いつものように、いろんなサイトをROMしていたら東海林さだおがいいなぁのブログ主のちょちょんまげさんが興味深いエントリーを挙げていらっしゃいました。
その名は「掛け算の順序の話」というもの。
リンク先の積分定数さんも、「かけ算の順序」について丁寧に分析なさっています。
ちょちょんまげさんや、積分定数さんのエントリー、またコメント欄を読んで、私も刺激され、ちょっとエントリーを挙げてみようか、、、と今、試みています。
ちょちょんまげさんや、積分定数さんを始めとして多くの方々のご意見は、
かけ算を行う場合「学校教育の現場で、掛ける数も掛けられる数も順番が入れ替わっても間違いとするのはおかしいのでは」というものです。
ちょちょんまげさんは、エントリーでご自分のお子さんの体験からアメリカのかけ算の考え方も紹介くださっています。
(この箇所だけでは、アメリカのかけ算の考え方は分からないのですが、あたかも、かけ算をたし算の延長のように教えているとしたら、それは問題では、、、と思いました。この教え方だと4×1、4×0、また分数や小数で子どもたちは戸惑ってしまいます)
さて、
私も基本的には、順番が変わっても「本質」は変わらない、と思います。
思うのですが、
では、現場の教師は「なぜ、順番が入れ替わると間違い」とするのか、、、
を、最終結論に見据えて、考察の手順として以下のように行います。
まず四則演算の意味について、
次に子どもたちの発達段階について考察を加えながら、先の結論へと書いていきます。
=====「四則演算の意味」====
たし算の意味は小学校では「合併、添加、増加」の3つです。
1番目の典型として「電車5台と電車3台をつなぐとみんなで何台」というような問題が合併です。
これは5+3でも3+5でもOKで交換法則が成り立ち、子どもたちの理解も速やかです。
次に添加。
「えきに電車が5台あります。あとで3台きました。えきには何台電車がありますか。」
などの問題です。
これは、5+3ですが、3+5、とはなりません。
この考えは理科の実験で試薬を作るときも同様です。
試薬を添加する順番があるからです。
添加を教えるときは「順番」は大切なのです。
どちらでもいい、という教え方をすると子どもは混乱するのです。
最後の増加は、「体重が去年から3キログラム増えた」などなどを扱うときの演算です。
引き算はたし算の逆思考で、
合併には求補。
添加には求残。
増加には求差と対応しますが、今回は長くなるので、引き算については、省略します。
かけ算の意味は3つあります。
1つは今では一般的になった「1あたりの数×いくつ分=全体の数」です。
2つ目は「基になる数×倍=比べる量」、つまり割合です。
3つ目は「長さ×長さ=面積。面積×長さ=体積」など新しい乗法単位を作るための演算です。
例は省略します。
割り算の意味は、「等分除、包含除、倍」の3つでかけ算の逆思考です。
まず典型的な割り算は等分除。
「みかんが12個あります。4人に同じ数ずつわけると、1人分は何個になるでしょう」というもので、かけ算でいうならば「1あたりの数を求めるものです」
包含除は「みかんが12個あります。1人に4個ずつ配ると、何人に分けられるか」というもので、かけ算のいくつ分を求める演算です。
倍は「比較量÷基本量=倍」というもので2量の関係を求める演算です。
以上が四則演算の意味です。
さて、
本来のテーマに戻るならば「a×bとしてもb×aにしても間違いではないのでは」と言うテーマについて考えるとき、
私は、これは「子どもの発達段階と不可分」では、と考えます。
つまり、
当該の問題で、教師が間違いとするのは「掛ける数と掛けられる数」の順番違いではなくて
「1あたりの数といくつ分」の違いを理解しているかどうかを指導しているのでは、と思うのです。
最初に公式として「1あたりの数×いくつ分=全体の数」と教えた以上は、
子どもたちに「1あたりの数」「いくつ分」と言う概念を混同することなく定着させるために、入れ替えた場合は間違いであると指導することで正しい理解をさせようとします。
「1あたりの数」という概念をしっかりと子どもたちに定着させないで、
次に進むと子どもたちは、割り算や内包量(速度とか濃度などなど)になるとグチャグチャになります。
教師はただ順番に拘っているのではなく、小学校で理解する算数全体を見通して、
かけ算の始めには、「1あたりのかず」、「いくつ分」を理解させようとします。
また、
面積の公式は「縦×横」、と教えますが、これは板書で書くとき縦の線を先に書くことが多いので、まず縦、次に横の線を書くので「×横」としますが、
横の線から先に書けば横×縦でも交換は可能です。
ただ、この順番にも拘る教師がいるとしたら、
その教師は子どもに「立体の名称」を定着させるために、拘っているのかもしれません。
いずれにしても、
中学では可能なことが小学校では制限される大きな理由の1つは、
「子どもの発達段階が具象から抽象へ、異質なものから上位の等質を導く力が未熟」であるとの分析からだと思います(もちろん、小学校でもこの段階を難なくクリアする子もいるし、中学、高校でも呻吟する子はいるので個人差があるのですが、一般的に、という意味です)
と言うことで、
当該の問題は現場の教師は、
「順番」に拘っていたのではなく、「1あたりの数、いくつ分という概念の定着」に拘っているものと考えます。
(教え方は教師によりさまざまですが、、、)
それにしても算数は難しい、、、
どこまで具体的に教えればいいのか???
教えるほうも、子どもたちの思いも寄らない新鮮(?)な反応に戸惑うことしばしです、、、
が、
いずれにしても、
教師自らが改めて「意味」を理解し、教えることの意義を考え直すことは大切だとしみじみと思いました。
ちょちょんまげさん、積分定数さん、ありがとうございました。
コメントで、お送りしようと思ったのですが、長くなりましたので、エントリーを挙げました。
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