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2009.10.22

景気ってなに?かを考えます その4

景気ってなに?かを考えます その1からその3にわたって松尾匡さんの「景気ってなに?」を見てきました。
とても分かりやすく経済を説明、グラフで図示、分析と説得力のある論理で私個人は納得しました。
さて、先にも書いたように、そもそもの黒猫亭さんのエントリー、亀井静香さんの発言や
あるいはコメント欄でのマスコミのこれまでの情報操作など幅広く書かれていて、とても刺激になり勉強になりました。


さてさて、さらに話を元に戻すならば、
来年度予算、どうなるか???と言う先のエントリーでYJSさんから次のようなコメントを頂いたことからです。↓
「せとともこさんは低金利やゼロ金利や量的緩和には否定的であるように感じました。
しかし、私の意見は、再分配強化と共に「量的緩和は必須である。」なのです。まぁ…金融緩和に対して、せとともこさんとは正反対の評価、ということになるのでしょう。

私が更に金融緩和を進めるべきだと考えている理由については、すご〜く長くなりますし、せとともこさんやコメンターやここをご覧になっている皆さんのご意見と反対のものでありましょうから、ここに書くのは控えたいと思います。
(YJSさんのコメント)」
YJSさん、エントリーで紹介することにご不快をお感じなようならお申し出下さいね。

さて、
因みに私の意見は投機的金融活動の見直しを図るときでは、、、のエントリーでも書いたように不況の原因の1つとして投機的金融活動も見ています。
この時は世界恐慌の立役者としてアメリカの実態を主に書きました。
ちょっと長いのですがここにも掲載しておきます。
「金・ドル交換停止→初期IMF崩壊と言う流れから金融は変質していきます。
第二次世界大戦後、政治と軍事はソ連とアメリカに。
そして経済は資本主義と社会主義に。
と、対立する中でアメリカはアメリカ主導の軍事。経済協調体制を構築していくのですが、
これはこれで当時のアメリカとしては当然の政策だったと思います。
しかし、
ご存じ、ベトナム戦争の泥沼化と貿易収支赤字転落でアメリカの国際収支は極限になります。
そして、先に書いた初期IMF崩壊へとなるのです。
次にやって来たのは
「金融の変質」でした。
本来は実体経済のためのものであった金融が、実体経済から離れ、金融面だけでの収益で世界中を席捲していく流れが生み出されたことは、既に何度かみてきました。
金融自由化、対外不均衡拡大、ドルの不安定性、アメリカの対外赤字累増、莫大な余剰資金の供給拡大から展開されたものは何か。
それは、
「投機・投資」です。
デリバティブとヘッジファンドの登場。

そして、
資産の証券化、
続いて証券の証券化などなどが「金融工学」の進歩とも相まって、
それはそれは大きな利益を生み出す構造が出来上がったのです。
が、
が、、、
リスクを常にともなうこの証券化、再証券化はリスクへの危機管理をすることなく膨張拡大していきました。
実体のない金融に依拠した結果、ボロボロと崩れ去ったのが2008年以降なのですが、
では、こうした「虚」に対してどうすればいいのか???
本来ならば金融の公共性、社会的責任をいの一番に行うべきだったのですが、、、
現実には、
国家は徹底的な「金融救済策」をとりました。
アメリカは、
巨大規模で国際協調的資金供給、政府・中央銀行のよる救済策を恒常的に続けています。
例えば、
政策金利引き下げ、
ゼロ金利、
公的資金での不良債権買い取り、、、などなどです。
これは一見、功を奏したように見えたのですが、
が、
現実には内部に火種をはらんだままであることは変りません。
つまり、
実体経済そのものの立て直しを図ることなく投機的金融の立役者を温存、保護しただけでは、と考えられるからです。
実際、FRBの財政内容悪化、実体経済停滞、失業増大などなどが増加の一途を辿ったアメリカです。
根本原因である「投機的金融活動」の見直しを図ることが無い限り、
解決は見えてこないと考えます。
(投機的金融活動の見直しを図るときでは、、、のエントリーより)
=================

と、言うことで私は、
何も低金利やゼロ金利、量的緩和に否定的ではありません。
松尾さんが言われているように「時期」の問題だと受け取ってください。
小泉さんに代表される「構造改革」。
あの時期に果たして、その選択は正しかったのか、、、と言うことです。
また郵政改革の是非も問われるところです。

また一年前には金融資本の拡大について考察を加えたことがあります。
その折も「先進国における金融機関の収益拡大がもたらしたものは何か。」について言及しました。
それは1980年代から始まります。イギリスとアメリカの巨大多国籍金融機関では?
と、言うことで調べました。以下はエントリーより引用。
「イギリスでは民間企業全体の収益のうち金融機関のそれは80年代5%、90年代10%、今世紀では15%を占めています。
アメリカは10%→20%→30%と破竹の勢いで伸びています。(日本もアメリカと同じ比率で伸びています)
アメリカは新自由主義政策・グローバリゼーションのもと、製造業の海外移転で国内は空洞化。
そこに金融が滑り込んだとと言われています。
またもう一つの理由は証券と投資があります。
「M&A」「資産運用関連業務」と言う新しい形態が金融仲介形態の変化を生み出したのです。
こうして拡大し肥大化し、今や世界の経済に影響を与える金融化。
これは、資本主義の新しい蓄積様式であり、
この現象は一時的なものか永続的なものか?
また、そのもたらすものは何か???」

なお、
再分配については、賃金抑制と資本分配についても考えていきたいものです。

と、言うことで一筋縄ではいかない経済問題です。
今後もさらに見ていく必要を感じますので、
ご教示、ご意見お待ちしています。

Today's theme is a severe recession and the present-day economy .
We know if the poor is sure to increase.
The situation is bad enough as it is.
The emphasis is on the present time, not past.
We have to think about an urgent problem.
Thank you.

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コメント

こんにちは。YJSです。

せとともこさん:
> 低金利やゼロ金利、量的緩和に否定的ではありません。
> …「時期」の問題

はい、私の読み違えをお詫びします。すみませんでした。

> 不況の原因の1つとして投機的金融活動

この辺りは私にはよく判りません。
私は「不況は貨幣が不足している状態」という主張を支持していまして、投機的金融活動がどのように貨幣の不足を招くのか判らないのです。

いずれにせよ、参考になるところが多かったと感じていただけたのであれば、もうそれで紹介した甲斐があったというものです。
お付き合い下さって感謝です。

投稿: YJS | 2009.10.22 13:42

先日の専門家の方のお話によると、銀行はバランスシートなる指標???があるそうです。日本は1.いくらかですが、アメリカは2・いくらかだそうです。
 なんでもかなりドルを極端にいうとうちでの小槌でどんどんすっておかねつくっているそうです。
ありあまったドルは行き場がなくおかしなほうに・・・。

別の専門家は人民元はすりすぎで(その方いうには流通量把握されてないそうです)あぶないそうです。

こういうお話でした。金との交換なら金に比例するから自由にすれませんよね。

投稿: あゆ | 2009.10.22 21:54

こんにちは。YJSです。

あゆさん:
> 住田さんらのお話…インフレになればうんと借金は
> かるくなるけど、信用低下で後が怖いそうです。
> 先日の専門家の方のお話によると…ドルを…どんどん
> すっておかねつくっているそうです。
> 別の専門家は人民元はすりすぎで…あぶないそうです。
> 金との交換なら金に比例するから自由にすれませんよね。

住田さんらの主張としては、「現状ではインフレは避けるべきだ」ということなのだと思います。
また、(複数?)の専門家の主張としては、「ドルは刷り過ぎ、人民元も刷り過ぎ」ということなのでしょう。
そして、あゆさんのご意見は、たぶん金本位制が良い(金本位制に戻すのが良い)、ということだと思います。

既に述べている私の意見(と、私が紹介している記事のインプリケーション)としては、それらとは全て反対になります。
日本は年に2〜3%程度のマイルドなインフレに持っていくべきだし、ドルを大量に刷ってリスクのある資産を購入したことでアメリカは景気の回復軌道に戻ることができた、同様の処理を人民元で行ったことで中国はす金融ショックの影響から一番早く抜け出すことができた、と。
また、金本位制に戻るということは金の算出や需要という要素が金融の緩和や引き締めのタイミングに影響してしまいます。その反省の下に、現在のような金に連動しない管理通貨制度になっています。

投稿: YJS | 2009.10.23 08:27

YJSさん。
おはようございます。
頂いた疑問、「私は「不況は貨幣が不足している状態」という主張を支持していまして、投機的金融活動がどのように貨幣の不足を招くのか判らないのです。」についてお答えになっているかどうか自信がないのですが、以前「金融ビッグバン10年」と言う記事で以下のように書きました。
「企業が資金を市場から調達して経営するという本来の証券市場の性格が、企業から利益を吸い上げ、その利益をアメリカがさらに吸い上げるという図式が出来上がった
(中略)
実態のない商品が売り買いされるだけで、利益はある一点に集中的に吸い上げられる仕組み。」と。

http://ts.way-nifty.com/makura/2007/08/post_599e.html

私自身は現代の経済を考えるにあたり金融の公的な役割やリスク管理を抜きに語ることができないと思うので、
この辺りを中心に考えを埋めていきます。
YJSさんご紹介のニュース、とても勉強になりました、、、
本当は今日も関連記事を書きたいのですが、
今から出掛けるので簡単なエントリーを一つ挙げておきます。
いずれにしても、
すごく勉強になりますので、これからもいろいろお教えくださいね。
因みに、
経済には以前からとても興味を持っていたので、
折に付けエントリーを挙げていますので、
YJSさんや黒猫さんとのこの間のやり取り、とても嬉しく思ったものです、、、、


書き逃げみたいになりますが、
今日はここまででごめんね。

あゆさん>
いつもながら情報ありがとうね♪
今度、またYJSさんとの討論に参加させてくださいね。
では、、、またね。

投稿: せとともこ | 2009.10.23 12:13

こんにちは。YJSです。

> 信用低下で後が怖い

もしかしたら、懸念されている信用低下とは為替レートにおける円安のことかもしれません。
為替レートの影響については、黒猫亭さんのコメント欄でも明示的に言及していないので、補足まで。

ある輸出企業を考えます。原材料を海外から輸入し、国内で加工・組み立てを行い、製品の形で輸出します。
製品価格の100円分の内訳は、原材料費が40円、加工・組み立てが40円、残る20円が利潤として残ります。

ここで、円の信用が大幅に高まり、1ドル=100円から円が2倍に円高になり、1ドル=50円になった、とします。

輸出先との取引を継続したいなら、これまで通りの価格で販売する必要があります。
すると製品価格=100円=1ドルだったわけですから、今度は50円で販売することになります。もちろん原材料費の40円=0.4ドルでしたから、今度の原材料費は20円。
簡単な計算ですが、50-20=30円ですから、今度は30円で組み立てと加工を行い、そして利潤を出さなくてはなりません。
それまでは加工・組み立てだけで40円だったわけです。

どうなるか。当然、倒産か海外生産か、になります。
現在の日本は、内需が低迷していて、比較相対的に好調なのは輸出企業です。そうすると…雇用環境は悪化し、失業率は悪化し、不景気は深化するだろう、という堅い予測が可能です。円高は、少なくとも現時点での日本ではメリットにならないのです。

今、アメリカもEUも中国も、各国内の景気悪化を防ぐためにマネー供給を拡大していることは先の投稿でも述べました。
そのため、総体的にマネー拡大をしていない日本の円が高くなることになります。為替レートの推移で確認できると思います。
ですから、本来なら、不景気の深化を防ぎたいなら、国内でマネーを拡大する必要があります。しかも国内でマネーを拡大すること(通常は、つまり下げる余地があれば、金利を下げること)は、国内の雇用にも良い影響を与えることが、クルーグマン教授の子守協同組合のエッセーでも示されています。(そしてこれまでは、実際にも、景気浮揚が必要な局面で名目金利を低めに誘導していたわけです。)

で、それでは与党や政府や中央銀行は何をしているか。
政策通として知られる与党の大塚議員(政調副会長)と政府の藤井財務大臣は「円高のメリットが大きい」と発言しています。
相変わらずマネーを拡大しない日銀があります。

そして、それを批判する主張をほとんど全くと言って良いほど取り上げないマスメディアがあります。
私は、大手新聞社の経済部に所属する記者が、たぶん慶応や早稲田を卒業したであろう人が、上述のような簡単な計算をしていないとは信じられませんので、なにか理由があってのこういった行動なのだろう、と推測しています。
それがどんな理由かはさっぱり判りませんが。

投稿: YJS | 2009.10.23 12:53

こんにちは。YJSです。

# 連投をお詫びします。

せとともこさん:
> 頂いた疑問…

あっと!いえ、あれは疑問などではなくて…私YJSが判らない、投機的な活動や金融制度に十分に正確な知識を持っていない、したがってせとともこさんの御意見にコメントできない、という言い訳なんでした。

しかも、私の表現があまり良くなかった。「どのように貨幣の不足を招くのか判らない」を、「貨幣の不足が起こらないようにする対応する手段がある」と言い換えたいと思います。

上に述べた通り、投機的な活動について殆ど知識がありませんし、金融制度についても十分に正確な知識を持っているとは言い難いのですが、ちょっと説明を試みます。

> 実態のない商品が売り買いされるだけで、利益はある
> 一点に集中的に吸い上げられる

仮に、ですね。そのような企業なりがあって、利益を吸い上げられた日本の企業が多くあって、金融ショックが起こったとしますよね。それって、例えば今回のような不適切なCDSの扱いによる倒産だったりすると。

それらに関連する債権は全て紙屑になる。
でも、債権ですから、債券発行による信用膨張は準備金比率で制約されているはずです。
せとともこさんのエントリにも、銀行と中央銀行との間の準備金制度に言及していたものがあったと記憶しています。
つまり、中央銀行以外の金融機関が処理できる債権では、信用の無限の創造とか無限の膨張は不可能ですよね。

ところが中央銀行は、国内でただ一つ、準備金比率に制約されない銀行で、インフレを起こすことも含めて、極めて大きな信用を創造することが可能です。
一万円という日本銀行券は、50円程度で製造でき、それ以外はすべてシニョリッジ(通貨発行益)、ファイナンスの裏付けです。
そして紙幣は使い勝手が良い。ハイパーインフレ当時のドイツの風景などが教科書に載っていますが、スーツケースを使って持ち運んででも紙幣を使い続ける人がいる、というほどに。

以前も、それほどに紙幣は便利であったし、決済手段が多様化した現代においては更に、中央銀行が発券するマネーの効用は高まっています。
だからやはり、中央銀行は紙屑になった債権を買い取ってマネーが不足しないようにできるはず、と思うんです。
そして実際に、FRBはそのように行動しました。恐慌は回避できたと言って良いと思います。

したがって、現時点での私の知識では、投機的な金融取引に対しても不況を長引かせない(10年以上も続くことがない)ようにすることができたはず、と考えているわけです。
しかしもちろん、細部の知識はアヤシイので、「私には判りません」という言い訳は残ることになりますが。

投稿: YJS | 2009.10.23 14:29

こんにちは、YJSさん。

>私は「不況は貨幣が不足している状態」という主張を支持していまして

なんていうか、好況不況の元になる需要と供給のバランス論を考えずに貨幣の量だけ考えても仕方ないんじゃないかな。

シンプルな考え方をすると、「需要>供給」、「需要=供給」、「需要<供給」の状態に分けて考えると分かり易いのかも知れません。

需要>供給の場合と生産物は売れます。原料・労働→生産物→消費者と言う方向に物やサービスが動き、その反対方向に貨幣も動きます。労働者とその家族は消費者でもありますから労働者に渡った貨幣は消費者のものとして新たな消費を生み出すという形で循環します。こうやって生産と消費に沈滞のない動きが生じるのが高景気と言えます。
生産が需要においついていませんから生産を拡大することが求められ、その部分は普通の循環とは別に貨幣を必要としますから、拡大再生産が順調に動く限り貨幣の供給量は不足します。

需要=供給の状態においては、同じように原料・労働→生産物→消費者と物やサービスは動き貨幣が逆に循環しますが、生産を増強させるという動きは本来なら起こらず、貨幣の供給量に不足も余りもでないことになります。実際は需要=供給というバランスポイントを見極めることは難しいため、このポイントを通過するまで生産の拡大が起こります。そのため、需要>供給に対応していたはずが気が付くと需要<供給になっている訳です。

需要<供給になると生産物の一部は消費されずに残ります。需要部分くらいの貨幣は循環するはずなのですが、生産を縮小するという動きが生ずるため労働に不要な部分が生じ、失業等が発生します。そういう不景気感が本来なら起こるはずの消費も先延ばしする動きを起こすことでさらに物やサービスの動きを悪化させ、貨幣の循環を悪くします。これがデフレスパイラルと言われる状態です。この段階では、その直前まで供給の拡大に使われていた貨幣と、循環が細ったことで滞留をはじめた貨幣部分が供給過剰と考えられる訳ですね。

好況・不況と貨幣の関係というのは、貨幣の絶対量の問題ではなく貨幣の流動性の問題と考えられます。そのため、政府の政策としては、景気の行きすぎには貨幣の動く速度を遅くし、景気の後退には貨幣の動きを速くする政策を選択する訳です。

投稿: 技術開発者 | 2009.10.23 15:53

こんにちは。YJSです。

技術開発者さん:
> 好況・不況と貨幣の関係というのは、貨幣の絶対量の問題
> ではなく貨幣の流動性の問題

はい、ご指摘の通りです。本来ならマネタリーベースも速度も将来期待も問題なのです。マネーサプライを厳密に扱ってはいないのですが、それほど致命的ではない説明と思っているのですが…。

> 需要<供給になると…循環が細ったことで滞留をはじめた
> 貨幣部分が供給過剰と考えられる

ここの説明はよく判りませんでした。
需要<供給という状態のとき、貨幣を供給することで需要が大きくなる場合があると思いますが…貨幣部分が供給過剰ならインフレになっているはずで、それは起きてない、デフレになっているわけなので。
なので、まずマネーサプライを拡大するべきだと思ってます。如何でしょう?

投稿: YJS | 2009.10.23 21:02

こんにちは。YJSです。連投をお詫びします。

技術開発者さん:
> 需要<供給になると…循環が細ったことで滞留をはじめた
> 貨幣部分が供給過剰と考えられる

あぁ、すみません。
この部分ですが、在庫調整や供給ミスマッチや需要の飽和が起きていて、この15年程度に渡ってそれが継続している、というご主張でしょうか?
つまり、マネーサプライを拡大しても、需要が拡大せずに(したがって雇用が改善せずに)、拡大した分がインフレになるとお考えなのでしょうか?

投稿: YJS | 2009.10.23 22:28

>YJS さん

おそらくマネーサプライの拡大を論じると、セットで流動性トラップの話題が出てくると思いますので、その辺についてのご説明があれば好いのかな、と。

参考までに、ウィキの「流動性の罠」の項目から。

>>1990年代末ごろ日本において流動性の罠が発生した。ゼロ金利政策により利子率は歴史上最低となった。この中でも民間投資は思うように回復せず、通常の金融政策は効力を喪失した。その後、2002年から景気回復のプロセスに入るが、輸出に主導された民間投資回復であった。 2006年3月まで量的金融緩和を実施したが、デフレを脱却させるとのコミットメントを欠き、インフレ期待を醸成する効果は薄く、結局「引き締めない」という消極的姿勢しか取らなかったといえる。2003年9月から急速に進んだドル安に際して、2004年初頭に大規模なドル買い為替介入が行われ、この過程で大量の円が供給されることになったが、これは外国為替市場を経由した資金供給という経路をたどり、結果として物価安定に一定の効果を発揮した。
>>
>>流動性の罠が発生した背景には、民間投資成長の歴史的鈍化に要因があると考えられており、後手後手の金融政策がデフレに追いつけず実質金利を高止まりさせたと政策に批判の矛先を向ける論者もいる。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.24 00:46

こんにちは、YJSさん。

>需要<供給という状態のとき、貨幣を供給することで需要が大きくなる場合があると思いますが…貨幣部分が供給過剰ならインフレになっているはずで、それは起きてない、デフレになっているわけなので。

なんていうか、貨幣というのは「需要と供給の間の調整役に過ぎないんですね。貨幣の量にかかわらず「需要が供給を上回る」とインフレが起こり、「供給が需要を上回る」とデフレが起こります。

経済の成長期における「需要<供給」状態と経済の安定期における「需要<供給」状態の本質的違いを考えて欲しいわけです。
経済の成長期における「需要<供給」状態というのは顕在化した需要が供給を下回っているだけであり、潜在的な需要は存在しています。単純化した例で申し訳ないけれども、例えば労働者の初任給が10万円に届かない時代に10万円のカラーTVを「作りすぎ」た場合などですね。供給過剰ではあるのですが、それは「購入したいけど高すぎて買えない」という低所得層という潜在的需要を持った上での供給過剰なんです。その時期に金利を下げて貨幣の流動性を挙げることにより、工場の規模を拡大して規模の効果により6万円のカラーTVを供給する会社が現れると、比較的所得の低い層もカラーTVを購入する様になりますから、供給過剰状態から脱却できる訳です。ところが、経済の安定期における供給過剰というのは、既に潜在的需要すら使い果たしている面がある訳です。私が良く使う例えは「4人家族部屋が5部屋、6台目のTVはどうしたら買って貰えるか」なんて話なんですけどね(笑)。

投稿: 技術開発者 | 2009.10.26 08:44

>技術開発者さん

>>ところが、経済の安定期における供給過剰というのは、既に潜在的需要すら使い果たしている面がある訳です。私が良く使う例えは「4人家族部屋が5部屋、6台目のTVはどうしたら買って貰えるか」なんて話なんですけどね(笑)。

この喩え話なんですけど、最近オレ個人が似たような状況に置かれていて、それでよく考えてみると実はそうでもないんではないかと考えています。つまり、オレは独り住まいなんですが、二九型のブラウン管TVを二台も持っています。これはまあ、一台目の調子が悪くなった(長時間稼働させると描画が不安定になった)から、それを寝室に置いて、二台目を買って居間に置いたわけです。

これは意味的には六台目のTVの話と同じ状況で、別段寝るまでの間にTVやDVDをちょっと観る分には十分ですから、需要は飽和しています。しかし、一台目のTVはそれほど使わないから好いとして、二台目に買ったTVはメインに使っているわけですから、やっぱり最近調子が悪くなってきました。

これは、国際価格競争力の観点でコストダウンを徹底した結果家電製品の品質が落ちたから、と謂う側面もありますし、メーカー側が数年後の地デジ化を睨んでそれまで保てば好いと謂う基準でコストダウンを図った為と謂うこともありますが、精々五年くらいしか保ちませんでした。まあ、ウチの場合猫がいるから抜け毛で家電製品が毀れやすいと謂う傾向があるにせよ、家電はいずれ毀れるわけです。

技術開発者さんが仰るような状況と謂うのは、購入したTVが永続的に保つと謂う静的な状況と、すべてのTV受像器が機能的・価値的にフラットだと謂う条件を想定していますが、普通はどんどん毀れるし機能的・価値的にはフラットではないんです。家電製品やクルマなんかが象徴的ですが、不朽のモノなんてのは存在しないわけで、モノは使用頻度の応じて消耗するし、かなり早いサイクルで購入時点のニーズ自体が新しいニーズに取って代わられる側面があるわけです。

これはつまり、評判は悪いですが地デジ化なんかがそうですね。一〇年前なら大画面で四対三のブラウン管TVがあればそれで好かったわけですが、再来年くらいにはそれでは対応出来なくなってきます。一六対九が標準の画殻になりますから、これはTV画面が横に長くなると謂うことで、横の寸法が決まっていれば縦方向が狭くなるわけです。従来のブラウン管TVでは画面の数十%くらいの領域がムダになるんですね。

詳しく計算するとわかりますが、一〇年前の「大画面」TVが比較にならないくらい画面が小さくなると謂うことで、購入時のニーズを満たすものではなくなってしまうわけです。そして、TV放送のスタンダードな視認性がワイド液晶を前提に計算されますから、文字情報なんかが読めなくなってきます。

たとえばオレが現在使っているHDDレコーダーの操作画面なんか、すでに文字がかなり小さくて年寄りにはかなり読みづらく、操作性が悪くなっています。この趨勢はワイド大画面前提の地デジ放送がスタートすればもっと加速するでしょう。小さい画面でも好いや、と謂うことには、多分ならないんです。つまり、モノ自体の制度的な価値も早いサイクルでどんどん減価していくわけです。

また、そもそも一般家庭でTVがどんどん増えていく状況を考えると、ウチの場合と同様に、最初は居間で一四型のTVを観ていたのが、一六型に買い換え、二〇型に買い換え、もっと高機能型の機種に買い換えて…と謂う形で、どんどん「お下がり」が増えていって、その余剰分が家族の個室や寝室に廻されていくと謂う状況も一般的にはかなり多いんですよ。

家計に余裕が出たから各部屋にTVがあるようになった、と一口に謂えばその通りなんですが、別に「倅や娘にもTVを買い与えよう」と謂う動機で買い足すだけではないんです。地方で代々持ち家に住んでいる家庭なんかだと、そう謂う例がかなり多いと思いますよ。で、よっぽど古くなって収蔵スペースを圧迫するだけになると棄てられるわけですね。これはオレの実家がそうでした。

そうすると、技術開発者さんが仰る「六台目のカラーTV」が存在する期間と謂うのは物凄く一時的なものでしかないか、最早需要を満たさなくなった六台目が常に処分され続けるわけで、長期的に視ると四人家族で部屋が五部屋あってすべての部屋にTVがある状況を維持しようと思ったら、需要は常に生み出され続けているわけです。

ですから、一時的に「モノが飽和した状態」と謂うものは在り得るにせよ、それは永続的な状況ではないし、それどころかかなり短期的な状況に過ぎないわけです。オレの個人的な状況で考えても、この先所得が安定して必要最低限の経費を差っ引いても安定的な余裕が出るのであれば、少なくとも一台は大型液晶カラーTVを買いたいと謂う潜在ニーズはあるわけですね。

もっと贅沢を言えば、録画機器や音響製品なんかも買えるようになれば好いとは思っているわけですし、半端な田舎に住んでいますから、クルマとは言わないまでもバイクの一台くらいあったほうが好いとも思っています。何故買わないのかと言えば、自分がこの先老いていくと謂うのに、所得が低水準で不安定だからであって、モノが飽和しているからではありません。

また、たとえばクルマの国内売上の冷え込みを視ても、モノが飽和したからだと考えるなら、中古車市場がかなり活発化していないとおかしいんですね。それも、新車を買うよりはかなり割安だが、ニーズとモノの量がマッチしているなら、相対的に高値で安定しているような状態でないと筋が通らないはずです。しかし、新車の国内売上が冷え込んだのは、モノの飽和と謂う観点ではなく、従来継続的に生起したニーズ自体が消失したから、と謂うふうに考えられていますよね。

要するに、相対的に貧しい世情で育った子供が成人して、大人になったらクルマを買おうと謂うライフスタイルに魅力を感じなくなったと謂うことで、これはモノの飽和の観点とはまた別の観点の需要の変質と謂えるでしょう。

これはモノベースの考え方ですが、モノを基準に据える限り、やはり需要が飽和する状況と謂うのは一時的なものに過ぎないわけで、実態から謂えば需要の満足は時間の経過に伴ってどんどん消失していって、大局的に視れば常に需要は生み出されていると言えるでしょう。

別の観点で考えると、経済で扱う価値は必ずしもモノと一義的に直結しなくても好いわけで、仮に衣食住とモノの供給が飽和したとしても、サービスと謂う価値が存在するわけですね。で、貨幣のことをいろいろ調べてみると、技術開発者さんが仰る「貨幣は需要と供給の間の調整役に過ぎない」と謂う原則は、サービスについても成立するわけですね。

逆に謂えば、経済活動と謂うのは個人視点で謂えば「してあげること」と「してもらうこと」の間の収支が合っていれば好いわけで、モノも労働力と謂う形で「してもらうこと」に換算することが可能ですね。で、その間を「してほしいこと」と謂う観念が媒介していて、「してほしいこと」のほうが若干多ければ経済は成長していくわけです。

で、この「してほしいこと」や「してもらうこと」と謂うのはモノと謂う形態をとらなくてもサービスと謂う形態でも好いわけで、社会全体の人口が減るわけですからモノの流通の観点では市場が縮小するわけですが、サービスと謂う領域が開拓可能ではあるわけで、たとえばそれが介護ビジネスだったりするわけですね。

なので、もっと上層のレイヤーで考えて、際限なくモノを生産し続ける経済モデルから脱却する必要があることは事実ですが、それはモノの飽和と謂う形では現出しないんだと考えています。モノと価値を一義的に直結して考える限り、モノを生産し続けることで経済は過不足なく成り立っていくわけで、そのマクロな趨勢を変えるには、やはり意志的に変えていくと謂う形で舵を切る必要がある、そう謂うふうに思います。

つまり、家電製品やクルマの長寿命化や将来的なシステム変更に対応可能な柔軟性を設計思想に織り込むとか、メンテナンスサービスのシステムを組み上げるとか、モノそれ自体は無闇に作らないが、モノが時間経過によって減価していくことに対して、コストを払うことで同じモノが従来の機能を維持する、新たな機能を獲得する、そう謂うようなシステムに転換する必要があるでしょう。

で、それは経済の限界が来たから対応しなければならないとかそんな話ではなくて、資源枯渇や環境問題なんかの関係で考えていくべき事柄ではないかと。モノ作りには資源と謂う外在的で有限の要素の供給が織り込まれていますから、その有限性に左右されると謂うことではないかと思います。つまり、資源がこの先まだまだ無尽蔵に供給可能ならば、別段現状の経済システムでも多分上手く廻っていくんじゃないかと思うんです。ですから、それじゃあいけないよな、と謂うのは、経済それ自体のシステムと謂う下層のレイヤーの問題じゃないんだと思うんですよ。

モノを生産し続ける経済システムが破綻したんだ、と謂う主張はわかりやすく危機感を煽るんですけど、多分それは経済システムが破綻したんではなく、モノの元になる資源が枯渇している、供給可能性が危機に瀕している、だから価値とモノを一旦分けて考えないと経済が立ちゆかなくなる、と謂うだけの話だと思うんですね。

その意味で、ちょっと「六台目のTV」の喩えは妥当性とは思えないですし、モノ主体の価値観から脱却しなければならないのは、需要が飽和するからではなく供給可能性が破綻するからだと考えたほうが実態に即していると思います。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.26 13:12

こんにちは。YJSです。

> > 需要<供給という状態のとき、貨幣を供給することで
> > 需要が大きくなる場合がある
>
> 経済の成長期における「需要<供給」状態と経済の
> 安定期における「需要<供給」状態の本質的違いを
> 考えて欲しいわけです
> …経済の安定期における供給過剰というのは、既に
> 潜在的需要すら使い果たしている面がある訳です。
> 私が良く使う例えは「4人家族部屋が5部屋、6台目
> のTVはどうしたら買って貰えるか」なんて話

はい、御指摘の点は判っているつもりだったのです。
私の場合なら、もっと広い部屋とかもっと都心に近い部屋に移りたいという希望があって(…あとバトルスター・ギャラクティカの日本語吹き替え付きDVDセットを全部揃えたい、とか)、でも所得とか所得の今後の見通し等に制約されているために我慢しているという状況があるんですね。
だから、ひとつの財とかサービスについてなら、技術開発者さんのご指摘は文句なく正しいと思うのですが、総需要となると…使い果たしているとは思えないんです。

この「総需要が飽和しているとは思えない。」というのは、私だけの感覚ということかもしれないのですが、国民経済計算などによると平均消費性向の年次推移は下がってないようなんです。
むしろ上がっている。名目の所得の伸び悩みや失業による所得の喪失は分母の減少なので、限界消費性向が変わらなければ微増は当然だろう、と。

つまり、お金が入ってきたら使いたい、と(私だけでなく)多くの人が感じている中での需要低迷であり、不況であろう、と。
なので、実質金利が高すぎることによる、典型的な不況に過ぎないというのが私の思っているところです。
ブレイクイーブンインフレ率などから期待インフレ率が推計でき、それによれば名目金利がゼロに近くても実質金利は高止まりしているということが言えると思いますし、名目金利が低いことを口実に、高止まりしている実質金利を15年間に渡って放置したことによるのではないか?と思っています。

つまり、技術開発者さんの認識と私の認識と異なる部分として「少なくとも現況が安定期における「需要<供給」状態とは思っていない。」ということなんだと思います。

で。私としては、インフレ率を年にプラス2~3%程度にすべきだと思っていて、そのようになっても現在の失業率が維持されているなら、技術開発者さんのおっしゃる需要の飽和だったんだと認めることになるのですが…平均消費性向がデフレの進行と合わせて低下していたとは言えないようなので、金融緩和で需要が回復して、需要でシーリングされている供給も増えて、つまり需給ギャップが縮小するだろう、景気が回復に向かうだろう、とまぁそんなふうに考えています。

投稿: YJS | 2009.10.26 13:35

技術開発者さん。
黒猫亭さん。
YJSさん。
こんにちは。
示唆に富むコメントありがとうございます。
私自身は先にも書いたように、
今回のテーマについては、勉強中、思案中ゆえ、
ご意見を拝見しながら、また考えます。
どうぞ、
ここでよろしければ、討論、議論これからもなさってください。
読んでいるだけで、まこと勉強になりますので、、、
では、、、

投稿: せとともこ | 2009.10.26 14:15

>YJS さん

>>つまり、お金が入ってきたら使いたい、と(私だけでなく)多くの人が感じている中での需要低迷であり、不況であろう、と。

仰る通りではないかと思います。と謂うのは、需要が飽和しているが故に経済活動が鈍化しているのであれば、たとえば日本全国を地域割りで考えて、経済活動が鈍化している地域はおおむね生活満足度が高くなければ不自然だと思います。需要が飽和している以上、そうでなければおかしいですよね。

ところが、生活者の実感として、全国的におおむね生活満足度が極端に低い形での不況になっているわけですから、これを需要の飽和が原因だと解釈するのは困難ではないかと思います。買いたいものが何もない、と謂うわけではないんですね。

これはエビデンスがあるわけではなくて印象論に過ぎませんが、おそらく全国で生活満足度の高い地域と謂うのは、低い地域に比べて消費も相対的に活発なんではないかと思います。

個人的な実感で言っても、ウチの田舎なんか全国的に高順位の生活満足度の高い地域ですが、とくに生活の逼迫を感じていると謂うわけでもないですし、都市圏の生活者の置かれた状況を説明してもあんまり話が通じない部分があります。つまり、高度成長期とそんなに状況が変わっていないんですね。

一般的な感覚で考えて、買いたいもの…まあ、モノでなくても、旅行や食事や娯楽などのサービスでも結構なんですが、それはまだまだ山ほどあるけれど、所得が安定しないのでは可処分所得をどの程度に見積もれば妥当なのか皆目見当も附かない、いつ如何なる場合に不時の出費や失業があるかわからない、だから生活に最低限必要な分以外の大きな出費が出来ない、そう謂うことではないかと思います。

需要が飽和していると謂うことは、生活に何も過不足がないと謂うことですが、一般人の感覚としては、不足を挙げれば幾らでもあるんです。だから不景気でみんな不満を覚えているわけで、潜在的失業者が来月どころか明日の生活にも不安を覚えていると謂うのが一方の極端なら、安定雇用が得られている人々も、中長期的な将来的不安はあるわけです。

比較的安定している階層の「デフレ上等」「デフレで何が悪い」みたいな意識も、要するに需要が飽和しているとは到底言えないと謂うことだと思うんです。

つまり、名目所得の向上が頭打ちになっているのだから、物価が下がって実質所得が向上することでこれまで通りにモノを買いたいと謂う潜在的な需要があると考えられるわけですね。

YJS さんのお話を伺ってちょっと考え方が変わった部分と謂うのは、たとえば未曾有の長期不況だとか、旧来の経済システムの崩壊とか、新自由主義政策が特効薬だとか、需要の飽和が起こったんだとか、そんな新奇なことを考える必要はないんじゃないかと謂うことなんですよ。

普通に原則通りに考えて説明が附くなら、何も新しいアイディアを捻り出す必要はなくて、それが一番常識的に考えて確からしい観測じゃないか、と謂う認識を得たんですね。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.26 14:57

こんにちは。YJSです。

-> 黒猫亭さん
すみません。
思いっきり内容がかぶった投稿をしてしまいました。

黒猫亭さん:
> 新奇なことを考える必要はないんじゃないかと謂うこと

もう、本当に教科書に書いてあるようなことして言えてなくて。申し訳ないんですけど。
つまり(金利を上げるなどして)マネーを絞れば需要を下げることができる。だから今でも日銀が公開市場における金利誘導を年に50%にでもしたら、更に需要が落ち、需要にシーリングされている供給が落ち、したがって失業が増え、不景気が深刻化するだろう、ということです。(100番底?)
一方で、マネーを潤沢に供給すれば、需要を刺激することができる、需要に制限されている供給を増やすことができる、しかし際限なく需要を喚起することはできない、今度はどこかで供給側の制約を受けることになる、それ以降はインフレになる、ということです。

あとは、名目金利がゼロに近いという状態に対する、何と言うかテクニカルな問題です。量的かつ期待に働きかえる、そんな緩和が必要になるだけ、という。

投稿: YJS | 2009.10.26 15:31

>YJS さん

>>もう、本当に教科書に書いてあるようなことして言えてなくて。申し訳ないんですけど。

いや、逆に教科書と違うことを主張するのであれば、証明責任はそれを主張する側にあるのだし、何故教科書通りではいけないのかについて説明責任があると思いますよ。これは、たとえばニセ科学批判においては当たり前の大前提だと思います。

たとえば、小泉政権における経済政策の失敗は、教科書通りに考えれば間違ったタイミングで間違ったことをしたからだ、これで一通りの説明は附きます。本来はそれがすべての議論の出発点であるべきだとオレは考えます。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.26 17:14

こんにちは、YJSさん、黒猫亭さん。

>国民経済計算などによると平均消費性向の年次推移は下がってないようなんです。

比較のタイムスケールの違いかも知れませんね。私は高度成長期(昭和35年から昭和45年程度)と現在を比較してしまうわけです。私はその時代を実感として生きて居る訳ですが、家の中に一つ一つ家電製品が増えていくこととかマイカーを手に入れると言うことが家族全体に非常に大きな喜びをもたらした時代ですね。その時代の平均消費性向は90%を超えていた訳です。この国民の消費が供給を喚起し、企業は競って設備投資に励み、その結果の規模効果で家電や自動車などの消費財は「所得に比べて安くなり」さらなる消費を喚起したのが高度成長期である訳です。

http://www.stat.go.jp/data/zensho/2004/hutari/gaiyo15.htm

なんていうかな、いわゆる「景気が良い」をどこに基準をおくかという事なのですが、高度成長期に基準を置くとしたら「それはもう無理ですよ」としか言えない訳です。

>需要が飽和していると謂うことは、生活に何も過不足がないと謂うことですが、一般人の感覚としては、不足を挙げれば幾らでもあるんです。

需要の飽和という言い方に問題があるかも知れませんね。6台目のTVだって、5部屋のTVのどれかが壊れれば買い換え需要はある訳ですからね。ただね、家にTVがなくて、街頭TVで力道山を応援していた親父さんが「今度のボーナスで我が家にTVを買うぞ」と心に決めるほどの熱意で消費する意欲はもはや無いという意味です。これは経済学では限界効用低減法則と言われるものなんですけどね。

このあたり、あくまで相対的に考えなくては成らないのですが、高度成長期を支えた内需に比べて、今の皆さんの「買いたい」はやはり熱意が少ない訳です。そうすると「景気が良い」についてもも高度成長期の様な「イケイケドンドン」とはやはり異なってきます。なんていうか、今の皆さんの「買いたい」という熱意に合わせた規模の経済成長を持って「景気がよい」という概念とするしかないのでは無いかと思うわけです。

投稿: 技術開発者 | 2009.10.26 17:41

>技術開発者さん

いや、高度成長期については少なくともオレもせとともこさんも、技術開発者さんと幾分世代は違うかもしれませんが、実感として生きていると思います(笑)。

>>なんていうか、今の皆さんの「買いたい」という熱意に合わせた規模の経済成長を持って「景気がよい」という概念とするしかないのでは無いかと思うわけです。

それは簡単な話で、「今の皆さんの『買いたい』という熱意」に合わせた規模の経済成長になっているなら誰も「景気が悪い」とは感じないけれど、金融政策の失敗で実感として「景気が悪い」と感じているんだからそうなってないね、と謂う話に過ぎないんだと思いますよ。

>>高度成長期に基準を置くとしたら「それはもう無理ですよ」としか言えない訳です。

これまでの話では、高度成長期に基準を置いた話にはなっていませんし、高度成長期を基準に持ってこられたのは技術開発者さんだと理解しています。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.26 18:25

ちょっと素気なかったので説明を追加します。

高度成長期と現在を比べると、高度成長期には終身雇用制と将来の経済発展、国家が老後の面倒を視てくれると謂う信頼があったが、今はそのいずれに対する信頼もない、と謂う条件の違いが無視出来ませんよね。消費動向を云々するなら、そこは外せない違いのはずですが、技術開発者さんは単に「買いたい」と謂う熱意に一元化して論じておられる、これは公平に提示さるべき対照条件が語り落とされているわけですから、信頼性に欠ける説明です。

これまでの議論では、主にその観点が論じられてきたわけで、雇用の安定と所得の拡大と老後の保障と謂う社会的背景があるなら、可処分所得と謂うのは幾らでも強気の見積もりが可能なわけですから、少し無理をしてでも高価なものを買いたいと謂う欲求を通すことが可能です。その「無理」は発展を続けていく将来のいつかの時点で解消されるからです。だとすれば、高度成長期と現在の需要の違いは、熱意の違いではなく社会状況の違いだと考えるのが自然ではないでしょうか。

つまり、需要について「買いたい」と謂う熱意に一元化した説明と謂うのは、これまでの話の流れとは一切即応していないし、これまで指摘された矛盾の説明にもなっていないわけです。それはまた逆に謂えば、「今の皆さんの『買いたい』という熱意」が強ければ、明日首を切られるかもしれないし、所得が大幅に減少するかもしれないし、老後の保障が一切なくても、つまり高度成長期とまったく逆の条件附けでも、高度成長期とイーブンの条件で高いものを買うことが可能だと謂う話になります。これは普通に論理的に考えてもおかしいですよね。

それは一言で謂って経済学ではなく精神論でしょう。需要が冷え込んでいるのは買いたいと謂う欲求が以前と比べて低いからだ、と謂う説明は一見わかりやすいですが、それは裏返せば高度成長期と同じくらいの熱意があれば需要が拡大するはずで、需要が冷え込んだ為の不況は買いたいと謂う熱意が不足しているからだ、と謂う話になります。これは、熱意と謂う形にならない欲動の多寡に根拠を求めた循環論法と謂うことになりますから、何とでも言えるわけで、何を説明したことにもなりませんよ。

雇用の安定も所得の拡大も老後の保証も、つまるところは政策の問題であって、購買意欲の問題ではありません。教科書でそれらの問題が政策によってどうにかなると書かれているのであれば、普通に考えて需要の拡大は在り得る理屈になります。問題は比較基準を何処に置くかではないと思いますが。

また、この文脈で限界効用低減法則と謂うことを仰るのであれば、実施したけれど効果が出なかった政策の分析評価については有効かもしれませんが、まだ実施していない政策について、実施しても多分効果がないだろうと謂うお話をされるのも少し乱暴かと思いますし、少し「てにをは」が合っていないように感じます。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.26 20:02

こんにちは、 黒猫亭さん。

なんていうかな、現実の国民の選択の「てにおは」が合っていない訳です。

>それは簡単な話で、「今の皆さんの『買いたい』という熱意」に合わせた規模の経済成長になっているなら誰も「景気が悪い」とは感じないけれど、金融政策の失敗で実感として「景気が悪い」と感じているんだからそうなってないね、と謂う話に過ぎないんだと思いますよ。

現実問題として1970年代の末から1980年代の初めにかけて、平均消費性向が90%を割り込み85%に届きはじめた頃に、内需に関しては「買いたいという熱意」合わせた規模の経済成長に成りました。黒猫亭さんの理屈では、その時の日本国民は「景気が悪い」とは感じず、輸出の増強を図りました。つまり内需の減少を外需で補うことで、高度成長期の成長を追い求めたと考えられます。

外需に依存すれば、貿易の必然として国内に外国製品におされる業種ができます。それが顕著になってきたのは1980年代の後半です。その時にも「買いたいという熱意」合わせた規模の経済成長にするチャンスは有った訳ですが、国内にバブルを起こしてみてくれの経済成長を起こすのが日本国民の選択でした。

さらにいうと、バブルがはじけた後の不景気というのも、実は「買いたいという熱意」合わせた規模の経済成長から見るとそれほど酷い不景気ではありませんでした。しかし巷には「景気を良くしろ」の声があふれ、そして、新自由主義政策による雇用の不安定化や格差の拡大を選択したのが日本国民です。

私に言わせると、今の状況というのは過去の日本国民の選択の結果なのですよ。それをあたかも、「自分に選択権が無かった」かのように偽っているのが今の日本国民の性根の卑しさだと思っています。

>雇用の安定も所得の拡大も老後の保証も、つまるところは政策の問題であって、購買意欲の問題ではありません。

ひょっとして、黒猫亭さんのお住まいのある日本国では、政治家をその掲げる政策に基づいて国民が選ぶというシステムでは無いのでしょうか?


投稿: 技術開発者 | 2009.10.27 08:12

こんにちは、黒猫亭さん。

>教科書でそれらの問題が政策によってどうにかなると書かれているのであれば、普通に考えて需要の拡大は在り得る理屈になります。問題は比較基準を何処に置くかではないと思いますが。

私に言わせると、その教科書がスタグフレーションの解析以前の理論を元に書かれているか、フリードマンらの新自由主義理論に基づいて書かれているのだろうと思います。

貨幣の供給過剰によりインフレが進み、資金の供給不足によりデフレが進むという理論で、スタグフレーションはどのような状態で起こるかを説明して見てください。

現状で貨幣供給を拡大すると、相当深刻なスタグフレーションが起こると予想します。スタグフレーションの原因の一つはまさに、消費と貯蓄の分配なのです。供給された貨幣の内消費に回る分は物価の上昇に見合うだけの景気の拡大を引き起こし、物価の上昇分をキャンセルさせる働きをしますが、供給された貨幣の内貯蓄に回る分は物価の上昇のみを引き起こし景気の拡大には直接的に寄与しないのです。このため、スタグフレーションが進行することになります。さらにいうと、貯蓄に回った貨幣は行き場を求めて融資・投資・投機などに回るわけですが、このうち融資・投資は実体経済の景気拡大と連動するため、景気拡大が思わしくないと、余剰分は投機に回ります。投機資金の増大はバブルを引き起こす事になります。新自由主義経済学では「成熟した経済社会はバブルが破綻しない」と教えます(現実には破綻しますが)ので、バブル経済による景気拡大も歓迎することになります。

これが、その教科書がスタグフレーションの解析以前の理論を元に書かれているか、フリードマンらの新自由主義理論に基づいて書かれているのだろうと思う理由です。

投稿: 技術開発者 | 2009.10.27 08:49

>技術開発者さん

>>なんていうかな、現実の国民の選択の「てにおは」が合っていない訳です。

今はそんな話にはなっていないと思いますが、どうしてそう謂う話になったのでしょうか? 今までの議論は、景気悪化の責任追及の議論でしたか? つまり、技術開発者さんが仰りたいのは、現状の経済状況はとても悪いが、それは国民の選択の結果なんだから仕方がないと謂うお話だったのでしょうか。

>>貨幣の供給過剰によりインフレが進み、資金の供給不足によりデフレが進むという理論で、スタグフレーションはどのような状態で起こるかを説明して見てください。

この辺の問題についても、今までの議論で触れられていたと思いますが。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.27 09:19

技術開発者さん。
黒猫亭さん。
おはようございます。

お二人のコメントを拝見して、感じたままに書かせてください。
本当に感じた事ですので、テーマである経済とは無縁のコメントです。


技術開発者さん>
私は、この頃、開発者さんがいつも言われる「国民」とはどのような集団なのか、想像できないのです。
「国民」の中には、
開発者さんは入っていないのですか?????

八ッ場ダムのエントリーで頂いたコメントの折りも、
思ったのですが、
開発者さんは日本国民のことを愚かで直情的で、
時世にながされるもののように考えられているのでしょうか?
そして、
そんな国民が、時々の政治や経済に関して、
思ったことや願いを述べることは、
「過去の自分の責任を棚上げにして、言いたいことだけ述べる」とお考えなのでしょうか?
実は、
私は国民とは「そういうもの」であっていい、と思っているのですが、
これはまた別の機会に。

勿論、開発者さんの「もどかしさ」は理解できますが、
解答を求め、喘いでいる人間にとって、必要なのは、
責めることではなく、一緒に考えていくことではと思います。
少なくとも、
黒猫さんやYJSさんやよさんは、
「国民」が今まで歩み選択した「過去の失敗」を認めながら、
「同じ失敗を繰り返さないためにどうすればいいか?」を、まずは理論の上で求めていこうとしていらっしゃいます。
私もそうです。

今回のエントリーのテーマも、
「失敗した経済」ではなく「成功するためにはどうすればいいか」が、そもそもの出発点でした。
「貨幣の不足が不景気の原因の一つ」である。
と、言う松尾さんの理論は、私も是とします。
では、
不景気脱却にどのように対策を打てばいいか、、、
と、なると、
貨幣を供給すればいい、とはストレートには結びつかない自分がいます。
「ちょっと待ってよ、考えさせて」と思うのです。
それは先にも書いたように、私は投機について、もう少し深めていきたいと思っているからです。

と、
言うことで、
このテーマは「貨幣供給がもたらすもの」であって、
「国民の購買力、購買欲」とかに話をスライドさせていくと、
トンネルから抜けるこはできなくなると思うのですが、
如何でしょうか?????

黒猫亭さん>
私は、何回も書いているようにこのテーマに関しては、学びの身です。
頂いているコメント、大いに参考にさせていただきます。

投稿: せとともこ | 2009.10.27 10:18

こんにちは、黒猫亭さん。

>つまり、技術開発者さんが仰りたいのは、現状の経済状況はとても悪いが、それは国民の選択の結果なんだから仕方がないと謂うお話だったのでしょうか。

今起こっている現象の理由も考えずに対策するという選択を゜お選びになるという事でしたらしかたありませんね。私は将来のための選択は、今起こっている事の原因をきちんと解析して将来のどうするかを決める必要があると思っています。

例えば、雇用一つとっても、過去には景気を良くすることで雇用を拡大するという考え方をしました。そして今でもそれしか方法が無いと多くの国民は思い、そういう選択をしようとしていますよね。景気拡大が高度成長期ほどは難しいという前提をおいてワークシェアリングで対応したって構わないわけです。内需に限るならそれでも経済は問題ないというか需要はそこそこ伸びるでしょう。問題は外需に依存している経済体質を変えて行かなくてはならない部分で、その部分では「痛み」は生じますけどね。

或る意味で、可処分所得に占める消費の割合が8割程度だということは、15%程度の累進度を伴った増税をしても、生活水準は変わらないことを意味しています。もちろんその増税分が将来不安を減らす方向に使われる事が前提ですけどね。なんていうか、平均消費性向が93%くらいあった時代の増税は、たとえ社会保障の充実のために使われても消費を冷え込ませた訳です。そして、今の日本国民は、その時代と全く変わらない意識で「増税は消費を冷え込ませる」と信じて疑わないでいます。

なんていうか、黒猫亭さんは、「過去を振り返る」という事を「振り返る」のみに限定されてしかおやりにならないのだろうと思います。現在は過去と一連につながっているものであり、そして我々の意識もまた過去に引きづられ易いからこそ、過去の状況と今の状況の違いの中で、自らの意識をも見直す必要性があるのですが、それは「精神論」としかうけとられないのであれば、しかたありませんね。

投稿: 技術開発者 | 2009.10.27 10:26

開発者さん。
私が感想を書いている間に、開発者さんからもコメントを頂いていたようで、
ちょっとコメントがアッチコッチとしました。

それで、
で、
ですが、、、
開発者さん。
「黒猫亭さんは、「過去を振り返る」という事を「振り返る」のみに限定されてしかおやりにならないのだろうと思います。現在は過去と一連につながっているものであり、そして我々の意識もまた過去に引きづられ易いからこそ、過去の状況と今の状況の違いの中で、自らの意識をも見直す必要性があるのですが、それは「精神論」としかうけとられないのであれば、しかたありませんね。」
と、
開発者さんは書かれていますが、
それは「違う」と私は思います。
黒猫さんは国民の意識を考え直す必要があるのでは、と言う開発者さんの指摘を「精神論」とのみ捉えてはいません。
むしろ、
そうした「精神論」のワナに陥ることがないように、
経済を「まずは理論の上で」考えていこうと言われていると私は思うのですが、、、、、
如何でしょうか?

開発者さんは将来のために過去をしっかり分析する必要があると言われます。
私も大いに賛成です。
が、
過去の分析が「国民の責任」という結論であったとしたら、
国民は、責任を感じて、「次は失敗しないように、しっかり考えていきたい」と今、スタートに立っているのではないでしょうか?????

投稿: せとともこ | 2009.10.27 10:40

>技術開発者さん

オレが申し上げていることはもっとシンプルな事柄で、失礼な言い方になりますが「技術開発者さんのご意見は脈絡がない」と謂うことです。

誰の言ったどんな意見に対するご意見なのかも判然としないし、相手が言ってもいないことを批判なさるし、相手がすでに説明したことを事新しく蒸し返したりされるので、正直申し上げて、技術開発者さんが何を仰りたいのかサッパリ理解出来ないわけですよ。

おそらくこれは、オレだけが感じていることではないと思いますが。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.27 10:44

こんにちは、せとさん。

>「国民」の中には、
>開発者さんは入っていないのですか?????

昔、ある掲示板で「皆さんが望んだとおり(悪い)社会になりましたね」と書いた時も同じ質問を貰いましたよ(笑)、「自分は入っていないのか?」ってね。
http://c-loft.edisc.jp/bbs/c-board/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=969;id=teragoya#atop

無駄話になるけど、私は歴史をけっこう突っ込んで調べたりするよね。中国史なんかで皇帝の事績をきちんと調べたりすると、「努力は報われたりしない」のね。なんていうかな、皇帝なんて良い物食って、良いべべ着て、遊興にふけって、政治は佞臣にまかせて、みたいなイメージがあるかも知れないけどね。もちろんそういう皇帝もいるんだけど、半分くらいは幼いときから勉強させられて、まじめに「国のため」に政治を動かして、でも、やっぱり失政はしてしまって、国を衰退させて国民を苦しめてしまう。そういう事も結構あるってのが「国を動かす」という事なんだと思う訳ね。

>国民は、責任を感じて、「次は失敗しないように、しっかり考えていきたい」と今、スタートに立っているのではないでしょうか?????

私は、「民主政治というのは、皇帝の椅子に『国民の総意』というものが座っているだけだ」なんて言い方をするけどね。或る意味で残酷なシステムかも知れないんですね。きちんと勉強してまじめにやってすら、避けられないかもしれない失敗の責任を取らなきゃ成らないのが政治というものだと思うとね。とはいえ、それが政治というものなのでね、そういう残酷さと向き合う覚悟くらいはしておいて欲しい訳ですよ。

>不景気脱却にどのように対策を打てばいいか、、、
>と、なると、
>貨幣を供給すればいい、とはストレートには結びつかない自分がいます。

突然フリードマン的に成ってしまうけど、「不景気(危機)こそが改革の原動力だ」なんてね(笑)。なんていうかな、景気論には今いくつもの議論があるんだけど、単に不景気脱出のみ考えるなら貨幣供給はそれなりの効果をもたらすでしょう。上で上げたようなスタグフレーションとかバブルに対する対策をきちんとするならね。ただね、「ここ数年、景気を上向かせるたびに、社会はむしろ不幸に成っていったのじゃないか」という議論もあるのね。なんていうか、好景気と不景気、どっが改革を行いやすいかなんて言うのは経済論よりも経営論とか政治論になるんだけど、好景気の方が改革の痛みの緩和は行いやすいけど心理的抵抗が大きく、不景気の方が改革の痛みの緩和はしにくいけど心理的抵抗は少ないというのが経験則ね。

投稿: 技術開発者 | 2009.10.27 12:33

こんにちは。YJSです。

# 私程度の力量で説明するのは不安なのですが…。

技術開発者さん:
> 貨幣の供給過剰によりインフレが進み、
> 資金の供給不足によりデフレが進む
> という理論で、スタグフレーションは
> どのような状態で起こるか

例えばあるセクターの平均的な生産性上昇率より高いペースで、そのセクターの労組が賃金上昇を要求している場合、です。
この時、必ずそのセクターで失業が発生し、増加し続けます。しかも労組が、通貨当局がマネーを拡大すると合理的に予想して要求を下げず、賃金の下方硬直性を維持し続ける限り、失業が減少しないこととマネー拡大によるインフレが共存することになります。
コストプッシュ型インフレとか経済主体の合理的期待といったあたりがキーワードになります。

こういった硬直性をモデルに組み込んでの分析は、学部で使うマクロ経済学の教科書で普通に解説されていると思うのですが…マンキューでもスティグリッツでもクルーグマンでも。

で、現在の日本で「供給側の硬直性がどれほどあるか」ですが、非正規雇用が問題になっているぐらいなので、問題になるような硬直性はないと言って良いのではないでしょうか?
なので、「年に2~3%程度のマイルドインフレでも失業率が改善しないなら需要の飽和を認めることになりますが…」のように書きました。

私の意見としては、平均消費性向が1989年、平成元年とあまり変わらないことから、所得制約による需要低迷だと思っています。
平成元年の景気は今より良かったですから。数字で言うなら景気の一致指数である有効求人倍率、これが1.25です。今は0.2ぐらいの県もあると思います。

金利を上げるなどしてマネーを絞ると需要が更に低くなるとお考えなら、マネーを拡大すると需要が増えるというのにも納得していただけると思うので、あとは供給がちゃんと付いてくるかどうかです。
労働供給側の硬直性については、上に述べた通りあまり問題にならないだろうということで、増える需要に追随して供給が拡大する、つまり需給ギャップが減少する、と考えています。
供給が拡大するため、通常は雇用が改善し、失業が減少するだろう、とまぁそんなふうに考えています。

投稿: YJS | 2009.10.27 13:06

こんにちは、YJSさん。

>現在の日本で「供給側の硬直性がどれほどあるか」ですが、非正規雇用が問題になっているぐらいなので、問題になるような硬直性はないと言って良いのではないでしょうか?

実のところ、この非正規雇用が労働者の1/3を占める様な状態がスタグフレーションを引き起こしかねないと考えている理由でもあるんですね。イギリスのスタグフレーションを解析すると、労働者間における階級制(熟練労働者と一般労働者)がかなり影響していますからね。

イギリスとは労組の戦闘性がずいぶん違うわけで、単純比較してもしかたないのだけど、日本の場合1980年以降、ジニ係数が急上昇している、それも、高額所得者が増える方向ではなく低額所得者増える方向に変化したことによるジニ係数の上昇です。実のところ増えている低所得者層の消費性向なんてのは100%に近いわけです(貯蓄に回す余力がない)。にも関わらず平均消費性向が80%以下になるのは、低所得者層に移行しなかったかっての中流層が既にあるていどの消費財を手に入れており、また不安にかられて貯蓄に励んでいるからであるわけです。

なんていいますか、貯蓄する余裕の無いくらいの低所得者層がインフレーションに直面するとどうします。当然ですが生きるために賃上げを要求するしかありませんし、政策としても最低賃金の底上げをせざるを得ません。この部分でかなりのコストプッシュが起こると考えています。では、貯蓄に励んでいる中流層の生き残りは、「インフレだから貯蓄は損になる」と購入に励んでくれるかというと、まあ、そういう部分もでるとは思いますが、かなりの部分が「より高利回りの貯蓄(投機というべきかも知れませんけどね)」に走る可能性がある訳です。

つまりインフレ政策を行ったときに、かっての分厚い中流層が居たときほど需要が喚起されずに、景気が回復しないまま、インフレが進行するおそれがあると考えている訳です。

>あとは供給がちゃんと付いてくるかどうかです。

この部分を考える際には貿易の事を考えないわけにはいきませんね。上で低所得者層の消費性向が高いという事を書きましたが、食料品や衣類、陶磁器などはすでにかなり外国からの輸入によってまかなわれていますからね。ここ数年の統計ですと、だいたい80兆円くらい輸出して70兆円くらい輸入しているのですが、そのうち40兆円くらいは日本で産出できないものではなく、かっては日本で作れた物の輸入になっている訳です。輸出入のギャップが10兆円くらいありますし、過去の蓄積もありますから、インフレ政策で喚起された需要のうちのかなりの部分が輸入品によってまかなわれ、国内供給の喚起、すなわち雇用の創出とかにつながらないおそれは有るわけです。

なんていいますか、インフレ政策そのものを否定する気は無いんだけど、国内の所得格差の是正と外需依存体質の是正を行った後で無いと効果はかなり弱いのでは無いでしょうか?

投稿: 技術開発者 | 2009.10.27 18:27

こんにちは。YJSです。

技術開発者さん:
> 現状で貨幣供給を拡大すると、相当深刻な
> スタグフレーションが起こると予想します。

はい、わかりました。スタグフレーションが起こるとお考えであれば、マネー拡大を支持できないのは当然だと思います。

> 貯蓄する余裕の無いくらいの低所得者層が
> インフレーションに直面するとどうします。

えーと。私は「スタグフレーションは起こらないだろう」と思っています。上に書いた「増える需要に追随して供給が拡大する」は「スタグフレーションが起きないと等価な主張」なので…。
つまり、マネー拡大に対応して供給が拡大する=貨幣は余らない=インフレにならない=需要拡大に対する供給制約が効くようになってマネーが余るようになってからインフレになりはじめる=しかし供給制約が効くときには既に雇用が改善している、です。

まぁしかし。技術開発者さんがスタグフレーションが起こると考えているということには驚きましたが収穫でもありました。
お付き合いくださってありがとうございました。

投稿: YJS | 2009.10.27 19:27

>YJS さん

いやあ、腰が抜けるほどびっくりしました。何とか元の枠組みの話に戻ったようで、よかったですね(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.27 21:38

こんにちは。YJSです。

黒猫亭さん:
> 枠組みの話

私としては、もうあまり書く事がないんです。
技術開発者さんは「マネーを拡大するとスタグフレーションになる。」という主張で、私の主張は「マネーを拡大してもスタグフレーションにならない。インフレになる前に景気が回復する。」なのです。
あとは実証ということになりますが…。

ところで、既に2003年に大規模なマネー拡大が実施されています。財務省が20兆円程度の大規模為替介入(円売り・ドル買い)を行い、それに対して日銀は不胎化しませんでした。要するに緩和・マネー拡大を行ったわけです。
どうなったか。一時的な景気回復、でした。スタグフレーションは起きていません。デフレの真っ最中で、インフレ率はマイナスのまま、雇用だけ改善しました。
私が「スタグフレーションは起きないと思う」とする理由のひとつであり、教科書的な理解で問題ないとする理由のひとつです。

投稿: YJS | 2009.10.27 23:09

こんにちは、皆さん。

>あとは実証ということになりますが…。

経済学は基本的に帰納法による学問ですからね。起こった事象から要素を抽出して理論を組み立てるものです。この帰納法であるところに自然科学との違いを感じるんですね。例えば化学でAとBを反応させてCをつくる反応があるとします。ところが、ある時、熱い液で反応させたらCではなくDができたとします。化学の様な演繹法の学問では、液温を変えて何度も実験して、たとえば「室温ではCができ、30℃~50℃では割合を変えながら両方ができ、60℃ではDができる」みたいな詳細な条件の結果を得ることができます。さらには、この実験から、CやDができる反応の活性化エントロピーと活性化エンタルピーを求めることができるわけです。

ところが、帰納法の学問である経済学では、「このときはCができた」「このときはCとDができたがCが多かった」「このときはDができた」と過去に起きた現象から、「温度が違っている」を見つけ出し、「温度が低いとC、高いとDができる」と言える様になるだけであって、演繹法の学問のように「何度では」とまで掴むのは困難です。さらにいうと、演繹法の学問では、「変えたい条件以外の要素を揃える」事が可能ですが、帰納法の学問ではそれはできない訳です。温度の他にも違っている要素は無数にある中で反応が異なるための要素を抽出して理論化している訳です。

>要するに緩和・マネー拡大を行ったわけです。
>どうなったか。一時的な景気回復、でした。スタグフレーションは起きていません。

マネーの流れだけ見るとマネー拡大なのですが、需要の増加が国内に起こっていないのです。貿易統計によると、2003年くらいまで日本の輸出が40~50兆円、輸入が30~40兆円の間で推移していたのが、その頃から急速に拡大して現在の80兆円まで伸びた訳です。すなわち、景気回復は輸出の急激な伸びにより支えられ、雇用も輸出に支えられて伸びた訳です。
http://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/data/y0.pdf

輸出が伸びると輸入も追随しますから、景気回復にともなう需要を満たすための供給は輸入によってかなりまかなわれる訳です。実際、2004年くらいからの輸入における中国からの衣料品などはすさまじい勢いで伸びています。

さらに言うと、その時期の雇用の多くが非正規雇用であったという事も、この景気回復が外需依存で有ったことと関係します。いわゆる「国際競争力を保つ」必要から非正規雇用とせざるを得なかった訳です。

よく分からないのですが、お読みの教科書で「国際分業」についてはどのように書かれていますか?
実際、シンガポールの様に「我が国はこの産業のみでいく」と決めて、食料や衣料品などは全て輸入でまかなおうとしている国も世界にはあるわけです。日本がその方向で行くべきだと判断される様な事が書いてあるなら、2003年の様な外需依存の強化政策というのも、あながちおかしくは無いわけです。

投稿: 技術開発者 | 2009.10.28 08:58

>YJS さん

スタグフレーションが起きるか起きないか、と謂うのは微妙な点ではありますね。

この議論でも、「金融緩和を行えば一般的にスタグフレーションに陥る危険性が高い」と謂うことと「現状で金融緩和を行えばスタグフレーションに陥る危険性が高い」と謂うのは分けて考えるべきことなのかな、と思います。

前者なら、YJS さんが仰る事例で金融緩和が行われているにもかかわらずスタグフレーションは発生していないんですから、そんなことはないだろうと謂うふうに考えられますよね。これが後者であれば、松尾教授のコラムによると二〇〇四年に景気が回復したのは、金融緩和だけではなく輸出の好調と生産設備の耐用年数の限界のような条件が複合的に作用したからだ、と謂うふうに説明されていると思いますので、どんな場合でも起こらないとは言えないのかな、と。

その意味で、輸出に依存する景気回復は一定の脆弱性を抱えるだろうから、内需中心に転換していかなければならない、その為にはまず極端な格差を是正する必要があるだろう、累進課税の見直しなどで分配をきちんと考える必要がある、さらには将来不安を解消する為のセーフティネットの整備も必要だろう、こう謂うことが議論の出発点だったように思います。YJS さんも以前ウチのブログで、格差が少ないほうがおおむね経済が好調な場合が多いと謂うことを仰っていましたよね。

元々累進課税の議論から出発しているわけですから、そこで金融緩和と謂う論点を出したのはそう謂う文脈の話ですね。累進課税の見直しで再分配を強化しても、マネーが不足しているのでは消費を刺激する効果は薄いだろうと謂うことですね。前後関係はともあれそれとセットでマネーの拡大を行えば内需の振興に繋がるのではないか、輸出依存の経済構造を転換する契機になるのではないか、そう謂う議論であると考えています。

ただ、そのロジックで謂うと将来不安の強度が重要な要素になってきますが、これに対しては、少子化による年金制度の破綻やセーフティネットの崩壊と謂うような要素も絡んできますし、一概に楽観的な見通しにはなりません。

一般庶民がお金を積極的に遣っていくには、将来的に所得が向上していくだろうし、働けなくなっても何とか生活していけるだろう、病気になっても何とかなるだろう、と謂う見込みを多くの人々が持つ必要がありますが、その部分は政治に依存するので上手く行くとは限らないわけですから。

そして、そう考えたとしても、デフレの進行から脱却しないことには話にならないわけですから、現状で何らかの形でマネーの拡大を図っていく必要はあると思うんですね。なので、正確な理解であるかどうかはわかりませんが、YJS さんのお話を伺った際に、インフレ率を年二、三%に維持すれば他に何もしなくても景気が回復すると謂う話だと考えたわけではないですし、そう謂う意図で仰っていることだとも考えませんでした。

そう謂う形に持っていかないと経済の持続可能性が危ないと謂う話なのかな、と謂うのがオレの抱いているイメージですね。経済活動が健全な形で持続するには年二、三%のインフレ率を維持する必要があって、そこを調整するのが中央銀行などによる金融政策の役割だ、と謂う理解ですね。そこからはみ出す社会的状況については政治のほうで手当する、と謂う関係で、雇用については金融と連動しているとして、再分配の強化や社会不安の解消と謂う部分については政治が考えていくべき事柄だろう、と。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.28 10:06

こんにちは。YJSです。

基本的に、もう本当に、書くことがないんですね。再分配を強化すべきだとする意見は黒猫亭さんのところで書いているので。
スタグフレーションについても書きました。賃金硬直性が高いとは思えない理由と過去の緩和で起きてない事とを。

なので。私としてはこの投稿で最後にしたいと思っています。
まぁ、その…ちょっとだけ聞いてみたいことはあって。スタグフレーションを懸念する向きの方に。

それは「現在の失業率の悪化がインフレの元で起きていないのはなぜ?」というものです。過去のマネー拡大でインフレになりつつ失業率悪化が進む、となっていないのはなぜだろうか、と。

長々と投稿させていただき、ありがとうございました。

投稿: YJS | 2009.10.28 12:46

こんにちは、黒猫亭さん。

>その意味で、輸出に依存する景気回復は一定の脆弱性を抱えるだろうから、内需中心に転換していかなければならない

話を変な方に引っ張ると思われるかも知れないけれども、私は日本がかなり深刻な「自縄自縛」状態に落ちこんでいると思っています。

外需依存経済というのは「いつスタグフレーションに落ちこむか分からない危険性」のある状態なんですね。

今のデフレ状態の前に短い期間でしたが、「様々な原料の国際価格が高騰した」時期がありましたよね。あれがもう少し続くと日本国内がスタグフレーションに陥った可能性が有ったんです。単純に言うと輸出品の価格に原料コストを反映させずにがんばれる期間には限りがあり、反映させると景気を引っ張っている輸出が低下するおそれがある(製品の国際相場がどうなるかによって違いますけどね)、つまり景気後退ですね。一方内需では原料を輸入に頼っているのだから必然的に物価が上がる訳です。

もしも輸出がふるわなくなって、円が安くなっても実は同じ事がおきます。景気を引っ張る輸出の低下による景気後退と原料輸入に必要な円が多く必要になることによる物価の上昇です。

>経済活動が健全な形で持続するには年二、三%のインフレ率を維持する必要があって、そこを調整するのが中央銀行などによる金融政策の役割だ、と謂う理解ですね。

実のところ、この「年二、三%のインフレ率の維持」すら上の輸出がふるわなくなる原因に成りかねない面があるんですね。輸出製品の価格上昇を招き、それが輸出に響きますからね。なんていうか、ここ十数年に渉って、インフレを押さえてきた背景にこのスタグフレーション恐怖があるのかも知れません。

なんていうかな、外需依存体質を改めるなら、「管理インフレ-ション」とともに「管理スタグフレーション」という概念が必要になるのかも知れません。どのみちスタグフレーションをおこさずに改められないとしたら、マイルドスタグフレーションを起こすという考え方です。ただ、スタグフレーションをどうやってコントロールするのかは私に分かりませんけどね。

投稿: 技術開発者 | 2009.10.28 13:29

>YJS さん

お疲れ様でした。自分のところでも申し上げたことですが、気が進まないと仰っているのに、無理矢理ステージに引っ張り上げてマイクを持たせるようなことをして申し訳ありませんでした。YJS さんのお話については、せとともこさんもご関心がおありではないかと思いましたので、こちらでも少し突っ込んだお話をして戴ければ、と思いまして。

基本的に本筋の経済理論のほうはYJS さんに下駄を預けた議論ですので、オレのほうでもこの辺でこの議論については引き揚げさせて戴こうかと思います。何とか最後に本筋のお話に戻ることが出来たので、最終的には意味のある議論になったかな、と思います。

寛容な姿勢で議論の行方を見守って戴いたせとともこさんにも、改めてお礼を申し上げます。

投稿: 黒猫亭 | 2009.10.28 13:31

YJSさん。
技術開発者さん。
黒猫亭さん。
こんにちは。

実は、スタグフレーションについて、私も興味があり、
頂いたコメント、とても参考にさせていただきました。

さて、コメントを、と思ったら、
実は、
実は、
今までスズメバチと闘っていました。
実際、闘ったのは管理協会のお兄さんなのですが、
とにかく、古い宿舎なので、
スズメバチ、カメムシ、ムカデ、ナメクジ、、、
なんでもありです。
と、言うことで、さっきまで大捕り物でした。

それで、
コメント遅くなりましたが、
すごく、すごく私自身は勉強になり、刺激になりました。

まだ議論、討論、終焉と言うことでもないので、
どうぞ、続けてください。
ここにコメントは直接は、いただけなくても、
多くの方が関心をもって読まれていますので、、、

ではまた。

投稿: せとともこ | 2009.10.28 14:22

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 喜八さんには悪いけど、あまり好きなタイプではない勝間和代さんが、菅直人さんの国家戦略室へ「まず、デフレを止めよう~若年失業と財政再建の問題解決に向けて」 と提言されたことを渡久地明の時事解説で知りました。  内容については、これまでも菊池英博さんやさとうしゅういちさん他、積極財政を支持する方々が主張されてきたことで、特に目新しい内容ではありませんが、あちら側(竹中さんと同じにおいがする?)の人だと思っていた勝間さん(実はよく知らないのです。すみません。)が、そんな主張をされたとは意外でした・・・... [続きを読む]

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