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2010.01.18

お疲れさまでした

ああ、疲れたと言う内田さんのエントリーを読んで、
臨場感が此方にまで伝わり、
本当に大変だったんだな、、、と思いました。
内田さん、お疲れさま。
それから全国のセンター試験関係者の皆様、お疲れさまでした。
尤も、受験生が一番疲れたのだろうが、、、

さて、内田さんのエントリーを読んで面白い(と書いていいのかな?)
と思ったのは「受験騒音」。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
結局、こういうものは「ま、現場現場でですね、常識的にご判断いただいてということでですね・・・」ということでやる他ないのである。
その「常識的」が通らないのがつらいところで、うるさくクレームをつけてくる受験生や親たちがいると、大学側はたいへん弱腰に対応することを余儀なくされるのである。
咳をする人がいる、貧乏ゆすりをする人がいる、監督者の足音がうるさい、はちまきをしているやつがいる、隣の人の香水がきつい、カラスの鳴き声がうるさい・・・ひどいのは(これは去年ほんとうにあったのだが)「となりの受験生の答案を書く鉛筆の音がうるさいから、なんとかしろ」というクレームさえあった。
そういうのは閾値以下の「生活騒音」とされるはずなのだが、「生活騒音」と「我慢できないこと」の境界線は限りなくグレーなのであり、主観的に「耐え難い」と主張されれば、「そういうものかな」と応じる他ない。
(内田さんのエントリーから)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

なるほど。
現場で処理するしかない場合、場合ですが、
それにしても事前の想像では思いもつかないようなクレームがつくんですね。
これって多分、入試問題そのものもそうかもしれませんね。
出題者はいっていの常識と思って安心して出題しても、
解答する受験生には「意味不明」な題意があったりと。
「分からないこと、不明なこと」はありませんか?
なんて受験の現場で言おうものなら「はいはい」「ハイハイ」とあっちからも、
こっちからも手があがり、収拾がつかなくったりして。
と、言うことで、
「質問は受け付けません」。
と言うことに徹するのだろうが、

時々、すごく賢い受験生とかがいて、
出題ミスなんかを受験中に見つけ、時間中、ずっと悩んでいたり、とかする場合もあったりと、


なかなか受験というのは台本のないドラマですね。

こんな台本のないドラマにむけ、
大学側はそれでも「マニュアル」をいっぱい作って不測の事態に対応する様が内田さんのエントリーに詳しく書かれていて、なんだか笑ってしまいました。

最後の結びが内田さんらしくてやっぱり声を出して笑いました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
試験というのは「与えられた環境でベストを尽くす」ことのできる能力を問うものであって、「ベストの環境でなければベストが出せないからベストの環境を用意しろ」というような他責的な言葉づかいが不用意に口を衝いて出て来るような子どもはこのせちがらい世を長生きできぬのではないかという疑念がみなさまのうちにふっと兆しても私は「そういうこともあるかもしれない」と静かに応じたいと思うのである。
(内田さんのエントリーから)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

おいおい。
しっかりと書いているよ。
「そういうものかも」と静かになんて応じていないよ。
と、
いつもの内田さんのアイロニーにつきあいながら、
それでも確かに意味するところは深い。
「与えられた環境でベストを尽くす」ことのできる能力を問うものであって、「ベストの環境でなければベストが出せないからベストの環境を用意しろ」というような他責的な言葉づかいが不用意に口を衝いて出て来るような子ども」
かぁ、、、、、

ううううううう〜〜〜〜ん。
うううう===ん。

「蛍雪の功」とまではいかないが、
やはり学ぶこと、そのものに意味を見いだすような教育であって欲しいと願うものです。
そのためには、
あまりに至れり尽くせりと環境が外部から整えられることは、
どうしたものか、と私も静かに物思いに耽って考えて見たいと思います。

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コメント

こんにちは、せとさん。

>主観的に「耐え難い」と主張されれば、「そういうものかな」と応じる他ない。

なんとなく「この程度で回答に影響が出るような新入生は全国どの大学でも要りません」って答えたくなる様な気もしますね(笑)。なにせ、私は陽明学にかぶれていますからね。陽明学にはそういう話があるんですね。「静かなところで静かに思考することで心が平静で正しい判断ができてもそれで修行がなった訳ではなくて、心を乱すことがいっぱいある中で心を平静に保って正しい判断が下せてこそ修行がなったのである」なんてね(笑)。これが、「事上磨練」、つまり「事の上において心を磨き練る」という考え方につながるんですね。

なんていうか、現実に大学で勉強する時でも、社会に出て仕事をするときでも、そうそう恵まれた環境でのみ学習したり能力を発揮する様に求められる訳ではないのでね。

投稿: 技術開発者 | 2010.01.18 17:57

技術開発者さん。
こんばんは。
コメントありがとうございます。

本当に言われる通りですね。

私も塾で子どもたちに勉強を教えているんですが、
まぁ、呆れるばかりのことってあったりして。

以前は、精いっぱい、分かりあいたいと思ったのですが、
「壁は厚く強固です」
ははは、、、
と、言うことで内田流処世術が一番かと。
「そういうこともありますね」と。
人によって拘りが違うから。
難しいものです。

ただ「人は成長することも事実」だから、
社会に出たら一流の仕事をこなすような人物になることも多いのでしょうね。
夫も研究室の学生さんが社会人になって学生時代には信じられないような「まじめ」な大人になっていることを知っているので「学生とはそんなもの」と思っているようです。
多分、内田さんもそうなんでしょうね。
いずれにしても、
学生時代にウウウウ===ンといろんなことを学んでほしいですね。
では。

投稿: せとともこ | 2010.01.18 18:14

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