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2008.12.24

勉強が出来る事って、頭がいいってこと?

勉強が出来る? 頭がいい?と言うエントリーをTAKESANさんが書かれています。
元ネタを辿ると勉強が出来る=頭がいい?と言うエントリーでした。
元の記事と、それにトラックバックしてある記事、またTAKESANさんの記事を読みながら,私もチョイト考えました。
勉強が出来ることと頭がいい事は同じか???って。
TAKESANさんはいつもの用に詳細に分析なさっています。

さて私は。
うううううう〜〜〜ん。です。
多分,一般的な答えは「勉強が出来る事は頭がいいが、頭がいい事は必ずしも勉強が出来る事ではない」と言う事になるのかな????
能力っていろんなものがあるのだから、単純に二分法で分けることなんて出来ないのでは???
また、人によっての発達段階って差があるから。
ある時点での瞬間最大値は天才ってこともありえるかな???
なんて思って読んでいました。
元ネタのように「出来ないものの負け犬の遠吠えか?」なんて書かれると、結局結論なんてそこに行き着くのかな???そこへしか行きようがないのかな???と思ってしまいますが。
つまり、自称(他称)頭のいいと思っている人が「勉強なんて関係無いさ」って言えばむかつく。
自称(他称)、勉強に自信が無い人が言えば、負け犬の遠吠えってことになるわけで、
結局,結論は出ないってことかぁ。

それで、それで、、、
これを読みながら、ちょっと閑話。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
以前、友達とこんなことを話していました。
「何が腹立つって、顔を見ながら女は顔じゃないよ、性格だよ,愛嬌だよって言われる事だよね。」

これって、どう解釈したらいいぃ???
と、さんざん二人で話していました。
男性が言ったのなら、今なら即セクハラもんだねぇ。
女性ならば二通り。
言う方が美人だったら、チョーむかつく。
言う方がそれなりの人だったら,気休めでお互いに痛みを分け合うってことか???
これまた腹が立つ、、、わなぁ。
ううううう〜〜〜〜ん。
結局、「美人が得」ってことなんだよね。
認めろってことか???
うううう〜〜〜〜ん。
悔しいぃいいい
って言っていたのです。
ははは
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
閑話休題。
書かれている皆さんも,
勉強だけが人生ではない、とは思いながらも、、、デモデモってところが悩ましいのでしょうね。


そして、
私は、この記事を読みながら更に思った事は、
だから教育って大切なんだよな、、、ってことです。
勉強が出来る、理解する事にだけ焦点を絞るなら、これは教える側のスキルって言うのもかなり問われますね。
随分前に読んで、それから本棚にしまい込んでいたのですが、ゆえあって先日,本棚から出してきた本のタイトルは「子どもはどこでつまずくか」
この本の中にとても興味深いエピソードを心理学者の波多野誼余夫さんが書かれていました。
内容の要約は私が勝手に纏めましたので、興味のある方は直接,この本に当たる事をお薦めします。
では要約。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
算数の時間。
飴が5個あります。お母さんがさらに足してくれて8個になりました。
お母さんは何個足してくれましたか?
と言う質問に,ある子が次のように答えた。
「どうしてそんな事聞くの?お母さんは、はじめから足してくれた個数を知っていたのでしょう?」
と。
子どもにとっては、初めからお母さんは知っていたのに、そんな知っている事をどうして聞くのか不思議なのですね、、、
そこで担任は「お母さんは袋から取り出した」と説明を加えた所,納得して、その子は正解にたどり着いた。

子どもにとっての不思議と大人の当たり前は、かなり差があることを、教える側は十分に承知知る事が大切である。
適宜,指導していく事で子どもは飛躍的に伸びていく、、、、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
勉強が出来るできないのそもそもは、初期の段階で、褒める事や体験する事を通して、「やる気」を出させ,自信を持たせる事が左右する。
と、言うものです。

なるほど。
私には思い当たる節がやまほどあります。
子どもは、少なくとも今,学校で学んでいる教科を理解する能力は持っていると私は思います。
それを開花させるのは大人の指導ですが、
それは、いきおい早期教育に繋がるものでは決してないことを、ここでハッキリと波多野さんは述べていらっしゃいます。


と,言う事で、
勉強が出来ると頭はいいの論争(?)の行き着く先は私には分かりませんが、、、

個人的には、歳を取ると物忘れがひどくなり、新しい事が覚えられなくなり、理解力が減り、、、
と、ガッカリの私です。
こんな私ですが自分では、そんなに頭が悪いとは悲観していないのだが、、、
まぁ,人並みかと思っていますが、、、
(歳のせいにするなぁ====と私の歳が私に言う。ははは〜〜〜)

さてさて、どうなんだろ???

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コメント

「何が腹立つって、顔を見ながら女は顔じゃないよ、性格だよ,愛嬌だよって言われる事だよね。」
セクハラなんて言わずにゆるしちゃいましょうよぉ~。
本題のほうですけど、結局頭いいてよくわかんないですねえ。記憶力がいい・判断力がいい・計算が早いとかもう少し具体的だとまだわかりやすそう。

教え方でめがでたり出なかったりするらしいですね。画一的でなく、いろんな先生がいてのっとのびのびとして、学べたらなあ~とも思えます。

投稿: あゆ | 2008.12.24 15:33

こんにちは、せとさん、あゆさん。

>本題のほうですけど、結局頭いいてよくわかんないですねえ。

私は、むしろ「勉強ができる」の方が分からないです。TAKESANさんも「学校の勉強で成績が良いということか」みたいに言葉の定義論に入っていっていますが、私なんかは生涯勉強するしか無い生き方をしていますからね。

例えば、皆さんの仕事場が何か建物を建てることになって、自分がその担当者にされて、建築士さんのところに相談に行くとするじゃないですか?仕事場の方からは「こんな事もあんな事もできる建物だと良いな」なんて夢の固まりみたいな要求を持たされてね。でもって、建築士と相談した時に「これはできるけどこれは難しいよ」とか言われて、それをそのままメモして戻ってきて、ただそのメモを読み上げる担当者と、自分に理解出来ない部分を建築士に詳しく教えて貰って、「ここれはできると言われたけど、これはこういう理由で難しいと言われた」と皆に分かるように理由付きで説明出来るようして帰ってくる担当者と、皆さんはどちらが「頭が良い」と思うのかな。この建築士の回答に食い下がって、少なくとも自分は理解して説明出来ると思うところまで内容理解を高めるのを「勉強」というのじゃないかと思ったりするわけですね。それをやる気になるかどうが「勉強ができる」という言葉で表すなら、「勉強ができる」人を「頭がよい」と見なしている事にそれほど違和感が無いんじゃないのかな。

学校の成績が良いというのは、その時は「理解しよう」という意欲を持っていたと言うことで、あくまで過去形で「勉強ができた」に過ぎないんだろうと思うんですね。その時代は勉強ができても、今はメッセンジャーボーイしかできなかったら、「今は勉強ができない」というだけのことで、あまり違和感が無いのですけどね。

投稿: 技術開発者 | 2008.12.24 17:39

 「頭」は「脳」と言うことなのか?私も抽象的でよく分からないのですが、どうもせとさんのように理数系の頭が「頭脳明晰」といわれる所以だと思います。
 それから教育に競争原理を持ってくるのはどうかと言う問題ですが、私の大学での「財政学」の教授は、あと5年も経てば(8年前のこと)その辺の小さな大学はみんな淘汰されて、わが大学は生き残るであろう、なんて言ってました。
 なんかそのようなことになってきて、余り気分の良い話ではないなと思っています。

投稿: hitoriyogari | 2008.12.24 17:50

せとさん。今晩は。

興味ある話題ですね。 学校で先生方が愛情一杯を発揮出来て子ども達の面倒を十分見れれば、子ども達も勉強したくなるだろうし、頭も成長するのではないでしょうか。
えらい人たちは、お金は沢山出してくれるけれど、学校教育の内容には嘴入をれないのが一番いい教育の果実が実ると思います。楽しい「実験教室」ものびのび出来ると思います。

私にも、腐りかけているかも知れないけれども使わないでいた脳があるようなので、いくらかこれからに希望が出て来ました。

先日テレビで95歳の高齢者の方が中国語を始めたと言っているのを聞いて、比べて自分は青っ洟小僧だなと自覚しました。弱音を吐いちゃおれんです。 ~\(^o^)/~

投稿: hamham | 2008.12.24 20:20

今晩は。

あー、一応。

私が暫定的に、「勉強出来る」を、学校で習う知識をよく習得する、もしくは学校で行われるテストで高得点を取る、という風に意味を限定したのは、はてな匿名ダイアリーの元記事に合わせて読もうとしたからですので・・。

自分自身は、勉強するというのは、今まで持っていなかった知識を仕入れて、概念同士の関係を認識していく、程度の一般的な意味で使うので(だから、コメントへのレスで「勉強になります」を連発します)、本質的に、「勉強出来る」と「頭がいい」を比較する事自体に、それほど意味は無いのかな、と思っていたりします(だから、便宜的・暫定的に定義した訳ですね)。

むしろ私が関心を持ったのは、「頭がいい」とはどう社会的に用いられ、認識されているか、という事だったのかも知れません。

------

波多野氏の本は、認知科学や学習科学関連で参照しますが、大変面白いですよね。

投稿: TAKESAN | 2008.12.24 23:50

あゆさん。
技術開発者さん。
hitoriyogari さん。
hamham さん。
TAKESANさん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
今日までに年賀状を書こうと頑張っていました、、、
皆さんは、もう書かれたのでしょうね、、、
私はいつも最後のさいごでバタバタしています。
┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

>あゆさん。
そうですね。
女は愛嬌,笑ってすませましょうか???
(*^-^)
さて、頭がいいとか勉強が出来るとか,本当に分かんないですね。そもそも相対的なものだから。
絶対的な能力として測るモノサシもあるのかもしれませんが(IQテストって果たしてどうなんでしょう?)
いずれにしても、
ある程度までは教える側の力は大ですね。
教師は心して教壇に立つべきなのでしょうね。


>技術開発者さん。
そうですね。
私自身は、今はもう薄れた記憶力と稚拙な理解力を駆使してピシピシと鞭打ちながら学びなおしているのですが、
確かに仰るように、随分前に鍛えた受験勉強の術は、存外役に立っています。
受験勉強って、そう捨てたものではないのかしらん。

私は「学問に王道無し」と思っていますので、
これからも開発者さんからドンドン学びたいと楽しみにしています♪

>hitoriyogari さん。
大学に経営の論理がドンドン、ズカズカと大手を振って入って来たのはここ最近ですが、
その芽は、そんな前からあったのですね、、、
フムフムです。
今、こうしている時にも、未来のなにがしかの禍根の種が蒔かれようとしているならば、と心引き締まります。
また、いろいろ情報やご意見お教えくださいね。


>hamham さん。
そうですか。
95歳の方が中国語を始められたのですか。
良い話ですね。
フムフム。
私たちもまだまだですね♪
お互いに頑張れますね!
機会を求めれば、そこにはそこでまた素敵な出会いや経験があるから、楽しみです。


>TAKESANさん。
いつも拝見しながら、勉強させていただいています。
トラックバックをお送りするだけでご挨拶出来なくて失礼をしています。
バタバタしているのでサァッと書いたら失礼かと遠慮していますが、すごく刺激になり、教えられているんですよ。
今回のテーマも、あなたの鋭い分析と広い視野に立った論考に「なるほど」と感心しています。
元ネタに関しては、
ネタとしても私にはとても興味あることだったので、考えるきっかけとなりました。
個人的には、いつも思うのですが,私の教えている子どもたちは、みんな純粋に勉強が出来るようになりたい、分かりたいと願っています。
丁寧に向き合うと必ず返って来る手応えに,自分自身の励みとしているのですが、、、
が、、、
この頃はそうでない環境に押しつぶされているのも現実です。
つまり偏差値や試験の成績で一喜一憂している子どもに、算数の意味トカトカ、、、カッタルイ事(?)を教えてもなかなかのってきません。
悲しい事です。
あなたが詳細に分析してくださったような、そもそもの意味なんて考える暇無く、ただ言葉だけが往来を行き来している感がしてなりません。
困った事だ。
ふっ〜〜〜〜〜
です。


とは言え。
「学ぶ事が好き」と言う子ども本来の力を信じていますので、安心してねo(*^▽^*)o

では、また色々教えて下さい。
楽しみです。

投稿: せとともこ | 2008.12.25 11:57

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