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2009.06.03

標榜するもの その2

18世紀市民革命。
近代社会主義・共産主義の歴史的な登場。
市民革命の理念である「自由、平等、友愛」と容易にむすびつく。
が、
資本主義の現実によって次第に隅においやられる。
「プロレタリアート」という観念の登場により、階級利益への抗議へと形を変える。
市民革命の理念である「自由、平等、友愛」の獲得と、政治的権利としての「普通選挙権、言論周回、結社の自由」を要求する形をとる。
この初期段階の特徴として、
自由や平等理念の市民階級的追求は自由主義に、
労働者階級的追求は社会主義として展開していくという分裂、対立の時代でした。

次に資本主義の独占段階である1880〜90年代。
大工場労働者による労働組合運動と社会主義政党による政治進出。
この時代は社会主義革命を現実のものとするために労働組合運動と労働者政党との間の「ズレ」が表れた時代でした。
ドイツ社会民主党、ロシア革命、1930年代のソビエト型社会体制、それに対抗する「反ファシズム人民戦線」などの萌芽があるつつも自由・民主主義への願いは、冷戦構造に吸収されていきました。

そして、
「プラハの春」「パリの5月」、その後のソ連の崩壊へと続き、高度経済成長と科学技術革命と時代は移ります。
グラースノチスや民主主義的政治体制への移行、市場経済への移行という側面からソ連、中東欧の試練が始まります。
生産物の市場化から始まり、「市場経済化と社会主義」と言う当然予想される分裂に直面。
ハンガリーやユーゴスラビアなどの経験から「第三の道」を模索しようという動きが出てきます。
つまり「自由・民主主義のもとでの社会主義」と言うのでしょうか。
一方、資本主義経済下では、
新しくケインズ主義、新自由主義、グローバリゼーション、市場競争などなどが表れると同時に、議会制民主主義や多数派による平和的合法的な枠組みが構築されてきました。
この中で新しいアプローチが出てきました。
つまり「労働権」とともに「生存権」や「社会権」です。社会経済格差の克服が「所得平等」と「資産・所有の平等」へと結びつき、主体としての個人が市場関連、経済の中で、生活していくことの権利が主張されてきたのです。

90年代はじめ、ローマ-の「市場社会主義論の第5段階」と言う枠組み説によれば、
「旧社会主義から市場社会主義」と「資本主義から市場社会主義」か重ねて論じられるようになりました。
つまり私有の意識が「国家」「個人」という捉え方ではなく多様な形での実現を目指すというものです。
この考えの延長は、
例えば福祉や教育、医療などは国家全体の財産であるべきことと同様に、個人の財産は保障するという考えでしょうか。
と、言うことで、ツラツラと歴史を追いながら、
今や世界の動きは、「全人類的課題」として平和と安全、環境へと移り、
その中で私たちの生存に関しての新しい基準や制度が求められ、充実されることが大切なのでは、と考えます。

なおタイトルの「標榜するもの、その2」とありますが、
その1は2005年4月に民族と憲法について書いた記事です。
内容は今回とは違うのですが、求めること、目指すことと言う意味で、今回の記事も「標榜するもの」にしたのです。
そこで「その2」にしました、、、

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コメント

人の振り見て我がふり直せ http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2008-04-05でプラハの春とりあげています。


 アメリカに社会党があったんですが、(その頃はあまりにもひどかったらしい)共和・民主党が少し労働者に目を向ける政策いれたら社会党は消えていったそうです。

 改憲なら生存権・社会権確立だと思います。某政党案はま逆で、これらを制限しかねないのをちりばめられていました。申し訳で糸津だけ基本的人権の尊重と・・・。(しかも正しつき)

恐怖です。

投稿: あゆ | 2009.06.04 10:05

あゆさん。
いつもながら鋭く的確な声をお聞かせいただき、ありがとうございます。

「改憲なら生存権・社会権確立だと思います。某政党案はま逆で、これらを制限しかねないのをちりばめられていました。申し訳で糸津だけ基本的人権の尊重」

全です。
同感。

またあなたの記事、紹介させてくださいね(*^-^)


ではまたね!!!

投稿: せとともこ | 2009.06.05 12:10

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