帰無仮説を学びながら思ったこと
先日、Rを使って帰無仮説の勉強をしていました。
ある遺伝子のrigion1は mRNAの分解を阻害していることが分かっています。
rigion2はその役割とは無関係であるとされているのですが、
rigion1が機能的に働くには変異が少ないことが期待されます。
そこでrigion1に起きている変異とrigion2の変異の量を比べることで結論に導こうという統計検定です。
そのために用いる仮説が帰無仮説。帰無仮説については、その考え方は、
統計的検定の基礎に詳しくあります。
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「帰無仮説」
統計的検定で重要な論理に「帰無仮説」というものがあります。これは、“差がある”ことを確認するために、“差がない”という前提(仮説)から出発する、つまり“無に帰したい仮説”から出発するものです。
統計的検定は、確率に基づいて関係を推定します。“差がある”という前提から出発すると、得られたサンプル間のズレは、無限にあり得るズレの1つのに過ぎなくなり、その確率は計算しようがありません。そこで、ズレがないという前提から出発することにします。
そうすると、得られたサンプル間のズレは、実際にはズレのない同一の母集団から取り出された見かけ上のズレ(誤差)に過ぎないことになりますから、実際に得られたサンプル・データのズレを確率分布として計算できます。すなわち、正規分布する正規母集団からの取り出された平均値間のズレはt確率分布することがわかっています。したがって、現実に得られた平均値のズレが、その確率分布の中でどれぐらいの確率で起きるものかを計算することが出来ます。つまり、帰無仮説が正しい場合(2群間に本当は差がない場合)に実際起きているようなズレが生じる確率を計算することができます
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さて、
こうしてデータを統計処理すること得られた結果は、
「差がある」
「差がない」
と言うものです。
そして「差がある」については「差が無いとはいえない」という結論になるのですが、
これってなかなか面白いですね。
「差が無いとはいえない」と言うなんだか曖昧な表現にこそ、
対象への誠実な態度を感じたりします。
「白だ」
「黒だ」
って決めることって、すごくすごく怖いことです。
なんというか、まずは一呼吸おいて、それからまた、考えていきましょう、と言う待合を感じます。
科学は、なんでもかんでも「決めつける」と言う事を聞くことがありますが、
私は科学こそ、決めつけることには臆病であると思います。
ある仮説に対して、何回も実験、観察そして検証を試み、
そして出した結論。
しかし、その結論に対しても、反証が提出されれば、棄却することに吝かでない。
そうした柔軟なものでは、、、と私は思います。
と、言うことで汗だくになり頭を抱えて帰無仮説を勉強しながら、思ったことをツラツラと。
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筋肉中にあって、酸素に対する親和性がヘモグロビンより高いので、血中のヘモグロビンから酸素を受け取り貯蔵することができるタンパク質。







