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2009.12.16

Emergency constitution   その3

昨日のエントリーでアッカーマンの Emergency constitutionについて大河内美紀さんの論文2本を纏めて要約したエントリーを挙げました。
このエントリーにコメントを頂き、またまた考えが深まった私です。(12月16日、午前10時現在までのコメントです)
コメント欄にお返事を、と思ったのですが、
もう一度、論文を読み直していたので、改めてここに第三弾を記事に挙げます。
まず、古井戸さんから「核抑止理論、と非情によくにた議論ですね<emergency constitution. ここでいうconstitutionとは何でしょうか?憲法ではなく対処案?対処原理? 法律とどう関わり合うのでしょうか。」
と言うご意見を頂きました。
と、言うことで、まず核抑止論をみていきます。
一般に核抑止とは次のような定義です。
「核抑止(かくよくし)とは核戦略において巨大な破壊力を持つ核兵器を保有することが、対立する二国間関係において互いに核の使用がためらわれる状況を作り出し、結果として重大な核戦争が回避される、という国際的に広く認められた考え方である。」
つまり、核抑止論は「核」を持つことで相手への威嚇を作り出し、それが畢竟、防衛になるというものです。
一方、アッカーマン主張の「emergency constitution」は、
非常事態に対して、これまでの個別立法に依拠することなく、包括的に規定する枠組み法を制定しようというものです。
さらに技術開発者さんから示唆に富むコメントを頂きました。
「法治国家の中で、「自力救済権」を放棄したというか、司法に委譲している国民については、そういう精神的な苦痛とかでも放っておけないから、司法の出番ができるんだけど、完全無欠な主権を持つ国家に置いてテロにどう対処するか、国民にどう「安心」を与えるかについても、自力救済するしかない訳です。」
と言うことで、
昨日のエントリーにも書いたのですが、アッカーマンの理論のその背景をもう一度、みていきます。
テロへの対処の必要性として既存の憲法学の枠組みを超える措置を政府に求めようとしたアッカーマン。
その理由は二つあると大河内さんは述べます。
1つは実存原理。
国家の存亡に関わること、国民の生命が脅かされることに対しての危険に対応すると言う原理。
もう一つは、予防的拘禁。
つまり将来起こるかもしれない危険から守る、と言う原理。
そしてアッカーマンは、将来テロが起きたら、「パニック」になるであろうとして、政府に国民を安心させる措置を積極的に講じることを説きます。
その具体的な方法は以下の通り。
「アッカーマンはエスカレーター式特別多数というユニークな方法を 提言している。まず、危機的状態が発生した場合には、執行府(大統領) は単独でその認定を行う権限を有する。ただし、その有効期間は1ないし 2週間という極めて短い期間に限られ、議会多数による賛成が得られなけ れば危機的状態は自動的に終了する。議会による賛成が得られた場合には 引き続き危機的状態が継続するが、その期間も2ないし3ヶ月程度に限定される。その後さらに危機的状態を継続しようとすれば再度議会の承認を 求めなくてはならず、しかもその際には単純多数ではなく60%の特別多数 が課せられる。以降更新に伴い70%、80%と徐々に特別多数を上乗せして
いくのである。」
大河内さんの論文より引用。

議会によるチェック機能を重視してつつ、
さらに、
アッカーマンの論理の特徴を大河内さんは次のように説明します。
「政府にとっては何よりもテロリストによる第二の攻撃を防ぐことが必要で あり、その「第二の攻撃を防ぐために効果的な、短期的措置」として、リ ベラルな諸憲法が刑事手続上の身柄拘束にあたって通常要求している証拠
類の存在しない状態で「疑わしい者」を拘禁する権限を国家に認めるべき であると彼は主張している。
なお、この証拠抜きの予防的拘禁は45ないし60日の間認められる」

さて、ここからが本題というか、私の最も言いたいことなのですが、
これは「戦争概念」の拡大に繋がらないか、、、ということです。
それについては、昨日もコールの批判を引用したのですが、私もまさにそうだと思いました。
また、アッカーマンの主張をみれば、戦時とされるときは、司法よりも議会の権限が大きくなるのですが、
これも疑問を持つ私です。
これは権力分立の考えから逸脱するものです。
また、アッカーマンは「戦時適応法」と通常憲法の領域的、時間的波及についても言及するのですが、
結果、通常憲法が追いやられていく仕組みを取ります。
そして、いつのまにか、議会、内閣に大きな権力が集まっていくことになるのでは、、、と私は危惧します。
大河内さんはアッカーマンの論にたいしての疑問を以下のように述べます。
「アッカーマンの描くこのストー リーにおいて、Emergency constitution の適用は、人々がパニックの中 で行う決定とは異なり合理性を有する決定であると位置づけられているよ うに思われる。それは、危機的状態が過剰化するおそれの指摘に対して、 彼が応答している中に登場する「〔前略〕社会的孤立が高まるときには被 拘禁者に課される負担も増加するものであることを、合理的な人々は銘記 すべきである」とのコメントEmergencyconstitution 下で用いるこ とのできる手段を「パニックになった人々を鎮めるためにできること」全 てではなく「将来の攻撃の機会を縮減するための合理的、効果的なステッ プ」に限定する試みなどに見て取ることができる。そして、前節で見たよ うに、「安心」原理がエスカレートしないとの論証を迫られたアッカーマ
ンにとってこの種の限定は不可欠なものである。
しかし、これを前提とするならば、アッカーマンの言う「パニック」と は本当にパニックなのかという疑問がわく。彼は人々からの過剰な「安心」 原理の要請を排除するために、文字通り人々が暴走し、合理的判断能力を 欠いた状態に陥っている状態ではなく、一定の不安を抱えつつも合理性を 維持した状態をパニックとして想定しているのではないだろうか。もしそ うであれば、敢えてパニックを論じなくとも、合理的人間像を前提とした 古典的憲法学の枠組みで十分対処可能であるように思われる。」


同時に大河内さんは、「憲法が最も侵害さ れやすいのは危機の時代、パニックの場面であり、歴史がそれを証明して いる。しかし、憲法学はこれまでパニックについて多くを語ってこなか った。」
として、これはアッカーマン一人の論を論じることでなく、
戦時パニックそのものの認識を問うことが大切と述べます。
パニック、戦時と憲法についての論考を、アッカーマンに尋ねることで、
私自身は、最初の課題、オバマ大統領の「正しい戦争観」について安全と安心面から見て行きたいと思いました。
そして、改めて、
思うことは1つです。
「正しい戦争なんてない」と言うことです。
これについては、古井戸さんやLooperさんから考えさせられるコメントを頂きました。
考察を深めるにあたり、以前も書いたのですが、改めてアメリカの軍事戦略について洗い直します。
日米同盟さらに再考その5(経済面から)と言う記事を12月8日に挙げました。
この時、軍需産業と新自由主義の歴史をみたのですが、
そこでも触れたように歴代政権と同様に、オバマ政権の壁でもある軍需産業依拠。
私はアフガニスタン派兵が単純にテロとの戦い、根絶というだけでなく、
アメリカの国益に直接結びついているものと考えます。
アメリカ国内の経済基盤の空洞化を解消するには多国籍企業の収益拡大は必至。
またオバマ政権は軍需費が拡大しているのですが、これは多国籍企業に依存しないで国内での技術や製造業への支出です。
経済との関わりもしっかりと見て行くことが肝要です。
今後のアメリカの方向にしっかりと注目です。


From yesterday on I am thinking about a just war.
What is the raison d'être for the war?
I can’t answer about this problem.
I think there is reason for war.
I hope the peace of the world.
Thank you.

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コメント

核抑止と似ている、というのは原論文を見ていないときの発言なので取り消します。ほとんど関係なし。
前コメントのとおりです。原著者は、有事立法(たとえば愛国法)などの法律でなぜ不味いのかを答えていません。憲法と、この有事憲法の関係は?有事憲法が優先ですね。二つの憲法が並立し、有事憲法はいつからいつまで適用する、と大統領が提案し、議会が承認?しかし、テロにしても他の犯罪にしても個別法が必要な状況は技術進歩にともなってドンドン変化する、それを憲法によってしばる、というのは考えが稚拙すぎると思う。国内テロであっても、警察で十分取り締まれます。911の場合、FBIが逮捕できたのにしなかった(陰謀かどうかは別にして)。事前になら911でも警察で逮捕できた。飛行機で突入!を阻止するのは軍しかないでしょう。警察にジェット爆撃機や潜水艦を与えて世界の海と空のお巡りさん、やらせまっか?日本海(公海)に米国のポリさんが登場!

戦闘行為に入いる前なら(たとえば、トヨタ車に積んだ移動式の小型核弾頭を発射)、警察で探知取り締まれると思います。というか、軍は国内の探査ネットワークを持っていない。世界で捜査するなら、草の根まで情報をもっている警察に頼るしかありません。これは各国の内務省の仕事です。

テロの定義が非常にあいまい、この10年の米国の狭い経験でしかものを言っていない。戦略論のクラウゼビッツは「戦争とは外交の一部である」と規定しています。この観念がないですね。
日本についていえば、米国は戦後一貫して日本に対して戦争を行ってきた、ともいえるのです。外交を通じて。鉄砲でドンパチだけが戦争じゃありません。外交上の欺瞞や恫喝を通じて、経済的損失をあたえるのです。米国発のこの10年頻発している国際金融に与えた損害はテロと見なすべきですよ。国際社会に与えた実害は途方もないものであり、これを有効に取り締まる体制を各国が取ることが重要。こういうふうに、テロじゃなく、戦争(兵力で人や物を破壊するのが戦争、という旧来の概念をまず撤廃しなきゃ話にならんで、ともやん)を広汎に規定し治す。ひとびとの生活を脅かす物理的武器に寄らない暴力(米国発沖縄着のオレオレ詐欺も)も組み込むのが先ですよ。

投稿: 古井戸 | 2009.12.16 12:55

せとさん。今日は。

>そこでも触れたように歴代政権と同様に、オバマ政権の壁でもある軍需産業依拠。

>経済との関わりもしっかりと見て行くことが肝要です。

大変重要な問題だと、私も思います。
世界中に軍事基地を張り巡らせ、ぼう大な軍隊を配備する軍事同盟は、深刻な経済危機に苦しむ米国の国民にとっても、もはや桎梏になりつつあります。

米国の『軍産複合体』は、五つの航空宇宙企業から成る寡占体制の成立をもって、最高の発展段階に入っています。 五つの航空宇宙企業、ノースロップ・グラマン社、ロッキード・マーチン社、ボーイング社、レイセオン社、ゼネラル・ダイナミックス社は、軍産複合体を形成して、ぼう大な国家予算に寄生し、国の内外の軍事基地網を足場に覇権主義的対外進出の主柱になっています。
      
軍産複合体の繁栄は、財政赤字をとめどなく拡大し、米国経済の重荷になっています。 財政破たんだけではない、軍事技術の開発は、科学技術の軍事利用を促進し、米国の製造業は、金融肥大化に加えて、経済軍事化のゆがみで競争力を失っています。 ここに本格的なメスを入れずに、オバマ大統領は米国経済をはたして再生できるのでしょうか。腐り切った高度に発達した米資本主義の矛盾、壁が彼の行く手を阻んでいるようです。

投稿: hamham | 2009.12.16 16:03

古井戸さん。
hamhamさん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
またまた考えさせられています。


古井戸さん>
はい。
本当に仰る通りです。
私も以前のエントリーで戦争とは、何も戦うことだけでなく、貧困の問題などを含め、社会問題、すべてに関わることであると、言う記事を書きました。
目の前の紛争だけでなく、
大きな視点で見て行きたいと思います。


hamhamさん>
はい。
五大産業ですね、、、
この関わりは実に大きいものがあります。
その歴史をみると、
如何に戦争をしたがっているか、、、と思い、
暗澹たる思いに駆られるのです、、、

うううう===んですね。
いずれにしても、
今後の動き、注目です。

投稿: せとともこ | 2009.12.17 12:40

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