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2009.08.15

十和田湖

十和田湖と言えば乙女の像
IMGP1095

制作者は高村光太郎。
乙女の像制作にあたる光太郎の様子をつぶさに描いているサイトをみると、
如何に光太郎がこの作品に魂をこめていたかが伺われます。
IMGP1099
上の写真は像の前に彫り込まれた光太郎の詩、「十和田湖畔の裸像に与ふ」です。

銅とスズとの合金が立ってゐる
どんな造型が行はれようと
無機質の図型にちがひがない。
はらわたや粘液や脂や汗や生きものの
きたならしさはここにない。
すさまじい十和田の湖の円錐空間にはまりこんで
天然四元の平手打をまともにうける
銅とスズの合金で出来た
女の裸像が二人
影と形のやうに立ってゐる

いさぎよい非情の金属が青くさびて
地上に割れてくづれるまで
この原始林の圧力に堪えて
立つなら幾千年でも黙って立ってろ。

最後は有名な下りです。
「この原始林の圧力に堪えて
立つなら幾千年でも黙って立ってろ。」と。
IMGP1096

二人の女性の手が、
お互いの存在を強く語り、そして未来へ続く決意が力をもって語られ、
見ている私には黙ってどころか、誇り高く語う声が届きます。
IMGP1098

高村光太郎。
高村光太郎と智恵子と言う記事を以前書きました。
光太郎のその凄まじき人生と智恵子との壮絶な愛とを取り上げました。
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あの頃

人を信ずることは人を救ふ。
かなり不良性のあつたわたくしを
智恵子は頭から信じてかかつた。
いきなり内懐(うちふところ)に飛びこまれて
わたくしは自分の不良性を失つた。
わたくし自身も知らない何ものかが
こんな自分の中にあることを知らされて
わたくしはたじろいだ。
少しめんくらつて立ちなほり、
智恵子のまじめな純粋な
息をもつかない肉薄に
或日はつと気がついた。
わたくしの眼から珍しい涙がながれ、
わたくしはあらためて智恵子に向つた。
智恵子はにこやかにわたくしを迎へ、
その清浄な甘い香りでわたくしを包んだ。
わたくしはその甘美に酔つて一切を忘れた。
わたくしの猛獣性をさへ物ともしない
この天の族なる一女性の不可思議力に
無頼のわたくしは初めて自己の位置を知つた。
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そんな光太郎が智恵子に似せて作ったと言われる乙女の像。
いかでしょうか???

さて、十和田と言えば私の中ではもう一つ赤神と黒神の民話があります。
この話は以前エントリーでも書いたのですが、こうして十和田を目の前にして、さらに思いは羽ばたきます。
以前のエントリーをちょっとだけ書いておきます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私は、この話が大好きです。
戦いに勝ちはしたものの、愛する女神を失った黒神の思いを考えると、涙が出ます。
人はとかく弱い者に同情する。
しかし、強い者が繊細で、傷つきやすいということには思いが至らない。
また、十和田の女神も二つの一つを選ぶことがどんなに苦しいことだったか、、、
そして、負けた赤神もやはり悲しい。
切なくて哀愁があって、やさしいこの民話、何度よんでも胸が熱くなります。
こんな素敵な物語を作った昔の人のロマンに思いはいきます。
今より、生活のスタイルは厳しかったに違いない。
しかし、透明なまでの感性を持って自然に接し、自然とともにあったのでしょう。
私たちが忘れようとしているなにか、、、
それは何なのか?
答えはわからないが、、、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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