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2009.10.19

北方領土問題どうなるか注目です

今日は日ソ国交回復の日です。
時あたかも前原さんが北方領土問題でご活躍中。
個人的意見としては北方領土は日本のものであり、ソ連の不当支配だと私は思っています。
ゆえに今回の前原さんの方針には同意、賛同、支援するものです。

と、言うことで今日は北方領土についてちょっと調べました。

上のサイトやWikipediaを参照にしていきます。

千島列島には、もともと、アイヌと呼ばれる人々が住んでいたそうです。
江戸時代、北海道唯一の藩として隆盛を誇った松前藩の「新羅之記録」によれば、1615年(元和元年)から1621年(元和7年)頃、メナシ地方(北海道根室地方)のアイヌの人々が、100隻近い舟に鷲の羽やラッコの毛皮などを積み込み、松前へ来て交易を営んでいたと記録されているそうです。
そして、
幕末・明治初期を迎え、
日ロ間の国境画定条約 条約は2つありました。
最初の条約は1855年(安政元年)の日魯通好条約。
これは、千島列島の択捉(えとろふ)島以南を日本領、得撫(うるっぷ)島以北をロシア領とし、樺太(サハリン)は両国民混住の地とする、とあります。
2月7日を「北方領土の日」としていますが、この条約が結ばれたのが2月7日だったことから由来しています。
さらに、1875年(明治8年)に結んだのが樺太・千島交換条約。
樺太全体をロシア領とする一方、ロシア領だった得撫島以北の千島は日本領としました。
こうして、千島列島全体が最終的に日本の領土となったのです。
そして
日露戦争勃発。
1904年(明治37年)のことです。
「日露講和条約(ポーツマス講和条約)」調印で、樺太の北緯50度より南の部分は、ロシアから日本に譲渡されました。
そして、そして、
時は流れ、太平洋戦争へと時代は移り、
スターリン時代の旧ソ連は、バルト三国の併合、中国東北部の権益確保、千島列島の併合をおこないました。
当時、「領土不拡大」という連合国の戦後処理の大原則がありました。
つまり、
日本・ドイツ・イタリアが戦争などによって奪った土地は返させるが、そのほかの土地の割譲は求めないというものです。
千島列島は以前から日本の領土であったことは先に見たとおりなのに、、、ソ連は無視。
戦後処理の中で次々と解決されてきたこれらの問題の中で、
いまだに未解決なのは千島列島だけ。

ソ連の言い分はヤルタ協定の「千島引き渡し条項」とサンフランシスコ条約の「千島放棄条項」。
これは、
アメリカ、イギリス、ソ連3国の首脳は、第2次世界大戦末期の1945年2月、ソ連のヤルタで会談を開き、この会談でスターリンは、ソ連の対日参戦の条件に、日本の正当な領土である千島列島の引き渡しを要求。米、英ともこれを認め、3国の秘密協定に盛り込まれたものです。

またサンフランシスコ条約の「千島放棄条項」では、
第2次世界大戦後、日本がアメリカなどと1951年に調印した「サンフランシスコ平和条約」の第二条C項で、
千島列島については、日本が「すべての権利、権原及び請求権を放棄する」ことが明記。

これがソ連・ロシアの言い分ですが、そもそもはスターリンによる不法占拠だったと思うので、
原状回復は日本に領有の権利があると私は考えているのですが、
どうなんでしょうか???

と、言うことで混迷の中、突き進んで来た北方領土問題です。
領土問題と言えば尖閣諸島などの問題もあり、
国際法上なかなか難しい局面がありますが、
対話と説得でなんとか平和裡に解決することを望みます。
今後の動きにウウウウ〜〜〜ンと注目です。

Today, I 'm thinking about territorial rights between Japan and Russia.
It is difficult problems for me.
I hope we settle that problems by peaceful means.
Thank you.

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