« 横須賀にはニミッツはいりません!!! | トップページ | 投票しよう 総選挙 »

2009.08.25

イラク問題について思うこと

イラクの女性は今?と言う先日のエントリーにコメントを頂いています。
あゆさん。
罵愚さん。
積分定数さん。
よさん。
ありがとうございます。
本来ならばコメント欄に書くべきですが、長くなるので此方に新しくエントリーを挙げます。

何故 私がイラク戦争は間違いだったのでは、と思うかと言う記事を書いたのは2005年3月31日。
イラク戦争が2003年3月開戦と言うことで、
二年目を迎えたときです。
イラク戦争開戦の公式理由を当時のブッシュ大統領は以下のように述べました。
===============
米英が主張した開戦事由は以下の通り。
イラクは大量破壊兵器の保有を過去公言し、かつ現在もその保有の可能性が世界の安保環境を脅かしている
独裁者サッダーム・フセインが国内でクルド人を弾圧するなど多くの圧政を行っている。
度重なる国連査察の妨害により、大量破壊兵器の廃棄確認が困難である
度重なる査察妨害によって、湾岸戦争の停戦決議である国連安保理決議687が破られている
国連安保理決議1154で「この決議に対するいかなる侵害も、イラクにとって最も重大な結果をもたらすであろう」という、湾岸戦争停戦協定(上記687)破棄条件の決議、つまり最終警告がされていた。
決議1441では『最後の機会』が与えられたにもかかわらず、イラク側は査察に積極的な協力をしていない。
フセインとアルカーイダが協力関係にある可能性がある。
===============
さて、2003年の当時、最大の公式理由とされた「大量破壊兵器」は見つからず、
時間と共に、アメリカによる捏造と明るみに出てきたのは周知の事実です。
そもそもこの理由は戦争勃発当時から破綻していました。
イラクは国連の査察を受け入れていないと思っている人が大勢いますが、実は2003年の1月9日にはブリクス国連監視検証査察委員会委員長が大量破壊兵器の決定的証拠は見つからずと証言しているのです。また2003年3月7日にはエルバラダイ国際原子力機関事務局長がイラクのウラン購入疑惑はありえないと報告。2003年3月 15日には仏独露はイラクへの武力行使には正当な理由がないという共同声明を行っていることはすでにニュースであの時流されていました。
その後、
元財務長官のポール・オニールが「政権開始当初からイラク戦争の計画はあった」と「暴露」。
開戦時のCIA長官だったジョージ・J・テネットは「ブッシュ政権内でイラク開戦前に同国の差し迫った脅威について真剣な協議は行われなかった」と自著で証言。
さらに、ジョセフ・ウィルソン元駐ガボン大使が2003年7月6日付けのニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した記事に端を発したプレイム事件によって、ブッシュ政権がイラクの脅威に関して意図的な情報操作(フレームアップ)をしていた疑惑が濃くなっていると証言などなど、、、と続出。
ダウニング街メモも衝撃でした。
そのメモは以下のように評価されました。
================
メモの核心となるのは、MI6(アメリカのCIAに相当する)のディアラブ長官による次の発言である。

──アメリカ政権の態度が明らかに変わってきた。武力行使はもはや当然だと見なされている。攻撃を正当化するために、テロリズムと大量破壊兵器を同時に[サダム政権と]結びつける。しかし、政策に合わせて情報を作り上げ、事実をねじまげているだけだ──

ブッシュ政権がイラク侵略を正当化するために、サダム政権とアルカイダの関係や大量破壊兵器の脅威を利用すること、そしてそれがすべてウソであることをイギリス政府は(そして、おそらく世界の数多くの政府も)知っていた。ストロー外相は、イラクを侵略する「理由が薄弱だ」として、次のように説明している。

──サダムは近隣諸国の脅威とはなっていないし、大量破壊兵器を開発するイラクの能力はリビア・北朝鮮・イランよりも劣る──

その上でストローは、武器査察団を受け入れるかどうか、サダムに最後通告を出すよう国連に働きかけるべきだと対策を提案し、サダムが拒絶すれば攻撃する理由となることを示唆した。つまり、国連のイラクに対する通告は、戦争を回避するためではなく、イラク侵略を正当化するために仕組まれたものだった。

====================

そして、その中で改めて戦争犯罪について言及しています。

==================
ゴールドスミス法務長官の次の証言に注目しよう。

──イラクの政権交代がいかに望ましく思えても、それだけでは軍事攻撃の法的な根拠とはならない──

イギリス人が好む乾いたユーモアだが、長官が意味したことは、ブレア首相も会議に顔をそろえた面々もよく承知していたに違いない。侵略戦争は国際法に反する。もっとも厳しく裁かれる大罪である。ニュルンベルク裁判の判決文には次のように記されている。

──戦争は本質的に邪悪なものである。その影響は、交戦国の間にだけに留まらず全世界に及ぶ。よって、侵略戦争を遂行することは、単なる国際犯罪ではなく、究極の国際犯罪となる。あらゆる犯罪を引き起こす侵略戦争は、すべての悪を内包するという点で、他の戦争犯罪と隔絶している──

これを「平和に対する犯罪」と呼び、「人道に対する犯罪」と並ぶ大罪と規定している。ニュルンベルク裁判と東京裁判で、「平和に対する犯罪」を問われた戦犯は全員が絞首刑を宣告された。

アメリカは、自国の利益のために国際法の精神を踏みにじり、国際刑事裁判所(02年4月に効力発生)の権威も認めていない。しかし、ヨーロッパの諸国は国際法を尊重している。イギリスも例外ではなかった。だがゴールドスミス卿は、不法行為を憂慮しながらも、攻撃を正当化するために何らかの法的根拠を用意する役目を引き受けている。

====================
と。

戦争の「大義」はそもそもなかったのです!!!
なんと言い張ろうとも。

そして肝心のブッシュさん。
イラク戦争は間違いだったと自ら認めたのは2005年12月。
だが、
イラク派兵を続行。
イラクも言うに及ばないことですが、アメリカ人にも甚大な被害が出て、
国内でも反戦活動はピークになります。
そして、ついにイラク戦争においてテロ悪化をアメリカ政府は認めました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
米政府は26日、イラク戦争とテロの関係について分析した機密報告書「国家情報評価」(NIE)の結論部分の機密指定を解除して公開した。イラクでの紛争が「イスラム世界への米国の干渉に対する深い恨みを生み、地球規模のイスラム過激派運動への支持を拡大させた」と分析。今後5年間は、イスラム過激派が拡大を続けるだろうと予測している。
今年4月にまとめられたこの報告書の骨子は、ニューヨーク・タイムズ紙が24日に報道。野党民主党は、9・11テロから5年で米国はより安全になったというブッシュ大統領の主張と反対に、イラク開戦が脅威を悪化させたと批判していた。公開された文書は報道内容を大筋で裏付けており、ブッシュ政権への攻撃はいっそう強まりそうだ。ブッシュ氏は公開に先立つ記者会見で、「海外でこれらの殺人者を負かさなければ米本土が脅かされる」と強調。報告書はイラク開戦が過ちだったという結論に導くものではないと反論した。「自分たちで読んでみるといい。詮索(せんさく)はやめよう」と機密解除を命じたことを明らかにした。「地球規模のテロの傾向——米国にとっての影響」と題した報告書の結論部分は、「米国の対テロ努力が(国際テロ組織)アルカイダの指導部を大きく傷つけ、作戦を妨害してきた」としつつも、アルカイダやその関連グループ、独立系も含めたイスラム過激派全体は拡張しているとみている。
特に「イラクにおける『聖戦』が、新しい世代のテロ組織指導者や作戦員を生んでいる」とした上で、イスラム過激派がイラクで勝利を収めたと考えるようになれば、「より多くの戦闘員が活気づき、ほかの場所でのテロ闘争を継続するだろう」と予測した。
アルカイダが、報告書作成後に米軍作戦で殺害されたザルカウィ容疑者の組織と合流し、イラクを新たな志願者や資金集めに利用しているとも警告した。報告書は、中央情報局(CIA)など米政府の16機関の総意として、国家情報評議会(NIC)がまとめた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こんな事実の積み重ねをみても、いまだ「イラク戦争は間違いではない」と主張する方の言い分はなんなのか?
ブッシュさんでさえ、間違いを認めているというのに、、、

正義の戦争とか交戦権と言うこと???

以前戦争とは正義と不正義なのか?と言うエントリーを挙げて「戦争の大義名分」について考察を加えたことがあります。
まず歴史を見ました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
まず「正義戦」正戦論の始まりは、3世紀、初期キリスト教の最高権威、教父アウグスティヌスから始まりまったそうです。
「モーゼ七書問題集」で正戦について「不正を罰するもの」と定義しました。
そして、、、
中世神学の確立とともに、トマス・アクィナスの「神学大全」では、この精神を受け、異教徒に対する戦争を「聖戦」と名を付けました」。
その定義は以下の通り。
1:君主の命令による事
2:正当な理由(不正の処罰)を持つこと
3:正しい意図に基づくものであること

その後カノン法に「正しい戦争とは不正な者への報復である」と言おう意味で「正当な権威」「正当な理由」「正義の意思」「勝利の展望」「均衡性」「最後の手段」と言う条件がそろっている場合のみ戦争の開始を承認するという原則ができあがりました。
(中略)
戦争への正義(jus ad bellum)
1正当な理由
2正当な権威
3比例性(結果として得られる善が戦争という手段の悪にまさる)
4最終手段
5成功への合理的見込み
6動機の正しさ

戦争における正義(jus in bello)
1区別の原則(戦闘員と非戦闘員を区別する)
2比例性の原則(なされた不正を正すのに必要以上の力を行使しない)

jus ad bellumよりjus in belloが関心・重大になってきます。
やがて陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約 (ハーグ陸戦法規 1907)などで戦争は合法化していきます。

しかし、
しかし、
人類は漸く戦争違法化への道を歩みだします。
それは第一次世界大戦後のパリ不戦条約。
国際連合憲章。
こうして、丸く収まるかに見えた正義の戦争論は、その後も二転三転します。
まず「侵略戦争か自衛戦争」というテーマで正しいか否かが争われました。
またマイケル・ウォルツァーの「正義と不正義の戦争」では1977年版では「戦争が地球上から消えるのは夢物語」と述べました。
が、1997年の第3版では「人道的な介入」と言う言葉で「他国での人権侵害されている人々の擁護」のための外交圧力や経済制裁もろもろを認め武力の介入も是としました。
しかし、このウォルツァーさえ、現実のイラク戦争に「正義」を当てはめる事は至難の業のようです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
マイケル・ウォルツァーや、ハーバマース。
この戦後ドイツの代表的知識人、哲学者とされるハーバーマスは「野獣性と人間性」と題する論文で以下のように述べ物議を醸しました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「古典的な国際法の枠組みにおいては、これは主権国家の内政干渉、つまり介入禁止の侵害とみなされよう。(しかし)人権政策がその前提とされている場合は、この介入はたとえ武装していようとも、そしてたとえUN(国連)の委任が得られなくとも、国際共同体によって暗黙のうちに正当とみなされた平和構築のためのミッションであると理解されるべきであろう。このような西側諸国におけるコンボ紛争の理解は、(国家主体中心的な)古典的な国際法から世界市民社会のコスモポリタン的な法への途上における跳躍を意味している」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
このハーバマスさえイラク戦争は国際違反と批判したのです。
戦争の正当化をたんに国際法と合致させただけのハーバマスゆえ、正戦論がメビウスの輪であることを哲学者は知っていたのでしょう、、、

と、言うことで、
改めてイラク戦争は間違いであったと思います。
当時のフセインの独裁や、イスラエル問題、
また身近に北朝鮮などなど、、、
世界に戦争や紛争は至る所にあります。
解決を望み、願う私ですが、
その手段は決して武力、力であってはならないと思います!!!
国際社会が率先して行うことは粘り強い対話では、と考えます。

|

« 横須賀にはニミッツはいりません!!! | トップページ | 投票しよう 総選挙 »

コメント

力作ですね。
経済からみたイラク戦争もかいてます。

それにしてもビルがあんなにきれいに壊れたのはすごいです。


関係ないですが、少子化・社会保障・2008年財政とか最近かいたのでおひまなときどうぞ。

投稿: あゆ | 2009.08.25 14:24

さすがに瀬戸さんキッチリと説明して来ましたね。
私なんかじゃ頭が痛くなります。20代の学生の頃に色々論争・闘争にもノメリ込んだ時期もありましたが、結論が正しい戦争は無いという事に至り、熱が冷めました。
今でも物事の判断基準に「正しい戦争は無い」が部分を占めています。しかし、人生は色々あります‥理解しながらも闘争の人生を送ったりします…
積分定数さんや技術開発者さんのコメントも楽しみに読んでいます。

投稿: よ | 2009.08.25 23:25

 改めてイラク戦争に大儀がなかったことがわかり、そんな戦争が公然と行われ、日本政府もそれを支持したことに怒りを感じます。

 私自身は戦争について、湾岸戦争以前はそれほど深く考えていませんでした。日本への空襲や原爆投下も「アジア侵略の結果だ」程度にしか考えていませんでした。

 湾岸戦争時に「クウェートに侵略したのはイラクだから」ということで戦争を正当化する論調に出会い、「『悪い国』の国民は殺されていいというのか!」という憤りを感じました。

 湾岸戦争後に漫画雑誌の「ビックコミックスピリッツ」で、この戦争をどう考えるかを読者から募る企画があって、その中である読者の意見で

「日本はアジアを侵略したから、原爆投下されたことに文句は言えない。イラクも同様だ。」

というのがあり、ショックを受けました。

 日本のアジア侵略を批判する立場(当然、右翼とは全く異なる立場)からの、「侵略行為は許せないからこそ、侵略国家への軍事行動は正当化される」という論理です。

 改めて考え直したときに、日本はアジアで酷いことをしたし、真珠湾を先制攻撃したのも事実だが、そのことでなぜ日本への無差別爆撃が正当化されるのか?という疑問がわいてきました。

 ナチスによる残虐行為は批判される一方で、ドレスデン爆撃でも民間人が多数死んでいるが、そのことはあまり問題にされないのはおかしいのではないか?

 ジュネーブ条約で民間人への攻撃が禁止されたりと、国際法上は建前的には、「ならず者国家」の国民であれ保護の対象にはなっているものの、どうも「悪い国・ならず者国家」であれば、その国の国民が爆撃で殺されても構わない、という考えがあるようであると気づきました。

 ユーゴ空爆では、ベトナム反戦を担った人々の多くもこれを支持しました。空爆の中心人物のクリントンもベトナム反戦のデモにいた。当時の欧州の多くは「左派」政権だったが、ほとんどが支持。欧州各国の、社会党、社会民主党、共産党、緑の党などが空爆を支持した。私が知る限り、欧州の左派議会政党で反対したのはギリシャ共産党とイタリア共産主義者党のみ。

 大儀とされる「セルビアによるアルバニア系住民への迫害」は確かに存在したし、是正される必要はあった。しかし、空爆もまた多くの犠牲をもたらした。

 劣化ウラン段の使用、民家・民間施設への爆撃。後者は「誤爆」とされるが、発電所や工場(軍需工場ではなく、自動車などの民生品の工場)、放送局などは明確に攻撃対象として爆撃された。これらは「セルビアのミロセビッチ体制を支える重要な機関だから」攻撃されたという。この論理で行けば、「軍事施設しか攻撃対象にしてはならない」という国際法は無意味になる。

 またセルビアが降伏する姿勢を見せ、降伏のための具体的な詰めの作業をNATO当局者と話し合っているその最中にも爆撃は継続し多くの人が犠牲になった。
 「武力行使は最小限でなくてはならない」という国際法に違反しているはず。

 このように、「戦争それ自体を禁止していないで戦争のルールを定めた国際法」にすら違反しているにもかかわらず、一端、「大儀」さえ掲げれば、これが正当化されると言うことに、憤りを感じる。
 
 さらに、イラク戦争ではその「大儀」すら虚構であった。

 そもそもあれは「戦争」というものであろうか?「戦争は殺し合いである」といわれる。しかし、「殺し合って」はいない。イラクの人々は一方的に殺された。

 長々と失礼しました。この件は、書いているうちにむかむかしてきて、止まらなくなるのでこの辺にしておきます。

投稿: 積分定数 | 2009.08.26 06:17

こんにちは、皆さん。

よさんが
>20代の学生の頃に色々論争・闘争にもノメリ込んだ時期もありましたが、結論が正しい戦争は無いという事に至り、熱が冷めました。

或る意味で「正しい戦争」という言葉自身が矛盾をはらんで居るんですね。何故かというと戦争とは「野生の解決法」であるということなんです。野生には「正しさ」という概念は無いんですね。野生の解決法から離れ、戦わないで解決を目指そうとするときに出てくるのが「正しさ」の概念なんです。

法律の成立を説明するたとえ話として、原始時代の狩りの獲物を巡る争いなんて話をこさえた事もあるのね。ある狩人が飛ぶ鳥に弓を射て落とす。でも鳥は地上で逃げ回る。別な狩人が追いかけて捕まえたとする。どっちの獲物だ?なんてね。最初は狩人同士が殴り合いやら殺し合いやらしてどっちの獲物かを決めていたかも知れませんね。野生の解決です。野生の解決をしているうちは、「正しさ」なんて概念はないのですよ。やがて殴り合いや殺し合いのような解決以外の解決を求める様になったとき、ルールができるんです。そして、ルールに基づいて「正しさ」という概念ができる。半分分けのルールかも知れないし、弓を射た者のものというルールかもしれない、最後に捕まえたものというルールかもしれない。ただ、一度きちんとルールができると、「どっちのもの」という事が言えるようになり、それに従っている方が「正しい」となるだけの事なんですね。

なんていうか、獲物を巡って争いが起こったときに「殴り合ったり殺し合ったりして解決する」という関係の中に「正しさ」という概念そのものが入り込む余地が無いんですね。「殴り合いや殺し合い以外で解決したい」と望むときにはじめて「正しさ」という概念が浮かび上がるだけなんです。

余談になるけど、「こんなルールかもしれない」という言い方で3つの場合を出したけど、「そのうちどれが正しい」という話もまた無意味であったりするんです。こういうルールの根底は「逆でも同じ解決」という正しさにもとづくものだからです。「弓を射た者のもの」というルールのとき、地上の鳥を走り回って捕まえた者は不満だろうと思います。でも、「もし今度逆にお前が弓を射て、あいつが地上で捕まえた時には、お前のものだからな」と立場逆転でも同じとするという事で納得させるという事なんですね。

投稿: 技術開発者 | 2009.08.26 09:40

技術開発者さん御指導ありがとうございます。
>野生の解決法から離れ、戦わないで解決を目指そうとするときに出てくるのが「正しさ」の概念なんです。
その通りであるとも思いますが、世界の戦争・紛争には正しさ・正義という名の下に戦争・紛争を起し、勝者の正しさ・正義が誇張されがちです。
正しさ・正義の基準は往々にして勝者の弱者に対する押し付けに拠るものが多いように思えます。
反骨と言えば大袈裟ですが、権力(横暴?)には理屈抜きに反抗したくなります。人間性がまだまだ野生から成長していないんでしょうねhappy01
技術開発者さんのコメントは教科書のように理解し易い説明で好感を持って読ませて戴いてます。また、御指導ください。

投稿: よ | 2009.08.26 11:24

せとさん。今日は。
せとさんが完膚なきまでに、イラク戦争の無法性、反人類性、反民主主義を明らかにしてくれました。有難うございます。
ブッシュの先制攻撃による、この無法な戦争は歴史的にも、客観的にも、主体的にも、誤りが歴然として来ました。それを無批判、無条件、無盲目的に支持し、協力し、今なおその誤りを認めず、支持し、支援している自民党、公明党政権は、「アホ」と呼ばれる資格が十分にあるのではないでしょうか。主権者国民の怒りの一つはここにもあります。怒髪天を衝くこの怒りが、今自公政権を審判し、政権の座から退場させようとしているのです。 世界の平和運動、世界の歴史に呼応した、先駆的な平和憲法を有する日本国民の世紀的、画期的な、歴史的なたたかいだと確信しております。(`´;

投稿: hamham | 2009.08.26 12:23

こんにちは、よさん。私は色んな視点から物事を解析してみようとします。その場合、トンデモな視点と思われる面もあるかも知れませんが、別に「こう見なくてはならない」というつもりもなくて、視点を変えることで全体像を見る手助けにして欲しいのです。

>世界の戦争・紛争には正しさ・正義という名の下に戦争・紛争を起し、勝者の正しさ・正義が誇張されがちです。

2つに分けて考えることができるんですね。一つは「正義の名の下に戦争が起こる」という点で、もう一つが「勝者が正義を押し付ける」という点です。これを文明に慣れた視点ではなく野生のつまり文化・文明を持たない立場に自分をおいて見てみますね。

まず、「正義の名の下」の部分です。これは、人間が「野生の解決」から或る程度決別して「文明の解決」を作り上げ、そしてそれに慣れてから起こることなんだろうと思うわけです。群れの中にルールをつくり、殴り合いや殺し合いではない問題解決を行うことで「正しさは守られるべきだ」という概念をもつ様になるわけです。そして、ルールの異なる他の群れと衝突し「野生の解決」を行おうとするときに群れの中で行われている「文明の解決」との整合性をとろうとして「正しさは守られるべき、よって戦う」という本来、論理的にはなりたたない論理が成立してしまうわけです。

もう一つの「勝者の押し付け」の部分ですが、これは文明が或る程度進むことで「野生の解決」の解決法が変化したと考えられます。

戦争とは「殺し合い」を手段とし、「紛争の解決」を目的とする行動です。紛争を解決するときできるだけ「後腐れの無い」解決が良いわけです。戦いが小規模で有った頃(例えば狩猟民族が狩り場を争う様な)の戦争では「皆殺し」という解決がもっとも「後腐れ」がなかっただろうと考えられる訳です。紛争の相手を「皆殺し」にしてしまえば紛争は再燃する可能性がとても低い訳です、少なくとも同じ相手と再燃することはありませんからね。

ただ、群れの規模が国の単位になると「皆殺し」そのものが物理的に大変になってきます。その段階で起こるのは「国としての壊滅・相手国民の奴隷化と同化」です。つまり、皆殺しはできないけど、群れとしての機能をなくさせ、相手国民を自国の奴隷階層として組み込んで時間と共に同化していくという事ですね。

さらに群れの単位が大きくなると壊滅・奴隷化・同化という解決法もなかなか取りにくくなる訳です。そこで出て来るのが「解決の押し付け」です。勝った方が「俺の方が正しかった」と相手に押し付け、負けた方が「はいあなたの方が正しいです」とすることで、とりあえずの紛争を解決する訳です。

これが「戦争」という「野生の解決」手段の結果としての紛争解決の歴史的な変遷だろうと考えています。考えてみると分かりますが、時代を追って解決に「後腐れ」が残りやすくなっている訳です。歴史にifはありませんが、例えば第一次世界大戦でドイツを完全に消滅させ、周りの国で分轄統治でもしていたら、ナチスドイツによる第二次世界大戦は起こらなかったかも知れませんね(たぶん、独立運動とかの内乱が絶えない地域になった可能性は高いですけどね)。無茶を書くなら、ポツダム宣言で「日本国は維持できるようにするから降伏しろ」と呼びかけたりせずに、東京に攻め込み日本国とという国を消滅させて、戦勝国で分割統治とかをしたなら、内乱の絶えない地域とはなったかも知れませんが、少なくとも日本が再度、世界規模の紛争の元に成る心配はずいぶん減っているかも知れません。

まあ、かなり無茶なことを書いている訳ですが、戦争というものの歴史から見たら、相手国を消滅もさせずに維持して「正義の押し付け」だけで解決するというのはけっこう新しいモードだろうと思うわけです。当然、後腐れはある訳です。

なんていうかな、殴り合いや頃試合を基本的にしない文明の中から見ると戦争という「野生の解決」に「正しさ」みたいな概念を持ち込みたくなる訳です。それを逆に、野生の中から見ると、ずいぶん人間のやる紛争解決は中途半派に見える訳ですよ。

投稿: 技術開発者 | 2009.08.26 12:56

 瀬戸先生のブッシュ悪逆説が正しいと仮定すると、第二次大戦に参戦したルーズベルトも、まったくおなじ理由で、侵略戦争の開始者といえますね。そういう解釈で、よろしいですか?

投稿: 罵愚 | 2009.08.26 14:17

技術開発者さん、ありがとうございました。

投稿: よ | 2009.08.26 14:17

罵愚さん。


「瀬戸先生のブッシュ悪逆説が正しいと仮定すると、第二次大戦に参戦したルーズベルトも、まったくおなじ理由で、侵略戦争の開始者といえますね。そういう解釈で、よろしいですか?」


????????????


ううううう=====ん。
私はあなたでないので、
あなたの頭の中での論理の進め方がわかりません。
一般的な意味での
前提、結論へいたる推論の道筋、検証、結果などなど、、、
私にでもわかるように、

キッチリ「論理的」

に書いて頂けたら、
その時、
あなたと討論させてください。
今のままでは、お答えするに値しません。
つまり、
今のあなたのコメントでは、申し訳ありませんが、思いつきとしか言い様がありません。
まったく検証もなしに、
イラクの問題から、如何に、頂いたコメントのような「確認」を私に強要するのか???
私にはサッパリ分からなく、「ついていけないのです」。

投稿: せとともこ | 2009.08.26 14:49

 それでは裏返した質問です。ブッシュのイラク戦争とルーズベルトの欧州参戦とは、どこか違うところがあるのですか?同質だとしたら、瀬戸先生はブッシュとおなじように、ルーズベルトも非難しなければいけないと思うのですが…

投稿: 罵愚 | 2009.08.26 15:46

罵愚さんはいかがお考えですか

投稿: せとともこ | 2009.08.26 15:51

こんにちは、せとさん。少し無駄話をかきますね。

イラク戦争とかを考えるときに、多くの人が感じる事として「フセインの独裁も良いとは言えないけど、じゃあ武力で倒して何が起きたのか」みたいな感じだと思うのね。

なんていうかな、多くの人が国に政府があるのが当たり前と思っていて、政府の善し悪しを考えたりする訳だけど、私みたいな人間は、まず無政府状態の無秩序状態というのを根底に置くわけです。その状態だと多くの人が「誰でも良い、武力でも良い、秩序を作り上げてくれ」と願うわけです。歴史の中には短い期間だけどそう言う時代があちこちにあるんです。そして、その中で多くの場合武力を用いながら政権というのができて、秩序が構築されていく訳です。最初に言えることというのは、秩序にも善し悪しというのはあるんだけど、無秩序よりはどんな秩序もましだということね。前にソマリアの話をしたときに無政府状態と言うことの話をしたかも知れないけどね。

ブッシュの罪というのは、まがりなりにも政府があり秩序があった国を秩序の無い状態にしてしまったということね。「今の秩序より、自分が作る秩序の方が良い」と押し付けようとして失敗して、無秩序を作り上げてしまうという事が良くないことなんです。

別に米国とかブッシュの肩を持つ気も無いけど、イラク戦争を見ていると米国という国の「若さ」みたいなものを感じるんですね。無秩序に近い状態から秩序を自分たちの手で作り上げた経験がまだ国民の中に若く息づいている国という感じかな。一面でそれが羨ましくもあったりするんだけどね。

なんていうか、西部の開拓時代の意識の暴走を感じるんですね。開拓民が駅馬車がたまに来るだけの荒野にへばりついて開拓しながら街を作っていく訳です。或る程度の街になると、色んな争いも起こるし、いわゆる「ならず者」も出てくる。自分たちの手で秩序を作り出さなきゃならなくなって、腕に覚えの者たちが集まって自警団を作ったり、誰かを保安官にしたりする。自警団にしろ保安官にしろ「腕に覚え」つまり武力があるわけですよ。その武力に頼らないと自分たちの街の秩序が保てないという意識ね。もちろん自警団が暴走して独裁めいたり、保安官が街の有力者とつるんだりという事も経験してきたんだろうとは思いますが、基本的に無秩序と秩序の争いなのね。

全くの余談になるけど、私が法とか法治ってことに興味を持つ始めた西部劇があったのね。もう名前も忘れたけど、ギャングのボスを保安官が捕まえて、街の人が「縛り首だ」とか「吊せ」とか言う中で「巡回判事がきて裁判をするまで駄目だ」と保安官が押しとどめる様なシーンのある話ね。まあ、ギャングがボスを取り返しにきたりとか、いろいろ活劇ではあるんだけど、活劇の方は素直に忘れたけど、この「判事が来るまで待て」の部分だけ私が色んな事を考える元になっているのね。

なんていうかな、せとさんが武力行使を嫌うのは理想としてはわかるのね。ただね、まだ発達途中の人間の理性にとっては、武力無しの秩序維持は難しいのかなと思わないでもないの。武力が必要な時は使わざるを得ないけど、秩序破壊のための武力ではなく秩序構築のための武力であって欲しいわけです。

投稿: 技術開発者 | 2009.08.26 16:18

 もちろん、わたしはヒットラーのナチスドイツが犯した侵略戦争や人道犯罪と、サダム・フセインのクウェート侵攻やクルド虐殺、シーア派迫害は同質だとみています。したがって、ルーズベルトの参戦を承認するのなら、自動的にブッシュの開戦を否定できないだろうと…そういう観点からいうと、今回の瀬戸先生のご発言は、ドイツのネオナチの妄言と、なんら変わるものではないと思います。
 もちろんナチスを裁いたニュールンベルグ裁判には法的、歴史的な疑問点はたくさんあります。同様に、フセイン政権やイラクの歴史に対しても、過去の…あるいはいまでもつづいている欧米の内政干渉は否定しないし、そういう視点からの対米批判までもを否定するものではありません。
 しかし、くりかえしになりますが、反米に凝り固まったフセイン弁護は、ドイツのネオナチや国内の街宣右翼と同列の愚論だと思う。

投稿: 罵愚 | 2009.08.27 05:15

技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。


頂いたコメントを拝見しながらカントをなんとなく思い出していました、、、、
「なんじの意志の格率が、つねに同時に、普遍的な立法の原理として妥当しうるように行為せよ」


さて、
「武力が必要な時は使わざるを得ないけど、秩序破壊のための武力ではなく秩序構築のための武力であって欲しいわけです。」
と言われる開発者さん。

武力に秩序構築の要素があるのだろうか????
私にはいまだ分かりません。
そもそも武力とは何か?
何なのでしょうか?
この定義をしっかりと踏まえる必要があるのでしょうね、、、、
また考えておきますね。
では。

あっ、、、、
そうそう。
女子差別のエントリーにコメント頂いてありがとうございます。

あまりに的確で、これ以上付け足すことがないので、
コメントを下さった「女性の立場さん」にお返事することさえ忘れていました、、、、
「女性の立場さん」も納得されたと思いますが、、、、

投稿: せとともこ | 2009.08.27 09:24

罵愚さん。

「もちろん、わたしはヒットラーのナチスドイツが犯した侵略戦争や人道犯罪と、サダム・フセインのクウェート侵攻やクルド虐殺、シーア派迫害は同質だとみています。したがって、ルーズベルトの参戦を承認するのなら、」と罵愚さん。


罵愚さんは「ルーズベルトの参戦を承認」
なさっているのですね?
参戦承認はルーズベルだけですか?
スターリンはいかがですか????
ソ連の参戦はいかがですか??????
とかとか、、、、、
とかとか、、、、、、
山ほど出てくる問題の一つひとつを検証なしにいきなりの「参戦承認」ですか????
このような民族の問題を含むデリケートな問題を、罵愚さんのような「一言」で結論に至って、それで論理的に検証したと言われるのですか?????

この問題を話題にするならば、
当時の世界情勢を詳らかに検証する必要があります。
いいですか。
詳らかにですよ。

本当にこの話題を討論の俎上に上らせるお積もりなら、もっと丁寧に広い視野で検証してからお書きになることをお奨めします。

時代背景、当時の情勢、その後の展開を「思いつきで」なく、丁寧に論理的に検証してお書きください。

次に罵愚さんは以下のように続けるのですが、、、
「そういう観点からいうと、今回の瀬戸先生のご発言は、ドイツのネオナチの妄言と、なんら変わるものではないと思います。」

???????????

ほっ、、、、、
戦後平和主義者が、今度はネオナチですか????
笑っちゃうじゃないですか。
それにしても、
分かりませんね。

私のどこが、ネオナチのどこと同じですか?
具体的にお示しください。


さらに罵愚さん。
「もちろんナチスを裁いたニュールンベルグ裁判には法的、歴史的な疑問点はたくさんあります。同様に、フセイン政権やイラクの歴史に対しても、過去の…あるいはいまでもつづいている欧米の内政干渉は否定しないし、そういう視点からの対米批判までもを否定するものではありません。」と。

OK
です。
しっかり検証なさってください。
期待しています。

そして結びの罵愚さん。↓

「しかし、くりかえしになりますが、反米に凝り固まったフセイン弁護は、ドイツのネオナチや国内の街宣右翼と同列の愚論だと思う。」

?????????
反米に凝り固まったフセイン弁護?????
どこをそう読めばこうなるのか?????

分かりません。
少なくとも私はフセインは一切弁護していません。
また反米と言われるが、
反米とはなんですか????

レッテルを貼る以上、「定義」をお示しください。

と、言うことでまとめ。
今のままでは、ただの「困ったチャン」ですから、もう少し、事実をしっかりと検証なさって論理的にお書きください。感情や思い込みは排除してクールなコメントを頂けたその時お相手させていただきます。
では、お元気で


投稿: せとともこ | 2009.08.27 09:42

こんにちは、せとさん。

>武力に秩序構築の要素があるのだろうか????
>私にはいまだ分かりません。
>そもそも武力とは何か?
>何なのでしょうか?

私は法学とか司法の事も考えてしまうのね。武力という言い方だと持っているのが国家になるのでわかりにくいかも知れないけどね、強制力と言った方が良いのかも知れませんね。司法というのは最終的に強制力を持たなくては動けないものなんですね。罪を犯した者を抵抗されても取り押さえ、本人が嫌がろうとも拘置して取り調べ、裁判をうけさせ、有罪であれば本人が嫌がろうとも罰を与える。全て強制力が必要なんです。もちろん、せとさんが住んでいるこの国の司法の持つ強制力はかなりきちんとコントロールされているので、国家が持つ武力とはかけ離れて見えるかも知れないけどね。強制力そのものは秩序の維持のために必要ではあるんです。

我々法治国家の国民は司法に強制力を持たせる事に同意し、その強制力がおかしくならないようにコントロールすることに慣れているんだけどね。でもね、歴史的な順番としてはコントロールがあって強制力ができたんじゃなくて、まずは強制力ありきなんですね。人間の群れが或る程度大きくなると、喧嘩も始まるし、盗人みたいなのも出てくる訳ですよ。そんな中で、腕っ節のつよいのが「俺の言うことを聞いて喧嘩をやめろ、止めないと両方ともぶん殴るぞ」だったり「こら、人の物を盗るんじゃない。ぶん殴るぞ」だったりね。そういうのが何人か集まった自警団だったりする場合もある訳ね。でもって、そういう強制力は現代の司法権力とは違って、全然コントロールされていないんだけど、喧嘩が長引くより結果が良かったり、盗人が居なくなるなら「まあ、良いか」と村人も認めたり頼ったりね。でもって、コントロールされていないから、そういう保安官みたいなのとか自警団自身が堕落して「ならず者」になったりとかするうちに、「みんなでコントロールしなきゃ」となっていく。そして、コントロールのやり方を模索するうちに法でその強制力を縛るという法治という考え方が出てくるわけです。

前に、国際社会はまだ法治に至っていないという事を書いたかも知れませんね。それは、原始の村と同じ様なものかも知れないんですね。喧嘩がはじまったからといって呼びに行くお巡りさんはいないわけです。皆でなんとかしなきゃ成らないけど、そのやり方だって決まりはないんですよ。そんな中で腕っ節の強いのが「ぶん殴って」止めて、それで保安官気取りになって、「自分が気に入らない奴はぶん殴る」と殴りはじめた。そんな感じかな(笑)。大事なのは強制力の否定じゃないんです。強制力をきちんと皆の役に立つようにコントロールするという事だと思っている訳です。

投稿: 技術開発者 | 2009.08.27 11:29

なるほど~。おもしろい説明です。

複数の学者の方の話合わせると、
一応リーダー(国連)はいるけどブレてばかりで行動力もない。迷ってばかりで決められない。
実際ケンカに強いのがアメリカで、周りは批判しながらもアメリカをあてにしちゃうんですねえ。

 好き勝手にやらずに、まわりの意見も聞いて力発揮してくださいねという感じかも?

 一応リーダーの顔をてててくださいねかも?


古代の人と今と比べて人間ができているとはうちには言えませんが、一ついえるのは歴史をしっている、先人の苦悩・努力・犠牲をしっているということです。

ケンカに強い人が集団をしきり秩序もたせて、やがて村になり都市国家にとかとは別の道はあるんでしょうか???

教育や・生活の保障でのりこえられるんでしょうか???
個人的には個々の存在保証(自己承認とか)がまずないとともおもえます夢物語かもしれませんが・・・。

現実的対応も大事ですが理想も。


投稿: あゆ | 2009.08.28 21:51

こんにちは、あゆさん。

>ケンカに強い人が集団をしきり秩序もたせて、やがて村になり都市国家にとかとは別の道はあるんでしょうか???

歴史的には、何度もけんかに強い人(権力者)が別な人(別な権力者)に倒される中で、法というものが生まれる訳です。そして、法は、権力者をも縛るということが、単なる力の支配と異なっていく面なんですね。

例えば、ある権力者が群れの中の分配で大きなえこひいきをしたとするでしょ。えこひいきがあっても、分配を巡って血みどろの争いを繰り返すよりはましな状態だと、或る程度安定するんですね、これが第1次の秩序です。でもね、こういうえこひいきはフラストレーションを蓄積させて、やがて不満分子が集まって権力者を倒すんですね。でもね、その新たな権力者も自分に協力してくれた者に厚く、倒された元権力者の仲間に薄く分配するかもしれませんね。でもってやがて不満分子が集まって次の権力者も倒される。なんてね、これを繰り返していくうちに、知恵がついて来るというのが歴史なんですね。

どこかの時点で、今の権力者を倒そうと不満分子を糾合した者が言い出すんですよ「俺はえこひいきはしないようにする」ってね。その「俺はえこひいきしない」という宣言もちろんにより、単に堪えかねないほどえこひいきされている不満分子だけでなく、武力による政権交代の度に迷惑を感じている中間層みたいなのの支持も集まって権力交代が容易にできるようになるのね。そして、倒す前に言った「俺はえこひいきしない」は法としての役割を帯び始めて、権力者を縛りはじめるんですね。もちろん、これで終わるわけではなくて、「しない」と言いながら結局はえこひいきをして、倒されるみたいなことも起こるんだけど、だんだんその「えこひいきしない」という話は具体的にしっかりしたものと成っていって、法として権力者も含めたいろんな人を縛りはじめるわけですよ。

まあ、これが人類の歴史なんですね。

投稿: 技術開発者 | 2009.08.31 09:11

 先日、NHKのある番組をみていたら「ナチスドイツのポーランド侵攻によって第二次大戦ははじまった…」のナレーションが流れて、なるほどこれが戦後平和主義の語り口だなと思った。ポーランドはドイツから侵略をうけただけではなく、ナチスドイツと密約を交わした旧ソ連からも攻撃をうけて分割された。史実を公平に評価すれば「独ソ二国のポーランド侵攻が第二次大戦の発火点」だと思う。ソ連に言及しないNHKのナレーションはあきらかに作為を感じる。おそらく、瀬戸先生も、これには反対なさらないでしょう。
 ところが今回の瀬戸先生の「スターリンはいかがですか?ソ連の参戦はいかがですか?」を読んだとき、これはちょっとちがうのかなぁ?これを書いた先生にはスターリンとヒットラーの共犯関係のご認識はまったくなて、NHKとおなじ誤解をもっているのかなぁ、とおもいました。もちろん、この記事の本題は第二次大戦の開戦事情ではない。本題は、ブッシュの開戦責任を一方的に追及する先生に対して、わたしがたずねたサダム・フセインにも人道犯罪と侵略戦争の責任があり、戦争原因としては、むしろこちらのほうがおおきいのではないか?とりわけ、日ごろから女性問題に関心がたかく、卓越した文章を投稿しておられる先生としては、イラクの寡婦迫害は放置できないはずだというものでした。
 第二次大戦の開戦責任がナチスとソ連の共同責任であって、どちらか片方におっかぶせるのは不公正だったのとは反対に、イラク戦争の開戦責任はその大部分がイラクの旧フセイン政権にあった。それを、ブッシュにも手落ちがあったのを理由にして一方的にアメリカの侵略戦争だというのは、本質的にNHKと同質のまちがいだと思う。それは、フセインの戦争犯罪を認めたうえで、ブッシュの不手際を追及するのとはまったく別の議論でしょう。
 ここにきて先生は「反米に凝り固まったフセイン弁護?少なくとも私はフセインは一切弁護していません」と言い出しましたが、女性の人権に関心を寄せつづけている瀬戸先生が、フセインの女性迫害には、まったく目をつむって、ブッシュ非難だけを絶叫する態度はNHKとおなじ不公正だったと思います。日ごろの先生の女性の人権は、本当に女性問題への関心ではなくて、反米や自民党政権への嫌がらせにすぎず、女性問題を利用して反米発言をしているにすぎない。本当に、人権や平和に関心があるのなら、フセイン政権の人道犯罪や侵略戦争を棚上げにしたうえで、アメリカを非難することはできないと思うのです。

投稿: 罵愚 | 2009.08.31 09:44

 どうやらこのスレッドは耕作放棄されてしまったらしい。前回は「後日再開します」の約束が反故にされてしまったのだが、今回はなんの約束もなく、夜逃げ同然ということか。とっつかまえて、ご返事をとせまるほど野暮ではないから、これはこれでかまわないのだが、結論部分だけを再確認しておくと、イラクの戦争原因と戦争責任はひとえにサダム・フセインの侵略戦争と人道犯罪で、その意味ではナチス・ドイツのヒットラーとおなじものだった。対応したブッシュのアメリカにも、いくつかの不手際は否定しないが、だからといってそれがフセインの一義的な犯罪と責任に影響を与えるものではない、というわたしの主張は通ったと思う。
 最後に、わたしの主張の根拠となった国際法について解説しておくと、瀬戸先生がどこかで書いていたが、正戦論から戦争違法化への原動力は不戦条約だった。欠陥の多い条約だが侵略戦争を否定した功績は画期的だった。指摘する人はいないようだが、侵略戦争の否定は裏返せば、侵略戦争に対抗する自衛権の承認だともいえる。個別あるいは集団自衛権や集団安全保障の概念はここから生まれたと思う。
 そうしてできた国際連盟では、たとえモナコやルクセンブルグのような小国でも、侵略戦争さえ起こさなければ他国から攻め込まれる心配はなくなったという論理で、平和の枠組みができあがっていた。ヒットラーもフセインも、これを破って懲罰戦争の対象になった。おなじように、フセインのクウェート侵攻が懲罰の対象になった。
 ところで、もうひとつの話題の人道犯罪だが、ナチスのユダヤ人迫害は、それまでの法律では、あれは国内問題だから国際法の対象にはならなかった。ドイツ軍を追っ払ったあとで、犯罪現場をみた連合国側は、あまりのむごたらしさにおどろいて、たとえ自国民に対する虐待であっても国際法の対象にしようと決めたものだ。事後立法は明らかだった。
 ナチスに適用は事後法の疑いがあるが、フセインにはそれはない。以上が、わたしの解釈と主張です。

投稿: 罵愚 | 2009.09.03 17:07

 無駄なレスを予防して、ちょっと追加させていただくと、わたしは、この種の話題にはほとんどしろうとで、知識は岩波新書の「戦争犯罪とは何か」(藤田久一・著)にもっぱら拠っている。2時間もあれば読み終える新書だから、よかったら読んでいただきたい。その暇もない人は戦争法関係を、この人が執筆している百科事典を図書館でひろい読みしてもいい。
 この話題に関するかぎり、ほぼそれだけで充分のように思える。

投稿: 罵愚 | 2009.09.03 18:28

>イラクの戦争原因と戦争責任はひとえにサダム・フセインの侵略戦争と人道犯罪で、その意味ではナチス・ドイツのヒットラーとおなじものだった。

そんな単純化をして納得できるんでしたら、ある意味幸せなことなのかもしれませんね。

加藤周一さんが、物事は白か黒かといった単純に見るのでなく、灰色として見る必要がある、というような意味の事をおっしゃってましたが、そうした多面的、複合的に物事を見て、より正確な評価を追求する行為こそが大事なのであろうと思います。

事実、真実に真摯であるためには、そうした態度を貫くしかありません。そして、それを維持するのは結構大変なことなんです。

投稿: Looper | 2009.09.04 11:27

 そうかなぁ?加藤周一の脳細胞が汚れていたから白いものも灰色に見えたのではなかろうか(笑)?そりゃぁもちろん、何回も書いているように、ブッシュのアメリカにも、いくつかの不手際はあった、だからといってフセインとブッシュの汚れ方がおなじものだとはいえない。加藤周一の色盲の目でも、ダークグレイとライトグレイの判別ぐらいはできるだろう。お前だって、やったじゃぁないかでごまかせるものではない。

投稿: 罵愚 | 2009.09.04 13:12

> ブッシュのアメリカにも、いくつかの不手際はあった、だからといってフセインとブッシュの汚れ方がおなじものだとはいえない。

だというなら、

>イラクの戦争原因と戦争責任はひとえにサダム・フセインの侵略戦争と人道犯罪で、

と結論するのは、単純化しすぎと思いますけどね。
フセインの罪と、ブッシュの罪、どちらも正確に単純化せずに評価する。これが大事でしょう。

で、ここでのせとさんのエントリーは、ブッシュの罪を分析したものですね。大事なのは、フセインの罪については別の議論だということです。ブッシュの罪を追求したら、フセインの罪が重くなったり軽くなったりするわけじゃない。

なので、フセインの罪について言及していないからといって、その罪を軽く評価しているかのようなご主張をされるのでしたら、それは、「的外れ」とか「言いがかり」に分類されるでしょう。

投稿: Looper | 2009.09.04 18:23

 『加藤周一さんが、物事は白か黒かといった単純に見るのでなく、灰色として見る必要がある…そうした多面的、複合的に物事を見て、より正確な評価を追求する行為こそが大事なのであろうと思います』と書いていたのが数時間もたたないのに『せとさんのエントリーは、ブッシュの罪を分析したものですね。大事なのは、フセインの罪については別の議論だということです』に変化している。加藤周一がまぜこぜにしたのを喜び、せとさんには分離してさしあげる。
 あざやかなダブルスタンダードですね。ご都合主義もここまでくると、批判する気も失せる。

投稿: 罵愚 | 2009.09.04 19:24

あらあら、

>加藤周一がまぜこぜにしたのを喜び、せとさんには分離してさしあげる。

ここまで理解力に欠陥があると、フォローのしようがないですね。
多面的に見なければいけないのは、それぞれの罪であり、それぞれの戦争責任の所在です。

ブッシュの戦争責任を事実を元に分析する事は、フセインの戦争責任云々とは全く別の議論であり、それぞれの議論をこそ、多面的、複眼的に行う必要がある。それを行って始めて、両者の比較が可能となる。それをすっ飛ばしておいて、どっちにより責任があるといった結論など、何の意味もない。

あなたが行っているのはそれね。しかも、両者の比較を行う前提となるはずの、一方の分析を詳細に行う行為に対し、一方の罪を免罪するかのような「的外れ」な「言いがかり」で絡んでいる。

戦争責任を議論する(ましてや比較する)前提として何が必要なのかが全く分っていない証拠でしょうね。

投稿: Looper | 2009.09.04 20:21

 いまさら、なにをおっしゃる。『そりゃぁもちろん、何回も書いているように、ブッシュのアメリカにも、いくつかの不手際はあった、だからといってフセインとブッシュの汚れ方がおなじものだとはいえない』と、何回も書いている。あなたとのたった一日の往復のなかでも、複数回書いている。
 そのうえで、それぞれの罪と戦争責任を多面的に比較すれば、圧倒的にフセインの責任が大きいのは、常識ですよ。ブッシュの分析を詳細に行ない、フセインの罪を免罪にしたのは、むしろ瀬戸先生でしょう。よく読んでごらんなさい。

投稿: 罵愚 | 2009.09.05 14:14

「それぞれの罪と戦争責任を多面的に比較すれば、圧倒的にフセインの責任が大きいのは、常識ですよ。ブッシュの分析を詳細に行ない、フセインの罪を免罪にしたのは、むしろ瀬戸先生でしょう。よく読んでごらんなさい。」

うううう====ん。
どこをどのように読めば、そのような結論がでるのでしょうか?

具体的に提示していください。
ただ「印象」だけで書かないように!!!


理性的、論理的、知的なコメントを期待します!!!

投稿: せとともこ | 2009.09.05 14:56

>それぞれの罪と戦争責任を多面的に比較すれば、圧倒的にフセインの責任が大きいのは、常識ですよ。

へー、そんな「常識」、私は存じませんけどね。
で、どう「多面的に比較」したのです?
あなたがすべきことは、その「多面的比較」の提示です。それをすれば、せとさんの分析との比較検討が可能となり、有益な議論が始まるでしょう。

それ抜きの個人的な「常識」に基づいた「結論」だけ示されても、評価のしようがありませんが?

>ブッシュの分析を詳細に行ない、フセインの罪を免罪にしたのは

ブッシュの分析を詳細に行うことが、なぜ「フセインの罪を免罪」することになるのでしょうね。その論理がそもそも間違いだと指摘されていることがお分かりになりませんか?

だから、「的外れ」な「言いがかり」なのですよ。

投稿: Looper | 2009.09.06 09:02

 瀬戸先生、耕作放棄かと思ったら、気が変わって棚田の保存運動ですか。そして、復活に際しては、もとの話題からすこしずつ論点をずらす話法も、いつもどおりですね。もう一度、話題を確認しておきます。
 日ごろ女性問題に関心のたかい先生が、フセインの寡婦迫害にまったくの無関心をわたしが批判したのがスタートだったと思う。そこから話しはじめて、わたしが主張したのは「この戦争の一義的な責任はフセインにあるのではないのか?ブッシュのふてぎわは二義的な責任ではないのか?」というものでした。
 先生はブッシュ非難はさかんに書いたが、フセイン擁護はしていない。フセインの寡婦迫害、クルド人の大量虐殺、大量破壊兵器使用、クウェートへの侵略戦争にはまったく無関係に、ブッシュだけを非難しているにすぎない。今回の再開第一声で先生はそれを再確認しているわけですが、これって、常識的に考えれば、ブッシュ非難をとおしてフセイン擁護をしているとうけとられかねないわけです。イラクの平和は副次的話題で、主題は嫌米を自白している。
 そこで、あらためてお聞きしますが、フセインには無関心で非難もしないが擁護もしない。フセインが原因の戦争に対するブッシュのふてぎわだけをとりあげて非難する先生の発言の目的、なにを訴えようとしているのですか?の質問には、答えられますか?それとも、あらためて耕作放棄ですか。

投稿: 罵愚 | 2009.09.08 11:08

あなたは以前のコメントでご自分はイラク問題は素人と言われました。

「わたしは、この種の話題にはほとんどしろうとで、知識は岩波新書の「戦争犯罪とは何か」(藤田久一・著)にもっぱら拠っている。
(中略)
この話題に関するかぎり、ほぼそれだけで充分のように思える。」投稿: 罵愚 | 2009.09.03 18:28

そこで、素人のあなたが唯一、頼っている藤田久一さん。
私はこの人の論文は先に「平和学」でエントリーを挙げたとき勉強しました、、、、、
また、
藤田さんはパグウォッシュ会議でも呼びかけ人です。
http://www.pugwashjapan.jp/kyoto5.html

広島で開催されたときは耳目を集め、多くの科学者が署名をしています。

さらに、「日米関係、、、http://ts.way-nifty.com/makura/2009/09/post-b665.html」
についてエントリーを挙げたときも藤田さんを引用しました。
〜〜イラク戦争のような無法なアメリカの先制攻撃戦争に参戦・協力していくことへの危惧を唱えています。
また、国際法学者として、イラク戦争をすぐに糾弾したのです。
その声明をここにもう一度載せます。
よくお読みください。
================
イラク問題に関する国際法研究者の声明
 「イラク問題に関する国際法研究者の声明」は次の通り。

 私たちは、日々、国際法の研究と教育に携わるものとして、国際法に照らして、イラクに対する武力行使は許容されないと考えるので、以下にその理由を表明したい。

 国連憲章は、伝統的に個々の国家に認められてきた戦争の自由を否定し、国際関係における武力の行使と武力による威嚇を禁止した。憲章が認める武力行使禁止原則の例外は、次の二つだけである。一つは、武力攻撃が発生した場合、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、国家に認められる個別的または集団的な自衛権の行使であり、もう一つは、平和に対する脅威、平和の破壊または侵略行為に対する集団的措置として、安全保障理事会が決定する行動である。

 現在、第一の、自衛権発動の要件である武力攻撃が発生しているのか。答は否である。この要件をかわすために、将来発生するかもしれない武力攻撃に備えて、今、先制的に自衛しておくという論理が主張されている。しかし、このような論理を認める法原則は存在しない。もし、まだ発生していない武力攻撃に対する先制的自衛を肯定するような先例を今ここで作ってしまえば、例外としての自衛権行使を抑制する規則は際限なく歯止めを失っていくであろう。

 では、第二の、集団的措置を発動するための要件である平和に対する脅威等の事実が存在しているのか。その存在を認定し、それに対して武力の行使を容認するか否かを決定するのは、安全保障理事会である。五常任理事国はこの決定に拒否権をもっており、一カ国でも反対票を投じればこの決定は成立しない。安全保障理事会によって容認されない、すなわち明確な各別の同意を得ない武力行使は、違法であろう。安全保障理事会決議一四四一は、そのような同意を与えたものではない。

 国連における協力一致のためには、拒否権の行使は慎まなければならないという声がある。本来、拒否権は、国際の平和と安全の維持には常任理事国の協力一致が不可欠であり、常任理事国が分裂している状況で行動することはかえって平和を害することになるという考えを反映している。現下の問題は、二常任理事国が実行しようとしている武力行使に対して、他の三常任理事国が強い異議を呈していることである。拒否権は乱用されてはならない。しかし、行使されなければならない状況の下では、適正に行使されるべきである。五常任理事国には、それだけの権利とともに責任が付託されているのである。

 国連は脆弱(ぜいじゃく)だと言われながら、成立以来五十余年、多くの困難を凌(しの)いで生き続け、とりわけ冷戦後は、国際紛争の平和的処理の主な舞台となっている。イラク問題についても、安全保障理事会が適時に招集され、十五の理事国の意見が闘わされ、世界中にその模様がテレビで中継されてきた。国連と国際原子力機関による査察も、十分とはいえないまでも、着実に成果を上げつつある。国連という平和のためのツールが、二十一世紀の国際社会で、その役割を果たすためようやく成長しようとしているのではないか。力による支配ではなく、法による支配を強化して国際の平和と安全を確保するためには、このような国連を育(はぐく)んでいくほかに、私たちには道がないのである。

声明発表した23氏
 声明を発表した国際法研究者二十三氏は次の通り。

 吾郷眞一(九州大学法学研究院・教授)、五十嵐正博(金沢大学法学部・教授)、岩間徹(西南学院大学法学部・教授)、大沼保昭(東京大学大学院法学政治学研究科・教授)、小畑郁(名古屋大学大学院法学研究科・助教授)、北村泰三(熊本大学法学部・教授)、古賀衛(西南学院大学法学部・教授)、坂元茂樹(関西大学法学部・教授)、佐藤哲夫(一橋大学大学院法学研究科・教授)、佐分晴夫(名古屋大学大学院法学研究科・教授)、杉原高嶺(京都大学大学院法学研究科・教授)、芹田健太郎(神戸大学大学院国際協力研究科・教授)、田中則夫(龍谷大学法学部・教授)、中村道(神戸大学大学院法学研究科・教授)、藤田久一(関西大学法学部・教授)、古川照美(法政大学法学部・教授)、牧田幸人(島根大学法文学部・教授)、松井芳郎(名古屋大学大学院法学研究科・教授)、松田竹男(大阪市立大学大学院法学研究科・教授)、最上敏樹(国際基督教大学教養学部・教授)、薬師寺公夫(立命館大学法学部・教授)、山崎公士(新潟大学法学部・教授)、山下泰子(文教学院大学経営学部・教授)

〜〜〜〜〜〜〜〜

さて、この声明でもあるように、あるいはいろいろのエントリーで引用した多くの文献で、何回も書いているように、

「イラク戦争は間違い」

だったのです。
フセインの道義無き施政を糾弾することと、アメリカ主導のイラク戦争を糾弾することとは別のレイアーなのです。

もちろん、フセインも誤りをおかしました。
が、
イラクの事はイラクで。
あるいは、
「国連主導」でいくべきだったのです。
だがしかし、
アメリカは、国連を無視して先制攻撃をした。
これについて、今国内外から、アメリカが糾弾されているということなのです!!!


もう一度「国際法学者の声明」をよくお読みください。
また、しっかり、きっちりと勉強なさることをお奨めします!!!

さてさて。
あなたは以下のように質問を下さいました。↓

「フセインが原因の戦争に対するブッシュのふてぎわだけをとりあげて非難する先生の発言の目的、なにを訴えようとしているのですか?の質問には、答えられますか?それとも、あらためて耕作放棄ですか。」
と。


答えられます。
簡単です!!!
何回も書いているではないですか。

「国際紛争の手段は武力行使でなく対話を」。

です。

最後にもう一度書きますが、
私は決してフセインを擁護しているのではありません!!!
イラク戦争が間違いだったと述べているのです!!!
それ以上でも以下でもありません。

ここまで書いて、
なお、お分かりいただけなければ、Looperさんが書かれているとおり、あなたご自身が、フセイン問題を当時の状況、歴史などなどキッチリ調べて、具体的な提示をお示しください。
それでご自身が納得と理解をなさることを希望します!!!

なお、いつも書いているように、
討論、議論の相手として、
相応しい態度と、理性的、論理的、知的なコメントを希望します。

投稿: せとともこ | 2009.09.08 12:00

 わたしが参考にした新書版の文庫本は入門書ではありますが、入門書であるだけにその内容はごく穏当、常識的な一般論を概論としてまとめたものだと思う。それに対して、その著者は、有名な左巻き学者で、仲間が寄せ集まった政治的アピールとしての「イラク問題に関する国際法研究者の声明」を公表している。学者が書いた概論と、政治活動としてのアピールのちがいぐらいに気づかない先生のご職業は、何でしたっけ(笑)?
 先生は「イラク戦争が間違いだった」といって、ブッシュのまちがいはたくさんご指摘ですが、フセインのまちがいについては口も目も閉じたままです。あらためて教えてください。まちがった戦争としてのイラク戦争の戦争原因をつくった人、戦争がはじまった責任をおうべき最大の責任者はだれでしょうか?
 「国際紛争の手段は武力行使でなく対話」の理念には共感いたします。そして先生のいうとおり「安全保障理事会決議1441は、そのような同意を与えたものではない」としたらですよ、結局国連の対話路線は失敗した。ここ十数年の経過をみたときに、武力行使をつつしんだ対話路線ではフセインの国家犯罪は解決することはできなかった実態が証明されたとは思いませんか?

投稿: 罵愚 | 2009.09.08 16:59

 「国際紛争の手段は武力行使でなく対話」の理念には共感いたします。」と罵愚さん。

ああああ、、、、
あなたからこのようなコメントをいただけると、とても嬉しい。
そして、あなたのもどかしさもわからないではないが、、、
だがしかし、
理念を現実に近づけてはだんだん落ちていくのですよね、、、


「そして先生のいうとおり「安全保障理事会決議1441は、そのような同意を与えたものではない」としたらですよ、結局国連の対話路線は失敗した。」と罵愚さん。

????????
まだ途上だったのです。
が、
いきなりのアメリカの先制攻撃は先に書いた通り。

「ここ十数年の経過をみたときに、武力行使をつつしんだ対話路線ではフセインの国家犯罪は解決することはできなかった実態が証明されたとは思いませんか?」と罵愚さん。

?????????
Q.E.D. つまり証明終わり、とするからには、
もっと検証をしてください。


なお、フセインの罪は、あなたが提示して私に教えてください。
あなたが説明、分析、検証しなければ、
いつまでたっても、あなたの立ち位置は「的外れのいいがかり」から一歩も出ることはないのです。
これは私ではなく、あなたの「課題」なのです。
なぜならフセインの罪に拘っているのはあなただから。
と、言うことで、
頑張って提示してください。

最後に、
問題をクールに解決するには、自分自身を客観的にみて、書くことをお勧めします。
以前よりは随分、冷静、理性的なコメントがいただけるようになりました。
では、次回は生産的、有意義なコメントを期待しています。

投稿: せとともこ | 2009.09.09 17:00

 あいかわらず論点をねじまげて、進呈した質問への回答を避けた文章ですね。
 フセインの罪科についてはナチスにひとしい大量殺戮、人道犯罪、侵略戦争だと、はじめから何回も、わたしは説明をくりかえしておりますよ。それは開戦時には終わっていた犯罪ではなく、議論の発端となった寡婦迫害やアブ・グレブ刑務所での人道犯罪は継続中でした。したがって、沈静化して和平交渉中の違法開戦だったとは呼べないわけです。
 先生のいうとおり、国連の和平工作は、まだ途上だったとしたら、そのあいだにも多くの犠牲者が苦しんでいたわけです。アンファル作戦やクウェート侵攻は過去の終わった事件でも、おなじ種類の国家犯罪はアブ・グレブだけでなくイラク国内で継続中でした。わたしの最初の質問だった「女性の人権に過敏な先生がイラクの寡婦迫害に鈍感な理由?」は、まさしくこの部分への疑問だったわけです。
 あらためて、前回の質問をくりかえしますが、イラク戦争の原因者、責任者はブッシュでしょうか、それともフセインでしょうか?ふたりとも応分の責任がるとしても、どちらが主犯だったかの判断は、おありだと思うのですが…

投稿: 罵愚 | 2009.09.10 08:25

論点ずらし

??????
うううううう====ん。
わかりませんね、、、、


「フセインの罪科についてはナチスにひとしい大量殺戮、人道犯罪、侵略戦争だと、はじめから何回も、わたしは説明をくりかえしておりますよ。それは開戦時には終わっていた犯罪ではなく、議論の発端となった寡婦迫害やアブ・グレブ刑務所での人道犯罪は継続中でした。したがって、沈静化して和平交渉中の違法開戦だったとは呼べないわけです。」


あのぉおおおお。
この部分は、ご自分では書いている「つもり」らしいのですが、あなたの印象から一歩も出ていないのです。
ご自分で、もっと、詳しく分析と検証をしてください。
こんな「雑」な認識では、だめなのです。
まず、あなたのご意見というより、
ニュースソースなどなどもご提示くださいね。
歴史、背景、現状などなどです。
いつも言われる「イラクの寡婦迫害」もそんな言葉でなく、キッチリとニュースソースとその前後の展開もお書きください。


なお、何回も言うように、
私は、この問題については
「イラク戦争は間違いだった」ということを書いているのです。
べつにフセインを擁護していません!!!


フセインの罪については、
あなた自身が問題意識をかんじているのだから、
あなたが書くことなのです。


私は、「イラク戦争は間違い」と思っているので、
その問題について徹底的に調べて、識者やメディア、その他集めることが可能な情報を集めました。
その中で到達した結論です。
あなたは、「常識」とか言う曖昧で自分に都合の良い言葉でしか表現していないから、
いつまでたっても、そこから抜けることができないのです。
イラクの寡婦、寡婦、、、、ならばその迫害の実態を背景とともにしっかり分析してください。
それは、
あなたの「課題」です。
それができないなら、
いつまでたっても、
「的外れのいいがかり」なのです。

なお、女性の人権問題については、先のイラクの女性について書きました。(http://ts.way-nifty.com/makura/2009/08/post-8a7c.html)
如何にアメリカの戦後処理がイラクの女性を「迫害、陵辱しているか、、、」について検証しました。

イラクの寡婦迫害については、あなたがニュースソースとともに提出してください。
これは、私の問題とか私が論点ずらししているという問題ではないのです。
本当はご自分でも感じていらっしゃるように、
あなたご自身が問題と向き合っていないのです。
なぜなら一度たりともあなたの方から論理的検証を頂いたことがないのです。
印象だけでは、説得できないのです。

一度、
ご自分で論文を読んで、しっかり勉強することをお勧めします。
がんばってください。


最後の質問ですが、↓
「イラク戦争の原因者、責任者はブッシュでしょうか、それともフセインでしょうか?」
については、

私がどうのこうのというよりは、
ブッシュ自身が「間違いであった」と認めています。

ブッシュ以上に私が言えることはありませんが、、、、、、

投稿: せとともこ | 2009.09.10 09:47

 あいかわらず論点をねじまげて、進呈した質問への回答を避けた文章ですね。「イラク戦争開戦の最大の責任者、原因者はブッシュでしょうか、それともフセインでしょうか?」というのが、わたしの質問でした。それに対する回答が『ブッシュ自身が「間違いであった」と認めています』ですか。ブッシュは認めているが、先生は認めているか、どうか不明瞭ですね。わたしがうっかり、これを「ブッシュが原因者、責任者」と解釈すると、ころあいをはかって先生は『どこをどのように読めば、そのような結論がでるのでしょうか?』と言い出すつもりでしょう。すでに9月5日に、わたしはそれを経験しております(笑)。あらためてお質問いたします。先生もブッシュとおなじように「イラク戦争開戦の最大の責任者、原因者はブッシュだ」とのご認識でしょうか?そろそろ明確に返答していただきたいものです。
 ところで、わたしのフセインの犯歴とはアンファル作戦の大量殺戮兵器の使用、クウェート侵攻は侵略戦争、寡婦迫害やアブ・グレブ刑務所の実態は人道犯罪、の説明は先生には聞き入れてもらえず、論理的検証が不足していると非難されました。新聞やテレビで、あれほど大量に報道された事実が論理的検証不足として否定されたのには困りました。あれらの事実報道とそれに対する評価はすでに常識だとわたしは確信していたのですが、あれは「常識」とか言う曖昧で自分に都合の良い表現だといわれて否定されてしまえば、これ以上、一介のブロガーには証明しきれないかもしれません。しばらく考えさせてください。
 しかし、おなじレベルで先生が言い出した『ブッシュ自身が「間違いであった」と認めています』の記述ですが、これに関しては先生自身が『ニュースソースをご提示になっていません。こんな「雑」な認識では、だめなのです。キッチリとニュースソースとその前後の展開もお書きください。ご自分では書いている「つもり」らしいのですが、あなたの印象から一歩も出ていないのです。
ご自分で、もっと、詳しく分析と検証をしてください』のわたしへの感情的なご批判を、そのままお返ししておきます。そのうえで、おたずねしますが、そのブッシュの発言は大量破壊兵器の実在を誤認したことへのまちがいと責任に言及したものであって、開戦原因や責任を一方的に認めたものではないのでしょう。「イラク戦争開戦の最大の責任者、原因者はブッシュであって、フセインではない」と証言したものではないのではありませんか?
 この議論は、はじめから大量破壊兵器の有無が最大唯一の戦争原因とするあなたにに対して、開戦理由はそれだけではない、人道犯罪や侵略戦争や大量破壊兵器の使用も開戦理由だったというわたしの反論からはじまっていたと思います。ここにきて、先生はまた、最初に終わった議論を蒸し返すのだろうか?中間的結論は、相互に尊重しあいませんか?

投稿: 罵愚 | 2009.09.11 09:18

「この議論は、はじめから大量破壊兵器の有無が最大唯一の戦争原因とするあなたにに対して、開戦理由はそれだけではない、人道犯罪や侵略戦争や大量破壊兵器の使用も開戦理由だったというわたしの反論からはじまっていたと思います。ここにきて、先生はまた、最初に終わった議論を蒸し返すのだろうか?中間的結論は、相互に尊重しあいませんか?」

うううううう===ん。
なぁんというか、、、、、
もう一度、私のエントリーのイラク問題をご覧ください。
ニュースソースはすべて挙げています。

できれば、もう一度イラク問題について、
私を離れて、ご自分で検討してください。

私としては、現段階ではこれ以上、何も申すことはありません。

また、
新しい情報や、分析結果がありましたら、
お知らせください。

では。

投稿: せとともこ | 2009.09.11 09:48

>もう一度、私のエントリーのイラク問題をご覧ください。
ニュースソースはすべて挙げています。

管理者の意を尽くした正当な投稿文に、客人として来訪している外部の者が、執拗に、ケチを付け、からんでくるような行為は、ネット上では「アラシ」しとして取り扱われております。ネチケットは厳しく守らなければなりません。そうでなかったら、ネットは死んでしまいます。

投稿: 通りががり | 2009.09.11 14:20

 結局、最後まで「イラク戦争開戦の最大の責任者、原因者はブッシュでしょうか、それともフセインでしょうか?」の質問には答えられない。これって『管理者の意を尽くした正当な投稿文…に、執拗に、ケチを付け、からんでくるような行為』だろうか?
 いずれにして、答えられなかったという事実だけは残りましたね。

投稿: 罵愚 | 2009.09.11 14:55

 フセインの独裁政治がなければイラク戦争は起きなかったなんて,常識以前ジャン。そんな質問にご返事できない智子先生っておかしいと思うよ。

投稿: 高2女子 | 2009.09.15 10:50

こんにちは、高2女子さん。

>フセインの独裁政治がなければイラク戦争は起きなかった

まあね、歴史にifを考えることは無意味なんだけど、イランでイスラム革命が起きたときに、米国などがサウジやイラクを支援してフセイン政権の元になるような軍事国家成立の支援をしなければどうなったか?という仮定で考えてみますね。

あくまで仮定の上の事だけど、サウジやイラクもイスラム原理主義の流れに組み込まれた可能性はありますね。そしてたぶんクウェート付近で米国とイスラム革命連合との間で戦争がおきていたんじゃないか、なんて可能性は指摘出来ますね。

確かに、イラク戦争はおきないんだけど、状況によってはイスラム原理主義勢力と米国主導の勢力との間で第3次世界大戦に近いことがおきた可能性はあり得ますね。

投稿: 技術開発者 | 2009.09.15 11:20

高2女子さん。

「フセインの独裁政治がなければイラク戦争は起きなかった」

と、どこで書いたでしょうか?
そのような事を書いた記憶はないのですが、
もし、そう読み取れる箇所があるとしたら、
もう一度、改めて説明致しますので、
もしよろしければ、詳しくその箇所をお示しください。

投稿: せとともこ | 2009.09.15 11:21

>フセインの独裁政治がなければイラク戦争は起きなかったなんて,常識以前ジャン。

ホント!ホント!

ブッシュが大統領にならなきゃイラク戦争は起きなかったなんて、常識以前ジャン。

イラクがなきゃイラク戦争は起きなかったなんて、常識以前ジャン。

アメリカがなきゃイラク戦争は起きなかったなんて、常識以前ジャン。

イスラム教徒がなきゃイラク戦争は起きなかったなんて、常識以前ジャン。

キリスト教徒がなきゃイラク戦争は起きなかったなんて、常識以前ジャン。

人間がなきゃ戦争も起きないなんて、常識以前ジャン。

こりゃ、人類滅亡させるしか手はないか?(爆

投稿: Looper | 2009.09.15 16:35

おおおお〜〜〜〜
Looperさん。
アメリカンジョーク、効いていますねo(*^▽^*)o

確かに。
おっしゃる通りですね。
フゥムフゥム。

投稿: せとともこ | 2009.09.15 16:44

そうそう、Looperさん。
あなたの守備範囲とも言える、経済とイデオロギーのエントリーで、開発者さんと黒猫さんが盛り上がっています。
あなたのご意見もまたお聞かせいただけたら嬉しく思います♪

お忙しいとは思いますので、
もし、お時間がなければ、またいろいろ情報やアドバイスを別の機会にお寄せくださいね。
では、、、、

投稿: せとともこ | 2009.09.15 18:03

1大量破壊兵器があると誤解しちゃった説
(なかった)
2アルカイダの仲間と誤解した説
(世俗と原理なのであわない)
3石油欲しさ説(石油利権構造)
4軍事産業説
(軍事産業の役員で民営化された戦争)
5フセイン政権方針変更説
以前は外貨はドル建て・でも方針変わりユーロ建てをはじめたそうな?
それでアメリカは影響力低下を嫌がり介入し始めたという説
(この説は田中首相失脚説ともつながるとも)
6フランス・ロシアとの利権奪い合いの説

ざっと思いついた様々の有識者?の方のいう説を集めてみました。
他にもあるかも??

あの2人がいなければ戦争はおきなかったかどうかはわかんないですよね。なんとなく起きる確立は低くなるようにおもえますが・・・。

投稿: あゆ | 2009.09.15 18:05

おおおお〜〜〜
あゆさん。
実に分かりやすくズバリと本質を突いてくださり、
いつもながら感服。

あなたは本当にいいなぁ〜〜〜
と、素直に思った次第。
では、、、また。

投稿: せとともこ | 2009.09.15 18:19

 バグ氏の前では、おとなしゅうちぢこまっていたドブネズミたちが、相手が女子高校生に変わったとたんに、キバぁむき出して、いちゃもんざんまいやなぁ。よう思い出してみーや、あんたらは返事につまって話題をねじまげとると、何回もいわれていたやろう。
 バグ氏は視点を変えれば、いろいろな説明ができるが、それでもアメリカとイラクの戦争やった。フセイン政権とブッシュ政権、フセインとブッシュの戦争ともいえる。そのうえで、そのふたつのどちらがより一義的な原因者、責任者やろうか?どちらのほうがより罪深いやろか、ふたつからひとつを選びいや、といっとった。フセインのほうが悪いにきまっとるが、それでも、ブッシュもいけ好かんというなら、それもよろしい。そやけど、フセインは度外視して、ブッシュの悪口ばかり言うてんのは、ちょっと○がちがいまっせ。根性なおしいや、といわれても、せとともこ氏はむにゃむにゃと言い逃れをつづけとった。
 「人間がなきゃ戦争も起きないなんて、常識以前ジャン」「あの2人がいなければ戦争はおきなかったかどうかはわかんないですよね」なんて、まったくおなじねじ曲げをドブネズミたちがまだやっとる。もーええわ、ドブネズミが答えられないのは、よくわかったわ。もう、その返事は聞きとうない。むしろ、話を進めて、なぜドブネズミは答えられへんのか?そこのところをバグ氏から聞かせてもらいたいわ。

投稿: なにわのおばちゃん | 2009.09.16 15:34

ブログの方針として、
同一人物で別ハンドルでの投稿であったり、
あるいは、
誹謗中傷と管理人が判断した場合は、コメントの承認をしない場合がありますので、ご了承ください。

コメントを書かれるときは、
罵詈雑言は書かないようにお願いいたします。

さて、
これ以上、このテーマでの議論は同じ所をグルグルと回り、発展しそうにないので、
このあたりでコメント欄は閉じます。

投稿: せとともこ | 2009.09.16 17:45

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/46024792

この記事へのトラックバック一覧です: イラク問題について思うこと:

» 遠くて近きもの [反戦塾]
遠くて近きもの     極楽。     舟の道。    人のなか。 (枕草子167段) 遠くて近きもの   政権交代。   無料高速道。   日米のなか。 (反 [続きを読む]

受信: 2009.08.26 10:33

» アメリカの対イラク戦争-文明の破壊 [マスコミに載らない海外記事]
James Petras 2009年8月21日 Information Clearing House アメリカの7年間にわたるイラク戦争と占領は、幾つかの主要な [続きを読む]

受信: 2009.09.21 03:21

« 横須賀にはニミッツはいりません!!! | トップページ | 投票しよう 総選挙 »