« 脳のはたらきと子どもの教育を読んで、その3 | トップページ | 脳のはたらきと子どもの教育を読んで、その4 »

2010.01.20

センターの倫理問題に疑似科学が!

kikulogで知ったのですが、今年のセンターの倫理問題に疑似科学について伊勢田さんの著者から引用があったそうです。
私は毎年、センターはチェックするのですが、
主には国語と生物。
後は予備校の分析をフォローしています。それで倫理には目を通していなかったのですが、
と、言うことで、
早速、倫理問題にあたってみました。

Rinri_405_5


センター試験、倫理問題より。

血液型と疑似科学の境界についての設問。
リード文には、疑似科学とは何かを定義。
特徴の一つである「科学ではない」と言うのは正統科学から否定されている主張であること。
次の特徴は「科学のようで」と言うことで、これは主張者は科学の装いをまとっていること。
この装いをまとるということは、
「今はわからなくても、未来には判明する」とか。
「統計」をつかって、それらしく装うとか、
「実験、研究の結果」とかとか、、、、
いろいろな表現がありますが、いずれにしても「科学の装い」であることが特徴です。
さて、伊勢田さんのリード文を読み、
受験生は「疑似科学とは、、、」と言う定義を頭に入れます。
そして設問の文を二つの特徴をあてはめ、ほぐしていき正解へと導きます。
ここで受験生に問われることは、このリード文をしっかり読んでいるか、であって、
設問の内容云々についてではありません。
では選択肢にあたりましょう。
まず
①は、血液型性格判断が疑似である、と言う前半を受け、後半はそれでも日常の慣習としてありうる、という発言です。
これは、内容の是非はともかく、受験問題としてだけ取り扱うなら、
後半は、「会話・日常の問題」と言うことなので、「科学の装い」からはずれます。
したがって、この場合の答えではありません。
受験生は、ここで迷って「日常でも間違ったことを話題にするのはおかしい、、、、」と悩んではいけない。
これは「書いていないことは読み取らない」と言う受験のテクニックです。
個人的は悩ましい出題とは思うのですが、
それはそれとして。

次の選択肢に進みましょう。
これは「科学の教科書で否定」と言う前半で「科学ではない」となり、
「血液が生命を維持する、、、、、」という後半の下りが「科学の装い」になるので、
疑似科学の両方の特徴を備えています。
と、言うことで、
ばっちり「答」になります!!!

さらに、
3と4の選択肢をチェック。
これは、そもそも主張自体が疑似科学の主張ではないようです。


と、言うことで、ツラツラと問題を見たのですが、
それにしても、センター試験でこのような分野が出題されるということは、
「なかなかいい」ことだと感想を持ちました。
ところで、伊勢田さんは出題文については、どのように思われたのかしらん???
と、興味が湧くところです。
と、思っていたら伊勢田さんご本人がkikulogでこの件についてコメントをしていらっしゃいます。
出題内容はともかく、
倫理問題は暗記が少ないので、かなり良問があるとのこと。
フムフム。
フムフム。
わかります。
私が受験生のときは、何を選択したか、、、
あまりに昔で、もう定かではないでのですが、、、
理系は「政経」か「倫理」が多かったと記憶しています。
さてさてさて、、、
私も、今、センター試験の内容を見ながらマークシート試験が受験生にとって、どんな意味があるのかを、
古い本ながら坂野登さんの「脳のはたらきと子どもの教育」を読み解き、考えているところです。
大学受験生は17歳以上。
この時期に暗記というか条件反射のようなマークシート問題を数多くこなしていくのは、
どうなんだろう???
と、思いながら読んでいます。
どうなんでしょう???
これについては、今後も考えていきます。
波多野さんや藤田一郎さんの著者なども読み解く予定です。

|

« 脳のはたらきと子どもの教育を読んで、その3 | トップページ | 脳のはたらきと子どもの教育を読んで、その4 »

コメント

こんにちは、せとさん。

>私も、今、センター試験の内容を見ながらマークシート試験が受験生にとって、どんな意味があるのかを、
>古い本ながら坂野登さんの「脳のはたらきと子どもの教育」を読み解き、考えているところです。

私は、共通一次試験より前の受験生なのね。国立大学が1期校2期校なんて成ってた頃ね。でもって共通一次が始まった頃の議論に、「本当の理解を問う問題が出せるのか?」というのがありました。

なんていうかな、私なんかが考えてもマークシート型の問題というのは、きちんと知って居なきゃ成らない知識は問いやすいけど、その知識をきちんと活かして論理的に考えることができるかどうかを問う問題というのは作りにくそうにみえるのね(作れない訳じゃないけど難しいという意味ね)。なんていうか、引っかけ部分をいれないと極端に簡単に成り過ぎちゃう可能性があるのね。

せとさんも選択枝1について

>個人的は悩ましい出題とは思うのですが、
>それはそれとして。

と書かれているけど、これで選択枝1が3とか4と同レベルだったら、あまりに易しく成り過ぎて思考力もとても浅いところでしか問えなくなりそうに見えるのね。

この問題を、論述式とか、あるいは虫食いに言葉を書き込むタイプの問題でつくるならもう少し問題が作りやすいかも知れません。

投稿: 技術開発者 | 2010.01.20 16:45

技術開発者さん。
こんにちは、、、

そうですね。
マークシート問題。
解くほうより、作成するほうが難しいでしょうね。
なにしろ選択肢をすべて考えなければならないのですが、
4〜5つの選択肢の中で、絶対、違うのは2つくらい。
あとは受験生が悩むように作るといいそうですが、、、
その時も、
必ず原則は「書いてあること以外、読まない」。
これは、受験生を公平に見るためらしいです。
たとえば、国語の小説で、すでに読んだ小説が出題された場合、
読んでいない受験生と公平にするには、
出題されているところだけで判断すること。
だそうです。
したがって、受験生にとって既に読んでいる小説は、かえって結論を知っているだけに予断が入って間違いをすることもあるのです。
マークシートでは、
「予断禁物」
「書いていること以外読まない」。
このあり方が教育として正しいのかどうかはともかく、
私は個人的には、
ネットでの討論にはこの考えを応用しています。
受験テクニックと言ってしまえばそれまでですが、
なかなか勉強になりますね。

投稿: せとともこ | 2010.01.21 10:59

こんにちは、せとさん。この辺をつつくとまたこじれるかもしれないけど、あくまで無駄話としてね。

>「書いていること以外読まない」。
>このあり方が教育として正しいのかどうかはともかく、
>私は個人的には、
>ネットでの討論にはこの考えを応用しています。

実は、こういう「なんとか本人が主張してくれないと取り上げられない立場」というのが世の中にあってね。それは民訴の裁判官なのね。判決そのものは自由心証といって、どの主張を取り上げてもかまわないんだけど、主張していない事は取り上げられないのね。でね、証拠書類に書いてないことを言わせようとする本人尋問なんて話がある訳ですよ(笑)。

あくまで、例示だけどね。例えば「消防署の方から来た人に馬鹿高い報知器買わされたのを無効にしたい」なんて裁判があるとするじゃないですか。でもって提出書類には「『消防署の方から来た』と言った」しか書いてないとすると、本人尋問で裁判官はその時にどう思ったのかを言わせようとする訳ね。

「消防署の方から来たと言ったんですね」
「はい、言いました」
「あなたは、消防署の人と思ったんですか?」
「いいえ、消防士の制服ではなくて作業服でしたから」
「じゃあ、どういう人と思ったんですか?」
「胸に会社名もあったから会社の人だなと思いました」
「消防署の方からきたと言ったんですよね」
「はい、それは確かに言いました」
「会社の人が消防署というのをおかしいとは思いませんでしたか」
「その時は特には思いませんでした。まじめそうな人だったし」

なんてね。実はこのとき裁判官は類推というか予断はあるのね。「消防署の人と思った」とか「消防署から頼まれて家庭を回っている回っている会社の人と思った」でないと、その後の馬鹿高い報知器をすんなり購入している経緯との関係がつかないからね。でもって、それさえ言ってくれると「誤認契約」のストーリーがしっかりと判決に書けるわけです。ところがね、契約者の方はその部分をなかなか主張してくれない訳ですよ(笑)。まあ、この程度のことなら裁判官の方から「消防署に頼まれた会社の人と思ったのですか」と言って、「はい」と言わせてしまっても構わない程度だけどね。でも、予断による誘導尋問になるから避けたいよね。

私は、悪徳商法被害者の相談に乗っていたでしょ。でね、なんていうか、最初の解約通知とかと段階から「裁判所に出しても充分に通る契約経緯陳述書」というのを作って解約通知をする方が裁判にもならずに合意解約にしやすいのね。でもってそのためには、「消防署の方から来たといいました」だけじゃなくて「私は消防署から頼まれた会社の人が来たのだと思いました」とちゃんと書いて欲しい訳ね。ところが、不思議なことに、それをきちんと書けない人も多いんですね。苦労しましたよ(笑)。

投稿: 技術開発者 | 2010.01.22 09:26

技術開発者さん。
こんにちは。


「この辺をつつくとまたこじれるかもしれないけど、あくまで無駄話としてね。」と開発者さん。

ははは。
私はあなたのことは信頼していますから。

時々は頭の固い「頑固」もの、と思うこともありますが
(ごめん)
基本的に人生観と言うか、標榜するものに対しては、信頼していますので、
まぁ、お互いにガチガチとやっていきましょうね♫


さて、頂いたコメント拝見して思ったことは、
あなたと私の「対象」の違いです。
私は子どもたち相手なので、
彼らの伸びる力、潜在的力を伸ばすことが目的なんですよね。
「成長」「成熟」する。
そんな未来を私がまず信じなくて、どうするか。
と、言うことです。

今、仕事の関係でもう一度心理学、主には発達心理学を読み直しています。
子どもたちに有効な方法で教える、アドバイスするために、私がもう一度原点に戻って、ということです。
まぁ、
ゆっくりとやっていきます♫
と、言うことで、これからも、
お互いにケンケンガクガクとやっていきましょうね♪
楽しみにしています。
では、、、

投稿: せとともこ | 2010.01.22 14:39

疑似科学・トンデモ科学と関わりのある研究者は、
不正論文を発表したり、研究不正を行っている可能性が高い。
名古屋市立大学の岡嶋研二教授 = 育毛商法(カプサイシン+イソフラボン育毛法など)
http://blog.goo.ne.jp/nagoya-cu
琉球大学の森直樹教授 = フコイダン商法
http://blog.goo.ne.jp/naoki_mori
鳥取大学の汐田剛史教授 = 還元水商法
http://blog.goo.ne.jp/tottori-u
九州大学の白畑實隆教授 = 還元水商法、フコイダン商法
http://blog.goo.ne.jp/kyushu-u/
論文捏造
http://blog.goo.ne.jp/netsuzou

投稿: 疑似科学と論文捏造 | 2011.04.15 15:43

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15797/47343764

この記事へのトラックバック一覧です: センターの倫理問題に疑似科学が!:

» 『内心を語るな』(阿久根市長発言を考える) [逝きし世の面影]
『内心の自由』は民主主義の(基本的人権の)根本原理であるが、『内心の自由』を絶対視する風潮が、現在の日本社会の混乱と精神的な荒廃を招いたのではないか? 『権力者に内心の自由を許してはならない 』 首相とか閣僚など権力者の『内心の自由』は民主主義にとっては大問題でしょう。権力の自由と一般市民の自由は大概は相反する。 この記事に書いている『内心の自由』の原則とは、一般市民の権力に対する限定的な話で、すべてに拡大解釈すれば、其れこそ自由を損ねる。 中山成彬元国土交通相の『郵便ポストの赤いのも日教組のせ... [続きを読む]

受信: 2010.01.21 09:51

« 脳のはたらきと子どもの教育を読んで、その3 | トップページ | 脳のはたらきと子どもの教育を読んで、その4 »