2012.04.24

佐渡に行ってきました

この週末は佐渡に行ってきました。
夫が佐渡トキマラソンに出るので私も付いて行ったのです。
土曜日は天気が曇りで今にも降り出しそうな不安な空を見ながら、朝の早いうちに上野まで行きました。
申し込んでいたツアーは東京駅、上野駅、大宮駅のどこからでも都合のいいところで乗れるものだったので、
私たちは上野からの参加にしました。
所定の時間に新幹線がホーム滑り込んできて、
さぁ、いよいよ佐渡への旅の始まりです!!!
すでに東京から乗っている方が大勢いて、車内の雰囲気は「もう走るぞ♬」という意気込みで充満していました。
空はやはりドンヨリなのですが、次第に明るくなるような希望を持って、車窓をみながらの2時間あまり。
新潟に着きました。
それからタクシーに乗って、フェリー乗り場まで行ったころは、空はすっかり晴れて、
桜が7分、8分と咲いて美しいパステル色で町は彩られていました。
フェリーにゆられ、ゆられて、
佐渡港に着いたのは3時。
それから、私たちは宿に行ったのですが、マラソン会場に行く人が沢山いらっしゃいました。
「明日はれるといいね===」と知り合いになった方と声をかけながら、
マラソンの前日をリラックスして過ごしました。

そして、
当日。
天気は曇り。
マラソンには最適の天気。
私は観光バスに乗って、佐渡を回りました。
私は訪れたのは、
佐渡博物館、佐渡歴史伝説館、根本寺、トキの森公園で、3時間半のコースでした。
私のように夫がマラソンに出ていて、お伴で来た奥さんとお友達になり、
観光ツアーではご一緒しました。
今までは佐渡と言えば「おけさ」しか知らなかったのですが、
実は奥深い伝統芸能が沢山、たくさんある本当に魅力的な土地であることを知りました。
薪能をはじめとした都の芸術が多くの政治的理由で流罪された人々の思いを今に伝えています。
また金山を中心にさかえたこの土地は、精巧な技術が発達した地でもあります。
宗教や芸術、そして産業を静かに守りながら、暮らしている佐渡の人とほんのひと時ですが、お話させていただき、貴重な経験をしました。

さて、夫は、目標のサブ4にはほんの2分ちょっと手が届かず悔しい思いをしながらも、
無事完走!!!
佐渡のコースはアップダウンがきつくて、かなり厳しいマラソンになるかもと事前に話していたのですが、
なかなか良い記録が出たのでは、と私は思っています。

さてさて、そんな中、
トキがふ化したのです!!!
素晴らしい、嬉しいニュースで帰りの月曜日の佐渡は湧きにわいていました。
36年ぶりのトキの誕生!!!
本当にこんな素晴らしい日に佐渡にいる事ができて、私たちはラッキーでした!!!

いろんなことが本当に楽しく素敵な佐渡の旅でした!!!
また後ほど写真をアップします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.12.05

銀山温泉

この週末は銀山温泉に行ってきました。
サンフレッチェ広島の最終節、山形戦の応援に行きましたが、
その前日、銀山温泉に行ってきました。
町の案内サイトによると、
かつて江戸時代初期の大銀山として栄えた「延沢銀山」の名称に由来しているとかで、
大正末期から昭和初期に建てられた洋風木造多層の旅館が銀山川の両岸に沿って軒を並べ、昔ながらの独特な景観を今も残している温泉街です。
町にはコンビニもなく、本当に静かな温泉街です。
私たちは、ここでサッカー仲間と久しぶりにあって、
いろんなことを話しながら、楽しい時間を過ごしました。


IMGP3055


IMGP3066


IMGP3065

IMGP3046

ガス灯が美しい。
IMGP3051

お土産屋さんには、懐かしい「おしん」商品がありました。
IMGP3045

夜の銀山温泉に月が似合います。
IMGP3043

銀山温泉のビールは格別に美味しい!!!
IMGP3047

また行ってみたい温泉街です!!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.10.11

常磐湯本温泉を訪ねて

連休にいわき方面に行ってきました。
常磐湯本温泉です。
前日に、ちょっと東北を元気づけてこようと思いたちました。
ネットで宿を探したら、ボランティア価格とかで、とても安い日本旅館が空いていました。
早速、申し込んで夫と、簡単な旅をしてきました。

訪れてみて、いろいろと実感する事がありました。
まず、
観光客が圧倒的に少ない。
本当に少ないのです。
連休だというのに、ガランガラン。
そして、町もシャッターがおりている店が沢山あって、
「さびれている」んですね。
地方の多くの町は、こうしたシャッター街になっているんでしょうが、
それでも東北は福島、いわきのシャッター街は、本当に悲しいものがありました、、、
町のあちこに「がんぱっぺ、東北」とか「福島」とかポスターが貼ってあるのですが、
そのポスターがさらに、物悲しく目に映ります。

ああああ、、、、
まだまだ、なんだなぁ。
と、感じました。

そんな思いを持ちながら旅館に入ると、
なかなか格式の高い、とても素敵な日本旅館でした。
江戸時代から400年も続いている伝統ある旅館です。
普通なら、すごく高いのでしょうが、
ボランティア価格とかで、とても安く宿泊でしたのですが、
それでも、エレベーターは止まっているし、朝風呂はなし。
旅館の浴衣はなくて、パジャマも自前です。
客はいるんだろうか???
と、心配していたのですが、
が、旅館は案に相違して、かなりいっぱいなのです。
実は、その多くは原発の作業の方々だと言う事で納得。

ここは原発の本当に近くなんだな、、、と改めて思いました。

まだまだ復興は先です。


さて。
話は変わって、温泉の質はすごく良かったです。
柔らかでやさしい温泉が湧いていて、
本当ならここは観光地として、今の時期は賑わっていたんだろうな、、、と思いながら温泉を楽しみました。
近所にはハワイアンズがあって、フラガールが復帰したとニュースで言っていましたが、
少しでも多くの観光客が足を運んでくれたらと願っています。

私は何も出来ないのですが、
こうして被災地を訪れる事も復興の手助けかと思い、
これからも、東北には機会があれば出かけて行きたいと思いました。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2011.08.19

ムハ美術館

プラハから帰ってもう3週間が過ぎました。
その間、夫の釧路マラソン出場に付いて行ったり、お盆は京都で五山送り火をみたりと、
アレコレ、アレコレと忙しくしていました。
そんなわけで、なかなかブログも記事を書くことが出来なかったのですが、
その間、世の中、動いていますね、、、
これはこれでまた書きたいのですが、
プラハのことは忘れないうちに書いておきたいので、今日もまたプラハに拘って記事を書きます。

プラハに行って、いろいろと新しいことを知ったのですが、
その一つがアルフォンス・マリア・ミュシャのこと。
チェコではムハと呼ばれています。
従って私もムハと書きますが、
日本でも人気のある優しい女の人のポスターに代表されるアール・ヌーヴォーの画家です。
あの華麗な絵を書き続けたムハが実は不屈の精神の持ち主であり、チェコの人々にどんなに愛されているかをムハ美術館に行って知りました。
wikipediaによれば以下の通り。
================
1939年3月、ナチスドイツによってチェコスロヴァキア共和国は解体された。プラハに入城したドイツ軍によりミュシャは逮捕された。「ミュシャの絵画は、国民の愛国心を刺激するものである」という理由からだった。ナチスはミュシャを厳しく尋問し、またそれは78歳の老体には耐えられないものであった。その後ミュシャは釈放されたが、 4ヶ月後に体調を崩し、祖国の解放を知らないまま生涯を閉じた。遺体はヴィシェフラット民族墓地に埋葬された(現在はヤンとラファエルのクベリーク親子と同じ墓石に埋葬されている[1])。
戦後、祖国は独立を果たしたが、共産党政権は愛国心との結びつきを警戒し、ミュシャの存在を黙殺した。しかし、民衆レベルでミュシャへの敬愛は生き続け、プラハの春翌年の1969年には、ミュシャの絵画切手数種が制作されている。また世界的にも、1960年代以降のアール・ヌーヴォー再評価とともに、改めて高い評価を受けている。wikipediaより
=================

確かに美術館に展示されている絵の中には鋭い目の子どもたちや、民衆が描かれているものもあり、
可憐な女性が花に囲まれてる優しい絵とは対称にあるような作品もありました。
美しい女性を描くことができる「平和」を願って絵筆を持っていた当時のムハの心情を想像しながら、
美術館を後にしました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.08.09

建築の博物館 プラハ

プラハは建築の博物館と言われています。
10〜13世紀のロマネスク様式。
12〜15世紀のゴシック様式。
5983672377_0efd6f340d_m1

15〜16世紀のルネッサンス様式。
5984234894_fc2fb91202_m

さらに17世紀から18世紀のバロック様式。
そして19世紀に入り、
アールヌーヴォー様式、キュービズム様式、現代建築と続くのですが、
この小さな町の至る所にこれらの建築が仲良くバランスよく立ち並んでいます。
5984161684_f28107257a_m


個人的には高い天井と美しいステンドグラスで彩られているゴシック様式が目につきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.31

カレル橋

日本に帰ってから、今釧路にいるのですが、
それはそれとして、プラハの観光の続き、さらに続けます(物忘れが早いので、忘れないうちに)。

プラハ城を歩いておりると、有名なカレル橋に出ます。
wikipediaの説明は以下の通り。
==============
ヨーロッパに現存する最古の石橋。神聖ローマ皇帝カール4世の治世下1357年に建設が始まり1400年に完成した。1841年までプラハ旧市街とその周囲をつなぐ唯一の橋であった。また、西欧と東欧の交易ルートとしてプラハが重要な地位を占めるようになった。最初は単に石橋、プラハ橋と呼ばれていたが1870年よりカレル橋と呼ばれるようになった。

5950773786_9669a4e62c_m

橋の欄干には左右15体、計30体の聖人の像が立ち並びます。
日本で有名なザビエルの像もありました。
5951113770_c681e4a6e0_m

ザビエルを支える人が東洋人、お釈迦様のような頭をしているモンゴル人(?)とかで、この像がザビエルさんだとすぐにわかります。
5951129568_bdf2a50e33_m


人気はカトリックの聖人ヤン・ネポムツキー像。
この像の基部にあるネポムツキーのレリーフに触れると幸運が訪れるといわれ多くの人に触られたためつるつるになっていました。
勿論、私たちも触りました。
5950530945_f8ac1dca8f_m


スメタナの我が祖国に出てくるモルダウ川、こちらではヴルタヴァ川と言いますが、その豊かでやさしい流れが橋の上から見ることができます。
5950552579_18b0fe738f_m


多くの観光客とお店で橋の上は大混雑。

5983645053_1bf8a14e4a_m

ストリートパァフォーマンスがあちこちで音楽を奏でます。
5983643081_2c2e5569b3_m


陽気な喧噪が、この青い空と静かな流れに、とてもよく似合い、
その場にいる私たちも十分楽しむことが出来ました。

プラハは本当に小さい町なので、旅行中、何度もカレル橋とカレル通りを散策したのですが、
何度同じところを歩いても、その陽気さにはワクワクとこちらまでさせられました。
とにかく観光客が多くて、
お土産屋さんがいっぱいで、
会う人、あうひと、みんな朗らかなニコヤカな笑顔が美しい町でした。
後で友人に教えてもらったのですが、
浦沢直樹さんのモンスターという漫画にこのカレル橋が出てくるそうです。
浦沢さんの漫画は20世紀少年しか知らないが、今度読んでみよう、、、
その漫画に出てくる「三匹のカエル」の看板のモデルになったかも、、、といわれるのは、「三匹のダチョウ」の紋をみつけました。U Tri Pstrosuというレストランで、最古の店ということで、すごく有名なお店です。
5983651357_e32bc9bfd9_m


ここにはいろんな芸術家の思いがいっぱい詰まっていたし、
今も詰まっているし、
そしてこれからも多くの芸儒家を輩出するであろうし、、、
そんなエネルギーがヴルタバァ川と一緒に静かに豊かに流れていると感じました。


| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011.07.19

プラハ城

日本は大型台風ということで心配です。
こちらは曇り。
空気は乾燥しているので少々寒いくらいですが、しのぎやすい天候です。

さて、先日の日曜日はプラハ城とカレル橋に行ってきました。
プラハ城はwikipediaによれば、かつてボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城であったと言うことです。
つくづく詳しい歴史というか、チェコのことを知らないんだな、、、と思っています。
日曜日ということで観光客でいっぱい。
まずプラハ城で一番目にお目にかかるのは近衛兵。
5949925683_c92cb11eea_m
お人形のように美しく、しかも微動だにしない衛兵さんの周りには写真をとる人でいっぱい。
勿論私も喜んで衛兵さんの横に立ち、ぱちり。
小さくありがとう、と声をかけて、門をくぐろとした途端、先の衛兵さんがもの凄い声で観光客に怒っていました。
多分、何か失礼なことをしたのでしょうね、、、
びっくりしながら、
門をくぐると、
これはまた別の意味でびっくり。
ガイドブックによく出てくる旧王宮が目に入ってきます。
5949930581_70d9393bbc_m

今は首相官邸となっているそうです。
この中庭を通り過ぎてさらにいくと、いよいよプラハ城の正門になります。


彫刻家のイグナーツブラッェルの作品、棍棒をもつ巨人の像がハプスブルグ家の紋を守っています。
5950504652_218de991ef_m


そうこうするうちに
時間が正午。
いよいよ有名な近衛兵の交代。
中庭は黒山の人だかりです。
私たちもカメラに交代式の模様をパチリとおさめることができました。
5950524362_63a0308ca5_m_2

一糸乱れぬ歩調に粛々と式はすすみます。
この暑い日に大変だろうと思いながら感嘆してみていました。
雨の日も風の日も行われるんですよねぇ、、、
たいしたものです。

式が終わると人々の山はくずれ、三々五々に散らばり、
ストリートパフォーマンスなんかも出て、モルダウを演奏したりします。
空は真っ青。
空気は乾燥していて日差しも暑いです。
そぞろに歩いて行くと、
町並みが展望できる高台にいきました。


5949982395_c476c697fb_m


5950536480_44b8f5be81_m


プラハの町は塔の町とも言われていますが、確かに方々にゴチック建築、ロマネスク建築の塔といろんな塔が目に入ります。
また赤い屋根が印象的に目に飛び込んできます。
美しい町と称される所以です。
本当に目の前の風景は絶景そのものです。
景色に目と心を奪われながら私たちは、次は聖ヴィート大聖堂へと進みました。
ネオゴチックの建築様式で、ケルンの大聖堂の雰囲気によく似ています。
中央の薔薇型の窓や扉の精巧な彫刻など、どれをとっても感嘆のため息が出るだけです。
こうしたものを作り上げた人々がいたことに改めて感激していました。
5950607958_eebf4b0eda_m

5950632566_d8a21e1578_m


中の美しいステンドグラスを堪能しながら外に出ると、
そこには美味しいチェコビールを飲ましてくれるカフェがあって、
私たちは、勿論そこで一休み。
美味しいビールを頂きながらしばし体を安め、
こころを充足させて、
城から町まで歩きました。
日差しはまだまだ暑い。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.07.18

プラハに着きました

現地時間で土曜日の夕方にプラハに着きました。
日本を発ったのも16日の土曜日。
本当に長い一日になりました、、、

飛行機は成田発フランクフルト着のルフトハンザ。
ルフトハンザには何回か乗っているのですが、あまり印象は良くなかったので、
期待していなかったのですが、
これが、案に相違してとても快適な機内でした。
ルフトハンザ、A380を成田-フランクフルト路線に導入。第一号機が6月12日に成田へ初飛行というニュースが昨年ありましたが、
このA380という最新エアバスに乗ることができました。
離着陸の音が静かで振動も少ないので、飛行機に酔うもあまりなく、
また座席の広さも前より広くなり、席も以前のように固くなく快適に過ごせました。
12時間ちかくの飛行時間を苦にすることなく無事フランクフルトに到着。
それから乗り継ぎでプラハまで行きました。


プラハに着いたのは夕方の6時を過ぎていましたが、まだ明るくて
眠い頭にはひたすら夜の帳が懐かしく思われます。
ボッ〜〜〜とした頭で、成田からの荷物を受け取りに受取場までいくと、
もう荷物がグルグルと回っています。
夫がカートをひきながら荷物を取りに行ったのですが、そうこうするうちに戻ってきます。
カートにはトランクが一つだけ。
もう一つ預けた荷物がどうやら迷子になったようです、、、
あらあらあら。
よくあることとは言え、少々困惑。
夫はすぐに係員にロストバッゲジの手続きを申し出て、連絡先のホテルを伝えて、
空港を後にしたのが7時。
それでも空は青い。
まだまだプラハは日が暮れそうにありません。
私は欠伸ばかり出るのですが、ついに欠伸を出す力さえ弱り果て、
ひたすらムニャムニャ。
それでもタクシーの車窓から見えるプラハの町並みは写真で見たとうりの
赤い屋根やねに彩られ、
その合間に歴史を刻み込んだ教会やら塔が見えます。
そして、川がたゆらかに流れています。
そうスメタナの我が祖国「モルダウ」ことヴルタバ川です。
大いなる豊かさを誇るかのように静かに滔々と町を流れるその存在は、
この町を作り、みてきた川の自負が感じられるようです、、、
そうか、、、
ここがプラハか。
と、半分になった目をあけながら空気を感じていました。

そうして、やっとやっと郊外のホテルに着いて、
遅い夕食をとったころ、日も少しづつ落ちてきて、
長い、ながい一日が幕を閉じました。
いよいよ明日からプラハの町を歩きます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011.07.15

明日からプラハです

明日からプラハです。

行きはフランクフルト経由なのですが、
これは、ひょっとしたら「なでしこジャパン」の応援サポータと一緒になる可能性がありそうです、、、
決勝はテレビで観ることができたらいいのですが、

とにかく、心の中で力いっぱい応援しています!!!
昨年はスペインにいたとき、ちょうどW杯の準決勝だったのですが、そのときの盛り上がりは凄かったです。
今年はなでしこジャパン。
応援にも力が入ります。


と、言うことで、
プラハに行ってきます♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.11

「プラハの旅」がもうそこに。

そろそろチェコに行く時期が近づいたので、今、準備でバタバタと慌ただしい毎日を過ごしています。
夫の会議についていく10日間たらずの旅です。
目的地はプラハ
ヨローッパの中でも屈指の美しさを誇る町です。
スメタナの「我が祖国」を聞きながら、プラハの本を読んでいます。
また「プラハの春」で有名なプラハです。
ずいぶん前にミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を読んだのですが、
もう忘れてしまったので、もう一度本だなから探して読もうと思います。

クンデラも読もうと思いつつ、
それはそれとしてプラハの歴史を調べているのですが、
これがまた面白い。
中世のヨーロッパの歴史は各国、各地が入り乱れていて、受験生泣かせなのですが、
強制的な受験のそれから離れて、もう一度、読み直すと、
本当にワクワクするものがありますね、、、
過去の歴史が、そこここに息づいている、そんなプラハの町のアレコレをを調べながら、
思いはもうプラハに飛んでいます、、、
現地についたら、またブログで写真をアップできたらと考えています。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧