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2009.11.13

民法改正に一歩前進なるか、、、

この8月、国連女性差別撤廃条約の各国政府の実施状況を審査する機関「女性差別撤廃委員会」からの日本政府のとりくみ状況への最終見解についてのエントリーを挙げました。
さて、
その後、この動きはどうなっているのでしょうか?
先日11日には、
来年の通常国会で選択的夫婦別姓制度の導入や婚外子相続差別撤廃などの民法改正の実現をめざす集会が開催されたそうです。
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選択的夫婦別姓の導入や非嫡出子の相続差別撤廃などの民法改正を求める集会が11日、国会内で開かれた。与野党の国会議員27人や市民団体メンバーら約170人が参加し、来年の通常国会での実現を訴えた。
NGO「mネット・民法改正情報ネットワーク」の主催。千葉景子法相が早ければ来年通常国会への法案提出を目指すと発言するなど改正の機運が高まりつつあるとして開かれた。
呼びかけ人の小宮山洋子衆院議員(民主)が「民法改正までには壁があるが、政権交代でクリアしやすい状況にある。ここで改正しなければ、という気持ちで取り組みたい」とあいさつ。夫婦別姓を実践している福島瑞穂・男女共同参画担当相も「精いっぱい大きな動きをつくりたい」と述べた。
棚村政行・早稲田大教授(家族法)は「社会の実情にそぐわない規定が放置されている。弱者の視点で家族にかかわる法律を見直す必要性が高まっている」と早期改正を訴えた。
(上記ニュースよりママ)
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ここでも問われるのは民主党の公約です。
職場における男女平等、
正規労働者と非正規労働者の均等な待遇などのルールの確立・拡充の問題、
選択的夫婦別姓の導入などの民法改正、
「慰安婦」問題の解決など女性の人権にかかわる問題、
女性差別撤廃条約の選択議定書の批准、
などなど、、、です。
政権が変わることで、私たちが訴え、願ってきた事の一つひとつが丁寧に実現することを願っています。
たとえば、先の政権では、頑固に認めなかったことに「選択的夫婦別姓などを求める民法改正」があります。
参議院では、日本共産党、民主党、社民党の議員立法提案として12回にわたり共同提案。それでも実現されず。
世界ですでに98カ国が批准している選択議定書の批准は、これまで参議院で全会一致の請願採択がおこなわれているのに実現されず、、、、、
今までの政権では納得できる理由は示されず、単に衆議院での「数の力」でした。
「夫婦同姓は明治以来の日本の伝統であり、氏は単なる個人の呼称ではなく、生活共同体たる家族の呼称という性質を有しており、夫婦親子の一体感を確保するうえで重要な役割がある」と言うのが今までの主なる理由です。
ううううう====ん。
ここでも出てきますね。
家族の一体感が。
と、言うことで、
私は民法とともに憲法24条の意義を考えることも必要と思います。
1. 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。[1]
2. 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた条文です。
家族と両性の本質的平等です。
私も以前青い鳥コンプレックスと言うエントリーで憲法24条について触れました。

その記事で私は以下のように述べています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
もともと女性を社会に進出させたのは、
当時の労働省だったのです。
戦後間もなくできた労働基準法、「母性保護法」の立場から、
女子労働者は、保護されていました。
しかし、労働省(特に一部エリート女性)は、
深夜労働、危険物取り扱いなどの項目の拡大解釈を、
行うことで、女性の労働力を、ドンドン職場に刈り出させ、
ついに、99年には、
「男女平等機会均等法」を制定。
職場での男女差別を撤廃して、
男女共同参画のプロジェクトは、
会社、公共事業、各自治体で、盛んになりました。
そうして、
家に閉じ込められていた主婦たちが、
復職、パートなどに出ていく姿を見て、
羨やむ専業主婦のことを、
「青い鳥症候群」
「青い鳥コンプレックス」
と、呼び、
当時の専業主婦と働く女性の一つの
論争のきっかけを作りました。
このもともとの仕掛人は、
「国」であり「大企業」でした。
専業主婦の
いつでも、どこでも
短時間で使えるパート、アルバイトは、
企業にとって、安価で持続的に供給できる労働力だったのです。
また、いつでも辞めさすことのできる雇用形態は、
まさに企業の論理にピッタリとはまりました。
これは、正規の男性職員の賃金の足かせになることもありました。
バブル期を支える重要な力だったのです。
当時は、
えら〜〜〜い先生方はだれも、
「家のこと」「個人のこと」なんか気にかけていませんでした。
どんなに家庭が崩壊する、
まさに「積み木くずしの家」になると叫んでも、先生方は
「男女は平等で、これからは女性も社会進出する時代だ」
と、言っていました。
そして、各種の保護をとっぱらったのです。
そして、今。
先生方は、世の中を憂えて、
女性に「家」に帰れと言う。

しかし、本音は透けて見える。
「もう、バブルも終わり、労働力は足り、それどころか
余っている、、、一番切りやすいのは、、、」
と、いうことです。

いつだって、いつだって
企業の論理、
資本の論理が先行して、
個人は、その後をヘェヘェ〜〜〜
言いながら、
愚痴をこぼし、汗を掻き
付いていくだけなのだから、、、

そもそも、
こんな社会にしたのは、
誰なんでしょう???
人間を薄っぺらな「もの」のように取り扱ってきた社会を、
作ったのは、誰???

少子化の原因や
犯罪の低年齢化を、
間違っても「女性の社会進出」と結びつけてもらいたくはない。
私は、今、この記事を、
結構、怒りながら書いています。
この私の怒り、
あなたには届いたでしょうか?
そして、
できれば
えら〜〜〜いプロジェクトチームの先生方にも
届いてもらいたい、、、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
このときは憲法改正プロジェクトチームの「案」に危惧を感じ、慌てて書いたのですが、
今、
政権が変わり、今日的な視野で家族の問題や貧困などなどに積極的に取り組み、
本当の憲法24条の精神が活かされることを願ってやみません。


For a long time, we have appealed to the Japanese government to amend the civil low about the system of husband and wife retaining separate family names.
As a change of regime government, we have great expectation to change the low.
Thank you.

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コメント

 女性を社会進出させたのは、日本では軍国主義だったと思う。ロシアや支那では共産党政権だった。全体主義は家族や家庭をないがしろにする。その意味では、戦後の高度経済成長政策には全体主義的傾向があったのかもしれない。
 夫婦別姓は、いろいろな理由がつけられているが、そのほとんどはとってつけたような言いがかりで、本当の理由は家族とか家庭と呼ぶ個人をとりまくもっとも身近で自然発生的な保護膜のような存在を、そのまま温存するのか、それとも除去して個人を丸裸にして、個人を単体で支配する政治システムを目指すのかが相違点だと思う。
 つまりそれは、家族や家庭をどう評価するのかの、価値観のちがいだ。往々にして説明は福祉と呼ぶオブラートにくるんで、弱者をどう保護するかという論点でなされるが、個人を直接支配するのか、家族や家庭と呼ぶキャリングケースに入れて管理するのかのちがいが根底にある基本的な論点だと思う。
 世界の潮流とか、婚外子差別撤廃とか、国連の要請とか、女性の不利益とか、職場の障害などというのは、とってつけた理由にすぎない。

投稿: 罵愚 | 2009.11.13 15:32

こんにちは、せとさん。変な話をしますね。

なんていうか、原始時代からの人間の文化っていうのを見るとね。「家庭内労働以外の労働は危険なものである」が基本にあるのね。男なんてのは「使い捨て」にしたってかまわないから、危険な労働をやらせて、女性は「次の世代を生み育てなくてはならない」からできるだけ安全な労働をやらせていただけ、なんてね。

なんていうかな、狩猟民族の狩りは基本的に男性の仕事だし、遊牧民の放牧も男性の仕事。農耕になってやっと女性の参加が見えるけど、それでも灌漑工事とかになると男性の仕事なんてね。

なんていうかな、「できる・できない」とか「能力が向いている向いてない」が先に有ったんじゃなくて、「使い捨てにしても時類が存続出来る方」に外の労働をやらせて、「大事にしないと人類の存続に響く」方を内の比較的安全な労働に回したというのが基本なのね。

まあ、そういう意味では、「外の労働が比較的安全に成った」から、社会の雰囲気が変わった面はあるんだけどね。

投稿: 技術開発者 | 2009.11.13 17:42

 うちは実感?としてやはり男女はちがうなあと思うんです。
でもでも個人差もあるし、なによりも個々の尊重だもの。
 
 国や社会の圧力??(道徳云々・マナー云々?)で自由奪うようなことのないように願いたいです。
別姓希望も同じ性希望の人も共に社会的にいきれますように。

 

投稿: あゆ | 2009.11.13 23:19

追伸

以前書いたんですが、自民党時代の少子化プロジェクトでは女性の労働と少子化は相関関係ないといってました。データもでてると言ってました。

 大きい要因の一つは女性労働でなく、「不安」だそうです。
雇用の不安だそうです。

非正規が少子化を促進しているようです。
(うちでなく内閣のなんとかの人が言いました)

うちの感想。
男の人が非正規だとその人と一緒になりこどもそだてる気に慣なれません。

投稿: あゆ | 2009.11.13 23:24

 名前を固体認識の表記にすぎないとしたら、苗字は不要です。太郎なら太郎、とも子ならとも子とコードネームだけで用事は済む。なまじ、苗字なんてものがあるから、議論のタネになるだけのことでしょう。
 でも、その苗字がなぜあるのかといえば、分類記号です。家系を表記するのか、DNAか、アイデンティティーか、いろいろな価値観が交錯して、分類の基準を議論しあっているのです。それらの価値観を否定するのなら、同姓も別姓もない。苗字そのものを廃止すればいいのです。

投稿: 罵愚 | 2009.11.14 17:12

せとさん。今晩は。

>私は民法とともに憲法24条の意義を考えることも必要と思います。
1. 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2. 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

私も大変重要なことだと、認識しております。 現在の家庭生活の中における両性の平等はこの憲法24条抜きでは実現できません。また、この理念、条項は封建的家父長制「家族制度」を脱して、近代の家庭生活即ちより民主的な「個人制度」を形成する過程おいて、人類の豊かな感性に裏打ちされた理性の努力によって形成されて来たものと理解しております。従いまして、未だ過度期にある戦後の日本の民法はより発展的に改正されなければならないと思っております。具体的には、今出されている改正案のような内容が急務だと思います。


投稿: hamham | 2009.11.14 19:04

 瀬戸先生や、技術開発者さんや、あゆさんや、 hamham さんのご意見では、もっとも基本的な部分の説明が抜けているとおもう。夫婦別姓にしろ同姓にしろ、なぜ苗字が必要なのでしょうか?もともと、苗字をなくしてしまえば、同姓も別姓もないと思う。つまり、この話題の前提として…苗字の存在を前提にした議論をしているみなさんは、苗字をダシにつかって、家族制度を議論している。本音のところでは、家族制度のなかの個人とか、家族制度と個人の関係を議論しているんだが、それをあからさまにしてしまえば、世論の同意…感情的な同意は得られないから、民主主義とか、人権問題にすり替えて説明しているようにみえる。
 たとえば hamham さんのご主張を採用するとすれば、夫婦のどちらかの姓を名乗らなければならない。現在の制度でも改正案でも、まったくあたらしい苗字を創作するのは原則禁止されているわけだ。これって、ご主張のご趣旨には違反していて、 hamham さんは、創氏改名の自由を主張しなければ、一貫性を保てないのではなかろうか。

投稿: 罵愚 | 2009.11.15 05:24

罵愚さん。今日は。

>hamham さんは、創氏改名の自由を主張しなければ、一貫性を保てないのではなかろうか。

私は、歴史的な流れの中で、現実の家庭生活を基に考え、過度期の現民法が抱えている封建的家父長制という「家族制度」の残滓であるようなものを、新しい「個人制度」という家庭生活に対応出来るように改正しなければならないというスタンスです。一歩、一歩と、リアルの社会、家庭生活を見つめて、感性に裏打ちされた理性の力を発動して解決して行きたいと思っております。私のコメントをよく読んで、正確に内容を把握して言及してください。それ抜きでは執拗な、不毛な質問攻めに堕する危険性があると思います。

#私は、ヴァーチャルの世界では、通用し、必要で十分な条件を満たす限り、ネチッケトを壊して皆さんに迷惑をかけない範囲で、自由に名乗りたいと思っております。 例えば、hamaham、田吾作、・・・。

投稿: hamham | 2009.11.15 11:47

hamham さん、ご丁寧な説明ありがとうございます。
 夫婦のどちらの旧姓も『封建的家父長制という「家族制度」の残滓』だとしたら、どちらを選択しようと『新しい個人制度という家庭生活』に変換していく方策にはならない。夫がもっている古臭い戸籍にしばられたくないのなら、自分の生家の苗字の古臭さも捨てなければ、つじつまが合わない。それは「平和のためなら戦争をしてもいい」というたぐいの自己矛盾ではないのでしょうか。
 でねぇ、、わたしはそこへのご返事は期待していないのです。わたしが疑問に思うのは、さらにその先にあるあなたの『新しい個人制度という家庭生活』と呼ぶもののイメージです。個人が個性的に独立して生きていく社会では、家庭そのものが無用になってしまう、あるいは昆虫の飼育ケースのような育児の施設になってしまうのでしょうか。
 いくつかのご意見を聞きながら思うのは、夫婦別姓論者には、旧来の家族制度の破壊する目的だけは共有するのだが、そのあとにどういう社会をつくるのかの、まとまったイメージはない。破壊だけが目的で、再建計画は提示できないように思えるのですが…

投稿: 罵愚 | 2009.11.16 08:21

こんにちは、皆さん。少し法学の話をしましょうか?「法の名宛人」という話と「法の重層性」という話です。

「法の名宛人」というのは「法律は誰に向けて書かれているか」という話です。ある法学によると、これは「裁判時の裁判官」に向けて書かれているという訳です。つまり、法は直接に国民一人一人を縛ったりしておらず、あくまで、裁判所で裁判になった場合の裁判官の判決を縛るために存在するという訳です。例えば、刑法第235条で「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」と書いてあるのは、そういう窃盗が裁判に掛けられたときに、裁判官がそれを「罪」としなくてはならないこと、それに対する罰は書いてある範囲内でなくてはならないという形で裁判官を縛っていると考える訳です。

じゃあ、国民は全く法に縛られないかというと、判決という強制力を持った決定を通して、間接的に縛られる事になるとするのが「法の重層性」なんですね。つまり、「自分が窃盗をして裁判になったら、法に縛られた裁判官はそれを罪として罰を下すのは明確であるから、止めておこう」とか、やりそうな人を「それは罪になって罰を食らうことになるよ」と押しとどめる様な形ですね。

刑法を例に出しましたが、民法はその点がさらによく分かったりします。私は良く田舎の貧乏農家の相続を例に出したりしますが、例えば両親が亡くなったときに、民法は「子の均等相続」なんてのを定めていますが、別に縛られる必要は無いんですね。子が皆で話し合って、都会に出ている次男などが「こんな田舎のちいさな田畑や家や墓なんぞ分けて貰っても仕方ないから、兄貴が面倒を見ろよ」とするなら、何も問題がない。あくまで、子が欲しがるほどの遺産があり、うまく配分出来ないときに裁判にすれば、この法に縛られた裁判官が「子で均等に分けろ」と判決するだけなんですね(笑)。

なんていうかな、婚姻とかそれに伴う姓の変更というのも、「こうして置いた方が揉めないだろう」程度のものでしてね。まあ、社会が「不都合」というなら変えればよいし、不都合でなければとりあえずそうしておけば良い程度のものです。と、かなり気の抜けた事を書きましたが、国家に置ける法と国民の関係を考えるときに、「法の名宛人」という考え方と「法の重層性」という考え方はかなり重要なので、意識のどこかにおいておかれると良いかと思います。

投稿: 技術開発者 | 2009.11.16 13:10

罵愚さん。今日は。

>投稿: 罵愚 | 2009.11.16 08:21のコメント

このコメント中で指摘されている事柄については、私が既にここのエントリーで投稿した次の二つのコメントの中に、回答が先取りされております。よく読んで下さい。
投稿: hamham | 2009.11.14 19:04
投稿: hamham | 2009.11.15 11:47
よそ様のblogで、不毛な論争をして、迷惑をかけるのはイヤですから、これ以上あなたとの論議はやりません。

投稿: hamham | 2009.11.16 15:34

週末出かけていたため、
今日はバタバタしています。
このテーマ、すごく重要なので、もう少し考えてお返事をと思いますので、
どうぞ、こちらでご自由に討論、議論なさってくださって結構です。
ただ、
できれば
生産的な討論がなされたら、管理者としては嬉しく思います。
皆さんから頂いたご意見を参考にして、
いずれエントリーを挙げることができたらと思うのですが、
これまた、時期としてら大忙しの時期を迎えるので、
ゆっくりとになりますが、
よろしくお願いいたします。

投稿: せとともこ | 2009.11.16 18:16

裁判官拘束ですか。なるほどそうですね。

相続は刑事とちがいますしねえ。

別姓の人も同姓の人もその中間もみんな社会生活参加が妨げられませんように。
全体主義風潮?(右翼風潮???)・同調圧力(KY叩きとか)、
国な社会の都合で個々が犠牲にされない自由な社会によりなりますように。

投稿: あゆ | 2009.11.17 08:13

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