« 原爆症救済 | トップページ | 温室効果ガス排出の中期削減目標 »

2009.05.31

サマヨイザクラを観て

昨日の夜は裁判員制度ドラマスペシャル
『サマヨイザクラ』
を観ました。
先日の月曜日は「量刑」というドラマも観たのですが、、、

つくづく、「人を裁くこと」って難しいと思いました。

「サマヨイザクラ」の方は、
タイトルの「サマヨイザクラ」のように、迷いながら、悩みながら決断を下す人々の姿が映し出されています。
裁判員制度で「人を裁く」と言う立場に立った普通の人たちの動揺を描きながら、
死刑か否かと決定するときの瞬間の緊張が観ている側にも伝わってくる迫力のあるドラマでした、、、
いろいろ感想はありますが、
特に私が気になったのは「量刑」を決めるとき「人何人殺したか?」を参考にして決定しろ、、、
と、言う裁判長、
それに対して疑問を呈した民間の人。
やりとりのアレコレを観ながら、
結局、
人を裁くことに「専門家」なんていない。
裁判官も悩みながら、悩みながら、それでも決断を迫られるのだと、言うことが伝わってきます。
このドラマ自体は、民間の新鮮な目が事件解決に繋がるという主人公補正がかかった結末だったのですが、、、
現実は、こんなに「簡単」なものじゃないでしょう。

裁判に民間の意見を訊くというのは、問題ないとは思うのですが、
それでも、この制度。
私たちに、もっと丁寧に浸透するように説明が欲しいなぁ、、、と改めて思うものです。

7月にも現実に裁判が行われる可能性があるという。
さてさて、、、
成り行きに注目です。

|

« 原爆症救済 | トップページ | 温室効果ガス排出の中期削減目標 »

コメント

> 人を裁くことに「専門家」なんていない。
> 裁判官も悩みながら、悩みながら、それでも決断を迫られるのだと、言うことが伝わってきます。

それこそ、裁判に民間人が参加することが大事だと私が考える中心点でもあります。

「人を裁く」というのは、社会全体の責務です。専門家に任せて済む話ではなく、社会が生んだ犯罪者を裁くのは、全ての国民の責任、社会全体の責務として受け止めないといけない事柄です。
そして、「人を裁く」事を真剣に悩んだ経験を持つ国民が一人でも増え、それが自らの社会の問題だと自覚する市民が育っていくことが、我々の社会の民度を成熟させるには欠かせない要素であると思うのです。

現状の裁判員制度には、制度的な不備が沢山あるので改善が必要だと言う点には100%同意するのですが、それでも市民が「裁判員」として裁判に参加する制度に変えることには賛成するのはこのためです。

投稿: Looper | 2009.06.01 11:43

Looperさん。
コメントありがとうございます。
インフルエンザはいかがでしたか?
心配していました。

マスクやらいろいろ、今後の教訓が導かれる今回の出来事でしたね。

さて、裁判員制度。
私もあなたのご意見賛成です。
この制度がより充実したものであるために、
私たち国民に、物理的、心理的な負担がかからないように、と、願いながら、今後のなりゆきに
注目しています。

これから現実となる制度ゆえ、私も今後とも書いていくつもりです。
またアドバイス、待っています。
では、、、

投稿: せとともこ | 2009.06.01 14:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/45186385

この記事へのトラックバック一覧です: サマヨイザクラを観て:

« 原爆症救済 | トップページ | 温室効果ガス排出の中期削減目標 »