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2009.03.03

ニセ科学と社会

このところ忙しくしていたのですが、今日は久しぶりにTAKESANさんのエントリーニセ科学批判の効果についてとか色々をゆっくりと読みました。
そしてリンク先の記事なども拝見して、とても興味深くもあり、面白くもあり、考えさせられました。

改めて思うに、根が深い問題ですね。
どうして、こんなに根が深いのかと言われれば、
その底に静かに潜んでいるのは、ある意味での「社会」の意思かもしれないからでは、と思うのです。
一人、ひとりの個人としての思いではなく、
「社会の要請」としての「ニセ科学の意味」。


そうした折り、ふとニセ科学を信じる脳の部位と言うタイトルでultraviolet さんと言う方が昨年書かれていた記事を思い出して、読み直したり、、、していました。
ultraviolet さんは記事の中で最近はやりの脳科学論者について以下のように書かれています。
==============
「だいたい今時「脳」を前面に押し出して話をするような輩は、例えば茂木健一郎も養老孟司も川島隆太も、まずは眉に唾をつけてかかるべきと私は思うちょります。この三人にはどうにも科学者としての良心、つまり「わかっていないことを率直にわかっていないと言う素直さ」が決定的に欠けている、と私には見えます。養老孟司が受けてる理由って、何でもスパスパ言い切るあの歯切れの良さでしょ。それってニセ科学が信じられてしまう理由と全く一緒ぢゃん。ぶーぶー。」
==============
と。
その後、内田さんにもチラリと言及。
養老さんや茂木さん、川島さん、そして内田さんなどの方々は、聞くものの耳にあたりよく、心地よく響くのでしょうか???

そんなこんなで、色んな所に登場する脳科学と、ニセ科学。
科学って言葉が、なんだかよく分からないけれどアカデミックな雰囲気を醸し出しているのだろうか???

それはそれとして、こうした記事を前にして思うのは、いつもコメントを頂く技術開発者さん。
きっと開発者さんなら、このように言われるだろうな、と思うのですが、如何でしょうか・開発者さん>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「もともと社会には「いい加減なことを言う」という人なんかを嫌悪する雰囲気が有ったハズなんです。でもね、そういう嫌悪感ってのは「社会がまともに動く」ために必要なんで、個人にしてみると直接にはあまり嫌悪すべき必要性は無いわけです。でもって、個人が「まともに動く社会の中で生きる」という意識があればそういう嫌悪感は道徳観とか倫理観と結びつくんだけど、皆さんはもう既に「社会の中で生きている」なんて気持ちは無くいのだから、社会がどうなっても「自分は自分で生きている」訳です。だからそんな嫌悪感を持つことの必要性は無くなっている訳です。
(poohさんのブログより引用させていただきました。
私のブログでも同様の趣旨のコメントを頂くのですが、今、時間がないので探していません。
と、言うことで失礼いたします)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私も同感です。

ニセ科学を信じる人々が沢山いらっしゃる、
あるいは、耳あたりの良い評論家が蔓延すること、
などなど、を考える時、
こうした現象で「得」をするものは誰か?と、思いは突き進みます。

ちょっと横道にそれます。
生物の生態を勉強していると必ず個体群という言葉に出会います。
個体群の個体数がある程度以上になると、これは専門用語で言うなら個体群密度が高くなると言いますが、
集団は相変異をします。
例としては、一番多く挙げられるのはトノサマバッタです。
普通は単独で孤独相と言われ、体色は緑色。
原っぱと同じ色です。
が、個体数が増すと、群生相と言って茶色で移動しやすく変ります。
幼虫の時のフェロモンの関係で、どちらの相になるかが決まります。

閑話休題。
人間の社会も、
生き延びるために集団の知恵ってあるんでしょうね???
それがなになのかは、集団の中にいる私には全体は杳として掴めないのだが、、、
だが、、、
掴めるように大局的な見地でいたいなぁ、、、と常に望んでいます。
これ、あくまで希望ですので、、、
ハハハ。


で、結局何が大切かと言うと、、、
なんなのだろう???
リテラシーになるのか、煎じ詰めれば「教育」か、なぁ???
と、思うのです。

いずれにしても、
今、はやりのニセ科学にしろ、脳科学(茂木さんあたりの提唱の脳科学)、あるいはオーラーの人々などなど、
はやりすたりは、あるものの、時の権力にとっては都合のいいものではあるんでしょうね、、、
個が個であることを放棄するという意味において。
ゆめゆめ、黙らせられてはなりません。
と、思った次第。
今後もしっかりと注目です。大きな目で。
おっ、そう言えば今日は「みみの日」ですね。
ついでに耳もダンボにしておきましょう〜〜〜

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コメント

ドラマ「イカロスの翼」思い出します。背中に羽の生えた人が生まれてきます。「社会秩序云々・管理云々・道徳云々を強調する人が例外をゆるさず、弾圧するというお話です。

投稿: あゆ | 2009.03.03 13:08

あゆさん。


「「社会秩序云々・管理云々・道徳云々を強調する人が例外をゆるさず、弾圧するというお話です。」

うううう====む。
なるほど。
考え込みました。
自分の論理、倫理道徳と逸脱したものへの弾圧というか制裁の歴史は山積ですね、、、
人間が社会規範として作り上げたものとて、無謬であることを、謙虚に受け止める「確かさ」を求めていきたいものです、、、

投稿: せとともこ | 2009.03.03 14:02

あぶないあぶない。ちゃんとリンク先も読んでおくものですね。ニセ科学を信じる部位? 信用するところでしたよ(笑)

それは置いといて、実は今回の瀬戸さんの記事の論旨がよく分からないのです。耳あたりがよい=ニセ科学という前提で話を進められているように感じますが、その前提は本当ですか? 真正科学を耳当たりよく歯切れ良く語ることは不可能ですか? それは語り手の語りの技術の問題で、科学の真贋とは無関係なのではないですか? 

読むほどに、こういった疑問が湧き上がります。私の読み違いでしょうか?

真正科学を耳当たりよく語った本を紹介して、と瀬戸さんにお願いしたら、すぐにリストが積み上がるように思えるのですが...?

投稿: 愚樵 | 2009.03.03 14:56

愚樵さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。

お暇になられましたか???
アチコチと大変でしたね。
お疲れさまです。

頂いたコメントの前に、愚樵さんのところで盛り上がったやりとりの若干の感想。

今回は、やらなくてもよい論争(と言えるかどうか?)、使わなくてもよいエネルギーを使いましたが、
その原因の一つは、貴方の相手方への嘲笑があったように思います。
あれは、やはりいただけない。
様々の前提があったとしても、あるいはご自分の仰りたいことがつと伝わらなくても、
あんな風に対応されて、笑われると、やはりスムーズに話は進まなくなりますよね。

お互いに平行線を辿るとしても、相手への敬意は必要だと思いますが、、、如何でしょうか???

あと、全然関係ありませんが、面影さんのアキラさんへのコメント、微笑ましかったですね(o^-^o)

いずれにしても、ネットでのやりとりの難しさを学ばせていただきました。
そう言う意味で、
愚樵さん、たんぽぽさん「本当にお疲れさま」と、思います。


さてさて。
と、言うことで、愚樵さんがこちらでなさったコメントに戻ります。
「真正科学を耳当たりよく歯切れ良く語ることは不可能ですか? それは語り手の語りの技術の問題で、科学の真贋とは無関係なのではないですか?」

なるほど。
語り手の技術ですかぁ???
フゥム。
実は、私はこのエントリーの趣旨は「権力に利用されやすいもの」「権力に都合のよいもの」をテーマにしたかったのです。
そして、
そのためには、リテラシーを高めることが必要では、と書きたかったのです。
で、書いている途中に、あなたからのコメントがあって、今、こうしてお返事しています。
なんだかバタバタな返事ですが、、、
さて、
真性科学ですかぁ???
ニセ科学の定義をしっかりと書くべきでしたね。
中途半端でした。
ニセ科学=耳にあたりがよい。
と、同値ではありませんが、
ここでは「ひとを騙すニセ科学」と言う定義でとってください。
人がニセ科学、あるいはお金をガッポリと取られる宗教、あるいはいろんな占い、、、などなど、
に縋るとき、縋らなければならないとき、って、どんな時で、どんな事か、と考慮することは大切ですよね。
その辺りを、実は斬とることが肝要かと書きたかったのですが、、、


あああ、、、、
TAKESANさんやultraviolet さんに中途半端な記事をトラックバックしたなぁ、、、
ご指摘どうもありがとう。
また、ゆっくり考えるね。

と、言うことで、
ニセ科学の対極が真性科学(こんな言葉あるんかい???)なのか、どうか???
これは「保留」。
待っていてくださいね。

あっそうだ、
もうちょっと暇になったら(今、凄く忙しいのです)マルクスの著書の何か一冊を決めて一緒に、読書記事書きませんか?

じゃ、、、またね。

投稿: せとともこ | 2009.03.03 15:17

こんにちは、せとさん。

>きっと開発者さんなら、このように言われるだろうな、と思うのですが、如何でしょうか・開発者さん>

いちばん、ぴったりのコメントでしょうね。ただ、後半部は私が「皮肉」に走ってしまっていますけどね。私は、悪徳商法批判をしていた頃から、「個人で守れないから皆で守るんだよ」って話をしていたのね。個人は欲にも脅しにも弱いものなんですよ、自分で自分を守れって言ったって、そんなに簡単に守れるもんじゃない。だから、皆で悪徳商法を嫌おうよ、悪徳商法に片足をツッコミ掛けたら皆で非難しようよ。そうやって、社会全体から悪徳商法を減らすことでしか、弱い自分たちをまもれやしないんだから、なんてね。

>生き延びるために集団の知恵ってあるんでしょうね???

「いい加減な事を言いふらす者を嫌う」なんて社会の規範はどうしてできたんだろう、なんて考察したのが、「原始人の冬越し」っていうたとえ話ですね。原始人が蓄えで冬を越している。最初は「春が早く来ると良いね」なんて話が話しているうちに「今年は春が早く来るに違いない」なんて話になっていって、「じゃあもう少し余分に食べても大丈夫」と蓄えに余分に手を付けて、春先の寒波で飢えるなんてね。そんな経験の中から「早く来ると良いね」はOKだけど、「春が早いぞ」に対しては「いいかげんu事を言うな」って戒める文化が生まれたんじゃないかな、なんて話です。まあ、一例に過ぎないんだけどね。でもね、「今年は春が早いぞ」なんてデマは、食べ物をわずかずつ食べながら冬越ししている原始人にとってもあらがいがたい魅力はあつたと思うんですよ。それを「個人で判断しろ」なんて無理だから、皆で守る規範として「好い加減なことは言うな」とデマの蔓延を最初に止めようとしたんだと思うんですね。

なんていうか、ニセ科学とかでも「個人がのめり込まないように気を付けよう」で本当に守れるのかなと思うんです。我々はもともと弱いから群れ集い、群れ全体を生き延びやすくするために文化をつくって生きて来たんじゃないかと思うんですね。

投稿: 技術開発者 | 2009.03.03 15:26

こんにちは、愚樵さん。

>それは置いといて、実は今回の瀬戸さんの記事の論旨がよく分からないのです。耳あたりがよい=ニセ科学という前提で話を進められているように感じますが、その前提は本当ですか? 真正科学を耳当たりよく歯切れ良く語ることは不可能ですか? それは語り手の語りの技術の問題で、科学の真贋とは無関係なのではないですか?

なんていうか、「嘘は幾らでも広げられるし、相手が『こうであって欲しい』と言うことにもつなげて話すことができるけど、本当のことは一つしか言えないし、相手が『こうならば』思っていても本紙卯のことがつながらないならつなげることはできない」という事だと思いますよ。

私はサッカーの試合で相手の胸に頭突きをした選手なんて話をしますけどね。理由が「相手の選手が自分の敬愛するお姉さんをひどく侮辱する事を言ったから」であったとして、本当の事を言うとすれば、それしか言えないですよね。でも嘘を付く気ならどうでしょう。そんな理由じゃ弱いと思って、もっと受けの良い話にしたいとしたらね。例えば国際試合だったとして「相手の選手は私の国の国旗を酷く侮辱したんだ」と言えば、頭突きした選手の国の人たちはずいぶん沢山味方になり、侮辱した相手の選手の制裁を求めるかも知れませんね。

マイナスイオン批判をしていた頃に良く感じてきましたよ、「これはかなわないや」ってね。「健康でありたい」という人に「マイナスイオンの効果で健康に」と言い、「燃費を良くしたい」という人に「マイナスイオンの効果で健康に」という。何だって言えるんですね、実体なんて無いんだから。

その箔付けだって何にでもつなげるんです「ノーベル物理学賞をとったレナード先生の書いている『滝の電気』という論文がありまして」とか「日本でも北海道帝国大学で研究されてました」とかね。全くの嘘じゃないんですね。レナード先生の論文は存在します。単に液体の摩擦帯電の研究です。北海道帝国大学の研究も存在します。潜水艦に人を閉じこめると、酸素を補給していても体調を乱す者がでるのを、空気中に何か消費される必須の微量物質があるせでは無いかと研究した論文です(今はそういう空気ビタミン仮説は否定されていて、高湿度熱射病だろうとされていますけどね)。まあ、こういう過去の名のある人の論文なら原著にあたって否定出来ますが、図書館にも無いような「手作り学会誌」に載せて「学会でも認められています」は結構面倒だったりしますね。

投稿: 技術開発者 | 2009.03.03 16:05

技術開発者さん。
コメントありがとうございます。

「我々はもともと弱いから群れ集い、群れ全体を生き延びやすくするために文化をつくって生きて来たんじゃないかと思うんですね。」

はい。
とてもよく分かります。
文化とはそうしたものであり、
宗教も芸術も、はたまた科学も、文化という範疇に組み込まれていくものと思います。

「生き延びやすくする」。
これって、本当にそうですよね!!!
開発者さんのとの対話から、いつも私は力を頂きます。
つまり人が生きるために、何をしてきて、これから何をするべきかという目的が明らかになる思いです。
「生きていくこと、生き延びること」。
これなんだろうな、、、と思うのですよ!!!
なんとなく、お礼。
いつも暖かく豊かに示してくださり、ありがとうございます。

投稿: せとともこ | 2009.03.04 10:25

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