2008.06.25

六月  茨木のり子

六月

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける


どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
鋭い力となって たちあらわれる

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
茨木のり子さんの「六月」です。

茨木さんが好きだから、
「わたしが一番きれいだったとき」
ぎらりと光るダイヤのような日
倚りかからず
と、エントリーで取り上げたことがあります。

もう一度(何度でも)読んでも、やはり「いい」。
これだけの感想しか出てきません。
「いい」


最後に「大人になるということは何か」、、、
考えさせられる、茨木風の詩を載せておきます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
汲む —Y・Yに—    

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとして
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました

たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそりと汲むことがあるのです

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喜撰法師

昨日はUFOの日でした。
UFOと言えば昨年、国会UFO談義が真剣に取り沙汰されていましたが、その後どうなったのでしょう?
で、
UFOと聞くと何故か思い出すのが竹取物語と喜撰法師と言う歌人。
この喜撰さん、残されている資料が少ないため、よく分かっていないそうです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(生没年不詳、伝不詳)は平安時代初期の僧・歌人。六歌仙の一。宇治山に住んでいた僧であるという事以外は不明で、下に掲げる二首の歌以外はなんら今日に伝えるところがない。なお、紀貫之の変名という説もある。古今和歌集仮名序には、「ことばかすかにしてはじめをはりたしかならず。いはば秋の月を見るに、暁の雲にあへるがごとし。詠める歌、多くきこえねば、かれこれをかよはしてよく知らず」と評されている。
(wikipediaより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

と、言うことで分かっていないところがいい。

百人一首の歌や六歌仙としては有名な方。

「わが庵は都の辰巳しかぞすむ世を宇治山と人はいふなり」。
「木の間より見ゆるは谷の蛍かもいさりに海人の海へ行くかも」。

この2首しか伝わっていない。
本当は紀貫之、、なんて説も在る。
だがしかし、立派な六歌仙。

「世を宇治山と人はいふなり」
この句に歌人はどんな思いを込めたのだろうか?
達観?
諦観?
あるいは焦燥???

「木の間より見ゆるは谷の蛍かもいさりに海人の海へ行くかも」
に、しても、世を宇治山と同じく見える情景をそのまま、さりげなく歌っている歌ですね、、、
木の間より見る、、、というからには、歌ったときは山にいるのでしょう。
遠い海の漁り火が、谷の螢と相交えて、
静かな情念が沸き立つ歌ですね、、、
この歌を見ると、
喜撰法師が達観していて、ついに仙人になったとは、あんまり考えられないのですが、、、

その俗物的なところが、いい。

うううう〜〜〜ん。
知れば知るほど興味がわきます。

と、言うことで以前、私は喜撰洞を訪ねようとしたことがあります。
結局、行くことはできなかったのですが、、、

最後は仙人になったと伝えられる喜撰法師。
雲にのって 行ってしまったのだろうか???
夢は膨らみます。

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2008.06.23

「hitoriyogari さんのひとりよがり人生」

いつもコメントを下さるokachinの辛口エッセーの管理人のhitoriyogari さん。
経済に詳しく、音楽を愛し、そしてご家族をとても大切に思われているhitoriyogari さん。
そんなhitoriyogari さんが、ご自分の辿ってきた経験の数々を、コメント蘭にて御教えくださっています。
多くの方にも読んで頂けたら素敵だな、、、と思い、hitoriyogari さんにお願いしたところ、快くお返事を頂きました。
と、言うことで、このエントリーは「hitoriyogari さんのひとりよがり人生」と銘うって、
貴重な体験や経験をコメント形式で頂くコーナーと致します。
最初の書き出しは、
先ず、「はじめに」があり、目次をつけて、第一章 我が愛しの故郷、第二章 青春時代、第三章 転職癖、引っ越し癖、第四章 家庭生活と苦難、第五章 独立独歩、第六章 第三の人生、「おわりに」という構成だそうです。

既に以前に次のようなコメントを頂いていますので紹介します。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私は1936年(昭和11年)に大阪の此花区(現在は福島区)で生まれ、三歳のとき、父が結核の病で倒れ、出身地の網野町へ帰り、養生している間、京都の親戚で母親と過ごしました。
 親元は典型的な小作農家で、父は長男でありながら祖父の反対を押し切って、尋常小学校を卒業するやいなや、京都の東山中学へ進学、今のアルバイトと奨学金を貰い、同志社商業(現、同志社大学商学部)へ進み、苦学の上肺結核になってしまいました。卒業と同時に大阪の和光証券へ就職、そして京都の女学校にいた母と結婚、二児をもうけましたが弟は死産に終わり、私が四歳の時に亡くなりました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

続きが楽しみです。

と、言うことでこのエントリーのコメントは、「hitoriyogari さんのひとりよがり人生」を続けていきたいと考えていますので、
hitoriyogari さんだけにコメントを絞らせていただきます。
ご感想など頂けることがありましたら、直近のエントリーでお願いいたします。

では、、、

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隣の学年は仲が悪い?

「隣の学年同士は仲が悪い」と言われる理由と言う特集を読んで、一人で笑っていました。
確かに、小学校中学校のときって、一つ違いって「なまいき」って感じましたが、、、

みんな、思うことは同じなのでしょうか???

こう言うことを本気で研究する人がいたら面白い結果が出てくるかもしれません。

変な学術研究と言う本があって、
当の研究者は至極真面目なのだが、傍目からは笑い話にしか見えないという涙ぐましい研究の数々が紹介されています。
すぐに読むことができます。
「13日の金曜日」。
人が如何に迷信に振り回されるかの研究。
「侮辱の教授」
侮辱の言葉とは、相手との信頼関係に由来する、ゆえにその言葉が侮辱か否かは、言われた方の反応をみればすぐに分かる。

などなど、、、

とにかく、思わず笑い転げてしまいます。

と、言うことで話を元に戻すならば、
「隣同士の学年は仲が悪い」も立派なテーマになりそうな予感がします。
どうなんでしょう???

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2008.06.20

雨と八木重吉

雨の季節です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
雨の日

雨が すきか
わたしはすきだ
うたを うたおう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

と歌ったのは早世の詩人八木重吉。

雨と歌
と言えば、八木重吉の「雨」という歌があります。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
♪雨のおとがきこえる
雨がふってゐたのだ
あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう 
雨があがるようにしづかに死んでゆこう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

美しく静かで、語りかけるようなこの歌。
歌う度に胸が熱くなります。
「あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう 
雨があがるようにしづかに死んでゆこう」

詩人八木重吉のつつましやかでささやかな願い。
それは「そっとあること」でした。

妻を愛し、子を愛し、
そして、信じるものを守ろうとした重吉。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ある日

こころ
うつくしき日は
やぶれたるを
やぶれたりとなせど かなしからず
妻を よび
児(こ)をよびて
かたりたわむる
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こころうつくしき日は、
穏やかでたおやかで、ただそのままが嬉しい、と詩人は歌います。

私は
「母をおもう」と言う詩を学校で習ったことがあります。
あの時はよく分かりませんでした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
けしきが
あかるくなってきた
母をつれて
てくてくあるきたくなった
母はきっと
重吉よ重吉よといくどでもはなしかけるだろう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そうです。
あの時は分からなかった親への気持、子への思い。
今は分かります。
「母はきっと
重吉よ重吉よといくどでもはなしかけるだろう」
今は、
分かります。
母の思い、子の思い。
背中に染み込む母の思いを感じながら詩人重吉は、どんなにか「命」「続く者」を思ったことだろう、、、

やさしくそぼ降るように降る雨もあれば、
すべてを押し流すように降る暴れ雨もある。

それら、すべてを含めて「雨」が好きである、と詩人は歌う。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

雨は土をうるおしてゆく
雨というもののそばにしゃがんで
雨のすることをみていたい
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


そして詩人は静かに逝った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
無題

神様 あなたに会いたくなった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

信仰の深さが静かに伝わります。
もう一つ無題を載せます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
夢の中の自分の顔と言うものを始めて見た
発熱がいく日(にち)もつづいた夜
私(わたし)はキリストを念じてねむった
一つの顔があらわれた
それはもちろん
現在の私の顔でもなく
幼(おさ)ない時の自分の顔でもなく
いつも心にえがいている
最も気高(けだか)い天使の顔でもなかった
それよりももっとすぐれた顔であった
その顔が自分の顔であるということはおのずから分った
顔のまわりは金色(きんいろ)をおびた暗黒であった
翌朝(よくちょう)眼(め)がさめたとき
別段熱は下(さが)っていなかった
しかし不思議(ふしぎ)に私の心は平らかだった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ふしぎにこころが平らであったと言う。
思いは怒涛のように有り、
押してはかえすものが、山のようにあったに違いない。
しかし、
重吉は、
ふしぎと心平らに今は在る、と歌う。

読む私はハラリとくるものがあるのですが、、、
読む私はこころ平らに詩人の魂を読み込むことはまだできないが、、、

だがしかし、
今、
雨は降っている。
そっと、そっと、、、そして強く、
雨は降っている。
生きている者のやることは、
おしつけがましくない「よのためにはたらくこと」なんだと教えてくれるように、、、

と、言うことで
雨と言えば八木重吉。
最後にもう一度、雨を。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

窓をあけて雨をみていると
なんにも要(い)らないから
こうしておだやかなきもちでいたいとおもう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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2008.06.19

桜桃忌

今日は桜桃忌です。

昨年はさくらんぼと言うタイトルで太宰の「御伽草子」について書きました。

太宰治かぁ、、、

ガラスのような印象の人。
朽ちて行く者の限りない美しさを感じさせる人。
哀しい人。

まぁ、私の中ではいろんな面をキラキラと見せてくれる作家の一人です。

実は「走れメロス」が嫌いでキライで、
教科書に載っているのを見るたびに「噴飯物」と声に出していたことがあります。
なんだか「偽善」。
人間失格は「偽悪」。
と、勝手に決め込んでいたのです、、、

が、
年齢を重ねるうちに、作家太宰治の破天荒でグチャグチャで、
それでいて心の襞を一つひとつ丁寧に掬いとるような小説の数々が好きになっていました。
件の「走れメロス」。
かなり知られたエピソードは壇一雄によるものです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私は後日、『走れメロス』という太宰の傑れた作品を読んで、おそらく私達の熱海行が少なくもその重要な心情の発端になっていはしないかと考えた。あれを読む度に、文学に携わるはしくれの身の幸福を思うわけである。憤怒も、悔恨も、汚辱も清められ、軟らかい香気がふわりと私の醜い心の周辺を被覆するならわしだ。
「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね」
と太宰の声が低く私の耳にいつまでも響いてくる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

うううう〜〜〜ん。
グッときますね。
「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね」。

いつも夫を待ちながら「待つ身」の私。
いつも夫を待たせるのもやっぱり私。

さてさて、、、
どっちも辛いですぅ。

と、言うことで今日は「桜桃忌」。

 

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2008.06.17

幸せ

私のブログ界隈で「愛」が充満。

愛ねぇ〜〜〜〜〜

仏教では愛より慈悲を教えているようですが、
愛は執着に繋がるという事を読みました。

数限りない「愛」について語ることは今日はしません。
が、
ふと思い出したのは三木清。
「人生論ノート」です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「今日、愛については誰も語っている。誰が怒について真剣に語らうとするのであるか。
怒の意味を忘れてただ愛についてのみ語るといふことは今日の人間が無性格であるといふことのしるしである。
切に義人を思ふ。義人とは何か。怒ることを知れる者である。

人生論ノートより
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

さてさてどうなんでしょう?
この「怒」は時代(戦争前)への怒りであることは、ここに付記しておきます。

と、言うことで、今日はもう少し三木清に拘ります。
私の中では三木清と言えば、幸福感です。
それだけのことと言う記事を以前書いたことがあります。
「幸福」です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように彼自身と一つのものである。この幸福をもつて彼はあらゆる困難と闘うのである。幸福を武器として闘う者のみが倒れてもなお幸福である。」

「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福は常に外にあらわれる。
歌わぬ詩人というものは真の詩人でないごとく、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではない。
幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如くおのずから外にあらわれて他の人を幸福にするものが真の幸福である」

(人生論ノートより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

何回読んでも嬉しくなります。
幸福なら人は自然に微笑む、歌う、躍る。
そして、
真の幸福は周りさえ幸福にする。
そんな弾むようなものだと、
三木清は言う。

私は幸せでありたい。
だから、
まずは幸せを表現することから始めようか、、、
と、ついそんな気に今はなっています。

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2008.06.15

不可能図形

このエントリーを読んだときから「書こう、、、書こう」と気合いを入れていたのですが、
いつのまにか忙しさにまぎれ、頭の片隅にいってしまいました。
と、言うことで、
今日は頭のお蔵に入る前にヨッコラサと引き出して。

で、
その記事は【種】不可能図形を説明する、描く
渋谷の亀さんと六さんのブログの記事です。
いつもながら面白い!!!
「種」だから、私もタネとして読ませていただきました。

亀さん経由でなまらリンクと言うユニークなブログを知ったのですが、
世の中って楽しい方が多くて今更ながら嬉しくなります♪

私は「フシギ」が大好き!
金子みすずではないけれど。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
わたしはふしぎでたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

わたしはふしぎでたまらない、
青いくわのはたべている、
かいこが白くなることが。

わたしはふしぎでたまらない、
だれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

わたしはふしぎでたまらない、
たれにきいてもわらってて、
あたりまえだ、ということが。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
最後の誰に聞いてもみんな笑って答えてくれないことがふしぎでたまらない、という少女みすずの
まっすぐな思いがジィ〜〜〜ンと伝わります。
本当は、
誰だってふしぎでたまらないことがいっぱいあって、
その一つひとつを大好きだと私は思います。

と、言うことで安野光雅福田繁雄の作品をあかずに見ていた頃があります。
勿論、エッシャーやマグリッドは大好き。
以前、心象風景と言うエントリーで、あの絵の持つ魅力を書いたことがあります。

自分では絶対正しいと思っていても存外、人は騙されるものです。
その騙される危うさを認識ながら、
騙される楽しみを味あうことで、世界がまた一つ広がったら、
これはこれで楽しい!!!

そんなことを思いながら亀さんの不可能図形を見ていました。
亀さん、ありがとうございます!

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2008.06.12

出口のない状況

悲しくて心痛む事件がありました。
社会的に大きな問題ゆえ、皆さん、いろいろこの記事について書かれていらっしゃいます。
ゲーム脳に関して危惧を表明してるTAKESANさんはTAKESANさんらしい切り口で。
お玉さんはずっと拘りつづつけている「死刑問題」で。
死ぬのはやつらださんは派遣問題について言及。
それぞれの視点からこの問題が考えられています。

私は、今のところ、考え中です。
皆さんのご意見やその後明らかになるであろう事柄を待っています。
今、
なんとも、なんとも言葉に言い尽くせない思いで一杯ではありますが、、、亡くなった方々への哀悼の意を表わすことしか出来ないのです。
今後、この様なことが起きないように、
と、言うことで法律(銃刀法)が変えられたり、教育の見直しなんて叫ばれたり、、、
いろいろと社会に影響を与えるのでしょうが、
それでも亡くなった方々は帰らない。
胸がつまります。
記号的な殺人と喪の儀礼についてと言うタイトルで内田さんがエントリーを挙げています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
無差別に人を殺すことを決意した人間の中にある、私たちの理解を超えた「闇の部分」について何もわからないままに、あるいはそのようなものが存在しないかのように処方された「再発防止」策は、闇を隠蔽し、拡げるだけだと、私も思う。
私はこういう事件のときに語られる社会心理学的なあるいは精神病理学的な説明に対してはいつもambivalent な気持ちを感じる。
それらの説明はたしかに出来事の一部分については妥当する。
なるほど、そうか、と思うこともある。
けれども、どこか「説明過剰」になっているような気がするのである。
その理屈では説明できないし、説明すべきでないことまで説明してしまうことによって、説明されることによって生成した局所的秩序を上回るような無秩序がそこに増殖してしまう。
そういうことがある。
(内田さんのブログより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして、内田さんはその後、知的負荷の回避が全国民的に「知的マナー」として定着している社会というものへの警告を発していきます。
その例として、「言葉の解釈」論が展開されます。
「私たちはメッセージを適切に解読するために、実際にはたいへん面倒な手続きを踏んでいる。
と内田さんは言う。
そして、
この面倒な作業をシンプルにするために人は「記号化」という新手の力業を手に入れたと内田さんは言います。
とりあえず、人は脇において、
「記号」として、、、処理する。
他人も自分も見ていく、その脆弱であり堅牢でさえある考え方の蔓延を伝える。
最後に内田さんは以下のように締めます。
「記号に読み替えられたことで死んだ死者たち」については、私たちもまたそれを「記号として扱う」ことを強いられるということである。
私たちは記号的に殺された死者たちをもう一度記号的に殺すことに「加担」させられることなしには、この事件について語ることができないという「出口のない状況」に追い詰められているのである。」
まさに出口のない状況です。
出口はない、、、

出口はない。
出口のないところに詰め込まれているのは私たちみんななのです、、、
つまり私たち全てが「かおなし」としてペルソナをかぶる以外に、この問題を考えることは出来ないと言うことなのでしょうか?
人に引き寄せては、何も解決策は出てこないということなのでしょうか?
出口のない社会にひしめき合っている私たち全ての責任と言うことかぁ〜〜〜

ならば入り口は何だったのか???

入り口は何かは内田さんは語っていません。(本当はわかりにくく語ってはいるのですが、、、
つまり分かり合うという面倒な手続きを割愛していく社会というものが入り口だと内田さんは言っているのだが、、、)

私は、入り口は、格差社会の本格的な幕開けではないかと考えます。

人が人としての尊厳を失わされ、
物のように扱われる社会において、
自分をも含め「記号」として処理していかなければならない社会が、すぐそこに来ている(いや、もう来ている)のかと考えます。

この事件、
いまだ、闇のままですが、
それでも、私たちはしっかりと考えていく必要があると強く思います。
人は人である。
記号なんかじゃない、、、
と言う強い思いを抱いて、これからもこの問題を追っていきたいと考えています。

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2008.06.10

「時」について思ったこと

花無心招蝶    花 無心にして蝶を招き
蝶無心尋花    蝶 無心にして花を尋ぬ
花開時蝶来    花 開く時、蝶来り
蝶来時花開    蝶 来る時、花開く
吾亦不知人    吾れも亦人を知らず
人亦不知吾    人も亦吾れを知らず
不知従帝則    知らずして帝の則に従う

良寛の有名な詩です。
自然のはからいは無心であり「時」がくれば、
すべては、そのはからい通りになる。人はそんな自然のなすがままをただ受け入れ、
そして従いながら、己を見いだそう、、、

そんな良寛の思いが伝わります。

この思想はコヘレトの言葉に相通じるものがあるのでしょうか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時
石を放つ時、石を集める時
抱擁の時、抱擁を遠ざける時
求める時、失う時
保つ時、放つ時
裂く時、縫う時
黙する時、語る時
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時。(3:1~3:8)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。と言うコヘレトの言葉。

一方、同じ自然の生業を認め受け入れながらも積極的に「今」に関わった人、と言えば、
やはり道元禅師、その人です。
〜〜〜而今の山水は、古佛の道現成なり。ともに法位に住して、究盡の功徳を成ぜり。〜〜
山水経にある有名な言葉です。
私は道元が好きで「正法眼蔵」となぜか「菜根譚」がすぐ手元にある日常です。
道元の「而今」は「今」であり「只今、ここ」です。
ただただ、感じる今を大切にと詠いながらも、
良寛と相通じるところがあり、コヘレトにも通じます。
「ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいゆくとき、ちからをもいれず、心をもついやさずして、生死をはなれて仏となる」と。

あるがままに、、、
ひたすらに、、、

そんな達観はまだまだ望めそうにはありませんが、
それでも、
そんな境地を目指すことが出来れば、、、
と、願っています。

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今、やることは?

日本書記」の天智天皇10(西暦671)年4月25日。
「置漏尅於新臺。始打候時動鍾鼓。始用漏尅。此漏尅者天皇爲皇太子時始親所製造也云々」
(漏尅を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鐘鼓を動す。始めて漏剋を用いる。此の漏剋は、天皇の皇太子に爲(ましま)す時に、始めて親(みづか)ら製造(つく)りたまふ所なりと、云々(うんぬん)。
と、あることから、
今日6月10日は「時の記念日」。
日本初の時計が鐘を打った日と言うことです。

過去の記事では、時の記念日
Carpe Diemと言うエントリーを挙げたのですが、いずれも釈迦の中部経典を書いています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
過去を追うな。
未来を願うな。
過去は既に捨てられた。
そして、未来はまだやってきていない。
だから現在の事柄を、
それがあるところにおいて観察し、
揺るぐことなく、動ずることなく、
よく見極めて実践せよ。
ただきょうなすべきことを熱心になせ。
(中部経典)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

分かっているんですよね、、、
「今」が大切って。
が、
過去に引きずられ、
未来に憂う自分となかなか訣別できないんだよね〜〜〜
過去ってのは、もう過ぎてしまって、
それは、取り返しがつかない。
後悔やら慙愧が押し寄せてくる。
のだが、、、
なんだか変に安心なところがあるのでしょうかね、過去に浸っている時って。
既に分かっているから、、、
またまた未来。
これは、もう何がなにやらサッパリで不安や焦りがドンブラドンブラと打ち寄せてくるのです。
が、
が、
これまた、何か考えている気になるのかな???
未来を思うということは。

で、結局、何が一番苦手って、
「今」と向き合うこと。
なんだよね、、、
実際、私の周り1メートル以内にやらなければならないことが、文字通りに山になっていて、
その山を見たら、もうため息。
ああああ〜〜〜
フッ〜〜〜〜〜

やるしかないんだよね、、、
わかっているんだよね。
「今」片っ端から片付けるしかないんだよな、この本とチラシの山の仕分けを。

と、言うことで、
私の「時の記念日」はまずは掃除からです、、、

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2008.06.02

水無月

昨日から6月。
早いものです。
本当にアッという間に過ぎました。

水の月である水無月。
もう梅雨入りした地域もあります。
今年はどんな梅雨が用意されているのだろうか?
願わくば災害がありませんように、、、

と、言うことで今日は京都で有名な「水無月」というお菓子について書きます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
6月30日は夏越の祓(なごしのはらえ)の日で、京都の神社でも鳥居の下や神社の境内に大きな茅の輪を立て、参拝者がそのなかを潜る茅の輪くぐり、という息災を願う季節の行事が行われます。

この日に「みな月」を食べると厄払いが出来ると言い伝えられています。
(上記サイトより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
本当は6月30日に食べるのですが、
京都の和菓子屋では端午の節句が終わるか否やで、もう店頭に並びます。

「昔は冬の間に自然に出来た氷を、地下などの涼しいところを利用して作った「氷室」という天然の冷蔵庫で保管しておき、それを宮中に取り寄せて食べていたそうです。一般市民は高価な氷を取り寄せることができないので、氷の形に似せて作ったこの「水無月」を氷のかわりに食べたということです」
と言う由来のように、見た目に涼しいお菓子です。
口に入れるとたっぷりの小豆が歯触り良く感じられ、
とても美味しいお菓子!
昔の京の人々は、
夏越しを向かえ、無事に過すことが出来るようにという願いを込めて、このお菓子を頂いたのでしょうか。
この後、すぐに続くのは祇園祭。
とかく忙しい京です。

さて、私は幼い頃は7月1日に「氷室の饅頭」を頂いていました。
由来はこの「水無月」とほぼ同じです。
地方によって、いろいろではありますが、
出自は一つ。
「何事もなく平穏に日一日を過すことが出来ますように」と言う庶民の素朴な願いです。

とかく自然の災害が大きいと感じるこの頃、
今年は何事もなく「自然の摂理」が回っていきますように、、、
水無月を頂きながら願いましょう。

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2008.05.29

晶子と源氏物語

今日は白桃忌です。
ブログを書き始めてから、5月29日に晶子のことをいくつか挙げて書きました。
君  死にたまふことなかれ
やっぱり晶子と言えば

と、言うことで今日は源氏物語と晶子について、ちょっと書きます。
源氏物語1000年と言うので、今、京都は静かな源氏ブームを呼んでいます。

晶子と紫式部。
なんとも艶やかな取り合わせです。
与謝野晶子の歌で読む「源氏物語」と言うサイトをみると、
晶子のあの官能的な歌の数々に源氏の魂が宿っているのか???と思います。

桐壺は「紫のかがやく花と日の光思ひあはざることわりもなし」です。
香気立ちこめる品が伺えます。

帚木は「中川の皐月の水に人似たりかたればむせびよればわななく」

空蝉「うつせみのわがうすごろも風流男に馴れてぬるやとあぢきなきころ」
なるほど。

夕顔、若紫ときて、そして末摘花
「皮ごろも上に着たれば我妹子は聞くことのみな身に沁まぬらし」
泣けてくるんだよな、、、この人には。

ずっと、ずっと続いて、
早蕨「早蕨の歌を法師す君に似ずよき言葉をば知らぬめでたさ」
いいですね。
浮舟は「何よりも危ふきものとかねて見し小舟の中にみづからを置く」

そして最後
夢の浮橋
「明けくれに昔こひしきこころもて生くる世もはたゆめのうきはし」


私の好きな橋姫は「しめやかにこころの濡れぬ川霧の立ちまふ家はあはれなるかな」です。

男女の愛をきめ細かく描写しながらも、時代という軋轢の中で喘いでいた紫式部の息遣いが、
あるときは妖怪に、またあるときは化けものように大きく、強く感じられる源氏物語。

みじか夜の中で晶子は「われと歌をわれといのちを忌むに似たり恋の小車絃さらに巻け」と、ほとばしるような情感を謳っているのですが、
一方で、
「春の夜を化物こはき木幡伏見相ゆく人に宇治は弐里の路」とも詠んでいます。
うううう〜〜〜〜ん。

歌人の戦く思いと、
昔の佳人の溢れんばかりの才が、交錯して化け物のように宇治の旧街道を走ったのでしょうか???
想像するだに身の毛がよだちます。
「物語をつくる」「歌を詠む」。
二つの芸術は、地を這うように出来上がったのだと私は思います。

今日は白桃忌。
与謝野晶子の命日です。


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2008.05.28

故郷に帰ること、なんといいますか?と言う記事

故郷に帰ること、なんといいますか?と言う面白い話題が載っていました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
オリンピック代表○○選手 帰鹿」
ちょっと前に屋久島に行ったとき、テレビのローカルニュースでこんなテロップが流れた。「帰鹿」ってなに、と頭の中がしばらく「???」となったのだが、ニュースの中身はといえば、鹿児島出身の北京オリンピック代表選手がゴールデンウィークに里帰りした、という内容。「鹿児島に帰る」を略して「帰鹿」と書くらしい。
(上記ニュースより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
記事は、まず冒頭で前振りが述べられていて、
その後、各県、各地の検証にあたります。
そして3つのパターンがあることを紹介。
「次の3つのパターンがあることが分かった。
1つ目は、鹿児島のように「帰」+「最初の一文字」と書くパターン。帰札(札幌)、帰仙(仙台)、帰福(福井)、帰宮(宮崎)など。
2つ目は、「帰」+「最後の一文字」というパターンで、帰沢(金沢)、帰阪(大阪)など。帰京(東京)もこのパターンだ。
そして3つ目は、「帰」+「昔の名前」というパターン。帰洛(京都)などである。いずれも会話では使わず、書き物で使う。読み方がはっきりしない場合もあるようだ。」

なるほど。
貴方の故郷は、どのパターンですか???

私は自分の実家へ帰るときは「おさとばぁちゃんち」(父は他界しているから)
夫の両親が待つ故郷へ帰るときは「おじぃちゃん・おばぁちゃんち」
と、子ども目線で呼んでいたのですが、
確かに土地と言う意味で故郷を捉えたら、
2つ目のパターンになりそうです。


それにしても、ふるさとかぁ、、、
いいですね。

「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」
であり、
「ふるさとの 山にむかいて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな.」
でもあります。

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2008.05.18

ことばの日

朝 FMを聞いていたら、今日5月18日は「ことばの日」だという話していました。
5月18日で、「こ・と・ば」。
語呂合わせです。

言葉かぁ〜〜〜〜

言葉ねぇ〜〜〜〜

あまりに大きなテーマなので、どこをどのように斬っていけばいいのか見当もつきませんが、
この頃、私がROMしているブログ界隈で「言葉、ことば・コトバ」がバンバンと行き交っています。

ううう〜〜〜ん。

言葉ね。

以前、智恵子抄の「あどけない話」を参考にちょっと今日的国会を描いたことがあります。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
本当の言葉
 
私は国会には言葉が無いと思ふ、
ほんとの言葉が聞きたいと思ふ。
私はがっかりしながら国会中継を見る。
ビザンチィン様式の建物の中に在るのは、
言っても言い尽くせない
むかしから伝えられ続けている嘘とごまかし。
どんよりけむにまく答弁のぼかしは、
うすら笑いしながらの口と心のしめりだ。
私は遠くを見ながら思ふ。
山に畑に町にそして海に
毎日出て働いている人々の言葉こそが
私はほんとの言葉だと思ふ。

私のなんのことはない戯言ではあるが、、、

(以前の記事より)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この時は2005年の10月。
時の総理は小泉さん。
言葉がやけに軽くなった気がしたときです。
それから2年半。
今や言葉だけが軽いのではない、
存在のあまりに軽い総理が、
数だけを頼みに悪法をドンドン押しつけてきます。
あの折は「なんのことはない戯言」だったのだが、
今や、
「山に畑に町にそして海に
毎日出て働いている人々の言葉こそが
私はほんとの言葉だと思ふ。」
と述べた、そんな人々の本当の言葉さえ失われつつあるのでは、と思います。


恒例のサラリーマン川柳のベスト10が先日発表されました。
今年の一位は、
「「空気読め!!」 それより部下の 気持ち読め!!」
でした。
ふむふむ。

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2008.05.13

友人のブログ紹介

life---生まれてきて良かったと感じられる社会にと言うブログは、いつもコメントを下さるネット友人のayuさんのブログです。
副題が、
--苦悩の狭間-- ☆  一人一人を大切にして見捨てない社会に。みんなが自分らしく生きれますように♪
なんてついています。

私も訪問するたびに
目からウロコを一枚、二枚と落としています。
昨日は医療の現状を書いた記事を紹介していただきました。

21世紀の文明国・日本にあって、
その貧困な医療行政を詳しく説明した記事は、思わず唸りました。
私も、参考にさせていただき、また医療に、それこそメスをいれたいものです。

ayuさん、これからもいろいろ書いてくださいね。
私にとっても励みになります。

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四川大地震

四川大地震、心配です。
いまだ生き埋めで救助をまっていらっしゃる方も大勢。
一刻も早い対応が求められています。


それにしても先日のサイクロンといい、
なんだか災害が多いですね、、、

言葉にならない思いです。

いずれにしても一刻も早く救助がおこなわれることを願っています。

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2008.04.25

あれから三年

あれから三年が経ったのですね。
福知山線脱線事故
あの時、ひたすら驚き、テレビに見入り、悲しみ、そして日常に潜む危機に対する備えのない恐怖と戸惑いを感じた事を今も覚えています。
その思いを以下のように記しました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何と言っていいのか、、、
言葉もない。
亡くなった方の無念を思い、残された家族、知人の方に心からお悔やみ申し上げます。
朝、手を振って行ってらっしゃい、、、と送り出す。
いつもの光景。
一日の経験を重ねて帰って来る。
そんな当然と思っている日常が切り裂かれた、、、
突然。
なんの前触れもなく。
今まで生きていた証を確認する事もなく、もぎ取られていく命。
日常を残したまま、、、逝ってしまった人々。
なぜ?
どうして?
一人ひとりの命と思いを乗せて、いつものように走っている電車が、いきなり宙に舞い、ちぎれていく車体とともに、
遠く帰らぬ人になるなんて、、、
いったい誰が思うだろう。
だれが、そんなことを思いながら毎朝、家族を送り出しているだろう、、、
朝の途切れる事のない忙しさにかまけて、時には声を荒げ、あるいは せかして追い出す日常。
保証されていると思っているのに。
安全だと信じているのに、、、、
なぜ?
どうして?
どこへ この気持ちを持っていけばいいのか?
やりきれない。
亡くなった方、残された者。
それは他人事ではない。
いつ、どこで、だれに起きるのか、、、
改めて日常とは何か。
そこに潜む危険をえぐり出された気がする。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
二度とこのようなことが起きませんようにと言う祈りを込めて書きました。
そして、
事故から一年経った時、
未だ癒えない方々の思いと行政に対して、感じたままの思いを記事に挙げました。

そして、
そして、
もう三年の月日が流れたのですね。
癒やされない遺族や被害者の方々の心と体の痛み。
いかほどでしょう。
亡くなった方の遺族とJRとの補償の話し合いも、昨年末までで示談が成立したのはわずかに二割を超えた段階とききます。
確かに遺された方々にとって、交渉のテーブルに着くことさえためらうものではありますが、
それでも自己責任者はそれにのっからず、積極的に手をさしのべていただきたいものです。
 
また、当時から問題になっていた事故原因。
国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会は昨年6月、スピードの出しすぎなど直接的な事故原因に加え、乗務員への懲罰的な「日勤教育」や無理なダイヤ編成、新型ATS(自動列車停止装置)の設置の遅れなどを事故の背景として指摘した最終報告書を発表しました。
やはり、という思いです。
利益優先で安全を二の次とするJR西日本の異常な経営体質が関係者の方を始め、多くのマスコミや機関から批判されたことを思い出します。
「安全」よりも利益優先が浮き彫りになりました。
この大事故は人災であったこと、しかも経営の側の責任が大きい事は明らかにも関わらず、
責任の所在はいまも判然としません。
そんななか、
昨年から今年にかけても、感電事故、除雪作業員の触車事故、塗装作業員の墜落事故などが発生。

昨日のアメリカ輸入肉といい、
マンション耐震偽装といい、
なんだか「信じていた安全」が次第にボロボロになっていく、そんな予感がします。
福田さんのポスター「暮らしに安心」がなぜか寒々しい。

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2008.04.24

寒の戻り日

今日は寒の戻りの特異日です。
4月6日もそうです。
特異日と言うのは、その日に「そのような気候」になることが統計的に多いという日なので、
同じ気候(雨とか晴れとか、台風とか)の特異日が一年に何度かあります。

そのせいか、私の住んでいるところでは、今日は心なしか肌寒い気がします。
花冷えという美しい言葉が当てはまる時期は、どちらかと言うと4月6日ごろ。
今は、季節の花は紫や緑。
それでも、肌に触れる風がひんやりと感じるならば、
大好きな佐保姫は、未だ、まだかと錯覚しそうです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
佐保姫

ねむれる春ようらわかき
かたちをかくすことなかれ
たれこめてのみけふの日を
なべてのひとのすぐすうち
さめての春のすがたこそ
まだ夢のまの風情なれ
 

ねむげの春よさめよ春
さかしきひとのみざるまに
若紫の朝霞
かすみの袖をみにまとへ
はつねうれしきうぐひすの
鳥のしらべをうたへかし
 
(若菜集 島崎藤村)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


季節は行きつ戻りつ、
戻りついきつ、、、、
そんな繰り返しの中で、
ゆっくりと慌てる事なく、やってくるのでしょうか?

人もまた同じなのではと思ったりします。
喜んだり、怒ったり、
失敗したり、成功したり、、、
そんな繰り返しの中で時は移ろうのでしょうか?
以前、法演について記事を書いた事があります。
その折、結びで書いたまとめが、
「繰り返す季節」を思いながら、なんとなく浮かびました。


法演の四戒より
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1,福を受け尽くすべからず、
   すなわち必ず禍殃をいたす。
2,勢いを使い尽くすべからず、
   勢い尽くすときは、すなわち定めて欺侮に遭う。
3,語言は説き尽くすべからず、
   説き尽くせば、すなわち機密ならず。
4,規矩は行い尽くすべからず、
   行い尽くすときは、衆とどまりがたし。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中国宋時代の高名な禅の僧、五祖法演の言葉で、
「法演の四戒」と、世には知られています。
4つの順番は、書物によって違うようですが、
意味は、
幸福を求めすぎること、
勢いがありすぎること、
言葉で説き尽くしすぎること、
行いが厳格すぎることを戒めているものです。
「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」
という意味でしょうか。
自分の「幸福、損得」を求めすぎない。
自分の価値観を振り回しすぎない。
他人に対して、
「及ばないこと」ばかりに目をやり、
キリキリと相手を追い詰め、
析伏させようとしない。
自分への厳格さを通り越して、
他人にも忠誠を求めすぎない。
「つい、やりすぎになる態度」への戒めです。
含蓄溢れる言葉。
自分自身への自戒をこめて、
「人がひとを判断すること」の難しさを考えてしまいました。

(以前の記事より)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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2008.04.22

判決

重い判決が出ました。
光母子殺害の判決が今日言い渡されました。
当時18歳の少年は今は27歳。
9年の歳月が流れました、、、
彼らの中で、この9年という年月はどの様に流れたか、
私はわかりません。
時間は、傷を癒してくれるはずがない、
時は罪を贖ってはくれない、、、
と、言うことでしょうか。
私も過去にこの事件についてエントリーを挙げました。
また時計じかけのオレンジ 再考と言う記事を2006年の7月に書き、その中でもこの事件について語りました。
結びとして、以下のように書きました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
監督のメッセジーは何か
犯罪者が人権を保障されるとき、私たちも、その社会で人権が守られる。
キューブリックは、この映画で時代に問題を投げかけ、
そして問うた。
答えを出すのはその時々の「我々」です。
今、私たちは問いを投げかけられています。
主人公のような人格さえ認める社会と、
犯罪者は徹底的に洗脳・精神的な去勢する社会といずれが健全な社会かと。

この様に、たたみかけていると私は思いました。

あなたは、どう思われますか?

私は、社会が守るべき者は「すべからく」人権ではと考えます。
犯罪者になんの人権ぞと思う社会は、
一般人の人権にも冷たいと思います。

法律は罪は裁くが人は裁けない。
ならば、社会そのものが、子どもからお年寄りまで人権を守り、敬意を表する、そんな時代を作ることに努力していけたらと、、、と願いながら。
(過去の記事より)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


今日、
原告本村さんの最後の言葉が、ますます重くのしかかります。
=================
本村 決して喜ばしいことではないと思っています。厳粛な気持ちでこの裁判所の判決を受け止めています。遺族としては当然、応報感情を満たされたわけですから、報われる思いはありますが、社会にとってみれば、私の妻と娘、そして被告人の3人の命が奪われる結果となったわけです。これは社会にとって不利益なことです。

 私はこの事件にあってからいろいろ考えておりますけれど、やはり刑法っていうものは社会秩序を維持するための目的を達するための手段だと思っています。死刑という大変重い判断が下されましたが、これで終わるのではなくて、私たち遺族もこの重い判決を受けて真っ当に生きていかなければいけないと思いますし、社会のみなさまにも、どうすれば犯罪の被害者も加害者も生まない社会を作るのか、どうすればこういう死刑という残虐な、残酷な判決を下さない社会ができるのかを考える契機にならなければ、私の妻と娘も、そして被告人も犬死だと思っています。死刑の存廃等の問題が騒がれるようになるかもしれませんけど、刑罰はどうすれば私たちが安全な環境を作れるかということを考える契機にならなくてはいけないと思いますので、そういった方に社会が向いていくことを望みます。

(上記ニュースより)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「刑罰はどうすれば私たちが安全な環境を作れるかということを考える契機にならなくてはいけない」。
本当に。
本当に、、、
安全な環境を作るために私たちはどうすればいいのか???
それは決して刑罰に頼ることだけではないのだろうと、今は漠然と思います。

それにしても、この判決。
いずれの場合であっても辛かった。

今、やはり辛い。

間違いないなく私に出来ることは、
亡くなった方のご冥福を祈ることと、遺る方々が今後、幸せに(本当にはやく)なっていただくことを願う事。
もう一つは、
死刑の是非をも含め、安全な社会を作るために如何にあるか、何ができるかをこれからさらに考えていくこと。
この二つです。

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2008.04.11

表現、言論の自由と稲田議員

一年前に「国会議員は選良」と言ったあの人が、またまた話題の中心人物です。
そう、その話題とは映画「靖国 YASUKUNI」です。
中心人物は稲田朋美さん。
この問題に関しては、お玉さんをはじめとして、発端からそうそうに多くのブログで取り上げられています。(今は有村さんが話題をかさっらていますが、、、)
私も当初から関心を持って、いろいろ拝見しながら学ばせていただいています。
とくにお玉さんは時系列で、時々の話題や課題を展開して下さいます。
エントリーもさることながらコメントもいろんな立場の方から寄せられていて、考えさせられます。
さて、この映画。
本来なら明日12日劇場公開だったそうですが、
延期になり5月に「とある劇場」(名前は未定)で公開されるそうです。
昨日は昨日でリ・イン監督、田原総一朗らが抗議「靖国 YASUKUNI」緊急記者会見などがあったようです。
これに先立ち稲田さんもご自分のホームページで「お知らせ」として、映画「靖国」の助成金問題について書かれています。
稲田さんは稲田さんの立場、つまり政治信条として今回の映画「靖国」の助成金問題について税金投入はおかしい、、、と考え、それを問題にした、との事だそうです。
上のお知らせの冒頭は以下のように始まります。
「表現の自由、言論の自由が保障されているわが国で、どのような政治的、宗教的宣伝意図のある映画を制作し公開しようと自由である。日本は政治的圧力により映画の上映を禁止し、書物を発禁にするような非民主主義国家ではない。」
本当にそうです!!!
そうです。
そうです、稲田さん。
もう一度、おさらい。
「日本は政治的圧力により映画の上映を禁止し、書物を発禁にするような非民主主義国家ではない。」
日本はそんな国ではありません。
また、そんな国にしてはなりません。

途中、稲田さんはお知らせの中で、映画「靖国」に対するご自分の評価を縷々述べられます。
これは、稲田さん個人のものですから、私はここでは検証と言及はしません。
が、
最後に稲田さんは次のように締められています。
「私は弁護士出身の政治家として、民主政の根幹である表現の自由を誰よりも大切に考えている。
中略
表現や言論は自由であり、最大限尊重されなくてはならないのは当然だが、そのことを理由に税金の使われ方の妥当性を検証する政治家の言論の自由を封殺しようとすることは背理である。」
と。

ここへきて、私は稲田さんが「表現の自由」「言論の自由」を乱打することへの違和感がモクモク、ワクワクと湧いてくるのです。
およそ似つかわしくない言葉。
「言論や表現の自由」。
いえね。
他の人がそのように言われるのなら、軽く笑えるのですが、
稲田さんが言われたら、私は凍り付きます。

一年前、私は貴女の夫婦別姓論議
夫婦別姓論議 その2と二回にわたり貴女の論理について書きました。
ここでは私は貴女から言論や表現の自由という考えを一切よみとることはできませんでした。
むしろ表現や言論の統制、国家への吸収という考えしか浮かびだせなかったのです。
そんな貴女が今、言う。
「政治家の表現の自由を規制していいのか」と。
もちろん、いけません。
いいはずがありません。
だがしかし、
同様に国民にも言論や表現の自由はあります。
夫婦別姓。
これは表現の自由ではないのでしょうか???
稲田さん>


さて、
今回の問題に立ち返るならば、
稲田さんはお知らせでも言われているように、あくまで税金の問題として、
映画「靖国」を上映する方向に積極的に行動なさればいいのではと考えます。
されば、皆、「あっっ、稲田さんは純粋に税金だけを問題にしていたのだな、、、」と思います。
税金の使途については、国民としても、おおいに国民のために税金を使っていただきたいと願っていますから、
映画云々だけでなく、道路特定財源やら、消費税やら、医療費やら、やらやら国民の声を聞いてください。
ぜひ、選良としてご活躍ください。
ところで、もう一度確認。
選良とは?
優れて優秀な人々、国会議員のことです。
しつこく、もう一度。
優れて優秀な人々、国会議員のこと。


いずれにしても、
稲田さんのお知らせの冒頭はありがたい。
「表現の自由、言論の自由が保障されているわが国で、どのような政治的、宗教的宣伝意図のある映画を制作し公開しようと自由である。日本は政治的圧力により映画の上映を禁止し、書物を発禁にするような非民主主義国家ではない。」
含蓄のある言葉です!!!

さてさて、
表現や言論の自由とは何か???
本当に考えさせられる今回の問題。
今後の成り行きに注目です。

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2008.04.10

女性の日

今日は女性の日です。
戦後初の総選挙が1946年の4月10日に行われ、初めて婦人参政権が行使されました。
このとき89人の女性が立候補し39人が当選したそうです。
参政権と一口に言っても、その権利を獲得するまでに長い道のりが必要とされました。

日本で普通選挙が実現したのは、1925年(大正14)です。
しかし、参政権が付与されたのは男性のみ。
平塚らいてうの青鞜社結成を機に、
平塚と市川房枝、奥むめおらによる新婦人協会(1919(大正8)年)の誕生。
ガントレット恒子、久布白落実らによる日本婦人参政権協会などが婦人参政権運動を展開。
そして、
婦人参政同盟(1923年・大正12)、婦人参政権獲得期成同盟会(1924年・大正13、後に婦選獲得同盟と改称)が結成、さらに運動は進みます。
が、事態は容易には進まず、、、
1931年には婦人参政権を条件付で認める法案が衆議院を通過するが、貴族院の猛反対で廃案に追い込まれたりと一進一退。
その後、太平洋戦争へ突入。
そして、ようやく日の目を見たのは、
第二次世界大戦後の1945年10月10日幣原内閣で婦人参政権に関する閣議決定がなされた時です。
その前後にも市川さんをはじめとして多くの先輩たちの努力により、
1946年(昭和21)4月10日の戦後初の衆議院選挙の結果、日本初の女性議員39名が誕生する運びになったのです!!!。
今日4月10日はそんな日です。
そしてこの日を「婦人の日」としましたが、1998年から「女性週間」と名称が変更されました。

婦人も参政権を要求すと力の限り訴えた与謝野晶子。
晶子が好きで、友人と何回も読書会をしました。
晶子の人生はあまりに華やかで激しくて真摯で、私は触れるたびにクラクラするのです。
が、
女性の権利を考える時、いつも思いだすのです。
晶子が求めてやまなかったもの。
山が動くこと。
なのでしょねぇ、、、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そぞろごと
山の動く日来(きた)る。
かく云えども人われを信ぜじ。
山は姑(しばら)く眠りしのみ。
その昔に於て
山は皆火に燃えて動きしものを。
されど、そは信ぜずともよし。
人よ、ああ、唯これを信ぜよ。
すべて眠りし女(おなご)今ぞ目覚めて動くなる。
一人称(いちにんしょう)にてのみ物書かばや。
われは女(おなご)ぞ。
一人称にてのみ物書かばや。
われは、われは。
額(ひたい)にも肩にも
わが髪ぞほつるる
しおたれて湯瀧(ゆだき)に打たるるこころもち、
ほとつくため息は火の如く且つ狂おし。
かかること知らぬ男。
われを褒め、やがてまた譏(そし)るらん。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

一人称で物をかくこと。
参政権をえること。
そして、男性同様に社会に貢献していく権利や社会から与えられる諸々の評価を得る事、、、、
などなど、歌人は力をこめて、言葉にしました。
今、よみかえすに、
すぐれて新しい。


私たちは先輩たちの熱い思いと、努力を次代の子らに受け渡す必要があります。
まだまだ、働く女性の権利は確立していない。
さらに生む性である母性についても十分な環境にはありません。
女性が女性として、
男性が男性として、
そして人間が人間として品位が保障されるそんな社会を目指したいと新たに思う今日4月10日。
「女性の日」。


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2008.04.08

自灯明

今日はお釈迦様の誕生日と言う事で、
花祭り。
過去の記事を見たら、灌仏会
花祭りと言うエントリーを挙げていました。
淡いピンクの花と霞につつまれ、なんと時間がゆったりと流れるような春八日の今日。
釈迦と言えば私が思い出すのはやはり「自灯明 法灯明」です。
この言葉、釈迦入滅の最後の言葉と言う事で、誕生日の今日には似つかわしくないのですが、
そこはお釈迦様に勘弁していただいて、
「自灯明 法灯明」についてつらつらと今日は書きます。

意味は字の如くです。
「ただみずからを灯明とし、みずからを依処として、他人を依処とせず、法を灯明とし、法を依処として、他を依処とすること」。

読めば読むほど心にしみ入る言葉です。
〜〜〜ただみずからを灯明とし、みずからを依処として、他人を依処とせず〜〜〜〜
ううう===ん。
何か大きな壁にぶつかるとオロオロになって、自分の判断に自信がなくなり、
人に相談したり、人の言う事に無条件に従う。
そんな人間の当たり前の弱さを釈迦は弟子たちに戒め、
自分を信じろ、自分の思いや理性や感性を信じろと励ましたのです。
そして、
それが些か思い込みにならないように理法とともにありなさい、と教える事も忘れませんでした。

私は今、この言葉の持つ意味が大きい時代になっていると思います。
いろんな意味で、価値観が揺れ動き、
何を判断の基準にすればいいのか見えにくくなり、
ともすればしゃがみ込んでしまいそうな時代。
簡単で手軽で甘い言葉がすぐそこにあったら、迷わず身を投げ入れてしまいそうな時代。
自分で考えるより、誰かに考えてもらって、インスタントコーヒーのようにお手軽においしいところだけ頂こう、、、
とかとか。
そんな時代でも、やっぱり最後は自分。
自分の頭で考えて、自分の心で感じて、自分の足で立つ。
拠り所は自分です。
最後はそれしかない!
自分なんだよ。
決して霊や占いや、そんな何かではなくて、自分の人生を支配するのは自分だということを釈迦は教えているのでしょうね。

生きて行くという事は、そう単純ではなく、正しいかそうでないか、
今は分からない保留のことって山ほどあります。
だから、自分の思いや感性だけにしがみつく事は、これはこれで危険であることは言うまでもありません。
釈迦はそこで法灯明を教えています。
理に適うということを、理に従うという事を大切にしなさいと。
今なら、「科学」という言葉に収斂される学問のあれこれでしょうか。
そこには偽物のはいる余地はありません。
偽物????
そうですね。
人が人であるという前提を失わせるものが偽物だと私は思います。
水にありがとう、、、もそうです。
血液型性格判断もそうです。
水や血液や、霊に判断を仰ぐという考えは、
人間から考える事を失わせるものと私は思います。

人は人であるために、
己の判断を自分以外の物に譲り渡してはならない。
と、釈迦は言われたのではないでしょうか?


ともあれ、
今日は花祭り。

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2008.04.05

桜の春

やっぱり桜は美しい。
満開の桜を見れば心がワクワクと踊ります。
先日も哲学の道沿いのあの関雪桜の並木を見ながらため息をついていました。
以前は桜よりも梅の方が好きだったのですが、このごろは桜の潔さも捨てがたいものがあるなと思っています。
二年前は桜満開と言うエントリーで岡本かの子と桜について書きました。
また、桜と言えばやはり西行
そう、西行が好きだから桜がすきなのかもしれない、、、

桜は、華やかであるがゆえに儚くて、
儚いがために、いつまでもその残像が人の心に残るのでしょうか?

今日4月5日は三好達治の命日。
三好と言えば、四行詩が面白い。
が、なかなか乙女チックな詩も残しています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
甃のうへ


あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々(ひさしひさし)に

風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ

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私が初めてこの詩を読んだ時、
かわいい乙女のイラストが載っていて、まるでジュリエットのようでした。
本当は、三好が詠んだ乙女は和服のはずなのに、、、
それは、ともかく乙女にハラハラと降る花は桜なのでしょうね。
この詩は、詠めば詠むほど、物悲しくて、次第に音が消えていくようなそんな感覚がします。
風鐸さえ音をひそめ、石の上に映る影に、時間の流れさえ遠慮しているようです。

春とは、こんな季節なのでしょうか???
桜は実に春に似つかわしい。

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