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2009.01.30

「善の研究」から

1911年、1月30日。
西田幾多郎の「善の研究」が刊行されました。
今では青空文庫で読むことが出来ますので、興味のある方は是非ご覧ください。
京都大学では西田の手書き原稿をPDF、として公開しています。
直筆の原稿をみると、やはり迫力が違い、感動します。
是非ぜひご覧ください。

さて、そんなわけで「善の研究」。
難解なことと、解説がないことで、読者泣かせの本です。
私も幾度か挑戦したのですが、あえなく脱落。
言葉が難しいのですね、、、
今は解説も出ているようですが、やはり難しい。
が、
難しいながら、今日は挑戦しようと思います。
と、言うのも、このところ、茂木健一郎さんの「意識とはなにか」やモノーの「偶然と必然」などを読みましたが、
今回は、
「哲学という観点」で、上記関連について考えていこうと思うのです。
微力ですがお付き合い頂き、またご意見を頂けると嬉しく思います。
と、言うことで、
まず第一編 純粋経験。
「経験するというのは事実其儘に知るの意である。」で始まる有名なところです。
「全く自分の細工を棄てて、事実に従うて知るのである。純粋というのは、普通に経験といっている者もその実は何らかの思想を交えているから、豪も思慮分別を加えない、真に経験其儘の状態をいうのである。」と続きます。
そして、「たとえば、色を見、音を聞く刹那、未だこれが外物の作用であるとか、我がこれを感じているとかいうような考のないのみならず、この色、この音は何であるという判断すら加わらない前をいうのである。それで純粋経験は直接経験と同一である。自已の意識状態を直下に経験した時、未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一している。これが経験の最醇なる者である。」となります。
まさに禅です。
まさに白隠ですね、、、
===========
衆生本来仏なり
水と氷の如くにて
水を離れて氷なく
衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして
遠く求むるはかなさよ
いわんや自ら廻向して
直に自性を証すれば
自性即ち無性にて
すでに戯論を離れたり
この時何をか求むべき
寂滅現前する故に
当処即ち蓮華國
この身即ち仏なり
(坐禅和讃より)
============
フゥ====ム。
西田幾多郎は禅の影響を深く受けた哲学者です。
さてさて、
茂木さんのクオリア。
思い出しますねぇ、、、、
内観でしったけ???
茂木さん>
まぁ、それはそれとして。
そして、西田は、意識とか意味は過去の経験により形成されるものであり、本来の純粋経験ではない、と書き締めます。

その後も西田は分析と検証を重ねますが、
私は、自分の関心と言うことで、今回はズバリ宗教について西田はどのように考えているかを次に見ていきます。
第四編第一章「宗教的要求」がそれです。
「宗教的要求は自己に対する要求である」と定義しています。
西田にとって「自己」とは「統一」であり、したがって体外的に感知される「世界」もまた「統一」です。
それは、あくまで唯一実在である「純粋経験」です。
「純粋経験」とは、「自己」「世界」の大本

「自己」や「世界」以前の領域で<遍在>している「純粋経験」が、「統一作用」によって「自己」や「世界」といった枠の中にたまたま<偏在>。

「自己」という枠の中に<偏在>してしまっているものは、その本質的に何を要求するのか。

それが、「宗教的要求」であり「絶対無限なる力」という神。

<遍在>する「純粋経験」へまた帰ることだと確認。

では、
「宗教的要求」とはなにか?
それは、「絶対無限なる力との合一」の「絶対無限なる力」とは、あからさまに唯一実在と思しき表現である点で「純粋経験」のことだと西田は言います。
そして、
「宗教は人間の目的其者であって、決して他の手段とすべきものではない」と述べます。「宗教は自己の安心の為であるということすら誤っているのではないかと思う」と言い、人間が信仰をもつことに先行して存在している宗教的要求、つまり「絶対無限なる力に合一」することであり、、「宗教的要求は自己に対する要求」だというわけです。
そして自己と他。
内と外について考察。
その繰り返しのなかで、行き着く先は、
我々のレベル・領域における「主/客」とはまったく異質な、あらゆる主観を排斥した「絶対客観的実在」というものを想定していきます。
この「客観的実在」は、「宇宙其者」「物我一体」とも呼ばれたりします。
勿論これは「主/客」が非分離だった頃=「純粋経験」のことへと再帰します。
西田は「神は宇宙の根本であって兼ねて我らの根本でなければならぬ」とか
「神は万物の目的であって即ちまた人間の目的でなければならぬ」
「神は生命の源である。我々は神において生く」と言います。
ここで言う神もまた「純粋経験」のことです。
神という言葉に込められた「純粋経験」という呼称だけでは担保しえない人格性を西田は強調しようとしたのでしょうか。
「神に対する真の敬愛の念はただこの中より出でくることができる。愛というのは二つの人格が合して一となるの謂(いい)であり、敬とは部分的人格が全人格に対して起す感情である。敬愛の本には必ず人格の統一ということがなければならぬ。故に敬愛の念は人と人との間に起るばかりでなく、自己の意識中においても現われるのである。」と西田は言います。
敬愛とは、何も他人に対してだけでなく自分にも表れ、返るものであること、それが神であり、「純粋経験」なのでしょうか。
そして、西田もまた宇宙を出します。
「神とは宇宙の根本」
「神と宇宙との関係は(中略)本体と現象との関係」
「宇宙は神の所作物ではなく、神の表現」と。
ここでいう「宇宙」とは、先日みたモノーの宇宙とはちがい「世界」のことでしょうか。そしてまたまた「宇宙=純粋経験」へと結びつけるのですが、、、
「最も根本的なる説明は必ず自己に還ってくる。宇宙を説明する秘鑰(ひやく)はこの自己にあるのである。物体に由りて精神を説明しようとするのはその本末を顛倒(てんとう)した者といわねばならぬ。」と。
西田にとって神や宇宙は結局は座りの良い言葉として選んだだけで、
本当に主張したかったことは、やはり「純粋経験」です。
事実を事実としてのみ捉えること、と言い直しても過言ではないと私は考えています、、、

主観や客観と言っても、所詮、人は過去の経験や思いから逃れられない。
ならば、
意識的に、意識的に「純粋経験」に立ち返る努力をすべきでは、と哲学者西田幾多郎は後世に伝えたのでは、と私は思います。
つまり、西田は神に頼ることなく(はっきりと述べています)、なんら恣意をはさまず、事実を見ることを、伝えたかったのではないでしょうか?
モノーの言うところの「「人間にとってどんなに不安で絶望的なことであろうとも、それが科学的で客観的な知識であるならば無条件で受け容れるべきだとし、他方で「にもかかわらず、現在の自己を超克・超越して理想に投企すべきである」と同じものを感じる私です。

先の「意識とはなにか」、「偶然と必然」と続いて示唆にとむコメントを沢山頂き、
学ぶことだらけの私です、、、

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京都 秋の哲学の道。
一年中、西田はこの道を散策し、思索に耽りました。

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2009.01.29

濡れ手であわ?

さっき6時のNHKニュースを見ていました。
その一つに鳩山総務相、日本郵政の回答を一蹴 「かんぽの宿」売却でと言う話題がありました。
そして鳩山さんが記者に囲まれて会談の模様を話していたのです。
私は何気なく見て、何気なく聞いていたのだが、、、
だが、、、
鳩山さんのコメントの一つに、目をぱちくり。まさに鳩に豆鉄砲(?)
次にお腹を抱えて笑い転げました。

本当はブログに書くのはやめようと思ったのですが、
麻生さんばかりが漢字を読めないと報道されたらお気の毒。
なので、鳩山さんには、やっぱりここに登場してもらおうと、パソコン前に急いで座ったのですが、
でも、やっぱり可笑しくて涙目、、、

あっっ、書きますね。
前ふりはやめて。

鳩山さんは、
日本郵政が保養・宿泊施設「かんぽの宿」70施設をオリックス不動産に売却することについて、「待った」をかけているのですが、
ニュースにもあるように
「契約は生きているという前提が分かっただけだ。相変わらず国民の理解を得られない出来レースを認めるつもりは全くない」と言うここまでは良かったのです。
が、
が、
次に、
「こんなことは許されない。
濡れ手であわという言葉があるが、これは濡れ手どころか風呂で濡れたまま全身であわをつけるように大儲けするようなものだ」
と、言うような内容を言われたのです。

濡れ手であわ。
あわわわわ===
先に書いたように、私は思わず目をパチクリ。
開いた口はしばらく閉じることが出来ず、
その後、笑いの洪水が押し寄せて、困ったのですが、、、

そう言えば、今思い出すと、NHKの字幕も途中で消えていました。
困っただろうね、字幕を作るスタッフは。

それにしても、
それにしても、
鳩山さん。
濡れ手に泡を掴んで、どれくらい儲かるんですか?
風呂上がりで全身を濡らして、泡をつけて、どれくらい儲かるんですか?
鳩山さん>


さて、ここで「濡れ手であわ」について。
誤字等No.128に詳しく説明があります。
正しくは「濡れ手で粟」。
「苦労せずに利益を得ること」です。
このサイトでは、
粟を実際、見ることが少なくなった現代人にとって、粟は泡でも可、としよう。
これも言葉の進化か、、、と書かれています。

確かに。
そう言う意味で鳩山さんの言葉をもう一度見ると奥が深い。
濡れ手に泡ならぬ
全身でバブルです!!!
フムフム。
と、思った次第。

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「偶然と必然」を読んで

「宇宙の中に存在するものは、全て偶然と必然の果実である」というデモクリトスの言葉から始まり、
「生物学が諸科学の間で占める位置は、周辺にあると同時に中心にあると言えよう」と言う言葉から読者に語りかけていく「偶然と必然」
著者は、ジャック・モノー(Jacques Lucien Monod)。有名な生物学者。経歴は以下のとおり。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1910年フランスに生まれる。1934年Paris大学助教授となる。1945年Pasteur研究所に入り、1954年以後同研究所細胞生化学室長。1957年来Paris大学教授兼任。微生物の酵素合成の遺伝的制御を研究し、1965年Jacob、Lwoffとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。コレージュ・ド・フランス教授、Pasteur研究所所長を兼ねていたが1976年6月死去。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして、
さらに序では
「私が信じているように、あらゆる科学の究極の野心がまさに人間の宇宙に対する関係を解くことにあるとすれば、生物学に中心的な位置を認めなければならなくなる。というのは、あらゆる学問のうちで生物学こそ、《人間の本性》とは何かという問題が形而上学のことばを使わないでも言えるようになるまえに、当然解決されていなければならないような問題の核心に、最も直接的に迫ろうとするからである」。と言う。
そして、科学者がたとえ自然という言葉がつこうとも哲学を語ることのそしりは免れないかもしれないが、敢えて書く、と著者は宣言。
なるほど、
「現代生物学の思想的問いかけ」と言う副題がついている本ですが、
確かに、訳者も書いているように当時はかなり反響があったようです。
こうした言葉はシュレジンガーの「生命とはなにか」にもありました。
時代がそうだったのでしょうか。

さて、先に書いた「意識とはなにか」を読んでと言うエントリーに頂いたコメントを拝見しているうちに、偶然と必然を思いだし、本棚から早速取ってきて、もう一度読み直しました。
と、言うことで、これまた忘れないうちにこの本のまとめを自分なりにしていこうと考え、エントリーとして挙げておきます。
まず、本文は、9章からなっています。
が私は勝手に2部構成として読み解きましたので、ここでは私のまとめということなので、2部立てで本文を見ていきたいと思います。
まず1部は、「生物と無生物」についてです。生物とは何かを、検証します。
まず「ふしぎな存在」として自然と人工は、誰でも見ただけで分かる。その違いはなにかと口火を切ります。
そして、その中から生物としての普遍的な法則を3つ浮かび上がらせます。
1,合目的性
2,自律的形態発生
3,不変性
がそれです。
つまり、
モノーは、もし宇宙人が地球にきて様々なものを見たらどの様に判断するか、という仮定で読者を「生物と無生物の狭間」に誘います。一定の条件のもとで変化しながら規則性や連続性をもつ結晶構造の岩石と、ごくミクロのレベルで細胞分裂を繰り返す細菌などをどうやって区別するか? なぜ前者は生物ではなく、後者は生物だと判定しているのか?
宇宙人はどう考えるか?
この問いに答えることは「難しい」と著者は言います。
そして、モノーはまず、この世界のなかで、自然物と人工物の区別を、単にそのものの形や構造、幾何学的な考察からのみ判別することは不可能と言うことで例を石英の結晶や蜜蜂の巣などで検討。
では、「人工的」とはいかなる意味なのか? それは、その物がなんらかの目的性をより合理的に実現するために存在していることであると著者は語る。
さらに、生物として規定し得るための条件の二つ目としてその物体そのものの構造の形成が、外部からの諸力が加わった結果としてではなく、あくまでもその物自体に内在する《形態発生上の》相互作用に負っていなければならないということを述べます。
さらに極めて複雑なものを含むこの構造形成が、その物と同一のもう一つの物体からの対応する情報の不変的複製に負っていることとして、先に書いた3つの特性となるのです。
次に生気説と物活説へ話は進みます。
「生物の合目的特性が近代認識論の根本原理のひとつの疑問を投げかけているように見える以上、全ての哲学的、宗教的、科学的世界観は事実上、この問題に対してはきっりしたものではなくとも、何らかの解決をもっていることが要求される」として、モノーは不変性と合目的性の間の優先関係について語っていきます。
生気説としてベルグソン、エルザッサーについて言及。
物活説では、とくに弁証法的唯物論についての検討が詳細にされます。
1,物質の存在は運動である。
2,宇宙は物質の総体出、たえず進化の状態にある。
3,宇宙についての真の認識は、しんかの理解に寄与する。
4,そしてこの認識は人間と物質の相互宇佐用の中からしか得られない。相互作用そのものが進化し、また進化の原因になる。
真の認識は実践的である。
5,意識は認識の相互作用と関係している。
6,宇宙自体の進化が弁証法的である。
7,8は略
と、エンゲルスの反デューリング論と自然の弁証法について述べます。

こうしてそれまでの哲学を検証した結果、著者は生気説と物活説を以下のように書き、纏めます。
「私がこれからしようとする提示テーゼは、生物圏のなかには予見できる類別された物体ないしは現象はひとつも含まれないで、ただある出来事(中略)から成り立っていると言うことなのである」と。
その後、本文はタンパク質へと進みます。
モノーのまさに専門の分野であり、当時の生物学の到達点をあますところなく検証しています。
とくに分子生物学、DNAの複製などにより不変性
について語ります。

こうして、いよいよ第2部に移ります。
イデオロギーとしての生物学です。
まず進化。
「生物という、きわめて保守的なシステムに
たいして進化への道を開くきっかけを与えた基本的な出来事は、たんに微視的な偶然的なもので、それが目的論的な機能にどんな影響をもつかどうかには、まったく無関係なものであった」
と、まず書きます。
そして、いよいよ「偶然と必然」へと話は展開していきます。
彼の一貫した主張は、
偶然が生み出したものが環境との関係で淘汰されるにしても、それを生み出す根拠は「純粋に単なる偶然、すなわち絶対的に自由であるが、本質は盲目的である偶然があるだけ」です。
何度も何度も言葉を変えモノーは伝えます。
「生物の持つ不変的複製という合目的的性格は、何らかの普遍的な「目的」によるものではなく、物理的なメカニズムに基づく盲目的な偶然性に依拠している」と。
魚が陸に上がるとします。このことによって海から陸へ、形態がどんな形になっていくか、というのは予想できますが、陸に上がること自体は予想できない。
そしてこの「陸に上がる魚」が一度生まれてしまう(より正確に言うなら「DNAの構造の中に書き込まれる」)と「幾百万、幾千万もの同一の複製ができてくる」つまりミクロ単位で起きた偶然がマクロになると必然になってしまう。
「合目的的装置の首尾一貫性を低下させてはならないだけでなく、むしろすでに起きている変化の方向に即してこれをさらに強化していくか、(中略)あらたな可能性を開くといったぐあいの突然変異でなければならない」として、必然について語ります。
そして進化の不可逆を指摘します。
最後のまとめは、モノー自身の思想によるところが多く、今回のエントリーでは、そこは敢えて取り上げません。
が、
モノーは何を最後に言いたかったのかについては考量するに、
「人間にとってどんなに不安で絶望的なことであろうとも、それが科学的で客観的な知識であるならば無条件で受け容れるべきだとし、他方で「にもかかわらず、現在の自己を超克・超越して理想に投企すべきである」ということでしょうか???
はじめに目的ありき、結果ありきではなく、
「知識の倫理」を追求することがモノーの目指したものなのでしょうか?
客観性の公準をもった、つまり科学的客観性に裏打ちされた知識にのみ依拠するという倫理的選択を行う、、、
生涯、そうした態度を貫き、もとめたモノー。

随分古い本なのですが今に新しい。
学ぶこと大です。

偶然と必然、、、
私にはまだまだ分かりません。
が、何事も偶然で出会い、それをさらに深めていく必然を感じながら、再読を致しました。
忘れかけた頃、また読み直そうと思いながら、、、

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2009.01.28

ダーウィンと植物ホルモン

これからも折りに触れチャールズ・ダーウィンについて書くつもりです。
ダーウィン生誕の今年は各地でいろんな催しがあると思います。

さて、今日はチャールズ・ダーウィンの仕事で、ひょっとしたらあまり知られていないかもしれませんが、
植物ホルモンの話を書きます。
中学や高校の生物で勉強したと思うのですが、
植物が光にあたると茎が光に向かって屈曲するホルモン、オーキシンと後に名が付けられたのですが、それを初めて実験したのがダーウィンなのです。
イネ科植物クサヨシの幼葉鞘を使って、仮説をたてました。
「先端で光を感知する。その刺激が下に伝達されて成長部位で屈曲を起こす」 と。
そして以下のように実験をしました。
実験A:先端を切り取った→ 屈性なし
                 
実験B:先端をスズはくで覆った → 屈性なし   

こうして仮説は検証されたのです。
その後、ボイセン=イエンセンの実験(1910,1913)
ウェントの実験(1927)などが行われダーウィンの仮説が証明されました。
そして、
ケーゲルは、このオーキシンは化学的にはインドール酢酸であることを分離同定しました。
最初の実験はThe Power of Movement in Plantsと言う本に1880年に書いています。

なお、興味のある方は動画で実験の数々が詳細にわかるサイトなどをご覧ください。


その後、さらに植物ホルモンは研究され、
日本人もジベレリンというホルモンを発見しました。これはタネ無し葡萄などの生産にむすびつくものです。

実はダーウィン。
いろんな研究をしているのです。
また機会をみつけて、別の実験なども記事にしていきます。

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2009.01.27

2次補正調整と言うが、、、

2次補正巡り衆参両院議長が調整と言うニュース。
ふっ====
ですね。
うもぉ、と思いながらニュースを見ています。
施政方針も衆参議員でできるかどうかもたついている模様。
前代未聞の混迷国会になるのでしょうか???

さてさて、、、
それにしても、なんともはやはや。
一番の問題は消費税。
「財源の裏付けのない予算を作ってばらまくわけにはいかない」と、政府は言うのだが、、、
だが、、、
果たしてそうなのだろうか?
大型公共事業のバラマキはなんだったのか?
大企業・大資産家の減税はなんだったのか?

確か消費税を5%になった97年度にも政府は同じ様な事を言い、国民の財布から、まさに巻き上げるように巻き上げ,一方、公共事業のバラマキはそのまま,むしろ拡大。
国民の財布はもちろん締まるばかり。
税収は激減。

こうした経緯を知ってかしらないでか(勿論,知っているのでしょうが)、
さらに国民から税を徴収する今回の二次補正。
絶対、反対、というか困ります。通過すれば、、、
大銀行への公的資金投入や株の買い取り、大企業の約束手形(CP)の買い取り制度など手厚い支援策はバッチリと明記。
大企業だけが得をする仕組みが、如何に経済を冷えこませているか学習してください、政府の皆さん>


本当に、、、
ほんとうに、、、
今後、どうなるのか???
皆目、わからない麻生内閣の施政。
うううう====ん。
座右の銘は、 「天下為公 」という麻生さん。
泣いているよ,,,座右の銘が。

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2009.01.26

おくりびとを観て

昨日、「おくりびと」を見てきました。
米国アカデミー賞ノミネートと言うニュースが流れたのは1月の23日。
その前から見に行こうと思いつつ、つつ、
なにやかやと忙しくしていたのです。
が、
漸く、昨日、夫と観にいくことができました。

感想は、
とてもやさしい映画でした。
すべてが優しい。
縦糸は人の生と死。
横糸は親子と夫婦。
縦糸と横糸を紡ぎながら新しくできるものは「次代への伝言」では、と思いながら観ました。

いずれ訪れる死。
それは人によって様々な形で迎えるわけです。
死は、死んだその時から、その人を離れ生きている人間、遺されたものの課題となります。
どのように故人の死を受け入れるか???
どのようにその後の人生を生きるか???

そんな死を、送る仕事をしている人々の映画です。
しかし、
おくりびととは、なにもこうした仕事に携る方々だけではない。
私たち、すべてがおくりびとなのでしょうね。
家族や友人や、その他、かかわった方々を、いつかおくるものだから。

死は最後の瞬間まで、生き抜くことであり、
生きるためには食べること、たべるには美味しいもののほうがいい、そして生きるためには楽しいほうがいい。
では楽しいとはどう言うことか?
それは人それぞれによって違うのでしょうが、
ひとつだけ言えることは、
自分に対しても、向き合う人々に対しても、その時の誠実さで接すること。
これしか、人はできない。
そして、これが一番難しいことでもあるのですが、、、、、

いつでも人は死んだ人に「あああ〜〜〜もしてやりたかった。
こうもしてやりたかった」と思い、悔やみ、そしてまた思うものです。
そんな重ね、かさねが人をしておくりびとに成長させるのかもしれません。


いろいろ、
いろいろ、、、
考えさせられる映画でした。
また、内容の重さを重く感じさせない手腕は監督のものだろうとも思いました。
チェロの入り方が素敵でした!!!
山形、庄内地方の風景が素敵でした!!!
こうした背景が、静かで上品で豊かな映画を紡ぎあげたと、私は思います。

さて、アカデミー。
どうなるか、楽しみです!!!

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金環日食です

金環日食(東南アジア方面)と言うアストロアーツのニュース。
==============
1月26日、東南アジア方面で金環日食が見られる。金環状態になるのは日本時間の18時40分ごろ。シンガポールやジャカルタでは金環食にはならないものの、ひじょうに深い部分食となる。当地は雨季にあたるので天候がやや心配だが、半年後のトカラ皆既日食への期待とともに楽しみたい。
==============

日本では見ることはできませんが、現地からの情報が届くことを楽しみにしています。

ルーリン彗星と言うホヤホヤ(?)の彗星の接近も2月にはあります。
この彗星。
かなり楽しむことができそうです。
「尾の変化
もしかすると、ルーリン彗星は東西に尾が伸びた珍しい姿を見せてくれるかもしれません。
彗星には、放出されたチリが軌道面上に広がってできる「ダストテイル」と、ガスが太陽の反対側に流れてできる「イオンテイル」という2種類の尾があります。ルーリン彗星が衝となる26日前後に尾がじゅうぶん長くなっていれば、イオンテイルが東に、ダストテイルが西に伸びていることでしょう。
数日間隔で観察すれば、全体として西に伸びていた尾が、26日ごろを境に彗星の東側に見えるようになるのがわかります。なるべく写真に残して楽しみたい現象です。」とアストロアーツには紹介してあります。

フゥ====ム。
これはなかなかに面白い。
まさに彗星。
ほうき星ですね。
ワクワクします。
私もできれば写真を撮りたいが、天体はまだ撮れそうにありません。
先日も西の空の金星を撮ったんですが、現像してビックリと言うか残念と言うかぁ。
金星がチリのように光っていましたぁ。
ありゃ、金星だと知らなきゃ、ただのゴミでした。
ガック。

と、言うことで写真は専門家に任せて、
それでも思い出は自分で、です。

2月の空も楽しみです!!!

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大相撲 楽しみました

やっぱり見てしまいました。
大相撲。

いやぁ、、、
久しぶりに面白いと言うか、手に汗握る相撲を見ることが出来て、
それはそれで楽しかったですねぇ。
今場所、私もかなり気合いをいれてみました。
以前は大相撲、好きでした。
しこふんじゃったと言うエントリーには次のように書きました。
=============
テレビを見ながら私も考えました。
どうすれば大相撲人気が戻るかな???と。
前にも書きましたが私は幼い頃は大相撲は大好きでした。
「ひ〜〜〜がーーーしぃーーー」
「にぃ〜〜〜〜〜〜〜〜しぃ」
なんていうのは、日本の音だったように思います。
しかし、いつの頃からか相撲が自分の生活から消えました。
この春、実家に帰って久々に母と大相撲を見たのですが、
見ると なかなか面白いのですよね。
朝青龍も笑うと可愛い。
なんといっても国際的になっているのにはビックリ。
じっくり、ゆっくり見ると面白い。
=============

私の生活から消えていた大相撲が、ちょっとばかり戻ってきた今場所でした。
いろいろありつつも。
これからもあるだろうが。
それでも大相撲。
日本の古来よりの伝統と言うことですが、
やはり正しい在り方で今後も私たちにその技の妙を見せてもらいたいものです。


最後に朝青龍関。
おめでとうございます!!!

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2009.01.23

大学と特許

大学と特許。
まだまだ続きます。
「日本にノーベル賞が来た理由」の著者は、
日本の研究土壌を以下のように分析します。
「公的研究資金が少額に留まる理由は、お役人が「学問の自由」を悪く誤解しているからです。大学に払う研究費は憲法も保障する学問の自由があるのであれこれ内容に文句はつけられない。いわば「出て行ったきり」になると諦めています。
中略
2008年までに自然系のノーベル賞が与えられた日本人業績の大半は、研究成果が主として海外で検証され、実用化され、産業化されることで高く評価されました。」

そして著者は、今、最も注目されている山中教授のiPS細胞などにも触れ、
論文として公表する前に特許申請をする必要を説きます。
それが「知の保護」と言うことだそうです。

そこで日本人ノーベル賞受賞者と特許と言う特許庁のサイトを見てみました。

1949年、湯川秀樹博士が日本人として初のノーベル賞受賞者となって以来、これまでに総勢9名の方が自然科学分野においてノーベル賞を受賞されてきました。平成18年3月に閣議決定された第3期科学技術基本計画においても、第2期科学技術基本計画に引き続き、「50年間にノーベル賞受賞者30人程度」という目標に言及しています。
 世界的にも認められる優秀な研究者の輩出は、後に続く人材の目標となり、新たな挑戦の意欲をかき立て、意欲的な研究者の育成と活躍を促進し、我が国が国際的な知の創造の営みにおいて世界をリードする原動力となると考えられます。
 過去にさかのぼり、日本人ノーベル賞受賞者の特許出願状況(発明者として特許出願に関わった件数)についてみると、1973年に物理学賞を受賞した江崎玲於奈博士以降、1981年化学賞受賞の福井謙一博士、1987年医学・生理学賞受賞の利根川進博士、2000年化学賞受賞の白川英樹博士、2001年化学賞を受賞した野依良治博士、2002年化学賞を受賞した田中耕一氏は、いずれも特許出願を行っています。(上記サイトより)
===============

私の友人にも特許の申請事務をしている人が何人かいます。
一口に特許申請と言っても、大変煩雑な事務作業があるようです。
友人は審査する仕事をしているので、論文読みをしています。
論文を読みながら「これ、本当かな?」と思う論文もあったりして机に積み上げられた論文の山を、まず読みこなす必要があると言うことで、もう一度生物の遺伝の勉強を大学でしています。

特許、出す方も審査する方も大変です。
が、
研究を守る、保護するためには必要な手続きかとも思うのです。
思うのですが、
が、
国立大学法人として特許申請することの意味は、また別の次元のものと考えます。
知を囲い込むのか、知を解放するのか?
ここで問われているのは、知とは誰の者かと言うことです。
いう間でもなく知は社会の共有の財産であるということです。

その研究や発見、発明をした個人もそれはそれで尊敬に値するし、社会は相応の対価を支払うべきかもしれないが、
今、政府が推し進めようとしている方針は、
「金になるもの」には援助、保護するが、そうでないものには、資金、研究費は減らすという明白な産と結びついた教育を大学に押しつけて来ていることです。
知的財産の特許は、結局の所、産の意向であることを、もう一度確認していくことと、そもそもの大学の使命は、新しいものの創出と、今までのものを育むことです。
この視点に立ったとき、やはり大学の特許申請方針には疑問を投げかけるものです。

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知的財産立国政策は大学に何をもたらしたか?

先に書いた「日本にノーベル賞が来た理由」の中にある「知財化」について、私自身も、現実にどのように大学の環境に組み込まれているかを、今、調べています。
と、言うことで、このエントリーは自分の覚え書き、メモと言う形で進めていきます。

まず、知的財産基本法について。
これは、2002年の当時の小泉総理の施政方針に基づきます。
〜〜〜〜〜世界最高水準の「科学技術創造立国」の実現に向け、人の遺伝子情報の医療への応用、極めて微小なレベルでの新材料開発など、最先端の戦略的研究分野に重点的に取り組みます。併せて、産学官の連携の推進、地域における科学技術の振興を図ってまいります。 〜〜〜〜〜
さらに続けて、
〜〜〜〜〜我が国は、既に、特許権など世界有数の知的財産を有しています。研究活動や創造活動の成果を、知的財産として、戦略的に保護・活用し、我が国産業の国際競争力を強化することを国家の目標とします。このため、知的財産戦略会議を立ち上げ、必要な政策を強力に推進します。 〜〜〜〜〜〜


ここに、こうして「知的財産立国」宣言がなされたのです。
その後の取り組みは、知的財産戦略推進事務局のホームページにあるとおりです。
「2002年11月に知的財産戦略大綱を受けて知的財産基本法が制定され、2003年3月からは、同法に基づき、内閣に知的財産戦略本部(戦略本部)が設置されました。さらに、戦略本部は7月に知財立国に向けた具体的施策を取りまとめた「知的財産の創造・保護及び活用に関する推進計画」(推進計画)を決定しました。 (上記サイトより)」

ここまでは、なんの問題もないように見えます。
また先に書いた「ノーベル賞が来た理由」の著者も知財化、知財の保護が大切であることを訴えていました。
確かに知財は大切です。
保護されるべきです。
では、どうして大切で保護されるべきかと言われるなら、
知は全ての人々の共有の財産であると言う意味だからです。
一部の人々のためにだけあるものではありません。
一部の人々にだけ利益を還元するものではありません。
全ての人々が、その知から導かれる結果を享受できるから、守られるべきものなのです。
が、
が、
この知財に対して、経済界が小泉さんの先に提言をしていました。
「知的財産立国宣言」の背景と経緯などをご覧ください。
この中の第7節に「2002 年 1 月には経団連が「知的財産権を核にした 産業競争力の強化に関する考え方について」という提 言を行なった。 」として詳しく書かれています。

この報告を読むと、結局「知財」は産業界、財界の肝煎りで推進されたものであると分かります。

それでも、知は財であると言う方針の元で大学環境が整備され保障されたのなら、是と言うことができます。
では、その後の大学はどうだったでしょうか?
文部科学省の「大学知的財産本部」を見てみましょう。
「2.審査方法の概要
( 申請状況)
申請件数:83件」
とあるようにまずは83件の申請がありました。
そして、
「( 審査機関)
科学技術・学術審議会 技術・研究基盤部会 産学官連携推進委員会の下に置かれた「大学知的財産本部審査小委員会」
( 審査手順)
1 文部科学省において、要綱等を作成の上、募集。
2 大学知的財産本部審査小委員会において、書類審査及びヒアリング審査等を経て採択。
3 今後は、文部科学省において採択された機関と個々に委託契約を締結し、事業実施。」
と言う手順で、
「大学知的財産本部整備事業」採択機関:34件
「特色ある知的財産管理・活用機能支援プログラム」対象機関:9件
となりました。
こうして「産官学」が進み、ベンチャー発信の拠点になる大学も登場したりと、知財の活用適用に拍車がかかりました。
その間、大学自身の環境も激変。
まずは2003年の国立大学法人化。
2006年の新教育基本法、
2008年の新学校教育法などなどです。
そして「イノベーション」。
これに関しては以前イノベーション教育その後と言うエントリーを挙げて、実態を調べました。
その時も書いたようにイノベーションの後ろに見え隠れするのは「財界の意向」であるということです。

「オープンイノベーション」の元、大学に「成果」の特許を求め、製品としての価値を強め、そこから利益を誘導していくような方針が、確立されようとしているのです、、、
一方で基礎研究は隅においやられていく、、、、
私学助成はドンドン削減されていく、、、、
大学は財界の人材養成機関に成り下がろうとしてるのか???と思うくらい、
今、大学の環境は劣悪です。
そもそも大学は知を生むところ、育てるところです。
それは長い時間がかかりますが、社会全体の財産であるゆえに社会全体で守り育ててきたものです。
利益を優先の研究や成果を追い続ける研究は、いずれ底をつきます。

今、もう一度「大学のありかた」「研究の保護」「知を守ること」を真剣に考える時期がきていると改めて思いました。
これからも、折に触れ記事にしていきます。

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2009.01.22

「日本にノーベル賞が来る理由」を読みました

日本にノーベル賞が来る理由を今、読み終えました。(サイトは「来る」ではなく「来た」です)
著者は伊東 乾さん
「作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学講師、慶応義塾大学などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。」
と言う異色の人です。

さて、そんな伊東さんの書いた「日本にノーベル賞が来る理由」。
とても面白くスラスラと読むことが出来ました。
内容については、上のサイトなどにもチラホラと書いてあるので、ここでは書きません。
ただ著者が訴えたかったこと、声を大にして伝えたかったことは、
読んだ者としては誠実に応えていくことが出来たらと思い、まずはエントリーとしてここに挙げておこうと思いました。
日本に期待されている役割、世界が注目する日本の役割とはなにか?
に、ついて、今一度、考え直す必要があるのでは、と言うことを、著者は述べているのでは、と思うのです。
「世界の殆どすべての国が、そして科学機関が「唯一の被爆国日本」に対してものすごい神経を使っています。ところがいろいろな理由で、当の日本だけが、こうした配慮にまったく鈍感という、非常に不思議な逆転状況が恒常化してしまいました」(本書より)

ううううううう====ん。
重い言葉です。
当の日本だけが、鈍感で配慮にかけているというのか、「平和」に対して。
戦争に対して。
そして核開発に対して。

私たちは唯一の被爆国として、もっともっと平和を語り、戦争の非を訴え、武器開発に危惧を表明することが、世界から期待されている「日本の役割」と著者は言う。

また、著者は次のようにも提起する。
日本が「学術立国」として生き残るためには「知の好循環」が大切である。
それは知は財であると言うことを再認識して、守るための努力も惜しんではいけない、という事を訴えています。
知財化に無防備であることは、やがて日本の知の流出に繋がることであると、述べ、知を保護するための特許ななどに対しても積極的に関わるような組織的な仕組みもまた必要であることを訴えています。
これに関しては、別の記事で私も考察しています。


日本にノーベル賞が来た理由。
それは純粋な科学の成果だけでなく、時々の「政治」であったことは勿論です。
ノーベル賞だけが偉いわけではない。
偉いわけではないが、
それでも、それを目指すような志をもって国は科学を援助、保護することは大切です。

そして最後にもう一度。
「世界の殆どすべての国が、そして科学機関が「唯一の被爆国日本」に対してものすごい神経を使っています。ところがいろいろな理由で、当の日本だけが、こうした配慮にまったく鈍感という、非常に不思議な逆転状況が恒常化してしまいました」と言う言葉を噛みしめて、、、

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長生きの散開星団

長生きの散開星団内に存在する惑星状星雲と言うアストロニュース。
Ngc_2818_s


ニュースによれば「NGC 2818Aの年齢は10億歳ほどと計算されているが、これほど長く生き残っている散開星団はまれである。」とのこと。
散開星団について書いてあるwikipediaにも確かに、
「より強く密集していた星団はより長い期間にわたって存在する。しかし数十億年以上も生き残っている星団は知られていない。」とあります。
10億歳の散開星団が見つかったということは、凄いことですね、、、
今後、あらたに見つかる可能性もあるということで、
さらに宇宙の星ぼしの秘密に迫っていくものと思います、、、
さて、
私がすぐに思い出すのはすばるです。
この青い星ぼしは、まだ若い星達です。
秋の空を煌めくスバル。
日本だけでなく多くの国々で神話や伝説として語られた身近な星団です。

と、言うことで長生きの星の話の次は、
今夜の星、それも金星。
金星と天王星が接近と言うことで是非、双眼鏡をもって日没の西の空をご覧ください。


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沖縄泡瀬の現状

さめさんから沖縄泡瀬の現状についてのトラックバックを頂きましたので、訪問。
転送歓迎とありましたので、此方でも紹介しておきます。

================【以下、転送歓迎】===================

1月15日、
ついにサンゴの生き埋めが始まってしまいました。
泡瀬の青く透きとおる美しい海に
どす黒い砂泥が流し込まれる衝撃的映像の報道やブログを見て、
ショックを受けたり、憤りを感じた方々から
「何かできる事はないか?」というメールや電話が
「泡瀬干潟を守る連絡会」に続々と来ていることはとてもありがたく、
その対応に追われているのは嬉しい悲鳴です。

しかし連絡会としては過去10年間に渡り、
工事事業者である沖縄市、沖縄県、内閣府に対し
環境の重要性、工事の問題点などを指摘し、
埋立の断念を訴え続けてきましたが
納得いく答えをもらえませんでした。
最終的には座り込みや裁判などことごとくやって来た上で
11/19には「公金支出差し止め」という判決まで出たのに
土砂の投入は強行されました。

今はこれ以上何ができるか、
また何をしたら止まるのか、
今後の対応に更なる検討を重ねているところです。

そこで、逆に私達が皆さんに相談したいのです。
今、すごい勢いで頂いている署名やメッセージを
目も通さないままただの「○通」と数えられたくないので
文字じゃなく声で、「温度のある思い」を直接伝えて下さる方は
または自分が納得行く答えを貰えるまで粘って頂ける方は
ぜひ事業者側の各担当者に聞いて下さいませんか。
どうして埋め立てるのか。
どうしたら止めてくれるのか。

私達とは違う目線からの意見なら
何か違う事が見えてくるかもしれない。
そして電話した方はぜひ、
どんな対応や回答だったか聞かせて頂きたいです。
または他に良いアイディアある方は
ぜひ私達にメールで教えてください。
何とか新しい道を探し出して
少しでも多くのサンゴや生き物達を救いたいのです。

以下、事業者側の各担当部署の電話番号をお知らせしますので
御参照下さい。

今後とも、ご理解、ご支援のほど、よろしくお願い致します。

泡瀬干潟を守る連絡会と有志一同


■事業者側の担当連絡先■

◆沖縄市 東門美津子市長
担当窓口:東部海浜開発局
〒904-8501 沖縄県沖縄市仲宗根町26番1号
TEL 098-939-1212(代表)
 <代表番号から「東部海浜開発局」を呼び出す>

web:市長宛メッセージは
沖縄市役所のご意見・ご要望書窓口から
秘書・広報課の書き込みフォームを選んでご投稿ください。
http://www.city.okinawa.okinawa.jp/site/htdocs/qa_top/q_top01.html

東部海浜開発局への意見・要望は、以下の窓口から
東部海浜開発局の書き込みフォームを選んでご投稿ください。
http://www.city.okinawa.okinawa.jp/site/htdocs/qa_top/q_top06.html

◆内閣府 沖縄総合事務局 開発建設部 港湾計画課
〒900-0006 沖縄県那覇市おもろまち2丁目1番1号
那覇第2地方合同庁舎2号館
TEL 098-866-1906(直通)

web:沖縄総合事務局開発建設部のお問い合わせフォームから
ご投稿ください(字数制限500字)。
http://www.southernx.ne.jp/mlfm/ogb/mailform.htm?id=kaihatu

◆沖縄県 仲井間弘多知事
担当窓口:沖縄県土木建築部 港湾課
〒900-8570 沖縄県那覇市泉崎1-2-2
TEL 098-866-2395(直通)
E-mail kouhou(*)pref.okinawa.lg.jp
 
*を@に変えてください。

★埋立に経済的合理性がない実証→
http://awase.net/maekawa/sub.x.htm
(やればやるほど赤字=市民の税金負担)

泡瀬干潟を守る連絡会
住所:〒904-2161 沖縄県沖縄市古謝1171-3コーポMK 地下1階
FAX:098-939-5622 事務局携帯:090-5476-6628(前川盛治)
E-mail:save_awasehigata@yahoo.co.jp
http://www.awase.net

♪おきなわしあわせ計画♪
http://okinawashiawase.ti-da.net/
---------------------------------

それにしても、知れば知るほど、ひどいものです。
今、沖縄で起こっていることは、
いずれ私たちに降り掛かることではと思うくらい、強行に行われる行政に、危惧を感じます、、、
内閣府沖縄総合事務局の沖縄市の泡瀬干潟への浚渫土砂の投げ捨て問題。
本当に辛い、、、
サンゴや貴重な生物が犠牲になっていく、、、
こうして小さな生き物をなんの逡巡もなく犠牲にしていく行政の在り方を見て、彼らが「住民のため」と口に出しても、信じることができようか、いやできない。


泡瀬の海をなんとしても守っていきたいと、沖縄の強い思いに、連帯と共感の意を表明します!!!
 

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2009.01.21

消費税明記?

消費税問題、紛糾しています。
昨日の国会は2011年の消費税率を上げることにたいして、
野党側からバンバン批判がありました。
とくに民主党の石井議員。
迫力ありすぎでしたね、、、
全然、関係ないのですが、石井議員は昨日の国会で、麻生さんがご自分で書かれたと自称なさっている記事にたいして、漢字を抽出。
「あなたの漢字力」で此れが書けるのか?」と質問なさいました。
「本当にあなたが書いたのですか?」
だけでいいのに、、、
あれはイケナイ。
やり過ぎ。
と言うか、政治は語学力でやるもんじゃないでしょうと突っ込んでいました。

私は麻生さんの政策や目指すものには反対です。
が、
が、
漢字力がないから、これは書けないだろう、なんて失礼なことは言うべきではないと思います。
国会の場で、自国の総理をここまで蔑んでいいいものだろうか?
いや、よくはない。(反語です)
と、思いながら石井さんの答弁を聞きました。
さてさて、それにしても、
麻生さんは相変わらずの麻生節一点張り。
見えませんねぇ〜〜〜先が。

出口の先が見えない国会を見ながら、
暗澹たる思いがしたのですが、それは自民党の先生方も同じか???
与党内での批判の方が野党よりも大変そうですねぇ。

テレビに映し出される先生方の言い分を聞きながら、
国民の声は、果たして届いているのか?と不安になります。
やはり選挙がチラチラですね、どの先生も。


次に定額給付金。
公明党の山口さん。
熱弁を振るっていらっしゃいました。
総理よりも総理らしく(?)熱く語る姿が痛々しい。
「給付を待ち望んでいらっしゃる方も大勢いらっしゃる」と言われていましたが、
そりゃ、給付しますよ、と言われれば「ありがとうございます」と貰いに行くのは人の情だと思います。尤も、ありがとうございます、も変かぁ。
自分たちの税金だから。
「給付に反対しているのに、貰うときは貰うのはおかしいじゃないか」と言う意見もチラホラと見受けられますが、
その伝でいくなら「消費税率増には反対だけれど、法律で決まれば泣く泣く払うしかない」と言う正反対の切り返しが返ってくると思うのだが、、、
とくに私はいつも税金が上がり、福祉が切り捨てられる度に「こんな政治、誰も賛成したんじゃないよ===賛成した諸君だけ税金払えよ」なんて毒づきます。

いやでもおうでも、
法律で決まれば、それに従うのが法治国家。
だからこそ、
だからこそ、
決まる前に徹底的に討論して納得する法律を制定していただきたいものだ、と私は思うのですが、、、

多くの国民が反対しているのは、
もっと、有効な使い道があるのでは、という事です。
貰う、貰わないのことではない。
微妙にすり替えた麻生さんゆえ、今、そのワナにご自分でかかってしまった姿が痛ましい。


法律に反対することと、
法律が制定されて後の有り様を語ることは次元が違うのではないか?????
と、思いながら、実は野党のいつまでも「総理、もらうんですか?どうするんですか???」にも辟易しています。
尤も、それを招いたのは麻生さんご自身だが。
矜持の、とか、さもしい、とかとか言わなくてもいいことをおっしゃるから。
やれやれ。こまったもんだあ。

それにしても、
それにしても、
おいおい。ですね。
そんなことより、もっと「今」のことを論議してくれ〜〜〜〜
と。

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オバマ大統領誕生

オバマ大統領誕生しました!!!
注目の就任演説では「新たな責任の時代」が強調されました。
===============
挑戦は新たなものかもしれない。だが、私たちの成否を左右するのは昔と変わらぬ勤労と誠実さであり、勇気と公正さであり、忍耐と好奇心であり、忠誠と愛国心である。これが真理だ。私たちの歴史を通じて、前進の静かな力となってきた。求められているのは、こうした真理に立ち戻ることである。今、私たちに求められているのは、新たな責任の時代である。それは私たちが、自分たち自身や国、世界に対して義務を負っていると認識することである。嫌々ではなく、むしろ喜んでつかみ取るべき義務だ。私たちは、難題にすべてをなげうつことほど魂を満たし、私たちの人格を特徴づけるものはないと確信している。
===============


フゥ〜〜〜〜ム。
厳しい世界情勢の中、手放しでは喜ぶことができない就任だったとは思います。
今後のアメリカの行く先。
本当に、ほんとうに、ホントウニ、
注目です。

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2009.01.20

引き続きセンター生物

昨日に引き続きセンター生物を検討します。

第三問の予備校分析は以下のようです。
=============
【第3問】遺伝(DNAの構造、致死遺伝と不完全優性)
AはDNAの4つの構成要素(A・T・G・C)のシャルガフの規則に関する基本的な知識・計算問題、Bはハツカネズミの致死遺伝子とオオムギの不完全優性に関する知識・計算問題である。
問1~問3は、一見すると難しそうであるが、シャルガフの規則を理解していれば、それほど難しくはない。問4は、遺伝子Yが劣性致死遺伝子であることはやや難しめの知識である。問5・問6はメンデルの遺伝の法則をしっかり理解していれば難しくはない。
==============

確かに、ATGCについて表で出てくると、あれぇ???と思うかもしれませんが、
言葉でAとT、GとCの対と言われるよりも、わかりやすいとも思います。
これは、そんなに難しい問題ではないと考えます。

次の「メンデル」。
これはもう絶対、必要。
なにがなんでも、しがみついてもメンデルは理解していください。
とくにいろいろの遺伝現象が出てくるので、しっかりその仕組みを理解することが大切です。

次に第4問。
これはなかなか面白い問題です。
ゆっくり考える時間があれば必ず正解に導くことが出来ますが、
限られた時間、しかも本番という環境では、ちょっと受験生は焦るかもしれません。

最後の第5問。
これはよく見る問題。
光合成は、受験生にとってもかなり「こなしている」問題なので、ゆっくりと解けば、必ず解けます。

と、言うことで今回のセンター生物をみてきました。
全体を通して思うことは、
問題数が減った分、実験問題が多くなったので、読む時間が多くなります。
実験手順やデーターの解析に慣れていくことが必要です。
解答そのものは、データーを素直に読み込めば正解が得られるので、難易度は高くないと思います。
今後の勉強としては、
基礎として「言葉の意味」に熟達することは勿論、
計算や図に積極的に慣れていくことが重要だと思います。
それと絶対「メンデル」。
ここは、いろんな変化球で出てきますが、
とにかく基礎をしっかり理解して下さい。

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2009.01.19

センター試験生物 その3

センター試験生物、3問目以下は、次回に検討を試みます。
(今から出掛けるので、ごめんなさい)

ただ、全体を見た感じでは、
基本がキッチリとわかっているかを問う問題が多いようです。
これから受験する人にとっては、勉強方法は、教科書中心が一番だと思います。

生物は5分野しかないので、必ずその分野から出題されます。
したがって、同じような問題が多いのです。
が、
安心してはいけません!!!
油断禁物。
分かったつもり、知ったつもり、覚えたつもりになりやすい学科なので、
キッチリと覚えることが大切です。
そのためには、暗記方法としては、重複方法や、違った分野を一緒に覚える方法や、
色んな方法で自分にあった暗記方を編み出してください!!!

今度、時間があるとき、設問3以下を検討します。

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センター試験生物 その2

引き続きセンター試験生物について。


【第2問】生殖と発生(生殖方法と卵成熟)の分野は、予備校分析にもあるように、問い3以降は考える良い問題だと思いました。
ちょっと見慣れないメチルアデニンという様な言葉が出てきて初めは戸惑うのですが、ゆっくり考えれば正解に辿り着く問題です。

実験の経過をもう一度趣旨だけ書いておきます。
まず、手順1では、卵母細胞にメチルアデニンを添加して、精子を加えると減数分裂が起こることから、メチルアデニンの働きを確認。
次の実験2では物質Xについて調べたところ、メチルアデニンと同じような振る舞いを行い、なおかつ最後にメチルアデニンが検出されることの確認。
実験3は付属細胞を取り除いて同様の実験を行い、同様の結果を得たことの確認。
そして実験4で考える問題へと突入。
付属細胞を取り除いたら物質Xを添加しても精子投入でも減数分裂は起きないことが判明。

これだけの情報から設問へといくのですが、
設問の選択肢も、微妙なところを突いて来ているので、悩みそうですが、
この場合は設問の選択肢から実験に返って、もう一度読み直していけば、矛盾が出てくるか否か分かります。

そんなにひねくれた問題ではないので、ゆっくり考えれば大丈夫です。

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センター試験生物について

昨日行われたセンター試験生物について、ちょっと感想やら、今後の対策について設問にそって検討していきたいと思います。
予備校の分析では「大問数は変化なし、小問数はやや減少。全体的に標準的な問題が多く、難易度は昨年度とほぼ同様。 」と言うことで平均点も昨年並が予想されています。
設問別では、【第1問】細胞(組織と器官、体細胞分裂)の項目では、
基本的な知識が要請される問題だったようです。
この分野でとくに面白いと私が思ったのは2番目。
問2の誤っている図の組合せです。
一般に受験生は、正しい図はどれかという問題に慣れているので、ちょっと戸惑ったかもしれません。
下に、ちょっと大きいのですが、正しい細胞分裂の順番を挙げておきます。
もう一度、出題の図と比べてください。
Na_103
(細胞と染色体のサイトより引用http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/cells.htm)


なお、細胞周期と細胞分裂なども参照してください。

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2009.01.18

栗原彬「かんけりの政治学」という出題文を読んで

いつもながら本番の試験は良問が多いですね、、、
さて、今日はセンター試験国語問題、とくに第一問を読んで、そこからツラツラと連想したことを書きます。
まず、設問については興味のある方はここをご覧ください。
なお参考までに予備校は次のように分析しています。
================
「評論文」栗原彬「かんけりの政治学」→やや難化
「高オニ」や「かんけり」など子供の遊びについて論じた文章で、受験生にはとっつきにくい内容で読みにくかったかもしれない。問1の漢字問題は難易度のレベルが確実に上がっている。問3・問4も筆者の論旨を的確に把握しなければならず、難問。その他は標準的な問題であったが、全体的にやや難化したといえる。
================
私も解いてみたのですが、確かに選択肢は同じような趣旨が多くて、んんん????と悩みました。
今更ながら国語の問題の鉄則は「読み込んではいけない」を思い出しながら、
とにかく本文に述べてある事以外は、目もくれないように、、、
と、自分に言い聞かせながらも、やはり出題者はプロ。
ウマイところを突いてきます。

と、言うことで一通り問題を解いたあと、もう一度本文を読み直したのですが、
これがなかなか面白い!!!

栗原彬「かんけりの政治学」ですかぁ。
今度、図書館に行って探してみよう、と思いました。
(大衆の反逆も読まなきゃ、そう言えば)
まだこの本自体を読んでいないので、今はこの本にアレコレについては書くことが出来ないのですが、
出題文を読みながら、なんともはや「懐かしい」気持になりました。
「かんけり」。
大好きでした!!!
出題文のような大それた意識なんてなかったとは思うのですが、
確かに「かんけり」って捕まっても、誰かが助けにきてくれるという安堵感があるし、
隠れているときは友達を救うために英雄になれる。
それに何といっても、あのカァ====ンとかんを蹴る音の軽やかな響き。
ワクワクしたものです。
が、
一方、オニになったひにゃ、救われない。
いつまでたっても、オニから逃れられない労しさ。
もう涙ポロポロものです、、、
かいそうなオニ。
遊びの中で「かんけり」や「おにごっこ」。
異界と現実への橋渡しとして異形の「おに」を捕まえる人という役割を与えて、
あるときは異界に。またあるときは此方に戻る。
その繰り返しの中で、おのずと現実の世界こそが「此方の岸」であることを、知らぬままにも感じてきたというのが、
先の出題者の意図のようだが、さてさて、どうなのだろう???

以前、鬼伝説という記事や
そのきさらぎの望月のころと言う記事では西行を挙げたことがあります。
また鬼と女とは人に見えぬぞよき?では鬼と女性について「今と昔」を見てみました。


鬼。
異形のもの。
その怪しく美しく哀しいものを、
人は忘れないように、子どもたちの遊びのなかに息づかせてきたのだろうか???
興味は尽きません。

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2009.01.17

自信をもって本番に!

今日からセンター試験
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受験生の皆さん、とにかく落ち着いて問題をよく読んで、ゆっくりと解答に向かってください。
自分を信じて!!!
写真の文字「おあがりやす」のように、合格を願っています!!!


そう言えば、昨日のテレビで受験グッズのあれこれと言う特集をたまたま見たのですが、
今の受験生と親世代の受験生のお頼みグッズ。
かなり時代を繁栄しています。
が、やはり一番は両世代とも神社のお守り。
最後は神頼みです!!!
神様も大忙しのこの時期。
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写真は京都北野天満宮。
学問の神様ということで、毎年まいとし受験生や保護者が参詣する神社です。
あと、京都には錦天満宮などもあって、学問の神様は沢山いらっしゃいます。


さて、二番目は親世代は「自分」だったのです。
自分のやって来たこと、勉強で積み重ねたことの「自信」でした。
残念ながら今の受験生には「自信」はお頼みグッズのランキングには入っていませんでした。
が、
が、
本当はどの世代の受験生も知っているはずです。
最後は自分。って。
ただ今の子は気恥ずかしいから言わないだけでしょうが、、、

と、言うことで、
とにかく自信をもってセンター、次に来る二次試験に向かってください!!!
応援しています。

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阪神淡路大震災14年目

今日で14年目を迎える阪神淡路大震災

あれから14年が経ったのですね、、、

============
被災した兵庫県内12市の人口は震災前と比べて1.9%増加し、約367万人に。神戸市ではおよそ3人に1人が震災後に生まれたり、転入したりした「新市民」だ。5市18地区で進められた復興土地区画整理事業は、神戸市長田区の新長田駅北地区が残るのみとなった。
被災地の地域内総生産は震災前の94年を100とした数値で平均105.9に上昇したが、淡路島3市では同87.9にとどまる。県営復興住宅の高齢化率は47.8%に達し、全体の約4割は高齢者のひとり暮らしだ。
(上記ニュースより)
=============

最高で350万円の援護金は06年で完済の予定でしたが、まだ3割近くが未返済だそうです。
復興に未だ遠い現実があります。
さらに昨年来の景気悪化は追い打ちをかけているものと思います。

またニュースにもあるように復興住宅の高齢化も気になります、、、

いつ、どこで起きるか分からない災害。
確かに自然の引き起す天災かもしれないが、その後の支援策、対応策は政治、行政のものです。
「安心、安全」を謳う政府ですが、
こうした面にこそ、その安全と安心を図ってもらいたいと強く願うものです。

今年も1月17日を様々な思いで過す多くの方々の思いが、一日も早く叶えられるように、、、、、
私も心から願っています。

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2009.01.16

火星でメタン確認

火星でメタン確認=生物存在の傍証か−NASA
こんなニュースはやはりワクワクします。
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【ワシントン16日時事】生命が存在するかどうかが注目される火星で、大量のメタンが発生していたことが16日までに、米航空宇宙局(NASA)の研究チームの観測で明らかになった。地下深くに生息する微生物などから排出された可能性もあり、火星における生物存在を示唆する傍証として関心を集めている。
(上記ニュースより)
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昨日は金星が太陽から一番離れ、日没の早い時期からキラキラと輝く星を見つけることが出来ました。
勿論、今日もひときわ輝く金星ですが、
火星は今のところいて座付近で肉眼ではどうもです。
が、火星到着5年目を迎えた双子の探査車スピリットとオポチュニティーが今も火星の上を走行して調べていると思うと、
星がウウウウウ〜〜〜ンと身近に感じられます。

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「意識とはなにか」を読んで

茂木健一郎さんの意識とはなにか—「私」を生成する脳 と、欲望する脳を読んでみました。
茂木さんの本は初めてなので期待ワクワクで本を開き、一体、何を得ることができるか胸膨らませ、ピカピカの窓に映るキラキラの青い空に私の「クオリア」を重ねたものです、、、

はぁ?????
なんて言わないでください。
私のクオリアは私の物であって、あなたのものではない。
私があなたのことを分からないように、あなたも私のことはわからない。
だってそれが「クオリア」なのだから。


上の様な理解で宜しいのでしょうか?茂木さん>
いや、そうじゃない。
もっと深く読めと、言われるかもしれません。
と、言う事で以下、意識とはなにかを本文にそって検証していきます。
なお要約なので文章は私の言葉で書いています。

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本文は以下の三部だてです。
1 心と脳のミステリー—クオリアと同一性
(「私」の心をめぐる問題;「あるもの」が「あるもの」であること;「同じこと」と「違うこと」)
2 「私」というダイナミズム—コミュニケーションと生成
(やさしい問題とむずかしい問題;「ふり」をする能力;コミュニケーションから生まれるもの)
3 意識を生み出す能—
「私」とクオリアの起源(「私」の生成とクオリアの生成;意識はどのように生まれるか;生成としての個を生きる)

まず、第1部1 心と脳のミステリー—クオリアと同一性と言うことで、「科学の発達でこの世界から不思議なことは次第に姿を消しいきつつある」と冒頭に掲げ、物理学の発達で今や錬金術のような妄想から人々は解放されてきた。
が、それでも今、ここにある自分という物の不思議は一向に解決されず、むしろ不思議は増すばかりであると述べています。
そしてクオリアへと導かれます。
クオリアとは、もともとは「質」を表すラテン語のことで、私たちが感じるさまざまな質感を表す言葉であると定義。私たちが感じる、考える、ほぼすべての意味や概念はクオリアであるとのこと。
この説明として今日の脳科学の到達点として脳の全体像と、機能を語ります。
そして神経細胞の活動は客観的にはわかるが、その結果生み出される意識は主観としてしか感じることができない。
科学は人間を客体として扱うあまりに「哲学的ゾンビ」と人間を化した。
ニュートン以来科学は人間から意識を奪い、意識の存在を無視した。
しかし、私たちは本来意識的動物であり、クオリアを持ち、感じるものである。
「あるものがあるものである」と言う心のクオリアのミステリーを解明することを試みたい。
と著者は述べ次の、「あるもの」が「あるもの」であること;「同じこと」と「違うこと」へと続きます。
まず著者自身の幼い頃の体験、それは「ただいま」と言う言葉から感じた著者自身の記憶から端を発して言葉の意味に迫ります。
本来は個別の感情である言葉も、いずれ暗黙の了解となる過程を例を挙げて説明。
クオリアは個別の物であるにもかかわらず、脳の中の1000億の神経細胞となんらかの関係があるはずだ。
クオリアとは認識の結果を質感として把握する脳、意識の働きである。
第一部はこうして終わります。

第二部は「私」というダイナミズム—コミュニケーションと生成。
ここでは一番目にやさしい問題とむずかしい問題について述べます。
ある固有の言葉は本来は突き詰めればむずかしい言葉であるが、普通はそこに立ち止まらず、立ち入らずやさしい言葉として処理していく。
その方法が人間関係を円滑に、日常生活を無難にすることが出来ると主張。
コンピュータの振る舞いから言葉は理解しているが意識は理解していないと言うチューリングテストを紹介。
コンピュータから次に人間へと対象は移ります。
人間には「ふり」をする能力があり、これはコミュニケーションから生まれた「人間の知恵」であるということを幾つかの例を提示して説明。
「心の理論」とミラーニューロンの発見に言及。
人間らしさの中心は「ふり」をすることである。
つまり人間とは社会的動物であり、人との関係に自分のアイデンティティがある。
ゆえに人は与えられた像や期待される像に寄せて「ふり」をするものである、というのが著者の意見です。
認知プロセスにおける生成原理としてのコミュニケーションの起源を探ることは難しい。が、探ること、理解することが「あるものはあること」の解決になるのだろうと言う内容で第二部は終わります。
第三部。
意識を生み出す脳。
「私」とクオリアの起源と言うことで、
私と他人は違うと言うことから始まります。脳は意識を生み出す臓器である。
科学は普遍的な法則を求めてきたが脳の生成、とりわけ意識については未だ解明されていない。
脳は外界からの刺激の以前に自発的な活動を行っているのだが、外からの刺激を受ける過程でさらに新しいクオリアが発生。
そのような連続の中に「私」はある。
そして意識はどのように生まれるかと言う問題を提示。
まず機能主義について言及。
機能主義は脳を含む身体の客観的な振る舞いに基づいて認知のプロセスを理解しようとする。
が、著者はそれでは「わたしはわたし」と言う問題の解決はみない、として、新しい理論の構築を試みるべきではと提案。
このために本書は今まで書いてきた第1章から戻り、改めて確認する作業を繰り返します。
そしていよいよ最後の詰め、「生成としての個を生きる」へと繋がります。
が、
ここでも同じことが繰り返し書かれています。
つまり機能主義では「わたしはわたしの解決にはならない」と。
最後の結論は実に温かい言葉で締められます。
「私たちが生きている限りどんなに退屈しても行き詰まっても脳の神経細胞の活動に支えられ生成しながらこの世に存在しているのである」
「私たちは生成としての個を生きているのである」と。
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以上が意識とはなにかの本文にそった要約です。

感想。
茂木さんの主張は分からないことはないし、そうだと思うところも多々あります。
あるのですが、
はきっり言ってこの本は脳科学者と言う肩書きを持つ人物の書くものとしては如何かと思いました。
専門書にしては、著者の実験、観察、研究は一切言及なしでした。
ご自身の5歳の時の「ただいま」不可思議記憶や高校生の時の数学体験では専門家としてのそれとは言えないでしょう。
では啓蒙書なのかと言われれば、これまた疑問ですね。
この本からどのように蒙を啓いてもらえるのか?
迷っているあなた、悩んでいるあなたへの指針になるのか?
と、考えるならば、それこそ内観をもっとキッチリ語っている禅や気功の本が力になるだろうし、宗教ならひろさちやさんでも山折さんでも上座仏教でも、もっと励ましになるだろうし、、、
哲学なら哲学の装いがあるだろうし、、、

なぁんていうのか、
中途半端な感がしてなりませんでした。
そもそもタイトルの意識とはなにか、、、ってなんだったの?茂木さん>

さてさて、それにしても私という感覚。
これはこれで興味深いものがあります。
知的フレームを壊せ!と言うエントリーを挙げた愚樵さん。
コミュニケ外伝 について言及されているアキラさんのことを思いながら本書を読みました。

また、茂木さんについては、その発言のアレコレに少なからず危惧を感じていらっしゃるa-geminiさんやblupyさんやpoohさんの記事を読みながらかなり暗澹たる思いもしました。


今回の記事にした本は2007年発行です。
2年まえの茂木さんと今の茂木さん。
あんまり変っていませんね、言われていることは。
尤も今の方がさらに雑になっているようです。
今後も注目です。

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沖縄・泡瀬干潟埋め立て開始

沖縄・泡瀬干潟埋め立て開始…「暴挙」と抗議集会もと言うニュース。

今朝もテレビで放送していましたが、ううううう〜〜〜んと唸ってしまいました。
国はいったい何を考えているのか?????
今回の国の強制工事は、司法と行政と言う意味でも重大な問題を提起したと思います、、、

司法って一体ナァ===ニィと思うくらい、国は司法を無視して強制執行していいのだろうか?

この問題、もう少し調べてみます。
取り急ぎ、危惧を表明して。

追記。
この間、ずっと生態系を守るため、自然を守るため、そして平和を願って運動していた方々の一人さめさんという方の「リーフチェッカーさめの日記」に詳しく現場の状況が書かれています。
署名も集められたり、セミナーも開催予定だそうです。
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◆セミナー 「ジュゴンとともに生きる国々から学ぶ~動き始めた10か国」のご案内
  PM6時30分~21時。
  資料代:500円です。
日時:2月19日(木)東京、21日(土)大阪、22日(日)沖縄
    18:30-21:00
講師:カンジャナ・アデュルヤヌコソルさん(タイ・プーケット海洋生物学センター)
会場:東京:港区勤労福祉会館、大阪:ドーンセンター、沖縄:船員会館です。
資料代:500円
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私もさめさんのブログで知ったのですが、昨年は国際サンゴ礁年だったそうです。
サンゴ礁って何?と言う記事を読んでワクワクしました。
動物でありながら植物を寄生させることで光合成から栄養を受け取り、海の深いところでお互いに助け合う知恵を出し合って棲息している生き物たちの様子を改めて知りました。

貴重な生き物達の宝庫をドンドンと力で壊していくことは、生態を壊していくことは、
将来に大きな禍根を残すものと考えます。

法的にも今回の国の強制工事には疑問を持ちましたが、
生態を守るというそもそもの意味でも、反対を表明します!

この問題、引き続きもっと調べていきます。

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2009.01.15

合格縁起お菓子

いよいよ今週末はセンター試験。
受験生にとっては、これからは追い込みと言うよりは神頼みの時期かもしれません。
祈合格 縁起菓子・飲料ガイド2009
なんて今年も出ました。
ツラツラと見てみると色々あって楽しいし、その商魂たくましさに脱帽。

私の知っているおまじない食べ物は、
トンカツとかタコのてんぷら(タコはオクトパスと言う)とかナスとか、
あるいはミカン(木から落ちない)とか、、、
まぁ、語呂合わせでいろいろあります。
それから、栄養的には何故かチョコレート。

私個人は我が子が受験の時、当日の朝、みんな用意して無理矢理食べさせたら、緊張の胃にストレスがさらにかかり、ついに吐きました。
フルコースで用意すりゃいいって物じゃない。
ハハハ〜〜〜

以前頭のよくなる野菜たちと言うエントリーを書いたことがあります。
栄養学的にみて、
「玉ねぎ、にんにく、にら、ねぎ、大根、きゅうり、レタス、白菜、ピーマン、納豆」などがいいそうですが、結局バランスよくということでしょうね。

いずれにしても、
あとわずか。
良く食べてゆっくり寝て、そして朝早く起きて、また良く食べて。
生活のリズムをつけてください。

頑張れ!!!
受験生。

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2009.01.14

ソマリア海賊対策

ソマリア海賊対策 与党が海上警備行動を容認(と言うニュース。
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ソマリア沖の海賊対策を検討している与党海賊対策プロジェクトチーム(PT)は13日、政府が示した海上警備行動発令で海上自衛隊を派遣する場合の保護対象や武器使用基準などを了承した。自民、公明両党は今後の議論を踏まえて党内手続きに入ることになり、麻生首相の最終判断が焦点になる。
(上記ニュースより)
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と、言うことで今後に注目のソマリア海です。
さて、ニュースにもあるように、
一番の問題は武器使用基準です。
海賊に軍隊や軍艦を出すということはどう言うことか?
それはどのような事態を将来招くのか???
海上保安庁では間に合わないのか???
などなど疑問が出てきます。
また、検討中の新法では「国際協調」を理由に、外国船舶が被害に遭った場合も自衛隊の対処が可能だというのですが、これは現実には越権かつ拡大解釈の場を与えるものではと思います、、、

そもそもソマリア地域の海賊はどんな「動き」をしているのかについては、国際海事局の調査などをみると以下のとおりです。
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(a)2007年10月、ソマリア沖で日本企業が所有する船舶「ゴールデン・ノリ」(パナマ船籍)がシージャックされたが、同年12月に解放。

(b)2008年4月、アデン湾で日本企業が所有する原油タンカー「高山」(日本船籍)が高速艇に乗った海賊に襲撃され、船体に損傷が生じたが、乗組員に負傷者無し。

(c)2008年4月、アデン湾においてフランスの客船「Le Ponant」が武装した海賊が乗った高速艇により襲撃された。乗組員が拘束され、ソマリアに連行。同月解放。

(d)2008年7月、アデン湾で日本企業が運航するタンカーが襲撃されたが、回避行動で回避。

(e)2008年8月、アデン湾で日本企業が運航する雑貨船が高速船2隻に追跡され発砲を受けたものの、当該船舶の回避操船により高速船は追跡を断念。

(f)2008年9月、ソマリア沖で戦車や武器を積んだウクライナの貨物船「MV FAINA」が海賊に乗っ取られる。米・露・EUが駆逐艦等を現場海域に派遣(乃至派遣を検討)と伝えられる。
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ネット検索してみたろころこれ以外にも、海賊被害は沢山あるようです。
年々減少している海賊ですが上記ホームページをみると、ソマリア海周辺は残念ながら増えているそうです。
このサイトでは、その原因や対策について詳細に記載されています。
そして、最後に次のように結んでいます。
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■日本が行う人材育成支援の重要性
加えて、ソマリア暫定政府の治安維持能力や国境管理能力を向上させることも、中期的に行っていくべき海賊対策の1つです。日本はソマリアに対し、国際移住機関(IOM)や国連開発計画(UNDP)などを通した拠出を行っています。さらに近隣国に対しては、イエメンやオマーンなどの海上取締官を日本に招き、海上保安庁による研修を実施しています。海賊対策のポイントは、沿岸国の取締能力の強化にあります。海賊の能力が増強され、遠洋での被害も目立ってきている昨今、人材育成のための周辺国への支援は今後ますます重要となってきます。
=================

私もそうだと思います。
相手が海賊だから即武器、軍艦、軍隊といくのではなく、
周辺諸国の協力と共に海上保安庁の充実をはかることこそ、今やるべきことではと考えます。

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2009.01.13

天下り問題はどうなるか?

今や時の人となった渡辺喜美・元行革担当大臣。
2次補正予算案、午後に衆院委で可決 渡辺氏きょう離党と言う関連ニュースがここ何日もメディアに流れています。
さてさて、どうなるのでしょう?
渡辺さんと言えば私が思い出すのは温故知新の会とか「ぬれ手であわ」と有名なリクルート事件の父親の故渡辺美智雄元副総理とかとか、、、
政治資金問題や先物取引業界からの献金にと華々しい(?)お方です。

が、
一方で天下り問題などでは「まっとう」なことを述べている様にも思います。
が、過去の渡辺発言をチラチラと探してみるとアラアラなんてことを答弁したりしています。
天下り天上がり奨励と言う2007年の赤旗の記事では、時の人「渡辺さん」が吉井議員に以下のように答弁しています。
上記ニュースより一部掲載しておきます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
吉井氏は、渡辺喜美行革担当相が昨年十二月の就任直後の会見で「人事交流も徹底して進めていく場合には、むしろ天下り奨励、天上がり奨励になる」とのべていることをあげて、「官民交流の推進とは天上がり、天下りを奨励するものだ」と指摘しました。
「官民交流」で省庁に来ている職員の82%は大企業からであり、動機は「人脈」など企業活動のメリットを期待していることを指摘。「官民の垣根を低くして、天下りや天上がりを活発にすれば、腐敗が起きたり、公務がゆがめられる」とのべました。
渡辺氏は「各省庁のあっせんを禁止するから天下りではない」「人事交流は悪いことではない」と正当化しました。
吉井氏は、天下りが公務をゆがめている実態を見るべきだと批判。防衛省の調達実績(〇五年度)では、二千九百九十三億八千五百万円を受注した一位の三菱重工業には六十二人が天下りするなど、天下りが多い企業が受注額も多くなっていることを示しました。
談合事件の国土交通省でも「渡り鳥」と呼ばれる天下り先を転々と渡り歩く実態があるとのべ、天下りや「渡り鳥」を禁止すべきだと強調。「各省庁のあっせんを禁止するからなくなる」と答える渡辺氏に対し、「省庁の関与も残されており、癒着を断ち切ることはできない」とのべました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

フッ〜〜〜〜〜
ですね。
それにしてもこの天下り。
酷い、、、本当に。
その実態を掴むのは不可能かと思うくらい広く深く浸透しています。
 
さて、国会でも問題になったこの天下りですが、
先日、内閣府地下講堂で政府が官僚OBの「天下り」先をあっせんするために開いた「官民人材交流センター」の説明会が、企業・団体を招いて行われていたそうです。

以前は国家公務員法には、
離職後二年間は仕事と密接な営利企業に就職してはならない、」と明記。
が、
今はこの条文が削除されました。
そして移行措置として、三年間は、首相の了承を条件に、省庁による再就職あっせんを認めています。
省庁あっせんは原則禁止するものの、三年間は新設する「再就職等監視委員会」の承認を受けた場合は認めるとのこと。

先日の国会で昨年十二月の天下りを繰り返す「渡り」を政令として認める閣議決定を行ったことで野党からガンガン批判されていた最中に、地下でこんな説明会が堂々とされたいたのです。
うううううう〜〜〜〜ん。
この寒空。
職を失い、家を追い出され路頭に迷っている大勢の方々が未だ、なんら対策を打ち出されず放置されたままなのに、、、

いずれにしても、
天下り問題。
確りと注目です!

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脂質ラフト

脂質ラフトについて夫から教わりました。
「脂質ラフト(lipid raft)は、膜ミクロドメインの一種で、スフィンゴ脂質とコレステロールに富む細胞膜上のドメインである。この部分構造は膜タンパク質あるいは膜へと移行するタンパク質を集積し、膜を介したシグナル伝達、細菌やウィルスの感染、細胞接着あるいは細胞内小胞輸送、さらに細胞内極性などに重要な役割を有する機能ドメインである。」とwikipediaには纏めてあります。
細胞膜の働きは主には以下のとおりです。
①細胞内外のしきり(ものを通さない)
②細胞内外の間での物質・情報の輸送・伝達(ものを通す)
③刺激を受け取る(細胞同士の識別や接着、ホルモンなどの受容、電位の発生)

①細胞内外のしきり(ものを通さない)
・細胞膜は中央部に疎水性の層を持つため、親水性の分子やイオンなど、大部分の細胞成分を通過させない。
→細胞内外のしきりとしての機能を果たす。

②細胞内外の間での物質・情報の輸送・伝達(ものを通す)
・ブドウ糖やアミノ酸など、細胞にとって栄養源となる水溶性に分子はリン脂質二重層に埋め込まれた様々なタンパク質によって細胞内へ運ばれる。
更に興味のある方はこのページなどを参考にして下さい。

Zu2_2

この図は生物史から、自然の摂理を読み解くから引用しています。
私が学生の時はS. J. Singer(シンガー)とG. L. Nicolson(ニコルソン)の流動モザイクモデルを学んだのですが、
10年くらい前から脂質ラフトというモデルが考えられてきたそうです。


Zu31_2

脂質ラフトの存在で今までは「膜タンパク質の働きに追うところが多いとされた細胞膜の性質も脂質にスポットを当てることで、さらにその機能が明らかにされるだろう」と夫は語っていました。
そしてリン脂質の流動性、つまり秩序と無秩序についても教えてくれました。
リン脂質はその物性自体が秩序の中で行動もし、無秩序へも移行するというダイナミックな動きがあるそうです。
それを決定する要素が温度であったり塩濃度であったりと、色々な外的要因だそうです。
「ふ====む」私は聞きながら肯くばかりで、質問すら出てこないのですが、、、
それで、今、こうして記事に挙げることで、昨日教えてもらったことのおさらいをしています。


そんな矢先、『細胞の意思』団まりなと言うエントリーをa-geminiさんが書かれています。
興味深く拝見。
まったく団先生らしい発想です。
団先生はご自身の中での「生物学」のイメージ、それはたぶんに団ジーン先生のそれに重なる物があるのだろうが、
近頃の生物学が分子の世界に傾いていくことや生物全体を捉えていないことなどへの警鐘のつもりなのでしょう。
それを「細胞の意思」と名付けたのかもしれません。
読み物としては面白いのでしょう。
が、
が、
先生ご自身の肩書きや立場を考えたとき、専門家としては、もっとクールに生物を観察、検証することが求められるのではと私は思います。

いずれにしても「生物」。
いまだ謎が多く、
多いからこそ学ぶこと、知ること、分かること、未開発の分野に、限りないロマンは羽ばたきます。

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2009.01.12

やった!!!!!広島皆実

第87回高校サッカー選手権大会、広島皆実高校が優勝しました!!!
おめでとうございます。

すばらしい試合でした。
試合前から評判の鹿児島城西の大迫君。
やはり怖かったですね。
広島ファンとしては。
彼がボールのそばにいるだけでスタジアムもどよめく存在感がありました。
首都圏開催となった55回大会以降では個人最多となる今大会通算10得点目のゴールだそうです。

最強の攻めの鹿児島と最強のまもりの広島。
ともに譲らぬ試合かと思いきや、
3−2と、両チーム合せて5点が入り、観ているファンを大いに喜ばせ楽しませてくれました。

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この日のために長い、ながい間練習を重ね、かさね、耐えてきた選手たち。

両チームの皆さん。本当におめでとうございます。
これから新しい一歩を踏み出すあなた方が幸多いことを祈りながら、
花を贈ります。
この花の写真は実は試合のハーフタイムに家の花瓶の花をマクロレンズで撮ったものです。

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「チェ 28歳の革命」を観て

「チェ 28歳の革命」を夫と観てきました。
この映画は前編、後編と二部に渡っていて、後の「チェ 39歳 別れの手紙」は31日からなので、まだ全体の感想をここでは書くことができません。
が、
忘れないうちにツラツラと書き込んでおきます。

まず感想。
タンタンとした映画でした。
実話であり実在の人物なので、もうネタバレなんてことはないのであらすじとともに書きます。
キューバ革命を成功させたという現実の出来事を、
あるときはジャングルに、またあるときは国連にと時空を超えて描いたり、
語り手をチェ本人の回想と言う形で観衆に訴えたりと言う方法で、映画は英雄の生き方を甦らせます。

ソダーバーグ監督に聞くと言うニュースによれば、今年はキューバ革命50周年に当たるが、「革命以上に、チェという人物に興味があった」と語ったそうです。

「ただ作品からは、カリスマ性やイデオロギーを強調する意図は伝わってこない。」
と、上記ニュースには書いてあります。
私もそうでした。
カリスマとかイデオロギーとかが全面でバンバンと出てくるのではなく、とにかくタンタンと事実が進んでいくのです。
そして、タンタンと進むだけに「事実の重み」がドシリと伝わってくるのです。
監督は、
「映画を見て、革命はロマンチックなどという幻想は抱かないようにして欲しい。リサーチの結果、全然そんなことはないと分かったから」、と述べています。
これまた私もそうだと思います。
革命はロマンチックでもなかれば、一人の英雄が忽然と表れ、民衆を解放へと導くものではありません。
カリスマと言われる英雄も、「一人の人間」である。
それ以上でも以下でもない。
実際、ゲバラを知る人物に会ったりして調査結果に忠実に、「彼を銅像にしないよう」に心がけたと監督は言う。
つまり等身大の人物、
ここかしこにいる普通の人物であるゲバラ。
苦悩の中で成長していく姿を描くことで、観る人はそれぞれ「自分の姿」に投身、還元していくものと思います。

私が「モーターサイクル・ダイアリーズ」を観たのは2005年。
その時私は以下のように書いています。
=================
感動と共に、
では自分が出来るか?
ひたすら、ひたすら献身的に人のために生きることに意義を見いだせるかと言われれば、
答えは、「難しい」としか言えません。
また、彼が行おうとした革命についても、私は今は勉強不足なので、
その評価を下すことは出来ません。
しかし、
ゲバラは、確かに貧しい者、弱い者の味方であったと、私はこの映画を通して知りました。
私自身は、ゲバラのようなスーパーな生き方はできません。
が、
それでも、自分ができる僅かなこと、小さな事をしていきたいと思うのです。
それは、
ほんの些細なことでも、日常の中から喜びと楽しみを見つけていくことでは、と考えています。
============

と、言うことで次の続編を楽しみにして待っています。

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2009.01.11

高校サッカー決勝進出、皆実高校!

高校サッカー
いよいよ決勝の2チームが出そろいました。
鹿児島城西(鹿児島)と広島皆実(広島)です。
私は昨日は2試合とも家事の合間に観ていました。
面白かった〜〜〜〜
本当にレベルの高い試合で、興奮しながらテレビに食い入ってしまっている自分を何回も発見!!!
第一試合の鹿児島。
凄い。
へぇ====こんなこともあるんだ。と思いながら、
次の試合は広島の皆実。
これは、も平常心何かで観ることは不可能。
もう、ギャ〜〜〜〜、ウワッ=====
の、いつもの世界です。
なにしろ広島だよ、皆実といえばシモッチの後輩たちですね!
こりゃ応援するしかない。
と、言うことで、
手に汗にぎりの90分。
後半に金島君が入れた一点が決勝点で広島が決勝進出!!!
ウワッ〜〜〜〜
ぎゃ=====
です。
明日はもう大変だろうな、テレビかぶりつき。


さてさて、得点した金島君は国立大学志望ということで、練習の合間にセンター試験の勉強のしているとニュースにありました。
そうか、
高校3年生だもんね。
センターはあと4日後ということかぁ。
これまたウワッ。
応援していますよ!!!!
頑張れ!!!!
皆実。
金島君。

そして全ての受験生。

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2009.01.09

センター試験直前は過去問を

センター試験まであと一週間。
私もこのところ、センターの過去問をボチボチと解いているのですが、
「難しい」ですね。
センターって、二次試験に比べて、なんとなく甘く見る傾向がありますが、
とんでもない。
センターは大事だと今更ながら実感しています。

それで今日はセンターの生物の過去問について、ちょっとした感想を書きます。
多くの受験生、とくに文系の受験生にとって「生物は暗記」と思うかもしれませんが、
が、
が、
実はこれが「違う」のです。
先日、過去問を解いていて、頭がクラクラしました。
実験観察をもとにした考察問題が多いのです。
かなり本気でよつに組んで考え込まないと、出題者の罠にポカリと入ります。
(実際,私も罠にポカポカとはまっていました、、、ハハハ)。
論理的に考えていけば、そう難しい問題ではないのですが、
受験と言う緊張を強いられる場では、かなりキツイ問題もあるかと思います。
しかし、
暗記、記憶では対応出来ない問題が増えて来たということは、
「落ち着いて考えれば絶対に解ける」ということでもあります。

今からでも十分間に合う勉強法は、
「過去問」の見直しです。
とにかく過去問を何回でもなんかいでも解いて下さい。
本番の入試問題は良問が多いので、直前の勉強には効率的に成果を上げる事ができます。

過去問に始まり、過去問に終わる。

とにもかくにも、
あと一週間。
今までやってきたことを信じて、力を出して下さい。

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迷走国会でしたねぇ、、、

昨日から今日にかけて家事の合間に国会を見ています。
新聞やテレビで報道されているように今国会は「定額給付金」が目玉というかテーマです。
それにしても麻生さん。
もう壊れているのか?と心配になるくらい答弁がムタムタになってきました。
民主党の菅直人さんにかなり突っ込まれていたのは「さもしい発言」。
総理の品性として言うべきでない言葉を発したのだから、それが自分に即跳ね返ってきたのでしょうが、、、
「それにしても、なんとかならんもんかい」
「もうちょっとマシな答えはないのか」と麻生さんの答弁を聞きながら毒づいていました。
菅さんに「総理は給付金をもらったら使うんですか?辞退するんですか?」と何度もその意向を聞かれているやり取りで「まだ通ってもいないのに、どうして答えられる」と言う麻生さん。
私は口をアングリ。
「えええええええ??????
では国会でこうして議論している事ってなんなの???
通っていないことは分からないなら、麻生内閣が提出した法案は全て、通らない前は分からないもの、予測不能な法案なのか?」
と、先行き不安になりました。
そうだったのか、、、
なるほど。
だからこそ、自民党、与党が提出する法案の多くが先を見通さない「その場限り」の法案だったのか、と納得したりして。
長期の展望もなければ、ほんのチョット先のことさえ分からない内閣だったのかぁ、、、

威勢良く「景気対策の目玉」として打ち出した定額給付金だったのですが、その後の迷走は目に余るものがありました(今も迷走中ですが、、、、)
この展開を見ている限り,結局「思いつき」「選挙目当て」がアリアリと浮き彫りになってきます。

昨日は国会で公明党の北側さんも援護射撃(と,言うか法案提出側ですが、、、)で「所得や雇用が悪化、給付金はほぼ全額消費に回る、したがって経済効果はある」と主張していましたが、北側さんが拠り所にした資料のエコノミストは日本総研の方のコメント。(公明新聞2008年11月14日付け)。
ただ、このエコノミストの方は「定額給付金が景気を押し上げるきっかけになるかというと2兆円規模では足りないが」ともコメントしています。
しかもこの日本総研は12月には「政策観測」で「各施策に必要な財源としては、2兆円の「定額給付金」を取り下げ、「雇用安定化対策基金」として
プールし、当面必要となる資金を手当てすることを提案したい」と提言しています。
北側さんともあろう方がご存知ないのか、いやそれはない。
と、一人で突っ込みをいれながらテレビを観ていました。

それにしても、またまた麻生さんに戻りますが、
今度は「高額所得者の方にパァッと使ってもらいたい」と国会で述べられましたが、
税金ってそんなものだったのか???と私はさらに開いた口をアングリ。
どうして高額所得者がパァツと使う為に血税を用意する必要があるのか、おいおい麻生さん>
そもそも麻生さんの言われる高額所得者は麻生さんに言われなくても、
自分が使いたい時は使うし、貰っても使わない時は使わない。
私たちが去年まで捉えていた給付金は生活の援助だった筈で、贅沢品の購入意欲をそそるものでは無かった筈だが、、、
勿論、本来の給付金の性格は景気対策と言いたいのでしょうが、
「さもしい発言」や「矜持発言」が足をひっぱり、今やあり地獄。
もがけばもがくほど、、、
ですね。
そもそもは、この定額給付金に「なんの意味」もなかったのだから、後知恵でバタバタ言っているだけなのでしょうか???
と、書き出したらドンドン手が勝手に動き出す私。
ここらで、麻生さんへのツッコミはやめて、
やはり、一番気になる派遣問題。
今日も、国会では
キヤノンの御手洗さんを参考人招致しろと野党の議員が述べていました。
キャノン。
ううううう〜〜〜ん。
ですね。今までのやり方は「あまりにえげつない」と感じます。
大分県には企業誘致のため1996年度から2008年度までに122億7000万円を支出。
その恩恵に与ったのは勿論、キヤノングループ。
グループ二社には「大規模投資促進補助金」として30億円の直接補助と、
用地造成費の差額18億円を県が補てん。
総額なんと、なんと57億7000万円にのぼる「援助」がおこなわれていました。
これは県レベル。
さらにキヤノンは大分市から4年間で20億円の補助金を受けています。

企業誘致のために県民の税金を使って大企業に奉仕(?)。
地域活性化を狙ったのでしょうが、
大分キヤノンはバサリバサリと解雇してニュースにもなりました。
この結果、大分市など地元自治体が緊急雇用対策に乗り出しましたが、一時的な救済です。

なんだかこうして見ていくと、
日本政府も大企業にひたすら奉仕、奉仕しているのですが、
いつかアッサリと捨てられるかもしれないと思うくらい、大企業は「身勝手」です。
儲ける時はドンドン儲け、
ちょっとばかり不況になったら、ドンドン切り捨てる。
今までの儲けは、誰のおかげだったのか、、、なんてちっとも斟酌しない。

うううううう〜〜〜ん。
やっぱり大企業の経営者にここはもっと「社会的責任」を担ってもらいたいなぁ、、、
ワークシェアリングなんて打ち出していますが、結局労働者に跳ね返るだけの仕組みのように思うのですが、、、

さてさて、いずれにしても確りと注目です。

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2009.01.08

著作権

読者と書籍購入者と言うタイトルの内田さんのエントリーを読んで考え込みました。
ううううう〜〜〜〜ん(考え込み中)。


内容は著作権に関しての日本文藝家協会の趣旨に「果たしてそうか?」と疑問を呈している内田さんの思いが書かれています。
私も内田さんの「思い」には賛成です。
「思い」と括弧をつけたのは、つまり一人の著作者としての内田さんの書く姿勢に対して是としているからです。
〜〜もの書く人間は「購入者」に用があるのか、「読者」に用があるのか。〜〜
と問いかけ、読まれてこそナンボだと内田さんは言う。
私もそうだと思います。
本を読む手段が立ち読みでも図書館でも借りても良い。
とにかく読んでくれることで作者と読者が共通の世界に入り込み、時には共有、ときには批判しながらも、
読んだ後、何かを(たとえマイナスであっても)得ることができる。
そんな経験の第一歩、そして二歩、三歩、、、、と続くなかでいつのまにか、読者は買う人になり、
何回もその本を読む人になる。
それこそが、書き手の真骨頂ではないかと、内田さんは言う。
私もそう思います。
広く、ひろく、どこまでひろく裾野を開発することが、いずれ大きな山になることは、
読書もそうだし、スポーツもそうだし、芸術もそうだし、、、
あるいは学業や産業もそうだと思います。
「そんな一文にもならない無駄だ」って事は実はないのではと思います。
ちょっと閑話ですが、
私は【300文字小説】が大好きです。
日常のさりげない風景を切り出す中に、作者の豊かな経験や深い思い、鋭い感性が描かれていて、私は毎回ワクワク、ドキドキしながら読んでいます。
この【300文字小説】なんかは絶対、ネット社会の産物であろうと思います。
こうした敷居の低さが「書き手の裾野」を広くしているものだと思うのです。
あああ、私も書いてみようかな?
と、手軽に書くことが出来る。
書くことを志すと、物の見方や捉え方が、以前とは違ってくる。
そして調べる。
調べれば面白くて、もっと世界が広く深まる。
こんな良き循環が用意されているのではと、思うくらい、「書くこと」が手に近くなることは嬉しい限です。


さて閑話休題。
私も以前著作権改定法案の時は、チョットこの法案について記事にしました。
また盗作事件雑感と言うエントリーで画家の盗作疑惑についても書いたことがあります。

さてさて、ここからが内田さんの考えと袂を別つところです。
著作権って、書くこと以外に音楽や映画、絵画や彫刻、また舞踊、、、、などなど芸術全般に関わってくるものです。
そして、著作権に関わるその第一は「新しく生み出す」という事だと思うのです。
今まで世界になかったものを、
生み出す。
それは音楽でも、映画でも、絵画でも、、、、
そして言葉を紡ぐことでも。
とにかく「生み出した」そのことへの敬意と言うか、そのことへの保障はなされるべきではと思うのです。
先の内田さんの言われる協会も、
作品の是非をお金に換算して著作権に「物申し」ている事半分、後の半分は生み出すことへの保障であることは言うまでもないのではと考えます、、、
ところで内田さん>
もし、あなたが大学の職を解かれ、書くことが本職になったとして、先のような気概でもって、著書を書かれるのですか???
内田さんが本職の作家なり著述家になったとき、初めて先の協会に「物申す」ことが出来るのではと思います。
大学教員という身分とお金が保障されている中で、著作の権利を述べても、それは「半分の真実」でしかないと思うのです。

またまた話は変るのですが、研究者にとって論文はまさに著作権です。
お金に即関わりませんが、世界で誰よりも早く、そのことを見つけたか、考えたかは研究者の命です。
そのために日々、血のにじむ思いで研究しているのだから。
作家も、そうだと思います。
芸術家も勿論そうです。
血のにじむ思い、地べたを這いずり回るようにして「産みの苦しみ」にのたうち回っている人々に、
その敬意と保障は然るかたちでなされることが望ましいと、私は思います。


いずれにしても、
著作権。
ネット社会になり、ますます希薄になってくる意識の中で改めて考え見直す問題と思いました。

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サンフレッチェ福袋来ました!

昨日サンフレッチェの福袋が届きました!
年始は留守にしていたので、可成の間、運送屋さんで待機していた福袋です!!!
ワァ〜〜〜〜イ、やっと来たよ、福袋。
私は福袋が大好きで何回も記事にして、
記事にすることで再び一人で喜んでいるのです。
と、言うことで今年も福袋。
今年は衣類の福袋はパジャマと靴下だけにしました。
洋服の福袋って、決まってジャケットが入っているので、なかなか買う気になれないのです、、、
そう言えば、この頃の福袋って予約制だったりして、段々開ける楽しみが減ってきたように思います。
まぁ、それでもサンフレッチェの福袋はバッチリ購入しているのですが、、、
ハハハ。
やっぱり好きなんだなぁ、福袋。

と、言うことで今年もまたサッカーで熱くなる時期がもうすぐそこに来ています(まだ早いか?)


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写真は下鴨神社の蹴鞠初めです。
蹴鞠と言えば白峯神社も有名で、こちらはサッカーの神様としても有名です。
今度は是非、白峯神社にも蹴鞠を見に行くことができたらいいなぁ、、、と願っているのですが、どうなるか???

さてさて、今年のサンフレッチェ。
今から楽しみです。

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2009.01.07

七草粥と七草爪

今日は七草粥の日です。
いよいよお正月も7日ともなると、新しい年に馴染む頃、
少し疲れた体を労る日です。
また、今日は七草爪と言って、その年の初めての爪を切る日でもあるそうです。
初めてこの七草爪と言う風習を知ったときは「なんじゃコレ」なんて思ったりしたのですが、
考えてみれば、昔は爪切りって、かなり大変な事だったのでしょうね。
今のように優れた爪切りもなければ、明かりもない。
オッカナビックリでソロソロと切っていたものでしょうね。
「夜は爪を切ってはいけない」とよく母親に言われたものです、、、

私も幼いときは、母に爪を切ってもらいました。
切る方も切られる方も緊張の一瞬です。
パチン!
ホッ。

たいていは上手く切れなくて切り残しがあるのですが、
切られる方は深爪なんかされたくないので、絶対に指を出さない。
「もういいよ、、、」
「もっと切らなくちゃ」
とかとか。
こんな些細なやり取りをしながら親子の語らいをしていました。

そして、自分が母になったときも、我が子が赤ちゃんの時、柔らかな爪をおそるおそる切っていました。
フッ=====と一切り事にため息をついて。
いやぁ、、、
爪切りも大ごとです。

爪というのは人間の体の中でほんのささやか部分で、しかも一週間かそこらで切られてサヨウナラという運命にある器官(とも言えるかわからないほど小いのです)。
切ってしまえば、もうそれは自分とは違った物になるのですが、切る前は明らかに自分だった物。
自分の指先を保護してくれた大切な物。
思えばなんとも愛しい。

そう言えば、
またまたアキラさん登場。
「その“手”はどうなのか?」(シンクロ その3)と言う記事を読ませていただきながら、小さなちいさな器官を通して感じる自然への思いに深く広く思いを馳せました。
その「手」は高村光太郎のそれか。
聖アンナと聖母子 のそれか、、、
いずれにしても、
その手の先にあるのは「ひと」であることをジィ===ンと感じさせる素敵なエントリーです。

と、言うことで、今日は七草粥と七草爪の日です。

最後に
「 春日野の 若菜つみにや 白妙の 袖ふりはへて 人のゆくらむ 」
と言う古今集、 紀貫之の歌を詠みながら、
貫之の袖振る手の先に思いを寄せています。

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中小零細企業を守ってこその活力

国民の雇用の8割を支えている中小企業。
今、その中小企業が存続のため行政に援助を求めています。

一時期は流行語になり入試問題にまで出題されたことがある「持続可能な社会」を支えているのは、地域密着型の中小零細企業であることを改めて確認するために、本エントリーを挙げました。

昨年12月に持続可能な経済は地域産業からと言うエントリーで
モノ作りを手放し、質を手放し、ついには経済立国の誇りまで手放そうとしている日本の経済の行く末を中小企業の立場から記事にしました。

その歴史背景は言うまでなく規制緩和です。
規制緩和のもたらしたものは?と言う記事を書きながら、今更ながら小泉、竹中路線の破綻を思うものです。

小泉構造内閣
この内閣が目玉にした三位一体の改革の一つ、「地方交付税の一体的な見直し」により地方への交付金は大幅削減。
その煽りで中小企業支援や中小企業施策が少なからず後退しました。
中小企業基本法に「意欲ある中小企業像」が詠われたのは1999年の改訂。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
第五条  政府は、次に掲げる基本方針に基づき、中小企業に関する施策を講ずるものとする。
一  中小企業者の経営の革新及び創業の促進並びに創造的な事業活動の促進を図ること。
二  中小企業の経営資源の確保の円滑化を図ること、中小企業に関する取引の適正化を図ること等により、中小企業の経営基盤の強化を図ること。
三  経済的社会的環境の変化に即応し、中小企業の経営の安定を図ること、事業の転換の円滑化を図ること等により、その変化への適応の円滑化を図ること。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
こうして中小企業には創造的な経営や開発が求められるようになりました。
と、同時に行政機関が行う政策の評価に関する法律などにより行政が成果を管理する法律が成立。
中小企業もその例外ではありません。
中小企業政策は目標設定され、管理され、予算がその成果で計上されるということになります。
しかし、ここで本来ならばしっかりと議論して推し進めるべき評価の方法や統計の取り方、データーの解析などが曖昧なまま、とりあえずの目標管理型にシフトしてしまいました。
つまり、行政もきめ細かく中小企業の実体を把握することなく政策や対応に追われている実態があります。
この原因の一つは行政側の人事(専門の職員がいない)や予算があります。

地域経済と密接している中小零細企業。
国民の8割の雇用を受け入れる中小零細企業。
今、真剣に守るときです。

以前の記事ですが、
補正予算をつらつら見ると政府系金融機関の統廃合問題を読み直すと、
政府は大企業や大手銀行を守ることには必死です。
しかし、本当に大切なのは下支えの中小企業であることを、もう一度、思い直して欲しいと願いながら、このエントリーを挙げます。

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第171通常国会

通常国会、異例の早期召集と言うことで年明け早々の5日に 第171通常国会が開かれました。
争点は勿論、「補正」と「雇用」。
私は家事の合間に国会の討論をチラチラとテレビを観ていたので、全体の流れは掴んでいません。
ニュースの切り取られた編集画像を見る限では、解決の糸口も将来の展望も見えない国会で、
ただただ時間だけがながれていきそうです、、、

さて、
麻生さんご自慢の(?)「生活対策」加えて「生活防衛対策」。
さらに約4.8兆円が計上。

しかし、今、一番問題の雇用対策にはなんら進展が見受けられません。
それどころかお得意の書道で「安心」と「活力」と書かれていましたが、
安心ってどう言うことなのか?
活力ってナァ〜〜〜ニィ???
と、思わずテレビに向かって突っ込んでいた私です。

本当に安心を思うなら、
消費税率を上げるなんて発想があるだろうか???

1989年4月に導入されて以来、この間、いつも「福祉のため」「将来のため」と言いながら上げられて来た消費税率。
本当に福祉は向上してきたのか???
医療。
年金。
介護。
生活保護。
どこをみても削減削減の現状。
受益者負担と言って当事者から巻き上げるばかりの福祉行政。

安心ねぇ〜〜〜
ふっぅううう。

本当に「活力」を思うなら中小企業の経営をもっと積極的に保護するべきではないだろうか?
大企業さえ生き延びることができれば活力ある社会になると思い込んでいるようですが、
それは違う。
大企業を下支えしているのは中小零細企業。
言わば日本の産業の土台です。
こうした企業がなくなれば、いずれ大企業だってその存続が危ぶまれるとどうして考えることができないのだろう???

日本の経済を支えてきた、こうした中小零細企業を守ることは、
突き詰めれば日本の経済を守ること、活力ある日本を作ることだと思います。

今、なにをすべきか???
それは自ずと明らかではないでしょうか>麻生さん。

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2009.01.06

知っていることと識っていること

今日6日の午後、実家から帰ってきました。
お正月のラッシュには無関係かと思いきや、子どもたちの冬休み明け直前と言うことで、
電車もバスも飛行機もみんな混んでいました。
やっと家に着いた頃はヘトヘト。
ちょっと家の中を掃除したりとアレコレして、、、
電話もかけてと一応の仕事をしたその後、ネットを開いてアチラコチラとROMしていました。
「あああ、、、日常に戻ったなぁ」と言う実感が湧いてきます。
私もまた大いに書こうと思っていた矢先。
ブログで親しくさせていただいている愚樵さんのエントリーがあまりに面白くて何回も読んでしまいました。
タイトルは知識
この記事に触発されたごんさんの記事やアキラさんのエントリーがまたまた面白い。
人のつながりって、こうして確かな形で広がるんだと新年早々思っています!

フムゥウウウウ。
とため息。

そもそもの世界は、
これは、もう愚樵さんならではの世界。
そして、
その世界をちょっと覗かせていただき、さらにそこから我に返り、今度は自分の世界に還元ということでしょうか。

フゥウウウム。

と言うことで私もまた、
愚樵さんの記事を拝見しながら、荘子を思い出しました。
荘子外篇(6)天道(てんどう)篇 車大工がそれ。
とても短い文なので、以下に掲載しておきます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
世の人々が道を学ぶことで尊ぶのは書物である。書物は言葉を書き連ねた物に過ぎないが、言葉には意味内容という尊いものがある。しかし意味内容のもとずいたものは言葉では伝えられないということがある。ところが世間では言葉を重視するため、書物を尊重している。世間がいくら尊重しても、尊重するに値しないものもある、真実尊いものでないからだ。
 目で見えるのは物の形と色であり、耳で聞こえるのは物の呼び名と音声である。悲しいことに、世間の人達はその形や色、呼び名や音声で、それらの実情が充分に把握できると思っている。形や色、呼び名や音声では、到底事物の実情を把握できない。してみると、ことわざにもあるように「本当に知っている人は、それを言葉で説明しようとせず、言葉で説明する者は実は知っていないのだ」ということになる。それなのに世間では全くその事実を知らないのだ。

 斉の桓公が堂の廊下で書物を読んでいた。廊下の下では職人が車の輪を作っていたが、職人は槌と鑿を置くと堂に登り、桓公に話しかけた「お尋ねしますが、殿様のお読みになっているのは、どんな言葉ですか」。桓公は答える「聖人の言葉だよ」。職人「その聖人は生きていますか」。桓公「もう死んでしまわれた」。職人「それなら殿様の詠まれているのは、古人の残りかすですねえ」。
 むっとした桓公は「わしが書物を読んでいるのに、車大工ふぜいが余計な口出しをするとは。申し開きが出来ればよいが、出来なければ死罪にするぞ」
 職人は臆せず答えた「私は自分の経験に照らして考えているのです。車の輪を作るのに、削り方が甘いと支え木がゆるくて締りが悪く、削り方がきついと窮屈で上手くはまりません。甘くも無く、きつくも無いという程度は手加減で会得して、心にうなずくだけで、口では説明できません。このコツは私はそれを子供に教えることも出来ず、子どももそれを受け継ぐことが出来ません。そのために七十歳になってもこうして車つくりをしているのです。
 昔の人もそうした人に伝えられない物と一緒に滅んでいきました。してみると、殿様が読まれているのは、古人の残りかすということになりますね」。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

最後の文が有名な諺「古人の糟粕」の語源でもあります。
「本当に知っている人は、それを言葉で説明しようとせず、言葉で説明する者は実は知っていないのだ」と荘子は言う。


知っていることと識っていること。
考えさせられます、、、、、、、、

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2009.01.03

しばらく更新できません。

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またまた出掛けます。
今度は私の実家に行って来ます。
パソコンは無いので、しばらく書くことも読むことも出来ませんので、
コメントやトラックバックを頂いた場合は失礼を致します。
(6日か7日には書くことが出来ると思います)

では飛行機に乗って行って来ます♪

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2009.01.02

初詣

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初詣はもうなさいましたか?
私はまだです。
今年は年末から正月にかけて夫の両親の待つ実家に帰省しました。
母と一緒に料理を作ったり(殆どが母の手作り)、
父や母とテレビを観たりと楽しいひとときを過しました。
健脚でいつも山登りをしている両親は元旦は、初日の出詣でに朝早くから出掛けました。
夫もカメラを片手に一緒に出掛けたのですが、私は布団の中でグゥグゥ===。

と、言うことで「一年の計は元旦にあり」なんて言うのだが、
今年もまた「良く眠れるのか」なぁ、、、はははです。

さて、それはともかくWikipediaで初詣を見てみると、
初詣の歴史はじつはそんなに古いものではないのですね。
「元々は「年蘢り」(としこもり、としごもり)と言い、家長が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神の社に蘢る習慣であった。やがて年蘢りは、大晦日の夜の「除夜詣」と元日の朝の「元日詣」との2つに分かれ、元日詣が今日の初詣の原形となった。」
とのことです。
そして、そもそもの年蘢り形式は運輸や情報の発達とともに変遷。
氏神様や恵方の神社だけではなく遠方にまで詣るようになり、テレビで報道されているような有名な神社に詣の行列ができるようになったそうです。
また、Wikipediaには「初詣の期間と回数」と言う項目には以下のように書かれています。
「一般的に、正月三が日に参拝するのを初詣といっているが、1月中に参拝すれば特に問題はないともいう。また、回数に関する規定はない。多数の神社仏閣に参詣すれば色々なご利益があるという説もあり、その場合神社・仏閣を特に問わない。日本人が基本的に宗教に寛容である為に、特に定められた規定はない」

なるほど。
日本人の宗教に対する寛容ですかぁ。
フムフム。
以前神仏混合と言う記事を書いたことがあります。
大晦日から正月にかけて神仏混合大忙しの自分のスケジュールを笑いとため息混じりで書きました。

と、言うことで今年も頑張ろう〜〜〜
折節の行事のアレコレを楽しみに。

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明けましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。
初日が山から輝くばかりに出てくる様と重ねて、
今年があなたにとって素敵な年であることをお祈りいたします。

今年も宜しくお願いいたします。

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