鳩山さん、方便だったのですかぁ???
またまた鳩山さんの方便発言が問題になっています。
===============
民主党の鳩山由紀夫前首相が、一部報道機関のインタビューで米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県外移設断念の理由に沖縄に駐留する米海兵隊の「抑止力」を挙げたことについて「方便だった」と語った。鳩山氏は14日、東京都内で記者団に「後付けで学んでいくとこう解釈できる、という発想で言った」と釈明した。
(上記ニュースより)
===============
後付けで学ぶ、、、ねぇ。
まったく、、、
なんなんだ、この人は。
当時は「ナァニィイイイイイ????」と声を大にして、
ブログでも抑止力とは?と言うタイトルで記事を書きました。
さらに続けて、
超左翼おじさんの松竹さんのご著書の感想文幻想の抑止力を読んでと言うエントリーを2回に渡り書いたのですが、、、
その時の記事の結びは以下の通りです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
松竹さんの著書を読みながら改めて鳩山さん、菅さんがいうところの「抑止力のウソ」を思いました。
この問題、さらにさらに考えていきたいものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つまるところ、「抑止力はウソも方便」だったというこかぁ〜〜〜〜
なんだか今回は「あっそう」と冷ややかな私。
熱くなるのも阿呆らしいくらい。
と、言うことで今日は備忘録のつもりで記事にしました。
やれやれ、、、ふっぅう
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コメント
http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2009-09-03
方便は「想定内」です。一昔前の流行語(笑い)
与党になってはじめていろんなことがわかったんでしょうね。
なんかちょぃ気の毒な・・・。理想に燃えたけど見せられた現実の前に崩れたのかも???
大きく価値観自体が違う人でないかぎりああなるのかも??
みせつけられる現実を拒み改革するかも?
理念すら掲げず??(理念がどこえやら?)の人ならもっとうまくしたかも?
投稿: あゆ | 2011.02.15 21:01
北鮮の拉致事件に協力した菅直人、金権腐敗の代名詞のような小沢一郎、そして話題の鳩山由紀夫の3人の協力によって完成したのが民主党政権。3人の個人的な資質ではなくて、民主党と呼ぶ寄り合い政党の遺伝体質だと思う。
首相がたびたび変わるのは良くないというけれど、すぐにでも変えないと、沈没しかけた日本丸は…
投稿: 罵愚 | 2011.02.16 06:28
瀬戸さん、この記事中の14日の日付ですが、沖縄地元紙への発言自体は12日です。
13日付け地元紙が掲載し、沖縄では第一面に取り上げられて大問題になったが本土では残念ながら共産党機関紙赤旗を含めて掲載無しかあってもゴシップ欄の小さな扱いで反応は極僅か。
温度差が違いすぎるのです。
本土(中央)のマスコミも政党も大反省していただきたいものです。これでは駄目です。
そしてこの鳩山由紀夫元首相発言ですが、今回、何一つ間違った事は言っていない。
今まで誰も騒がなかっただけですよ。
何か間違いがあるとすれば、それはアメリカ軍の抑止力自体が、方便で真っ赤な嘘。
今の管総理自身も野党時代には『沖縄に海兵隊がいるかいないかは日本にとっても抑止力とあまり関係ないことです』とはっきり明言している。自民党一の軍事オタクの石破元防衛相も在沖縄海兵隊の任務は米人保護が目的で所謂抑止力なるものは否定している。
抑止力など、そんなものは何処にもない。
正しくはアメリカ軍の『侵略力』あるいは『恫喝力』なのですが、其れを日本語では『抑止力』と呼んでいるのですから鳩山さんは正しいことになります。
その事実は大昔から日本人の右も左も関係なく全員が薄々知っているが、相撲の八百長の話と同じで(実体が暴かれたら恥ずかしいし悪いことなので)誰もはっきりと認めたくなかっただけですよ。
しかし科学には基本的に正誤はあるが善悪は無い。(善悪は宗教など個人の道徳観『内心』を基準としている)
鳩山さんですが理科系出身だけに考え方が科学的なので、今のような政治家には不向きで本来は大学教授などをするべきだったのです。
投稿: 宗純 | 2011.02.17 09:03
あゆさん。
罵愚さん。
宗純さん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
あゆさん。
本当に理念はどこへいったのだろうか???
ですね。
ふっ〜〜〜
あなたの鋭いツッコミで、鳩山さんも目が覚めて欲しい。
罵愚さん。
そうですね、、、
残ったものは???
詰りあいだけなんて、いやですねぇ。
まったく。
ヤレヤレ。
宗純さん。
ご指摘ありがとうございます。
それにしても鳩山さん。
なんだか思いつきで話しをなさっていることが、モロ見えですね、、、
ウウウウム。
なんだか、、、なぁ。
いずれにしても国民である私たちはしっかりと見ていきたいのですが、、、、、
投稿: せとともこ | 2011.02.17 14:21
正直な鳩山さんも笑えないジョークなんですね(苦笑)
笑えないジョーク http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2010-12-14軽視なのは?
投稿: あゆ | 2011.02.20 15:40
宗純さん
「アメリカ軍の抑止力自体が、方便で真っ赤な嘘」のご認識は、議論のまえに「抑止力とはなにか?」「抑止力は必要なのか?あるいは不要なのか?」「武力でなにを守るのか?」「守るにあたいするなにがあるのか?」というあたりまでさかのぼらないと…つまり末節のところから議論をはじめても遡行の途中で息切れしてしまいそうですね。
自決権はもともと自然発生的な民族国家を想定してつくられたものだったわけですが、そこに民族の代わりにピューリタンと呼ぶ宗教的なグループを代入してつくられたのがアメリカでしょう。さらにコミュニズムと呼ぶ政治思想ではプロレタリアと呼ぶ階級が代入された人口国家にも自決の権利があると考えた人たちがあらわれたわけだ。それぞれがそれぞれに、まったく別種類の守るにあたいする対象を見出しているのでしょうが、外国の話はともかく、日本人としては、おなじ日本人のなかにもなにを守るべきかの対象にちがいがある。その現実認識を共有するあたりから議論をはじめないと、議論はかみ合わないのではないのでしょうか?
【追記】
「石破元防衛相も在沖縄海兵隊の任務は米人保護が目的で所謂抑止力なるものは否定している」との根拠はどの辺にあるのでしょうか?
投稿: 罵愚 | 2011.02.21 09:59
罵愚さん、
抑止力の定義ですが、なんとなく、わかったような気分にさせられていますが、これは日本国憲法を無視した全く危険な考え方なのです。
日本国憲法につて、この憲法はGHQ(総司令官・マッカーサー)から押し付けられたものとの考え方も出来るが、350万人の日本人の尊い犠牲によって購った人類の遺産であるとも解釈出来る。
第9条の戦争放棄は大日本帝国も批准した戦争放棄のパリ不戦条約を明文化したものであり、敗戦を経験して戦争の真実を知った日本人全員が賛成していた。
日本国民が、押しつけを歯を食いしばって我慢したという事実はなく、これをすなおに喜んで受けいれた。
そして憲法では明確に、
『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』(憲法第9条)
と有るし、同趣向の条文は日本も正式加盟している国連憲章にも存在するのですから、日本の戦争放棄とは不戦条約と憲法と国連憲章とで3重に担保されているのです。
抑止力とはなんでしょうか。?
沖縄の海兵隊に抑止力があるとは、
武力による威嚇力(武力の行使の力を見せ付けて脅かす)があることになり、それなら憲法違反。
憲法違反の存在に、税金を注ぎ込むのは間違いなく違法行為です。
『海兵隊の任務は米人保護』で抑止力はないは、自分で調べる気になれば幾らでも出てきますよ。
石場さん、だけでなく肝心のキース・スタルダー米海兵隊司令官自身も否定しています。
石場さんは今回の鳩山さんとまったく同じで、海兵隊の意味ではなくて4軍全部でと言う意味だと弁解していますよ。
そもそも拠点守備が任務の陸軍戦闘部隊は日本には一兵も存在していない。
沖縄配備の海兵隊の人数ですが常時配備の実数は最低の統計では800人です。石場さんは2000人と言っている。
実数は多分この間の人数ですが、これでは戦争に役に立つ人数ではない。
もしもの有事の時の米人救出程度が、その任務ですね。
投稿: 宗純 | 2011.02.25 10:51
宗純 さん、
丁寧なレスをありがとうございます。前回わたしは、抑止力の根底には武装がある。武装には守るべき対象がある。いったいあなたはなにを守ろうとしているのですか?と問いかけたわけですが、今回のあなたのお答えは、それは平和憲法をいただいた日本だということですね。憲法前文と9条によって武力放棄した平和国家をあなたは理想としている。
そこでちょっと憲法解釈に話題をひろげたいのですが、すなおに読めば憲法は武力保持を明確に禁止している。憲法が禁止しているのは侵略戦争であって、自衛権までもを否定してはいない。だから自衛隊は合憲というのは、誤解であって、侵略戦争でなくても、自衛戦争であっても、憲法は武力の行使も保持も禁止していると、わたしは解釈しています。したがって、自衛隊でなくても、保安隊でなくても、警察予備隊の時点から、憲法違反ははじまったと思っています。
こういうわたしの解釈では、平和憲法下の日本には自衛権そのものを否定するのだから、自衛隊はもちろんアメリカ軍の駐留も憲法違反です。自衛権を否定しているのだから、自衛力の一部分である抑止力の話題など出てくる余地はないと思う。抑止力の話題自体が、憲法違反の状況を容認した議論だということです。
くりかえしになりますが、前回わたしはなにを守るのかの話題からはじめないと、努力は無駄になると申し上げましたが、予感は的中して、平和憲法を守るための自衛権や、その一部としての抑止力の、あなたの主張は、その議論自体が内部矛盾を露呈していると思う。9条平和が、現実の社会に適用できる現実論だとしたら、平和憲法で守られた日本で抑止論議は起きるはずがない。あなたが抑止を議論しなければならない、いまの現実そのものがあなたの9条平和主義の欠陥を証明しているのではありませんか?
武装放棄の平和主義とは冬のこない南洋の島ではオーバーコートはいらない、という議論です。地球から寒気が消えればコート
はいらないといいながら、あなたはコートのポケット右につけようか、左につけようかの議論をしている。冬がきている現実と、冬はこない夢想のあいだを浮遊していませんか。
投稿: 罵愚 | 2011.02.27 06:03
罵愚さん、
名指しなのでコメントしたのであり、今回のような書いてもいないことを延々と非難するとは呆れかえる。
最低限の礼儀を守るべきでしょう。
今回のコメントですが実に不愉快。
前半の部分何の問題もないが、後半では正反対に何故其れほど観念的に慣れるかは不思議。
現状認識がずれ過ぎて、宗教的ですらある。
『何から何をどの様な方法で守るか』を冷静に考えてください。
日本は先進国では例外に近い1億を超える人口を有する経済大国であり他の国とは200キロの海峡隔てた攻める難く守るに易い天然の要害の地で過去に侵攻してきたのはモンゴルとアメリカだけ。
空想では色々あるかもしれないが現実に、日本を全面占領出来る能力の有る国はアメリカ唯一国だけですよ。
アメリカの侵攻を思いとどまらせるだけの抑止力を保持する為には膨大な予算と人員が必要であり、この考えで突き進んで自滅した国家があのソ連ですよ。
まさかソ連を真似よとは誰も考えないと思うが、それなら何処の国を理想とするのか。
本当に抑止力なるもので安全が確保できると信じているようなら武装中立で皆兵制の自主防衛のスイスやアメリカ憲法修正第二条にあるように国家の武装以上に個人の武装こそが必要でしょう。
日本のように市民の武装権を否定していては論理的に無理あるのですね。
自主防衛のそもそもの考え方の基本中の基本は『自分のことは自分で守る』ですよ。
それなら自動的にアメリカのような市民の武装が生まれるのです。
戦争放棄の日本憲法ですが、何も日本独自ではないのですよ。
戦争放棄は前のコメントに書いてある様にパリ不戦条約や国連憲章を憲法の条文にしただけの代物であり特別でもなんでもない。
欧州の多くの国では憲法で紛争は話し合いで解決すると有るし戦争も否定している。
日本国憲法と同じであるのです。
当たり前ではありませんか。
何処の国が『紛争は武力で最後は解決する』と書くと思いますか。
そんな国は一カ国も、この世にはありません。
日本国憲法の特異性は戦争放棄の一項ではなくて武装の放棄の2項です。
そして9条2項の正しいか間違っているかは、ひとえにアメリカにかかっているのですよ。
アメリカを抜きにしてはこの論議はまったくの無意味な観念論でしかなくなるでしょう。
世界の警察官を自称して他国に軍事介入する米国ですが、この『世界の警察官』はアメリカが自分で勝手に言っているだけである。
事実であるかどうかは調べてみないと確かな事は何ともいえない。
そして、いま世界で起きている現実からは、『警察官』とは縁遠いアメリカの真実の姿が見えてくる。
現実の世界で一番破綻した悲惨な国家はソマリアで次にアフガニスタンやイラクが続く。
アメリカの近くでは、中南米で治安の悪い破綻寸前の悲惨な国家はコロンビアやハイチなのですが、これ等は破綻国家の何れも、共通点は自称世界の『警察』アメリカが介入した国々だったのです。
それも介入以前と以後では、断然アメリカの介入後に極度に治安や社会状況が悪化しているのです。
介入前の水準の方が遥かに良かった。
多くの日本人が素朴に考えている『アメリカに守ってもらったら安心』は日本の常識ではあるが、事実の裏付けがなく『世界の常識』とはなっていない。
理想と現実は同じではなく、世界の厳しい現実は正反対で、『アメリカに守ってもらったら国家が破綻した』のです。
日本人一般が持っているアメリカに対する安心感、信頼感(錯覚)が起きた原因は曖昧な思い込みではなく、はっきりした事実の裏付けがある。
戦後の目覚しい経済発展と、戦前の明治憲法下では有り得なかった66年間もの長期の平和の恩恵を全ての日本人が受けている。
これが大きい。
その原因が日米安保だと誤解したのです。
しかし日本国の驚異的繁栄と長期の平和の原因が、米軍全面占領時代の1951年からの旧日米安保などでは決してない。(日本独立後の新安保なら1960年6月からの50年間)
この旧日米安保条約の5年前1946年に公布された日本国憲法(特に9条)が、日本国を色々な軍事介入(危機)から守ってきた。
今のソマリア、アフガンやイラクの悲惨な有様を見れば、この事実は間違いようの無い真実である。
投稿: 宗純 | 2011.02.27 12:24
宗純 さん
あなたの平和感がわたしと憲法解釈を共有する非武装平和だとの誤解が無礼だとお感じになったとしたら、つつしんで謝罪いたします。ごめんなさいでした。
そのうえで、国際法と平和憲法の同質性を強調なさいますが、ほんとうにそうでしょうか?前文のように近隣諸国の公正と信義を信頼して平和を築くのであれば、戦争法規は無用でしょう。交戦法は存在意義を失います。現実の国際社会は憲法前文とはちがって、血みどろの世界だから戦時国際法の存在意義がいまだに消滅しないのでしょう。
憲法は前文で近隣の公正と信義を信頼すれば平和が到来すると規定し、だから武力は無用だと9条に書いているのです。9条では武力の行使のみならず威嚇することも禁じている。威嚇とは、つまり抑止力です。武力を保有して、それを使わなくても、保有そのものが隣国を威嚇して、隣国の戦意を失わせる、隣国の戦意を抑止することさえも、平和憲法は禁じているのではありませんか?憲法の前文と9条は論理的には合理性をたもっているのです。
しかし現実の国際社会と国際法は、それとはちがいます。国際連合と連合規約は自衛力も自衛権も容認しています。主権国家の交戦権を認めているのです。あなたは不戦条約も持ち出しましたが、あの条約に自衛権の留保なしに署名した国がありましたか?国連にいたっては、まさしく枢軸国との戦争を正当化して誕生しています。
平和憲法が国際法と整合しているというあなたの主張には無理があると思います。
投稿: 罵愚 | 2011.02.28 14:35
罵愚さん、
国連憲章を今までに一回でも実際に読んだことがあるのでしょうか。?
大いに疑問ですね。
事実は大違いですよ。
間違った脳内世界の書き込み読まされるほうは実に不愉快。
>『国際連合と連合規約は自衛力も自衛権も容認しています。主権国家の交戦権を認めているのです。』<
などは何かの妄想であり事実ではない。交戦権を認めている国際法とは絶句するしかありません。
ハーグ陸戦規定のことを語っているのでしょうか。?
しかし其れは第一次世界大戦以前の世界であり、大日本帝国も批准している不戦条約を完璧に無視した暴言で話にもなりません。
その程度の知識で何かを論じるなどは思い上がりにも程が有る。
事実は、『抑止力では戦争は防げない』ことは第一次世界大戦で証明されているのですね。
そのために戦争放棄のパリ不戦条約が当時の全ての主要国で結ばれているのです。
ですから其れ以降は『戦争は違法』とされていたのですよ。
だから日本も、中国との15年戦争は『戦争ではなくて事変である』と、戦争を否定する必要があったのです。
日本軍の真珠湾攻撃も、大日本帝国は戦争を放棄していたのですが、『自衛戦争はパリ不戦条約で放棄した戦争ではない』との、
詭弁を弄して攻撃しているのですよ。
この70年前の時点でも、日本帝国は自分が『戦争放棄をしている』との認識があったのですよ。
ましてやこれ等の事実を踏まえて作られている国連憲章に『戦争放棄が無い』とでも思っているとしたら、何をかいわんや。
国連加盟の各国に認められているのは自衛の戦争ではありませんよ。
これは第二次世界大戦の結果、(この戦争では戦争放棄の条約に、自衛の戦争は例外との主張で第一次以上の戦争が起きてしまった。)
今では、自衛でも戦争は違法です。
認められているのは緊急避難としての抵抗権程度なのですね。
今の国際連合の世界では武力の行使が合法的に認めれれているのは安保理決議の有る場合に限定されているのです。
『戦争は合法』との、その考え方は70年前でも時代遅れの間違いでしょう。
ましてや今は21世紀です。
国際条約とは一度批准すると破棄しない限りは有効であり、日本が批准したパリ不戦条約も国連憲章も期限が書かれていないので、今でも十分に有効であり日本国を縛っている。
勿論かっての日本が歩んだような国際連盟脱退という選択肢もあるにはあるが、今の日本国の国連脱退を主張するなら論理の整合性もあるが、
加盟しているままで、国連憲章を否定されても白けるばかりです。
今のように自衛戦争を肯定する為には、日本国の国連脱退が絶対条件ですよ。
国連を脱退せよと主張しているのですか。『自衛戦争は合法』とは論理的にはそういう意味ですよ。
投稿: 宗純 | 2011.03.01 10:31
宗純 さん
ご想像のとおりわたしは国連憲章の全文を読み通した経験などありません。国際法どころか法律も憲法も学校で教わって、新聞で読んだ程度の知識を越えることのない無知な人間です。今回はあなたのような権威者のご指導を直接たまわる機会に感激いたしております。
さてそのうえで前々回でしたか、わたしの「抑止力は自衛権に依拠する。自衛権には守るべき対象があるはずですが、それはなんでしょう?」の質問に対してあなたは「それは平和憲法をいただいた日本だ」とこたえてくれた。それを読んでわたしは憲法前文と9条によって武力放棄した平和国家をあなたは理想としていると考えました。わたし自身が平和憲法は自衛権も…したがって抑止力も放棄した丸裸のスッポンポン国家を規定していると考えているので、てっきりあなたもおなじ憲法解釈の持ち主だと思い込んでしまったのです。そのあとにつづくあなたの嫌米感情まるだしの文章も、わたしの思い込みを助長しました。
しかし、今回のレスを読みながら、もしかしたらあなたはちょっとちがうのかもしれない。世間によくある、憲法には書いてないが国際法では自衛権は常識だ。明文化以前の自然権としての自衛権はとうぜん日本ももっている、という解釈かもしれないと思い至りました。そのうえで、国際法上の自衛権を説明してくださっているのかもしれない。
だとしたら、議論はちょっと前に戻って、憲法解釈…平和憲法は自衛権を容認しているのか、あるいは放棄しているのか?そしてもし容認しているとしたらその範囲はどこまでで、その根拠は条文のどこから読みとれるのか?にまきもどると思います。いかがでしょうか?
投稿: 罵愚 | 2011.03.02 09:54
罵愚 さん、
民主主義の原則では個人の内心は聖域で、どれ程異常でも悪質でも常識はずれでも違法ではなく罰せられない。
『自衛戦争は合法』など、貴方がどの様な不思議な考えをお持ちでもご自由ですが、当方は其れに対し何の関心もありません。
今のような客観的事実では無い特殊な考え(内心)を、広く公開されているとはいえ場違いな、基本的に他人のブログのコメント欄に書き続ける態度は決して褒められた行為ではない。
実に不愉快です。
私が、今まで色々書いてある事柄は全ては科学的な客観的事実だけであるのですよ。
(何か事実と違う部分があれば是非ともご指摘下さい。)
然るにもかかわらず、何と>『あなたの嫌米感情まるだしの文章』とは・・・
言葉もありません。
自分が聞きたくない客観的な事実を『感情云々』に摩り替えている。
何度も同じ事を言いますが私であれ罵愚さんであれ誰であれ個人の感情なんぞには何の関心もありません。
大事なのは、事実として正しいか間違っているかだけの科学的な客観的事実だけですよ。
罵愚さんのこれまでのコメントですが、全てはこのような御自分の感情論であり、何らの客観的な事実の指摘が見られない。
これでは幾ら行っても何かの建設的な会話には至らないで、今のような禅問答のような無意味なやり取りしか出来ません。
しかもドンドン記事のブログ内容からは離れているのでブログ主や他の真面目な読者の迷惑になるでしょう。
当方『逝きし世の面影』では政治ブログとして9条や軍事についても他の護憲派よりも詳しく扱っていると自負しています。
マックス・ウエーバーと 「九条原理主義」
2010年12月01日 | 憲法
憲法改正と議員削減キャンペーンの意味
2010年05月03日 | 憲法
ダーウィンの『人類の進化』と日本国憲法9条
2010年12月06日 | 憲法
冷戦崩壊後の「新秩序」とアメリカの仮想敵国
2011年01月15日 | 軍事、外交
耐用年数がすぎた『日米安保』
2010年07月02日 | 軍事、外交
この記事の海兵隊の抑止力の話なら、
普天間問題、もしかしたら毎日新聞が寝返った可能性も?
2010年04月10日 | 軍事、外
沖縄配備『海兵隊の抑止力は、非常に疑問』
2010年04月06日 | 軍事、外交
スタルダー太平洋海兵隊司令官が語る本音(苦しい言い訳)
2010年04月04日 | 軍事、外交
など色々と詳しく扱っているし、コメントも直ぐに表示されます。
単に今のような、客観的事実に興味が無くご自分の感情の吐露に関心があるなら迷惑ですが、何らかの真実の政治や軍事問題に関心があるなら政治的な姿勢には拘りません。
何方でも建設的な会話なら大歓迎します。
投稿: 宗純 | 2011.03.02 12:10
宗純 さん、
またもやあなたの血圧を高くしてしまったようですねぇ。「嫌米感情まるだし」の部分が、あなたの感情を逆なでしてしまいましたか。あなたはソマリア、アフガニスタン、イラク、コロンビア、ハイチの混乱の原因はすべてアメリカの干渉であり、それは感情論ではなく科学的な事実だという。科学的ねぇ…果たしてその指摘が科学的と呼べるのでしょうか?アメリカの干渉をうけた平和問題や国際関係の事象をすべて原因者はアメリカだなんて、算数の計算のような短絡的な解答が科学的だといえるんでしょうかねぇ。科学的には、もっと別な要因が複雑にからみあっているかもしれない。すくなくとも、あなたがあげた事例のなかにはかつて共産圏と呼ばれた東欧諸国とか、中越戦争とか、現在のチベットやウィグルはふくまれてはいない。サンプルがかたよったデータが科学的と呼べるものですかねぇ。そのかたよったサンプル収集の手法を嫌米感情と呼ぶほうが、むしろ事実にもとづいた科学だと、わたしには思えるのですよ。
まぁしかしそれは、ここでの話題には直接関係ない。話題はあなたの憲法解釈です。平和憲法は集団であろうと個別であろうと、すべての自衛権を放棄して禁止している。したがって本題の抑止力も日本は保持できないというのが、わたしの憲法解釈です。
その平和憲法をいただいた日本を防衛対象とするというのがあなたの主張ですから、あなたの憲法解釈をお聞かせいただきたいのです。ほかの話題はともかく、この質問には答えていただきたいとお願いするのです。
投稿: 罵愚 | 2011.03.03 08:26
対話は中断して宗純 さんはいなくなってしまったようですから、わたしもそろそろ自分の考えかたをまとめて退場しようと思う。
抑止力を話題にすれば、抑止力でなにを守るのかから議論しなければならない。宗純 さんは平和憲法をかかげる日本国が防衛対象だという。平和憲法は自衛力も抑止力も否定して、持たないと約束いるのだから、禁止した自衛力で守るのは矛盾しているというのがわたしの主張です。
わたし自身はその平和憲法…それが生んだ弊害としての戦後民主主義やら9条平和がまちがいの根本だと考えていますから、いま一度“この国のあるべき姿”とでも呼ぶようなものから議論してみるべきではないかと思います。
投稿: 罵愚 | 2011.03.06 06:09
山崎正和氏は1月10日付け読売新聞で、
『ブログやツイッターの普及により、知的訓練を受けていない人が発信する楽しみを覚えた』
この現象を放置すれば。『国民の知的低下を招き』、関心の範囲を狭め、『大衆社会がより悪くなる』
ので、
『ネット時代にあっても、責任あるマスコミが権威を持つ社会にしていく必要がある。』と語るが、
この罵愚氏のコメントを読むと、残念ながら 山崎正和発言が全く正しいと言わざるを得ないでしょう。
今までの普通の日本の大人の常識では、誰であれ知識の無いものには自動的に発言権も無いことぐらいは知っていたのですよ。
ところが 罵愚氏は自分が知らないことは何の問題でもなくと考えているらしい。
いまだに『自衛戦争は合法』の妄想発言に対する謝罪も訂正も何もなし。
『知らなかった』で済ましている。
後は知らんふりをする厚かましさ。
非常識にもほどがある。
御自分の無知を公表するのは勝手ですが、いわゆる抑止力なるものは、何処にも無いのですよ。
其れはまさに鳩山由紀夫が見抜いたように『方便』なのです。
アメリカ海兵隊司令官自身がその事実を議会で証言しているのですよ。
鳩山発言は何ら間違いは無いと一番最初に書いてあるのです。
にもかかわらず無知にも『抑止力とは何か』と繰り返す不見識。無知蒙昧にもほどがある。
無いものは。『何処を探しても無い』のです。
これまでの罵愚氏のコメントは何かの知的な会話がしたいのではなくて歪んだ妄想からの9条憎しの怨念から垂れ流されている個人感情以上の何ものでも無い。
当方としてはひょっとして、何らかの真実の軍事や政治を知りたいとの姿勢が極僅かでも残っているかも知れないと期待して、当方の関連記事を列挙してコメントを待っていたのですが。
全くの時間の無駄であった。
そんな前向きな姿勢は薬にするほども無いらしい。
やっているのは低級な印象操作の類ですね。
『いま一度“この国のあるべき姿”とでも呼ぶようなものから議論してみるべきではないかと思います。』と本気で思っているなら、当方の日本のタブーに挑戦する天皇聖断とソ連対日参戦と戦争責任の問題を論じた記事などは一番適当でしょう。
今までのやり取りは、内容的にはあまりに低くて心外だが、典型的なネットウヨの無知の標本として一連のコメント群を当方のブログ記事にしたいと思います。
投稿: 宗純 | 2011.03.07 14:21
無知なわたしには博識のあなたのお話が理解できない。権威を誇るあなたはこう宣言する。しかしホントにそうだろうか?この話題はそんな専門的な知識なかなくっても、常識の範疇で議論できる話題じゃぁなかろうか?無知なわたしはそう考えるのですよ。むしろ、議論の停滞は単純なわたしの質問にあなたが答えられない。逡巡したりぼかしたり転嫁したりして、正面からこたえられない。あなたの話法に疑問を感じるのです。
在沖米海兵隊の抑止力を話題にするのなら憲法解釈が前提になるだろうから、あなたの憲法解釈を聞かせてくださいと頼んでいるのです。武力のもつ抑止力を話題にするのですから、論者自身が平和憲法の武力放棄条項をどう理解しているのかを明らかにしてから話しはじめるのは、当然の態度でしょう。聞かせていただきたいのはあなたの知識ではない、考え方です。あなたはご自身の憲法解釈はぼかしておいて、抑止力の有無やら国際法の講釈にはしってしまう。議論の順序がまちがっていると思う。
投稿: 罵愚 | 2011.03.08 14:53