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2009.08.19

イラクの女性は今?

イラクの女性は今、如何にあるか???
いつもコメントを下さる罵愚さんから「女性の権利について、フセイン時代と今ではどうなったか?」と言う随分前に頂いた質問を改めて頂き、ちょっと調べてみました。
サダム・フセイン、イラクの独裁者です。
国際社会からも批判され、国連からも度重なる注意を受け、と、問題児であったことは言うまでもありません。
ありませんが、
が、
アメリカがイラクに攻撃した「事実」は間違っていたと私は思います。
あの当時、随分記事にしたのですが、
もしお時間がありましたらカテゴリーの「イラク問題」を御覧頂けたらと思います。
さて、話を戻すならば、そんな独裁のフセインですが、女性問題に関しては通暁していたようです。
「女性解放運動も積極的に行なわれ性別による賃金差別や雇用差別を法律で禁止し、家族法改正で一夫多妻制度を規制、女性の婚約の自由と離婚の権利も認められた。女性の社会進出も推奨し、当時湾岸アラブ諸国では女性が働くことも禁じていた中で、イラクでは女性の公務員が増え、イラク軍に入隊することも出来た。男尊女卑の強い中東において「名誉の殺人」が数多く行われていた中、この「名誉の殺人」を非難した人物であることは、あまり知られていない。(この点だけはイスラーム世界の女性解放運動家に支持されている。ソマリア出身のオランダ下院議員であるアヤーン・ヒルシ・アリもサッダームのこの一連の女性政策を支持している)。もっとも、91年の湾岸戦争以後は、イスラーム回帰路線を推し進め、この「名誉殺人」も合法化している。」とwikipediaにはあります。
さて、今、イラクはどうか。
宗派ギャングによる女性殺害を止めさせよう!と言うことで、イラクでは今も女性が、あるいは多くの民間人が犠牲になっている現状を伝えるために、昨年IFCのフリヤル・アクバルさんが広島を訪れ講演しました。
その中で、
「宗派主義ギャングに反対して立ち上がり女性の殺害を終わらせよう」と強く主張。
現実として「バグダッドのIFC本部で、特にバスラし(バグダッド南方500km)における武装ギャングどもによる女性の暗殺が最近増加しているとのこと。
そして、
フリヤル・アクバルIFC女性局長は、「私たちは女性殺害を終わらせなければなりません。女性は今日、宗教主義、宗派主義のギャングどもに対してあらゆる手段を使って自らを防衛するどんな権利も持っています。」と述べたと記事には書いてあります。
これに先立ち、イラクでは 「イラク自由会議」が行われたのですが、それについては、イラク占領により広がる女性受難─宗派浄化と並行する性浄化と言うニュースが詳しく報じています(2008年3月16日の日刊ベリタ「イラク情勢」特集の一つです。)
記事によれば、
「今、占領下のイラクでサダム政権下では見られなかったスケールで女性の受難が続いています。」とのことで、さらに具体的な事実が書かれています。
最後は以下のように結んであります。
「「シーアでもない、スンニでもない、我々は人間だ」のキャンペーンはイラクと世界のすべての自由を愛する人々に、「女性の殺害にノー、性浄化を進めるギャングたちにノー、女性迫害者のいないイラクにイエス」の旗を掲げるよう訴える。」と。
 
さらに2009年、今年の3月には【IFC・イラクの女性と連帯 国際女性デーのつどい 占領終結へ3・21国際共同行動を】と言う行動が大坂や東京で行われました。


また、フセイン時代のイラク女性はどのようであったかを調べてみました。
ワシントン・ポストの2004年の記事に寄れば(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A21321-2004Jan15.html)
「イラクの女性はイスラム世界では最も近代的な法の保護を享受してきた。サダム・フセイン政権はそれらの権利に抵触することはなかった。」とのことです。
確かに宗教として一夫多妻制が強いられていたイラクですが、記事に寄れば、
暫定政府の政策はフセイン時代をさらに上回る抑圧を女性に強いたとしています。
【イラク女性自由協会 全交に参加 占領下の抑圧と闘う女性】2004年7月の記事。
「民主化」が招く女たちの闘いサブタイトルは「自由な民主国家の建設というアメリカの復興シナリオに逆行して女性の自由が奪われようとしている」というもの。
2005年3月の記事です。
この当時のイラクについて記事は語ります。
「サダム・フセイン時代のイラクは残虐な独裁体制だったが、女性の権利は比較的尊重されていた。バース党は男女同権を公言し、多くの社会問題でそれを実践した。
女性は自分から離婚できたし、財産を相続したり、離婚後も子供を手元に置くことができた。専門職に就く女性も一般的で、高い地位を得る者もいた。教育の機会も男性と均等で、街中ではスカーフをかぶる必要もなかった。
だがイスラム教シーア派の多い地域では、女性が社会的に高い地位を認められることはなかった。そのシーア派は、スンニ派のフセイン政権下でこそ冷遇されたものの、今や新政府の支配勢力だ。
状況はすでに、活動家らの予想を上回る勢いで悪化している。アメリカの人権擁護団体フリーダムハウスが5月に発表する報告書によると、学校や大学における女子学生の出席数が減っている。
「私たちはイラクで半世紀以上も現代的な生活を送ってきた」と、「イラク女性自由組織」のトップ、ヤナー・モハメドは言う。「(イラクは)欧米諸国の思い描く保守的イスラム社会とは違う。政治的なイスラム勢力の台頭に、私たち自身も驚いている」
嫌がらせを恐れて、多くの女性が外出そのものを控えている。ウィメン・フォー・ウィメン・インターナショナル(WFWI)の推定によると、事実上自宅に引きこもっているイラク人女性の数は、数百万人にのぼる。」と。

こうしてツラツラと見ていくと思い出すのはナショナリズムとジェンダーと言うタイトルの本を書いた上野千鶴子さん。
そのエントリーを挙げたとき冒頭で以下のように書きました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜国民国家を超える思想は論理必然的にこの結論へとわたしたちを導く。「女」という位置は、「女性国民」という背理を示すことで国民国家の亀裂をあらわにするが、そのためには「女=平和主義者」という本質主義的な前提を受け容れる必要はない。「国民国家」も「女」もともに脱自然化・脱本質化すること——それが、国民国家をジェンダー化した上で、それを脱構築するジェンダー史の到達点なのである。〜〜

上野千鶴子さんは「ナショナリズムとジェンダー」の最後をこの様にして締めくくります。
彼女の一貫した主張は、今までの歴史の数々が語る正史とは、
それが民族の解放であれ、階級闘争であれ、いずれも女性解放が高らかに謳われ、勝ち取られたことはかってない。というものです。
ちょっと長いですが、さらに引用。
 「フェミニズムは国家を超えたことがないという歴史にもとづいて、フェミニズムは国家を超えられない、と宣告すれば、わたしたちはふたたびさまざまな国籍のもとに分断されることになる。もはや「シスターフッド・イズ・グローバル」という楽天的な普遍主義に立つことは誰にも不可能だが、ジェンダーという変数を歴史に持ち込んだのは、そのもとで階級、人種、民族、国籍の差異を隠蔽するためではなく、さらなる差異——しかもあまりに自然化されていたために認識されていなかった差異、いわば最終的かつ決定的な差異——をつけ加えるためではなかったか。
 ポストモダンのフェミニズムのもとでは、ジェンダーのほかに 人種や階級という変数が加わった、と言われるが、むしろ人種や 階級という変数がジェンダーという変数を隠蔽してきたことを、 フェミニズムは告発したはずだった。人種や階級という変数は、 新たに発見されたのではなく、ジェンダー変数を契機として、よ り複合的なカテゴリーとして「再発見」されたのである。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そして最後に「本当の意味での女性解放について考がえていかなければならない提案の書です。
複雑で多種多様な価値の中で、一般化するにはいささか問題が大きく、ともすれば本質が見えにくくなるjフェミニズム問題。まだまだ課題は山積です。」と結んだのですが、
今、改めて「戦争と女性」を調べる中で、その解決の一筋縄でいかないことを思うものです、、、、、
この問題、今後も注目していきたいと思います。


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コメント

そういえばこの前関連のをいくつかの日記で少しふれてます。

非寛容な道徳右翼・原理主義はこわいです。

投稿: あゆ | 2009.08.22 20:10

あゆさん。
こんにちは。

本当に。
ファシズムはそよ風のように、やってくる怖さがありますね、、、

心しなければ。

投稿: せとともこ | 2009.08.23 17:09

 ちょっと長めの夏休みで、レスが遅れました。本記事のご趣旨は「西欧の人権の理念に共感していたサダム・フセインは女性問題にも深い理解を示し、イラク女性の社会的地位は格段と向上していたのだが、野蛮なアメリカの占領政策の結果、いまや中世のレベルにまで後退してしまった」ということですね(笑)。
 はじめに言っておきますが、わたしは『女性の権利について、フセイン時代と今ではどうなったか?』と言ったのではありません。本記事でもあなたは『あの当時、随分記事にしたのですが』『アメリカがイラクに攻撃した「事実」は間違っていたと私は思います』と書いているように、アメリカによる侵略戦争と断じていたあなたの主張に対して、イスラム法を根拠に女性の就業を禁じた結果、路上で物乞いをする寡婦の氾濫を人道問題として指摘ししました。今回もくりかえしている、あなたの『そんな独裁のフセインですが、女性問題に関しては通暁していたようです』の認識に疑問を呈したものでした。
 もうちょっと話題を深めると、当時まだ、大量破壊兵器の有無は確定していませんでしたが、大量破壊兵器があろうとなかろうと、フセインのクウェート侵攻は侵略戦争だったし、クルド人虐殺は人道犯罪だった。したがって、核の有無にかかわらず、アメリカの開戦は正当性があるというのが、わたしの主張で、その話題の“おまけ”としての寡婦迫害の話題だったと思う。ちがいますか?

投稿: 罵愚 | 2009.08.24 18:27

>罵愚さん

初めまして。

>フセインのクウェート侵攻は侵略戦争だったし、クルド人虐殺は人道犯罪だった。したがって、核の有無にかかわらず、アメリカの開戦は正当性があるというのが


 一般民衆の犠牲が不可避である軍事行動が仮に正当化されるとすれば、「軍事行動を起こさなかった場合における犠牲者の数が軍事行動による犠牲者よりも上回ることが予想される。」などが必要条件(十分条件とは限らない)であると考えます。
 そういう点では、湾岸戦争やユーゴ空爆に関しては、「この必要条件を満たす」という考えはまだ理解可能ではあります。それでも私はこの2つの戦争は誤りだったと認識していますが、その理由などを今ここで述べると話が長くなるので、今は割愛します。

 2003年のイラク戦争に関してですが、

 クウェート侵攻は90年で、翌年の湾岸戦争でクェートの主権は回復しています。クルド人虐殺は、イラン・イラク戦争中に行われたようです。当時は米国はイラクを支援していました。しかし、2003年の時点では、米軍の設定した南北飛行禁止区域などによってイラク軍の活動は制限され、北部のクルド地域は自治区となっていました。クルド人勢力同士の武力衝突やアルカイダ系組織の介入などはあったようですが、フセイン政権が直接介入することは出来ない状況でした。クルド地区以外の、つまりフセイン政権が及ぶ地域での、クルド人やシーア派への差別や弾圧はあったようですが、「クルド人虐殺」という事例が2003年時点であったのでしょうか?私はそういう事実を把握していません。

 クウェート侵攻やクルド人虐殺は、2003年時点ではなかったわけで、米軍による軍事行動の正当化の根拠にはなり得ないと思います。

投稿: 積分定数 | 2009.08.25 07:08

難しい事は分かりませんが、戦争に正しい戦争は100パーセント無く、間違った戦争は100パーセント在ります。何故間違ったかを検証し戦争の無い世界を目指す事が人類の使命だと思いますが…

投稿: よ | 2009.08.25 09:46

積分定数さん、はじめまして、
 開戦理由の正当性についてはニュールンベルグ裁判や東京裁判の判決と、戦後の国連がしめした諸決議によるのが常識だと思う。『軍事行動を起こさなかった場合における犠牲者の数が軍事行動による犠牲者よりも上回ることが予想される』というあなたの基準で議論しようとは思わない。
 フセインのクルド人迫害は1986年からはじまっており、話題のアンファル作戦は88年2月にはじまっている。ブッシュははじめからこれを開戦理由のひとつに数えていた。

投稿: 罵愚 | 2009.08.25 10:41

>罵愚さん

つまり、2003年の段階では、「緊急に停止させなくてはならないフセイン政権によるクルド人虐殺はクェートでの残虐行為」の存在は確認されていない、

という認識でよろしいでしょうか?

 その上でお聞きしますが、なぜ開戦の必要性があったのでしょうか?

「国連決議違反」ということならイスラエルもそうですが。

投稿: 積分定数 | 2009.08.25 11:38

>クルド人虐殺はクェートでの残虐行為

「クルド人虐殺やクェートでの残虐行為」に訂正します。

投稿: 積分定数 | 2009.08.25 12:11

罵愚さん。
積分定数さん。
よさん。
こんにちは。

コメントお返事しようと思ったのですが長くなったので、新しくエントリーを挙げました。

みなさんのご意見は参考にさせていただいていますので、
またいろいろお考えや情報を教えていただきたく思います。

投稿: せとともこ | 2009.08.25 12:41

積分定数さん、
 シーア派迫害をはじめとする人道犯罪は継続していました。このスレッドのきっかけとなった寡婦迫害もその一例です。

投稿: 罵愚 | 2009.08.26 08:28

>このスレッドのきっかけとなった寡婦迫害もその一例です。

すみません。私はここに最近出入りするようになったのはごく最近で、「きっかけ」を見つけられませんでした。URLを教えていただけますか。

>シーア派迫害をはじめとする人道犯罪

具体的にどのような事例でしょうか?

フセイン政権下でスンニ派やフセインの出生地の出身者が優遇されていたというのは聞いたことがあります。

2000年にイラクに行く途中のヨルダンの新聞で、「治安上の理由で、シーア派住民がバグダットから強制排除されたと、イラク共産党が発表した」というのを読みました。

シーア派の活動家への弾圧はあったようです。

これらは事実なら非難されることではあると思います。

 最近イラクでは宗派対立を緩和するために、シーア派とスンニ派の男女が結婚した場合に、奨励金が支給されるらしい。イラク戦争以前は宗派対立は激しくなかったという。

 フセイン政権によるシーア派への弾圧といっても、かつてのナチスの「民族浄化」とは事情が違うように思う。そもそもシーア派は多数派。ポルポトとも違うように思える。

 爆撃で一般市民が殺害されることもまたとんでもない人権侵害です。それを正当化するような「人道犯罪」とは具体的にどのような物でしょうか?

投稿: 積分定数 | 2009.08.27 07:27

 つまり積分定数さんは、サダムフセインのシーア派女性迫害なんて聞いたこともないし、自分で調べてみる気も起きない。ドジャイルのシーア派住民虐殺事件は82年、クルド虐殺のアンファル作戦は88年の出来事で、それ以後のフセインはすっかり改悛して、清浄潔白な生活をしていたのに、アメリカ軍が侵略戦争を開始したというのですね(笑)。
 悪名たかいアブグレイブ刑務所は、イラクに侵攻したアメリカ軍だつくったものではありません。あなたがフセインは僧院生活をおくっていたと誤解する時期にも増改築を重ねている。もちろん、その必要が、あったからです。

 人道犯罪と一般の戦時国際法違反の混濁は、あなたたち戦後左翼の悪癖です。議論の基礎的な常識ぐらいはわきまえてください。

投稿: 罵愚 | 2009.08.29 11:55

 >罵愚さん

>それ以後のフセインはすっかり改悛して、清浄潔白な生活をしていたのに

 私がいつそのように言いましたか?

 「戦争という手段は、民衆への犠牲を必然的に伴うが、そこまでする必要性があるようなフセインによる人道犯罪とは具体的にどういうことか?」と質問しているだけです。

 以前、外務省にも「2003年時点で、イラク攻撃が不可避である切迫した事情があったのか?」と問い合わせた時に、「90年クウェート侵攻以後の国連決議違反の数々」以上の明確は回答はありませんでした。

 あなたも同様と言うことですね。

投稿: 積分定数 | 2009.08.30 05:11

こんにちは、積分定数さん。

>「戦争という手段は、民衆への犠牲を必然的に伴うが、そこまでする必要性があるようなフセインによる人道犯罪とは具体的にどういうことか?」と質問しているだけです。

具体的に一つ例を挙げるなら1991年の「イラク民衆蜂起」の弾圧などでしょうね。フセインが国内の強行勢力の「クエートは本来イラクり一部である」という主張に押されてクエート侵攻を行い、米国他の外部勢力に阻まれたのが1990年です(第1次ワンが癌戦争ね)。この対外侵攻の失敗を受けて国内の反フセイン勢力が蜂起したのがこの1991年の民衆蜂起でして、フセイン政権はミサイルまで使った弾圧を行い5万人以上を殺したと言われます。

まあ、これだけ取り上げてみれば非人道的弾圧をやっている独裁政治ではあるんだけどね。このとき蜂起したイラク民衆が期待したのはクエート侵攻を阻止した米国などの外部勢力が援助してくれることだったりするんですよね。ところが米国などは蜂起した勢力がイランの様な反米勢力と成ることを嫌がって見殺しにしたと言われていますね。国際政治というのは、AかBかみたいな2元論ではなくて、そこにCもあけばDもある世界ですからね。

なんていうかな、「非人道的政権を倒す」みたいな言い方一つでも、全て「道具」にすぎなくなってしまうのが国際政治ですから、真の意味での「人道性」みたいな視点で見たら、何一つ残らなく成りかねないのですよ。

投稿: 技術開発者 | 2009.08.31 08:49

 だってあなたはイラ・イラ戦争以後のイラクには、戦争原因となるような人道犯罪や侵略戦争はなかったといいながら、その事情はまったく知らなかった。あなたが知らなかったから、それはなかったという弁明をつづけている。
 知らなかったというよりは、知りたくないニュースには目と耳を閉じているにすぎないのではありませんか?

投稿: 罵愚 | 2009.08.31 09:59

>技術開発者さん
> 罵愚さん

>「戦争という手段は、民衆への犠牲を必然的に伴うが、そこまでする必要性があるようなフセインによる人道犯罪とは具体的にどういうことか?」と質問しているだけです。

 これは、03年のイラク戦争開戦時に、それを正当化しうる人道犯罪があったのか?という主旨です。
 「03年時点では、人道犯罪はなかった」と言っているのではありません。「戦争という手段を行使しなければならない人道犯罪」です。

投稿: 積分定数 | 2009.09.01 07:19

>技術開発者さん

それから、別件ですが、「かけ算の順序」に関して、8月8日・9日の私のコメントに対して、技術開発者さんからのコメントは特にないようですが、よろしければコメントお願いします。

投稿: 積分定数 | 2009.09.01 07:53

 開戦時の状況を…それも人道問題以外の諸問題には目もくれず、人道犯罪にしぼって…さらにつけ加えれば、なにが起きていたのかの情報収集には汗は流さず、反論者に情報提供を要求して、もっぱらあなたの脳細胞に浮かんだ妄想だけを根拠にしたフセイン擁護には、意味がないと思う。

投稿: 罵愚 | 2009.09.01 08:41

こんにちは、積分定数さん。

別なところで「正しい戦争というのは、もともと矛盾している」なんて事も書いていますが、戦争という「野生の解決」に関して「文明の解決」の際に成立する「正しい・正しくない」と言う論理を持ち込むこと自体が矛盾なのね。

なんていうかな、米国のイラクへの侵攻というのは別な側面もあるのね。米国は、レーガン以降新自由主義政策をとってきたんだけどね。経済学にもとづく政策というのは一国主義のスターリンと世界革命のトロツキーが対立した見たいに「世界中がこの経済学でやればうまく行く」みたいな面があってね。ある経済政策をやる国は「経済政策の輸出」というのをやらないと成らなくなる面があるのね。スターリンとトロツキーというのはマルクス経済学に基づく政策を世界的に輸出するかどうかの争いともいえるのね。でもって、米国は新自由主義を世界的に輸出する必要性があったわけです。でもって、イラクに限らずイスラム圏では新自由主義というのはとっても嫌われるのね、マネタリズムはコーランともろにぶつかるからね。そういう意味でイラク侵攻には、イラクに親米政権を確立させて、アラブに対する新自由主義輸出の足掛かりにしたいという米国の欲望は有ったわけです。「人道犯罪」とかってのは、米国民にブッシュ政権が言い訳するための言葉にすぎないという見方もできます。

投稿: 技術開発者 | 2009.09.01 09:58

>罵愚さん

>人道犯罪にしぼって…

>当時まだ、大量破壊兵器の有無は確定していませんでしたが、大量破壊兵器があろうとなかろうと、フセインのクウェート侵攻は侵略戦争だったし、クルド人虐殺は人道犯罪だった。したがって、核の有無にかかわらず、アメリカの開戦は正当性があるというのが、わたしの主張で、

このように罵愚さんが人道犯罪がイラク戦争正当性の重要な要因であるように言っているので、

具体的に「2003年開戦時点で、それを正当化するどのような人道犯罪があったのか、?」と質問しているのです。

投稿: 積分定数 | 2009.09.02 07:43

 そのご質問にはすでに答えた。そのうえで、諸問題をふくめた議論をつづけますか?それとも、これで議論は終わりとしますか?

投稿: 罵愚 | 2009.09.02 08:13

>技術開発者さん

技術開発者さんのコメントに関して、考えるところはあるのですが、明確にまとまってはいない状態です。今後の参考にさせていただきます。

投稿: 積分定数 | 2009.09.02 08:15

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