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2010.02.01

デフレギャップと派遣と、、、、ツラツラと。

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デフレギャップ(供給過剰=需要不足の規模)が40兆円というときに、多少の財政出動したからといって、それはなかなか解決しません。どこに原因があるのかといえば、この間、雇用者報酬が減ってきた国は、OECD(経済協力開発機構)加盟国では日本だけです。結局、大企業に富が集中している。内部留保など10年で2倍になった。企業全体で400兆円です。「埋蔵金」というんだったら、大企業の内部留保こそ最大の「埋蔵金」だし、ここからしっかり労働者や下請け中小企業に回すという処方せんがなければ、いくら正しい“診断”をしても、絵に描いたモチです。労働者派遣法の抜本改正や最低賃金引き上げ、あるいは下請け中小企業をしっかり守っていく、そういったルールをつくるべきです。
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これは、昨日のNHK日曜討論で、共産党の小池さんが、現政府の「新成長戦略」について、
述べたものです。

なるほど、、、、、
と、唸りました。

昨日の討論では、小池さんが一番、理路整然としていたように思い、
改めてネットで調べて上に掲載したものです。

と、言うことで、ちょっと中身をゆっくりとみていきます。

まずデフレギャップ
「総供給が総需要を上回った場合の差を言い、この状態では、売れ残りが生じ、供給過剰(需要不足)となり、物価が下落するデフレ現象を生み出す。」状態のことです。
さらに詳しくは金融用語辞典などをご覧頂けると、図が入っていて,理解できます。
デフレギャップ。
いろいろ調べましたが、
調べるほどに、根は深くすそ野は広く、
一言で言えば「大変な状況」であることが分かります、、、、、
ふっ〜〜〜〜〜


さて、この原因は、大企業のため込み、内部留保にあり、
そのために、派遣法や規制緩和などなどの悪政を強いてきた前政権の政策があるのだろうとは、
思うのですが、、、、、
が、
では、
今、どうしたら有効で確実な解決策があるのだろうか?????

小池さんは内部留保切り崩しを言います。

私は、まだわかりません。
一つの選択としては「アリ」だとは思います。


また小池さんは消費税についても以下のように発言していました。
================
財源の議論の中で野田副大臣は「社会保障がテーマになったときには当然(消費税増税問題を)議論しなければならない」「付則は大原則だと思っているから残している」と述べました。この発言を受け、自民党の与謝野馨経済政策調査会長は「それはちゃんとやってもらわないと」と、消費税増税を求めました。
小池氏は、「付則は『生きている』と聞いてびっくりしている。これでは消費税増税ということになってくる」と、財源を消費税増税に求める議論を批判しました。
92兆円の来年度予算案のうち国債が44兆円を占めている原因について小池氏は、負担能力に応じて負担をしていない「大企業減税の積み重ね」を指摘しました。
小池氏は「税収が37兆円に下がっているがこれは85年の水準です。その当時は消費税はなかった。GDPはいまの6割だった。85年の法人税は12兆円で、来年度の見込みは6兆円です。GDP(国内総生産)6割のときの半分の法人税になっている。(財源の議論のとき)こういったことこそしっかり見直すべきだ。行き過ぎた大企業減税の積み重ねが、いまの財政に大穴をあけた。ここを見直す議論が必要だ」と強調しました。
(上記ニュースより)
============

フゥウウウム。
フゥウウウウウウウウム。


さてさてさて。
そんな昨日は、夜、
特上カバチを観て、
またまた考えました。
テーマはズバリ。
派遣法。
ドラマなので、ツメの甘さや最後の解決も現実とは離れているものの、
やはり、派遣が、いかに会社の都合でバサリバサリと切り捨てられているかが、
分かりました。

ドラマでは、
リストラや賃金低下させても、会社の業績はあがらない、どころか、逆に減っていく、と言うセリフもありましたが、
私もそうだと、思うのです。

会社の都合だけで、バンバンと人員削減しても、
結局、まわりまわって、自分の首をしまるだけなのでしょうね。


さてさてさて、、、、、、、
新成長戦略。
しっかり、しっかり、しっかり、見て行く必要があります。
二度と、小泉政権のようなグチャグチャ政策はしないように、と。


I hope the government finds a solution about the deflationary policy and the law of a temporary employment.
I will pay attention to an argument over policy at this national assembly.
Thank you.

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コメント

 経済音痴のしろうと談義ですが、需給ギャップの論理は正しいのでしょうか?敗戦直後のなんにもない時代…おおきな需要のもとで圧倒的に供給が不足していた時期なら、つくったものは片端から売れていって経済は成長した。しかし、くまや鹿しか通らない高速道路のように需要のないところに過大な供給の結果のアンバランスの状態のときに、通行料金を無料にして需要を膨らませる政策は、傷口をおおきくするだけで、不健全のように思える。
 供給過剰なら、むしろ供給を制御すればいいのではないのだろうか。夫婦共働きで、子供が一人で夕食をする生活にささえられた供給なら、お母さんが暖炉のまえで編み物をしながら息子の下校を待つ。帰ってきたらコタツのなかでみかんを食べながら宿題をやるような供給の抑制のほうが、いいとおもいませんか。

投稿: 罵愚 | 2010.02.02 09:48

こんにちは、せとさん。無駄話だけどね。

ヴォネガットって作家の「プレイヤー・ピアノ」なんてSF小説があるのね。いろんな産業の自動化が進んで、一部の専門家以外はみんな生活保護に頼って暮らす未来社会を描いた小説なのね。実は、クルーグマンっていう「競争力論」を批判している有名な経済学者の論説を読んでいたら、この小説が言及されていて、「ああ、そういう小説もあったな」なんて思い出した訳です。

なんていうかな、一つ一つの政策による問題以前に、実は大きな流れとして「先進国では労働力が不要になる」という流れがあるんですね。前に、せとさんも買い物に行かれるスーパーマーケットでも、レジがバーコード読み取り型に変わって来たはずだみたいなことを書いたけどね。せとさんの目に触れるのは、昔のスーパーに比べてレジが早くなったという結果だけかも知れないけど、実は末端のレジから「今、この品物が売れました」という情報が即座に中央のコンピュータに届くというのは、陳列棚の管理から本部による仕入れ、各店舗への輸送量なんかを管理する膨大な人間の数を不要にしてしまうと言うことなのね。なんていうかな、私は昔の中央省庁にあった統計の部署を思い出すのね。年間の貿易量統計を出すためだけにも、スゴイ数の人間が毎日電卓を叩いていた(その少し前はソロバンだった:笑)。

「成長会計」という言葉があるのね。どこかの国や地域で経済成長が起こるときに、その内容を分析するツールなんだけどね。でもって成長要素は大きく2つに分ける事ができるの、一つは生産手段の拡大で、もう一つが個々の生産性の向上なのね。初期に起こるのが手段の拡大なのです。工場が今までの2倍になることで生産力が2倍になるみたいなね。でもって、成長がうまく行った国(日本なんかもその口なんだけどね)では、生産手段の拡大だけではなくて、個々の生産性も上がっているのね。つまり、それまで、1個の部品のプレスに5分かかっていたプレス機の性能が上がって3分になったりとかね。もちろんその時には、それまでよりも高いプレス機を儲けの中から買う訳で、「内部留保」は拡大するんだけどね。ただね、この規模拡大と個々の生産性向上が併存する時期は、個々の生産性向上が基本的に「人減らし」の要素があることは見えて来ないのね。工場の規模が1.5倍になり雇用も1.5倍になって、でも生産力は2倍になったりするからね。問題は規模拡大が止まってからも個々の生産性向上の努力は続けられるということね。その場合には「人減らし」の部分が正面に出てくるわけです。なんていうかな、例えばどこかのスーパーがバーコード読み取り型のレジを高くても導入して、そのことでせとさんを「あそこはレジが込まなくて安い」と惹きつける事で、とこか設備投資の遅れたスーパーが潰れるという様な話ね。その潰れかけたスーパーが大きなチェーンに買いとられて再起した時には潰れる前より人は減っている訳ね。

なんていうかな、私には皆さんがこの大きな流れから目をそらして、個別の事ばかりいじりたがって居るように見えて仕方ないのですよ。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.02 09:56

デフレギャップですが。

もちろんデフレなんですよね。でも実感ないです。
物価あがってないという数年前我が家はわずかに支出増・昨年あたりの物価変動終わってみたら、もとにもどってないような・・。

 あきらかにデフレなんでしょうけど、実感は物価は少し上昇です。
まさしくギャップです。

投稿: あゆ | 2010.02.02 12:52

脱線


なんか一部店員さんが機械にみえることが・・・。

某国で値段交渉で敗れて?1万でアイスクリーム買わされるのは腹たつのどそれよりはずっといいんですが・・・。

投稿: あゆ | 2010.02.02 12:59

こんにちは、罵愚さん。

>供給過剰なら、むしろ供給を制御すればいいのではないのだろうか。

なんとなく、「共産主義あるいは社会主義的計画経済理念にご賛同ありがとうございます」と言いたく成ったりしますね(笑)。たぶん、こう書くと罵愚さんは「賛同などしとらんわい」と怒られるかも知れないと思うんだけどね(笑)。

私が昔こさえたおとぎ話に「キンベン村物語」というのがあるのね。ざっとあらすじを話すと、「千人が一所懸命に働くと千人が食べていける千人の村」があったのね。でもって、ある時、「今までの2倍収穫できる作物の種」が手に入ったわけ。村人はその種をまいて今までと同じように一所懸命に働いた訳ね。そうしたら作物ができすぎて食べきれなくなったの。でもって、村人相談して「作る人間を半分にしよう」とした訳ね。クジを引いて半分は働けなく成ったわけです。でもって「働かざる者食うべからず」っていうんで、その働けなくなった半分は村から追い出した訳です。そうすると、半分の人しか働いていないのにやはり食べ物が余るのね。でもって、またクジを引いて半分を追い出したのね。それでも食べ物が余る訳。そうやって半分半分と追い出していって、最後の一人になってもやはり食べ物が余るから、最後の一人も「自分ひとりでもやはり多すぎるのか」と村からでていきましたとさ。
 なんてね。まあ、もう20年くらい前にデフレスパイラルの説明のために作った話なんだけどね(笑)。

なんていうかな、人類はずっと生産性を上げることを夢見てきたのね。でもって、生産性を上げるための手段として採用した事の一つが「自由競争」なんです。上でバーコード読み取りのレジの話なんてしているけど、スーパー同士が競争するからバーコード読み取りのレジの開発も進むし、それがどこかのスーパーチェーンで採用されたら、競争相手のスーパーも、社員のボーナスを削ってでも導入しないと負けてしまうから導入するのね。こうやってスーパーの生産性は競争によってとっても早く上昇する訳ですよ。

昔、ある国からドイツに亡命していた一人の政治家がいたのね。彼はその頃のドイツで自由競争がいろんな不幸を生むことに気が付いて、そして夢を見たのね。「需要に合わせた供給を国が計画したら良いんじゃないか」なんてね。気宇壮大な夢だったんですよ。皆で努力して生産性を上げよう。生産性が上がった分は皆で仕事をする時間を少なくして、その空いた時間は文化活動に費やすような夢の楽園を作ろう、なんてね。その後、彼はドイツから自分の国の革命を指導して、革命後にその国の首班となって、国が経済を計画すると言うことを実現しようとした訳ね。たぶんお気付きだと思うけど、その政治家の名前はレーニンって言います。

キンベン村の失敗は、食べ物が2倍できたときに皆で半分ずつ働くということができなかった事ね。それが、たぶん人間の性なんだろうと思ったりします。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.02 16:09

罵愚さん。
技術開発者さん。
あゆさん。
こんにちは。
コメント、ありがとうございます。


エントリーにも書きましたが、
私自身はいまだ勉強中です。
したがって、
コメントに頂く内容、とても刺激になり、学ばせていたいています。
拝見して、
さらに考え、また新しいエントリーを挙げる時、参考にします。
なお、
ここでの討論、議論、進めていただけたら、嬉しく思います。
では。

投稿: せとともこ | 2010.02.02 17:27

こんにちは、せとさん。

私はフェビアン社会主義者ですからね。或る意味で「資本主義はその成熟により内在する矛盾点を解決するために共産主義に向かう」という予想を信じている訳ですよ。ただ、私はレーニンやトロツキーみたいに急がないだけです。自然に向かうのならいずれ向かうのだから、資本主義経済の自由競争でしっかりと資本主義が成熟してくれれば良いのね。その方が早く成熟するならそれでかまわない訳ですよ。ただ、その成熟までの段階でも、いろいろな矛盾点は生ずるのね。生産性を上げる事で雇用が減ることにみたいにね。キンベン村と違って「追い出す」なんて事もできないからね。

なんていうかな、キンベン村でいうと、作る人間を半分にしたって構わないのね。ただ、作らなく成った半分を追い出したら食べる人間が減るから、村に置いておいて食わせるせなきゃならない。「プレイヤー・ピアノ」で言うなら、少数のエリートが働いて、後は生活保護で食うという世界ね。でも、それって、或る意味、逆なんですね。昔は沢山の奴隷の生産物からの上がりを、働かない貴族が食っていた訳だけどね。半分の働かない村人の半分の働く村人が作るなんてやっていたら、「俺は運良くクジにあたって働けた」なんて言ってた働き組もどこかで「おい休み組、交代しろ」と言いたくなるはずなんです(笑)。そこまで来れば、「仕事を半分ずつ分けようぜ」も目と鼻の先ね。

なんていうかな、沢山の失業者が出るのが限られた需要の中で生産性を上げていく事の必然なら、働かない者にも食わせないと需要がさらに減るのも必然。そうなると、働いている奴から税金むしり取って生活保護を充実するしかない。生活保護ったって貧弱にしておけば需要が減少するからかなり普通の生活ができて、子供の教育なんかもしっかりできるレベルが必要なのね。こんな社会にしてごらんなさい。やがて、「仕事を分け合う」という話が出るのも必然なんです。もちろんその途中は大変だけどね。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.02 18:12

 「2倍収穫できる作物の種」の話は象徴的ですね。その成果をどう生かすかの議論ですが、お話のように半分の就業者と半分の失業者にするのか、半日に労働時間を短縮するのか、女性労働者を家庭に帰すのか…同時に成果の分配を労働者が占有するのか、住民の頭割りにするのか、ベーシックインカムの話題なんかもそのひとつでしょう。
 この国の現実は、そのおとぎ話に近づいているのかもしれない。で、、そのときにもうひとつ考えてもらいたいのは、わたしたち日本人にとって労働ってなんだろうか?のはなし。勤労の価値観とでも呼ぶような話題ですが、どうもそこのところでは、キリスト教徒とはちょっとちがっているようにおもう。労働は苦行で、できれば奴隷に代替したい西欧人の勤労観にとらわれないで、仕事を通しての自己実現とか、社会的な意義に生きがいを見出す日本人の勤労観も念頭においた議論が重要だとおもう。もちろん、その裏側には、その家族や家庭への思いが存在するわけだが…

投稿: 罵愚 | 2010.02.03 08:17

こんにちは、罵愚さん。

>勤労の価値観とでも呼ぶような話題ですが、どうもそこのところでは、キリスト教徒とはちょっとちがっているようにおもう。

実は「キンベン村物語」という表題は、そういう勤労の貴さにあふれた表題なんですよ(笑)。作物の作りすぎで半分の村人から尊い勤労の権利を取り上げた時に、クジに当たって勤労の権利が守られた者は喜び、クジに外れて勤労の権利を召し上げられたものは悲しむんですね(このあたり、上のあらすじではカットしちゃったんだけどね)。でもって、クジに外れた者たちが「自分たちは同すれば良いのか」と長老に問いかけ、長老が「働かざる者食うべからずだ」と村から出るように言うのも、勤労は尊いからなんです。

なんていうかな、キンベン村の解決には2とおりの道があるのね。一つは皆で半分ずつ働くということで、もう一つは半分の人間が働いてもう半分を養うということね。どっちでもかまいはしないのね。食う人間が半分に成らなければやっていける。なんていうか、私は後者ではじまっても前者に変わっていくと予想するけど、その流れにも二通りの考え方があって良いのね。一つは働く者たちの方から「何で俺たちばかり働かなきゃならない、お前らも働けよ」と苦行を分け合う流れだし、もう一つは働かない者の方から、「おい、俺たちにも働く喜びを味わわせろ」という勤労の貴さを分け合いたいという働きかけで変わっていく流れね。どっちが起きても結果は一緒だからね。

なんていうかな、勤労の意識で西洋的という言い方でヨーロッパと米国を一緒にしておられる様だけど、勤労を貴ぶ意識で言うと米国の方が日本より遙かに高いと思うのね。まあ、開拓時代からあまり時間がたっていないからなんだけどね。

さらにはキリスト教徒というときにカトリックとプロテスタントの区別がついていないみたいだけど、勤労の意識に関しては、プロテスタント、特にピューリタンなんかは非常に厳格なのね。

そして現実問題として、勤労の意識の強い国ほど労働の独占による雇用の悪化の問題は起こりやすいのね。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.03 12:17

 なるほど大草原の小さな家のプロテスタントは大恐慌の生みの親で、勤労を奴隷に転化した東欧のカソリックは社会主義実験に失敗したってわけですか。結果がわかっていれば、いまさら西欧文明に後追い心中する義理はない。日本は第三の道を探すとして…あなたの見方としては日本は「勤労の意識の強い国」で「労働の独占による雇用の悪化の問題は起こりやすい」社会だから、もうちょっと自堕落になれば救われるということですか?
 つまり二宮金次郎ははやらない。小原庄助さんでいこうよ、ということかなぁ?

投稿: 罵愚 | 2010.02.03 14:39

こんにちは、罵愚さん。

>つまり二宮金次郎ははやらない。小原庄助さんでいこうよ、ということかなぁ?

なんていうかな、江戸時代の様な低成長時代の勤勉さみたいなものが、現代と方向が違うという事ね。小資源国が鎖国することで250年間の経済成長が大きく見て2.5倍、少なく見積もると2倍に達しないのね。それも成長は元禄くらいまでの初期に片寄っていたりしてね(笑)。でもって人が勤勉だったかというと、それなりに勤勉なんですね。ただ、モーレツ社員的な効率を求める勤勉さではなくて、結構、遊びの部分というか非効率を求める勤勉さなんですね(笑)。なんていうかな、例えば3日でキセルが作れる職人がもう3日ほど遊びの飾りをつけるのに費やす様な勤勉さなのね(つまり実用的で無い部分への勤勉さがある訳ね)。そういう遊びで余分に3日費やすことで、職人の数を減らさなくて済んでいる様な感じかな。あゆさんにも説明したんだけどね。木綿と藍の生産が限られているから、実用本位の大量生産染め物を皆が買うなら、藍染職人なんてわずかな数で済むんだけど、かなり沢山の職人が居て、色々染め方を工夫したり、意匠を工夫したりすることで皆が食べている。買う方も、工夫のない大量生産品なんて「折角藍染めの手ぬぐいを買うのにこれは無いよね」と見向きもしない、なんてことで、江戸時代の雇用は守られているということね。

必ずしも「仕事を分け合う」というのは、勤勉さを捨てなくてもできるのかも知れないと思ったりします。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.03 15:59

せとさん、技術開発者さん、こんにちは。

>必ずしも「仕事を分け合う」というのは、勤勉さを捨てなくてもできるのかも知れないと思ったりします。

私もそう思います。ただし、その「仕事」が「稼ぎ」である限りは無理でしょう。

デフレギャップのいうのも、そもそもはと考えると「仕事」が「稼ぎ」にフィックスされてしまうから起こるのではないかと。それともうひとつは信用創造でお金が生み出されてしまうこと。

借金して設備投資して供給を増やす。けどこの借金の金は無から創造されたものなんですね。つまり銀行が企業を信用してしまえば、無から供給を創造できる。

でも、当たり前の話ですが、銀行の信用は需要を担保するものではありません。言ってしまえば一種の博打。デフレギャップ云々という話は、私には博打のツケを国に、ひいては国民に求めているようにしか思えないんです。

投稿: 愚樵 | 2010.02.04 09:13

こんにちは、 愚樵 さん。

>デフレギャップ云々という話は、私には博打のツケを国に、ひいては国民に求めているようにしか思えないんです。

なんていうかな、もう少し考えると、国民が銀行に博打をせざる得ない方向に向かわせている面もあるんですね。デフレスパイラルの一つの局面の解析なんだけどね。

国民は銀行に金を預ければ、例え低利であっても利子が付くと思っていますよね。まあ無利子に近いところまで利子が落ちこむとこの利子負担はたいしたことは無くなるんだけど、少なくとも行員を食わせる為には、皆さんから預かった金をどこかに貸して利息を取らなくては成らない訳ね。

>つまり銀行が企業を信用してしまえば、無から供給を創造できる。
>でも、当たり前の話ですが、銀行の信用は需要を担保するものではありません。

でもって、国民の預金より、貸付を望む先が多いときというのは貸し付け利息も高くなるけど貸し付け審査も厳しくなるのね。つまり、「需要の予測」を厳しく審査して、その需要に見合った供給拡大のための設備投資に対して貸す訳です。

ところが、国民の預金より、貸付を望む先が少なくなると、貸し付け利息も低くなるけど、同時に貸し付け審査も緩くなるというかゆるめないと、貸付先が少なすぎて利息が入らずに行員の給料払うのが苦しくなる訳です。これが行きすぎるのがバブル経済なのね。1980年代の土地バブルの頃なんて、銀行が土地を買う人に「もっと借りてくれませんか」なんてお願いしていた(笑)。

もう一つの流れとして、国民の貯蓄が国民の雇用を悪化させる働きもするわけです。「需要の予測」をあまり必要としない貸し付け世界もあるんですね。例えばスーパーのレジのバーコード化みたいなのは、割と安定したスーパーの売り上げという需要予測の中で、このレジを導入するとどれだけ経費が減るという事が読みやすい世界ですね、つまり、不況下ではありがたい貸し付け先なんです。つまり、需要の伸びではなく経費の削減につながる設備投資が起きやすくなるんですね(貸し付け利息も下がるから、経費削減型設備投資の効果が大きくなる)。経費削減の設備投資というと、格好は良いけど、「人減らしできる設備投資」というのが一番経費削減につながりやすい状況ですからね。かくして、皆さんが、「不況だ心配だ」とお金を銀行に預けるほど、不況を深刻化させる面もあるんですね。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.04 11:35

>かくして、皆さんが、「不況だ心配だ」とお金を銀行に預けるほど、不況を深刻化させる面もあるんですね。

技術開発者さん、続きを書いてくださってありがとうございます。

そのように考えていくと、企業の内部留保というのものも同じ流れのものであるということが見えてくるのではないかと思います。デフレギャップというのが生じてくる原因は、資本を産業に投下したときの回収率が悪くなっているから生じているのだろうと思うのですね。資本回収率が高いときは、つまりモノが売れるときは、デフレギャップが生じにくい。高度成長期がそういった状態であったわけですけど、今の日本の市場はもう成熟してしまっていて、資本回収率が低い。デフレギャップが顕在化する、企業が内部留保を高めるといった現象は、おおもとの資本回収率の低下から派生する現象ではないかと思うわけです。

だとするならば、仮に企業の内部留保を取り崩してて分配したとしても、さほど効果はないでしょう。生活最低限度以下の給与はもちろん問題ですが、労働者=消費者に潤沢に資金を回したとしても、それがデフレギャップを解消するほどの消費に回るとは思えないのですね。国民は国民で金を消費よりも貯蓄に回す。企業も労働者も消費より貯蓄という性向が強まっているのではないか、と。

この現象はどういうことかというと、思うに資本主義社会の成熟だろうと。資本を投下しても儲けることができないというのは、資本主義社会が行き詰まりつつあるということです。これは共産党の立場からみれば、待ち望んでいた事態ではなかろうか、と想像します。

ところが共産党は現実の共産党はちょっと違うんですね。内部留保を分配せよなどと主張する。それはそれで正論なのは認めますが、その立ち位置は資本主義的労働者のそれでしかない。そんなことでいいのか、と思ってしまいます。

投稿: 愚樵 | 2010.02.04 16:42

こんにちは、 愚樵さん。

まず、私の立場というのを説明させていただくと、一番近いのは始まった頃のイギリス労働党の理念に近いんです。「資本主義は成熟したあと共産主義に変わるのだから、急いで共産主義かする必要はなく資本主義の成熟を待てばよい。ただ、待つだけだと資本主義の矛盾で苦しむ部分が出るから、そこは必要に応じて社会主義政策を行って苦しみを取り除く(和らげる)努力をしよう」とでも言えば良いのかな。前に英国病の話をしたときに、その頃の労働党は理念に走って社会主義化政策を急ぎすぎたなんて書きましたけどね。

今日、若い人とそういう「資本主義の成熟のあげくの共産主義化」なんて話をしたら「もう成熟して矛盾点ばかりだ、そろそろ変わってほしい」なんて事を言われるから「まだですよ」とお答えしたんですね。トロツキーの世界革命論じゃないけど、資本主義の矛盾により共産主義に変わるのは、全世界が資本主義の成熟を起こした後でないと無理なんです(地球が保ってくれるかは心配だけどね)。全世界が資本主義の成熟を迎えるまでは、先進国は成熟した資本主義の矛盾の苦しみになんとか耐えてもらいたいところです。苦しみを緩和する方法として北欧型の高負担高福祉型の資本主義国への転換を言っていたりするんですけどね。その方が苦しみは少ないし、発展途上国の資本主義の成熟も阻害しないで待っていられるのでね。まあ、居心地がよければそのままそこに居たって構わないとも思っている。

ついでに、その若い人に説明した話をするとね、「高負担高福祉国家の方が企業の経営者は厳しい」なんて話ね。なにせ、我々は会社が経営者が馬鹿なせいで潰れても、「従業員が可哀想」と思わなきゃならないけど、福祉が充実していると「従業員は生活に困らない」と思えるから気楽につぶせる訳ですよ。北欧で汚職が少ないのも、収賄議員が落選するだけじゃなくて贈賄企業が簡単に潰される面があるのね、国民が不買運動に走るからね。汚職だけじゃなくて、公害みたいな事がおきても直ぐに潰れるのね。ノキアの部品を作っている日本の会社が「ノキアに物を納めるための環境問題含めた企業クリーン度の審査が無茶苦茶厳しい」なんて嘆いていたけどね。従業員の生活を考えず簡単につぶせるということは、そういう結果にもつながるということね。

>ところが共産党は現実の共産党はちょっと違うんですね。

なんていうかな、共産主義というのもいろいろ考え方があってね。レーニンが夢見た「一足飛びの共産化」というのが、いろんなところに影響を与えているのね。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.04 17:34

 議論がどんどん高尚な方向に上昇しています。はじめに申しましたように経済音痴のしろうと談義にもうすこしおつきあい願いたいのですが、供給不足の需給のアンバランスには供給を増やす政策が有効なことは理解できる。しかし、現在の状況は需要不足というよりは供給過多との表現のほうが実情を正確にあらわしているアンバランスですよねぇ。
 ここでクマや鹿しか通らない道路や小原庄助さんに清酒を支給して需要をつくる政策は失敗したのではないのでしょうか?無駄に官製需要をつくるより、過剰な供給を淘汰する政策をとるべきだったのではないのでしょうか?

投稿: 罵愚 | 2010.02.05 05:42

技術開発者さん、おはようございます。

なるほど、「高負担高福祉国家」ですね。私もその考え方に否定的ではありません。

ですが、「高負担高福祉国家」が単に企業への課税強化だけで実現できると考えるのだとしたら、それは問題ではありますまいか? 世の中には企業への負担強化はかえって労働者を圧迫することになると主張する者たちもいて、それはそれで正論なのですね。資本主義社会では金は企業から労働者に流れるのがメインストリームですから、川上を絞れば川下も流れが細くなるというのも道理ではあるんです。

「高負担高福祉国家」が成立するには様々な条件があるはずなんですね。共産主義移行への痛みの緩和としての高福祉国家という考えはよいと思いますが、「角を矯めて牛を殺す」になってしまっては元も子もない。今はまだ資本主義なんですから。日本共産党に果たしてそういった視点があるのかと私は問いたいんです。

投稿: 愚樵 | 2010.02.05 05:57

こんにちは、愚樵 さん。

>現在の状況は需要不足というよりは供給過多との表現のほうが実情を正確にあらわしているアンバランスですよねぇ。
>無駄に官製需要をつくるより、過剰な供給を淘汰する政策をとるべきだったのではないのでしょうか?

実のところ先進国だけを見ると、一番行うべきは供給過多の解消なんです。ところが、なかなかそうは行かないのが、「全地球が供給過多に成っているわけではない」という事ですね。発展途上国は需要に供給が追いついていない訳です。そのため、先進国の供給過剰部分が発展途上国に流れ込むという現象がおき、外国の需要をまかなうために先進国の供給をさらに増加させるという事が起きたわけです。いわゆる「外需依存」ですね。外需依存の最初のステージはうまく行きます。先進国の供給過剰部分が発展途上国に流れ込み、先進国ではその供給のための雇用が確保され、その雇用安定により内需も喚起されてハッピーに見えます。ところが次のステージでは苦しむことになります。先進国から発展途上国に製品が流れ込むだけの貿易というのはありえませんから、発展途上国から先進国に何らかの対価物が流れ込んで先進国の内需の一部分を満たし、先進国のその部分の供給を過剰にします。つまり、外需依存は輸出製品の供給過剰を解消したあと、輸入製品の国内供給過剰を引き起こす訳です。日本は、このサイクルにドップリとはまり込んだ訳ですね。考え方としては、もし今貿易を止めて内需だけで見ると、明らかに自動車や家電が供給過剰で、農産物や衣料品・日用品などの供給不足なのですが、貿易を行っている状況で見ると、必ずしも自動車や家電は供給過剰ではなく、農産物や衣料品が供給過剰になっている訳です。そのため、「過剰な供給を淘汰」と言うときにどっちが過剰なのか分からなくなる訳です。どちらを淘汰すべきだと思われますか?

>ですが、「高負担高福祉国家」が単に企業への課税強化だけで実現できると考えるのだとしたら、それは問題ではありますまいか?

なんていいますか、実はせとさんと最近までこの部分を議論していたんですよ(笑)。企業の内部留保を財源にしたいせとさんと、個人の貯蓄に回っている分を財源にしたい私でね(笑)。

上の外需依存サイクルというのは実はマイナスサムゲームなんです。つまり回せば回すほど企業も労働者も苦しく成っていくんです。そのため、せとさんが思われるようなゼロサムゲームで起こるような、「労働者が苦しくなったんだから、企業は楽に違いない」は起こらずに、「労働者が苦しく、企業(大企業)も苦しい」になっているんですね。

なんていうか、高負担高福祉に社会を変えていく財源なんて、今日本で残っているのは、所得が或る程度の階層の貯蓄分くらいしか無いと思っています。それも、いまむしり取って社会を改革するのに使わなければ、マイナスサムゲームの中で失われるでしょうけどね。まあ、せとさんとかがそういう将来を望まれるのだから仕方ないと言えば仕方ないのですけどね。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.05 09:36

全部よめてないので、はずれます。


低成長の江戸時代は文化の技術の一流国だったという学者がいます。

 読売にある学者??が経済で転落しても科学技術大国でいなくてはと述べていました。

量が同じでもその内容で技術を発揮できるんでしょうね。

☆余談
ペシャワール会は江戸時代?の技術応用して国際貢献していると言ってました。

☆たしかEUの誰かがいうには高福祉のどこかの国(忘れました)法人税は安いんですが(日本より低い)そのかわり社会保障負担が日本よりおおいと言ってました。
法人税だけでみてはいけないそうです。


 ☆貯金
貯金がでてましたが、この貯金が設備投資(人減らすための)にまわることも?
以前財務省の方がいうにはこの巨額の貯蓄のおかげで国債がささえられていて日本は破綻しないということでした。

あゆの漠然とした不安
一人一人のささやかな貯金がいろんな金融機関をへてやがて巨大な投機マネーとなり、ゲーム化して、需要供給とは関係なく物価を吊り上げたり、暴落させたり「おばけ」になっていかないかというものです。


もはや人の手でつくった経済が人の手で加減できずに暴走を止められないように???
これも成熟の過程なんでしょうか??????

投稿: あゆ | 2010.02.05 10:40

疑問

少子高齢で労働人口はどんどん減っていくそうです。
じゃあ供給は???


設備投資で労働人口へっても供給減らないんでしょうか??

需要は???
人口はしばらくはまだ減らないでしょうから、消費はおり一時的に需要は維持で供給がちょぃおちていくんでしょうか???

投稿: あゆ | 2010.02.05 10:44

こんにちは、あゆさん。

>ペシャワール会は江戸時代?の技術応用して国際貢献していると言ってました。

江戸時代の技術というのは「人件費は道具より安い」という考え方にたって発達したところがあります。そのため、高度な道具を使うくらいなら簡単な道具でそのかわり手間を掛けて同じ事をするわけです。そういう意味では、「物は高いが人手はいっぱいある」という状況では今でも有効です。

>一人一人のささやかな貯金がいろんな金融機関をへてやがて巨大な投機マネーとなり、ゲーム化して、需要供給とは関係なく物価を吊り上げたり、暴落させたり「おばけ」になっていかないかというものです。

実のところそれが起こってしまっているから国際金融投資の規制が言われたりしているんです。例えば、リーマンショックの前に米国がバイオエタノール推進の政策をすると、トウモロコシの値段が高騰して、トウモロコシを食べている貧しい国の人が困ったことがありました。実際のトウモロコシの生産量から見るとバイオエタノールに使われても、人が飢えるほど高騰するとは考えられない量だったんです。でも実際は高騰したんですね。「トウモロコシの新たな用途ができた、今買いつける約束をしておくと儲かるぞ」と多くの資金がトウモロコシの先買いに走り、そのために値が高騰したんですね。その時に使われた資金というのは、保険会社などがやっている個人年金の積み立て部分がファンドに投資され、そのファンドが出したりしている部分もある訳です。

>もはや人の手でつくった経済が人の手で加減できずに暴走を止められないように???

人の手で作り上げたものは人の手でコントロールできます。やり方も分かっています。ただ、皆さんが「合意」してくれないだけなんです。なんて言いますか、人は直感を大事にします。直感的に「こうだ」と分かる事柄が正しければそれは直ぐに同意して貰えます。でもね、私がここで書いている様なマクロ経済学の話というのは「直感」を裏切る話がとても多いんです。だから、「どうも、自分の直感に合わない、その話は違うんじゃないか」と成りやすいのです。どれほど理屈を積み上げて「正しい道はこちらですよ」と説いても、「直感に合わない」というだけで捨て去られるのが、こういう話なんですね。私がときどきやけになり、「本当に死ぬところまでいかない限り対策はできない」なんて言い出すのは、そのためなんですけどね。

>少子高齢で労働人口はどんどん減っていくそうです。
>じゃあ供給は???

減ります。働ける人口が供給を受け持ち、働けない人も含めた全人口が需要となりますから、働ける人口の減少率よりも全人口の減少率が少なければ、供給不足、つまりインフレーションになります。

>設備投資で労働人口へっても供給減らないんでしょうか??
>需要は???

 少なくとも今の設備投資は労働人口を減らしても供給が保たれるか増える方向で行われています。労働人口の減少に合わせて計画的にそういう設備投資をするなら良いのですが、今は、働ける労働者の雇用を減らす方向での設備投資になっています。

 もともと、高齢者の需要というのは若い人よりも物資的には少なくなり、医療や介護サービスなどの人手を要する需要が伸ます。需要のトータルとしてはわずかに減少する方向ですが、需要の中身が変わります。そういう意味では、介護や福祉で内需を拡大するという鳩山政権の考え方は正しいのです。ただ、具体的な方策が効果的かどうかは疑問点を持っています。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.05 14:04

愚樵さん。
こんにちは。
お元気でしょうか?
冬は山には入ることができるのでしょうか?????
いずれにしても、お体、くれぐれも大切に。

さて、
コメントありがとうございました。
頂いたコメントの次の点について。

「「高負担高福祉国家」が成立するには様々な条件があるはずなんですね。共産主義移行への痛みの緩和としての高福祉国家という考えはよいと思いますが、「角を矯めて牛を殺す」になってしまっては元も子もない。今はまだ資本主義なんですから。日本共産党に果たしてそういった視点があるのかと私は問いたいんです。」


お答えになるかどうか自信はありませんが、
調べたら、こんな記事がヒットしました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2009-01-21/2009012104_01_0.html

「私たちは、いますぐ共産主義にいこうっていっているわけじゃないんですよ。さっきもいったように、まず資本主義の枠内での改革をやろうと。大企業応援型から家計応援型に経済を変える。アメリカいいなりから本当に独立した日本に変える。これは資本主義の枠内での改革ですから。まず資本主義の枠内でやっていくことです。ただ、資本主義(の枠内)でやっていっても、どうしても解決しない問題が出てくるだろうと、だんだんとやっていくうちに。そうしたら国民の合意で次に進みましょうということなんですよね。」

と、あります。
いかがでしょう?????

投稿: せとともこ | 2010.02.05 16:12

罵愚さん。
以前、景気とはなにか、についてエントリーを挙げたことがあります。
http://ts.way-nifty.com/makura/2009/10/post-001f.html

この時、経済評論家の松尾さんの論文を参考にしました。
以前のエントリーの一部ですが、もし参考になればと思い紹介させてください。

「私たちが直面している不況の原因は、
「ひとつは、小泉さんの「改革」を筆頭とする、歴代自民党政権と財界の反労働者的政策。」と、「日銀の一貫した金融引き締め志向」と。
現状分析を試みる中で、
ではどうすればよいか、という視点に立ったとき著者は以下のように述べます。
「国会が決断しさえすれば、無から作ったおカネで国の借金をチャラにして、少子化対策にも、医療費にも、介護保険財政にも、戦後補償にもつぎ込めるのです。この過程でインフレが警戒レベルを超えたなら、すぐ引き締めればいいだけです。金融を引き締めて景気を冷やす方が、緩和して景気を上向かせることよりよっぽど簡単なことは、これまで何度となく繰り返し経験している通りですから。」と。
結論は「いまこそチャンス」
「貨幣価値や国家財政のために人間があるのではなく、目の前の生身の人間こそが目的なんだ。働きたい者が誰でもまっとうに働けて、安心して暮らしていけるためにこそ、経済というものはあるのだ。そういうあたりまえのことを、声を大にしておっしゃっていただきたいと思っています。 」
というものでした。

罵愚さんの生身の疑問。
ここからが出発ですよね。
私も勉強中。
と、言うことで。

投稿: せとともこ | 2010.02.05 16:20

あゆさん。
こんにちは。
お元気でしょうか?
国会、見ながら、ブツブツ、、、言っている私です。
真っ黒の自民党が灰色の民主党に「おまえも黒だ」と言っている模様。
やれやれ。

さて、頂いたコメント。
お答えになるかどうか自信がありませんが、
こんな本があります。
人口減少社会の設計—幸福な未来への経済学 (中公新書) (新書)

その本のカスタマレビューに以下のようなコメントがありましたので、
掲載しておきます。(長いですが)

=========
「本書は、主にマクロ経済学の立場から、「人口減少経済」の姿を描こうとしたものである。本書の基本的モチーフは、「人口減少=経済停滞」という既存の観念を、逆に人口拡大経済の姿を明きからにすることによって、その前提の誤りを明らかにするものである。
まず著者は、人口減少が先進国で見られる普遍的傾向であり、増加社会に転じることがそもそも不可能であることを人口学的統計から明らかにする。
そして、人口拡大経済の特徴として、若年労働者の低賃金を基礎とした終身雇用制度、利益率よりも売上高を重視する拡大設備投資、そうした企業活動の資金調達源のほとんどが銀行であるという偏向性を指摘している。そしてそれはスケールメリットを最重要視する「規模の経済」であり、人口減少社会が、そもそもこの前提に立脚できない。
このため、人口減少経済=「質の経済」であり、人口減少に対応した経済社会制度を確立すれば、十分に質の高い生活が享受できると指摘している。これは、企業が新規の設備投資を行って、過剰生産を行うことではなく、設備の改良に重点を置き、これによって余剰となる内部留保を労働者の賃上げのために活用すべきというものである。その結果、労働者の購買力が高まり、個人消費が活発化し、労働時間の短縮、さらには生活の質の向上につながるというものである。
このように本書は、人口減少経済に対応する経済体制の青写真を提示しているという意味において、極めて意義の深いものだろう。そして、現在の経済社会制度が如何にそれに対応できておらず、その根本的な変革なくして、そもそも人口減少経済に対応することは不可能であるのだ。既存の制度(=既得権)を維持しようとする議論とは、いい加減決別しなければならない。
ただ、「人口減少社会」という標題ながらも、著者の力量から、マクロ経済に関するものが中心で、「人口減少経済」とすべきであった。
============

と、言うことです。
いかがでしょうか?

投稿: せとともこ | 2010.02.05 16:30

技術開発者さん。
こんにちは。
開発者さんの持論が支持されないと、ご自分で書かれていますが、
その理由は書かれているような「直感的に反発を食っている」と、いうことではないと思います。
開発者さんがそのように感じられているだけですよ。
大丈夫です。
合意する点、教えられる事ばかりですよ。o(*^▽^*)o
勿論、同意できないところもありますが、
それは直感での反発ではないと思います。
少なくとも私は違います。

まぁ、ご自分でも言われているように、
「時間をかけて、ゆっくりと」。
で、よろしいんではないでしょうか?
そのためには、
まずは「他人を信頼」することでは、、、
と、私は思います。

投稿: せとともこ | 2010.02.05 16:37

 「無から作ったおカネで国の借金をチャラにして、少子化対策にも、医療費にも、介護保険財政にも、戦後補償にもつぎ込める」のなら、北鮮のニセ金を流通させて、それを「戦後保障」にすれば、この閉塞状況から脱出できるということになります。
 いくらなんでも、それはないだろうと…

投稿: 罵愚 | 2010.02.06 06:05

こんにちは、せとさん。

>開発者さんの持論が支持されないと、ご自分で書かれていますが、
>その理由は書かれているような「直感的に反発を食っている」と、いうことではないと思います。
>開発者さんがそのように感じられているだけですよ。

なんていうかな、ここでの議論と言うことではないんですね。クルーグマンなんかがずっと噛みついていた俗流経済理論の話なんです。

たとえばクルーグマンは「今のアメリカで、経済学をきちんと学んでいない知識人が経済の事を知りたいと思うときどういう本を読むだろうか」と、米国で人気のある経済の事について書いた本なんかを取り上げましてね。のきなみ、経済学の基本の考え方がその本の中で無視されていることを指摘できたりする訳です。最近の彼の口癖は「彼らに聞いても仕方ない、かれらは何も知らないのだから」になっちゃってますけどね(笑)。

なんていうかな、私の言うことなんてのは対して意味は無いわけです。私は経済学で飯を食っている訳ではありませんからね。ただ、まじめにケインズやらリカードを学んだつもりはあります。そして、今の日本で支配的な「国際競争力」とかを巡る一種のドグマが、いくら考えても理屈に合わなかっただけの事です。では、せとさんとか、あゆさんが、そういう俗流経済理論に違和感を感じることができるかというと、それは望み薄なんですね。なぜなら、それは、きちんと経済学を学ばなければ現れる事のない違和感だからです。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.08 08:14

技術開発者さん。
コメントありがとうございます。
ここでのアレコレや今日のコメントを拝見して、
またきくちさんのところでのやりとりや、いろいろを勘案すると、
理論以前の問題として、
開発者さんの真理を解明しようという「科学者」たる態度に疑問を呈するものです。
ご自分は経済を勉強なさったと言い、
私たちに対しては以下のように書かれます。

「せとさんとか、あゆさんが、そういう俗流経済理論に違和感を感じることができるかというと、それは望み薄なんですね。なぜなら、それは、きちんと経済学を学ばなければ現れる事のない違和感だからです。」

いつも私たちにお教えくださるのですが、
その時、必ず、分からない私たち、理解出来ない私たちというものを想定なさいます。


さてさて、
私に言わせれば「分からせることが出来ないのは、
分からない方に責任があるのか?
はたまた教えるほうか?」です。
少なくとも私は、自分の仕事でそうした場面は、自分の力量不足を悩みます。
いつも思うのですが、
開発者さんって、ご自分で言われているように、
確かに頭は良いし、一流の研究者だろうとは思うのですが、
書かれているコメントは「謙虚ではない」と思うのです。

私は以前、東大の医学部で、下っ端の下っ端のまたまた下っ端の仕事をしていたことがありますが、
本物、と言うか、
一流の研究者、というか、そのような方々は決して、
開発者さんのような「ものいい」はしないんですよね。

「さがるほど、人の見上げる藤の花」というか「実ほどこうべのたれる稲穂かな」です。
分からない私にも敬意をもって接してくれました。
あなたが得意とする「○○さんのような国民」なんてひと括りで物事を考えることは決してありませんでした。

どんな世界にも上には上がいるんですよね。
そして、そんな上にいる方々は決して自分のことを「勉強してきた」なんて言いません。
なにしろ真理はまだまだ解明されません。
学問も、進化の「赤の女王」と同じように、、、
学問に王道なし。

また、
勉強しようとしている人たちにも、あなたが言われるような物言いは決してしません。
むしろ「後世おそるべし」です。

私はこの頃思うのですが、
開発者さんは、
ひょっとしたらトラウマがおありなんではないでしょうか???
どこかご自分では中途半端というか消化不良なものを抱えられていて、
その消化・昇華できない思いが、
私たちに的外れな形で表されていると思います。


老婆心ながら、
今のままでは、
裸の王様です。
ご自分で言われるところの「本当に力量のある一流の研究者」の開発者さんなのですから、
相手の育つのを待つ心というか、
真理に対して謙虚でいてください。
と、心から願うものです。

そうすれば自ずと人はついてきます。
と、言うか以前は、そのようなあなたでした。
どこでおかしくなったのだろう???
が、
勿論、リアルでは人望があり、一流であることは承知していますよ♪

投稿: せとともこ | 2010.02.08 14:16

こんにちは、せとさん。

>私に言わせれば「分からせることが出来ないのは、
>分からない方に責任があるのか?
>はたまた教えるほうか?」です。

ずいぶんと奴隷根性ですね。「専制国家の失敗は君主の責任である。しかし、民主主義国家の失敗は国民の責任である」なんて小説に書いた人がいましたけどね。なるほど、せとさんの想定される民主主義国家の国民とは、誰か「教え方のうまい指導者」に教えを請うていきる存在ですか?

なんていうかな、現状認識の無い者には発展もありませんよ。都市伝説の一つに大学の入学式でお漏らしをした学生が「ママがいけないんだ、きちんと式の前にトイレに行くように言わなかったから」と言ったなんてのがありますけどね(笑)。でもって、民主主義国家の国民は、誰に教えを請うんですか?なんでも見通して、優しく教え諭してくれるママをどこに探し求めているのですか?

投稿: 技術開発者 | 2010.02.08 16:15

こんばんは。
頂いたコメント。
実は驚いています。
先に書いた私のコメントから、
どうして民主主義国家云々が出てくるのか、わからないので、ちょっとお返事のしようがありません。
が、
いずれにしても、
私がコメントでさしあげたことは、あなたが言われるような「誰か「教え方のうまい指導者」に教えを請うていきる存在ですか?」
と言うことではありません。
私は、あなたを教育のプロとは思っていません。
科学者、研究者だと思っています。
ゆえに、
真理に対して謙虚であるか否か。
学ぼうとする相手に対して敬意があるか否か。
を問うています。

ただ、ここで、あなたの「姿勢」について書くことが、どのような到達点を導くか、、、
と、言うことは、かなり無意味なことゆえ、(なぜなら、それは、あなた自身が抱える問題であり、私とは無縁のものだから)
この話題は、不毛と言うことで、もう終わりとしましょう。
これまで、おつき合い頂き、お教え頂き、本当に
いろいろありがとうございました。
私自身は学ぶこと大でした。
ありがとうございます。

では、お元気で。


投稿: せとともこ | 2010.02.08 22:42

こんにちは、せとさん。

>私は、あなたを教育のプロとは思っていません。
>科学者、研究者だと思っています。
>ゆえに、
>真理に対して謙虚であるか否か。
>学ぼうとする相手に対して敬意があるか否か。
>を問うています。

なんていうか、私は自分が認識した事に対して謙虚でいたいと思っています。せとさんと論争になるのは、私が「今の日本国民はこういう点で未熟である」と指摘する部分がほとんどです。せとさんは、それをおべんちゃらでごまかす人間の方が「謙虚」とお考えの様ですが、私は率直に指摘する方が謙虚だと信じています。或る意味で、日本国民に対して敬意がなければ、指摘なんてしません。救いようの無い馬鹿は馬鹿として滅びたところで心は痛みませんから、せとさんのご要望の様におべんちゃらでも何でも書くでしょう。私が指摘しているのは現在の現実であり、その現実を認識するところから、はじめて成長ができるだけのことです。私はせとさんをはじめとする日本国民は現実認識する力があると思っているから指摘しています。

>ここで、あなたの「姿勢」について書くことが、どのような到達点を導くか、、、
>と、言うことは、かなり無意味なことゆえ、(なぜなら、それは、あなた自身が抱える問題であり、私とは無縁のものだから)

無意味というより有害でしょうね。なぜなら、「現実の日本国民」の状態の指摘に対して、その内容では「指摘する姿勢」にしか目がいかなくなるなら、「現実の状態」に対する認識はおこらないからです。したか゛って、進歩する事も望めなくなるだけのことです。せとさんのお望みは、「自分たちの気にくわない指摘は、その内容が現実ではなく、指摘者の姿勢の問題として無視しよう」としているだけのことです。

投稿: 技術開発者 | 2010.02.09 08:10

こんばんは。
頂いたコメントを見て考えたことは、
以下の通り。


あなたは、現実を変えたいと思っていらっしゃるのか?
それとも、ただ、変わらない、分かろうとしない者に対して、揶揄するだけなのか、、、
です。
あなたはご自分で「指摘」しているつもりらしいですが、
指摘されたとする相手は、ちっとも成長していない、むしろ反発をかっているアレコレのやりとりをみていると、
私は、あなたの指摘の仕方に大きな問題を感じます。
なんというか無責任な指摘の仕方なんですよね。
言いっぱなしなんです。
相手に教えを垂れ、指摘する。
そして、相手がさらに問えば、
自分で考えろと突き放す。
これが開発者さんのこれまでのやり方(きくちさんのところなども含めて)です。
指摘だけして、あとは知らんぷり。
これでは人は成長のしようがない。
本当にあなたの意図のように指摘するおつもりなら、
先のコメントで書かれた「奴隷根性云々の下り」、、、、、なんて言葉が出てくるはずがない。
指摘と言うことは、相手の成長を見通してのアドバイスではないでしょうか?
また書かれているような「謙遜」とはおべんちゃらではない。
「褒めること」と「おだてること」とお間違えのないように!
褒めることは相手の成長を慮ること。
おだてることは、自分の利害のためその場の取り繕いです。
ちなみに私は褒めることには吝かではありません。

前に書いたように、
本当にあなたが望むような社会にしたいなら、
まずは人を信頼することではないでしょうか?
人を信頼しない人に何ができようか????
と、私は思うものです。
まぁ、いずれにしても、ネットでアレコレと語っても、この話題からは、なにも生み出されないと思いますので、
これにて終了させてください。

では、

投稿: せとともこ | 2010.02.09 22:01

江戸時代技術としかかかなくてすみません。
補足すると、お金がない地域社会で、江戸時代レベル??の安価な道具だけで行なう技術です。
設備投資不要な技術です。

 おかねなく、今ある道具で現地の人達の労働力を頼りです。ハイテク道具の力でなく、知識と経験と腕をみがくようです。

設備投資不要で必要な生産量確保して雇用うんでいくものです。

難しい経済理論はわからないんですが、今の日本社会と大きくちがう経済社会だと思ったんです。

投稿: あゆ | 2010.02.11 20:39

あゆさん。
コメントありがとうございます。

話しはちょっとずれますが、
以前、モノづくりについて書いたことがあるのですが、
確かに名人技とも思える「人の経験と知識」が、
次第に機械に飲み込まれていく近代産業のあり方には危惧を覚えます。
日本の経済を支えていたのは町工場、中小零細企業なのだと思います。

政治は、こうした企業は守ることは必要だと思います。

投稿: せとともこ | 2010.02.12 14:56

「デフレ」と「格差社会」と「非正規雇用」は一体化の問題
◆国内のデフレ脱却には最低賃金引き上げを
 バブル経済崩壊以降の「デフレ経済」は、国内需要を活性化していません。その最大要因は、非正規労働者の賃金下落です。正社員の賃金は概ね「横バイ」ですが、約2,000万人の非正規労働者の賃金は、約33%も下落しているのです。この経済的な損失が、日本経済の最大の要因なのです。一人あたり100万円としても、その損失額の計り知れない数字が想定できると思います。
◆政府は経済政策として最低賃金引き上げを
 そもそも、最低賃金の見直しを厚生労働省に委任していることに問題があるのです。“政治主導”で経済産業省も加わり、国内の“労働価値”の適正化によるデフレ脱却を図るべきです。それが、ひいては「格差是正」にも繋がっていくのです。また、非正規労働者の賃金は貯蓄により循環します。こうした経済“内需”の押し上げは、確実な是正に止どまることなく、“雇用拡大”にも大きな影響を与える要因になることでしょう。“デフレ脱却は、非正規労働者の最低賃金の見直しが最大の経済政策になる”ことを再認識して政策に臨んでいただきたいものです。

投稿: 人事総務部 | 2010.07.12 15:07

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