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2014.10.29

志の輔落語2014@赤坂 その2

その1より

志の輔さんはまず元禄赤穂事件(げんろくあこうじけん)『仮名手本忠臣蔵』(かなでほんちゅうしんぐら)とがごちゃ混ぜに私たちの記憶に入っていて、
赤穂浪士とか忠臣蔵とか討ち入りとか言う言葉を聞いただけで分かったつもりになっているが、
実はそれは正しい記憶ではないと言います。

「私は実に残念なのです。日本人が誇る最大の文学である仮名手本忠臣蔵。古今これほど上演されてきた出し物、たとえば勿論、歌舞伎。講談、人形浄瑠璃、あげくは宝塚。つい最近はミュージカルにまでなり、切腹の場面で役者が歌い出すと言うものまで出ています。早ぅ斬らんかいと私なんかは思うのですが」と会場の笑いを取ります。
そして、両者の違いをはっきりと分かってもらい、その上で仮名手本忠臣蔵の素晴らしさを知ってもらいたいと強く言います。

まず元禄赤穂事件について。
「江戸時代中期の元禄期に発生した赤穂浪士にまつわる事件」でこれは史実。
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元禄14年3月14日(西暦1701年4月21日)に播磨赤穂藩主の浅野長矩(内匠頭)が、高家旗本・吉良義央(上野介)に対して江戸城殿中において刃傷に及ぶも失敗し、殿中抜刀の罪で即日切腹・赤穂藩改易となったが、浅野の遺臣である大石良雄(内蔵助)以下、赤穂浪士47名(四十七士)が翌元禄15年12月14日(1703年1月30日)深夜に吉良屋敷に討ち入り、主君が討ち漏らした吉良義央を討った事件である。
(wikipediaより)
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次に仮名手本忠臣蔵について、志の輔さんは熱く語ります。人形浄瑠璃および歌舞伎の演目のひとつ。
二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作であり、その素晴らしさは今で言うなら「東野圭吾と三谷幸喜と橋田壽賀子の合作のようなもの」だそうです。
さて、スライドには史実の元禄赤穂事件の登場人物と仮名手本忠臣蔵の役者の対比があります。
当時、史実の敵討ちを歌舞伎の舞台で演じる事は「問題」があるのでしょう。
登場人物の名前や場所や時代を少し変えて、物語である事、フィクションである事を3人の作者は知恵を絞って作ったのだそうです。

テレビでも良く放映されていたりするので、4段目と7段目と9段目のことは良く知っている人がいるのだが、それは全体の一部であり、この大河のような、あるいは絢爛豪華な絵巻のような物語を知っているとは言えないのだと、強調。
確かに私も「炭小屋の吉良上野介」とか「お軽、かんぺい」とか「堀部やすべぇ」とか有名どころは知っているのですが、全体を見通したことはないですねぇ、、、
さて、
志の輔さんはスライドを使いながら
この全十一段の説明をしてくれます。
誰が聞いても、初めて聞いても分かるように丁寧に詳しく説明してくれます。
11の段は以下の通り。
大序・鶴岡の饗応
二段目・諫言の寝刃
三段目・恋歌の意趣
四段目・来世の忠義
五段目・恩愛の二つ玉
六段目・財布の連判
七段目・大臣の錆刀
八段目・道行旅路の嫁入
九段目・山科の雪転し
十段目・発足の櫛笄
十一段目・合印の忍び兜

広重や北斎などの有名な浮世絵を使いながら、
説明してくれる志の輔さんはまるで先生のようです。
それも昼下がりの授業なのに眠くならないという凄い話術をもって、
観客を仮名手本忠臣蔵の世界に引込んでいきます。

11段全てを説明したあと、休憩の前にもう一度志の輔さんは力説。
「仮名手本忠臣蔵、こんな素晴らしい芸術を持っている事は誇りである」と。

会場中、長い、ながい講義にも関わらず聞き入っていました。
幕が閉じた時は「仮名手本忠臣蔵」の通(?)になった気分。
と、言うか、本当に得した気分になりました!!!

そして、いよいよ後半。
中村仲蔵になります。

続く

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