が必要とするとかですね。でもって戦争をして勝った方の部族がその狩り場を自分のテリトリーとする訳ですが、一番簡単なのは、相手の部族を根絶やしにして無くして仕舞うことです。そうすれば少なくともその部族ともう一度狩り場を争うことは無くなります。ただ、農耕が始まって部族が大きくなりなかなか簡単に皆殺しできなくなると、「教化・同化」という事も起きてきます。つまり相手の部族を解体させて自分の部族の奴隷階級に組み込んでしまうということです。多くの場合、数世代経つとこの奴隷階級は下層の自由民階級と混在して区別が無くなり同化する訳です。これも、また再度その部族と争うことはなくなります。
時代が降って戦争をする国の単位が大きくなると「同化」と言うこともできなくなり「教化」だけで解決を図らなければならなくなります。つまり、例えば争いの元になったのが領土であるとすると「この領土はお前のものではなく自分のものだと未来永劫思えよ」と押し付けて、相手に飲み込ませるという事で将来の争いを無くそうとする訳です。なんていうか、戦争という「野生の解決」において勝った方が「これからはこう考えろよ」と押し付け、負けた方が「これからはそのように考えます」とするのは、将来の紛争の再燃をさせないためなのだという事を理解して欲しいんですね。そしてそれは、同じ野生の解決である戦争の解決でも「皆殺し」や「群れを解体して同化する」よりもずいぶんと文明的になった結果なんです。

前に私は「戦後処理に不満がある」みたいな事を書きました。「あの戦争は、日本の一部の指導者に国民が騙されて突入したものだ」としたのもまた、その「勝った者に押し付けられた概念」ではあります。実際は「国民がわずかに抱く欲が集まって、国民が或る意味望んで突入した戦争」である面はありますからね。ただそれを戦後解決に出しても解決策として相応しくなかったから、戦争で勝った方が「そのようにこれからは思えよ」と押し付けた訳です。

そして、「その一部の指導者は世界征服の野望を抱いて戦争を起こしたので我々はそれを止めた。その者たちは裁判を開いて罰するが国民は建設的な仕事に戻っても良いよ、国民が世界の平和を望む活動を今後するなら、国際社会の一員である事も認めるよ。だから降伏してください、さもないと我々は日本を本当に壊滅して無くして仕舞うことになりますよ」と終戦前に条件提示したのがポツダム宣言でそれを受諾つまり、「はい、わかりましたこれからはその様に考えます」としたから、東京裁判は開かれたし、やがて占領は解除されて日本は国際社会の一員としての道を歩み始めた訳です。

なんていうか、いわゆる庶民が「戦争なんて殺しあいだから嫌」と単に嫌うのは大事なことです。でも政治家や軍人は戦争というものを「紛争解決の手段」として考えなくてはならない面があるんです。戦争の結果の紛争解決というのは「正しい・正しくない」の入る余地は無いんです。なぜなら「正しい・正しくない」で解決するのは文明の解決であって野生の解決の求める解決ではないからです。正しさというのが有るとすれば、「いかに再燃しないか」だけです。再燃を防ぐ上で一番良いのは「皆殺し」でそれに次ぐのが「解体・同化」です。ただ現実にそれができないというかあまりにしんどいときに「考え方(価値観)の押し付け」で解決します。現実にそうやったという事実があるだけのことなんです。

投稿: 技術開発者 | 2008.11.12 08:57

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