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2013.01.31

今日は愛妻家の日

今日は愛妻家の日だそうです。
1月の1を英語のI(アイ)に見立てて、
31日を(サイ)と読ませる、いわば語呂合わせ。
謂れはともかく良い事だ。
なんだかホカホカとしてきます。
さて愛妻家。
wikipediaでちょっと検索をかけたら以下の通り。
===========
愛妻家(あいさいか)とは、妻を熱烈に愛してやまない男性(夫)のこと。特に結婚から年月を経てなお、妻への愛情覚めやらぬ様子を指す傾向がある。
===========

あらら。
これは大変。
結婚して年月を経てもなお愛してやまないかぁ〜〜〜
フゥウウム。

結婚して何年も経つ我が夫婦。
ウウウム。
そんな気恥ずかしい関係ではないなぁと、冷静に判断する私。
夫は私にとって人生の同伴者って感じで「そこにいる安心」が一番の存在です。
空気かな???
ははは。
そして、多分、夫もそうだろうなぁ〜〜〜
何年経っても「愛してるぅうう」なんて事はないなぁ。
ははは。
大体、日本人って「愛してるぅううう」文化には、まだ馴染んでいないような気がしますが、
如何でしょうか???
さてさて。
さらにwikipediaをみると、こんな項目がありました。
============
以下に挙げるのは、ステレオタイプ的なパターンであり、しばしば愛妻家を題材としたフィクション作品などでは「お決まりの行動」として描かれる。とかく仕事人間であることがよしとされる日本の職場においては、こうした家庭優先の男性は揶揄されたり、非難されたりすることがある。

職場
定時刻で仕事が終わるようペース配分
残業などやむをえない理由で遅くなる場合は家に一報
昼食は妻の手作り弁当(愛妻弁当)
交際
会社同僚よりも家庭優先
飲み会では泥酔しないうちに引き上げ
不倫関係は妻を理由に拒否
家事分担
仕事帰りに買物(日常的な)
日曜日(休日)は家の掃除(風呂・トイレ回りなど)
夕食後の食器片付けも共同作業
子供の散歩や入浴など所定の育児作業を引き受ける
その他
妻の写真を携帯・職場のデスクに飾る
結婚記念日にはプレゼントを用意
===============
はぁ〜〜〜
愛妻家も大変だね。

確かに恐妻家と紙一重のところがありそうですね。

でも、それはそれとして、
愛妻家の日があると言う事は、これはこれで嬉しいことです!!!
心がホッコリする。

話は変わり。
もう1月も終わり。
明日から2月。
スーパーに行くと節分グッズが1つのコーナーを占めていました。
私も手に取りながら、楽しんでいました。
それにしても、
野菜が高い。
ほうれん草や水菜といった青物野菜が高くて、手が出ません。
仕方がないので、ミニ青梗菜。

主婦である私にとって、
物価を肌で感じるスーパーです。
また、夫はガソリンが高くなったことで物価を感じています。

今日も国会代表質問で野党の議員から
物価と、経済と消費税を質問されていましたが、
さてさてどうなることやら。

と、言う事で今日は「愛妻家の日」。

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2013.01.29

おめでとう! 佐藤寿人選手!!

佐藤が年間最優秀選手=J1広島初優勝に貢献と言うニュース。

おめでとうございます!!!!!

佐藤寿人選手。


本当に嬉しいです。

「佐藤は昨季J1で22得点を挙げて得点王に輝き、広島のリーグ初優勝に貢献。Jリーグ最優秀選手賞に選ばれた。有効投票190票のうち、佐藤は118票を獲得。2位の香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)の36票に大差をつけた。(上記ニュースより)

と、言う事でやはり優勝した事が大きかったのですね。
今更ながら優勝って凄いな、、、と実感しています。

今季もまた大活躍してくれる事を願っています。
早速2月のゼロックスには家族中で応援に行きます♬

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安倍さんの所信表明

安倍晋三さんの所信表明演説。
「三本の矢」って言うのだが、サンフレッチェファンの私としたら些か不満です。
気安く言わないで欲しいな、、、「三本の矢」。
さて、
経済、震災復興、外交・安全保障、教育の分野でとくに「危機突破にまい進する」と表明。
「日本人が自信を失ってしまったこと」が「最大の危機」だとして、気概や自信を取り戻せと国民に説くのですが、
個人的には「おいおい、自民党の責任はどうなんだよ??」と呟いてしまいます。
最大の危機は日本人の自信とかそうした問題ではなくて、
小泉さんが主導して来た新自由主義の当然の結果だったのではないか、、、と思うのですが。

いずれにしても、
内外、ともに問題山積みの今、安倍政権がどのように舵取りするか、
しっかりと見て行きたいです。


 

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2013.01.24

安倍政権は何をするのだろう???

なんだかいろんな事が後退していきそうな予感。
例えばこのようなニュース。
温室効果ガス:25%減、撤回−−政府方針
あらら、、、
原発問題とも絡めて、しっかりと見て行きたいです。
さらに官邸で初会合、政府の教育再生会議と言うニュース。
「つよい日本を作る」を合い言葉と言うか呪文のように唱えている安倍総理。
なんだかふと、NHK朝ドラ「純と愛」の主人公が「魔法の国」と騒いでいる姿と妙に重なる気がして来た、、、
それはそれとして、
さらに不安を煽る金融緩和
給与があがらなくて物価だけあがるのって、
本当に辛いよね。
絶対、財布のひもは固くなる。
夫にも、余分なものは買うな!!!とよく言い聞かせなければ。
(セールと言う名に弱くて、すぐに買い込む夫)
そして公共事業のさらなる復活。
本当に必要なものならいいのだが、無駄なものを作ってもねぇ〜〜〜〜〜
バラマキのつけは国民か???

最悪は社会保障もバンバンと削って行くということらしい。

ウウウム。

いよいよ牙をむき出しにしてくるか安倍政権。

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2013.01.22

レ・ミゼラブルを観てきました

この日曜日に(20日)レ・ミゼラブルを観てきました。
本当はお正月に行きたかったのですが、風邪をひいていたので、治るまで待っていました。
日曜日はちょっと心配でもあったのですが、体調はかなり戻りました。
のど飴にお茶、そしてマスクを持って完全防備。
夫と二人で一番、近い映画館に行って観てきました。
すぐに感想を書こうと思ったのですが、鉄鼠の檻を今日、やっと読み終えて、こうしてパソコン前に座る時間ができたので、
早速、書こうと思います。
が、
感想は「感動した」
と、一言。
音楽が素晴らしかったです。
ミュージカルを映画にしたというので、全編にわたり、
歌で構成されているのですが、
この作品は 歌いながら同時録音で撮影したことで迫力の伝わり方が違いました。
すべての俳優の歌唱力に圧倒され続ける事2時間半。
息もできないくらいの迫真の演技にあっと言う間に時間は流れます。

話自体は、
よく知られた話なので、想像通りに纏まっていますが、
「人信じる事」と言うテーマであるこの映画は、
見終わってからも感動が渦のように巻き上がっていました。
「よかったね」
夫とそう言いながら帰途に着いた私たち。
今度は舞台を観たいねぇ、と言いながら、
早速、舞台のスケジュールを調べています。
舞台は舞台でまた違った楽しみがあるのでしょうね〜〜〜
楽しみです!!!

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鉄鼠の檻を読んで

今、京極夏彦鉄鼠の檻を読み終えました。
文庫本で1,341ページ。
ふっ〜〜〜〜
長かったぁ。

随分前から本棚にはあったのですが、
あまりに厚いので、ちょっと手が出せなかったのです。
持ち歩くわけにもいかないし、これだけ厚いと途中で放り投げそう、と思って、
表紙を見ていただけ。
ところが、お正月からの風邪で家で静かにしていようと外出を控えていたので、
このさい、京極を読もうか、、、と思って手にしたのが運のつき。
もう、はまりにはまって、
なかなか他の事ができないようううううう。
とくに、
後半になるにしたがい(3分の2くらいかな?)、もうやめられなくなりました。

そして、
今、読み終えたのです。

本を閉じた感想はただ一言。
京極ってすごい。

ただそれだけ。

まさに不立文字の心境かぁ。

ネタバレになってはいけないので粗筋は書きませんが、
本の中で紹介される禅の話が面白かった。
実に面白かった、、、

修行していても、いや、修行しているからこそか、
己の執着に囚われ、己が作った結界、つまりは檻の中でもがき苦しみ、なおそこから出てこられない僧侶たち。
そして、それはとりもなおさず私たち、人間全てのことなのだろうが、
自分で作った檻(自分で作ったからこそ)から這い出る事ができない様を、
実に見事に書き込んでいます。
禅の精神を縦糸に、
そして横糸は対局にあるであろう殺人事件。
この縦糸と横糸に絡め取れていく登場人物の1人、1人がいきいきと描かれています。
誰もが持つ悩み。
普段はそれを意識しないのだが、
特殊な環境の中で人はいつか自分の内面と向き合い、
その内面に完膚なきまでに打ちのめされ、
それを通して成長して行く姿が心地よい。
こうした途中、とちゅうの人々の心のうちが、
丁寧に(そりゃそうだ、千ページ以上)写し出され、
そして事件は徐々に解決へと向います。
ここからは読む方も一気に読みます、、、

結末はかなり哀しいものであったのですが、
それはそれで「アリだな、、、」と納得いくものでした。


ウウウウム。
それにしても、やはり
京極はすごい!!!

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2013.01.18

アルジェリア人質問題、心配です

アルジェリア軍が救出作戦、人質一部解放か 死傷者多数の報道と言うニュースが今日は大きく報道されています。
私もネットでいろいろと探しているのですが、今のところ情報が錯綜しているようですが、心配です。

それにしても許せないのはテロ。
人の命を盾にとり、力で自分たちの思いを通そうとするのですが、
そんな彼らの正義を許容できません。
一方、今回のアルジェリア軍の救出作戦は、果たして問題がなかったのか???
人質の人命が最優先とされたようには思わないのだが、、、
これらの問題、もう少し分かったらまた書きます。

いずれにしても、
国際社会としてはこの事件を決してウヤムヤにすることなく、
しっかりと対応して行く必要があります。

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2013.01.17

あれから18年

早いものでもう18年。
阪神淡路大震災からもう18年が経ったのですね、、、
亡くなられた方に心からの哀悼をしめします。
また被災され、怪我をなさった方や家を失われた方々の事も考え、深く頭を下げているものです、、、


さて、震災後、仮設住宅や復興住宅での孤独死が1000人を超えたと言うニュースを読むと、やはり辛いですね、、、
助かった命であったのに。
悔しいです。
哀しいですねぇ。
それにしても、
被災された方に自力での再建を押し付けたと言う事で「棄民政策」とまで呼ばれた国や自治体のあり方が今一度問われますね、、、、

私は先の東日本大震災には被災しました。
あの時のことを思うと震えます。
今も地震は度々起き、この頃は「悪なれ」しました。
あっ、また揺れている。
と、言う感じなのです。
昨年の暮れに大きな揺れが久々に来たときは、
凄く慌てて、ウロウロと家の中を歩き回るだけで、何も出来ませんでした。
地震後、まさかのために備えをしなきゃ、と思った筈なのに。
忘れるものですねぇ。
いかん、いかん。

阪神淡路大震災や東日本大震災。
今でも多くの方がまだ完全復帰できずに、仮設やら復興住宅で、不自由な生活をなさっています。
一日も早い真からの復興を願いながら、
自分自身としては「備えあれば憂い無し」を改めて思い返しています。
いずれにしても、
いつ、どこで、起きるか分からない災害に対して、
行政から各個人まで真剣に考えて行く必要があることを痛感するものです。

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2013.01.16

体罰肯定派の主張を中心に考えてみたのだが、、、

体罰は教育ではないと考えますと言うエントリーを挙げて、その後、体罰についてアレコレと考えたり、ネットでいろんな方のご意見などを読んだりしていました。
その中で唖然、呆然としたのが戸塚宏氏「体罰をした顧問の思いも考えてやるべき」と言った主張をテレビ番組でなさっていた事です。
残念ながらその番組はライブでは見ていなかったので、
ネットの動画で観ました。
ウウウム。
と、ため息。
戸塚さんは「あのヨットスクール」で有名な方です。
話される内容からご自分の考えや生き方に相当の自信がおありのようです。
ご自身の経験に裏打ちされた発言の数々は、反対意見を受け入れる隙間は一切無く堅牢で強いものでした。
戸塚さんと対談や討論するのは、かなり「しんどいだろうな」、と無責任な感想がまず頭をよぎりました。
が、
それはそれとして、
もう少し、戸塚さんの主張に沿ってみようと考え、ネットでアチコチと見ていると、戸塚さんも参加なさっている
体罰の会と言うホームページを見つけて読みました。
なるほど、、、なるほど。
体罰についてこのように考えているのか、と読み進むほどに、戸塚さんがテレビ番組でちょっと司会者に激昂しかかった理由が分かりました。
芯から信じていらっしゃるのでしょうね。
さて、
会によれば「体罰とは子どもの進歩のために必要な教育の一つ」であると言う事です。
勿論、会は「暴力」についてはキッチリと否定しています。
が、
子どもと言うのは未熟な存在であるから、躾や鍛錬により体で教え込み、その延長に学習があると言う事らしいです。
そして、残念ながら多くの子どもは努力と自覚、理性だけで成長できないから躾や鍛錬をより徹底することで、
いずれ未熟であった精神をも含めて肉体とともに成長する。
その手助けや社会的矯正が「体罰」である。
と言うのです。

そしていわゆる少年犯罪の大元は「学校教育から体罰を排除」したことにあり、
子どもの人権と将来を守るためには体罰が必要である、
と、言うのが体罰肯定論の主張です。
またローレンツの「攻撃 悪の自然誌」で「種内攻撃は悪ではなく善である」と述べたとローレンツの考えを引用して「体罰の是」を科学的根拠としています。
誤解があるといけないので、この部分は私の要約ではなくサイトの文をご覧下さい。

ウウウウム。

その後も縷々、会の主張は続きます。
私の要約でなく、興味のある方は是非、サイトをご覧下さい。


読んでいるうちに疑問がフツフツと湧いてきました。
読み終わった後は、
「おいおい、ローレンツって本当にそんな事言ったの?」
「もし、ローレンツがそんな事言ったとしたら、それは本当に正しいの?」
と、言うことがまず一番に頭に浮かびました。
私はローレンツについては「ソロモンの指輪」しか読んでいなくて当該の本は読んでいません。
今度、図書館に行ってしっかりと読んでみようと思います。

次に、
たとえローレンツが「種内攻撃」についてその意義を唱えたとしても、体罰と同じレイアで述べて良いかな???
それが「即体罰肯定」となるかな???
と言う疑問。

種内攻撃は、生存のための種の本能、あるいは獲得した知恵なのでしょうが、
体罰はなんのための生存に必要な手段なのかな???
また自ら「攻撃」と言う言葉を述べているけれど、
体罰はやはり攻撃であると自ら認めているのでしょか???

さらに、
罰ってなんなのか???
集団の秩序を乱すと言う事なのでしょうか???
この罰を下す基準って何なのかな???
また罰を下す側が絶対に正しいと言い切れるのだろうか???
ウウウム。
ここで体罰とは何かとwikipediaに問うと、以下の通り。
==========
体罰は、父母や教員などが、子供や生徒などの管理責任の下にあると考えられる相手に対し、教育的な名目を持って、肉体的な苦痛を与える罰を加えることを指す。この場合の苦痛とは、叩くなどの直接的なものから、立たせたり座らせるなどして動くことを禁ずるなど間接的なものも含む。体罰に明確な定義はなく、一般的に身体刑や虐待や暴行や訓練とは異なる行為とするが、該当することもある。軍隊や部活動等における先輩から後輩への指導が肉体的苦痛を伴う時も、体罰とされることがある(→根性論も参照)。
==========

ウウウム。

私は我が子が幼い時、子どもに手をあげたことがあります。
1回、子どもの頭をゴツン。そして手を上げると言う直接的な実力行使とともに、口やかましく文句を言ったのです。
子どもは今でも覚えているし、私もあの時の思い出は苦い。
そして、あの時思ったことは、
「私は今、怒っている」
と言う事でした。
つまり、あの時、私は子どもに対して教育的配慮とかそんな事は考えず、感情にまかせて、
ぶったのです。
その時、我が子の目に宿った「恐怖」の感情を見た時、
自分がとんでもない間違いを犯した事に気がつきました。
あれ以来、
二度と手をあげることはなかったのですが、、、
私は「自分が正しく、子どもは未熟であるから」とはそれ以来、思わなくなりました。
あの時、私は決して正しくはなかったのだから。
怒りと言う感情が先に立っていたのだから、、、


とかとか、考えていると、体罰肯定派の言う「子どもの未熟さを正す」と言う強い自信はどこから来るのだろう?
と、不思議に思いました。
凄く冷静に、先を見通して、愛の鞭と言う事で体罰を下しているらしいのですが、
下された方は本当に「正しく」なったのだろうか???
ウウウム。

いずれにしても、
この問題、いろんな角度から見て行く事が大切なのではと思うので、
また考えて行きます。


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2013.01.14

そうだ 真岡に行こう!!!

今日は雪。
折角の成人式が雪で、晴れ着の新成人も沢山いらしただろうに、、、

でも、
雪にめげず、素晴らしい門出となりますように、パソコン前からですが、
お祈り申し上げます。


さて、こんな今日の雪とはうって変わって、昨日はポカポカ陽気でした。
窓からさす日の光を見ながら夫とどこか行こうか、、、
そうだ、真岡に行こうとなりました。
以前、北海道、ナイタイ高原牧場に行ったのですが、その時もNHKのBS「こころ旅」を観て、
決めましたが、
今回も夫が「正平さんが行った、あの真岡駅にSLを見に行こう」と提案。
「それいいね」と私もすぐにのりました。
ネットで詳しくSLについて調べた夫は「午後の3時に真岡駅にSLが着くよ」と言うのです。
えええ、、
今でも走っているの?
うん、土曜日と日曜日、祝日。
うわっ〜〜〜
そりゃ行こう。
私は「てっちゃん」ではないのですが、
それでもSLってなんだかロマンがあり、心がセピア色になり、静かな興奮を呼ぶように思います。

と、言う事で風邪気味ながら、
重装備をして一路、真岡へ。

着いたときは少し、早かったのか、まだ駅には人もバラバラ。
駐車場も空いていてラッキー!!!
真岡駅は本当に蒸気機関車の姿をしていました。
正平さんが紹介していたのとソックリ。
当たり前のことに感激。ははは
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トイレに行ったり、待合所でノンビリしていたら、
いよいよ3時過ぎ。
駅にも段々人が増えてきます。

私もみんなについて駅の構内へ。
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そのうち駅員さんが「もうすぐ汽車が入ってきますので、黄色の線までお下がり下さい」と連呼。
それを聞いてみんな少しだけ後に下がります。
「黄色の線より下がれって言っただろう」「線の上ならいいよ」と後ろの男の子たちが軽く言い争い。
思わずクスリ。

そして待つ事、10分。
やってきました、
やってきました。
煙を吐きながら。
シュ〜〜〜シュ〜〜〜ポポ。
ドンドン。
と、汽車は駅に滑り込んできます。
私はカメラを持ってパチリパチリ。
パチり。
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真岡駅には10分止まるので、
みんなはカメラを持ってパチパチ。
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機関車室の中もパチリパチリ。
イケメンの機関士さんがモデルのように立ってくれて絵になります。

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構内は乗る人、送る人、カメラを撮る人で、いっぱいに溢れています。

やがて、煙突から真っ黒な煙が出て、
凄い音がして、
機関車は私たちの前からゆっくり、ゆっくりと出て行きました。

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シュッポ、シュッポ。
ズドン。
ガタン、ゴトン、、、
その音と煙を見ながら、なんだか涙が出ました、、、
バイバイ、C1266。
素敵な旅を。

一通りの写真を撮ったあと、
「うわ、、、私、てっちゃんになるかも」
と、夫に大きな声で言いました。
そうだ、
今度は会津に行こう!!!
山口にも行きたい。
夢は大きく広がりそうです。
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「純と愛」を観ながら「これでいいのか?NHK」と思うこの頃

「純と愛」
ちゃち ですねぇ。
いえ、これは私個人の感想ですから。
もしこの作品がお好きな方や啓蒙されている方は、気になさらないで下さい。

ちなみに「ちゃち」とはネット辞書でみると以下の通り。
===============
安っぽい ・ 貧弱な ・ 稚拙な ・ 粗雑な(作り) ・ 安物 ・ ボロ(製品) ・ みすぼらしい ・ プアーな ・ 粗末な ・ ショボい ・ (いかにも)見劣りのする~ ・ 値打ちがない
薄っぺらな ・ 安手の ・ 貧しい ・ 貧相な ・ 姑息な ・ 詰まらない ・ 子供だましの ・ チンケな ・ いい加減な ・ 安易な ・ 安直な ・ 練られていない ・ 底が浅い(アイデア)

ちゃち
意義素 類語
非常に乏しい品質について けち ・ しみったれ ・ 安手 ・ 安価 ・ 低級 ・ けち臭い ・ チープ
実質または重要性の欠如 薄い ・ 稀薄 ・ 希薄 ・ 薄べったい ・ 薄ぺら ・ やわ ・ 薄弱 ・ 手薄い ・ 薄っぺら ・ 空疎
================

年末に「純と愛」がつまらないのはナゼ???と言うタイトルでエントリーを書きました。
その後、お正月をはさみ、少しは改善されるかと期待したのですが、
後半はなおさら酷いもので、感想や分析をすることさえバカバカしいレベルにまで成り下がりました。
今、社会問題とされている引きこもりや自殺。
辛いテーマです。
この深刻な問題を取り上げるにあたり、原因や理由もお粗末ならば、解決法も軽佻浮薄。唖然。
こんな解決を本気でやるとは思えないが平気で放送してしまう感覚って、ある意味凄いなと思います。
「天の岩戸」に至っては見ている方が恥ずかしい。
見ている方を恥ずかしくさせる手法には脱帽です。
「まいった、まいった」。

しかし、
仮に遊川さんは、これと同じ内容が他の脚本家によって、作られたとしたら、どんな反応するんだろう???
引きこもりの大の大人に絵本の読み聞かせとドンチャン騒ぎ作戦。
何かと言えば、浮気ネタと自殺する、しないの大騒ぎ。
命に対する思いや相手へのリスペクトは皆無で、
ひたすら相手を傷つける言葉だけが鋭く行き来するドラマ。
ざらついていますねぇ〜〜〜
遊川さんは「いや、プロの仕事だねぇ、、、」って諸手をあげるんだろうかねぇ???
それが知りたいこの頃です。
それにしても、
「ちゃちな純と愛の物語」。
思わず独り言。
あまりの「ちゃちさ」に、
登場人物さえ舞台の書き割りのような薄いドラマに、そろそろおさらばするかな???
遊川さんにジャックされた朝ドラの15分を、取り戻そう。
と、思いながらため息。

面白くなくて最後に壁にぶつけたくなる本を壁本というのだが、
テレビは壁にぶつけるわけにもいかないし、、、。


話は変わり、
この週末は夫と昔の映画をビデオでいくつか観ました。
山田洋次「祖国」。
マツケン主演のうさぎドロップ
まえだまえだの「奇跡」。
そして、
ドラマとしてはもちろん「八重の桜」。
なお、昨年の平清盛は、以前、記事に書きましたが終わった後も忘れる事無く胸に残り続ける作品の1つとなりました。
視聴率と質の違いを感じたものでした。

昨日から「とんび」と「dinner」の掛け持ち。
それにWOWOWの「ダブルフェイス」。
と、言う事で、見応えのある作品を沢山観ました。
いずれ時間をみつけて、感想を書こうと思います。
さて、
夫はこんな良い作品と「純愛」を一緒に論じるな、と私の愚を笑います。
私も「まさに」と思うのですが、
思うのですが、
今年はNHK開局60周年。
公共放送として役割、責任が大きく問われる要の年です。
こんな年に「ちゃちな朝ドラ」を流し続ける意味って、なんなのだと、、、
つい考えてしまいます。

ウウウム。

菜根譚は以下のように言うのだが。
===========
醲肥辛甘非真味。
真味只是淡。
神奇卓異非至人。
至人只是常。

意味は、次のようなもの。

醲肥辛甘(じょうひひんかん)は真味にあらず。
真味は只だこれ淡なり。
神奇卓異は至人にあらず。
至人はただ是れ常なり。

===============

さてさて、脚本家の遊川さん。
かなり奇を衒いすぎて、ただただ濃い味つけのドラマになってしまったのではないですか???
壊す方向や、改善すべき点を見間違えたのだろうか、遊川さん。
本当に才能のある脚本家はトンデモを大げさに取り上げるのではなく、
「普通」をさりげなく描く事が出来る人なんだろうな、、
と思うこの頃です。


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体罰は教育ではないと考えます

ブログ仲間のお玉さんから体罰とポッティーの不祥事と言うエントリーをトラックバック頂きました。
早速、お玉さんの記事を拝見。
坊ちゃんの貴重な経験と、体罰問題について考察。
いつもながら、ケレンミなくサクサクと纏まっていて、実に読みやすく、今の問題が浮き彫りにされています。

また、いつもユニークで鋭い視点で記事を書いているあゆさんからもトラックバックを頂き、記事を読ませて頂きました。
ウウウム。
干渉というか、指導と言うか、
行き過ぎた「もの」への恐怖がジンワリと胸に這い上がってきました、、、

と、言う事で私もこの問題、気にしていたので、簡単に意見を書きます。

まず私の意見は「体罰は反対」
です。
体罰は教育ではないと、私は考えるからです。
教育は最終的には受ける側が「自分で考え、処理できる力を得る事」だと思うのです。
ゆっくり、じっくり生徒(教育を受ける側)と向き合い、相手のペースに合わせ、
相手が自発的にできるようになるまで「待つ」。
と、言うのが理想ですが、
現実には限られた時間で「こなさなければならない」ので、もどかしく思いながら、先に進まざるをえない現状でしょうが、、、
だがしかし、
体罰でバンバンと教える事は萎縮以外のなにものでもないと私は思います。

勿論、これは指導者・個人の問題ではなく、
その背景、つまり「勝ってなんぼ」の精神が渦巻いているであろう競技の世界のあり方なども、原因の一つだと思います。
指導者も指導者で「勝つこと」へのプレッシャーが大いに関わっていた事だろうと思います。
いつも言われて来た事ですが「競技」のあり方についてさらに考察して行く必要はあるでしょうね。
またスポーツなどの競技以外でも偏差値で輪切りにしていく現教育のあり方なども同時に考えて行きたいです。
いずれにしても、
大切な問題ゆえ、丁寧に見て行きたいです。

さて、件の高校のバスケット部顧問。
かなりの実力者として知られている人物のようです。
熱血教師ということでしょうか、、、
口より先に手が出るタイプだったのでしょうか???
確かに力で押さえ込めば手っ取り早く問題が解決するかもしれませんが、
それは一時的なものであるし、生徒はすぐに忘れてその技(?)をポロポロと手元から零していたのでしょね。
体罰を受けた本人が真から理解していることではないからすぐに剥がれる。
だからまた「体罰する」。
「こんなことも分からないのか、なんど言ったらわかるんだ、、、」と。
生徒は多分、頭が真っ白になり、ひたすらその時間が過ぎる事を祈るばかりで、
指導者の真の伝えたい事は二の次になったのだろうと思います。
そして、悪循環は繰り返される。
「強くなるためには」と言う免罪符のもと、いつのまにか、「強くなるためなら何をしてもいい」にすり替わる危険さえはらみながら。
納得して、理解して、それを体現できたのなら、指導者は自分のイメージ通りの部活運営がなされていて、再び、体罰する必要は無い筈なのに、、、
現実にはこの指導者は日常的、恒常的に体罰を繰り返していた、、、と言います。
それも20回も30回も。
つまり、
全然、子どもたちは理解していなかったのでしょうか?
子どもたちは恐怖で絡めとられていただけで、
心の底から教師の目指す「理想」を理解していなかったのでは、、と思うのですが。
いかがでしょうか???。
分かる事、伝える事が真の目的ならピンタ、ビンタをバンバンする必要はないだろうに。
実際はしていたと言う事は、教師も精神的に追い込まれていたのかもしれませんね、、、
そして、そこにはすでに教育的配慮はかなぐり捨てられていたのでは、と思います。

最悪の事態を招いた今、本当に胸が痛くなります。
先にも書いたように、
個人の問題とするにはあまりに大きな問題となり、
真剣に「指導するとは何か」と向き合う時期が来ていると考えます。


力、それも一方的な力は相手への威嚇であり、
自ら、考える事を奪うものであると、強く思います。

教育は待つ事である。

私は今でもそれが、本来の姿でなければならないと考えています。


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{原文}「攻人之悪、勿太厳、要思其堪受
     教人以善、勿過高、当使其可従」
                                  
{意味} 「人の悪を責めるは甚厳でなく、堪えられる限度を勘案せよ、
     人に教える時は難しくなく、手の届く目標の範囲に収めよ」

菜根譚23より

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2013.01.11

読書感想などツラツラと

読書感想も読んだらすぐに書かなければと思いながら、なかなか書く時間がなくて、後回し。
そのうち、話の内容を忘れ、
それならまだいいのですが、どの本を読んだかさえ忘れ、、、
と、言うなんとも哀しい思いに浸っているこの頃です。
本気で思い出しているのですが、
マジで何、読んだっけ???

昨年の秋はかなりミステリーを読んでいたはずですが。
ウウウム。

と、言う事で、あまり時間を遡っても思い出しそうにないので、
思い出す所から。

まず、
逆回りのお散歩を昨年の暮れに読みました。
これは「となり町戦争」を書いた三崎亜記さんの最新の作品。
「逆回りのお散歩」は「となり町戦争」の続編のような感じです。
軽いタッチとユニークな設定で、いつのまにか、読者を本の中に滑り込ませる手法は見事です。
表紙の写真は齋藤さだむさんによるもの。
齋藤さんは昨年の震災後、詩人の若松丈太郎さんとアーサービーナドさんがa href="http://www.amazon.co.jp/%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%AE%E3%81%82%E3%81%8B%E3%81%97-%E8%8B%A5%E6%9D%BE-%E4%B8%88%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/486029372X">「人のあかし」と言う詩集を出版したのですが、その時の写真を撮られた方です。
カメラを通して真実を語る迫力ある写真が数々載っています。
その齋藤さんが、今回は三崎の本の表紙の装丁。
アンダーな仕上げで陰鬱な町の表情から、その裏にある驚くような人々の思いが伺えるような力ある写真です。

さて、内容はと言えば。
湾岸戦争の時、テレビに映し出される映像をまるでゲームのように見ながら、これは危険。
戦争であること、つまり人を殺すことが合法的に許されて行くことの非を無感覚に受け入れてしまうことへの
言葉に表すことができない恐怖を思い出しました、、、
戦争への実感がない、
しかし、確かにどこかで起きている戦争への警告。
三崎さんは、それを「となり町戦争」や「逆回りのお散歩」で、
静かに語ります。
静か故に、それは、なかなかの迫力です。

まだ、読まれていない方は是非、読んでみて下さい。
すぐに読めます!!!

さて、
今年は早々から風邪をひいているので、人ごみに出るのは嫌なゆえ、
本棚にある本をなんとなく出して来て読んでいます。

随分、昔の本で「時間砲計画」豊田有恒
当時としたら最新の科学的知識をいっぱい盛り込んだのだろうと思います。
まるでアニメを見ているような展開が軽妙で、面白く読めました。

「クドリャフカの順番」。米沢穂信。
米沢ファンの私は楽しく読めました。

それから、
エラリークィンや京極やらを、ツラツラと。

この本がお薦めとか、ありましたら、
またお教え下さい。

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2013.01.07

七草かゆ

今日は七草がゆ。
お正月でちょっと頑張った胃や肝臓を休めるために、
体に優しい粥を頂く日です。
また、以前の記事にも書きましたが七草爪と言って今日、新年早々の爪を切る日でもあったとか。
昔の人たちは一日、一日に思いと意味を込めていたのですねぇ。

さて、七草とは、wikipediaによれば以下の通り。
===============
1月6日の夜、あらかじめ用意したセリ、ナズナ、ゴ(オ)ギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの「七草」をまな板の上に載せ、以下の歌を歌いながらしゃもじやお玉杓子、包丁の背などで叩いて細かくする
「七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントン」
明けて7日の朝に粥を炊き、叩いた七草を入れて七草粥にする。そして朝食として食べる。
七草粥は神社で振舞われる場合もあり、新年の季語とされる。現在では、七草をセットした商品が、多くの八百屋など小売店にて販売される。
================
私もスーパーで七草かゆのセットを買ってきました。
昔の人たちは「若菜とり」とか言って風流に歌を読みながらワイワイと草を摘んでいたのでしょうね。

さて、実は私も夫もお正月の3日から風邪をひいてしまいました。
インフルエンザではないのですが。
夫は熱が出て、私は熱は出ないのですが、喉が痛くてカランカランと咳をしています。
と、言う事で寝正月でしたが、
今日から夫は出勤。
私も部屋の掃除を念入りにして、
いよいよ日常です。

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2013.01.01

明けましてお目出度うございます

明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。

今年は巳年。
ゆったり、長く 丸く穏やかな年である事を祈りながら、、、
さてさて、どうなることやら。

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