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2009.06.18

母子加算全廃問題について

昨日17日の党首討論でも話題になった問題の一つに母子加算があります。
この問題、調べればしらべるほど酷いですね、、、
うううう〜〜〜〜ん。
うううう=======ん。
です。
勿論、ひとり親、あるいは母子家庭の全てが同じ条件ということはないから、一括りには出来ない問題ですが、それでも大方の家庭は厳しい条件が突きつけられたものと思います。
しかも、こうした法案が、ろくに審議もされずにスピードで決定され、そして全廃と言う結果だけが突きつけられるのは、きびしいものがありますね、、、
ううううう〜〜〜〜ん。

そもそもの発端はあの人です。
そう小泉さん。
これまた老齢加算とともにドンドン削減しようということになりました。

厚労省は、月2万3260円あった15歳以下の子にたいする母子加算を、
07年度に1万5510円、
08年度に7750円に削減。
一方で同省は母子加算に代わるものとして、
07年度、18歳以下の子を養育しつつ就労、職業訓練、自立支援プログラムに参加するひとり親に1万円、
または5000円の「ひとり親世帯就労促進費」(一時扶助)を創設。
そして、この4月に母子加算、全廃。

対象はこの4年間でも10万世帯に増え続けています、、、
何故ひとり親世帯が増え続けているか、その実態はどうか、というきめ細かい調査はなされず、「決まったことだから」という理由で、この4月からバサバサと切り捨てられました。
 
麻生さんは、昨日の党首討論で、
母子加算廃止の代わりに、「就労促進費」を支払っているとか、
学生にはいくら払っている、とかとか言われていましたが、
が、
病気や障害、育児などで就労できない世帯には「就労促進費」は当然、支給されません。
支給ゼロになるのはなんと、なんと4万3700世帯なのです、、、
この辺りについては、一切の言及はありませんでした。
母子加算の廃止で削減された国費は約200億円。
おおおお〜〜〜200億円と言えば、あの額と同じではないですか。
そう「アニメの殿堂」と。

アニメの殿堂か、母子加算か???
廃止の生活保護「母子加算」復活法案、野党4党共同提出と言うことで、多くの対象者の方々からの声を掬いあげる法案が提出されようとしている今、
この動きをしっかりと見守っていきたいと思います!

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コメント

こんにちは、せとさん。まあ無駄話と思って読んでください。

>そもそもの発端はあの人です。
>そう小泉さん。

なんていうか小泉さんは総仕上げをしているだけで、実のところ中曽根さんの頃にタネが撒かれ、そのタネの元をたどるとレーガンに突き当たり、そしてレーガンの考え方の根を探すとミルトン・フリードマンという経済学者に行き当たる訳です。

フリードマンというのは貧しい移民の子でしてね。貧しさにめげずにがんばって、努力して大学教授になり、ノーベル経済学賞をとり、全米にヒットするような経済学の本「資本主義と自由」を書いたのね。こういう貧しさから努力ではい上がった人には2つの面のどちらかが出るのね。一つは自分が貧しかったと言うことで、そういう階層に共感して助けようとする面で、もう一つは自分が努力してはい上がったという事で「努力を重視する」面です。彼は典型的な後者なんですね。つまり、「自分は貧しさにめげずにはい上がれたのだから、はい上がれないのは努力がたりないからだ」と貧困を考えるタイプの人だった訳です。今の日本でもこう考える人は増えていますでしょ。なにせ30年くらいかけて、こう考えるように持ってきた訳だからね。

私はケインズ経済学には批判的なんだけど、少なくともフリードマンの学説よりはマシなのは「政府による所得再分配」の価値を経済学の中で位置づけてはいる訳です。ところがフリードマンはそれを真っ向から否定した訳ね、「努力に応じて儲かるのが正しい、政府は所得再分配なんてするな」ってね。

フリードマンの経済学を信奉した中谷巌が中曽根さんに重用され、そして小泉さんが同じくフリードマンの経済学の信奉者である竹中平蔵を重用して来たわけですよ。こうなるのは当たり前とも言える訳です。

投稿: 技術開発者 | 2009.06.18 16:58

技術開発者さん。
詳しいお話、ありがとうございます。
そうなんですか、、、
小泉、竹中路線の下地には、そんなことがあったのですか。
これは、また勉強になりました。
ありがとうございます。
刺激を受け、私も、また調べてみますね♪


それにしても、
「努力に応じて儲かるのが正しい、政府は所得再分配なんてするな」ですかぁ、、、
これは一見、儲かりそうですが、その実、トータルでは損をしそうですね。
しゃにむに走るだけでは、ランナーは長持ちしませんよね。
休ませたり、育てたり、と、底辺を厚く広く保障する、ことこそが、翻って「得」になると考えるのですが、どうなのでしょうか???

投稿: せとともこ | 2009.06.19 12:50

こんにちは、せとさん。

>これは一見、儲かりそうですが、その実、トータルでは損をしそうですね。
>しゃにむに走るだけでは、ランナーは長持ちしませんよね。
>休ませたり、育てたり、と、底辺を厚く広く保障する、ことこそが、翻って「得」になると考えるのですが、どうなのでしょうか???

実のところ、これを説明するには経済学の歴史というか人間が経済成長=幸福と思うことの理由みたいなところから説明しないと行けないわけです。

人間は原始時代からずっと「飢えていた」訳です。食い物にも飢えたけど、着る物にも、住むところにも飢えていたのね。新しい田畑を拓いたりして生産性が上がる、つまり衣食住が満たされそうになると直ぐに人口が増えちゃうのでなかなか飢えないという訳にいかなかったんですね。なんていうかな、王様は確かに農民から色んな物を収奪して豊かではあるんだけど、それでも農民が飢え死にするほどは奪えないから、中世の王様の豊かさというのは、現代の皆さんよりは絶対量では貧しい訳です。衣食住に飢えるものにとって、衣食住の生産性が上がるというのは、そのまま幸福だよね。

でもって、生産性の向上が人口増加を上回る、つまり飢えが満たされ始めたのは、産業革命からなのね。それまで、小数点以下のレベルで増えていた生産が、一気に数倍とかに増えたわけですからね。それによってすさまじい所得の格差は起こったんだけど、低所得階層でも、それまでの生産性の低い時代よりは飢えが多少は満たされてはいるわけですよ。この時代にできる経済学がアダムスミスなんかの古典経済学で、「人は欲に駆り立てられて生産性を向上させるから、放っておいても経済はうまく行く」なのね。

とはいえ、一旦欲に目覚めると欲には限りがないから、所得格差の広がりの中では、それまでの低生産の時代より低所得層では飢える面もでてきて、いろんな社会動乱を生んで、或る意味、そこから民主主義が芽生えたりするんですけどね。その格差的な部分を解析してできるのがマルクス経済学だけど、マルクスだって「経済成長=幸福」は根底に考えているよね(成熟までの資本主義経済ね)。

でもって、「欲に任せた経済成長」というのは、実のところとっても不安定で成長はするんだけどギクシャクしながら成長すると言うことから出てきたのがケインズ経済学で、そのギクシャクをなんとかなだらかにする方法を考えたわけです。そのためには、政府の力で所得再分配を行うことも意味があると位置づけている。

問題はここからなのね。或る程度生産性が上がって、人が充分な衣食住を得ると「欲に任せた経済成長」の欲の部分が分離しはじめるのね。つまり「儲けの欲には限りがない」「儲けを使う欲は限りがある」ってなんか変だけど、こういう事が起こるわけです。私がたまに例えとしてつかう「4人家族で部屋が5部屋、6台目のTVは欲しいですか?」なんてね(笑)。所得の欲求は今まで通りに経済を成長させようとするんだけど、消費の欲求は思うように伸びなくて成長が鈍る訳です。実はこの段階で「経済成長=幸福」概念に問題が生じているのね。この部分から出てくるのが「幸福」を指標として経済活動を見直そうとする厚生経済学です。

フリードマンは、最初はケインズ学派の経済学者です。そしてケインズ経済学がいろんな部分でうまくいっていない事を解析した訳ですね。「うまく行っていない」という彼の解析は正しいんですね。「欲に任せた経済」の根底である「経済成長=幸福」が成り立ちにくくなっているんだから、それまでの経済学が根底から成り立たなくなっている訳です。

でも彼がケインズ経済学者である事を止めて出したマネタリズムは基本的に間違っていると考えます。彼は消費欲求に無関係に経済を成長させるために「所得欲求」を煽り満たすことが正しいと考えた訳です。欲求を煽るために「所得格差を広げ」、欲求を満たすために「経済を放任し」、そして、低い消費欲求の元では伸びない実体経済ではなく、資金が資金を呼ぶ金融部分を拡大していく。これは何を意味するかというとバブル経済です。バブルがはじけるまでは経済が成長します。そして、はじけたときに実体経済、つまり衣食住を実際に作っている様な消費欲求を満たしている部分も一緒に苦しむことになるわけです。

我々が考え直さなくてはいけないのは、原始時代からつい最近までずっと続いてきた「経済成長=幸福」という概念であり、「儲かることは幸福」という意識なんです。或る程度の消費欲求が満たされると、「儲けを使うことによる幸福」は鈍磨してしまいます。その時、「儲かることは幸福」を満たそうとすると「経済を成長させろ」になる訳ですが、「使う欲求」に支えられない「儲けの欲求」そのものが、実は幻想では無いかと思うわけです。


投稿: 技術開発者 | 2009.06.19 17:01

 わたしの年代のものにとって、母子家庭というと父親は戦死したり戦後の混乱期に過労死た家庭でした。その悲惨は、いくつかみています。
 おなじイメージで、現在の母子家庭は見られません。正確なデータがあるわけではありませんが、父親が死亡したケースは5%内外、非婚出産が5%ぐらい。ほぼ90%は離婚家庭でしょう。父母は離婚して相互に扶助の義務はなくなっても、子どもの養育義務が消えるわけではない。
 福祉ではなく、父親の責任の話題ではなかろうか。

投稿: 罵愚 | 2009.06.20 05:54

母子加算をより公平にし、社会のニーズに合わせたAlternativeを提示し、同等以上のサポートを提供するなら賛成しますが、それをせずにただカットするだけですからね。

そもそも、国の財産である子どもの基本的な養育費や教育費ですら、受益者負担論理がまかり通る社会は、未熟な国・社会と言って良いと思います。これってある意味、亡国の論理ですよ。

投稿: Looper | 2009.06.21 01:22

ある就職難世代の人達曰く、「自分達にもっとも冷たいのが成功した同世代だ」と。
自分ができたのに・・・という理屈だそうです。

ん??絶対的に求人少ないと全員さらにがんばったとしても誰かがあふれますけど・・・。生存競争だと必ず誰かが負けるんですが・・・。

 母子だから・・というより困っていて助けがいる人にちゃんと助けがあるように。

投稿: あゆ | 2009.06.21 08:47

 就職と幼稚園の入園とhちがう。会社や社会が、わたしの座るイスを用意してまっていてくれるなんて、考え方がおかしい。そのうえ、自分の子どもは国の財産だから社会が育ててくれるなんて、ますますおかしい。つくるのも育てるのも、両親の責任でしょう。

投稿: 罵愚 | 2009.06.21 18:14

> つくるのも育てるのも、両親の責任でしょう。

アリやハチ、近いところではチンパンジーでさえ、社会的な子育てをしているというのに・・・

どんな酷い親だろうが、親がいなかろうが、どんな境遇の子どもでも健全に育成でき、その個性を伸ばし、能力を発揮できるように社会が見守ってあげるのは当たり前のことです。これは、ある意味将来への大切な投資だからです。インフラ整備に金は出すのに、国を支える一番根本である人材育成に投資しないのなら、経営者としても失格でしょうね。

投稿: Looper | 2009.06.21 23:15

こんにちは、Looperさん。

>これは、ある意味将来への大切な投資だからです。

私は良く、狩猟民族の話をするんですね。狩りのチームにおいては、それぞれ役割分担がなされ、その役割を果たすことが求められる訳だけど、狩りの獲物を抱えて村に戻ると狩りのチームは解散して、獲物は村全体の共有物となる。でもって、狩りの獲物を食べる段になると、そこには分け隔てはなく、狩りに参加した者も参加していないものも皆食べるなんてね。これはね、まず村という共同体があり、村に獲物をもたらすための機能体として狩りのチームがあるんだけど、あくまで、機能体は共同体の下部組織であるということなんですね。おそらく人類は何十万年もこんな生き方をしてきたんじゃないかと思います。

なんていうかな、こういう原始的な狩猟生活をしている世界に「私有制」を入れたらどうなっただろうなんて空想したりするんですね。狩りに参加したものだけに、狩りの役割に応じた分配をして、村全員で食べるという風習を止めたらどうなるんだろうってね。前の狩りで足を折った者は次の狩りには参加できないから、分け前にもあずかれず、結局衰弱してしぬのかも知れませんね。前の狩りで父親を失った子供は、母親が拾ってくる木の実や草の芽しか食べることができずに、狩りに参加出来る様な大人にはなれないのかも知れませんね。

ふと想像するんですよ、何十万年か続いた狩猟採取時代にも「文化淘汰」があったんじゃないかなんてね。つまり、食べるときは皆で分け隔て無く食べる原始共産制でやっている村と、狩りに参加したものが狩りの役割に応じて分配する私有制でやっている村が両方できて、そして、怪我が直ればまた村に獲物をもたらすのに貢献する狩人や、きちんと大人になれば村に獲物をもたらす子供をきちんと養えた原始共産制の村は生き延び、そう言う者たちを振り捨てることでだんだんと狩人を減らしていった私有制の村は滅んでいったのかも知れない、なんてね。

投稿: 技術開発者 | 2009.06.22 08:21

技術開発者さん。
罵愚さん。
あゆさん。
Looperさん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
今日、午前中、配水管の掃除があったので、
ずっと昨日から掃除をしていました。
普段からやっておけばいいのに、こんなときでないとやらないので、もう大変。
と、言うことでお返事おそくなりました。

いただいた、コメントを拝見しながら、
「国家」とはなにか?
国民とはなにか、、、、
と、考え込みました。
罵愚さんの言われることも、分かるんです。
「甘えるな」ということなのでしょうね。
そういう意見は、いろんな場面で、意見の交換のさいに出てきます。
どこまでが、個人の責任で、どこまでが権利なのか、、、と。
考えさせられます。

ただ、個人としての私の意見は、Looperさんや開発者さん、あゆさんにちかいものです。
冗長というのか、マチの部分というか、そういうものが広いほど、深いほど、大きいほど、その社会は「生き抜く」ための適性がある思います。
そして、それを保障するのは、公であると思うのです。

この問題、そもそもの根本に関わることゆえ、もっと深く書き込むつもりですが、今から、また出かけるので、今度ゆっくりと。

投稿: せとともこ | 2009.06.22 13:04

 いいえ、わたしは「甘えるな!」なんて言うつもりは、毛頭ありません。甘える先がまちがっている。子どもは親に、兄弟に甘えるのは、自然だと思う。家族で手に負えないときはご近所や親戚に世話になることもあるだろう。
 身近なところから輪を広げる話題が、親戚やコミュニティをとばして…戦後民主主義が、そういうものを骨抜きにしてしまったのも話題のひとつなんでしょうが、一足飛びに社会や国家に責任を押しつける思考法が、おかしいのではないのかと思う。
 話題の母子家庭でいえば、母子を見捨てた父親の存在さえも忘れて、社会や国家にすがりつく。甘えているのは当事者ではなく、発言者たちでしょう。甘えるなではなく、甘える先がまちがっていると思う。

投稿: 罵愚 | 2009.06.22 14:22

こんにちは、せとさん。

>冗長というのか、マチの部分というか、そういうものが広いほど、深いほど、大きいほど、その社会は「生き抜く」ための適性がある思います。

というか、ケインズ経済学的にも社会保障支出は有効需要を作り出す上で公共投資と同じだけの、あるいは今の現状ではそれ以上の効果をもたらすんですね。単純に言うと、不況というのはものが売れないわけですが、それは購買意欲が減退しているからだと考えるのがケインズなんです。ニューデール政策の様なハコモノ公共投資は、最終的に労働者の報酬となり、それが購買意欲を生んで有効需要を作り出す訳です。同じ事が社会保障支出を生む訳です。でもって、現代では労働者の所得階層が二分化される傾向がありまして、所得階層の多い方の労働者に分配される公共投資費用は購買につながりにくいと予想されるのに対して、困窮している低所得者に分配される社会保障支出は、そのまま購買力につながる訳で有効需要の喚起効率が良いわけです。

まあ、参考のために言いますと、日本の国が支出している社会保障費のGDPに対する比率は3%程度です。イギリスなどは、12%を超える訳です。一方公共投資は日本では6%程度ありますが、イギリスは1%の前半である訳です。

なんていうか、国民の「学問軽視、気分尊重」を感じるんですね。経済学的に「社会保障支出の方が公共投資よりも有効需要喚起の効率がよい」と経済学が分かる者が言ったところで、この国の国民は「公共投資の方が不況脱出に効果がある。社会保障の増大なんて景気を悪化させるだけだ。」と根拠も何もなく気分で信じ込んでいて、また政治家もそういう気分に対応して政策を実施するという面を感じます。

投稿: 技術開発者 | 2009.06.22 17:45

 消費性向の高い人物に現金を支給すれば、まわりまわって景気がよくなるのら、母子家庭よりも消費者金融を借りすぎた破産者のほうが適格だろう。あるいは、国民全部にカードを持たせて、好きなだけ買い物をさせて、政府が支払いを保証すれば景気はよくなるのか(笑)?おかしな経済学があるものだと思う。
 話題の本質は、困窮した離婚家庭の一義的な救済義務が逃避した父親にあるのか、福祉政策にあるのかが論点だと思う。

投稿: 罵愚 | 2009.06.23 09:39

罵愚さん。
技術開発者さん。
こんにちは。
社会保障にかんして、今日、新しく社会保障裁判とともに記事にいたしました。
いろいろ本を読み、アチコチの新聞やらネットでの社会保障サイトを参考にして書いてみました。
その中で、
改めて思ったことは、社会保障とはセフティ・ネットにほかならないということです。

個別具体的な事案は、いろいろあるのでしょうが、
私たちが見ていくべきことは、
そうした事案から本質に迫るために捨象するものは何か、をしっかりと見ていくことなのでしょうね。
本質と言うか、目的は「健全な社会」ではないかと思います。
では、その目的のために、
社会はどうあるべきか、を考え、
現実にはどうか、、、を見ていく事が論理を構築していく上で大切だと思います。
社会保障。
今、私たちが直面している事柄の多くは格差社会の産物であります。
それは、やはり社会の責任として社会が救済することが、Looperさんがいわくの「未来への保障」だと私も思います。
「話題の本質は、困窮した離婚家庭の一義的な救済義務が逃避した父親にあるのか、福祉政策にあるのかが論点だと思う。」と罵愚さんは言われるが、
私は、それは本質かと疑問を呈します。
現象ではあるが、本質ではないと思うのですが、いかがでしょうか?
この問題、さらに哲学の分野へと移行していきたいと考えています。

投稿: せとともこ | 2009.06.23 15:09

 福祉政策の根底にあるものは「健全な社会をめざしたセイフティネット」だというご意見には、賛同いたします。その意味では、母子加算の話題は、単純に福祉政策のなかだけで議論するまえに、母子家庭が生まれる過程を視野に入れた議論が必要だろう。困窮した母子家庭を救う話より、困窮するのが目に見えている離婚夫婦の話題が必要だと思う。
 今回、福祉については、別に一ページをつくっていただいたのは、その意味で感謝いたしております。そのうえで、あなたのいうとおり「目的は健全な社会」だとしたら、不健全の原因は育児放棄をした両親、家庭を崩壊させた両親…あるいは、せいぜいそれを容認、助長する社会的風潮にすぎない。
 母子家庭のほとんど…想像ですがおそらく95%ぐらいの父親は生存している。父親が死亡した結果の悲惨が話題ではない。離婚や非婚が原因の母子家庭だという実態をわすれた議論は空論になる。「健全な家庭」を無視して「健全な社会」を議論するなんて、およそナンセンスな会話になってしまうと思うのです。

投稿: 罵愚 | 2009.06.24 06:17

こんにちは、罵愚さん。

>母子家庭のほとんど…想像ですがおそらく95%ぐらいの父親は生存している。父親が死亡した結果の悲惨が話題ではない。離婚や非婚が原因の母子家庭だという実態をわすれた議論は空論になる。

何がおっしゃりたいのかとてもわかりにくいのですが、基本的に、生活保護法(当然お読みですよね)第77条をもっとしっかりやれというご意見と考えて良いでしょうか?実際、生活保護問題を考えている弁護士などはこの第77条の適用事例が少ない事を問題視している面はあります。

罵愚さんはご存じ補で当然なのですが、お読みの方に説明しますと、
(費用の徴収)
第77条 被保護者に対して民法の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは、その義務の範囲内において、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者から徴収することができる。
2 前項の場合において、扶養義務者の負担すべき額について、保護の実施機関と扶養義務者の間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、保護の実施機関の申立により家庭裁判所が、これを定める。
3 前項の処分は、家事審判法の適用については、同法第9条第1項乙類に掲げる事項とみなす。

となっています。つまり、前夫に生活能力があり、母子家庭の子供の養育に養育費が支払える場合に、地方自治体が支払った生活保護費のうち養育費にあたる部分を家裁の審判を経て、前夫から徴収する事ができる訳です。

ただ、実際のところ適用が少ないというか家裁へ持っていく事例が少ない訳です。要因は幾つか解析されて居るんですが、行政システムの中に司法系の事務処理が行える人材がうまく揃っていないということとか、行政が私人に対して司法手続きをなす事を基本的に国民が嫌う傾向があるなどが言われています。罵愚さんはどのようにお考えですか?

投稿: 技術開発者 | 2009.06.24 10:18

 法律や福祉の窓口に問題ありを話題にしているのではない。不況対策に福祉予算なんてのもナンセンスだと思う。あるいは、すでに福祉問題が別ページに移ったいま、福祉が主題でもない。それについては、そちらで話したいと思う。
 わたしが指摘しているのは、福祉にたよるまえに、両親が育児の責任を果たしていない現実があり、それを看過して、福祉の不備を糾弾する議論はまちがっていないでしょうか?という疑問です。

投稿: 罵愚 | 2009.06.24 18:23

こんにちは、罵愚さん。

>わたしが指摘しているのは、福祉にたよるまえに、両親が育児の責任を果たしていない現実があり、それを看過して、福祉の不備を糾弾する議論はまちがっていないでしょうか?という疑問です。

う~ん。なんていうか「福祉にたよるまえに、両親が育児の責任を果たしていない現実があり」という現実の根拠はどこにあるのでしょう。離婚率とかあるいは一人親世帯数の増加と、例えば生活保護世帯の中に占める母子家庭の比率に特段の相関が見られないですが。

生活保護世帯数は景気に相関されます。就業力の弱い人でも好景気の時は仕事がありますが不景気になると失業して生活保護を受けるようになるからです。そのため、要素の相関を見るときには、絶対数ではなく生活保護世帯数の中の母子家庭などの比率を離婚率などと比較する事になります。離婚率については昭和39年の千人に0.8人から、平成8年の千人に1.66人と倍増しています。ところが、生活保護世帯総数に占める母子家庭の比率は昭和40年の統計では13.7%で、平成8年で8.4%となっています。この比率は昭和の間は13%前後で推移し、平成にはいって一桁台に落ち、平成8年くらいからずっと8%台です。

投稿: 技術開発者 | 2009.06.25 08:56

私もニュースを見て、罵愚さんと同じ疑問を感じましたね。個人的な話ですが私の子供は妻の連れ子です。一緒になってからは受け取らせてませんが、それまでは月5万の養育費を受け取っていたそうです。貰う側としては全然足りないし、払う側にしたら結構キツいかなとも思います。最低限生活する上で、母子家庭に対し国が援助することは必要だと思います。でも払えるのに払わない父親が多数いることも現実です。離婚に関して養育費を曖昧ではなく、給料の差し押さえもしっかり遂行できるシステムの構築など、片一方で議論があってもいいのではないかと感じます。

投稿: さんさん | 2009.06.25 23:47

技術開発者さん、ふたつの指摘をさせていただきます。まずはじめは、22日の投稿で、あなたは「ケインズ経済学的にも社会保障支出は有効需要を作り出す上で公共投資と同じだけの、あるいは今の現状ではそれ以上の効果をもたらすんですね」と書いています。ところが、今回の投稿を読むと、生活保護世帯総数に占める母子家庭の比率はわずかに8%だと書いている。保護世帯そのものが、全世帯数に占める割合は微弱なものだから、生活保護をうける母子家庭に2万円や3万円の加算が、ケインズ経済学的にどういう影響をあたえるものか。まったく相反する説明をしています。ふたつの投稿の整合性をご説明いただきたいものだと思う。いまさらいうまでもないが、この記事のタイトルは「母子加算全廃問題について」です。
 つぎにわたしが言いたいのは保護をうける母子家庭には、福祉にたよる以前の責任がある父親が生存しています、の指摘です。扶養の義務を放棄している父親に無関心で、福祉の不備に話題をねじ曲げる論法はまちがっていると思う。離婚の増加にかかわらず、保護世帯に占める母子家庭の比率が半減しているなんてのは、いーわけにはならない。というのは、母子世帯になった理由の大半は離婚離婚とシングルマザーで、死別は想像以上に少数なんです。
 くりかえしておきますが、この話題の焦点は父親の育児放棄です。父親の無責任が話題なのにもかかわらず、それを福祉やケインズ経済学の話題にねじ曲げてしまう、あなたたちの議論は、どこかおかしいと思う。

投稿: 罵愚 | 2009.06.26 05:52

こんにちは、罵愚さん。

比率論と総数論をごっちゃに議論することは、論理的ではありません。まず、生活保護世帯の総数は、2009年で約120万世帯あります。扶助形態は様々ですが、その費用の総額は2兆円規模です。120万世帯の8.4%は8万世帯とんなります。「2万円や3万円の加算が」と言われますが、3万円として24億円規模の経費となります。そして、その経費は貯蓄されることは考えにくく、全てなんらかの商品やサービスの購入に使われることが予想される訳です。つまり24億円がそのまま「有効需要」に寄与します。

対比するために「国立メディア芸術総合センター」の整備計画と比較してみます。約120億円と5倍の規模の支出になります。
この計画では取得する予定の土地は2500平米です。お台場の土地価格は安くなっているとはいうものの平米100万円以上しますから、このうち土地の購入に当てられる費用は30億円はくだらないと思います。土地の取得費用が巡り巡って「商品やサービスの購入」にあてられる部分も考えると複雑になりますし、それを考えると生活保護者が八百屋から野菜を買い、八百屋が魚屋から魚を買うという第2ステージを考えなくてはならなくなりますので、とりあえず最初の有効需要のみ考えることにします。
建築物は、1万平米ということになっています。建築費は設備をどの程度にするかによりますが、平米50万円とすると50億円が建築費になります。建築というのは労働集約産業ですから、このうち、建築労働者への報酬となる部分は30億円はあると考えてみます。そしてその収入を得た建築労働者が「商品やサービスの購入にあてる費用」が第1ステージの「有効需要」となる訳です。この不況下で労働者のサイフの紐も固くなっていますから、半分が貯蓄に回ると考えて50%が直近の消費に回るとすると15億円の有効需要です。残りの約40億円が収蔵展示品の購入など様々な諸経費に回る訳です。これは複雑でして、どの程度有効需要に回るかが読めないのですが、ここでは思いきって半分が有効需要に回るとしますと20億円ということにしましょう。そうすると、政府が景気対策として120億円を投資し、直近の有効需要に回るのは35億円ということになるわけです。

不況下における財政出動で重視すべきは、将来における需要喚起ではなく、直近の需要喚起であることを考えるなら、24億円の有効需要となる24億円の支出を削減して、35億円の有効需要となる120億円の支出に回すことの愚かしさは分かっていただけるのではないかと思います。

私は「保護世帯そのものが、全世帯数に占める割合は微弱なものだから」と書いた記憶はありませんし、上を読み返してもそのように書いては居ません。人の発言をねじ曲げて批判するのは、小さな「お子様」ならあることですが、いい歳をした大人が行うことではありません。私が全生活保護世帯の中の母子家庭比率が減少傾向で増加していないという事実を指摘したのは、「福祉にたよるまえに、両親が育児の責任を果たしていない現実があり」とお書きになった罵愚さんの発言の根拠をきちんと知りたかったからです。ご自身でお書きになっている様に

>いまさらいうまでもないが、この記事のタイトルは「母子加算全廃問題について」です。

でして、罵愚さんがこの記事に「福祉に原因がある」かのようにお書きに成った以上、その論理的前提に「福祉があるから、母子家庭の増加があり、育児責任の放棄がある」ことを示す根拠をお持ちである必要があります。それが事実であるなら、いわゆる景気不景気による生活保護世帯の増減とは切り離した形で、離婚率、あるいは一人親世帯数との相関が見えると考えたからです。そのような現実があると推定された根拠が、私には見えないのでお教えください。

>この話題の焦点は父親の育児放棄です。

根拠があり、「母子家庭の福祉問題」と「父親の育児放棄」の相関か示されて、はじめて、いまさらいうまでもない、この記事のタイトルは「母子加算全廃問題について」における議論となるのでは有りませんか?

投稿: 技術開発者 | 2009.06.26 09:08

こんにちは、さんさんさん。

>私もニュースを見て、罵愚さんと同じ疑問を感じましたね。

罵愚さんがおっしゃっているのは「疑問の形をとったプロパガンダ」の様に感じで居ますし、さらに言うなら「デマゴーグを含んだプロパガンダ」の可能性があると思っています。デマゴーグは、多くの人が自然に感じる疑問に対して「現実と異なる回答を与える事で、意識を「自分に都合の良いように誘導する」という非紳士的な行為です。上でも述べていますように、私が比率の推移について説明しているのに対して、私が主張してもいない「比率が少ない」という説明が「さもあるかのように」誘導すると言った非紳士的な行為をされていますからね。

まず、さんさんさんさんが感じられている様に、離婚率の上昇にともなって母子世帯そのものは増加しています。そして、養育費を受け取っている世帯は三割強であって、七割弱の世帯が養育費をうけとっていないという現実があります。ただ、そういう養育費を受け取っていない母子世帯が多いから、生活保護を受ける母子世帯が多いかというと、そういうデータにはなっていない訳です。この部分でデマゴーグ性が現れています。デマゴーグというのは、最初から最後まで嘘という事はほとんどなく、幾つかの真実を述べて、相手を信用させ、その上で嘘をついて人を誘導するものなので、気を付けてください。

統計によると母子世帯の87%の親が働いています。そして生活保護を受けているのは、母子世帯の8%程度です。このギャップ分はよく分からないのですが、財産分与や他の親族の扶助などによるのかも知れません。

昭和の終わりから平成にかけて、生活保護世帯中の母子家庭の比率が下がっているという事を上で述べていますが、これは、女性の働く場が増えたことなどを反映している可能性があります。

>離婚に関して養育費を曖昧ではなく、給料の差し押さえもしっかり遂行できるシステムの構築など、片一方で議論があってもいいのではないかと感じます。

このエントリを全部読んでいただくと分かるのですが、もともと母子加算という生活保護の話でして、それと切り離した議論でなら、この養育費の問題はいろいろと情報を提供出来ます。養育費の取り決めそのものをしない離婚に関して言うと、家裁を経た調停離婚(養育費の取り決めをしない率が25%)と単なる当事者の話し合いで行われた協議離婚(養育費の取り決めをしない率が73%)とで大きな差が見られます。裁判所の調停において養育費の取り決めを調停内容に記載しておくと、「不履行債務」という扱いにできる場合が多く、おっしゃる様な強制執行も可能性があります(相手に支払い能力があればですが)。民法的には協議離婚でもきちんと話合われて離婚条件を定めておられると可能ですが、なかなかきちんとした取り決めとされていないのが問題ですね。今、弁護士会とか司法書士会も「離婚に関する相談」を積極的に受けようとしている状態です。

なんて言いますか、法律で選挙権があっても棄権することができるのと一緒で、離婚時にきちんとした手続きをとっていただけると養育費などもかなり厳しく払わせる事ができる訳ですが、きちんとした手続きをしないということもできるわけです。そういう意味では「法律の利用」という話なのですが、罵愚さんの様に「父親の育児放棄」と決めつけ、それを防ぐ法がないかの様なデマゴーグを振りまかれる人が世の中には居ますのでお気を付けください。

投稿: 技術開発者 | 2009.06.26 14:25

いつもながらの詳しい解説ですね。感心します。77条知りませんでした。

個人的には
世の中一部問題の企業がいて決められたことしてくれないです。公的機関の決定も無視するし・・・。

ていうことは中には(一部には)合意された費用払わずに逃げ回る人いるかも?????

投稿: あゆ | 2009.06.26 16:38

技術開発者さん。
あゆさん。
さんさんサン。
そして罵愚さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
ちょっと出かけていてお返事おそくなりました。

ご意見拝見しながら、
とても勉強になります。
私自身は、開発者さんから頂いた意見で学ぶこと大。目から鱗です。
開発者さんのように法律の現場の明るく、なおかつ深い洞察をもってして説明していただくと、問題の本質がさらに明らかになってくるようです。
今、すごく忙しいのですが、
私なりに調べてまたキッチリと記事にします。
(多分、7月の半ばごろです、、、私用でバタバタしてるので、調べるのに時間がかかります)
その折はまたご意見いただけたらうれしく思います。
なお、
一週間ほどネット環境から離れることがありますので、いただいたコメントの反映が遅くなるかもしれませんが、
どうぞ、この後もこのエントリ宛に、
ご意見や感想などお寄せいただけたらと思います。
と、言うことでよろしくお願いいたします。

投稿: せとともこ | 2009.06.26 18:07

 野生動物を餌づけして、自然保護と誤解するように、弱者救済を問題解決と誤解した意見が多すぎる。とりわけ、救済対象は人間だから、プライドを奪った福祉なんて意味はない。
 母子加算どころか、生活保護以下の収入のなかで、福祉に頼らずにがんばっている親子を支えている自立心を、どうやって援助しようかの発想の転換が必要だ。育児放棄の父親や、自堕落のすえの母親は、福祉の対象からはずすべきだと思う。子どもに罪はなくても、両親には責任をとらせるべきだ。

投稿: 罵愚 | 2009.06.29 15:54

 母親のふしだらと父親の育児放棄の結末を「社会福祉」なんて呼ぶのは論点のすりかえだというのが、わたしの主張ですが、同時にもうひとつ「2010年度予算の概算要求基準」のコメント欄を読むと、瀬戸先生もなにか誤解をしておられるようなので、補足させていただきますと、経済政策の一環としての福祉なんていいだした技術開発者さんのご意見です。
 話題の母子加算は、復活しようとしまいと、その総額は200億円程度の小額です。数値と比率をとりちがえるなのご注意を心しながら書きますが、‘09年度の一般会計の総額88兆5480億円との比率は1/4,427.4、パーセンテージであらわせば0.026%です。さらに悲惨なのは経済のスケールそのものの数値として2007年の実質GDP561兆3,562億円と比較すれば、1/28068、パーセンテージでは0.0034%です。この電子顕微鏡的な微細な予算がつくかつかないのかで、日本の経済が変化するなんて議論には、とても返答する必要はないと判断して、放置したのがわたしの間違いのようでした。
 まぁ、笑い話にしてください。

投稿: 罵愚 | 2009.07.08 08:58

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 生活保護の母子加算の廃止が論議のまとになっている。金額自体がちいさいので、たいした問題ではないのだが、困窮する片親家庭をルポして、貧困の責任と救済を福祉政策に求める、その議論のしかたが危険だとおもう。  もっとも基本的なところに、伴侶を求め、家庭をきずき、子供を育てるのは両親の協力だという、ごくあたりまえの認識が欠落している。育児を援助しない福祉を非難するが、もともと、育児は両親の責任であって、社会の責任ではない。貧困の実態はルポしているが、その家庭が崩壊した理由については無関心だ。 ...... [続きを読む]

受信: 2009.06.18 16:31

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