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2008.11.13

木村資生さんの日です

中立進化説で有名な木村資生さんの誕生日でもあり忌日でもある11月13日。

実は今、タンパク質についてチョイト勉強をする機会に恵まれ、カチカチの頭に無理矢理ねじり込んでいます。
遺伝子工学が長足の発展を遂げた時には、もう学窓から巣立っていた私には、
聴く事、みることが新しい。
へぇ〜〜〜〜。
そうなんだ、、、
ええええっ。今のナァ===ニィ。
とかとか。
さっぱり分からないのですが、、、
友人と帰る道すがら「私たちって古生物だね」と言っています。

先日も「生命情報学の歴史」を講義で聴いたのですが、メンデルからポーリング、シュレジンガー、とずっと進化の歴史を辿りました。
お馴染みの名前が出て来ると嬉しくなって分かった気になるのですが、実はチンプンカンプンですぅ。
そして、
こうしたとき、必ず出てくるのが、
木村資生さんの中立説。

「大部分の変異は中立である」と言う事から来た名前です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
分子レベルの進化はダーウィン的な「サバイバル・オブ・ザ・フィッテスト」(適者生存)だけではなく、生存に有利でも不利でもない中立的な変化で「サバイバル・オブ・ザ・ラッキエスト」、すなわち、たまたま幸運に恵まれたものも残っていくという学説である。中立説は発表当初多くの批判を浴び世界的な論争を引き起こした。その後、この説は広く認められるようになり、現代進化論の一部となっている。
wikipediaより
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私も学生時代、集団遺伝学の授業は木村先生の教科書で学んだのです。
キイロショウジョウバエの実験もしたのですが、
今から思えばあの時もサッパリでした、、、ははは。
結局、いつでも分かっていないんだね、わたし。
やれやれ。
と、自分にため息。

講義から帰った夜は待ち構えて夫にしゃべりまくります。
「今日はね、、、これとね。これとね聴いたんよ、、、」
と。
「ふぅ〜〜〜ん。
で、ここはナァ〜〜〜ニ?」
とツッコミがくると、全然答えられないのです。
「うっうっう====」

あああああ〜〜〜
まだまだです。
ただ、まだまだではあるが、
知らない事をする事は楽しいものですね。
この歳になっても、楽しいことだと実感。

まぁ、それはともかく。
生命情報は今やコンピュータの導入で、生体を構成する莫大な数の分子が持つそれぞれの情報を再構築する局面を迎えています。
木村先生の時代にはまだ到達していなかった様々の技術を駆使して、
中立説の正しさが立証され、
そして、
さらに時代は進んでいくようです、、、

これから先、人類は「生命」に対して何を求め、どうしていくのか?
一つひとつの課程を大切にしていく必要を改めて思うと同時に、
やはり先人の歩んだ道を敬意をもって学ぶ事の大事さも思っています。

今日は木村資生さんの命日です。

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コメント

こんにちは、せとさん。歴史とかばかりだと「あいつは文系」と思われてもいけないので、たまには理系のコメントね(笑)。

私が大学で進化遺伝学を学んだときに一番印象に残っているのが「進化における最大のキーポイントは染色体である」という事です。

遺伝子の変異というとDNAの変異を思い浮かべる訳です。これもある一定の比率で起きるんですが、多くが「生き延びるに相応しくない変異」となると教わりました。DNAの配列はタンパク質のアミノ酸配列と対応しますから、DNAの変異がおきるとタンパク質の一部が別なアミノ酸に変わり、タンパク質の配列の中のアミノ酸の配列が変わると、タンパク質そのものの高次構造に大きな変化が起きやすいわけです。タンパク質というのはその形で有ることが重要である事が多いので、形の変わってしまったタンパク質は使い物にならないタンパク質になりやすいという風に教わったんですね。

でもって、DNAが二重螺旋をとりながらさらに高次の構造をとして染色体をつくり、染色体レベルで分かれたりくっついたりという動きをすることで、染色体レベルでの断裂だとか重畳だとかいう変異がおきることができるわけです。うまく分裂出来ずに一本が途中で切れて切れ端がもう一本の染色体にくっついていってしまって、そこで別な染色体とペア組むときその染色体の端っこにくっついたりする訳です。そうすると同じ部分の遺伝子が2重に重なる部分ができますよね。足りない方は困ることが多いけど余分はなんとかなったりするんで、簡単に死なない変異が増える訳です。それ以外にも分裂できずないのと分裂したのがくっついてできる3倍体とか、2つに分裂してもそのままくっついた4倍体とか、どちらかというと遺伝子セットが増える方向の変異の方が「なかなか死なない」変異となるんですね(植物なんかにはそういう倍数体で変異してきたものが沢山あります)。

なんていうか、私のパソコンの中のファイルじゃないけど、何重にも同じファイルが入っている見たいになっている面があるんですよね。そうすると一つのファイルが死んでも、「ここにも同じファイルがあった」みたいになって何とかなるような事が実際に生物でも起きた訳です。染色体という多重化の変異を起こすことのできるもので分裂と接合を繰り返すことで中立型の変異が増え、そのなかで環境に適した変異を起こした種が数を増やして優性になるというのが私の習った進化遺伝学ですね。

大学の学科を選ぶとき「化学」にするか「生物」にするかずいぶん悩んだんですね。でもって結局化学に行ったのだけど、空いた時間は結構生物の授業を聴いていたんです。

投稿: 技術開発者 | 2008.11.13 16:03

瀬戸さん,こんにちは.
 1年ほど前にブログ「へなちょこ自然保護」(URLを参照)に中立説や関連する話題を続けて書いたことがあります.教科書的な内容ですが,このエントリーと関係する話題なのでご紹介します.
 11月13日が木村さんの誕生日でもあり命日でもあるとは知りませんでした.

投稿: Ladybird | 2008.11.17 03:11

技術開発者 さん。
Ladybird さん。
こんにちは。
コメントありがとうございました。

技術開発者 さん。
思えば生物って本当に凄いですね!!!
普段、当たり前のように思っている手足の動きさえ、膨大なメカニズムのうえにあると考えるとあだおろそかにはできませんね!!!
だから「楽しい」!!!
と一人楽しんでいます。
これからも私の楽しみにおつきあいくださいね。


Ladybird さん。
トラックバックありがとうございます。
早速拝見をいたしました。
またまた教えられることばかり出、ワクワクしました。
いつも開発者さんにも言っているのですが、
こうしてネットを通して、色んな事を学ばせていただいて、私は本当に楽しくパソコンに向かっています。
Ladybird さんのエントリー、刺激になりました!!!
これからもお互いに楽しみながら、バンバンと勉強していきましょうね。
どうぞ宜しくお願いいたします。
そうそう。
へなちょこじゃないですよ。(ご謙遜とは思いますが、、、、)
リッパモンですよ!!!

投稿: せとともこ | 2008.11.17 11:19

 ありがとうございます.
>これからもお互いに楽しみながら、バンバンと勉強していきましょうね。
 そうですね.よろしくお願いします.

投稿: Ladybird | 2008.11.18 02:38

こんにちは、せとさん。とんでもなく変な方向の話をしますね、経営学です。

実は生物学的な「適者生存」の考え方というのは、経済学に大きな影響を与えたんですね。いわゆる「市場競争による淘汰の理論」です。当然、経済の中で競争させられる個々の企業にも「適者となるための変化」みたいな考え方が生まれて、「合理的経営」なんて言われる訳です。

でもって、私は「テーラーイズム過適用問題」なんてのをずっと問題にして考えてきた訳です。テーラーというのは経営に対して「合理性」という概念を始めて導入した経営学者でして、今から思うと「当たり前じゃないか」と思われるかも知れないけど「経営者は個々の作業者が単位時間内に行える作業量を把握しなくてはならない」なんてね。テーラー以前はそんなことも行われていなかつた訳です。テーラーの考え方が浸透する事で、フォードのベルトコンベアは動けた訳です。

問題は、単純作業だとテーラーの合理性は非常にうまく行くんだけど、複雑な判断作業とかにテーラーイズムを適用しようとすると、或る程度までは効率化が進むんですが、あるレベルから突然、すさまじく非効率な状態に落ちこむんですね。ある人に言わせると、「もともと人間が適応できる合理性の限界を超えた」のだそうですけどね。

私は「自動車のハンドルに遊びを持たせないと運転者のくしゃみ一つで路肩に乗り上げる」なんて言い方をするんですが、適者生存の適者というのは、その環境にギリギリまで適応したという訳ではなくて、生き延びられる範囲で適応していて、或る程度の「遊び」というのを持っている必要が有るんだろうと思うんですね。そうでないと、それこそ気温が1℃違っても絶滅しかねない訳です。そういう事を考えながら「中立説」というのを考えてみても面白いかもしれませんね。

投稿: 技術開発者 | 2008.11.18 09:15

Ladybird さん。
技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。


Ladybird さん。
生物って、知れば知るほど面白いですね。
合目的的かと思えば無秩序のようでもあり、しっかり統制がきいているようでもあり、、、
本当に興味がつきません。


技術開発者さん。
経済から社会にわたり、とてもわかりやすく説明していただき、いつも嬉しく思っています(^.^)

生き延びられる範囲で適応していて、或る程度の「遊び」というのを持っている必要が有るんだろうと思うんですね。
と言われる開発者さん。
私も御意。
と、思いつつも、
思いつつも、、、
ここらから「中立説」はへの結びつきは、
ワカンナァ〜〜〜〜イヨォオオオ。
請う、もっと詳しく説明を。
すんませぇ====ん

投稿: せとともこ | 2008.11.18 15:12

こんにちは、せとさん。

>ここらから「中立説」はへの結びつきは、
>ワカンナァ〜〜〜〜イヨォオオオ。
>請う、もっと詳しく説明を。

私もまだ漠然としている面があるんだけど、中立説の面白さというのは、「外に見えない変異」つまり遺伝子は確かに変わっているんだけど、その結果で並ぶアミノ酸が変わらなくて、できるタンパク質は同じなんて変異をきちんとカウントしていることにある訳です。あるいは、遺伝子ではあるけど、もう使われなくなっている部分(ジャンク遺伝子)の変異をきちんとカウントするとかね。

そういう研究の結果として、「外に見える変異以上に頻繁に変異は起こって居いて、『毒にも薬にもならない変異』はそのまま蓄積されている」となるわけです。なんというか、こういう考え方を「市場は競争淘汰の場だから、個々の企業は完全に最適化(合理化)生き残れないんだ」なんていう経営学的な流れにもう少し取り入れても良いのかなという気がするんですね。もちろん、「不合理性が外に現れる変異」を起こしてしまうと生き残れないのだけどね。

とても変な話なんだけど、我々は1人ずつ個性というのがあるよね。でね、その個性というのが新人だった頃よりも強まったり変わったりしている気がするのね。昔も性格明るい奴が年取るとますます明るくなったりとか、昔短気だったのが結婚して「我慢を覚えたぞ」とか(笑)。ただ、皆、仕事はそれなりにやれている。つまり、個性に関する変異は蓄積されながら、それが仕事という外に現れる変異とはなっていない面ね。こんな事を書いてしまうのは、なんとなく「個性が揃っている方が仕事もうまく行くんじゃないか」みたいな雰囲気が世の中にあって、人を画一化したがるような面を社会に感じているからなのね。

投稿: 技術開発者 | 2008.11.19 09:17

技術開発者 さん。
こんにちは。
とても丁寧に解説していただき、ありがとうございました。
おかげさまで、開発者さんのいわんとしていることが、
わかりました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「外に見える変異以上に頻繁に変異は起こって居いて、『毒にも薬にもならない変異』はそのまま蓄積されている」となるわけです。なんというか、こういう考え方を「市場は競争淘汰の場だから、個々の企業は完全に最適化(合理化)生き残れないんだ」なんていう経営学的な流れにもう少し取り入れても良いのかなという気がするんですね。もちろん、「不合理性が外に現れる変異」を起こしてしまうと生き残れないのだけどね。

(開発者さんのコメントより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
はい。
まさに中立説ですね。
目には見えない、そして決定的な何かを残すわけではないが、確実に変化している遺伝子と経済。
凄く面白いですね!!!

そして、
生物も経済も、
無秩序の変化の中から生き残るために合理性を見いだし、統制していく、、、

なるほど。
なるほど。
ここにきて、先に頂いた開発者さんのコメントの意義もわかります。
「テーラーイズム過適用問題」ですね(^.^)
ふむふむ。

なんだか、
いろんなことが、繋がり、
そして離れ、
また繋がり、、、
哲学でしょ、経済でしょ、科学でしょ、宗教でしょ、、、
本当に興味はつきません。
これからもバシバシとご意見やアドバイスを下さいね、、、

そうそう、
きくちさんちでのご活躍(?)、拝見していますよ(^.^)

投稿: せとともこ | 2008.11.19 11:17

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受信: 2008.11.17 02:44

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