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2009.09.10

文学の中での菊

昨日は9月9日で重陽の節句でした。
私も混ぜ御飯を炊いたりして、秘かにお祝いしました。
本当は昨日書くつもりだった「菊と文学」ですが、
なんだか天気がハッキリしなくて、書く気が起こらなかったのです。
が、
今日はスッキリした秋晴れ。
清々しい。
こんな日には文学を。

と、言うことで菊と文学。

万葉集では百代草として歌が詠まれています。
「父母が 殿の後方(しりへ)の
百代草(ももよぐさ) 百代いでませ
わが来たるまで」

また古今集では、凡河内躬恒 の
「心あてに 折らばや折らむ 初霜の
置きまどはせる 白菊の花」
などが登場。

そして文学で最初に登場するのは紫式部。
源氏物語に表れる菊は「うつろいやすいもの」というイメージです。
また清少納言も菊について、うつろいやすいところがいいと書いています。

うううう〜〜〜ん。
菊ってうつろいやすいイメージがあるんですね。
私なんかは、ガッチリしたイメージがあるんですが。
うつろう、とか儚いイメージはコスモスとかそんな感じだが。
まぁ、平安の花のイメージはそんなだったのでしょうか、、、、、

さて、次に菊。
ズバリ。
雨月物語。
「菊花の契り」
これは、ちょっと「走れメロス」を思わせるのですが、、、
ところで、9月9日は「男色の日」でもあるのですが、、、、
はぁっ、、、と悩みますね。
その謂れが、この「菊花の契り」とも言うらしいのですが、どうなんでしょう。
因みに4月4日って「オカマの日」らしいです。
3月3日と5月5日の間だから、、、
なんだかそのユーモアには微笑んでしまいますが、
いろんな「日」があるんですねぇ、、、

閑話休題。

次に文学における菊では「舞踏会」
芥川龍之介です。
「幅の広い階段の両側には、殆(ほとんど)人工に近い大輪の菊の花が、三重の籬(まがき)を造つてゐた。菊は一番奥のがうす紅(べに)、中程のが濃い黄色、一番前のがまつ白な花びらを流蘇(ふさ)の如く乱してゐるのであつた。」

これは、個人的には、よくわからない小説なので、何とも言えないのですが、
菊が表わすものは「日本」であり、「人工」であり「背伸び」なのかなぁ????
どうなのでしょうか。

さて、個人的に好きなのは「野菊の墓」
舞台となった松戸や矢切の渡しの近くに住んでいたことがあります。
日曜日には、夫と江戸川沿いを自転車で走ったことを思い出します。
さて、野菊の墓。
「民さんは野菊が大変好きであったに野菊を掘ってきて植えればよかった。いや直ぐ掘ってきて植えよう。こう考えてあたりを見ると、不思議に野菊が繁ってる。弔いの人に踏まれたらしいがなお茎立って青々として居る。民さんは野菊の中へ葬られたのだ。僕はようやく少し落着いて人々と共に墓場を辞した。」

切なく淡い恋です。
時代を思えば、ますます切なくなります、、、、、

さてさてさて。
文学における菊。
まだまだあるのですが、
渡来とは言え、今ではもうすっかり身近な花ゆえ、
短歌や俳句にも数多く出てきます。

青い空と深紅の花びらが寄せ集まった小さな菊。
とても似合います!!!

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コメント

ちょっと品のないコメントで恐縮ですが(笑)。

>>その謂れが、この「菊花の契り」とも言うらしいのですが、どうなんでしょう。

穢れのない少年の頃は、それこそ単に「走れメロス」のような純粋な友情譚だと解していたのですが、後に男色のニュアンスが濃厚な一編だと識ってちょっと驚かされました。

そう謂えば、稚児趣味のペドフィリアやネクロフィリアやカニバリズムのエログロ的嗜好を前面に出した「青頭巾」みたいな話もありますしねぇ。

しかも、表題の「菊花」と謂う言葉が地口として「菊座」とか「菊門」に掛けられていると識って、かなりげんなりした覚えがあります(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2009.09.10 14:48

黒猫さん。

「穢れのない少年の頃は、それこそ単に「走れメロス」のような純粋な友情譚だと解していたのですが、後に男色のニュアンスが濃厚な一編だと識ってちょっと驚かされました。」


ははは、、、
そうですね。
文学の中ではお馴染の世界です。
私は一休禅師は好きなので、いろいろ読んでいるのですが、なかなかな方ですね(^-^;
まぁ、奥が深く、いろいろと勉強になります。
と、言うことでまたね!!!

投稿: せとともこ | 2009.09.10 16:01

あー、これは松戸の話ですか。。矢切の渡しね。
木下恵介の映画もいいですね。あの、卵形の画面も。。

わたしはニキビ面の、美しい十代で、読んだはず。

民さん。。という名前の響きと、漢字が、なんとも言えない。。名は人を表すっち言いますね。多美さんじゃ、困るね。

けさ、毎日新聞で大江健三郎の新作の紹介と、大江とルクレジオの対談が載っていた。ルクレジオは、あなたの作品ではセブンティーンがベストだ、と。何語の翻訳で読んだのか知らないが、これを翻訳したってのが目が高い。あの頃の大江はよかった。

大江の新作は、軍国主義者=父親(の死の)話らしい。大江の文学に大きな影響を与えた、と言っている。わたしの父は4年前に死んだが、死ぬ三ヶ月前の深夜、たおれて病院に担ぎ込んだ。応急の狭い屋根裏部屋のような狭い病室のベッドに寝かして帰ろう、とおもったら、親父が中空をみつめて、一人語りで、わしは中国の農村で、農家に押し入り、主が泣いてそれだけは連れて行かないでくれ、というのを振り切って、牛を徴集した、という話をし出した。農家に牛がいなくなればどうなるか、親父は知っている。軍人はみんな悪いことをしたんよね、とつまらん応答をわたしはしたが、親父は聴いていない。日支事変後、志願兵として中国で戦った話を、まったく交わしたことがなかった。

韓国で評判の映画、牛の鈴音。http://www.cine.co.jp/ushinosuzuoto/
予告編を見ながらそんなことを思い出しました。田舎の牛は母が世話をした。小学生のころ母から牛使いを教えてもらったが、私は牛が怖かった。子供だと、牛も馬鹿にしてゆーことをきかん、のよね。母がコラッ、と叱りムチを当てるとへいへい、と従う癖に。

投稿: 古井戸 | 2009.12.17 11:52

ご紹介のサイト、みてきました。
ありがとうございます。

さて、
なんだか古井戸さんの文体をよみながら、
とほほさんを思い出しました。
とほほさん、ご存知ですよね?
優しくて、静かでそれでいて、熱くて、猛進するとほほさん。
古井戸さんも、
なんだか、、、そんな感じ。

さてさて。
大江ですかぁ、、、
フゥム。
セブンティーン、話題の本でしたね。
なんとなく村上のノルーウェイの森に似た苦悩を感じますが、どうなんでしょうか???


投稿: せとともこ | 2009.12.17 12:52

とほほさん。知らないです。おしえてください。
とほほ。

投稿: 古井戸 | 2009.12.17 13:03

ご存知なかったですか、、、
http://t-t-japan.com/tohoho/

この人は、かなりの有名人。
先日亡くなられ、
多くの方々が哀しみにくれました、、、

是非、ブログ、などご覧ください。

本当に素敵な方でした。

投稿: せとともこ | 2009.12.17 13:23

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