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2010.05.17

どうなるのだろうか?普天間

普天間問題、本当にどうなるのでしょうか?
普天間移設、「総理発言」で政府案決定も 平野官房長官と言うことで、政府与党の中でも纏まっていないような、そんな感じ。
そりゃそうですよね。
そもそもこの問題に関しては社民党は筋はしっかりとしているのだから。
今朝は各報道で「人間の鎖」包囲が放送されていましたが、
沖縄の人々の民意、また代替と言われる沖ノ島の人々の民意。
鳩山さんがいつも言われる民意を一番に、と言うその民意が、こうもはっきりと突きつけられているのだが、、、


ウウウム。


どうなるのか。
本当に行方がわかりません。
それでも、
成り行きにしっかりと注目です!!!
また、新しい動きがあれば、書きます。

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コメント

お久し振りです。普天間にしろ消費税にしろ、今、繰り広げられている国会の様相は与党・野党共にハチャメチャです。これが時代の変わり目の必然性であれば良いのですか…

投稿: | 2010.05.17 19:11

よさん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。


お元気でしたか?
先日、読後感想をチラリと書いて、あなたのところにトラックバックをかけたのですが、通りませんでした。
残念。
どうもトラックバックの調子がよくないのです、、、


さて、
普天間。
迷走ですね。
どうなるか、、、本当に先が見えません。
いずれにしても、これは民主党、つまり政権交代という事での試練なのでしょうね、いろんな意味で。
今後に注目です!!!
またご意見、お聞かせくださいね。
では。

投稿: せとともこ | 2010.05.18 12:49

 米軍再編成をジグソーパズルの全体像だとすれば、 普天間移設はそのなかのひとつのチップにすぎなかった。再編問題全体を議論の対象にすれば、日米安保や憲法問題をふくめたおおきな枠組みをはじめからやりなおさなければならなく、数年のスパンで結論が出るとは思えない。
 しかし、普天間基地の危険性の除去だけをターゲットにするのなら、これは外交や安保のレベルではすでに解決済みの、純粋に“迷惑施設の移設問題”と呼ぶ国内問題だ。町内ならごみ出しの場所問題、市町村なら斎場建設と同レベルで、それなりにむつかしいが平和や安全保障や日米関係とは切り離した解決が可能なはずだった。
 解決のめどが立っていたのをハチャメチャにご破算にしてしまったのはこの政権…しかもその中心人物は鳩山首相ご自身だった。ここで再確認しておかなければいけないことは、解決を先延ばしすることによって、いま現在も刻々と基地の危険と迷惑は継続している事実だ。いわば、保険の切れた自動車を運転している責任は、事故がおきないかぎり不問かもしれないが…果たしてそれでいいものかどうか。
 迷惑施設問題を安保問題に拡大して解決を遅らせた責任は、戦後平和主義者たちも応分の負担を覚悟すべきだと思う。

投稿: 罵愚 | 2010.05.18 14:35

コメントありがとうございます。
これから出かけるので、またのちほど。


しばらく更新できないかもしれませんので、(実家に見舞いに行ってきます)
よろしくお願いいたします。

投稿: せとともこ | 2010.05.20 07:58

 5月25日朝日新聞夕刊の素粒子欄。前段では「この60年、北は少しも変わらなかった。同じ民族として実に恥ずかしい-」と韓国大統領の発言を紹介し、つづく後段では「この60年間、沖縄の負担は少しも変わらなかった。おなじ国民として実に恥ずかしい-」と素粒子氏の感想を並列に記述している。
 この感想がまちがっているんだな。負担を変えようとして普天間の辺野古への移転が計画されたのであって、頓挫したのは一義的には鳩山首相の政治家としての未熟。背景には戦後平和主義の蠢動があって、その中心的役割を朝日は果たしていると思う。この素粒子欄そのものが、その一端をになっているわけだ。
 いうまでもなく普天間の辺野古への移設は米軍再編と呼ぶ、おおきな枠組みのなかのちいさな“部分”であって、再編そのものはこの国の憲法や国際平和主義、日本の安全保障政策や日米軍事同盟のありかた、日米外交にまで話題がさかのぼる性格の話題なんだが、ここでこの国の国益、あるいは宜野湾市民の市民生活にまとをしぼって考えれば、普天間の辺野古への移設は現実的な妥協策としては上出来の現実対策だったと思う。このチャンスを逃して、基地の被害と危険を継続させただけ、反対意見はむしろ有害だったといえる。そこには、戦後平和主義と呼ぶ、まったく平和とは正反対の、不穏分子の実態が透けて見えてくる。“平和”のためには普天間の住民の犠牲はとるに足らないと考える“戦後平和主義”の実態だ。
 鳩山政権の失態を通してみえてきたこの実体は、もっと国民に認識されていいと思う。

投稿: 罵愚 | 2010.05.26 06:01

こんにちは。
先のコメントにも書いたように、今、バタバタしています。
実家の母が入院(多分、老衰)していて、見舞いに行っているのですが、遠方なので、なかなか大変なのです。
そんなこんなで、なかなかエントリーも書けませんが、
ご指摘の問題については、私も、またゆっくりと検証する必要を感じています、、、

投稿: せとともこ | 2010.05.27 14:36

 「最低でも県外」「腹案がある」「米国、沖縄県民、与党三党の合意」etc…つけるだけの嘘をついて、基地移転問題は自民党政権がつくった“もとの木阿弥”に立ち戻った。もっとも、大多数の国民は半年前からこの結果は予想していたから、昨夜の首相本人の記者会見は、なにを質問されても蛙のツラにションベン。恥知らずというのか鉄面皮というのか、批判するほうが疲労困ぱいして「もうどうでもいいや」と投げ出してしまっている。新聞もテレビも解説も批判も出尽くしてマスコミ全体が茫然自失のしらけた状態だった。
 今朝のこのしらけた空気は、いつか経験したような?と思い出したのが50年前の、ちょうどいまごろの、入梅まえのどんよりとした季節だった。一年以上つづいた安保闘争の終結は、条約の自然成立という、なんともしらけた結末に樺美智子の惨殺というショッキングな事件がかさなって、やはり国民とマスコミの茫然自失の朝だった。
 あれからこの国は政治を忘れて、経済膨張に向かってまっしぐらに突進して、それはそれでひとつの時代をつくりあげたのだが、なにか大事なものを放り出して、金色夜叉の主人公にも似た、いちばん大事ななにかを忘れるのが目的で金貸し家業に埋没したような時代を経験したわけだ。あるいは、そのいちばん大事ななにかを捨て置いてきた結末として、この沖縄の基地問題にたどり着いたのかもしれない。
 ここで立ち止まって、そのいちばん大切ななにかについて考えるのか、それともまた、そこから視線をそらしてギャンブルにでも狂うのか…どちらにしてもやりなおしのきかない青春時代をすごしているわけだ。

投稿: 罵愚 | 2010.05.29 06:09

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