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2014.12.11

内田樹さん「街場の戦場論」前書き公開

教えて! 内田先生「日本のいま、そして行く末を」というタイトルで内田樹さんの「街場の戦場論」の前書きが特別にネットでみる事ができます。
「総選挙前に是非一読を」と」いうことで、エントリーとして挙げておきます。
チョット長いです。
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みなさん、こんにちは。内田樹です。
 今回ミシマ社から刊行いたしますのは『街場の戦争論』です。
 この本、最初は『街場の二十二世紀論』という仮題で進められておりました。三島君はじめとするミシマ社の人たちがやってきて、「日本は次の世紀にどのようになっているか」についてSF的な想像をしてみるという、風通しのよい、スケール感のある企画です。
 そこで僕が思いつき的に話したことを逐一録音し、それをテープ起こしして、ゲラに「ちょいちょい」と手を入れて活字化して、「一丁あがり」......そうい う見通しでした。でも、実際に出てきたゲラを読んでみると、どうもいけません。

 それは他の本と同じ話の繰り返しが多いということです。僕は2013年の暮れから2014年の夏にかけて、半年ほどの間に10冊以上の本を出しました。これは明らかに異常なペースです。僕だってこんな気違いじみたペースで本を出したいわけじゃありません。単行本なんて、2年に1冊、せめて1年に1冊くらいのペースでていねいに書き上げるものであって、月刊ペースで出すものじゃない。それくらいの常識は僕にだってあります。
 でも、とにかく編集者たちが殺気立っている。「以前送ったあのゲラ、どうなったでしょう?」という問い合わせが、苛立ちから怒り、さらには絶望というグラデーションを伴って定期的に訪れる。営業会議で上司から「あの本はどうなったんだ!」と毎度叱責されていると聞かされると申し訳なさで身が縮む。

 僕だってそれほど非情な人間ではありません。なんとかみなさんに機嫌を直していただきたい。しかたがないので、本も読まず、映画も見ず、旅行も行かず、あれこれの楽しみを断念して、ひたすらゲラを直しては戻すという日々を送っていたら、こんな冊数になってしまったのです。気の毒な話だと思いませんか。
 なにしろそんなペースで本を書いていたわけですから、どの本も中身が似てくるのはしかたがありません。この本だって、原稿を書いている最中に三島君が来て、そこ で仕事の手を止めてインタビューが始まるわけですから、「今書いてたこと」をつい しゃべってしまうことは避けがたい。

 ですから、ゲラを読み返してみたら「どこかで読んだ話」がたいへん多かった。たいへん多かったどころか、6割くらいが「どこかで読んだ話」でした。それではとても「書き下ろしです」と言って出版社に託すわけにはゆきません。それでもかまわないという方もおられるかもしれませんけれど、僕の職業的良心(というものがあるのです)がそれを許さない。
 しかたがないので、「どこかで読んだ話」は、話のつながりで残しておかないと筋 道がわからなくなる部分(「国民国家の株式会社化」とか「憲法が空語でいいじゃないか」とかいう トピック)だけを残して、あとはばっさり切りました。

 すると残ったのは意外なことに「戦争の話」と「危機的状況を生き延びる話」だけになりました。読んでみて僕自身驚きました。
 これはいずれも2011年の東日本大震災と福島第一原発事故後になってから次第に僕にとって緊急性の高まったトピックでした。でも、それはカタストロフを経験したから、その反省を通じて緊急性を持つようになった主題というのではなく、むしろ次に訪れる、もっと大きなカタストロフの前兆を感じたからこそ前景化した主題のように僕には思われます。

 僕たちが今いるのは、二つの戦争つまり「負けた先の戦争」と「これから起こる次の戦争」にはさまれた戦争間期ではないか。これが僕の偽らざる実感です。
 今の時代の空気は「戦争間期」に固有のものではないのか。その軽薄さも、その無力感の深さも、その無責任さも、その暴力性も、いずれも二つの戦争の間に宙づりになった日本という枠組みの中に置いてみると、なんとなく納得できるような気がする。

 この本を書いている間にも、僕よりはるかに若い書き手たち、中島岳志、片山杜秀、赤坂真理、白井聡といったそれぞれ専門を異にする知性がまるで申し合わせたように「先の戦争の負け方」について深い独特の省察を始めました。おそらく彼らもまた何か「禍々しいもの」の切迫を直感したのではないかと僕は思います。
 そして、それを回避するためには、せめてそれが「何であるか」を予測するためには、どうして先の戦争に日本はあんな負け方をしたのか、敗戦を日本人は戦後七十年間かけてどう総括したのか、それについての自分なりの回答をださなければならないということをひしひしと感じ始めたのだと僕は思います。

 僕自身もそういう焦燥感を実際に感じています。そんなこと、僕は生まれてから今日まで一度も感じたことがありませんでした。でも、今は感じている。気がつくと毎日戦争のことばかり考えている。戦争に関する本ばかり読んでいる。戦争映画ばかり見ている。
 この「まえがき」を書いている日の前日は山本薩夫監督の『真空地帯』を見ていました。見ながら、「召集された場合に、陸軍内務班のような場所で僕は生き 延びられるだろうか」ということをずっと考えていました。首尾よく三年兵くらいまでたどりつけた場合に、今度は初年兵をことあるごとに殴り飛ばしたり、「員数」のためにと他人の軍装を盗んだりする「要領」のよい古参兵になったりするのだろうか。年齢的に僕が召集されることはありえないわけだし、旧軍の内務班のような制度 はもう存在しないだろうとは思いますが、それでもそんな想像をしていることに気づ いて驚いています。
 戦争についてもっと知っておきたいと急に思うようになったのは、それを忘れないためではなく、「次の戦争」が接近していることを肌に感じるからでしょう。

 そういう生々しい不安と焦りがこの本にははっきりと伏流しています。そのせいで、あまり読み易い本にはなっていないと思います。読者の中には読んでいて「何か異物が喉につかえたような気がする」という方もいるかもしれません。それが素材を十分に消化しないまま本にしてしまったからだとすればお詫びしなければなりませ ん。あらかじめ謝っておきます。ごめんなさい。

 それに三島君はもっと希望に満ちた書物を期待していたのでしょうけれども、期待に応えられず申し訳ないと思います。でも、これこそ2011年の夏に僕がずっと考えていたことです。できれば最後までお読みください。

(原文まま)
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コメント

 「欧米のつくった国際平和を打ちこわした日本の侵略戦争」というのが、戦争中から現在につづく日本の原罪だ。しかし、その欧米の国際平和とは、戦場となった地域は欧米の植民地だった事実をみてみれば容易にわかるとおり、植民地支配と人種差別のことだった。欧米の植民地支配と人種的偏見に異議をとなえた日本の主張を、連合国は「欧米のつくった国際平和を打ちこわした日本の侵略戦争」と表現しているのだ。
 日本史と世界史をつきあわせてみれば、19世紀後半から20世紀前半までの100年間の歴史は、地球全部を植民地にしてしまった欧米の植民地列強に対する日本の生き残り戦争だったことが容易にわかる。このごくあたりまえの真実を、日本の侵略戦争とねじ曲げてしまった虚構の歴史観が、いまの人類全体の不幸のはじまりなのだ。
 戦争の勝敗はともかく、戦争がはじまった理由や原因は、その結末としての勝敗とは別に、もう一度じっくりと検証してみる必要がある。大東亜戦争は、なぜ起きたのだろうか? なにが原因で、なにを目的で、日本は戦争をはじめたのだろうか? そこのところを、じっくりとみなおしてみる必要がある。

投稿: 罵愚 | 2014.12.12 05:17

 “第二次大戦”とひとくくりにされているが、ヨーロッパと東南アジアの戦争は別の戦争だ。「ドイツの戦争は侵略戦争。日本の戦争は侵略を逃れる自衛戦争だった」とすると、かつておなじ宿命を背負わされた国家、民族、宗教、地域はたくさんある。いまでも侵略した欧米はマイノリティで、征服された有色人種はマジョリティだといえる。
 コロンブスのアメリカ発見以来、奴隷化された、かつての植民地は独立したとはいえ、それは政治的な独立であって、そのアイデンティティや歴史認識は欧米キリスト教のそれのコピーを強制されている。圧倒的マイノリティの白人キリスト教徒の文明的侵略を正当化した欺瞞の歴史認識をもとにして、いまの人類史は書かれているし、国際秩序は構成されている。その代表的な一例が国際連合だ。国連憲章も国連組織も、その運営も、それがつくった平和も秩序も、白人キリスト教徒の地球植民地化の歴史を肯定して成立している。
 今年ノーベル平和賞を受賞した少女は「1人の子ども、1人の教師、1冊の本、1本のペンでも世界を変えられる」と訴えたが、その教師や本が白人キリスト教徒の歴史観で統一されているから、地球に扮装や戦争がなくならないのだ。非白人や非キリスト教徒の価値観や歴史観からの異議申し立てが情け容赦なく排除されている。ノーベル平和賞の欺瞞だと思う。

投稿: 罵愚 | 2014.12.16 06:13

罵愚さん。
こんにちは。
寒くなりましたね。
お風邪ひかれていませんか?


さて、
バタバタしていてお返事遅くなりました。
頂いたコメント拝見して、罵愚さんの言われること、すっごく分かります。
マララさんのことにしても、今日(12月16日)さいと〜さんという方からも頂いたコメント、まさにあなTなの言わんとしている事に通じます。

戦争の原因についても、
罵愚さんの主張、分かります。
分かるし、同意するところもいっぱいある罵愚さん。
でも、現実をどのように変えて行くか、、、
何を標榜するか、
と、なると平行線になりますねぇ、、、

しかし、頂いたコメント、とても参考になりました♫

投稿: せとともこ | 2014.12.16 17:56

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