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2009.09.02

政権交代ですね、、、

第45回衆議院選挙は民主党の歴史的な勝利と言うことで終わりました。
尤もな結果と、思うと同時に不安がよぎるのは、
民主党の手腕が未知の物であることに起因します。
また自民党が野党としてどれだけのチェック機能を果たすのか?
利権にからまない、自分の利益にならない、そんな野党にいつまでいられるか、、、と言うことで、いずれ雲集霧散。
民主党の中に忍び込みかき消えていくのでは???
と、言う思いもするのです。
なんにたとえよ 小泉さんと言うエントリーを挙げたのは2005年9月13日。
そう、あの郵政選挙で圧倒的な勝利を納めチルドレンがバンバンと産まれた直後に書いたものです。
あの折は得票率48%で73%の議席を獲得するという小選挙区制のカラクリの上にたったものでした。
が、そうであってもいろいろやってくれました、、、小泉さん。
そして安倍さん、福田さん、麻生さんとバトンがタッチされる度に国民である私たちはウンザリ。「もうこんなことはゴメンです」「ノーモア自民党」となってきたのです。
ついでにあの時はBGMと言うエントリーで、老練でイケイケの小泉さんには「ローハイド」の歌を贈り、民主党には「少年時代」と水戸黄門 「あゝ人生に涙あり」を贈ったのですが、、、
水戸黄門の方はなかなか効いたようですね。
フムフム。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
人生楽ありゃ苦もあるさ 
涙の後には虹も出る
歩いてゆくんだ しっかりと
自分の道をふみしめて

人生勇気が必要だ
くじけりゃ誰かが先に行く
あとから来たのに 追い越され
泣くのがいやならさあ歩け

人生涙と笑顔あり
そんなに悪くはないもんだ
なんにもしないで生きるより
何かを求めて生きようよ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

と、言うことで、では今回の自民党にどの様な歌をお贈りしようか?????
ウウウウ〜〜〜〜〜ム。
今の自民党。
贈るのはアレしかない。
ズバリ。
荒城の月。
土井晩翠作詞・滝廉太郎作曲
♪春高楼の 花の宴
巡る盃 影さして
千代の松が枝 分け出でし
昔の光 今いずこ

秋陣営の霜の色
鳴きゆく雁の数見せて
植うる剣に照り沿いし
昔の光 今いずこ

今荒城の 夜半の月
変わらぬ光 誰がためぞ
垣に残るは ただ葛
松に歌うは ただ嵐

天上影は 変わらねど
栄枯は移る 世の姿
映さんとてか 今も尚
ああ荒城の夜半の月
==============
「天上影は 変わらねど
栄枯は移る 世の姿」
と、言うことで栄枯盛衰は世の常。
今、栄えているからとて次はどうなるものともわかりません。
また逆も真で、今落ち目でも次は捲土重来、巻き返しもあります。
あるのですが、
そのためには、しっかりと敗因を分析して、次に如何にあるかをキッチリとみていくことです。
敗因はズバリ。
国民の目線で政治を行わなかった、国民を味方にすることができなかった。
というものです。

では、どこがどのように国民にとって「不満であり、納得できなかったか?」をこれから分析していきます。
まず、雇用。
この10年間で正規労働者が409万人も減り、その代わりに、非正規労働者が606万人増加。
自民、公明、民主、社民賛成した1999年の労働者派遣法により、
派遣労働を原則自由化とし、実質的に「使い捨て」労働の定着と増加。

2001年に発足した小泉内閣は、さらに「構造改革」を加速。
「不良債権処理」の名で中小企業つぶしと2003年の「産業再生」法を延長で大企業のリストラを後押し。
同時に2004年3月からは製造業への派遣を解禁。
熟練労働者から不慣れな新規の派遣社員に任せることで、
この法律はやがて、派遣労働者の労働災害増加へと結びつきます。
(2007年の死傷者数(5885人)2004年と比べると9倍)。
2008年後半、大企業は製造業を中心に大量の「派遣切り」「期間工切り」が始まりました。
さらにさらに、、、、
特筆すべきは、
「社会保障」
2002年度から毎年、社会保障費の自然増分から2200億円(初年度は3000億円)削減。
抑制の対象は医療、介護、年金、生活保護と社会保障のあらゆる分野です。「医療崩壊」が日増しに増えてきました。
国民健康保険料が払えずに正規の国保証を取り上げられた世帯は約158万世帯。
生活保護切り縮め。
老齢加算の廃止。
2008年4月に導入された後期高齢者医療制度。
などなど、、、、、、
国民の生活は今や乾いたタオル。
どんなに絞ろうとしても一滴もでません。
それにしても自民党。
本当に「痛みを押しつけて」いたのですね、、、
改めて見ればみるほど。
フム。
それでもなお、絞ろうと、する自民党と公明党の政権にホトホト嫌気がさしたのが今回の国民の「民意」です。
去っていく自民党がグチャグチャにしたものを再建することは、かなり骨のおれることであろうし、時間がかかるとも思います。

ところで鳩山さん。
お好きな言葉は「友愛」とか、、、、
実は小泉首相、第89代首相に選出されたとき自民党両院議員総会で言われた言葉が実篤でした。
「仲良きことは美しきかなの精神でやってほしい」。
あの折、私は実篤の〜〜悪しき政治は不幸の種子をまくことになるので、恐れなければならない。
 しかしその時もよき友をもち、よき隣人をもち、お互に協力し助けあえるものは、幸福である(実篤)〜〜も書いたのですが、
実に深いですね、小泉さん>
「悪しき政治は不幸の種子をまくことになるので、恐れなければならない。」
だそうです。

さてさて。
と言うことでますます、
政権担当を任された民主党には、いつでも国民目線で私たちの生活を守る政策を行っていくことを願い、期待するものです!!!

次は教育や憲法も見ていく予定です。

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コメント

こんにちは、せとさん。

>利権にからまない、自分の利益にならない、そんな野党にいつまでいられるか、、、と言うことで、いずれ雲集霧散。
>民主党の中に忍び込みかき消えていくのでは???

昨年の10月麻生政権の始まりの頃に「解散総選挙をして政権交代が起こったら」というシミュレーションをした事があります。その頃にはそういう予想が結構強くありました。「自民党そのものに野党議員として結束し続けるだけの魅力があるか」みたいな話ですね。その頃の予想では自民党が負けても与野党比率55:45程度で考えていまして、その45になった自民党の中から分派して民主党にすり寄る者の集団が比率で15くらい出てきて、与野党比率70:30くらいまでは行くんじゃないかなんてね。ところが現実は解散総選挙を引き延ばす事で差が開いてしまった訳です。こうなると、逆に「分派すり寄り」は起こりにくくなるんですね。上のシミュレーションでも70:30くらいで安定すると考えたのは、別に30が意志堅固ということではなくて、それ以下になると「動きにくくなる」というだけなんですね。

とまあ、専門的な(何が?)解析の話はおいておきましてね。私自身はやっと二大政党制が始まったことに「よかった」という思いと危惧の両方を感じている訳です。二大政党の価値というのは、実のところ国民の政治意識が喚起されやすいという事なんです。長期与党の存在というのは「どうせ、なにしても変わらないから」と国民の政治参加意識を低下させるものなんですね。でもって、危惧というのは二大政党制というのは、その2つの政党の基本政策が似たものに成りやすいということなんです。つまりドラスティクな国家方針の変更みたいな事がむしろおきない訳です。つまり選択肢は手に入れたけど選択の幅は狭くなるという現象がおきるんですね。その部分を心配しています。

投稿: 技術開発者 | 2009.09.02 13:28

技術開発者さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。

それにしても地殻変動、音を立てましたね、、、


「その頃の予想では自民党が負けても与野党比率55:45程度で考えていまして、その45になった自民党の中から分派して民主党にすり寄る者の集団が比率で15くらい出てきて、与野党比率70:30くらいまでは行くんじゃないかなんてね。ところが現実は解散総選挙を引き延ばす事で差が開いてしまった訳です。こうなると、逆に「分派すり寄り」は起こりにくくなるんですね。上のシミュレーションでも70:30くらいで安定すると考えたのは、別に30が意志堅固ということではなくて、それ以下になると「動きにくくなる」というだけなんですね。」


なるほど。
そうですね、、、、
今、自民党で当選した議員はそれなりに「自民党」だったわけで、今更引き受けてがないくらい「自民党」ということですか、、、、、
民主党にしても「うまみ」のない議員が入るくらいならキッパリと撥ね付けた方が「見た目」がいいかもしれませんね、、、
なぁんというか、こんなことを国民が考えるくらい政治というのは利権と結びついているという感触を拭いきらないからでしょうか、、、、


さて、二大政党。
個人的には、何も変らない政党が双子のように聳えている感がします。
その合間に私たちの要求や願いがこぼれ落ちていくような、、、、
きめ細かい政治を願う私としては小さな政党に発言の機会や政治を動かす原動力になってもらいたいと思うのですが、、、、
さてさて。
どうなるか今後に注目ですね。

投稿: せとともこ | 2009.09.02 14:28

こんにちは、せとさん。

>なぁんというか、こんなことを国民が考えるくらい政治というのは利権と結びついているという感触を拭いきらないからでしょうか、、、、

もともと、政治というのは個人のきちんとした利権意識の集合によって動くべきものなんですね。私が以前言った「我がため、我が子のため」を基本に「どんな社会で暮らしたいか」です。

以前、フェビアン社会主義の基本として、「資本主義経済を行えば格差は広がる。格差の上より下の方が常に数は多い。それゆえ一人一票が行使された結果として、政府は格差を是正する政策を行う事になる」なんて話をしたと思うんですね。これなんかも、個人のきちんとした利権意識と言える訳です。

また、「自民党とは稚拙な格差是正政策を行ってきたフェビアン社会主義政党である」という事も書いたと思います。工業が伸びれば農業との間に格差は広がる訳です。だから食管法や農業振興補助金などで農業と工業の格差を縮めようとした。その結果として田園部で絶大な支持を得ていた訳です。また、工業が労働集約型から知識集約型に変化すると労働集約型産業と知識集約型産業や第3次産業との間に格差が広がります。だから、ハコモノ行政と言われながら労働集約型産業の典型ともいえる建設業に公共投資という形で仕事を出してきた訳です。その結果として建設業などで絶大な支持を得ていた訳です。つまり自民党を支えていた支持層というのは、自民党の行う格差是正政策による利益を得ていた層なんです。また、正規雇用の終身雇用が多ければ、「会社が儲かれば社員も豊かになる」と言う言い方で、社会保障よりも起業収益をのばすための政策を行っても、きちんと分け前が社員にも行くので支持される訳です。

こう考えてみると、自民党が政権を失った流れが見えてくるのではないでしょうか?自民党支持層の多くは自民党が産業間格差是正政策を行う、あるいは会社と社員の利益が一致する中で会社の利益を図るから支持していた訳です。実のところ、自民党は「自分が何故支持されるか?」を見失った感じがします。或る意味では、国民も「自分がなぜ自民党を支持するか」の根底を失ったのが小泉選挙だったのかもしれませんね。

変な話をするとね、社会で「偉い」と言われる仕事は実は汚れ仕事なんですね。医者は病んでしまった病人ばかりをみなくてはならない(たまには正常な身体を診察したいかも:笑)。弁護士は人の罪やら争いばかりを見なくてはならない(たまには、和気藹々の民事紛争を・・・そんなものは無い:笑)。政治家というのも、本来は国民一人一人が持つ「欲」と向き合う仕事のはずなんです。決して綺麗ではない欲が国民の数だけ押し寄せてくる中で政策を決定するからこそ偉かった訳ですよ。

投稿: 技術開発者 | 2009.09.02 16:14

TBありがとうございました。
国政では歴史的政権交代劇が起こり、メディアも国民も不安と期待の交錯する複雑な心境に揺られ、固唾を呑んで政権交代移行過程を見つめていますが、本当は未だに政権交代は道半ばだと思っています。
私は口下手なので思った事の10分の1も言葉や文章で伝える事が出来ないのですが、私のブログに次のような記事を挙げました。『地方の政権交代推進と地方商工会と青年会議所の歪な形態と権力の偏向…』
中央で政権交代して政官財の癒着トライアングルを壊す態勢が整っても政権交代していない地方の政官業癒着トライアングルを壊す態勢は整いません。未だに慣習的権力の偏りと新しい経済奮起の道は狭く険しく地方の発展を阻害しています。
私は別に民主党支持者ではないんですが、政権交代に意義有りと応援しているのです。しかし、地方の政権交代が成されるまでは日本国内の底辺からの経済浮揚は難しいと思っています。まだまだ、日本社会の悪癖は根深いです。
これからは身近な話しから問題提起して地方の弊害を白日の下に曝し地方分権の前に地方政権交代に少しでも貢献したいと思っています。私なんかのブログを読んでくれる人は奇特な人達で数も少ないですが、一人でも二人でも声が届けば意味が在ると自分に言い聞かせ挑戦するつもりです。
普段はイデオロギーや政治の話は喧嘩の原因になるので、友人は別にして仕事上極力控えているのですが、ブログではその点、利害が発生しないので自由に言葉や文章で表現できます。
でも、不思議ですね…本来、ブログ記事にはいろんな本を読んで読書感想文的な稚拙な思いを綴るつもりでいたのに、最初から政治関連に偏ってしまいました‥反省反省…
しかし、多数の他者ブログ記事には思い出す事も有り新しく学ぶ事も有り楽しく有意義にブログを利用しています。

投稿: | 2009.09.02 19:24

技術開発者さん、こんばんは。
自民党が政権を失った理由、いつも鋭い分析で感心しています。
ただ、小泉構想改革も、当初は閉塞的な現状を打破するものとして期待されていたと思います。
古い産業を見捨てても、新しい産業がそれなりに労働力を吸収するものであれば、それほど大きな不満にはならなかったと思います。
俗に金は天下の回りものといいますが、知識集約型の産業社会というのは金を回さない構造になっているのだと思います。小泉さんも竹中さんも気づかず、対策を打たなかったところに、こんな大変動をおこすほど国民が不満を募らせた原因があると見ています。
さて、民主党はこのことを自覚しているのか。自覚していなければ麻生内閣の二の舞を踏むような気がします。

瀬戸さん、ご無沙汰しております。
自民党に送る歌、私なら

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 (ちょっと月並みですが、)
.....................................................
猛き者もついには滅びぬ
あ、滅びてもらっては二大政党にならないので

投稿: Johannes-Chrysostomos(黄金の口) | 2009.09.02 22:43

こんにちは、Johannes-Chrysostomos(黄金の口)|さん。

>ただ、小泉構想改革も、当初は閉塞的な現状を打破するものとして期待されていたと思います。

はい、たとえて言うと、病気の治療が必要な段階である事は確かだったのですが治療方針が間違っていた訳です。昔、水虫のかゆみに「足を切り落としたいくらいのかゆみ」と言った人がいましたが、そのかゆみは治療の必要があるのはす間違いないですし、足を切り落とせばかゆみはとまるのですが、足を切り落とすと、その後の生活が著しく不便になります。あまり、良い例えではありませんが、水虫のかゆみに足を切り落とすような選択枝を提供され、それを選んだのが小泉選挙であったような気がします。

まず、「システムの腐敗」と言う事から説明します。ここで気を付けていただきたいのは、「システムの行き詰まり」の主たる原因が「システムの腐敗」であることは稀であるということです。システムの行き詰まりには多く場合別な主原因があります。ただ、システムが行き詰まると、それまでうまく機能していた時には「こういう腐敗もあるけどシステムが動くことは大事だから」と目をつむっていた腐敗に目が向きやすくなり、問題視される事が多くなります。ここで、出て来るプロパガンダが「腐敗しているからうまく行かないんだ、腐敗を一掃すればうまく行くんだ」です。これは、行き詰まったシステムを壊したい場合に、良く使われる手法でして「ただ、この腐敗はシステムと強く結びついているからシステムごと壊さなくては成らない」と使われます。システムが行き詰まっていますから、壊すのは構わないわけです。ただ、この考えに囚われると、腐敗ごとシステムを壊した後に作り上げる新たなシステムも「行き詰まりの主原因」をきちんと認識したものにならず、行き詰まる事になります。私が現在懸念していることの一つは、多くの国民に「行き詰まりの原因は腐敗である」という認識ができているのではないかという事です。システムの行き詰まりの主原因をきちんと把握しない再構築は、「腐敗は一掃したけどやはり行き詰まるシステムの構築」につながります。

もう少し、「腐敗」について解析すると、腐敗が進行するのは適切な監視体制が無いからです。或る程度きちんとした監視体制のもとでは、腐敗は起こりますが蔓延は食い止められる訳です。そして多く場合、行政と言うことに監視体制は構築されます。ところが、監視体制が正しく構築できない政策というのがあります。それは「目的を偽った政策」の場合です。例としてダム建設を挙げましょう。建前上の目的は「治水・利水」という将来に向けてのインフラ整備です。ところが暗黙裏の目的として、「その地方に土木工事を起こす事で、地方の建設業者に仕事を与え、また、後のダム管理業務も含めてその地方の労働者の雇用を確保する」という事がある訳です。建前上の目的では、「或る水準のダムをできるだけ安くつくる」事が大事ですが、暗黙裏の目的では「その地方にどれだけ雇用をもたらして格差の是正をはかるか」が大事になります。ここに、いわゆる政治家の「口利き」が生ずる訳です。地方の政治家はこの暗黙裏の目的を期待されてその地方で当選しています。次もその地方で選挙に勝つためには、その地方にできるだけ広く仕事を撒かなくては成らないわけです。この暗黙裏の目的を果たすためのシステムは表にでるものではありませんから、当然、監視システムはありません。

私は上で「稚拙なフェビアン社会主義政策」と書きました。我が国は或る意味でずっと格差是正政策を必要としてきましたし、自民党はそれに応えた面があります。ただし、それを「格差是正政策」として正面から議論することなく、それを暗黙裏の目的として建前には「発展のための政策」としてきたわけです。そのため、監視されることのない「分配組織」が生まれ、腐敗してきた訳です。

投稿: 技術開発者 | 2009.09.03 08:46

社会保障も少子化も財政も先日書きました。

連日新聞は選挙関連だらけ・・・。
数日日経を一通り読んでいます。

いろいろ読んでたら小泉改革を継承したのは安部さんでも麻生さんでもなく鳩山さん?????(笑い)

大幅な公共事業削減
キャッチコピー選挙
官邸主導

です。

もっとも新聞には表向きは官邸主導で実際は小泉内閣の唯一の政策は郵政民営化でそれ以外は官僚にまかせて構造改革の名をつけたそうです。

投稿: あゆ | 2009.09.03 13:17

技術開発者 さん。
よさん。
Johannes-Chrysostomos(黄金の口) さん。
あゆさん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。

技術開発者 さん。>
とてもよくわかる構図。
納得しました!!!
システムの腐敗。
そうですね、、、
腐敗が明らかになる頃は当然、腐敗が末期にまで来ていることで、隠しようがなくなったということですね。
ゆえに、それを見せつけられる側は「どうして、ここまで隠していたんだぁ、、、、、」と声高に叫び、
捨て去ること、取り除くことしか目に入らなくなるんでしょうか。
結果、また新しいシステムでも同じことの繰り返し。
それはつまり「監視システム」というものの機能を軽く見積もっていたためですかねぁ????

ううううう====む。
いずれにしても、間違いはデフォですが、そこから何を学ぶかが、問われるんだと思います。
しっかりと見極めていきたいと思っているのですが、、、、、
またいろいろお教えくださいね。


よさん>
地方分権ですか、、、
そうですね。
この問題も構造改革でグチャグチャにされ痛みを押しつけられた一つですね、、、、
今度道州制ウンタラと言っていますが、この問題もどうなるか注目です。

さて、よさん。
読書感想の方もドンドン書かれてくださいね。
楽しみです。(o^-^o)

Johannes-Chrysostomos(黄金の口) さん>
お久しぶりです。
お元気ですか?
なんだかこの半年、いろんなことがありましたね。
時間の流れが早いです。
あなたと科学の話をしていたのは、昨年の暮でしたっけ???
ついこの前みたいに思うのですが、、、、、、


さてさて。
黄金の口さんは自民党へは平家物語ですか。
フムフム。
私もちょいと頭をよぎりましたよ。
それと鴨長明と。
まぁ、いずれにしても、先般の郵政選挙が取りすぎたのでしょうか????
過ぎたるは及ばざるが如しですね。
民主党もどうなるか、しっかり注目です。

では、、、またお声お聞かせくださいね。楽しみにしています。

あゆさん>
「もっとも新聞には表向きは官邸主導で実際は小泉内閣の唯一の政策は郵政民営化でそれ以外は官僚にまかせて構造改革の名をつけたそうです。」


フゥム、、、、
フムフム。
ですね。
真意がどこにあるか????
民主党も一枚岩ではないので、これからが問われるところですね。
さてさて、お手並み拝見。
とは言え、
私たちの声は倦まず休まず届けることは必要でしょうね。
これからもお互いに励まし合っていきましょうね♪

投稿: せとともこ | 2009.09.03 14:48

技術開発者さん、RESありがとうございます。
水虫の足のたとえ話を拝借して言うと、従来の不況であれば足を切断しても、再生したわけです。ところが、小泉構造改革のときは、再生しなかった。それで話が違うじゃないかとなったのだと思います。
再生しなかった背景には、技術開発者さんが仰るように、格差を是正する本音のところの仕組みが機能しなくなったことがあると思います。それと、日本人が消費者の視点で行動するようになったことが挙げられます。
子供や年金生活の老人を除けば、消費者と生産者は表裏一体のはずですが、消費者としての意識が強くなってきたということです。
消費者というのは、生産者と消費者との間に取次業者がいたとすると、それは中間マージンを取るよけいな介在物だとして、排除する立場にあるものです。(問い屋で働いていた人は職を失うのですが)
そういった意識でみると、地方の道路整備などは無駄に見え、小泉構造改革の方向性と一致します。
それが、前の選挙で小泉氏が圧倒的な支持を得た理由ですが、今回の選挙でも、国民は消費者の視点から政権交代を選択したように見えます。
消費者としての意識だけが異様に増大したままでは、雇用機会も増えないし、格差是正もなかなか行えないのではと懸念している次第です。

投稿: Johannes Chrysostomos | 2009.09.03 23:09

こんにちは、Johannes Chrysostomosさん。

>消費者としての意識だけが異様に増大したままでは、雇用機会も増えないし、格差是正もなかなか行えないのではと懸念している次第です。

なんていうかな、国民の意識の変化も含めて、もっとその大元にある「経済の必然」の部分というのを考えて見たいんですね。

「色の白いは七難隠す」なんて言葉もあるけど、経済に関して言うと「経済の成長は七難隠す」面があるんです。特に高度経済成長というのはね。その時期って言うのは実のところ「どんな政策を行っても、悪い部分は目立たない」んですね。問題は経済の成長が鈍ると、高度成長期に内在していた問題が一斉に芽吹いて困り事の花を咲かせる訳です。

なんていうか、この時期には「高度成長が終わった、これからは安定成長だ」と社会のシステムを安定成長用に組み替えながら、その「困り事の花」をつみ取っていく必要のある時期なんですね。でもね、人間というのは、なかなか、そう簡単に意識を変えることができないものなんですね。「もう少し経済成長のペースが良ければ」という意識で、高度成長期に成長に効果のあったことを続けてしまうんです。でもね、高度成長の終わりというのは「経済の必然」によって生じているので、高度成長期の様な効果が無いだけではなくて、「困り事の花」に肥やしをやる様な結果になってしまうものなんです。例えばね、高度成長期の後期に国内消費が鈍るんですね。そうすると、成長を維持するために国外の需要への対応が増える、つまり輸出が増加するんです。輸出と輸入というのは或る程度バランスしなくてはなりません(現実には日本は10兆円規模の輸出超過を続けてますけどね)から、輸入が増えるんです。輸入が増えるとその輸入品と競合する国内産業は衰退して、所得の低下した層を生み、その層の分だけ国内消費は冷え込むなんてね。

少し、この「経済の必然」の事を説明しますと、一言で言うと「消費の鈍化」なんです、「市場の飽和」という言い方もできます。私は、「4人家族、部屋が5つ、6台目のTVはどうすれば買って貰えるでしょう」なんて言いますけどね。こういう言い方をするといろいろ反論を貰うんです、「次々と欲しくなる新製品を作れば良い」とかね。でもね、なんていうか高度成長期の中期にあった「カラーTVも欲しい、クーラーも欲しい、自動車もいつか買おう」という強い消費欲求はもはや国民に無いのです。

「消費欲求」が鈍化しても、「所得欲求」はなかなか連動しません。「欲しい物もそうは無いから、給料もほどほどでいいや」と直ぐに言って貰えるとハッピーなんですが、なかなかそうはいかないのです。じゃ、その消費されない所得は何処に行くかも考えて欲しいのですね、貯蓄や投資に回る訳です。ところが、貯蓄や投資は、その投資先を必要とします。しかし、消費が鈍化した世界では、いわゆる実体経済の投資先も以前ほど資金を必要としなくなっているため、資金のたぶつきが生じてしまうんです。

その結果として、「景気がそれほど上向かないのにて物価が上昇する」というスタグフレーションが起こりやすくなります。物価の上昇を受けて「給料を上げろ」となり給料を上げても消費は伸びずに、その部分が物価に反映して物価が上昇するというスタグフレーションのスパイラル現象も懸念されてしまう訳です。

実は、ケインズ経済学や新古典派総合の経済学者がフリードマンの新自由主義経済学に押しのけられてしまった大きな原因の一つが、このスタグフレーション対策であったわけです。ケインズ経済学や新古典派総合は対策を示せなかったのに対して新自由主義経済学は対策を示しました(私に言わせると長期的には破綻するしかない悲劇的な対策ですけどね)。新自由主義経済学の考え方を簡単に言うと「無理矢理実体需要を掘り起こしながら、所得欲求に全てを任せて、強引に経済を回せ」です。こういう無理をしても、その結果として経済が高度成長期なみに成長すると、「七難隠す」が起こりますから、短期的には、とてもうまく行くように見えるのです。

ざっと、「行き詰まり」の大元にある「経済の必然」と新自由主義の台頭の事を説明してみました。

投稿: 技術開発者 | 2009.09.04 08:46

技術開発者さん、再々の解説、ありがとうございます。
スタグフレーションですか。そういえば高度経済成長が終わったころ、よく耳にした言葉です。
サミットもスタグフレーションを抑え込むために始まったのでしたっけ。
ただ、日本はバブル崩壊以降、デフレになってしまい、スタグフレーションという言葉も遠い言葉になってしまいました。
デフレ下では、貯蓄のある人は(利子が雀の涙ほどになったと騒いでいますが)利子がなくても実質資産は増えますし、ローンを組んでいる人は厳しい状況になっています。
賃金は、たとえ名目であろうと減らされるjことに強い抵抗があるので、賃金が硬直化します。
それやこれやで、所得の再配分がますます難しい状況になっています。

高度経済成長が終わってもう30年以上たちますが、まだ、低成長下で幸せに暮らしていく方法は見いだせていないのですね。

投稿: Johannes Chrysostomos(黄金の口) | 2009.09.05 01:19

こんにちは、Johannes Chrysostomos(黄金の口)さん。

>高度経済成長が終わってもう30年以上たちますが、まだ、低成長下で幸せに暮らしていく方法は見いだせていないのですね。

経済学という学問の視点から見れば、解決法は無いわけでは無いのですが、人間の持つ個々の「慣性力」とそれが集まった社会の「慣性力」は成長期のスタイルを容易に手放せないのです。本来は、そういう時こそ、政治が「将来像」を描くことで意識の変換をもたらさなくては成らないのですが、それに失敗しているという気がします。

アマルティア・センなどを代表とする厚生経済学は経済学に新たに「社会学・倫理学」的な視点を導入しています。つまり、「経済活動」そのものを「経済を発展させる」という目的をもつものとして見ずに、「人間社会の幸福を増大させる」という目的を持つ活動として見る訳です。そして、個々の活動を「社会の幸福を増大させる」という視点で数値化します。これまで「総生産(GDP)」という指標で、「経済発展」への貢献を数値化していたものを、「総幸福生産(GHP)」に置き換えて数値化していくわけですね。

このような考え方をきちんと理解する上では、「動機の解析」というのは重要です。私は良く「原始共産制にも格差は在った」なんて話をします。収穫物を私有せず公有化して皆で消費する原始共産制に「所得の格差」というのは無いのですが「社会的威勢の格差」というのは厳然と存在します。つまり、獲ってきた獲物を皆で食べる狩猟民族でも、「良い狩人」と「あまり良くない狩人」という区別は在る訳です。ただ、それが「分配に影響しない」だけです。分配には影響しないけど、「誰が優れた狩人であるか」という意識は部族の皆で共有されているし、子供たちは「優れた狩人は尊敬されるから自分も大きくなったらそうなりたい」と思うわけです。こうやって、「優れた狩人」という人材を切らさずに続いてきたのが、今でもわずかに残っている狩猟部族であるわけです。人類が大きな経済成長を望んだときに、「社会的威勢の格差」だけでは推進力が不足したために、「収穫物の分配の格差」というのを導入することで大きな推進力を得ようとしてきた流れに見えます。

経済発展を或る程度の速度で満足しなくては成らない時代に成ったときに、「格差」というものや、それがもたらす「動機付け」をもう一度見直す必要があるのかも知れませんね。

投稿: 技術開発者 | 2009.09.07 08:50

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» 蒼いウサギではなく赤いニシンだった酒井法子 [逝きし世の面影]
歴史的な政権交代の、歴史上最長40日間の選挙戦で、市民の世論形成で最も影響が有る映像メディア(テレビのニュース枠)は、まるで酒井法子が立候補してるんじゃないと勘違いするほど『酒井法子 さかいのりこ』一辺倒であった。 新聞とは違い時間的制約が有る放送では、国民が関心が有る選挙報道は其の分少なくなるのは当然の理である。 今回歴史的な初めての色々な重大事が続いたが、テレビ枠のニュースでも『報道量の最も少ない選挙戦』で、選挙報道自体が歴史的に異常な出来事であったのです。 一党独裁の長期政権の政権交代が確... [続きを読む]

受信: 2009.09.03 10:53

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